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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
幕間劇 その2 ~ ブラックオニキス計画に向けて
146/354

テッド隊長の昇進

~承前






「なんだか顔付きが変わったね」


 バードとロックのふたりは、カッシーニ基地の士官サロンで久しぶりに顔をあわせたBチームメンバーと顔をあわせた。

 相変わらずバードはロックと並んで座っていて、その姿にしばらくチームを離れていた面々は、二人の関係が一つランクを上げた事(ラウンドアップ)を知った。


「俺が言うのも何だけどな」


 ジャクソンはやや苦笑いの状態だ。

 金星作戦の終了から半年。ジャクソン達中尉のグループは勉学に当てていた。

 統率理論や戦術戦略学と言った、本来海兵隊士官が備えているべき知識と知見を吸収するべく学んできたのだ。


「やっと一人前になった気がするさ」


 苦笑いのジャクソンを他所に、スミスはペイトンと視線を交わした。

 それぞれに特殊な事情でサイボーグになり、テッド隊長に導かれてここへやって来た者ばかりだ。軍人として、士官として、部下の命を預かり前線で戦う為の様々な事柄を彼らは初めて身につけたのだった。


「ところで隊長どうしたんだろう?」


 不思議そうに首をかしげるバード。

 ドリーは薄笑いでその姿を見ていた。


「新入りが来るそうだ。それと打ち合わせ中じゃないか?」

「え? Bチーム(うち)に?」

「あぁ」


 ドリーとジョンソンは顔を見合わせて笑っている。


「金星での戦闘でAチームCチームは大きく損害を出している。それを再建するべくメンバーの割り振りを行なうって話だ」


 ジョンソンはどこか寂しそうに笑っている。

 その姿にバードはロックと顔を見合わせ、僅かに表情を曇らせた。


「……異動するの?」


 バードの声に緊張の色が混じる。

 ジョンソンは静かに微笑んで首肯した。






 ――――――――カッシーニ基地 将官向けサロン

          地球標準時間 2999年 9月31日 1900






「まだ非公式だが内示を受けた。Aチームへ異動になる公算が高い」

「そうなんだ……」

「バードから見たら居なくなるかたちだが、俺にとっては元に戻る形だ」

「え?」


 ジョンソンはニヤリと笑ってドリーと顔を見合わせた。


「ジョンは元々Aチームの人間だ。ただ、この20年近くをBチーム出向と言う形になっていたのさ。エディの方針でBチームをエリートチーム化するために、高性能なサイボーグユーザーを集めたんだ」


 ドリーは舞台裏を語り始めた。


「最初は俺とジョン以外には隊長と…… ()()()()()()しか居なかった。で、実はリーナーにも秘密があって……」


 ニヤリと笑ったドリーはジョンソンに『お前が言えよ』と話を振った。


()()()()()()は…… 実はスレーブモードで動いているAIだ」


 とんでもない話をいきなり言い出したジョンソン。

 その言葉にバードやロックだけでなく、スミスやジャクソンまでが驚いた。


「どうりで……」

「あぁ。最初はどうにもおかしいと思ってたんだ」


 ジャクソンはスミスと顔を見合わせ驚く。

 ペイトンやビルも驚いていた。


「寡黙にしては口数が少なすぎると思っていたが、AIとはな」


 心理学の医師でもあるビルも、それ以上の言葉を飲み込んだ。

 極僅かだが室内から会話が消え、皆がそれぞれに()()()()()()()を思った。


「で、リーナーは?」


 バードの率直な疑問にドリーが答える。


「恐らく、保留になっていた昇進が行なわれるだろう。そもそも、リーナー中尉は俺が配属になった78年の時点で中尉だったからな」


 保留と言う言葉にバードやロックだけでなく、ライアンやダニーまでもが表情を強張らせた。テッド隊長が長らく昇進から逃げ回っていたという話しは、ここに繋がるのかと気がついたからだ。


「これは俺の推測だが――


 優雅な仕草でティーカップを戻したジョンソンはニヤリと笑ってドリーを見た


 ――リーナー中尉をAIで動かしていたのは、後々に少佐の隊長たちから欠員が出た時の為の予備だったんじゃないかと思うんだ。で、ディージョ隊長が戦死し、リーナー中尉は本来の人格に戻って昇進し、Aチームの隊長になる。いきなり少佐だ。おそらくは最初からその予定だったんだ。理由は分からないが、あの人はエディのコックスみたいな存在だ」


