テッドの帰還宣言
~承前
「凄かったね……」
ハンフリーの入港したコロニー『ナイル』の中。
バードとロックは軍用エリアのレストランで遅い夕食にありついていた。
テッド隊長とドリー隊長は打ち合わせで出かけていき、残っていた面々は各自食事を取って待機せよと言う事になっている。
レストランの中の話題は、テッド隊長が見せたとんでもない戦闘スキルだ。
一瞬のウチに敵機を撃破し、その次の瞬間には次の獲物を狙っている。
水が流れるように、風が吹きぬけるように、全てが自然な動きで無駄が無い。
理解の範疇を超えるテクニックは、もはやそれ自体が一つの芸術だった。
今までだって何度もそれを見ているはずだが、改めて見せ付けられたその手際の良さと上手さや鋭さに、言葉がなかなか見つからない状態だった。
「テッド隊長の技量はちょっと次元が違うんだよな」
待機命令とあって酒は飲めない。
コーヒーをすすりつつ、ロックもそんな言葉を漏らした。
一切の予測が付かないトリッキーな動きで敵を次々と撃破したテッド。
そのマニューバには、次の手を読ませないずるさと、そして狡猾さ潜んでいる。
何がどうのと論理だって説明出来ない事で、ただただ場数と経験が支えていた。
「あの境地までたどり着けそうにねぇな」
「あ、随分弱気じゃん」
「弱気じゃ無くて事実だぜ。実際の話、あれと同じ事を出来ると思うか?」
ロックの言葉にバードはフルフルと首を振った。
とてもじゃないが人間技とは思えない動きだ。
敵の動きを予測しつつ、全ての面で圧倒し続けた。
為す術無く撃破されていくシリウスシェルは、あっという間に20機を数えた。
「何機喰った?」
「うーん…… 7機かな」
「だろ? 俺は4機だ」
「7機のウチの3機はアナとビッキーのフォローだから」
少し自嘲気味に言ったバードは、やや離れた席でライアンやペイトンと過ごしている新人3人組を見た。ライアンが気を使って3人を引き剥がしているのだ。
ペイトンやスミスのジョークでビッキーとダブが大笑いしている。アナもちょっと上品に笑っている。差し当たって心配無さそうだとバードは思った。
「あの3人はいきなりシェルから入ったな」
「ある意味かわいそうだね」
「なんでだ?」
「多分に方法論だと思うけど……」
グラスのアップルジュースを飲みながら、バードは小さく溜息をはいた。
その吐息にロックがグッと来ていた。ただ、リアルで押し倒すと後がまずい。
勢いよくバードを押し倒して良いのは、あの仮想空間の中だけだった。
「リアルに戦闘するのを体験しておくと、シェルでも役に立つと思うの」
「……あー うん。言いたい事は解るわ」
仲間とは言え、一人一人にパーソナリティがあるし癖もある。
無意識に『あいつならこうする』を理解出来ているのは大きなアドバンテージ。
ギリギリの一瞬や刹那の逡巡に大きな決断材料が有るのは絶対的有利を産む。
「結局、シェル戦闘って時間が一番の敵なのよね」
「だよな……」
小さく息をこぼしたロックはモニター窓の向こうの宇宙を見た。
星々の瞬く虚空の闇は、とにかく広く大きい。
そんなところを超高速で飛翔するシェルは速度を中々体感出来ないものだ。
だが……
「何かアクションを起こすにしたって、相手も超高速だ。全てが段取り良くやらないと時間的に間にあわねぇと来たもんだ。ほんとに……」
ロックもまたちらりと新人3人組みを見た。
とにかくその面倒さを呪いたくもなるシェルでいきなり戦闘した面々だ。
「何も出来ねぇけど、せめて同情くらいはな」
「だよね」
ジャクソンとライアンがシェル戦闘のいろはを説明している。
要するに、段取り良く敵を追い詰め、逃げ場を封じて後方から一撃だ。
ただ、それを三次元運動しながら行うのが一番難しい。
しかも、強い横Gと戦いながら行うのだ。
「ところでさ」
「あぁ、言いたいことはわかる」
バードを見つめたロックは怪訝な表情だ。
そこには隠しようのない警戒が浮いていた。
過去何度も経験している隊長達の長い会議。
それが意味する所は一つしかない……
「今度はなんだと思う?」
キツイ表情のバードが呟く。
その言葉にロックも眉根を寄せて言う。
「いきなり降下しろってのは無いと思うが……」
二人して険しい表情で視線を合わせている。
傍目に見れば険悪な空気とも言えるのだが……
『Bチーム全員聞いてるか?』
チーム内無線にドリーの声が流れた。
あまりに唐突な声だったのでバードは飛び上がり掛けるほどビックリしていた。
『ちょっと遅くなったが準備出来た。モニターでチャンネル33に合わせてくれ』
――え?
