突入戦闘の準備
ちょっと短め。更新30秒前に気が付いて書き直した(汗)
「アナを連れて行きたいの」
士官室へと続くハンフリーの通路は静まり返っていた。
緊急立案された作戦の説明と呼び出されたバードは、ドリーに呼び止められた。
手短に用件を伝えられたバードは、真剣な表情でそう提案した。
「…………………………」
人員を選抜し一気に方をつける作戦が立案され、ドリーは人選を進めていた。。
接近戦闘が得意で判断力と決断力に優れ、何より『迷わない』のが重要だ。
突入型の戦闘では、一瞬の判断ミスが命取りになるし、仲間の命を危険に晒す。
迷ったらどうするか……ではなく、迷わずにアクションを起こして責任を取る。
その場面場面での判断に逡巡しない人間が重要なのだった。
「端的に」
理由を簡単に説明しろとドリーは言った。
この辺りの駆け引きも士官に必要な能力だ。
バードは素早く脳内で言葉を練って口に出した。
前々から考えていた事だが、必要な時に素早く論理立てて説明出来る。
たったそれだけの事だが、それをできない者は余りに多いのだった。
「アナは自信を失っているだけ。能力的な問題ではなく経験だと思うの」
「その見方に異論はないが、いきなりハードなミッションはどうかと思うぞ?」
怪訝な表情のドリーは眉根を寄せて言った。
経験の浅い者をいきなり引っ張り出す戦闘では無いと言外に言っていた。
「……私はいきなり火星にエアボーンしたけど?」
いたずらっぽい笑みのバードは、腕を組んでそう言い切った。
そんなバードにドリーも苦笑いを浮かべるのが精一杯だ。
「……確かにその通りだな」
「穴を開けたら終わりっていうなら、ブラスターじゃ無くて実弾系でどう?」
「あれ位でどうこうする様な代物じゃないってか?」
「それも有るし、アナ自身の経験のためにも」
しばらく黙って考えたドリー。
バードはただただ待つことを選択した。
まだまだ経験の浅い者を連れて行くのは心許無い事だ。
だが、誰だって最初はビギナーから始まる。
そして、本当に厳しい局面を乗り越えてこそ人間は成長する。
ならば……
「まぁ、バードの言うとおりだな」
公衆の面前で遠慮なく『バード』と呼ぶようになったロック。
それにあわせたのか、仲間たちも遠慮なくそう呼ぶようになった。
バード自身もそれに異論は無いし、むしろ歓迎していた
――――やっとBチームの一部になった
そんな自己承認欲求への回答だ。
言い換えるなら一人前扱いされるようになったと言うところだろうか。
「さっすがドリー!」
「おいおい。あんまり褒めるなよ。隊長ほど人間が出来てる訳じゃない」
「隊長はドリーじゃん」
「……そうだったな」
困った様に笑ったドリーは、それでもどこか嬉しそうだった。
それはリーダーと呼ばれる事への喜びではない。
まだ手を伸ばせば手が届くところにテッドという男がいる事への喜びだ。
「まぁ何れにしろ……」
僅かにうんざりとした表情のドリー。それはバードも同意見だ。
ODSTは面倒を解決する為に存在し、容赦無く使い潰される運命だ。
その中でサイボーグはその一番の面倒を押し付けられる。
もはやそれについてどうこう言うつもりは無い。
ただ、ミッションの内容が問題なのだ。
「これを計画立案した奴を張り倒してやりたいな」
ここまで黙っていたロックが口を開いた。
やはり出てくる言葉は愚痴と怨嗟だ。
「まぁ、しっかりやろう。テッド隊長の顔がつぶれない様にな」
「そうね」
3人で顔を見合わせ首肯しあい、ハンフリーのウォードルームへと入った。
室内には第1作戦グループの面々が集合し揃っていた。
「さて、面子がそろったな」
話を切り出したテッド隊長はスクリーンに作戦フローチャートを示した。
ここで問題になるのは2点。コロニーに突き刺さった毒ガス装置を破壊する事。