 コックス。

 それは小型艇やカッターにおいて舵手を意味するもの。

 転じて、立場ある人間の側近や、或いは手足となる存在をさす。


「……リーナー中尉は異常なほどにエディの役に立つ事を望んでいる。501中隊が今の体制になるようエディが筋道を決めたのは50年代初頭らしいが、俺がBチームへ加入した81年時点でリーナーは自分の機能を全て停止し、AIモードでテッド隊長の下に付く事を選択したんだ」


 ジョンソンはそれ以上の言葉を吐かず、黙って首を振った。

 これ以上の事は知らないから聞くなと言うように。


 ただ、バードはハッと気が付く。

 ドリーの配属は78年でジョンソンの配属は81年。

 ここでリーナーが少佐に昇進し、移動になるならテッド隊長も立場が変わる筈。

 と言う事は……


「まぁ、とりあえず……」


 ドリーは相変わらず人懐こい笑顔でメンバーをグルリと見た。


「実はテッド隊長にも昇進の内示が来ているそうだ」


 その言葉にバードはニヤリと笑った。


「そして、リーナーとジョンソンがBチームを抜ける。結果、Bチームは3名の欠員が出るが、その補充を受ける事になっている。高適応率の新入りだと聞いているが、実は俺もまだ見ていない」


 ちょっと困ったような顔をしているドリー。

 バードはこの時点で確信した。


「ドリー隊長に話が来て無いんじゃ……」


 イタズラっぽい笑みでドリーを見たバード。

 皆もニヤリと笑ってバードを見てからドリーを見る。


「まぁ、そんな訳で、今後ともよろしくと言うことだ」


 はにかみつつ挨拶したドリー。

 バードを先頭に面々が拍手を送った。


 同じタイミングでガンルームのドアが開きテッド少佐が部屋に顔を出した。

 全員が立ち上がって()()を迎えるのだが、テッドは着席を指示した。


「話をしたか?」

「えぇ。たった今」

「そうか」


 ゆっくりと腰を下ろしたテッドは、室内の面々を一人ずつ黙って静かに見て行った。その襟に付いた階級章には、いつの間にか星がひとつ増えていた。


「テッド隊長」


 普段なら隊長と呼ぶバードは、大切な言葉のようにテッドの名前を付けた。

 世の全てを怨んだままBチームへと配属になり、その中でバードは成長した。

 海兵隊士官としても、もちろん、人間的にもだ。


 その全てで先達だったテッドは、バードにとって特別な存在。

 ロックの()()でもあるのだから、二重の意味で特別だった。


「昇進おめでとうございます」

「あぁ……」


 女性らしい細やかさではなく、最初にそれを言うのがたまたまバードだっただけの話だ。みなもそれに気が付いていたし、今まで昇進から逃げ回ってきたテッド隊長にも、限界が来たと理解していた。


「不本意ながらも昇進してしまったよ。もう少し現場に居たかったんだがな。どうにも困ったものだ」


 肩を竦めて笑うテッドは、恥ずかしそうに自分の襟を見た。


「最終的に二階級昇進だそうだが、将官級とは違い佐官は、ラウンドアップ(順次昇進)だそうだよ。まぁ、大佐と言っても現場に出てくるがな」


 その言葉に全員が笑った。


「ここまでよくやってくれた。最高のチームだったと俺は胸を張れる。ニューホライズンからの撤退戦以来、エディが直卒した中隊のメンバーで俺が一番恵まれていたと思う。最高のスタッフだ。俺のチームに来てくれた全員に感謝したい」


 テッドは訥々と、感謝の言葉を口にした。

 飾らない言葉だが心のこもったものだ。


 そんなテッドの言葉に、バードは胸が一杯になってしまった。

 遠くシリウスの地上で戦っていた頃から逆算すれば、どう計算してもテッドはもう70になる老人の域に足を踏み入れている。


 医療などの進歩により人類の平均寿命は100歳を軽く越える時代なのだから、70歳ではまだまだといって良いのかも知れない。だが、バードはこの日はじめてテッドの年齢を意識し、返す言葉がなかった。


 血生臭い地獄以下の現場ばかりへ送り込まれる飛んでもない職場だが、それでもこのチームに来て良かったと心から思った。


「Bチームの旅はまだまだ続いていく。俺は今までと同じようにチームに関わる事は出来ないだろう。だが、違う形でチームを支えて行こうと思う。今までと同じように、これからもしっかりやってくれ。頼んだぞ」


