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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第2話 サイボーグ娘はイケメンアンドロイドの夢を見るか?
16/354

たった一人の着任式

~承前



 7






 不意に恵の背を誰かが押した。

 無意識に振り返った恵だが、その背を押した広瀬の声は全く聞こえない。

 極限の緊張を感じ、視界がチカチカと瞬く。


 そんな状態なのだから、転ばぬよう慎重にすり足で一歩進み、広くて明るい大きな部屋に入った。ドラマに出てくるような大きなテーブル。その前にはソファーセット。その向こうは一面ガラス張りになっていて、明るい月面の様子が浮かび上がっている。巨大な応接室のようだ。


「広瀬技術官 ご苦労でした 下がって結構」


 低く轟くような声が恵の耳に届く。

 壁の色に同化していた様な黒人の大男がひとり、テーブルの脇にサングラスで立っていた。

 幾つも飾りの付いた勲章を胸に下げていて、恵は無意識に襟章を確認する。

 柏葉の飾りが付いたクラウン付きの星が四つ。上級大将だと気が付く。


「では、失礼します」


 部屋のソファー前まで進んでいた広瀬は、一歩下がって振り返った。

 何かを喋っているのだけど、でも、恵には聞き取れない。

 優しく笑みを浮かべて、落ち着け落ち着けとゼスチャーしている。


「……いじょうぶ?」

「はっ はい……」


 極限の緊張で音を聞き取れなくなっていた恵。

 その耳に広瀬の優しい声が流れ込んだ。

 少しだけ落ち着いた恵は、その後にまた低い声を聞いた。


「公式にはまだ任官前だ。故にミス・ケイだね。こっちへ掛けて」


 黒人男性にソファーを指差され、恵はぎこちなく座った。

 生身の体なら口から心臓が出てくるような緊張だ。

 不意に何かが肩に触れた。驚いて見上げたら広瀬が笑っていた。


「緊張しなくて良いよ。大丈夫だ。君なら大丈夫だ。そういう風に僕が作った。心配ない。心配ない。今の君は世界最強だ」

「すいません……」

「士官学校を出た人間なんだ。もっと自分に自信を持って」


 まるで御まじないの様に恵の背中をポンポンと叩いて、広瀬はそのまま部屋を出て行った。それと入れ替わるように、黒人男性は向かいのソファーにゆったりと腰を下ろした。黄色人種系と違って、長い手足が何処か窮屈そうだ。


「ミス・ケイ。そんなに緊張しなくて良いよ。彼から聞いている」


 ニコッと笑ってドアの方を指差す。

 どうやら部屋を出て行った広瀬の事のようだ。


「国連軍アームストロング基地へようこそ。ここが君のこれからの住処になる」

「はい」

「私はこの基地の指令官。フレネル・マッケンジー。階級は上級大将だが、皆にはフレディと呼ぶように言っている」

「でも、上級大将閣下では……」

「良いんだよ。この基地に居る海兵隊員はみーんな私の家族だ。君も今日から私の娘だ。遠慮する事はない」


 大将だと名乗ったフレディは、ゆったりとした口調で優しく恵に語りかける。

 少しでも緊張を解きほぐそうとしているその姿に恵は少し落ち着きを取り戻した。

 すごく温かいオーラを感じる、本当に『お父さん』と言う感じの人だと思った。

 その大将は不意にサングラスを取ると、真っ直ぐに恵を見た。


 ……瞳の芯が真っ白だった。


 ――――この人もサイボーグなんだ!

