シリウス系初戦闘
~承前
――――ODST隊員は01デッキへ集合せよ
――――シェル整備大隊は大至急03デッキへ
次々と艦内放送が流れ、あわただしく人々が移動していく。
艦内で固定されていた重機材は、次々とラッシングを解かれつつあった。
ワープ航行から現実世界へとワイプインした強襲降下揚陸艦ハンフリーは、その戦列艦としての戦闘能力を取り戻しつつあった。
「凄いね……」
ボソリと呟きつつ、バードはガンルームの中を率先して片付けていた。
本来ならば士官が行うべき仕事では無い部分だ。
士官とはあくまで指揮官であり、手足となる下士官を動かすのが役目。
軍隊と言う組織を生物に例えれば、士官とは神経であり下士官以下は筋肉だ。
そんな環境にあって率先し動くバードを見れば、下士官以下はその動きを更に速くせざるを得ない。士官の足手まといになっていると言う評価が出れば、それは下士官以下の昇進や給与に響く。
「バーディー! あんまり虐めんなよ!」
「そうだぜバーディー!」
ジャクソンやペイトンが遠慮無くバードをいじる。
だが、そんな2人だってガンルームの中の固定シートを取り外して片付けた。
士官は指示を出すだけでは無く、率先して動き、手本を示し、結果を出す。
テッド隊長の育ててきたB中隊は、その意識が徹底されていた。
「ダブ! こっちを手伝ってくれ!」
まだまだ馴染みきってないダブはスミスの手下に収まりつつあった。
中東系繋がりとも言えるのだが、人種差別ではなく人種区別としてカラードはカラードと仲良くなる。最初からミックスカラーにはならないし、段々と馴染んでいって、やがては混ざり合う。
「了解っす!」
ダブもその辺りは飲み込んでいるようで、先ずは流れに乗ることを選んでいた。
人の処世術は人の数だけあるのだが、その類型化という部分では大体同じだ。
どんな環境でも、新人はまず目を開き耳を立て口を閉じる事から始まる。
『見習い』とは『見て習う』と書くとおり、人の行いを観察し同じ事をする。
そこを飲み込み、嫌でも理解するように士官は育てられているのだが……
「しっかしなぁ」
「あぁ。スゲ―景色だ」
モニターに映る周辺状況にロックとライアンが顔を見合わせて笑った。
ハンフリーの周辺には様々な支援艦艇が30隻以上存在し、その向こうにはAチームが乗っているモンスーアが存在している。
やや離れた場所にはCチームの乗っているマーフィーが同じく展開していて、その向こうには新旧様々な砲艦系の戦列艦が並んでいた。
「シリウスの地上を完全に焼き払えるんじゃ無いか?」
珍しくスミスが軽口を叩き、バードは驚く。
そして、そんな声に呼ばれたのかガンルームにテッド隊長が入ってきた。
「焼き払えるぞ? 事実、ニューホライズンの地上は過去3回、完全に焼き払われているからな。そりゃ酷い光景だった」
慌てて背筋を伸ばした下士官以下の者達を横目に、Bチームの面々が敬礼で隊長を出迎えた。テッド隊長はどこか寂しそうな苦笑いを浮かべていた。
「なんだか余所者の扱いになってきたな」
「そんな事ねぇっすよ!」
相変わらずな調子のライアンが笑い、『変ですか?』とロックも言う。
バードは黙って笑みを浮かべ、父親を見るような眼差しになっていた。
「まぁいい。それより、全員戦闘支援情報のファイルをキチンと更新しろ」
戦闘情報の基礎データとなる部分はサイボーグにとって生命線とも言える物だ。
目印になる物の無い宇宙空間では自己座標を特定する為のデータが欠かせない。
「俺も痛い目に遭ってるからな。忘れるんじゃ無いぞ。1時間後に出撃する。全員抜かりなく準備しておけ」
