装置の内部
~承前
「……さて」
ドリーの発した小さな言葉がバードの緊張をより強くした。
一歩踏み入った施設の中は、異常に乾いた空気が満ちていた。
そして気圧が若干低い。
サイボーグにとっては最も不快な静電気が起き易い状況といえる。
高電圧を掛ける機材では、そのリークが起き易い。
「随分乾燥しているな」
「湿度12%だ」
ペイトンの言葉にスミスがデータを返した。
収束射撃などのスペシャリストは、大気データを常に気にするのだった。
空気密度など空中成分やその組成は、射撃への影響が大きい。
故に、スミスの持つ職能にはこの手の分析能力が欠かせない。
「とにかく前進しよう。30分以内で制圧する」
ドリーの手が前進を指示した。
その動きはまるでテッド隊長だとバードは思った。
ただ、それを茶化すのは帰ってから。
いつものようにライアンとロックが先頭に立った。
「データによれば内部にもう一枚隔壁がある筈だが……」
突入前に『前回の突入』で調査されたデータを受け取っていたドリー。
だが、目の前にある光景は、データとは全く違うモノだった。
「こんな空洞は聞いてないな」
同じようにジョンソンも呟いた。
まるでシェル一機分をすっぽり飲み込むような空洞だ。
「嫌な感じだな」
「全くだ」
ライアンとロックがぼやきつつも前進を始めた。
絶対に何かトラップがある。それを確信している。
しかもそれは、陰湿な、精神の弱い所を付いてくるタイプのものだ。
実力として敵わないなら、戦闘を回避したくなるように仕向ける。
それもまたシリウス軍の常套手段なのだが……
「あっ!」
何処かで鈍い音が響き、強烈な微気圧波が空洞を伝播した。
そして、鋭い言葉を発したロックが後方へ吹き飛んだ。
ドンッ!ともガンッ!ともつかない衝撃音と同時に。
「ロック!」
バードがその名を叫んだとき、ロックはドリーにぶつかり、そこで止まった。
ロックが着込んでいた胸部装甲に何かが衝突した痕跡がある。
流体金属と高密度重金属のミルフィーユな装甲板は、見た目以上の防御力だ。
「何が起きた?」
「わからねぇが……
ロックの言葉を遮るように、どこかからブーンと低い唸りが聞こえた。
その直後にパチンと響くスイッチ音がもれる。そして……
「あれか!」
空洞の一番遠い所に箱状の機器が置いてあった。
どこかで見覚えがある代物だが、それよりも問題なのは――
「オートマシーン!」
ペイトンが叫んでいた。
その機材は特定空間に入り込んだ敵に対し、自動で迎撃攻撃を行う装置だ。
大概が対人向けの大口径砲を装備し、一定の距離まで接近すると攻撃を行う。
心や感情を持たず、ただひたすらジッと待ち続ける究極のスナイパーだ。
「撃ってくるぞ!」
ペイトンがもう一言を叫んだ時、第二射が飛んできた。
飛翔体の実態は分からないが速度はレーダー計測出来る。
初速はギリギリ音速程度で、予想外に低速だ。
もっとも、それでも手で捕まえることなど出来ない速度だ。
ましてやそれを撃ち落とす不可能な事だった。
そしてついでに言えば、この空洞には身を隠す場所が一切無い。
何処に居ても撃たれるこの空洞全体がオートマシーンの殺し間だ。
だが……
「ッセイ!」
ドリーから離れたロックは、一歩進んでバトルソードを抜き払った。
ロックの目には、自分を狙う発射口が見えたのだ。
その軌道を推定し、バットでボールを叩く要領だった。
ガキンッ!
鈍い音が響き、ロックには手応えがあった。
飛んできた飛翔体をジャストミートしたロックの刃は、その塊を両断した。
「おぉ!」
「すげぇ!」
誰かが叫んだのだが、アナはそれが誰だか咄嗟には理解できなかった。
行き足を失った飛翔体は施設の壁に激突して酷い音を立てる。
それを拾ったアシェリは素早く分析して叫んだ。
「鉛など比較的柔らかい重金属で構成された、文字度落ちの弾丸です。丸い!」
――え?
バードはチラリとアシェリを見てからオートマシーンを睨んだ。
狼狽しても仕方が無いから突撃するしかない。しかし……
――当たれば痛いよね
ごく当たり前のことだが、直撃は避けねばならない。
いくら装甲板に護られているとは言え、サイボーグは精密機器の塊だ。
俗に武人の蛮用と言うが、本来は激しい戦闘を行うような代物では無い。
サイボーグに求められる能力の一つは、高価な機材をちゃんと持ち帰る事だ。
この身体だって本来は国連軍の機材の一つなのだから。
「ライアン! 囮になるから突入して!」
「バカ言うな!」
「発射口は多分一つよ!」
バードはいきなり加速して、狭い空間を斜めに走った。
対移動物射撃の常として、銃身なり砲身なりを動かしながらの射撃は難しい。
バードは右脚と左脚の加速度を変え、速度をばらつかせて走った。
こうすればかなり当たらないと知っているのも乱戦経験故だ。
「相変わらず無茶しやがって!」
ライアンが飛び出し、それに続きペイトンも飛び出した。
バードとは反対側の斜め方向に……だ。
分散して走れば射界が広がり命中精度は落ちるはず。
誰かひとりが攻撃出来れば、アレは機能停止すると踏んだのだ。
「よしっ!」
ドリーが叫んだ。
銃列を敷き、収束射撃の準備だ。
刹那、あのブーンというチャージ音とガキン!となる音が響く。
――撃たれる!