 

 一瞬の虚を突かれた。気が付けば緊張を忘れていた。

 真っ白な瞳をジッと見て、どこかホッとしたような気持ちになった。

 同じ境遇だと、恵は直感した。

 一瞬の変化に気が付いたのか、フレディは優しく笑みを浮かべた。


「実は私もサイボーグだよ。もっとも、君と比べれば正直に言ってブリキの人形レベルだけどね」

「ぶりきのにんぎょう? 適応率の問題ですか?」

「そう。私の場合は戦闘中の負傷で死ぬのを待つばかりでね。止むを得ずサイボーグになったのだが、適応率は60%少々だ。残念ながら」

「同じサイボーグでも随分と、その……」


 大変ですよね?と言いかけて言葉を飲み込んだ。

 広瀬から教えられたとおり、恵の場合は機械の身体に全く違和感が無いレベルだ。

 だけど適応率60%程度だと、国際障害ハンディ2級だと教育を受けたばかり。


「私と君を同列に語るのは、全く持って君には失礼なのかもしれない。だけどね」

「閣下も……」

「敬称や尊称は要らないよ。さっき言ったろぅ?」


 再びサングラスを装着し、白い瞳が人に見えない様に隠した。

 これは人に見せたくないんだと恵は気が付いた。

 恥ずかしいのではなく、同情されるのが嫌なんだと思った。


 そして、負傷の末にサイボーグ化した事を誇りにしている。

 ふと、何の根拠も無くそんな事を思った。


「君が持つ不安や葛藤や、そして、言葉に出来ないコンプレックスを私も持っているし、理解出来るつもりだよ」


 そんな事を言いつつ、フレディはインターホンのボタンを押した。


  ビーー!


     『ダッド?お呼びですか?』


「あぁ。私の新しい末娘が到着した。準備を頼む」

『イエス・サー』


 手短な会話の後で、ニヤッと笑ったフレディは恵を見た。


「今のは秘書のルーシー。この基地に済む私の可愛い息子たちはシスタールーシーと呼んでいる」

「ルーシーねぇさん……なんですね」

「そうだ。そしてさっき聞いたとおり」

「大将閣下はダッド。お父さん」

「物分りがいいね。知性が高い事は兵士には重要な事だ。なんせ、古来からこう言う。バカでは兵士は務まらないってね」

「でも、利口は兵士にならないとも聞きました。私の場合は……」

「さっきミスターヒロセも言っただろ?君は特別なんだよ。神に選ばれた人間だ」


 フレディの笑みは何処か寂しげで、でも、ちょっと嬉しそうでもある。


「こればかりは、仕方がない」


 仕方がない……

 その言葉が胸に突き刺さった。


 恵の手の届かない何処か心の深いところに突き刺さって、そして真っ赤な鮮血を流しながら、防ぎようのない痛みをまき散らした。


「おいおい。そんな悲しい顔をしないでおくれ。日系人と言う人種は皆そうなのかい?」


 フレディは不思議な言葉を恵へと投げかけた。

 サイボーグにも悲しい顔ができるのかと驚いた。


 だけど、その言葉の真意を理解するには、少しばかり経験が足りないのも承知の上だった。


「……申し訳ありません。質問の意味がよく……」


 まるで弱音を吐くように呟いた恵は、恐る恐る顔を上げてフレディの表情を伺った。適応率の低いサイボーグならば、表情を読み取って真意を探るにはいささか心許ない。だが、全てを見通していたように口を開いたフレディのその声音は、まるで娘に語りかける父親そのものだった。