ワイプインから3時間が経過したハンフリー。
その艦内は、統制された混乱に満ちていた。
「しかし、作業ファイルでかいな」
ボソリと文句を漏らしたライアン。
ペイトンもそれに応じた。
「ダウンロードが多すぎるんだな」
「トラフィックがパンパンだせ」
ネットワークの上をも戦場にする二人は、ダウンロード中のファイルですらリアルタイム監視をしている。自らのサブコンにインストールする物なのだから、その取り扱いは勢い慎重になるということだ。
「空間座標ブイの位置がバラバラだな」
ライアンは他のメンバーより一足早くダウンロードを終えていた。
そして、早速デバッグを終え、自らのサブコンへとインストールした。
そこから吐き出されるデータは、地球圏内と勝手の違うものだ。
各惑星の配置が全く異なり、それだけでなく……
「シリウスの質量が違うから重力補正値がすごいな」
「急旋回とか掛けると引っ張られかたが違うんだろうさ」
ライアンに続きペイトンもインストールを終えたようだ。
早速そんな言葉を吐いて、色々とセッティングをいじっている。
その奥にいたジャクソンもインストールを終えたらしく、云々と唸り始める。
「長距離狙撃だと弾道計算がだいぶ変わりそうだ」
通常モードへの切り替えが急ピッチで進んでいたハンフリーの艦内。
各士官はとにかくやる事が山積みだ。
仲間達と同じようにファイルをダウンロードしたバードは、自らのサブコンへそれをインストールした。圧縮されていたファイルを自動解凍し、シュトラウスを展開してのインストールは慣れている。
だが、自らの内側に流れ込んで展開されるその情報に、バードは奇妙な感慨を覚えていた。それは、文字通りに流れ込んできて自分の一部になると言う感触だ。
――考えない考えない……
面倒を自らに背負い込む事は無い。
面倒は背負い込まずに捨てていけ。
エディの言葉を実践するバードは、その感覚を捨てた。
こだわっても仕方が無いことだからだ。
「さて、そろそろ出撃だ。重装備で出て来いと言われているからな」
ドリーの言葉にビッキーが不思議な顔をしていた。
なんとなく飲み込めないと言う感じだ。
「ドリー隊長。重装備とは?」
――あぁそうか……
ビッキーも含めた新人3人は、最初から重装備のシェルに乗っている。
両腕の固定兵装だけで戦闘をしていたバードとは感覚が違うのだ。
「いつもどおりに出て来いって事だ」
ドリーの言葉に得心したのか、ビッキーたちが最初にガンルームを出ていった。
それに続き、バードたちも出て行ってスタンバイを始める。
いつもの様に装備を身につけ、シェルと一体化したような感覚を確かめた。
シェルの機体はサイボーグにとってもう一つの身体だ。
「さて、行こうか。シリウスの重力に注意しよう」
相変わらず丁寧で注意深いドリーの言葉にバードはにんまりと笑う。
そのままカタパルトでたたき出され、初めてシリウス系の虚空を飛翔した。
直進しようと進路を固定したバード。
だが、レーザージャイロによれば機は滑るように変針し続けている。
細かな修正を与えつつ制御を試みるのだが、小さく『アッ』と呟いた。
――これ……
――シリウスの重力だ……
太陽と比べ質量の大きいシリウスは、その強い重力の影響をばら撒いている。
当然の様にシェルもその重力の影響を受けて直進ですら難しい状況だ。
「ひえぇ~」
「こりゃ予想以上だな」
泣き言をこぼしたペイトンとスミス。
同じようにジャクソンがぼやく。
「弾道計算がわからねぇ。重力補正が酷すぎる」
超高速で打ち出されるレールガン弾等は、その質量ゆえに大きな孤を描く。
放たれた砲弾を遠くから見れば、大きく歪み、蛇行するように飛ぶだろう。
