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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
幕間劇 その2 ~ ブラックオニキス計画に向けて
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ビッグウェーブ作戦発動!


 地球歴2999年10月1日、午前9時。

 カッシーニ基地の汎用ハンガーは、異様な熱気に包まれていた。


 補給基地や前線基地としての機能を持った施設だ。

 そのハンガーは『広大』の一言に尽きる。

 サッカーコート4面を取って尚余裕があるその空間は、とにかく馬鹿でかい。


 多くの戦闘兵器を並べ、整備をし、そしてハンガーアウトさせる。

 その一連の動きを余裕もって実行出来るだけの広さがあるのだ。


 ただこの日、このハンガーは多くの人々で埋め尽くされていた。


「凄い……」


 ボソリと呟いたバードは、その人並みをジッと見ていた。

 士官服をしっかりと着込み、丁寧にメイクしてその人混みの外れに立っていた。


 目の前にいる人々は、宇宙軍や海兵隊各師団から集まった高級将校たち。

 そして第一遠征師団全ての士官と高級下士官だ。


「壮観な眺めだな」


 同じように呟いたロックも、きっちりと身なりを整えて立っている。

 その匂う様な男ぶりにバードは胸をキュンキュンとさせている。

 だが、士官の矜持を忘れた訳では無かった。


「積み重ねてきた結果なんだね」

「だよな。それだけの実績があるんだよ」


 この日。

 遠くシリウスへ向かおうとする宇宙軍の集合地点では、高級将校の昇進セレモニーが予定されていた。長年の奉職を讃えるイベントだが、このセレモニーの主役は海兵隊第一遠征師団の実質的責任者、エイダン・マーキュリー少将だ。


 ――――――――エイダンマーキュリー少将 壇上へ


 ホールの中から割れる様な拍手が沸き起こった。

 様々な理由で昇進を断り、最前線に立つことを選んできたマーキュリー少将。


 だが、法で定められた奉職限界規定に引っかかり、ついにその職務上階級を自動昇進させる事になってしまった。


「ありがとう。ありがとう。諸君、ありがとう」


 エディは良く通る声で皆に挨拶した。


 軍に長く在籍してれば、望まぬ昇進は良くある話とも言える。

 現場の空気が忘れがたく、問題行動を起こして昇進を拒否する者も多い。


 ただ、最前線に立って献身的な努力をし続けてきたエディの昇進を引き留めることは、かなり難しい状況となった。少将職に就いて早くも10年の月日が流れた。

 軍法によれば、佐官以上の階級で昇進が無ければ、自動的に引退となる年月だ。

 軍籍を維持し同じように活動し続けるには昇進を引き受けるしか無い。


 佐官で有れば不祥事により昇進停止のペナルティと言う裏技も使える。

 だが、将軍級ともなると不祥事は即引退となる。


「地球人。エイダン・マーキュリー」


 宇宙軍海兵隊のフレネルマッケンジー上級大将がスピーチを始めた。

 会場がシンと静まりかえった。


「貴官の果たしてきた義務と職務とを鑑み、三軍統合本部は満場一致の議決をもって貴官の昇進を決定し、ここに海兵隊大将のポストを用意するに至った。貴官はこの昇進を受諾するか?」


