余裕の撃退
~承前
テッド中佐はオージンを駆って一騎打ちを挑んだ。
トップスピードには劣る物の、運動性能は負けていない。
そもそも先ずもってあの高機動型は速度が命な形態だ。
コントローラブルな機動力を持たせれば、かえって自壊の危険が増す。
「いずれにせよ、機動力という面では大差が無い。遠心力で吹っ飛ぶからな」
正対して速度を上げていたテッドは、ある程度の所で急激に速度を殺した。
そして今度は向かってくるシェルに対し、逃げ方向で全力加速に入った。
「よく見ておけ」
グングンと速度を上げたテッド。
シリウスシェルはそこに追いついた。
その一撃離脱型のシェルは両腕に巨大なクローを装備している。
クローの中心部にはモーターカノンと思しき影が見えた。
機体の全ては超高速での一撃に特化した、冗談の様な割切のデザインだ。
「手順は簡単だ。ただし、絶対に外すな」
テッド中佐はクローのカノンを機能不全に陥らせた。
本来、シェルの65ミリモーターカノンは威力十分だ。
狙い澄ました一撃は、シェルの左右に装備された2本をほぼ同時に沈黙させた。
そして、間髪入れずに今度は背面辺りを狙って一撃を放つ。
背面にあった大口径ライフル砲のユニットは直撃弾を受けて弾けた。
――気が付かなかった……
背面の砲ユニットをバードは気が付かなかった。
クローの中のモーターカノン以上に背面のライフル砲は目立っていたはずだ。
だが、バードの目はシェルの速度自体へと向けられて居たのだ。
「ここからが重要だ」
逃げ方向に飛翔するテッドは、背面飛翔を行いつつ敵シェルを誘った。
その動きは敵機荷電粒子砲の射線上に居座り『撃ってこい』と言わんばかりだ。
――無茶よ!
バードは声にならない声で叫びかけて飲み込んだ。
テッド機のモーターカノンがしっかりと狙いを定めていたからだ。
秒速40キロで逃げるテッド機をシリウスシェルが60キロで追う。
相対速度は20キロとなり、見かけ上の速度差は随分と減速されている。
そして、モーターカノンの初速分も結果論として減速される形だ。
秒速10キロ程度で放たれる分だけ速度が更に減速されるのだった。
――うそでしょ……
驚きの表情で眺めていた先。
シリウスシェルが荷電粒子砲のカバーを開いた瞬間、テッドは一撃を放つ。
その一撃はシェルの荷電粒子砲を撃ち抜き、内部構造体を次々と破壊した。
「これが超高速型破壊手順だ。忘れるな」
事も無げにとんでも無い事をしたテッド。
だが、これを出来る様になるまでには、相当な苦労を重ねたはずだ。
今さら言葉にされなくとも、バードはそれが我が事の様に理解出来た。
そして、同じ事を出来る様になりたいと願う。
一撃でこの高機動型シェルを屠り、自らの上達を見せたいと願ったのだ。
――よしっ!
通り過ぎていった高機動型シェルが艦艇を攻撃して再びターンしている。
それを目で追っていたバードは、一気に速度を上げて接近していった。
――やるよ……
――同じように……
ある程度進んだ所でターンしたバードは、逃げ方向でグングンと加速を始めた。
テッドと同じように狙いを定め、先ずはクローのカノンを潰した。
続いて背面の砲ユニットを潰してしまえば、敵機の攻撃手段は荷電粒子砲だ。
――さぁ……
――おいで……
相対速度はウンと減ったが、それでも毎秒20キロ程度はある。
大気の揺らぎが無い宇宙では、遠くでもハッキリ見えるものだ。
しかし、それでもしっかり狙って破壊するには接近しなければならない。
こればかりは、気合と根性と度胸だ。
グッと奥歯を噛んで『その時』を待ったバード。
射撃距離は追い越されるコンマ5秒前だ。
――クロックアップしている……
バードの視界は全てがスローモーになった。
サブコンがクロックアップし、1秒を4秒に感じていた。
――いける!
