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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第12話 オペレーション・ビッグウェーブ
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秘密の逢引

~承前






「では、あなたのご両親は……」

「ザリシャ出身だと言っていましたが、その前は分かりません」


 宇宙軍海兵隊の士官としてやって来たバードは、あちこちのテーブルから来たシリウス人の大歓迎を受けていた。並んで立つロックと共に、次々と酒を勧められていた。

 断れば失礼に当るし、飲みすぎれば今後に響く。いきなり出撃の話が出ないとも限らないのだから、正直に言えば気を抜けないし迷惑だ。


 ただ……


「私達はこのコロニーで50年待ちました。新しい時代が来るのを、今日か、明日か、それとも来月か。その千秋の想いがやっと叶いました」


 涙ぐんで話をする老人は、遠い目をしていた。

 聞けば、シリウスから脱出し、地球への船便を待っているうちにシリウス脱出が出来なくなったのだとか。


「随分とご苦労なされたことでしょうね」


 バードの優しい言葉に老人はニコリと笑った。

 コロニーの中が快適で無いとは言わない。

 ただ、どうしたってこれは巨大な宇宙船でしかない。

 完全密封空間の中では、様々な物がリサイクルされて使われる事になる。

 それこそ、酸素や水と言ったものまで、完璧なリサイクルが行なわれている。


 ただそれは、糞尿や汗と言った生理的廃棄物までをも使う事を意味する。

 完全に閉じた空間であるコロニーは、その内部で全サイクルが完結するのだ。


 それがどれほど科学的に完璧であっても、心情的には違う。

 糞尿まで使わないと生きていけない環境に暮らす者たちの引け目は根深い。


「自分が苦労するのは構わんのですよ。ただ、子や孫たちが……」


 老人の目は、窓のそと遠くに見える青い星を捉えた。

 地球のようにも見えるシリウス系第4惑星。

 エジプト神話で言う水の母神『ネイト』だ。


 後にニューホライズンと名付けられたあの惑星は、地球の凡そ1.5倍と計算されている豊富な水がある。太陽系近隣恒星系の中でも群を抜いて豊富な水量を誇るネイトは、文字通りに水の惑星だ。

 自由に水を使えると言う事がどれほど恵まれていることか。宇宙に暮らす者であれば、それを嫌と言うほど理解できるし、また痛感する事が多い。


「あの星へ行きましょう。わたし達が必ず実現しますから」


 バードの吐いた言葉に相好を崩した老人は、何度も何度も頷いていた。

 『よろしく!よろしく!』と繰り返しながら。


 各所で同じような光景が繰り返され、バードは目を細めてそれを見ていた。

 ただ、ふと会場を見回した時、バードはその異常に気が付いた。


「ねぇ、ロック」

「どした?」

「ちょっと来て!」


 バードのすぐ近くで笑い上戸なオバサマ集団に捉まっていたロックは、コレ幸いと抜け出してバードのところへとやって来た。ロックの代わりに捉まったライアンが恨みがましい目で見ているのだが……