 水を打ったような静けさがハンガーを埋め尽くした。

 ここには、過去に様々な戦場で命を救われた者達が集まっていたのだ。


 壇上の両翼には幾つもの勲章を胸に飾った将軍が並ぶ。

 いつの間にかエディを追い越し、一足早く将軍(ジェネラル)へと達した者達だ。


 シリウス後退戦から早くも50年。

 絶望的な戦闘をし続けた元前線士官はみな知っている。

 壇上に立つ少将は処罰の恐れを顧みること無く、救出に走り回った事を。

 命令を無視してまで文字通りに飛び回ったことを。


 負け戦の果てにデブリとなって宇宙の虚空を漂流したパイロット達。

 破壊された残骸の中で酸素が尽きるのを待っていた船乗り達。

 死の影濃い絶望的な最前線。

 通しナンバーが振られただけの名も無き小さな戦略拠点。

 完全包囲され玉砕を待つばかりだった都市戦闘の現場。


 そんな場所で己を顧みず、エディは救出し続けた事を。



 『 STAND(戦うか) or DIE(死ぬか) 』



 シリウスの猛攻に堪えながら。孤独さと心細さを噛み殺しながら。

 孤立無援の最前線で恐れおののく兵士を励ましながら。

 そんな戦いをしてきた者達だ。


 彼らの所へいつもいつも現れては獅子奮迅の戦いをしてきた男。


 それ程高くは無い壇上へ上がったエディの姿を見ようと、椅子を用意されていた将官級や佐官級の士官が一斉に立ち上がった。


「小官の身に余る重責ではありますが……」


 一息ついたエディは、会場をチラリと見た。

 詰めかけていた多くの者が笑みを浮かべて壇上を見ていた。


「全身全霊をもって、この職責に応えようと思います」


 静かにその決意を述べたエディ。

 その直後、再び会場からは割れる様な拍手と喝采が沸き起こった。


 会場の片隅でそれを見ていたバードは、聴覚センサーが入力オーバーを示してレッドシグナルが視界に浮かぶのを見てた。ふと隣を見れば、ロックも耳を押さえて笑っている。その姿に絆を覚えたバードも、苦笑いを浮かべていた。


「エディはいきなり大将だね」

「そんだけの活躍をしてるんだろうさ」

「……間違い無くね」


 壇上を見上げるロックの目は、まるで父親を見るような眼差しだった。

 戦史を紐解けば、サイボーグ兵が登場した時からエディは最前線にいたのだ。


 幾多の激戦地を踏み越え、率いる隊の中から幾人も犠牲者を出し、その死の全てを背負い、逃げることも無く『戦え』と鼓舞し続けてきた。今日の宇宙軍において一定の立ち位置をサイボーグにもたらしたのは、間違いなくエディの功績だ。


「おい、見ろよ」

「え? なに?」

「テッド隊長の顔」

「……あんな表情初めて見た」

「だろ?」


 ロックがそっと指差した先。

 テッド少佐の目は誇らしげに眩げに、じっとエディを見ていた。

 そしてその意味を二人はよくわかっていた。


 テッドの歩んだ人生がどれ程苛烈で過酷で無慈悲なものだったか。

 それを本人の口から聞かされていたバードとロックは良く分かっている。


 そして人生の節目節目で導きを与えてきたエディの存在は、テッドにしてみれば父親そのものであり、場合によっては父親以上かもしれないのだ。


「……なんだか大きく変わりそうだな」

「そうだね」

「俺やバードはもうちょい先だぜ」

「あと二年は少尉だからね」


 にこりと笑うバードの表情にロックも笑みを浮かべた。

 バードたちの様に統合整備計画で宇宙軍と契約したサイボーグの士官は、エレベーターで3年おきに必ず昇進する事になっている。基礎契約が10年なのだから、少佐として一年の奉職を勤めた後、引退するか契約を続行するかを選ぶのだ。