微妙な表情でロックと顔を見合わせたバード。
ライアンは怪訝な顔でレストランにあったモニターのチャンネルを変えた。
そこには海兵隊の高級将校が勢揃いしていて、先頭にはテッドが立っていた。
「……隊長だ」
「なにやってんだ?」
モニターの向こうに居並ぶ高級将校は楽しそうに笑っていた。
そして、演台に立っているテッドは何とも誇らしげな表情だった。
――シリウスに暮らす皆様方
――大変ご無沙汰をしております
――私は国連宇宙軍海兵隊のテッド大佐であります
――ですが私にはもう一つの名があります いや、実は本名です
――私はジョン
――ジョン・ガーランド
――ニューアメリカ州タイシャン出身です
――そう…… 私もシリウス人です
そんな所から切り出したテッド。
隊長の姿に釘付けなチームの面々は言葉が無い。
――私はこの場にてシリウス開拓を志した者の子孫として語りたい
――もちろん、国連宇宙軍士官としてでは無くひとりのシリウス人として
――私の父がシリウスへ入植して100年の時が流れた現状についてだ
モニターの向こうから大きな歓声が沸き起こった。
その声を確かめる術は無かったが、言っていることは分かる。
『You'reHome!』と大歓声が沸き起こっていた。
――いま、シリウスは酷く蝕まれている
――このシリウスにおいて権力を独占し、人々を戦いへと駆り立てている
――自分たちの利益と権力と支配欲とを満たす為だけに煽っている!
会場では盛んな歓声と指笛が鳴り響いている。
その音量は凄まじいほどで、マイクの集音限界を超えたらしく音が割れていた。
――シリウスの大地へ入植した者なら、最初の16人を知っているはずだ
――そして、シリウスの為に努力した始まりの50人を知っているはずだ
――全てのシリウス人が望んでいた事は地球からの独立では無かった筈だ
一つ言葉を切って息を吐いたテッドは、小さく首を振った。
――地球に増えすぎた人々がシリウスに捨てられた
――我々は棄民だったのか?
――いや、違う! そうでは無かった!
――決してそうでは無かったはずだ!
沈痛な表情を浮かべたテッドは腰のホルスターから拳銃を抜いた。
コルト、シングルアクションアーミー『ピースメーカー』だ。
それを静かに演台の上に置き、テッドは顔を上げた。
――私の父は…… シェリフだった 街の保安を担当していた
――ただ、もっぱらの仕事は牛飼いだった
――タイシャンの外れ グレイタウンの構外でカウボーイをしていた
――保安の仕事など禄に無かった
――シリウスは平和だったはずだ
――それがなぜ!
テッドはこぶしで演台を叩いた。
ドンッ!と鈍い音が響き、コルトが暴れた。
――私の父は自警団との決闘で死んだ
――街の娘がレイプされ街の外れで殺されていた
――自警団とは名ばかりの狼藉集団がやった事だった
――そしてそれはただの始まりに過ぎなかった
――暗黒時代を生き抜いた者ならば説明は要るまい
――このシリウスを蝕む害虫を駆除せねばならない!
何処でコレをやっているのだろう……
バードはふとそんな事を思った。
ただ、会場が割れんばかりにヒートアップし、拍手と喝采が沸き起こる。
――シリウスへ入植した人々の子孫よ!
――拓殖の夢を見た者達の末裔よ!
――この手にシリウスを取り戻そう!
――私怨で地球と戦う事を選んだ奴らから!
――もう一度!
――夢と希望と働く歓びに溢れたニューホライズンを!
――我々の大地を取り戻そう!