「なんかあったのか?」

「いや……」


 そそっと人ごみを抜け会場を見渡せる袖に出た二人。

 バードは顔認識アプリでテッドの姿を探した。


「テッド隊長の姿が無い」

「……マジか?」


 ロックはアプリではなく目視でテッドを探した。

 バードと違ってブレードランナー向けアプリは持っていない。

 だが、ロックには類稀な集中力とCQBスペシャリスト向け動体視力がある。


「……いねぇな」

「でしょ?」


 顔を見合わせたふたりは、どちらからと言う事も無く自然と会場を抜け出した。

 なんとなく嫌な予感がする。そんな意識を共有するふたりは、公会堂を出た。

 根拠は無いが、中には居ないと思ったのだ。


「何処だと思う?」

「足跡で探せないか?」

「犬じゃないからなぁ」


 いつの間にかミラーを閉じたコロニーは夜になっていた。

 公会堂だけでなくコロニー内壁の街に明かりが灯っている。

 遮る物の無い宇宙空間では、太陽光発電により莫大な電力が生み出されていた。

 その灯りが照らす街並みは明るく、そして賑やかだ。


「……今なんか言ったか?」


 ロックの耳が何かを捉えた。

 音を聞き分けて漆黒の闇でも戦える男のセンサーだ。

 それが何かを捉えた以上、絶対何かあるはず。


 バードは余計なノイズを増やさぬよう、静かに首を振った。

 その僅かな機微にロックはバードが持っている猟犬の本能を見た。

 声を殺し、音を消し、気配までも完璧に消し去って歩く能力だ。


 暗闇のエリアへ一歩進んだバードは、視野を赤外に切り替えた。

 公会堂の裏手はちょっとした広場になっていた。

 本物の樹が植えられている森のエリアの入り口だ。


【森だね】


 ロックも赤外に切り替えただろうと思ったバードは、赤外通信に切り替えた。

 暗闇の中とはいえ、人間の目には赤外が映らない。


【気配がするな】

【生き物の気配だね】

【何で分かるんだ?】

【うーん…… 勘】


 暗闇の中を淡々と進んでいくバード。ロックはその後ろを付いて行った。

 武装といえば拳銃だけで、ロックは愛刀を持ってきていない。

 なんとも腰の軽い状態だが、腹部ハッチの中には刃渡りの短いナイフがある。


 ――なんともしまらねぇな……


 内心でブツブツと呟きつつ進んでいくと、風に乗って話し声が聞こえてきた。

 それは聞き覚えのある女の声だ。そして、僅かにかすれる男の声。


 振り返ったバードがニンマリと笑った。

 ロックも笑ってバードを見ていた。


 声の主はテッド隊長と、そして……


【この声さぁ】

【あぁ、まちがいねぇ】

【ソロマチン少佐だよね?】

【こっそりお忍びで会いに来たんだな】

【……10光年の遠距離恋愛だからね】

【そう考えると切ねぇよなぁ】


 ロックとバードはさらに気配を殺し接近していく。

 森の中央辺り。一際大きな楠木の下でふたりは抱き合っていた。


【邪魔しちゃ悪いぜ】

【だけど……】

【……あぁ】

【なんか変な様子】


 風下に回ったふたりは聴力センサーのゲインを上げた。

 暗闇の向こう。ホワイトノイズに混じってソロマチン少佐の声が聞こえた。

 だがそれは、密会の会話とは到底思えないモノだった。


「……遅かった」

「やっぱりダメだったか」

「……ごめんなさい。何とかしたかったんだけど……」

「いや、ある意味で仕方が無いさ」


 テッドの胸に顔をうずめ、リディアは声を殺して無いていた。

 何をそんなに辛いのか?と訝しがったバードだが……


「もう完全にダメか?」

「また逆戻りしちゃったみたい」

「じゃぁ……」

「今は何日かに一度だけ意識を取り戻す感じなの」

「……そうか」


 リディアをギュッと抱きしめたテッドも沈痛そうに息をこぼした。

 押し黙ったまま時を過ごすふたりは時々小さな声で会話している。


「ねぇさん…… 楽しみにしてたのに」

「楽しみ?」

「あなたが来るのを楽しみにしてるのよ。今でも」

「そうか……」


 センサーの可聴限界ギリギリで、ノイズに声が埋もれて聞き取りにくい。

 だが、その会話の内容は、ロックとバードから言葉を失わせるのに十分な物だ。


「ねぇさん…… また脳波同調しちゃってて……」

「あの男も辛かろうな」

「だけど、申し訳ないって、いつも言ってるよ」

「意図してやった事では無いし、善意からの失敗だからな」

「この3週間で一気にゲル化しちゃって……」


 ――ゲル化?