 静かな拍手が沸き起こり、バードはチームの結束を思った。

 素晴らしいチームだと、そう確信していた。


「既に聞いていると思うが、リーナーとジョンソンがチームを離れる」


 テッド隊長は涼やかな笑みを湛えジョンソンと向き合った。


「ジョンソン」

「はい」

「長い間、世話になったな」

「……私も良い経験を積みました」

「リーナーを頼む」

「はい」


 ガッチリと握手した二人は首肯しあう。

 20年の関係は磐石の信頼関係をもたらしていた。

 続いてテッド隊長はスミスに眼をやった。


「スミス」

「はい」

「お前は知ってしまったかもしれんが……」

「何の話ですか?」


 テッドはチラリとバードやロックを見た。

 話をしていないのか?と言わんばかりに。


「我々はシリウスへ行くが……」

「バードがシリウス系と言う話ですか?」

「いや、バードだけじゃ無い」

「……って、いうと?」

「俺もシリウス人だ」


 スミスは僅かに表情を変えた。

 だが、それは険しくなった訳ではない。

 秘密を打ち明けてくれたという信頼だった。


「……そうじゃ無いかと思ってました」

「憎しみや悲しみと上手く付き合えるようになったな」

「隊長のおかげです」

「ドリーが次の隊長だ。上手くやってくれ」

「はい」


 同じように握手し、スミスは奥歯をグッと噛み締めた。


「まだ夢に出るか?」

「最近は笑顔が増えてきました」

「お前が笑っているからだ」

「そうですね」


 握手の力がグッと強くなった。

 スミスの目はまるで父親を見るかのようだった。

 アレだけ毛嫌いしたシリウス人だが、それでもテッド隊長は特別だった。


「ジャクソン」

「はい」

「良い顔になったな」

「そうですか?」

「あぁ。良い顔になった」


 握手を交わした二人は黙って笑みをかわした。

 きっと、他人には言えない事が沢山あるのだとバードは思った。


「ペイトン」

「はい」

「理想を忘れるなよ」

「もちろんです」


 複雑な身の上だったペイトンは、キツネのようなつり目の顔をしかめた。

 つらそうなその表情には、救って貰ったという感謝の色があった。


「お前もだ。ライアン」

「……はい」

「天涯孤独なのはお前だけじゃ無いぞ」

「……はい」

「やっと、一人前の大人になってきたな」

「ありがとうございます。隊長のおかげです」

「一番努力したのはお前だ。それを誇りにしろ」

「はい」


 ブルースターと言う組織で繋がったペイトンとライアン。

 その二人の肩を叩いたテッドは父親の様に笑った。


「ビル」

「はい」

「お前の身の上もまだ内緒か?」

「……そうですね」


 それは言わないでくれと苦笑したビル。

 まだまだ秘密にしている事が多いのだろう。


 誰にだって言いたくないことの一つや二つはある。

 その全てを飲み込んで、テッド隊長は全員を統率して来たのだ。


「いつか胸を張って言えると良いな」

「そう願っています」

「なぜ?」

「……それが、私の贖罪ですから」


 ウンウンと頷いたテッドは隣のダニーを見た。

 今までに見た事が無いような複雑な表情のダニーは、ジッとテッドを見ていた。


「ダニー」

「はい」

「お前もまだ言ってないのだろう?」

「……すいません」

「まぁいいさ。俺だって今まで身の上を語れなかった」


 ダニーの肩をポンと叩いたテッド。

 それがまるで肩の重荷を落とすようだとバードは思った。


「罪を背負って生きろ。いつか必ず救われる」

「はい」


 身の上話がご法度なBチームだが、隊長は全て知っているんだとバードは思う。

 そして、全部飲み込んだ上で振舞っていたのだと。


「ロック」

「はい」

「バード」

「はい」


 二人まとめて呼んだテッドは、まるで息子と娘を見るような眼差しだった。


「どっちかを残して勝手に死ぬんじゃないぞ」

「はい」「もちろんです」

「シリウスの恩寵が二人にあらん事を……」


 口元を押さえたバードは涙が溢れてくる錯覚を覚えた。

 ただ、やはり涙を流す事など無い。


 やはりシステム上のバグかとガッカリだが、それでもテッド隊長の言葉には胸を震わせた。


「ドリー」

「はい」


 ガッシリと握手した二人。

 バードはその姿を美しいと思った。


「Bチームを、頼むぞ」

「はい」


 たったそれだけの言葉だが、それは百万の言葉を圧縮した物だと皆は思った。

 誰もが暗い過去を持っているBチームの面々だが、テッドと言う男がとびきりの辛い過去を持っているとバードは知っている。そして、それを全て飲み込んで、部下を育てたという事も。


「第1作戦グループの責任者として、このグループ全体を統括する事となった。ただ、出来る限り俺はBチームと行動を共にする事になる筈だ。ここから先、様々な困難に直面するだろうが……」


 テッドは一つ息をはいて、そしてもう一度全員を見た。


「全員で地球へ帰って来るために、努力してくれ。以上だ」


テッドの若き日々の物語に追いつかれてしまいました(笑)

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