「優れた能力を持つ人間は、その力を他人の為、弱者の為に使わなければならない。自分の利益の為に使う事はマナー違反だ」

「士官学校で同じ教育を受けました。自己犠牲と他者利益ですね」

「そう。例えばスーパーマンとかスパイダーマンとか、普通の人より強くて優れているそんな者が、他人の不幸を見て見ぬフリしていたら」

「ヒーロー足りえません」

「その通り。そして今の君はスーパーマンだ。いや、スーパーウーマンだね。失礼。だけど、その能力があるんだよ」

「望んでませんでしたけど……」


 一瞬の沈黙。

 怒られる!と恵は思った。

 だけど、フレディは優しく笑っていた。


「……そうだよなぁ」


 呆れるとか嘆くとかでなく、心からの同情のような。

 そんな優しい言葉が漏れたのは恵にとって以外だった。


  ガチャリ


「お待たせしました。準備を完了しました」


 ドアを開けて入ってきたのは、背の高い白人女性。

 恵はすぐに分かった。この人がルーシーさんだ!と。


「あなたがバード?」


 荷物を床に置いたルーシーは恵を見下ろして笑っていた。


「ルーシー。まだバードじゃ無い。ミス・ケイだ」

「あら、ごめんなさいね」


 ルーシーはあっけらかんと笑った。

 常に威厳を備え立派であるべき士官でなくて良いのか?と恵は訝しがる。

 士官学校で散々絞られてきて、そんな思考が身に染み付いているのだった。


 故に、何となく腑に落ちなくてルーシーを見上げていた恵だが、ルーシーに続き部屋へと入って来た白人男性に腰を抜かすほど驚いた。


「バード! 良く来たな! キャンプでチームみんながお前を待ってた」

「……テッド ……隊長 ……ですか?」

「そーだよ! シミュレーターの中で一度会ってるだろ?」

「はい。お世話になりました」

「アレは単なるシミュレーターだ。これからは仲間だ」


 サイボーグセンターの戦闘シミュレーターで一緒に走り回った筈のテッド隊長が目の前に立っていた。


「よし役者が揃ったな。じゃぁ、行こうか」


 フレディ司令はルーシーの入ってきたドアを通って隣の部屋へと移動した。

 恵に向かってルーシーがヒョイヒョイと手招きしている。

 立ち上がった恵は誘導に応じ歩き始めた。


 また何処か緊張しているのを感じた。

 後戻りなど出来ないのはわかっている筈なのに。


 意を決してドアを通り隣の部屋に出る。

 そこにはフレディ司令の執務机が置いてあり、その隣には大きな地球儀と国連軍のシンボルフラッグが壁に掲げられている。


 そして、執務机に向かって左手側に四名ほどの高級将校男性。

 さらにはソファー側に何人か男性が揃っていた。女性が1人だけ混じっている。


 威圧感のある人。飄々とした人。

 東洋系黄色人種も混じっている。


 国連宇宙軍だけの事はあると実感する人種の雑多ぶり。

 一瞬、気圧されるようにたたらを踏む。

 恵は奥歯をグッと噛んで持ちこたえた。


「うん。良いね。よろしい。まずはここへ来るんだ」


 テッド隊長に促され、大将の執務机の前に立った。

 見かけより遥かに巨大な執務机なのに驚く。

 その後ろは広大な宇宙の漆黒が広がっていて、月面越しに星々が瞬いている。


 フレディは封筒の中からいくつかのアイテムを取り出し、テーブルに並べた。

 その並んだ物を見て、恵は何をするのか察しが付いた。


 ―――ATTENTION(気をつけ)