ふと、バードはスミスを見た。
スミスの半生が。いや、人生その物が否定されかねない言葉だと思った。
そして、スミスが暴れ出すのでは無いかと、不安になったのだ。
だが……
「……アッラーフアクバル」
右手を握りしめて天を仰いだスミスは、カタカタと小刻みに揺れていた。
泣くのを堪えるような顔で、グッと奥歯を噛んで、ただただ、震えていた。
「スミス……」
「隊長も苦しんでいたんだ…… 隊長も戦っていたんだ…… 己と……」
それは極限のストレスと忍耐の狭間だ。
どれ程言葉を尽くした所で、テッドという男を理解することなど出来ない。
己の全てを奪ったシリウスの支配者達と戦ってきたのだとスミスは思った。
それは間違い無く、自分と同じ境遇だと、そう思ったのだ。
モニターの向こう。拍手と喝采を手で制しているテッドは僅かに微笑んでいた。
――私がまだ幼かった頃、父は私を連れ、街へと馬で出掛けていった
――街は収穫祭の最中だった。シリウスの豊かな大地の恵みだ
――街の人々がシェリフ!と声を掛けてきた
――私はそれが誇らしかった
――平和と安定をもたらす…… ピースメーカーだったんだ
壇上のコルトをホルスターへとしまったテッドは、まだ笑っていた。
――あの時、父は私にこう言った
――息子よ、お前が大きくなった時、この街にならず者がいたなら
――それらによって傷つき虐げられる者が居たなら
――お前がこの銃でその者達を救ってくれと
――そして父はこうも言った
――これからシリウスに嵐が来る
――悪魔の手先が善良な人々をたぶらかし戦に駆り立てると
――シリウスを導こうとする者を信じず悪魔に誑かされた者もいると
――そんな者達を撃ち倒して欲しいと
静まりかえった会場の中に、低く小さな嗚咽が漏れた。それが何を意味するのか、バードもすぐにわかった。虐げられ我慢してきた人々の悔しさや悲しさが表に出てきたのだ。
かつて聞いたシリウスの日常の中で、自警団と呼ばれたただのギャングのリンチによりこの世を去った者は余りに多いという。精確な数など分からず、また、その調査も行われたことが無い。
――私は父に聞いた
――それはシェリフの仕事なの?と。その時、父はこう言った
――父さんはいつかお前を残して死ぬ。ただ、お前はひとりじゃ無い
――黒くて見えない亡霊になってお前のそばにいるお前を導くと
――暗闇の中に燃えさかる黒い炎となってお前を護ると
テッドの言った言葉にバードはハッとした表情を浮かべてロックを見た。そのロックもまた目を見開いて驚いていた。それはもちろん、ロックとバードだけでは無く、Bチームの全員が驚いていた。
「ブラックバーンズ……」
ビルの言葉にスミスが返す。
拳を握りしめ、小刻みに震えつつ。
「黒い炎の意味はコレだったのか」
全てを焼き払う黒い炎の意味。
バードは口元を押さえてモニターを見ていた。
――ここまで、今日まで、多くの人が犠牲になった
――だが、その負の連鎖をここで断ち切ろう
――通りに死体が転がるような事はもう止めよう
――その為に、何度でも我々は立ち上がる
――何ら特別な事など出来ない、ただの人間だ
――決してヒーローや救世主なんかじゃ無い
――そんな事は気にしない!