シリウス軍の宇宙艦艇製作拠点である第5惑星を破壊しつくすこと。
さらには第3惑星の鉱物生産拠点も破壊する予定になっている。
だが、幸いにしてそれは第2グループへと宛がわれる事になっていた。
「見ての通りだ。厄介なモノを先に始末しようと言うことだ」
僅かに肩を窄めたテッド隊長は、スクリーンの表示を変えて隣を見た。
そこにはエディの代わりにブルが立っていた。
「さて、じゃぁ順を追って説明する」
ブルことマイクの説明にバードは身構えた。
どちらかと言えば鉄拳制裁系な人物だからだ。
まず動き、その上でアクションしながら修正していく。
そんな人間だという印象は、サイボーグ中隊の中であまり差の無いことだった。
だが……
「戦略目標は毒ガス発生装置。及び、宇宙艦艇建造ドック14箇所だ。見ての通りにシリウス側の重要拠点となっているので注意がいる。毒ガス発生装置の中に元となる化学物質は入ってないと思われているが、だからと言って油断して良い訳ではない。時間を掛けて少しずつ運び込み、装置にセットされている危険性は否定できないからな――
音吐浪々に立て板を流れる水の如くな説明を行なっているブル。
話を聞いていた者は一様に驚いていた。もっとぶっきら棒な説明になると思っていたからだ。だが……
――それほど大きく無い施設だ。突入は選抜チーム7名で行なう。残りの者はシェルで出撃だ。第5惑星セトの防衛線を一気に突破し、現場に出てくるシリウスの迎撃を無力化する。その後に艦砲射撃で焼き払う計画だ。向こうも必死の抵抗を見せるだろうが、こっちだってありったけの戦力を投入する。その混乱と激戦の最中に毒ガス装置を制圧する算段だ。」
ブルは表示を変えて毒ガス装置内部を表示させた。
幾度も双方により査察が行なわれていて、内部構造は全部分かっている。ただ、最も重要な部分、つまり、3種類のリキッドを混合し毒ガスを精製する装置の部分へは、双方立会いで封印が行われた為に内部資料が無い状態だ。
「リキッドは全部抜き取られている事になっている。少なくともこの装置が設置された50年前の段階では薬剤が抜き取られていた。それは、俺もこのテッドとウッディも見ている。俺たちは一度入った事があるからな」
ブルの言葉に滲むそれは、長年戦ってきた男の矜持で誇りだ。
まだ連邦軍と呼ばれていた集団がコロニー内部で行なった戦闘の資料にはバードも目を通しているが、まさか核心部分まで立ち入っているとは思っていなかった。
「まぁ、結論から言えば、構造は至極単純なものだ」
ウッディ隊長がテッド隊長の顔を見ながらそう言った。
懐かしいなと顔に書いてある状態だった。
そして、続きはお前が言えと言わんばかりだ。
「……3種類のリキッドを特定の調合濃度で混交させればガスが発生する」
テッド隊長は頚椎バスにハーネスを接続し、自らの見た映像を再生した。
現代の水準から見ると少々荒い動画がスクリーンに再生された。
――50年前のサイボーグだ……
バードは内心でそう思った。
テッド隊長やエディ指令の経験した黎明期のサイボーグ兵士が見ていたもの。
サブコンで処理されたとはいえ、解像力的には余り褒められない水準だ。
だが、それだって十分な能力と言って良い。
実際に見えるのだから、問題は無い。
ある意味では、現代のサイボーグが見えすぎるとも言える。
生身の人間が持つ可視光線の波長を大きくはみ出し、赤外も紫外も見える。
それ故に厳しい条件でもこき使われる事になるのだ。
――なんだか嫌なパターン……
今回も飛び切りの場所へ送り込まれる事になりそうだ。
今ある手持ち戦力で何とかするのが兵士に求められる能力だ。
もはやそれに付いて異論を挟む気など無いのだから、それで問題は無い。
ただ、もう少し労わってくれとは、バードだって本音で思うのだが……
「この装置の弱点はここだ」