 テッド隊長の言葉が部屋に響く。

 考えるより早く身体が条件反射し、恵は背筋を伸ばして顎を引き踵を揃えた。


「これより、新任少尉の任官式を始める。バード少尉!」

「はい!」


 さっきまでの緊張に溢れた弱々しい姿が何処かへ消えうせた。

 いま、上級大将をはじめとする高級将校の前に立っているのは、士官学校を出たばかりの初々しい女性士官だった。


「君の望まぬ形ではあるが、本日現時刻を持って国連宇宙防衛軍、海兵隊の隊員を命ずる。海兵隊第一遠征師団の全てを預かる責任者として、君の着任を心より歓迎する」

「はい。ありがとうございます」

「なお、現時刻を持って君の名はバード。以後、特別な許可のある場合を除き、本名の使用を禁じる。例外は一切認めない。これは君自身を守るためでもある」

イエッサー(はい。了解しました)!」

「海兵隊の強襲降下歩兵の任務と共にブレードランナーを命ずる。人類の平和と安定の為に成すべき職務に忠実であれ」

イエッサー(はい。了解しました)!」


 フレディはテーブルの上に有った階級章を持って、それをじっくりと見たあと、恵へと歩み寄って両肩と胸に付けた。

 その下にはコードネームが刺繍されたネームタグ。 B I R D の文字。

 左腕の手首からやや上の辺り。上着の裾近くの絞られて細くなった辺りに、2本の剣が交差したブレードランナーのワッペンを付けた。


「ブレードランナーは人類に紛れ込んだレプリを取り締まる為に組織された集団だ」

「はい」

「人類の恐怖を除去する為に、限られた者だけが持つ能力を正しく行使してもらいたい」

「はい」

「よろしい」


 大将の執務机の上には漆黒のナイフと拳銃が置いてあった。

 サイボーグにしか扱えない、小型のレールガンと言うべき拳銃だ。

 火薬発射や荷電粒子投射ではない拳銃。


 点破壊しか出来ないレーザーやビーム兵器と違い、実弾系の火器はこの時代も違う理由で存在し続けている。

 点ではなく面で破壊する。或いは、弾道の読めない実弾兵器。

 当たれば面ではなく立体として内部をえぐるようにダメージを与える。


 そしてもう一つの武器は刃物。

 これはやはり最後の砦。


 もはや生物の本能として刃物を恐れるのだから、これを装備するのは意味があるのだろう。


「これは本来君の装備だが、任官教練終了時まで私の預かりとする。ブレードランナーは常時武器の携行が許されているが、君はまだ訓練中だ」

「はい」


 フレディ司令が引き出しの中から一冊の本を取り出した。

 国連宇宙軍にとっての聖書とも言うべき本。


 国連軍行動憲章と書かれたモノだ。


「意味は解るね?」

「もちろんです」


 机の上に置かれた本の上に恵は左手を添えた。

 その手に重ねるようにフレディ司令の手が置かれた。

 差し向かいになって右手をあげ恵は宣誓を始める。


「全ての地球市民と地球文明圏の人民に対し、私……」


 息を吸い込む必要の無いサイボーグだが……

 恵は。いや、バードは一息入れてから真っ直ぐににフレディ司令を見つめた。


「バード少尉は今ここに海兵隊への入隊に当たり責務の宣誓を行います」


 フレディ司令の表情に柔和な父親と厳しい上官と、二つの表情が同時に浮かび上がる。自らを『バード』と名乗った時、つい先程まで極限の緊張状態にあった筈の『恵』が何処かへ姿を消していた。


「私は国連宇宙軍海兵隊の本分を良く理解し、その責務を忠実に実行し、我々が庇護するべき全ての存在に対し抗い牙を剥く全ての敵を、危険を顧みず断固粉砕する事によりその使命を果たし、この手と身体に備えた能力の全てを持って、地球人類の守護者として職責を果たしぬく事をここに誓います」