グングンと迫ってくる敵機に狙いを定め、一秒未満の間に一撃を入れる。
瞬間的に見た射撃パラメーターの目標距離は五千メートルだ。
刹那、荷電粒子砲の発射口がホンノリと明るくなった。
敵機の装備している砲が加速を完了し、発射段階に入ったのだと気が付いた。
どれ程クロックアップしたとしても、光の動きなど見きれるはずがない。
どっちが早いかの勝負。
発射口がゆるりと開いた瞬間、バードは機械的に発射動作を行った。
――いけっ!
後は祈るしかない。
万全を尽くして結果を待つしか無い。
もはや、それだけだ。
真っ赤な線が一瞬だけ延び、ドンピシャで荷電粒子砲を捉えた。
すぐ脇を通り抜けたシリウスシェルは機体の灯りが全て消えていた。
そのまま慣性運動に沿ってしばらく進み、大爆発を起こした。
「バード! よくやった!」
撃破の瞬間、テッドの声が聞こえた。
真っ直ぐに褒めたその声に、バードは胸が一杯になった。
――やった!
コックピットの中でグッと拳を握りしめたバード。
機体の各部に四散した敵機の破片がガンガンとぶつかってくる。
その震動を感じながら、バードは辺りを見回した。
離れた所ではジャクソンとドリーが軽やかな動きを見せて撃破している。
やはり中尉軍団は戦闘経験があるだけに、事も無げな様子だった。
スミスは同時に2機の攻撃を受けていたが、一気にその2機を撃破した。
――さすが……
コックピットでニンマリと笑ったバードは新人達に目を向ける。
ビッキーとダブはクローの撃破まで出来たものの、背面のライフル砲には手が届かなかったらしい。そして、心配していたアナはクローの片方を撃破するので精一杯だった様だ。
――もっと訓練しないとダメね……
思えば、エディやテッド隊長らに散々と特訓を受けた成果だ。
実際の話として特訓などと言う表現では生易し過ぎるものだ。
かつてシミュレーターの中で経験した特殊部隊向け訓練もきつかったが、シェルの特訓はそれを上回るものだった。なにせ、シミュレーター上では『死ぬ事』が出来るのだ。しかし、シェルでは空中衝突で一瞬のウチにあの世行き……
無駄では無かった。
その意識をバードも初めて実感していた。
そして、バードの目が無意識にロックを探した時だった。
――え?
ロック機は棒を手にしていた。
何処でそれを見つけたのか聞きたい程の長さがあるものだ。
先端は鋭く、その後ろはトラス構造になっていた。
何となくそと形に見覚えを感じたバードだが、アッ!と短く言葉を漏らした。
つい今しがたに攻撃された戦闘艦艇のアンテナ部分だ。
──なにするの?
興味津々に見ていたバードは、ロックのシェルが静止したことに気が付いた。
そした、その周囲にはヒリ付くような殺気が漂っているように見えた。
――黒い炎……
心中でそう呟いたバードの目には、ロック機が纏う黒いオーラが見えた。
「おぃ! ロック!」
「バカな真似はすんな!」
ジャクソンとペイトンが金切り声で叫んだ。
いつも冷静なビルまでもが『かわせ!』と叫んだ。
だが、ロックは微動だにすることなく、まるで槍の様にアンテナを構えた。
シェルの大きさから見れば、そのアンテナは文字通りの槍だった。
大きく長く鋭いそのフレームに手を掛けたロックは、まるでデブリの様だった。
「ロック! 返事をしろ!」
ドリーの金切り声が響く。
敵機は秒速60キロで突っ込んできた。
クローの中のモーターカノンが火を噴く。
アンテナのトラス部分に火花が散る。
各所で鉄火が花開く。
刹那。ロックは吼えた。
「ッセイ!」
ロック機の抱えていたアンテナがグイと伸びた。
秒速60キロの猛スピードでやって来たシェルは、瞬きよりも遙かに速い。
だが、本当に一瞬に満たない僅かな時間で方は付いた。
ロック機の押し出したアンテナは、敵シェルのど真ん中を貫通した。
機体後部のエンジン部分を爆発させ、最後尾まで貫いたのだ。
――すごい!