バードは覚悟を決めた。
さぁこい!と。
直後、ドンッ!と言う音が響き、どこかで何かが壊れた音がした。
直感で『外した!』と思った。もちろんオートマシーンのほうだ。
ややあって、猛烈な射撃音が響いた。
サイボーグ向けの高初速大口径自動小銃だ。
生身の身体ではリコイルエネルギーで射線が安定しなくなる代物。
だが、そもそも重量があって膂力に余裕のあるサイボーグには問題ない。
ガンガンと賑やかな音が響き、その向こうにはガキンバキンと何かが壊れる音。
オートマシーンを破壊したか?と思ったバードだが、再びあのブーン音が響く。
――しつこいわね!
足を止めたバードは久しぶりに左腕を伸ばした。
ブレードランナー向けの切り札装備を使う算段だ。
冷静に考えれば、あの火星降下中にこれを使えば良かったと気が付いた。
こういう部分で柔軟に発想し、臨機応変な対応をするのがヴェテランだ。
――まだまだね……
自らの至らなさを痛感しつつ、バードは電圧を掛けてチャージを始めた。
立ち止まらなければ当てる自身は無い。向こうもチャージしている筈。
――止まってたら……
――撃たれるよね……
ただ、迷っている暇はない。チャージは完了した。
手首のロックを外し、レールガンの砲口を露出させる。
「レールガン使うよ!」
先に一言掛けるのはマナーの範囲だ。
威力があるだけに注意も要る。
そして、万が一にも外せば穴が空くかも知れない。
この装置の外壁はぺらぺらの装甲板一枚だ。
レールガンの威力なら、撃ち抜くことも可能かも知れない……
――当たって!
一瞬の祈りを捧げたバードは狙いを定めた。
どこかで『ガキンッ!』と音がした。
向こうもチャージが完了した……
――くるっ!
それ程広くない空間を散開陣形になっているのだ。
一定の距離まで近づけば撃たれる。
攻撃すれば敵認識されて撃たれる。
いずれにせよ撃たれる。
――いけっ!
最大電圧で放たれたレールガンは、オートマシーンのど真ん中を撃ち抜いた。
一瞬だけスパークが飛び散り、バチバチと音を立てて内部でショートしている。
だが……
「あ――
再びドンッ!ともガンッ!ともつかない音が響いた。
強烈な衝撃を胸部へ受け、バードは最大効率で一撃を受けた。
――いったぁ……
鋭い痛みが胸の奥から沸き起こった。
何処がどう痛みを発しているのか理解できなかった。
身体はその運動エネルギーで後方へと吹き飛ばされ、壁に叩き付けられている。
生身だったら即死級の衝撃だ。全身の骨が叩き折られる一撃だった。
そしてヘルメットがなかったらサイボーグだって脳挫傷を起こすレベルだ。。
「バーディー!」
ジョンソンが叫び、同時にロックが銃を構えて走り出した。
「バード!」
「大丈夫! オートマシーンは!」
全身のバネで飛び起きたバードはもう一度レールガンを構えた。
だが、あのブーン音は響くことがなかった。
「機能停止したか?」
慎重に接近を始めたドリーが漏らす。
一歩ずつ近づくドリーとジョンソンは、左右にやや距離を取っていた。
撃たれてもどちらかが生き残る。
瞬時のそう判断したのだった。
「音がしねぇな」
「作動ノイズも出てこねぇ」
ドリーの言葉にジョンソンがそう応じた。
その会話にアナは通信士がただ通信すれば良いと言うモノではない事を知った。
ノイズが漏れるなら機材は生きている。無線に漏れる波形が重要なのだった。
「……これ」
「見た事ある機材だな」
オートマシーンに辿り着いたドリーとジャクソンは、呆れた声を漏らした。
あの、蛇の楽園な南海の孤島にあった機材と一緒だったのだ。
ドリーがスイッチを切り、機材は完全に機能を失った。
静まり返った機材の内部を見たスミスが笑いだした。
内部は至極単純なスプリングと板バネを使ったスリングショットだ。
本来はもっと軽いモノを打ち出す機材なのだろう。
だが、この機材はそのスリングショット部分を強化し、重い弾丸を撃ちだした。
銃火器等では外壁に穴が開くので、この構造にしたのだろう。
ただ、これとて生身が受ければかなりの被害となるのだろうが……
「大丈夫か?」
「問題ないと思うけど……」
「無茶しやがって」
「ロックは平気なの?」
「機能チェックしたが、何処にも問題は無い」
「ふーん」
妙な会話をしながら装甲板の辺りを相互チェックしているロックとバード。
直撃を貰ったふたりは、自分では見えない部分をチェックをしているが……
「おい! そこの馬鹿ップル!」
ジョンソンの遠慮ない言葉に冷やかされ、ロックとバードは我に返った。