その続きをテッドが叫んでいる。
だが、会場の大歓声が激しすぎて、何が何だか全く分からない状態になった。
会場のヒートアップだけが伝わってきて、その熱量に焼かれるような思いだ。
「隊長も苦しかったんだな……」
ボソリと呟いたライアン。
だが、その頭をグリグリとジャクソンが押さえつけた。
「あたりめーだろ!」
珍しくジャクソンがヒートアップしていると驚いたバード。
だが、その次の言葉にバードは凍り付いた。
「オヤジのドッグタッグ見たろ? リングが無くなってんだろうが!」
「……そう言えばリング無かったな」
「つまり…… どういう事だか分かるだろ? オヤジだって……」
グッと歯を食いしばったジャクソンは言葉を飲み込んだ。
家族を失った哀しみは、経験した者にしか分からない。
ジャクソンもライアンも同じような経験をしているが、ジャクソンはより酷いかも知れないのだ。
「復讐を糧に生きてきたのは俺だけじゃ無いって事だな」
溜息混じりにこぼしたスミスは、ふとライアンを見た。
そのライアンとて、怪訝な表情を浮かべていた。
「私怨で周りを巻き込みやがって…… マザーファック……」
アチコチからギリギリと歯ぎしりまがいの音が響いた。
とてもじゃないが『リングならここに有るよ』と言い出せなくなったバード。
ふと視線を向けたロックの顔には『だまっとけ』と書いてあった。
ふたりともドッグダッグには通さず、脇のハッチの奥にあるバッテリーケーブルの保護ワイヤーにリングを通してあった。戦闘中に絶対になくさないようにと、二人してベッドの中で隠したのだ。
『Bチーム全員聞いてくれ』
再び唐突にドリーの声が響いた。
全員が怪訝な表情になって意識を集中させる。
『コロニーの住民代表が歓迎会を開くそうだ。全員出席しろとのお達しなんで正装出来てくれ。ホワイトドレスじゃ無くても良いが、士官服はしっかり着とけよ。そうで無きゃ隊長が恥をかく』
『おいドリー。隊長はアンタだぜ』
ダニーが珍しく遠慮無い突っ込みを入れ、新人三人以外が大笑いした。
もちろんバードもだ。
『それもそうだな』
ドリーの一言で再び大笑い。
コレがBチームの日常かと、新人が目を丸くしているのだが……
『コロニー内壁の公会堂が舞台だ。1時間後にパーティーだ。遅れるなよ』
言うだけ言って無線を切ったドリー。
ニコリと笑ったバードはロックと視線を交わした。
娯楽に飢えているのだから、どうしたってテンションは上がってしまう。
「さて、オヤジとドリーに恥じかかせないように、サクサク行こうぜ」
副隊長の座に納まっていたジャクソンが行動を促し、チームが動き始めた。
どんなパーティーなのか想像が付かないが、それでもドンドン動くべきだ。
エディの言う『まず動け』の精神は、段々とバードをも染めつつある。
皆でレストランを後にしハンフリーへと向かう道すがら。
バードはテッドの歩んできた波瀾万丈の道のりに思いを馳せた。
あのリディアと言う女性との関係だけで無く、様々な軋轢と戦ってきたはずだ。
その全てを飲み込んで、なお任務を果たしてきた鋼の精神力。
あまりにも強いその心に、ただただ感服していた。
――――1時間後
一旦ハンフリーへと引き上げ、仕度を調えてやって来たパーティー会場は、驚くべき広さのホールだった。
コロニー内の民衆が全部集まっているんじゃないかと錯覚するほどの人出で埋め尽くされたその景色に、バードは驚くより他ない。
「凄いね」
「ホントだぜ」
バードの感嘆にロックも素直な言葉を漏らす。
様々な民族の姿が入り混じり、不思議なコミュニティを作っていた。
宇宙で暮らす人々の団結は固く、そして柔軟だ。
地上の如何なる環境よりも厳しいと断言出来る世界だ。
そこでの生活では、人と人との信頼と友愛が必要なのだろう。
ふと、バードはその人波にアジア系人種の姿を探していた。
集まっているシリウス人達の中に自らの親族がいる可能性を思ったのだ。
月面まで見送りに来てくれた父母の口から『ザリシャ』の名前が出ていた。
バードはデータベースと突き合わせその地理を理解した。
――ここにはザリシャ出身者も居るはず……
自らの親類縁者や血縁関係者が居るかもしれない。
もしそんな存在がいるなら。或いは、父母との肉親がいるなら。
地球で元気にやっていると伝えてやりたい。
自らの身に降り掛かった災難はさておき、教えておきたいと思うのは人情だ。
「そちらの少尉さん方も、どうぞこちらへ」
名も知らぬ背の高い男性がバード達を会場の中央へと誘った。
「行こうぜ」
「うん」
ロックに手招きされ会場の中央へと進んでいくバード。
コーカサス辺りじゃ無いかとイメージした市民楽団の賑やかな演奏に合わせ、抑圧されていた市民達が踊り始めた。その楽しげなリズムの中に、どこかで聞いた声が混じっていた。
ただ、その声を正体を確かめる前に、コロニーの代表が大きな声で挨拶し、乾杯が始まった。手渡されたグラスを飲み干し、楽しげに笑ったバード。
「後半戦だな」
「そうだね」
楽しげに笑うロックの姿をバードは眩しげに見ていた。
そして、無くなったはずの心臓がキュンキュンと鳴っていたのだった。