 名誉除隊となって俸給を受け取るも良し。再契約して新たに教育を受けなおし、更に10年の奉職をするも良し。それは個人の裁量に任される事になる。


 ただ、今は戦時体制だ。

 明確な拒否を示さない限り、自動的に2年の延長となる。


 俸給は日割りで再計算され、トータル12年の奉職で名誉除隊だ。

 その時点で再契約を行うなら中佐へ昇進するかどうかを選び、昇進を引き受ける場合は再教育を受ける事になる。


「いつか俺たちも隊長みたいになるんだぜ」

「まだ考えにくいけどね」


 苦笑いのバードは壇上を見上げた。

 エディの前に居るのは海兵隊や宇宙軍の大将と上級大将。

 そして、宇宙軍・地上軍・海兵隊の三軍統合元帥たち。


 さらには、地球人類最強の暴力機関を預かる統合元帥の一人。

 グレートブリテン及び北アイルランド連合王国の国王がそこにいる。

 ブリテン国籍なエディのために、国王はここまでやって来たのだ。


 水を打った様に会場が静まりかえった。


 ブリテン国王キングジョージ9世の脇には大将を示すサーベルと豪華な飾りの付いたカバー(帽子)と、優雅な袖飾りの付いた大将を示す外套が用意されていた。

 壇上のエディはキングジョージ王から、ダブルボタンが縦にならぶ濃紫の提督外套を授与され、それに袖を通した。

 そして、ネルソン提督の更に前の時代から。七つの海を制した太陽の沈まぬ大英帝国の時代からの伝統である前後に長い提督帽を被った。大将=大提督にだけ許された正装となったエディは、キングジョージ公と握手を交わし、そしてスピーチを求められマイクの前にたった。


「諸君。どうか楽にしてくれ。今まで何度もこうしてスピーチをしてきたが、作戦説明や状況把握の為のものでは無いというのが実に妙な感じだ」


 エディの率直な言葉に場がどっと沸いた。

 指笛と歓声が沸き起こり、エディはそれを手で制した。


「まず始めに、私がここまでやってこれたのは、全ての優秀なスタッフのおかげである事に感謝したいと思う。もちろん、そんなスタッフ達に引き合わせてくれた神にもだ。私は良き同僚と、良き部下と、良き上司。そして、良き導きに恵まれた。自分で言うのも何だが、私は幸運な男だ」


 再び会場が沸いた。

 幸運な男を隊長に戴く事は、戦地へ赴く全ての兵士にとって重要な事だった。


 生と死の境はいつも紙一重だと兵士は知っている。

 ほんの数メートル。ほんの数歩。

 あと1ミリの差で生死が分かれることがある。

 だからこそ運の良い男が指揮官であって欲しいといつも願うのだ。


「それら全てに、心から感謝する。数々の困難なミッションを果たしてきたが、その遂行において死を恐れず任務を遂行してくれた部下たちに感謝したい。また、不運にも戦場で果て、草葉の陰で……我々を見守ってくれている者たちの魂が安らかであらん事を、神に祈りたい」


 デッキを埋め尽くす拍手が沸き起こり、エディは手を振ってそれに応えた。

 胸を張り威風堂々とスピーチするその姿は『王』のようだとバードは思った。


「思えばもう50年も前の話だ。当時はまだ地球連邦軍の一士官としてシリウスの地上へ。我々が目指すニューホライズンの大地へ降り立った。いまにして思えば、随分と跳ねっ返りな、使いにくい少佐だった事だろう」


 僅かに表情を曇らせたエディだが、それは溢れる自信の裏返しだと思った。

 なにより、その正体を知るバードにしてみれば、随分な自虐だと思うのだ。


「己の信じる正義の為に、作戦をねじ曲げたこともあった。目的を逸脱したこともあった。だがそれは、すべてが地球の為にと。人類の為に役に立つと信じてきたからだ。尊い犠牲と言い切られ、命令無視で救出作戦を行なった事もあった。後退戦の中で取り残された拠点へ血路を切り開いた事もあった。犠牲を減らし効率よく目的を達する為の貴重な経験を連れ帰る行為だと私は胸を張った。今なら言える。私は間違っていなかったと」


 一体どれ程の困難なミッションをこなしたのだろう。

 ふと、バードはそんな事を思った。


 振り返れば、とんでもない厳しい条件でのミッションを幾つもこなしてきた。

 常識的に不可能と判断されるミッションをこなした事も一度や二度では無い。


 汚れ役も恨まれ役も引き受けたし、捕虜にされる屈辱を味わった。味方を鼓舞し続ける重要性を体験したのも、救出を待ちジッと耐える経験をしたのも、エディの作戦行動の中でのことだ。


 それらを思い出せば、周りにいる将校たちが涙を浮かべてエディを見ている意味を良く理解できる。同じような経験をし、理不尽に部下を失いつつもこの場へと帰って来れた幸運な者たち。