 何度も何度も練習した任官宣誓だ。

 忘れる筈の無い文言がすらすらと自動的に口を突いて出てきた。

 緊張と恐怖に陥っていた『恵』が何処かに居なくなり、入れ替わりに『バード』が表に出てきた事ですらも気が付かずにいた。


「宇宙軍最高司令官の代理として確かに聞き届けた。カバートス(帽子投げ)の出来ない環境で申し訳ないが、少尉の任官式を終える。君の活躍に期待している」

「ありがとうございます」


 フレディ司令が手を差し出したので、バードはやっとその手を取る事が出来た。

 思っていたとおり、優しい父親のような、柔らかくて包み込むような手だった。

 信頼と情愛の念を感じたバードに、自然と笑みが浮かぶ。


「さて。じゃぁ、こっちを向いて」


 ルーシーはバードへ右を向くよう促した。。

 士官学校の教育通り、回れ右の動作を自動で行っていた。


「この基地のボスザル五人組で残りの四人を紹介するわね」


 気が付けばルーシーがやってきていた。

 ボスザルの紹介に皆が苦笑している。


「まずこの人。赤毛ののっぽさん。作戦戦略本部長。海兵隊降下班最高責任者。エイダン・マーキュリー少将」

「宜しくなバード。わたしの事は遠慮なくエディと呼べば良い。遠慮は要らないし、むしろ遠慮するな。困った事は何でも相談して良い」

「機嫌良くなるといきなり歌い出すから注意してね」


 おいおいと突っ込みでも入れるように笑うマーキュリー少将。

 二メートル近い体躯はガッシリとしたビルディングの様だ。

 青い瞳の印象的なアメリカンだとバードは感じた。


「よろしくお願いします」


 バードの敬礼にマーキュリー少将が応じた。

 バードからみれば、見上げるようなのっぽさんだった。


「君に会えるのを楽しみにしていたんだ」

「私にですか?」

「そうだ。きっと運命だよ」


 不思議な言葉を口にしたマーキュリー少将は優しく笑った。

 全く初対面の筈の少将閣下だが、バードはいつか何処かで会った事があると確信した。根拠など一切無いが、それでも確信したのだ。この人は『めぐり合う運命の人』だと。


「バード。いい? 次はこの人」


 ルーシーの言葉で我に返ったバード。

 そんな姿をルーシーが笑ってみていた。


「戦術部長。マイケル・スペンサー大佐。ニックネームはレッドブル」

「まぁ、あんまり気負わずにやろう。宜しくな。遠慮なんかいらないぞ。ブルと呼べ」

「でも、ブルは口より先に手が出るタイプで、交渉事はまず殴る事から始めるタイプよ。気をつけてね」

「おいおい。しょっぱなからなんだよ」


 スペンサー大佐は日焼けした白人にありがちな赤い肌が特徴と言って良いと思う。

 レッドブルとはよく言ったモノで、ガッシリとした体躯は本当に雄牛のようだとバードは思う。

 ただ、サイボーグなら日焼けはしないはず。つまり、この色は狙って付けているという事になる。


「よろしくおねがいします」


 同じ様に敬礼を送ったバード。

 緊張感溢れるフォームでブルも敬礼を返した。


「そしてこの人。情報戦術担当将校。光ケーブルのスパイダーマン。アレクセイ・アレクサンドロヴィッチ・トルストイ大佐」

「アリョーシャと呼んでくれれば良い。宜しくなバード。上下気にせず仲良く気楽にやろう」

「ただ、この人ね、とにかくザルだから、お酒の席じゃ気をつけないと大変よ」

「タンクの容量は決まってるんだ。生身と違って俺たちにゃ関係ないさ」


 ハハハと笑うスラブ系男性なアレクセイ大佐。

 白い肌に灰色の瞳の優しい目をした紳士って言葉を思い出すタイプだ。

 だが、その目付きは冷たく鋭い。


 なんとなく、気を許したら危ないと思うタイプ。

 バードのそんな印象は、実際あまり間違っていなさそうだ。


「よろしくお願いします」


 バードの敬礼に対し、トルストイも敬礼を返した。

 そのフォームは凄く洗練されていて優雅に見えた。


「こっちはあなたと同じ日本人ね。宇宙軍技術部将校タカツカサ・ヤスノリ技術大佐」

「鷹司だ。君の事は広瀬から聞いている。身体の機械的な事ならなんでも、遠慮なく相談してくれ」

「ニックネームはタカって呼ばれてるわ。筋金入りの甘党だから気をつけてね」

「私の執務室は常に大福や羊羹が有るからホームシックになったおいで。迷った時はアンコが一番だ」

 

 画に描いたような日本人が出てきた。

 丸顔で太っちょで、めがねを掛けている。

 軍人と言うより研究者と言った風体だとバードは思う。


 ――――あれ?


 記憶に隅にあった何かが引っかかった。

 バードの表情が僅かに変わる。


「その顔は気が付いたようだね」

「あの……」

「そう。僕の曾祖父は最初にレプリを作った一人なんだよ。で、僕はそのレプリを狩るハンターの製作を行っている。因果な話だ」


 レプリカントを最初に作った……

 そこまで聞いてバードの脳裏に明確な人物関係が浮かび上がった。


 ――――あの、ノーベル賞を取ったって言う研究者の子孫か! 