 驚いたバードとロックが顔を見合わせた。

 熱を発しないサイボーグだけに、赤外で見ても互いのディテールはぼやける。

 だが、バードもロックもお互いを認識出来るし、目を見合わせる事も出来る。

 会話の内容を伺い知れないふたりは、顔を見合わせて赤外で会話する。


【いま、ゲル化って言ったぜ?】

【ゲル化って何処がだろう?】

【頭か?】

【なんで頭?】

【いや…… 勘だけどさ】


 衝撃的な内容の話が幾つも飛び交い、その内容に付いてあれこれと思慮を巡らせるのだが答えは分からない。ただ、そこに出てくる『ねぇさん』と言う言葉にヒントがあるとふたりは思っている。


「また…… ケースを使ってるのか」

「……うん。自分の意識が戻る都度に、また進んじゃったって嘆いてる」

「意識はしっかりしてるのか?」

「何処までAIだか自分でも分からないみたい」


 その意味するところを掴めないまま、テッドリディアの会話は進んでいく。

 ただ、その話しは段々と衝撃的なディテールを帯び始めた。


「頭はどうなんだ?」

「前頭葉はほぼ完全に無くなってるね」

「……と言うと」

「マイクロマシンのネットワークが代わりに動いてる感じ」

「生命の神秘だな」

「……ほんとね」


 音を立てずにロックの目を見たバード。

 その眼差しには悲しみの色があった。


【なんだとおもう?】

【マイクロマシンの暴走か?】

【たぶんそれで正解ね。だけど……】

【あぁ。なんでマイクロマシン注入されたんだ?】

【地球じゃとっくに禁止になってるのに】


 マイクロマシンの注入は医療技術と言う観点において、消毒技術の確立と並ぶ革命と呼ばれたことだった。ガン細胞狙い撃ちを実現したキラーマシンや、切断された神経の再結合を促進させるネットワークマシンの実用化が、人類からガンの恐怖を拭い去った……はずだった。


【わたしの場合は珪素化だったけど……】


 宇宙飛行士や深海作業士など極限環境ワーカーに必須となったマイクロマシン。

 だが、その副作用は想像を絶するモノだった。分子サイズレベルでの複雑な動きを実現したマイクロマシンが、外部からの電波を電源に動き、複雑な作業をこなせるだけの高度化を実現していた。

 ただ、その果てに行き着いた到達点は、タンパク質の本質的な転換現象だった。血中の様々な成分を原料に使い、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()暴走現象が頻発したのだった。


【シリウスの土着ウィルスと相乗効果だな】

【……うん】

【だけどよぉ】

【うん。隊長に肉親がいるんだね】

【話の内容から見れば居たに近い状態だな】

【たぶんね】


 テッドやリディアの口から漏れてくる『ねぇさん』が何を意味するのか。

 それはもはや問題ではない。いま問題なのは、ゲル化が何を意味するのかだ。


【そういえばさ】

【ん?】

【ハーシェルで遭遇した時、なんで隊長のお姉さん居なかったんだろう?】

【あっ そうか】

【普通なら逢いに来る筈じゃない?】

【楽しみにしてたって言うくらいだからな】


 暗闇の中、蹲って話を聞いているロックとバード。

 生身ならとっくに足が痺れ、心臓も苦しくなってくる頃合だ。


 だが、サイボーグにはそんなものなど関係ない。

 苦しい体制を問題なく続けて、ジッと息を潜められる。


「今度…… 姉貴が自分の意識を取り戻したら伝えてくれ」

「……なんて?」

「どんな姿でも逢いたいって」

「わかった」

「悪いな……」

「なんで?」


 素直な言葉で聞き返したリディアの疑問に、バードは思わず吹き出し掛けた。

 俗に察しない男と説明しない女と言うが、この場合はリディアが中身を察していないのだった。そしてそれは、リディア・ソロマチンと言う女性がテッドに、ジョニー・ガーランドと言う男に向けている万全の信頼そのものだ。