 彼らはエディへ喝采を送っている。感謝をしている。

 その姿を見れば、一番厳しいポジションへ優先的に投入され、筆舌に尽くしがたい経験を積み重ねてきた自分自身を誇りたくもなると言うモノだった。


「地球とシリウスとの戦いは遂に第4クォーターに入った。最終クォーターだ。厳しい戦いが予想されている。いや、予想ではなく確定しているだろう。我々の手がシリウスへ伸びる時、シリウスはその手を絶ち切ろうと努力するだろう」


 静まり返ったホールにエディの声が響く。

 命のやり取りと言う厳しい現場へと出向く事になるのだ。

 その表情が自然と引き締まるのをバードは見た。


「この場にいるもの全てが地球へ帰れる保障など一切無い。ただ、その確率を上げる為に、この30年は私の部下を鍛えてきたし、諸君らに苛烈な訓練を積み重ねてきてもらったつもりだ。皆で笑って地球へ帰ってこられる様に。努力していこうと思う」


 自信を漲らせるエディの表情は、話を聞いている者達に自信と覚悟を自覚させていた。これからどれ程に厳しい状況を経験するかは分からない。だが、その困難を乗り越えていく勇気と覚悟は、上官が先頭に立って部下を引っ張っていく時にこそ呼び起こされるものだ。


「我々の手からするりと抜け落ちた大切なモノを取り戻そう。我らの子孫の為に、胸を張って言える事を成し遂げよう。たとえ死んだとしても、ヴァルハラで胸を張って言える筈だ。自分は闘って死んだと。この星で待つ家族を守ろうと死んだのだと。己の私怨と欲望でシリウスと地球を巻き込み戦争を望んだウォーモンガー(戦争狂)に炎の鉄槌を下すのだ」


 拳を握りしめ力強く言い放ったエディ。

 その姿は全ての士官や下士官に熱い炎を灯すものだった。

 会場には大きな声が沸き起こり、気密が破れると思う程の喝采が轟いた。


 ――始まるんだ……


 ふと、バードはそう思った。

 『終わり』の『始まり』が幕を開けようとしていた。


 最初から見ていた訳では無いが、その多くをバードは知っている。

 いま自分が立っているのは、その巨大な舞台のど真ん中だ。

 

 かつてシリウスを開拓し、その中に生まれた最初のシリウス人がここに居る。

 それを知っている者より知らない者の方が遙かに多い筈だ


 だが、いつか全てが、隠しておきたかった真実が明らかとなる。

 そして、エディは膨大な怨嗟と叱責と罵詈雑言を浴びる事に成る筈だ。

 シリウス人の為に地球人を殺したと、非難されるはずだ。


 だが、その全てを糧にして、全てを取り戻そうとするのだろう。

 己のルーツと護るべき者達と帰るべき故郷の為に。


 夥しい摩擦の中で自らの夢だけに向かって愚直に前進してきた男は、静かに壇上で笑っていた。多くの者に握手を求められ、やがて来る自らへの攻撃を躱す為に莫大な実績を積み上げてきたのだとバードは思った。


 そして、シリウスをルーツとする自分自身の為にも、バードは逃げることなど出来ないと思った。

 

 地球に端を発し、遠くシリウスまでいたる巨大な暴力の波。

 その大波の一翼として、自らのルーツへ手を掛けようとしていた。


「では、マーキュリー大将。早速だが、仕事に入って貰いたい」


 満面の笑みを湛えるキングジョージ9世は、エディの肩を叩いて仕事を促した。

 その手に押され、再びマイクの前に立ったエディ。

 その声を待ち受ける者達を見てから一つ息を吐き、高らかに宣言した。


「諸君! ビッグウェーブ作戦を発動する! 状況を開始せよ!」


 会場の全てを揺るがすような歓声が上がり、多くの士官が拳を突き上げた。

 ビッグウエーヴ作戦の発動は、エディ提督により宣言されたのだった。

来る3月1日より、第12話『オペレーション・ビッグウェーブ』を公開します。

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