「先ずは撃ってみなきゃわからねぇさ」
「だな」
ジャクソンの言葉にスミスが応えた。ただ、砲弾を撃つのはまだ早い。
ロックやライアンと編隊を組んでハンフリーの周囲を飛ぶバードは、テッド隊長が重装備で出撃を命じた理由をなんとなく理解した。後方からやって来たダニーとビルも、何処か勝手の違うシリウス系の重力分布に面食らっていた。
軽量高速なシェルの質量をあえて増やし、各惑星の重力に振り回されるようにして飛ぶ努力をさせる。何事も失敗の経験が必要というエディのスタンスだ。
「これさぁ、太陽系飛ぶよりよほど難しくねぇ?」
ライアンの軽い口調にバードはどこかホッとする。
そして、それに答えるロックの強がりにも、心の安らぎを覚える。
「なるべく簡単に飛んでる風を装おうぜ」
どう聞いたって強がりな言葉に全員が爆笑した。
そんな笑い声を聞きながら、バードはふと新人3人を思い出した。
「アナ どう? いける?」
「はい! 足手纏いにはならない程度に」
「じゃぁ大丈夫ね」
「え?」
「これから分かるよ」
一瞬訝しがったアナの声に、バードは必死で笑いを噛み殺した。
Bチームの後方からはAチームがやってきていた。
同じようにタイプ04『オージン』を装備していた。
「リーナー少佐!」
ドリーが明るい声でリーナーを呼んだ。
その声に『なんだか違和感あるなぁ』とリーナーが答え笑う。
つい数日前まではドリーの方が上の立場だったのだ。
だが、これで元鞘。
ドリーも遠慮無く言う。
「遠慮しないで」
「まぁ、そうだけどな」
アハハと笑う声が響く中、AB両チームのところへCチームが姿を現した。
新生Cチームもまたオージンを装備していた。
「少佐殿! 紅白戦をやりましょう」
ウッディ隊長は笑い声の中へ割って入った。
それはどこか笑いを噛み殺すようなモノだった。
「良い案だな…… って、いまはタメだろ? 遠慮するな」
「そうは行きません。先任には敬意を示さねば。それに、戻ってきたんですから」
再び無線の中に笑い声がこぼれた。
ウッディ隊長やテッド隊長は、かつてリーナーの手下だった筈だ。
まだ少尉だった頃のテッドが語った青春時代には、リーナーが良く出てきた。
その言葉の中にリーナーの過ごしてきた、ちょっと特殊な人生を垣間見た。
「懐かしいな」
「全くです」
痛みを飲み込み呟いたリーナーの言葉。
そこには余人の伺い知れぬ万感がこもっていた。
「ディージョにも見せてやりたかった」
「ドッドもですよね」
「そうだな」
なんとなくシンミリとした空気が無線の中に漂う。
その寒々しい感触に、バードは言葉が無かった。
ただ、それでも訓練は止まらないほは言うまでもない。
各機は紅白戦に備え展開し始めた。何処かでエディが見ているはずだ。
──さて……
この辺りの段取りは阿吽の呼吸だ。説明したって理解は出来ない。
習うより慣れろを地でいく状態だった。
――あれ?
そんな意識の狭間でバードは何かに気が付いた。
レーダーパネルの中に今まで見た事の無いエコーが浮き上がっていた。
細波を立てるような、点では無く面でのエコーだ。
――え?
――なにそれ?
理解の範疇を超え少々パニック気味になったバード。
そんな時、無線の中にウッディ少佐の声が響いた。
「重力震検知! 大規模ワイプインまで25秒! かなり大規模だ!」
重力震ってなんだっけ?とバードは必死で思い出す。
それは、ワープ航行を行っている時に発生する重力の細波だ。
進行方向を埋め尽くすダークマターなどを弾き飛ばした時の波紋。
ほぼ高速でやって来る超極小な津波だった。
――どうする?