ウッディ隊長が指差したのは、いくつかのリキッドを調合する部分だ。
複雑に絡み合った配管が輻湊していて、明らかに繊細な様子が見て取れる。
「ここに爆薬を仕掛けるって寸法ですか?」
ニヤニヤと笑うダブがそう言った。
その姿にバードは改めてダブのポジションを思った。
――工兵担当だものね
まだ身の上を聞いていないが、少なくともまっさら素人とは考えにくい。
良くて作業中に吹っ飛んで即死一歩前。あるいは訓練中の事故での施術だ。
死んでなお働けと言う冷たい宣告とも言えるが、貧しい地域出身であれば……
――給料だけは良いからなぁ……
わが身を省みてバードも笑うしかなかった。
毎月様々な国際機関から寄付を求める手紙が届く位なのだ。
毎月の個人所得が生涯年俸よりも多ければ、サイボーグ化は魅力的だ。
金で命を買っていると言う批判の根源ともいえるが、必要悪な事だ。
何処かで誰かが汚れ役を引き受けるからこそ社会は回る。
それを理解できない者を、愚か者と呼ぶのだろう。
「いや、爆破するのではない。設備そのものをコロニーから引き剥がす」
「その上で破壊するって寸法だ。そうしないと色々と拙いからな」
先に話を聞いていたらしいテッド隊長とウッディ隊長が話を〆に掛かった。
自嘲気味に笑っていて、その笑顔にバードは一瞬だけ寒気を覚えた。
「現場突入の選抜メンバーを通達する」
話をパッと切り替えてブルが宣言した。
先に声を掛けられていたのだから、バードは覚悟を決めていた。
「ドリー、ジョンソン、スミス、ペイトン、ライアン、ロック、バード」
あらら……
バードの表情にガッカリが浮かんだ。
そして、何気なく見たAチーム側のホーリーやアシェリがガッカリしていた。
やはりBチームは特別な集団だと最認識させられる面々だ。
「気心知れたメンバーでの突入だ。上手くやってくれ」
ブルの言葉に7人が『イエッサー』と応えた。
アナを連れて行きたかったバードの期待は外れてしまった。
まぁ、冷静に考えれば仕方外ともいえるのだが……
「あと、アシェリとアナスタシアのふたりをサポートメンバーを選抜する。突入の一歩前まで同行し、補助に当ってくれ」
ブルの唐突な言葉にバードが驚く。
もちろん、アシェリとアナスタシアも驚いた。
「施設の中に立て篭もっているシリウス側の兵士に女性が混じっているようだ。捕虜にした場合のセクハラ対策と言う部分も加味してある。地球とシリウスとの戦争協定はまだ有効だ。慎重に当ってもらいたい」
驚きの表情になっていたアシェリとアナが『イエッサー』の返答を返した。
場数を踏ませたいと言うバードの要望が違う角度で叶った事になる。
あとは上手く振舞うだけだ。
「出撃は三時間後だ。各艦艇がその時点で出発する。突入メンバーはコロニーへ入り、内部での作業に当ると言う建前だ。完全武装するのは突入段階に入ってからと成るので、気楽な格好でコロニーへ降りるように。決して気取られるな」
そんな言葉で話を〆たブルは、珍しく優しげな笑みを浮かべてアナを見た。
常に緊張感を漂わせる、威圧染みた迫力の姿ではなかった。
「アナスタシア。誰だって最初はレベル1だ。だが、士官はそれでも結果を出さなきゃいけない立場だ。ここに居る者全てがそうだった。誰だって最初は戸惑うし、焦るし、間違える。致命的なミスをも犯す。だから、仲間がフォロー出来る環境のウチに失敗しておくといい。悩んでおくといい。まずは経験を積み重ねる事が大事だからな」
そんなブルの言葉に、アナも話の実態を理解したらしい。
まずは経験を積んで来い。そう言う配慮を見せたのだと気がついた。
「勉強させていただきます」
「そうだ。その意気だ」
グッと引き締まった表情のアナスタシアは、両手を握り締めていた。
そんな姿を見ながら、バードは内心でホッとしているのだった。