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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第12話 オペレーション・ビッグウェーブ
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毒ガス装置の切り離し

~承前






 根拠など無かった。

 だが、確信はあった。


 ――絶対どこかに居る……


 バードはその意識を持っていた。


「ネズミって……?」


 怪訝な声のスミスが漏らす。

 それは明らかに警戒している声だ。

 

 この装置の中のどこかに潜んでいる。

 そしてチャンスをうかがっているのかも知れない。


「……とりあえず、毒ガス装置の無力化を行おう」


 ドリーの言葉にも隠しきれない警戒が滲んだ。

 つまりそれば、家捜ししてでも見つけ出してやると言うことだ。

 だが同時に、任務を完遂するという意志が見えた。


 長らくBチームの副長として実務を取り仕切ってきたドリーだ。

 実態が見えないなら見える様にすれば良いと言うスタンスだった。


「毒ガスの生成器はどこに?」

「その機材はもうここには無い」

「……え?」


 ドリーの尋問に対し、ニューハン少佐はきっぱりとそう答えた。

 怪訝な声音のドリーはさらに尋問を続行する。どこか高圧的な色を混ぜてだが。


「説明してもらえますか?」

「……装置自体の重量によりこの施設が自壊する危険があった」

「では、少佐は何故ここに?」

「無人と成れば装置の無い事が明白になってしまうだろ」


 心理的プレッシャーを与え続ける為に人が残り続けた。

 それは、シリウス軍の内部にある権力闘争の結果なのかも知れない。

 だが現実問題として、ここに人が残れば補給を続けねばならない。


 ――建前だったとしても、コロニーは地球側施設の筈……


 バードはそのシリウス軍の無駄っぷりに眩暈を覚えた。

 現実問題として、ここの為だけに軍の補給線を延ばさなければならない。

 だがそれは、伸びきった補給系統を維持する為に無駄な労力を割く事だ。


 ここまでの戦いでシリウス軍に人的余裕が殆ど無い事をバードは感じていた。

 共産主義に近い社会主義体制は計画統制経済と成っている。

 そしてそれは経済的な弾力性を極限まで削ってしまう仕組みだ。


 不足や不便は個人の我慢と忍耐に依存するシステム。

 天候不順などの不可避的な障害を吸収する仕組みすらないものだ。


 だが、現実にコロニーの内部には食料等は満ち溢れている。

 シリウスからの物資輸送ルートはキチンと機能している。

 コロニーに暮らす者達は、安価で食料を買い求め、不自由なく生活している。


「コロニー内部で買い求める事はしなかったのか?」


 ジョンソンの言葉が呆れ声になった。

 それはつまり、この施設の内部で相当意地を張っていたと言うことだった。


 ジョンブル魂を現代に受継ぐジョンソンならば、理解できない事も無い。

 だが、自らの身を削ってまでやることだろうか?と疑問をも持つ。

 そして基本的にジョンソンはアナーキストだ。


 無駄な政府など敵だと言い切って憚らない無政府主義者でもあるのだ。


「もっと言やぁ…… シリウスに対する疑念を抱かないのか?」

「我々はコロニーへの宣撫工作のために意地を張っていたのだ」

「つまり、シリウスは飢餓輸出でもしているってのか?」


 呆れた声に溜息の混じったジョンソンは、改めてコロニーの構造を考察した。

 コロニーの自転力で疑似的な重力を得ている装置は、三層構造になっている。


 その外壁内部へスパイクを撃ち込み、装置を固定しているらしいのだ。

 その内部の大型機材は大半が撤去済みで、少しでも軽量化しようとしている。

 施設の中を観察したジョンソンは、この装置の真実を見た。


 つまり……


「どんなに意地を張っても……」

「施設自体の老朽化は避けて通れなかった……と」


 ジョンソンと同じく、構造体のチェックをしていたペイトンもそう言った。


 疑似重力を得る為には遠心力を受け続ける必要がある。

 コロニーの外壁に穴を開けて強引に食い込んでいる構造の装置だ。