言葉を失い唖然として見ていたバード。
無線の中が静まりかえり、どう言葉を掛けて良い物かと全員が思案していた。
だが……
「おっしゃぁ!」
無線の中にロックの雄叫びが響いた。
そして、シェルの右腕でガッツポーズを見せた。
「おぃロック!」
「バカやってんじゃねぇ!」
ジャクソンもペイトンも流石に怒声を挙げた。
そう言う事を口にしないスミスまでもが『無謀に過ぎる!』と声を荒げた。
だが、『いや、行けると思ったのさ!』とロックは軽やかに言い放った。
そして同時に、マウント部に引っかけておいた荷電粒子砲を構えた。
「ふと思ったんだけど、こっちの方が早くねぇ?」
過ぎゆくシリウスシェルを後方から撃ち抜いたロック。
荷電粒子砲の直撃を受けたシリウスシェルは一機に爆散した。
「そうか。これを使えば良いのか」
黙って成り行きを眺めていたドリーも同じように後方からぶっ放した。
強力な荷電粒子砲の塊は、砲弾を蒸発させる程の重装甲を紙の様に貫通した。
「はっはっは! こりゃ良い!」
「最初からこっちにすれば良かったぜ!」
ジャクソンやスミスも遠慮無くバンバンと砲撃を始めた。
並のシェルでは追いつけない高機動型だが、荷電粒子砲には無力だった。
突入してきた40機が次々と撃破され、爆散していく。
そのシーンを見ていたシリウス側のパイロットも流石に腰が引けたらしい。
「ん? 反転しねぇな」
数回の突入を行ったシリウスシェルは逃げ方向で飛び去っていった。
あれだけ暴れたい様に暴れたパイロット達は、まるで尻尾を丸め逃げる様だ。
「流石にびびったか?」
「そりゃびびるだろ。一撃だぜ?」
ペイトンとライアンの会話は相変わらずだ。
そして、それにテッドが参加した。
「あれだけ手こずった相手だがなぁ……」
何ともやるせないと言った雰囲気を漂わせ、テッドは溜息を吐いた。
ここまで散々と経験した筈の激しい戦闘だが、荷電粒子砲はそれを一変させた。
『そうガッカリするな』
無線の中にエディの声が突然流れた。
思わず驚いたバードは『どうしてですか?』と聞き返した。
一瞬の間を置いてエディの声が再び流れる。
『ざっくり言えば、50年前に初めて遭遇した時、12機居た当時の501中隊はテッドとヴァルターを残して全滅させられた。何を隠そう、この私も撃墜を取られたからな。だが、テッドの編み出した迎撃法により互角の戦いをする様になったと思ったんだよ』
無線の中でアチコチから『あー』だの『やっぱり』だのと声が漏れた。
テッド隊長ですらも散々手こずったと言う存在だったのだ。
「散々痛い目に遭ったな」
『全くだ。しかし、アレをこうも簡単にあしらってしまうとなぁ……』
何とも憤懣やるかたない調子でぼやくエディの声にバードはほくそ笑んだ。
エディにも人間らしい部分が残っていたんだと笑うしかなかった。
『ところでロック』
「はい」
『無茶は程々にしろ』
「……へい」
僅かばかりに悔しそうなロックの声が漏れ、アチコチから失笑が漏れた。
すこしふて腐った様に返事をしたロックに様子をバードは可愛いと思った。
『まぁそれでも、怪我一つせずに撃破したのは凄いぞ。これは褒められる部分だ』
「あー…… りがとうございます」
その棒読みな感謝の言葉にも失笑が漏れる。
コックピットの中で笑いを堪えていたバードも、小さく笑っていた。
『過去、隊長軍団も散々苦労したシリウスの高機動型に、あんなものでダメージを与えたのは…… 恐らくお前が初めてだぞ』
それがどういう意味だかは考えるまでも無かった。
過去に幾度も極めつけの窮地を乗り越えてきた隊長達だ。
そんな経験がシェルの腕前を磨き、また、人格を鍛えてきた。