 驚くより他ない。

 でも、レプリハンターであるブレードランナーも設計したって言うのは……

 バードは凄いとしか発想できない自分の頭を随分と安っぽく感じた。


「よろしくお願いします」


 バードは英語ではなく日本語で挨拶し敬礼した。


「ネイティブの日本語は久しぶりに聞いたな。まぁ、よろしく」


 鷹司は敬礼ではなく挙手で答えた。


 ――あぁ そうか……

 ――技術大佐と言う事は正式な軍属ではないんだ……


 内心でそう思ったバードの表情に笑みが漏れる。

 

「以上。この基地のボスザル五人組よ。くれぐれも気をつけてね」

「はい」

 

 バードはちょっと不思議そうにルーシーを見た。

 何を言いたいのか気が付いて、ルーシーはニコッと笑った。


「そして最後に私。アームストロング宇宙軍司令官の私設秘書。アメリカ合衆国統合参謀本部参議官。国家安全保障局局員。ルーシー・ハミルトン。階級は准将。まぁ、それは気にしないで。ちなみに私はボスザルには含まれません。宇宙軍海兵隊ではなく合衆国ペンタゴンからの出向だから」


 並んでいる人たちは一見怖そうだけど、でも、何処か温和そうな雰囲気だとバードは思った。ただ、それは何処か新人に対する配慮なのかもしれないと思った。

 新任の、しかも、三週間前まで寝たきりだった病人がいきなり軍人になったのだから、せめて最初くらいはソフトな対応にしておこうと。そんな気配りじゃ無いかと。


「バードです。これからお世話になります。よろしくお願いします」


 改めてバードはルーシーに敬礼を送った。

 その敬礼に笑みを添えて敬礼を返すルーシー。


「オーケー。では、あなたの着任式を終了するわ。本当はもう一つこの基地に駐屯しているサイボーグチームを紹介したかったけど、生憎作戦行動で出掛けてるの。帰ってきたら改めてね」

「お手間をおかけします」

「じゃぁ、次はこっちね」


 高級将校ら『怖い人』たちの紹介を終えてから、ルーシーは別の集団を紹介した。


「あなたと同じ人たち。この基地のブレードランナー達。こっちはNSA管理下の軍属扱いよ。軍警特捜チーム」


 ふと気が付くと高級将校たちがくつろぎ始めた。

 あぁ、軍属モード終了なのかとバードは驚くのだが。


「ブライアントだ。コールサインは『タフィ』。普段はそう呼んでくれれば良い。君と違ってNSA管轄下のブレードランナーだ。まぁ気楽にやろう。やる事は一緒さ。君は海兵隊へ配属され、戦地でレプリを狩る。俺達は戦闘が終わった後に街へ行って逃げ出したレプリの残党狩りをする。その違いなだけだ。時には一緒に動く事もあるだろう。俺たち運命はそこのメスゴリラが握ってるからな。おれ達のノウハウを早く吸収するといい」


 最初に紹介されたのは、正直、冴えない中年風のおじさんだった。だけど、ブレードランナーと言う事は、この人もサイボーグの筈だ……

 ブレードランナーは基本的にNSAに所属していて、海兵隊へは特殊作戦軍経由の出向扱い。だけど、バードの場合はあまりに適応率が高い関係で、サイボーグ隊から横槍が入りNSA所属とはならなかった。それ自体何の疑念も持っていなかったバードを他所に、ルーシーはちょっと本気で抗議している。


「ちょっと! タフィ! いきなり何言ってんのよ!」


 ――――ルーシーさん 怒ってる? 