 常に一定の応力が掛かり続ける構造の為、痛むのも速いのだろう。


「細々とみていけば、アチコチぼろぼろだな」

「って言うか、この中に陣取るのって心細くねぇのかな」


 最初は家捜しだったはずの探査だが、段々とその目的は変質している。

 ロックとライアンはそんな会話をしつつ、細かな所をチェックしていた。


 部材を付き合わせ溶接した場所には、細かなクラックが山程入っている。

 つまり、定常的に応力を受け続ける箇所が剥離崩壊一歩前だ。


 いつ壊れてもおかしくない状況に陥っていて、その中で配給を待ち続けていた。

 心細さと、いつ死んでもおかしくない恐怖と、物資の補給がないひもじさ。


 精神を蝕むストレスの強さと深さは、それこそ気が狂うレベルだろう。

 そう思えば、このニューハンという人物はそれに耐え続けてきた鋼の精神力だ。


「とりあえず……」


 ボソリと呟いたドリーは、懐から緊急食にするレーションパックを取り出した。

 サイボーグだって生体部分には栄養が必要になる。その為のものだ。


「味はともかくカロリーと栄養素はしっかりある。少し補給してみては?」


 少佐に向かって差し出したドリー。

 それを黙って受け取ったニューハンは、パウチされた中身を取り出した。

 ペースト状のものを押し固めた乳白色と暗緑色の二種類だ。


「白い方がタンパク質やカルシウム類。緑はビタミンとミネラル。両方に希少栄養素がミックスされている。俺たちも脳にはそれが必要なんだ」

「諸君らは…… サイボーグか……」


 シリウスにも戦力はあるが、地球側の技術的な進展や開発力は次元が違う。

 ニューハンは目の前に居る9人がシリウスでは望むべくも無い存在だと知った。


 完全武装で防御力に富む装甲を纏っている兵士だ。

 実態弾頭系の武器では即死せしめることも難しい……


「そうですよ。まぁ、なんだ……」


 軽い調子で言い放ったジョンソンは、食え食えと言うジェスチャーだ。

 一瞬だけ躊躇ったニューハンは、意を決したのか一気に口へと運んだ。

 味覚ですらもデータのロードでカバー出来るサイボーグ向けのものだが……


「……美味いな」


 目を閉じてその味に感じ入っているニューハンは、涙を流した。

 何処までも透き通った、驚く程に綺麗な液体だとバードは思った。


 そして、自分が持っていたレーションをニューハンの後ろの男に差し出した。

 同じようにロックもレーションを渡し、シリウス士官は3人とも食べ始めた。


 少々品の悪い…… 貪る様な食べ方だ。

 この数日、何も口にしていなかったと言わんばかりだ。


「美味いな…… 本当に美味いな……」


 感動に打ちひしがれるように食べている3人。

 その姿を見ていたバードは無線に言葉を載せた。


『本当になにも食べてなかったんだね』

『こんな喰いっぷりを見せられるとなぁ……』


 バードの呟きにそう返答したスミスは、言葉を失っていた。

 極限状態のキャンプで過ごしていたスミスには他人事では無かったのだ。


「少佐殿。とりあえず投降してください。食べるモノに関しては心配不要だ」


 スミスの言葉が妙に優しいとバードは思った。

 その心根の優しさは疑う必要すら無い事も知っている。

 ただ、どこか演技だと言う気もしているのだが、それでも……


「かたじけない。だが――


 何かを言おうとしたニューハンだが……


「この裏切り者!」


 同じタイミングで一番奥のドアが蹴り開けられるように開き鋭い声が響いた。

 無意識に全員がそっちを見たとき、そこにはガリガリに痩せている男がいた。


 ――はぁ?


 バードは思わず目を逸らし掛けた。

 目ばかりをギラギラと光らせ、脂ぎった汚ならしい髪の男だ。

 それこそ、見ているだけで不快になる、生理的嫌悪感を抱くレベルだ。


 ――くっさぁ~!


 ヘルメットの中でしかめっ面を浮かべたバード。

 鼻を突く異常な悪臭を放っていて、咄嗟にその臭いを選別消去した。

 だが、選別消去した筈のその悪臭は、脳から中々消えて無くならなかった。


「シリウスを裏切る者に死を!」


 誰がが『あっ!』と叫んだ。

 直後、鋭いブラスターの発射音が響いた。

 瞬時にその音の元を探したバードは、汚ならしい限りの男の手元を見た。


 ──ビームブラスター!