バードは無意識にロックを見る。助けを求める様な眼差しのバード。
ロック機はバード機のやや前方いにいて、ニューホライズン側を見ていた。
「どうやら来たな」
CTPの中に表示された戦術情報が更新された。
それと同時に、大型のアクティブステルスミサイルが彼方に姿を見せた。
巨大な弾道ロケットその物な大型ミサイルは脇目を振らずに突っ込んでくる。
「各機! 横方向で面を作れ!」
その数が着々と増えていくなか、テッド中佐が叫んだ。
多分にニュアンスでの指示だ。新人がそれを理解できるとは思えない。
ただ、懇切丁寧に説明している暇はない。時にはアドリブで対応しなければならない。
全員が初めて見る兵器だ。テッド隊長は知っているのか?と思ったバード。
ただその前に迎撃活動が本格化した。
「いきなり実体化してくるワープ系ミサイルだ!」
あぁ、聞いたことがある……と、バードは苦笑いした。
何処で聞いたのだっけと必死になって考えた。
「地球圏では使われたことの無い兵器だから」
なんとも楽しそうに言うテッド隊長だが、バード達は唖然としている。
だからと言って事態は止まってくれないし、タイムラインは流れていく。
「初めて見る者が多いだろうが、まぁ要するになれれば良い」
「シリウス軍が大歓迎してくれてるって事だな」
リーナー隊長やウッディ隊長も楽しげに声を上げた。
その直後、大型のミサイルが次々と姿を現し始めた。
それらはレーダーに姿を映し、コロニー周辺の国連軍艦隊へと襲い掛かった。
これ程までに接近するまで姿が見えなかった兵器だ。
「これ! ワープ兵器なの?」
「それ以外にいきなり現れるかよ!」
バードの叫びにペイトンも叫んで返した。
すさまじい速度だが、メインエンジンは停止している。
慣性運動だけでここまでやって来たミサイルは、ここではじめて最後のブースターに点火した。
「突入してくる!」
そう叫んだバードが狙いを定めた瞬間、ミサイルが大爆発した。
まだ距離があると言うのに、ジャクソンは荷電粒子砲を構え迎撃砲撃を開始した。
「荷電粒子砲は余り重力の影響を受けないみたいだな」
「そうね!」
ジャクソンに続き、Aチームのホーリーが砲撃を開始した。
新型のオージンがもつ射撃管制はかなり優秀だ。
「ノーヴァリス!」
「俺もやらなきゃ駄目か?」
「あたりめーだろ!」
めんど臭そうな声を出したのは、Cチームでアントニーに実戦狙撃のイロハを教えていたノーヴァリスだ。同じく荷電粒子砲を構え、一番奥のポジションから砲撃を開始する。
シェルの進化とサイボーグの進化。そして、レーダーなど射撃管制技術の向上。何より、場数と経験が生み出した一方的な戦果。100発以上のミサイルが襲い掛かってきたものの、全く労せず全基を撃墜した。
「……凄いな」
「全くだ……」
「あれだけ苦労した筈だが」
ウッディ隊長とテッド隊長は、その威力に驚きの言葉を交わした。
テッド隊長の苦労話をさんざん聞いていたバードだが、コロニー戦闘は聞いていなかったので、その中身を伺い知ることは出来ない。
ただ、タイミングを見て聞いてみたいと衝動に駆られているその最中、シリウス軍が畳み掛けるように猛攻を続けていた。次に登場したのは、丸みを帯びたデザインのシェルだった。
「ほぉ!」
「あっちも新型だな!」
なんとも嬉しそうに言うテッド隊長とウッディ隊長。
太陽系では見たことのないデザインのそれには、オオカミをシンプル化したデザインのマークが入っている。そしてそれはテッド隊長機の肩に付いているデザインと基本的に共通のデザインモチーフだ。
――なんで?
一瞬だけ視線をテッド隊長機へと注ぐ。
そこにあるマークはやはりオオカミのマークだ。
だが、細かく見れば微妙に雰囲気が違う。
なにより、オオカミの向いている方向が違うのだ。
──どういう意味だろう……
あれこれ考えたのだが答えは出てこない。
当人に直接聞くしかないが、いまは戦闘中だ。
シリウスのシェルは、まるで死を怖れていないかのように突入してきた。
大きく広がりながら包囲するように展開していくシリウスのシェルに、バードはシリウスの基礎戦術を感じた。
「さて、久しぶりの手合わせだ」
「生かして帰すつもりは無いんだろ?」
「当たり前だ」
テッド隊長の言葉にけしかけるような言葉を返したウッディ隊長。
そこにあるのは純粋な殺意と敵意だ。
あの、ジェントルマンという存在を体現しているテッドの言葉にバードは驚く。
だが、その眼差しの先にいるテッド隊長は先頭切ってシリウスのシェルに襲いかかった。
流れるように。舞うように。
一切の無駄や余計を省いて飛び、次々と敵を撃破していく。
──やっぱり凄い……
その姿はシェルドライバーとしてひとつの到達点。そして目標でもあった。
バードは改めてテッドの実力に驚くと同時に、あの領域まで到達したいと願った。
ただ一言。
無敵と言う状態だった。