表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
幕間劇 その2 ~ ブラックオニキス計画に向けて
145/354

王の帰還

~承前






 カッシーニ基地の内部には、高級将校向けのサロンがいくつか設置されている。

 その一室。エイダン・マーキュリー少将用に用意された私室代わりの個室には、現状で生き残っている501中隊各チームの隊長が一同に集まっていた。


「このメンツでガンルームは久しぶりだな」

「ガンルームじゃねぇさ。サロンだぜ」


 懐かしい話に花を咲かせ、ざっくばらんに話題は進行している。

 この五十年を戦い続けてきた者達は、話せど話せど話題の尽きる事は無い。


「ディージョとドッドを失ったのは予想外だったな」

「全くですね。それにしても、まさかディージョが……」

「驚きます」


 沈痛な顔で揃っている各隊長は、エディを中心に円卓へと座っていた。

 作戦行動中と言う事でコーヒーを飲みながらの談笑。

 ただ、それは決して辛さを感じさせるモノではない。


「このシリウス豆は? どうしたんだ?」

「あぁ、実はハーシェルポイントでな」

「久しぶりに顔を合わしたか?」

「……あぁ」


 Fチーム隊長のヴァルター少佐がテッド少佐の肩を叩いた。

 ニヤリと笑ってお互いの過ごした時間に思いを馳せる。

 冷静に考えれば…… 随分と遠くへ来たものだ。


「なに、すぐに会えるさ」

「そうだと良いんだがな」

「で、豆は?」

「向こうから土産だそうだ」

「へぇー さすが気が利くっすね」

「お前は変わらんな」

「これでも気を使ってンすけどねぇ」


 ハハハと小さな笑い声。

 軽い会話の様で、その中身は随分と重い。


 小さな声で談笑しているが、その声には懐かしさと寂しさが入り混じった。

 幾多の死線を潜って来た隊長達は、つかの間の青春時代へと帰っていた。


「ところでこのメンツにリーナーが加わっているって事は?」


 ふと思いだしたようにテッド隊長が切り出した。

 エディ少将はそれに対し、ややオーバーなアクションで応じた。


「あぁ、その件だが……」


 やや緊張しているリーナーは助けを求める様にテッドを見た。

 だが、そのテッドは静かに微笑んでいた。











 ――――――――カッシーニ基地 将官向けサロン

          地球標準時間 2999年 9月31日 1200











「リーナー」

「……はい」


 エディは静かに手を翳し、何事かを呟いた。

 ピクリと身体を振るわせたリーナーは口をパクパクと動かした。

 そして、何ごとかを言おうとしてエディを見る。


 だが、その口から出てきた声は聞きなれたいつものリーナーではなく……


「……スレーブモードを終了します」


 全く別人の声が発せられ、そして身体から油圧が抜けていった。

 その後、テーブルに突っ伏し動かなくなったリーナー。

 鉛を飲む様な重い時間が流れ、ややあってゆっくりと身体を起こした。


「うーん……」


 顔付きの変わったリーナー中尉は、胡乱な目で室内の面々をグルリと見回した。

 室内にいるメンツを確かめた中尉は、ゆっくりとエディ少将を見た。


「任務完了ですか?」

「あぁ。ご苦労だった」

「そうですか」


 ニヤリと笑ったリーナーは、室内をグルリと見回した。

 懐かしそうな顔でリーナーを見ているブルとアリョーシャ。

 そして、テッドを含めたかつての小僧軍団。


「いつの間にかいい顔になっているな」


 リーナーが嬉しそうに声を掛けたのは、ドリーとジョンソンだ。


「ご無沙汰ですね。中尉」

「そうだな。新任でやって来た新入り少尉が二人ともいつの間にか大尉か。俺は何年寝てたんだ?」

「えぇ……」


 指を折って数えたジョンソンは『約30年ですね』と答えた。

 その言葉を何度も首肯して聞いていたリーナーは、不意にテッド少佐を見る。


「……小僧。AIな俺は役に立ったか?」

「えぇ、もちろんです」

「あの、手を焼いた小僧も少佐殿か……」


 長い時に思いを馳せたリーナー。

 その胸に去来するものはなんであろうか……


「で、エディ」

「私も同意見だ。役に立ってくれた。感謝している」