 小型の燃料電池を使って驚くほどの高出力を実現した武器。

 それはサイボーグの着込む装甲など紙のように撃ち抜く代物だ。


 事実、ニューハンの背後にいた二人の男は、胸に大穴を開けて絶命した。

 そして、ブラスターの撃ち出した荷電粒子は、装置外壁に穴を開けてしまった。


 ――まずいじゃん!


 瞬時にそう思ったバードは、手にしていた自動拳銃を向けた。

 遠慮無く撃つか、それとも死ぬかだ。


「全て死ね! シリウスの栄光のために死ね!」


 どこか狂気染みた言葉を発していたその男は、ニューハンに向けて銃を構えた。

 あの一撃を受ければ間違いなく即死するだろうと思われる威力だ。


 だが……


「全てはシリウスのた――


 その声は途中で途切れた。


 ――え?


 焦って辺りを確かめたバードは、ペイトンの身体が捻り込まれているのを見た。

 ペイトンはナイフを抜きはなち、上半身を極限まで捩って投げたのだ。


 サイボーグの瞬発力は人ひとり簡単に絶命せしめる威力になる。

 衝撃波を起こすような速度で放たれたナイフは、喉に突き刺さっていた。


「クセーんだよボケッ!」


 その意見に何ら異論は無い。

 思わずウンウンと頷いてしまったバードは、トドメを入れるべく銃を構えた。

 喉元に突き立てられたペイトンの黒いナイフはタングステンとモリブデン製だ。

 軽くて強靱で、しかも驚く程に鋭利だ。


「ック! ッカ! ッンン!」


 言葉にならない声を上げてナイフを抜こうと手を伸ばしたのだが、噴きだした血液で手が滑り、引き抜くことすら出来ない状況だった。驚く程の出血が続き、やがて男は膝を付いて倒れた。


「なんだこいつは」


 臭いを者ともせず接近して確かめたドリー。

 その言葉を聞いていたニューハンは、死んだ部下の身体を整えてから振り返る。


 なんとも厳しい表情をしたニューハンの目には、光る物があった。

 ここまで生き残った部下を死なせた後悔は幾ばかりかとバードも共感を覚えた。


「シリウス闘争委員会の監督官だ」

「闘争委員会?」

「独立闘争を指揮監督する政治的組織だ」

「あー そうか。いわゆる政治将校か」

「そうだな」


 ニューハンの言葉からなにかをイメージしたドリーは、首を振って死を悼んだ。

 そして、死者に向かって胸の前で十字を切り、その冥福を祈って立ち上がった。

 これもまた死ななくても良かった男かも知れない。


 そんな事を思ったのだ。


「死ななくても良いはずだったのにな」


 ボソリと呟いたライアンは、心底嫌そうに言葉を漏らした。

 誰かの意地とメンツの為に付き合わされ、極限を味あわされる不条理だ。


「シリウスはなんで無駄な闘争をし続けるのかしら……」


 普通な声でバードは呟いた。

 どう見たって合理的でないし、不条理だ。そして、不毛なことだ。

 だが、そのバードの言葉を『ハッ!』と鼻で笑った者が居た。


「おぃバーディー なに今さら言ってんだ」


 その声の主はペイトンだった。

 冷静に考えれば、彼はその内側に居たに等しい存在だ……


「要するにな、就職活動が面倒なのさ」

「就職活動?」

「そうさ。地球でも散々左巻連中がギャーギャーやってたけど……」


 闘争委員会に監督官だった男の死体へと歩み寄ったペイトン。

 その立ち姿には不思議な緊張感があった。殺気染みたと言っても良いモノだ。


「……学生のうちはよぉ、この世界は間違ってる!とか、本当に酷い世界だ!って喚いて叫んで、学生運動に身を投じるのさ。それが正しいって子供のうちから綺麗事ばかりの教育をされてきたからな。そんで、その中でリーダーだったり、或いは良いポジションについて権力握る奴が出てくる。何処でも一緒だろ?」


 バードはペイトンにも分かりやすく首肯した。

 それを見ていたペイトンは呆れたような声を漏らして、その死体を蹴り上げた。

 サイボーグの強靱な機体が蹴るのだから、死体は遠慮無く壁際まで吹っ飛ぶ。

 そこには、ブラスターの開けた穴があった……


「ところが、しばらくすると学生って奴らは社会に出る。そして真実を知る。富が偏っているのも、権力が腐敗するのも、合法な暴力があるのも。ついでに言えば、世の中は綺麗事だけじゃ動かなくて、必要悪があるってのも。俺たちみたいな暴力装置が世の中には絶対必要なんだって気が付く。だろ?」