 突然の事態に、バードは現状を理解し難いのだけど……


「まぁ事実じゃ無いか。俺たちブレードランナーの仕事は国家安全保障局の意向が全てだ。使い潰されないように気をつけろよ」

「……はい」


 どこか遠くを見ながら言うかのような、それこそ独り言のような言葉に、ちょっと怖くなった。使い潰されるってどう言う事だろう?と。指揮命令系統が複数あるのかな?と。

 でも、散々やった戦闘シミュレーターの中で、目の仇の様にレプリカントから撃たれたから。まぁ、言いたい事はなんとなく察しがつく。


「俺はガフ。タフィの相棒役でもある。まぁ、結局のところ、我々は人類の汚れ役だ」

「汚れ役ですか?」

「そう。レプリに一番恨まれる役目。そして、一般人に代わってレプリを片付けるのさ」


 何というか、中南米辺りのその辺に居るおじさんとでも言うような雰囲気。

 もっと言えば、胡散臭さ満点といった感じだ。

 パナマ帽を深くかぶった彫りの深い面長の顔に貝弦髭。ちょっと怖い。


「私はブレンダ。コールサインは『レイチェル』。普段からレイチェルって呼ばれているから、あなたもそう呼んでね。実際女性型のサイボーグはこの基地でも数えるほどしか居ないから、今日一日、あなたの教育係りよ」

「よろしくお願いします」

「困りごとがあったらなんでも相談してね。あなたは遠慮するタイプだから」


 ルーシー准将とは違う方向性の美人。

 悔しいけど、白人系女性には勝てそうに無い。


 そんな風に思うその立ち姿は、ちょっと衝撃が強すぎる。

 赤いルージュをひいた口元が大人の女の空気を感じさせてくれるのだけど。


 一瞬でいろんな事を考えたバード。

 だが、遠慮するタイプと指摘されてバードはブレンダの観察眼に驚く。

 士官学校内で散々と指摘されていた『必要以上に遠慮する』と言う部分をここでも指摘されたのだった。


「僕はジョージ。コールサインは『ジョン』だ。レプリから見たら俺達は一番の天敵だ。向こうもこっちを殺そうとして必死になる」

「え?そうなんですか?」

「そうだとも。あれさ。台所辺りで見かける黒くてチョロチョロ走り回るヤツと一緒。見つけたら理由を考える前にフルパワーでぶっ叩くだろ?」

「……ゴキブリ?」

「そう。向こうもそう思ってるから気を付けろよ。分かり合えるなんて幻想だ」


 背の低い、ちょっと卑屈そうな笑みの立ち姿。

 腰の辺りに見えるのは、刃渡り四十センチはあろうかという鋭いナイフだ。

 立ち姿に不思議な緊張感を感じるのだけど……


「おれはバナザード。コールサインは『デッカード』だ。そして、デッカードの名はブレードランナーのシティチーム責任者をさす言葉でもある」

「シティチームって?」

「君と違って俺は海兵隊のODST隊員じゃないし戦闘要員でもない。だから降下して市街戦とかドンパチはやらない。街中でレプリを狩るのが仕事さ。まぁ、なんだ。普段からデッカードと呼ばれてるんで、君もそう呼んでくれ。実は俺もこの名前を気に入ってるんだ。古典映画にブレードランナーってのがあるんだけどね。その主役もデッカードって名前なんだよ。まぁ、そのデッカードもブレードランナーだけどね。実はレプリカントってひねくれた設定だった」