 今さらなんでそんな事を言うのだろう?と、理解の範疇を越え、慮外も慮外に陥っていることだった。


【こう言っちゃなんだけどよ】

【……うん! だよね!】

【隊長も案外に意地がワリィな】

【だってさ。エディの息子みたいなものなんだから】

【それもそうか】


 必死で笑いを噛み殺したふたりは、顛末の行き着くところを待ち受けた。

 おりしもパーティー会場では打ち上げの声が上がっていた。


「そろそろパーティーも終わりだ」

「帰らないとまずいね」

「あぁ。エディに絞られる」

「やっぱりまだエディには頭が上がらないの?」

「掃いて捨てるほど義理があるし、恩もあるし」


 一瞬の間が開き、その間にパーティー会場から歓声が上がった。

 スピーカーから賑やかな声が流れ拍手が幾つも沸き起こった。


「わたしも感謝しなくちゃいけないから」

「だな。あの件は今でも奇跡だと思ってる」

「……奇跡は準備している者のところにのみやってくるって……」

「だな」

「ずっとあなたを待っている」

「あぁ。もうすぐだ」

「……うん」


 暗闇の中、テッドはギュッと力を込めてリディアを抱きしめた。

 サイボーグの膂力で締められれば、リディアは息を漏らしてしまう。

 その艶めかしさに、バードは心の何処かで嫉妬を覚えた。

 どう頑張っても、()()()のバードは同じ生理反応を起こせない。


 ――いいなぁ……


 なんとなくバードはロックを見た。

 何処までも純粋な()()()()()が漏れ混じった。

 ただそれは、決して叶わぬ願望だ。

 素直に諦めたほうが早いものだ。


【さすがの隊長も別れが惜しいみたいだな】

【当たり前じゃない!】


 少し強い語気で言いはなったバード。

 すこし不愉快になってプイと前を向いた。

 ロックは何も言わずに、後ろからバードを抱きしめた。


 同じように抱き締めているテッドがリディアにキスしている。

 長い長いキスをして、甘い吐息を吐き出し酸素を貪ったリディア。

 秘密の逢引にも終わりの時が来た。


「じゃぁ……」

「あぁ。皆によろしく伝えてくれ」

「死なないでね」

「それは俺のセリフだ」

「……そうね」

「成る様に成るし、成る様にしか成らないさ。俺たちには……」


 そっと離れたリディアは暗闇の奥へと消えて行った。

 後姿を見送ったテッドは、小さく息を吐いて、ガックリと項垂れた。

 その背中に見えるのは、悔しさと空しさ。そして、忸怩たる想いだ。


 グッと握り締めた拳が小刻みに震え、その内心を現していた。


『……そこにいるのはロックとバードか』


 ――え?


 驚きの表情でロックを見たバード。

 ロックはまるで戦闘中のような顔になっていた。


『はい。そうです』


 スケルチモードのまま答えたロック。

 同じようにバードも『わたしも居ます』と答えた。


『ピーピングトムは感心せんが……』

『隊長の姿が見えなくなりましたので探していました』

『そうか』


 まるでふたりが何処にいるのか把握していたように、テッドはふたりのところへと歩み寄った。薄暗がりではあるが、僅かなひかりの中に姿を現したテッドには、真っ赤なルージュが顔中に残っていた。


「置き土産を残されたよ」


 困った顔になってハンカチでふき取っているテッド。

 その姿にバードは思わず相好を崩した。

 だが……


「チームの面々に話をするのはやぶさかじゃないが、出来れば内密にしてくれ」

「はい」「了解です」


 ウンウンと首肯したテッドは、ロックとバードを順番に見た。

 その表情には隠しようの無い寂しさがあった。


「いずれまた話をしよう。ただ、いまはまだ…… まだだ」


 再び暗がりの向こうへと目をやったテッド。

 その名残惜しいと言う空気に、バードはテッドの辛さを見ていた。

 望むとも、願うとも、叶う事の無い儚い想いだ。


「いつか教えてください」


 単刀直入に言ったバード。


『あぁ……』と短く答え、テッドは押し黙ったままだった。


 

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