 ペイトンのヘルメットがニューハンを見た。

 ニューハンは押し黙ってペイトンの話しを聞いていた。


「所がよ、学生運動のリーダーだった奴は納得しねぇのさ。世の中が間違ってるから? いいや、そうじゃねぇ。違うのさ。そんなリーダー連中が一番厭がるのは、今まで自分たちをリーダーだの指導者だのって崇め奉ってた連中が離れてく事さ」


 フンッ!と鼻を鳴らしたペイトンは、『くだらねぇ』と一言呟いて肩を落とす。

 その背中には、辛い過去を思い出す男の寂しさが滲んだ。


「左巻って連中や闘争を煽る連中を見てみりゃわかる。連中は今までの権威を全部否定する。そうしないと自分が這い上がれねぇから。王だ貴族だ政治家だって連中を片っ端から否定して、罵って、私が正しいって頑張る。でも、社会に出て真実に気が付いた連中はそれを嫌がる。そして――


 クルリと振り返ったペイトンは、蹴り飛ばした死体を背にしてバードを見た。

 両手を広げて『くそったれが』と言わんばかりに。


 ――そいつらはこう考える。力で押さえつけても良い社会にしてしまおう……ってな。連中が革命革命って叫ぶのは、そんな成功体験にいつまでもしがみついてるからさ」


 ペイトンの言葉が終わった時、装置の中に居た者達がペイトンを指さした。

 なんだそりゃ?と一瞬だけ訝しがったペイトンだが……


「ペイトン! 前だ! 前に出ろ! 早く!」


 そう叫びつつ、全員が装置の壁際へ飛び退いた。

 蹴り飛ばされた死体の、穴が空いた壁の反対側へだ。


「なんだよそりゃ……」


 呆れ声を漏らして振り返ったペイトンは凍り付いたように固まった。

 彼が見たものは、壁の穴から侵入してくる、あのゲル状のものだ。

 ドロリとしたスライム状のものが壁に開いた穴から脈動するように入ってくる。

 そしてそれは、あの闘争委員会の監督官だった男の死体へと取り付いた。

 まるで、飢えた肉食獣がエサに群がるように……だ。


「なんだよそりゃ!」


 慌てて走ったペイトンは、転げるように壁際へと逃げ切った。

 意思を持つ存在のように振る舞うゲルは、死体を完全に包んでいた。


「ヒューマンイーター!」


 ニューハンが叫んだ。


 バードをはじめとするサイボーグ全員の臭気センサーが悪臭を捉えた。

 生髪を燃やすような、タンパク質を硫酸に入れたような臭いだ。


「……酷い臭い!」

「ありゃ喰ってるぜ!

「間違いねぇ」


 バードの言葉にライアンとロックが叫ぶ。

 ゲル状の『何か』は、監督官の死体を着々と溶解していた。

 そして、衣服だけを残しドロドロに溶けた死体と混じり合った。



「接近するな! 刺激するな! あの死体を食べきるまで5分程度だ!」


 ニューハンは慎重にブラスター銃を取り上げ、奥の部屋へと投げ込んだ。

 そしてドアを開けたまま、死亡した部下の死体をも押し込んだ。


「スマン…… 許してくれ……」


 生身なら吐き気の一つも催すような恐ろしいシーンだ。

 透明感のある青いゲルだったそれは、黒とも茶色とも付かぬ色になった。

 細胞の一つ一つを取り込んでエネルギーに変換しているのだとバードは思った。


「……うっ ウソでしょ……」


 ややあって監督官の死体を食べきったゲルは移動を再開した。

 夥しい量で流れた血を辿り、奥の部屋を目指し始める。

 ニューハンはそれを見ながら『壁の左右へ行け』と全員を避難させた。


 そのど真ん中をゲルが動いていく。

 まるで、零れた血を嘗めながら。


「刺激するな。アイツは静電気に反応する」


 震え声で説明しハッチを出たニューハンは、改めてBチームを見た。

 誰一人として欠けては居ない完璧な姿だ。


「もう一度確認する。君らは全員サイボーグだな?」


 ニューハンの質問に首肯で応えたドリーとジャクソン。

 その姿にどこかホッとした表情をニューハンが浮かべた。

 だが……


 ――あっ!