 その後の言葉はルーシーが繋いだ。


「デッカードを名乗るバナザードは、つまりブレードランナーで一番の処理件数を誇ってる凄腕って事なのよ」

「処理件数?」


 ちょっと驚いた言葉が出た。

 ブライアントは自嘲気味にボソッと言った。


「つまり、最高の殺し屋って事さ。狙ったレプリを逃がした事が無い」


 重い沈黙。バナザードの持つ雰囲気は、一言で言えば『空気』だ。

 まるでそこに居ないかの様にも感じると言う事は、つまり、最高の追跡者なんだろうとバードは思った。


「君が一日も早く一人前になる事を祈っている。君にも神の加護があらん事を」


 驚いて振り返るバード。

 フレディはいつの間にか椅子に座って足を組んでいる。

 この辺りの緩い空気は本当にアメリカ的だと感じるのだけど。


「よろしくお願いします」


 士官として恥ずかしくないようにピシッと敬礼した。


「なかなかサマになってるじゃない」


 うんうんと満足そうに頷くルーシー。

 満足そうにテッド隊長も眺めていた。


「レイチェル。悪いがもう一日だけバードの教育を頼む。ルーシーも」

「オーケー、テッド。じゃ、あなたの部屋へ行きましょう」


 レイチェルはバードに退室を促した。

 大将執務室を出て廊下に出ると、レイチェルの後ろにルーシーが立っている。


「レイチェルさん」

「レイチェルで良いわよ。気にしない」

「そうですか、すいません。不慣れで・・・・ ルーシー准将も」

「階級はいいの。ルーシーで良いわよ」


 流石に気後れする。どこか申し訳ないと言う感じ。

 気まずい感じにバードは恐縮する事しか出来ない。


「でも、それじゃ」

「これがダッドのやり方なの。ここはそれで良いのよ。みんなファーストネームかニックネームで呼び合っているの」

「ニックネーム?」

「そう。だって本名で呼び合うと、レプリを操るテロ組織が身元捜しして、あなたの家族を誘拐とか或いはテロの対象にするかもしれないわよ」


 あまりの驚きにバードは言葉が出なかった。

 畳み掛けるようにレイチェルが言う。


「だから、ここの現場員は階級も本名も一切使わない。それだけじゃなくて、身の上話も一切しない」

「なんでですか?」

「中にスパイが入り込んでるかもしれないでしょ」

「……! スパイ! 驚く事ばかりです」


 言葉をなくして驚くバード。

 そんな姿を見てルーシーはコロコロと笑った。


「最初は仕方がないわよ。それより、あなたの部屋へ案内するわ」


 ふわっと優雅に身体の向きを変えて歩き始めるのだけど、その仕草と言うか立ち振る舞いと言うか、その所作が本当に綺麗だとバードは思った。何処かぎこちなく動いている自分とは大違いなのが悔しかった。


「ルーシーさんの歩き方は凄く綺麗です」

「じゃぁ、マネすると良いよ。私の歩き方もアプリのお陰だから」


 ルーシーに促され、バードも廊下を歩き始めた。

 まるでふわりふわりと舞うように。だけどしっかりと足が地に付いている。

 

『マネすれば良いよ』

 

 見よう見まねで歩き方を真似するべくバードは調整する。

 だけど、全く形にならずぎこちない動きだ。

 ルーシーはバードの悪戦苦闘に気が付いた。


「手持ちのアプリにモーションサンプリングが無い?」

「……あ 思い出しました」


 そうそう。教育の一環で使ったっけ!とバードは思い出した。

 シミュレーター内の授業を思い出し、アプリリストからアプリを立ち上げて、視界の中のターゲットマーカーをルーシーにセット。数秒間のサンプリングが行われ、解析中の文字がバードの視界へ浮かび上がった。


「出来た?」

「あ、もう少しです」


 視界の中にプログレスバーが延び、やがて短い文字列が浮かび上がった。


 【サンプリングモードを使いますか?】


 OKを選択して、歩き始める。

 足の運び方とか関節の曲げ方とか、今まで意識してこなかった部分が自動で補正されているようだ。


「そうそう。それね。モデルの歩き方よ。一番綺麗に見える歩き方」

「このアプリ、便利ですね」

「サイボーグも中々良いモンでしょ?」


 ルーシーはフフフと笑いつつ、バードと二人して並んで歩く。

 まるで姉が出来たようだと。

 そんなありえない感動にも似た事をバードは思っていた。

 

 そして、その感触が何処かで触れた事のある物だと気が付いていた。

 間違いなくこの人と何処かで会った事がある。


 そんな確信を得た。

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