その、言うなれば人間の研き砂なシェルを、ロックは一撃で撃破した。
苦労を積み重ねた隊長達にしてみれば、それはやはり頼もしく見えるのだろう。
『ただ、次はやるな。危険に過ぎる。私だってお前の戦死報告は出したくない』
へへへ……
そんな微妙な笑い声が漏れ、ロックは静かに笑っていた。
「次はもっと上手くやりますよ」
『私の話をちゃんと聞いていたか?』
「もちろんです。ばっちりです」
噛み殺しきれない笑い声が無線の中に漏れた。
そして、どこかで苦虫を噛み潰した様なエディは溜息を漏らした。
『わかった。もういい……』
諦めた様に呟いたエディ。
その声音に全員が大爆笑した。
『とりあえずハンフリーへ帰投しろ。まだまだ仕事は山積みだぞ』
気が付けば、なんだかんだでBチームは高機動型を撃退していた。
逃げ帰ったのはレーダーに寄れば半分未満だ。
新人3人は戦果らしい戦果を挙げられなかったようだが、ヴェテラン組はそれなりの数で敵機を撃破している。そんな眩い程のコントラストにバードは目を細めていた。
――もっと上手く出来る様にならなきゃね……
ハンフリーへと帰投したバードは、搭乗機を降りてから振り返った。
機体の各部に激突痕を残しているシェルは、重装甲で高機動だ。
しかし、今回初めて国連軍機材を明確に上回る性能のシェルを見た。
そんな敵との戦いはテッドにとっての青春だったはずだ。
それを思えばロックが行った事は、ある意味でとんでもない事だったのだ。
「しかしまぁ、上手くいったぜ」
そんな事を思っていたバードの所へ、ひょっこりとロックが姿を現した。
ヘラヘラと笑うその姿は、男の中にいる男の子を感じさせた。
「……あんまり無茶しないでね」
少しだけ怒っている様なそぶりを見せたバード。
ロックはロックで『今回はやばかったな』と素直に言った。
「正直、見てて怖かったんだから」
「だろうな。いや、出来るとは思っていたが……」
ニヤリと笑ったロックがバードを見ていた。
「クロックアップした状態でなお、あいつらの動きは速かった」
――えっ?
いま確かにロックはクロックアップと言った。
チームの中でクロックアップ機能を持っているのは自分だけだと思ってきた。
だが、ロックもそれを持っているらしい。
その事実は、バードの心を乙女色に染めていた。
「それより」
ロックはアッチアッチと指を指した。
「あー」
少しばかり間抜けな声を出したロック。
バードは指差したその先には、ビルと話し込んでいるアナの姿があった。
降りたシェルの前で装甲服を着込んだまま、ガッカリとした表情のアナ。
小刻みに揺れるストラップとハーネスを見れば、その話し中身は検討がつく。
「……カウンセリング中かな」
「だろうな。ビルの本領発揮だ」
アナが受けるカウンセリングの中身は今回の出撃のことだ。
間違い無いとバードは思った。余りに次元が違うモノを見たのだ。
自分に出来ない技量を見せつけられれば、誰だってショックを受ける。
だが今回、アナは自分を越える技量に衝撃を受けた訳では無かった。
自分自身がチーム平均に達してないという事実を突きつけられたのだ。
「ショックだよな」
「……だね」
そのショックは地力で乗り越えるしかない。
アナがそれをどう御するのか。バードは見守るしかないと思っている。
ただ、手を差し伸べるにはどうすれば良いのか。それは考えておくべきだ。
「練習あるのみだな」
結局の所それに尽きるし、それ以外に方法は無い。
ロックとバードが並んで見守る先。デブリーフィングの集合時刻をとっくに過ぎているが、アナのカウンセリングは遠慮無く続いていた。
黙ってそれを見守る仲間たちの、暖かい眼差しにアナが気がつかぬまま。