まだ戦闘中なのだから、気を緩めて良いタイミングでは無い。
「もう! 邪魔しないでよ!」
「そうだぜ。せっかく良い雰囲気だったんだからよぉ」
「もうちょっとチェックして欲しかったなぁ~」
冗談ぽく笑いながら慌てて機材へやって来たバードとロック。
ぷりぷりと文句を漏らすふたりだが、声は明るかった。
「ほっとくと乳繰りあい始めそうだからな」
「おぃ、もういっぺん言ってみろてめぇ」
ライアンがすかさず冷やかしを入れ、ロックがソードに手を掛ける。
そんな会話にメンバーは大笑いし、アナは驚きのあまり言葉を失う。
とにかく緩くていい加減でだらけているBチームだ。
だが、その戦闘能力はとんでもない……
「とりあえず状況を先に進めるぞ」
オートマシーンの機材をチェックしたドリーは、その奥の扉に手を掛けた。
鍵が掛かっているかと思った扉が、いとも簡単に開いた。
「さて、お次の歓迎式典はなんだろうな?」
皮肉っぽい言い回しのジョンソンが扉の向こうを覗き込んだ。
重々しい音を立てて開いた扉の向こうには、幾人かの男が立っていた。
その身に纏う服はシリウス軍の士官が着るモノだ。
いつぞや、金星で見た者だとバードは思う。
そこに居たのはシリウス軍の少佐だった。
「投降する! 撃たないでくれ!」
両手を挙げて命乞いをしているシリウスの士官は、驚く程に痩せていた。
最後通牒で降伏勧告を行ったはずなのだが、その全てを拒絶したのに……だ。
「殺しはしないが……」
銃を下ろしたドリーは、呆れたような声音だった。
驚きと戸惑いの表情で立っているシリウス軍の士官は3人。
呆れるほどに不潔な形だった。
「貴官らは?」
ドリーの鋭い声音が響く。
銃を突きつけ、簡易的な尋問だ。
「コロニー監視派遣団隊長のニューハン少佐だ」
「了解しました。国連軍のドリー大尉です。戦争協定に基づき――『降伏する!』
ニューハンと名乗った少佐は、迷う事無く投降した。
突入から15分。
戦闘らしい戦闘は、その僅か15分の更に最初の10分のみ。
オートマンと呼ばれる自動迎撃兵器に対する無力化戦闘だけだった。
「……最後通牒を拒否した理由を簡潔に」
ジョンソンが尋問に加わり、ニューハンは震える声で言った。
それは恐怖ではなくもっと違うものだ。
「かっ…… 家族が人質に取られているからだ」
「わかった。それ以上言わなくて良い」
呆れたような調子で尋問を終えたジョンソンは、溜息混じりに無線を繋げた。
完全封鎖されていた無線の中に、その呆れ声が漏れていくのだが……
『任務ご苦労。引き続きそこで警戒に当たれ』
本部の座敷牢で話を聞いていたエディの言葉は、いつになく上機嫌だ。
まぁ、大体はそんな時に限って酷い目に遭うものだが……
「あの…… バっ…… バーディー」
何とも呼びにくそうにバードを呼んだアナ。
バードはずっこけそうな脱力を感じつつ、一歩下がってから振り返った。
完全密封型のヘルメットだけに表情はうかがえないが、姿勢だけは見える。
フェイスマスク状の表面装甲がアナを見た。
「なに?」
「気のせいかも知れませんけど……」
アナはなにを思ったか、いきなり自らの視界をバードと共有した。
飛び込んできた『アナの見ている世界』が重なっているバードは目眩を覚える。
だが、言いたい事は解った。
複数の周波数で軍用通信が行われている。
しかも、それはヘッダ情報から察するに、巨大なファイルのやり取りだ。
投降したシリウス軍士官だけではない何かがここに居る。
そして、おそらくはニューホライズンの地上と通信している。
状況を思えば、その中身は簡単に察する事が可能なものだ。
「……余り良い状況じゃないね」
「はい……」
どこかにまだシリウス軍が潜んでいる。
それは間違いない。
「……しかし、随分とその、汚れている御姿ですが。少佐殿」
僅かに緊張した物言いでバードが口を開いた。
その言葉にニューハンが『我々には配給が無かったのだ』と答えた。
配給と言う言葉に計画統制経済の限界を感じたバード。
だが……
「どこかにネズミでも潜んでいて、食べてそうだわ」
含みのある言葉をバードが吐く。
そしてそれは、仲間たちの緊張を一気に引き上げた。
遠まわしに緊張と警戒を促したバード。
それを正確に理解し、実行に移した仲間たち。
常に緩いBチームだが、ここでパッと切り替わるその姿にアナは驚く。
そして、このチームのメンバーが誰一人として只者では無い事を実感した。
――――ゲームはまだ終っていない
アナもまた、もう一度気を入れなおしたのだった。