 ――これっ!


 何かを言う前にバードは鋭く一歩踏み出し、ニューハンへ当身を入れた。

 その踏み込み速度は、従来のG20シリーズとは全く違うものだ。


 鋭く強烈な加速を伴って打ち込まれた当身により、ニューハンが気を失う。


「おっ! おいっ!」


 さすがに焦ったドリーが声を漏らしたが、グッタリとしたニューハンを抱えたバードは頚動脈に手を当ててバイタルを確認した。


「前に金星で……」


 墜落状態に陥ったジェフリーのデッキで、自分を脱出カプセルに押し込み、ひとり脱出させたシリウス軍士官ジェントリー少佐を思い出したバード。


「責任を取って自決を試みると思ったの」

「なるほど。良い判断だな」


 ウンウンと頷いたドリー。

 毒ガス装置の奥からは、ヌチャリピチャリと汚らしい音が響いていた。


「どうする?」

「所定の手順どおりだ」


 ジョンソンの言葉にドリーが答え、ペイトンとスミスが爆破の準備を始めた。

 この装置をここから切り離し、コロニーの安全を確保する。


 実態がどうであれ、この装置は喉元に突きつけられた刃物だ。

 それを取り除くのは、国連機関の、況や要するに地球側反撃の象徴だ。


「アシェリ、アナ。その男をコロニーの医務室へ運んでくれ」

「イエッサー!」


 ジョンソンの指示が飛び、アシェリとアナはニューハンを運んでいった。

 残された面々は、毒ガス装置を固定する爪の爆破に入った。


「全員命綱をつけたか?」


 ドリーのチェックが進み、バードは自らの身体にストラップを取り付けた。

 毒ガス装置のすぐそばにある、建設時に使ったらしいアンカーに固定した。

 同じアンカーにロックとライアンが命綱をつなぎとめ、爆破の時を待つ。


 その場所からは、例のゲルが良く見えた。


「こっちにこねェな」

「さっきは来てたのにな」


 ライアンもロックもゲルから目を切れないでいる。

 飛び掛ってきたなら、現状では逃げ場が無い。


「早く爆破して欲しい」


 ボソッとこぼしたバード。

 ドリーは爆破前の最終チェックを終えていた。


「全員準備いいな!」


 その声に6人全員が右腕を上げてサムアップする。

 無線が輻湊し声が入らない可能性を考慮して、ジェスチャーで示すのだ。


「FIRE in the HOLE!」(爆破するぞ!)


 鋼鉄をも引きちぎる高性能爆薬により、毒ガス装置の爪が爆破された。

 定常的に気圧が掛かっている関係で、爪のエルボ部分が破断した。

 こうなれば、装置はもはやただの気圧式ロケットである。


 コロニー内部の空気と装置内部の空気が噴出し、相互衝突する。

 その反作用により、装置は宇宙へとパージされた。

 遠ざかる装置の中で青いゲルが動いているのが見えた。


「あのゲル、なんだったんだろう」

「さぁな。シリウスの神秘って奴さ」


 バードの言葉にロックはそう応えた。

 遠ざかっている毒ガス装置はシリウスへ突入する軌道に乗ったらしい。

 シリウスの強い重力に引かれ落ちていく装置の中、あの青いゲルが動いていた。


「死ぬのが分かるのかな?」

「案外、気圧の低下で内部分子が沸騰してるのかも知れないぜ」


 3人分の死体を『食べた』のだから、あのゲルの内部には1気圧のものが入っている事になる。それが急減圧により内部で弾けているのだとしたら……


「痛いだろうね」

「ペイトンのナイフに反応しなかったんだから痛くはねぇだろ」


 ロックに代わり、ライアンはそう応えた。

 遠ざかっていく装置を見ながら、バードはなんだか妙な感覚に陥っていた。

 罪の意識とは違う、どこか後ろめたい感覚だ。


 ――なんだろう……


 ただ、それ以上深く考えない癖も付いている。

 迷いはここへ置いて行こう。

 そんな事を思っていた。

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