「……そうですか」


 リーナーは静かに笑って何度か頷いた。

 今までの陽気で寡黙なリーナーでは無く、落ち着いていて、しかも優雅な振る舞いの男がそこにいた。


「で、ここからは?」

「……記憶の整合は出来たか?」

「まだです。これからちょっと時間を掛けて」

「そうか。では、掻い摘んで言う」

「はい」


 エディは一枚の書類を差し出し、リーナーに渡した。

 そこには参謀本部総長と第一遠征師団責任者と、そして、エイダンマーキュリー少将連名の通達が簡潔に書かれていた。


「リーナー。君にAチームを預ける。保留していた昇進が行われる」

「……と言う事は、誰か戦死を?」

「あぁ。ディージョとドッドが死んだ」

「……なんと言う事だ」


 沈痛な表情を浮かべたリーナーは、胸の前で十字を切った。

 敬虔な表情でその死を悼んだ中尉は、通達書と一緒に渡された封筒を開けた。


 中には少佐を示す階級章と、軍籍手帖。

 そして、Aチームを示す怒れる天使のワッペンが入っていた。


「……そうか。ディージョが」

「良い男だったんだが……」


 悲しげな眼差しのリーナーは、首だけを動かしてテッドを見た。

 同じように目を伏せ辛そうな空気のテッドは、静かに首を振った。


「良い男だったんだが…… 辛いな」

「あぁ。だけどもう乗り越えた」

「そうか。ところで例の彼女は?」


 リーナーの表情に下世話な色が混じる。

 テッドはコーヒーカップを指さして笑った。


「リディアの土産だよ。まだ元気だ」

「そうか」

「ウルフライダーに負けない様にBチームの面々を鍛えてある」

「なら、テッドのチームが専任だな」

「そう言う予定だ」


 ウンウンと頷いたリーナーは眉間を押さえ眉根を寄せた。


「流石にデータが重いな」

「とりあえずは記憶の整合性を取るのを優先してくれ。話は後だ」

「了解しました」


 エディは何度か頷いた後、もう一度室内の面々を見回した。


「Dチームはシリウス到着時点でウェイドに預けることにする」

「向こうで元気にやってるらしいですね」

「あぁ。何度か定期便で連絡を貰っているよ」


 懐かしそうに目を細めたエディは一つ息を吐いた。


「私にも昇進の内示が来た。ついに身動きが取れなくなる。個人的にはまだまだ暴れられるつもりだが、どうもそれでは困る向きが増えたようだ」


 この日に至るまでエディの積み上げてきた実績は莫大なものだ。

 連邦軍から国連軍に発展した宇宙軍の中で、エディは確たるポジションにいる。

 幾多の戦役を乗り越え、多くの兵士将官を支援してきた。


 故に、多少ならぬ物事まで、エディの頼みは融通が効く状態だ。

 およそ70年の時間を掛けてソレを築き上げたエディ。

 ここからは最後の仕上げになる。


「……故に、編成を大きく変える事にする」


 エディは目配せして説明しろと話を振った。

 その目配せを受け、アリョーシャが口を開いた。


「501中隊第1作戦グループのうち、ABC各チームを統合する。リーダーにはテッドを任命し、第1グループ各チームはDチームを除き一元的な行動に移る」


 その言葉を聞いたウッディ隊長は、ニヤリと笑ってテッド隊長の肩を叩いた。


「責任重大だな。テッド指令」

「指令はやめろって。そんな偉くねぇ」

「じゃ、どうする?」


 嗾けるようなウッディ隊長の眼差しにテッド隊長は苦笑いする。

 ただ、そんなテッドへドリーやジョンソンも熱い眼差しを送っていた。


「今までどおりテッドで良いさ」

「……そうだろうな」

「あぁ」


 遠い日。

 ニューホライズンの上空で暴れまわった501中隊が各チーム化したとき、総司令のポジションに入ったエディは同じ言葉を吐いた。


 ――――今までどおり、エディで良いさ……


 と。


 テッドとヴァルターの会話が収まり、アリョーシャは説明を再開した。

 まだまだ言うべき事はたくさんあるし、時間はそれほど無い。

 全ては効率よく振舞わねばならない。


「同じように第2作戦グループのリーダーにヴァルターを据える。大規模侵攻で第2作戦グループも消耗が激しいから、再編を進める事にしよう。残念だが、オーリスのEチームは各チームへ人材を供給し消滅してもらう。ロニーのGチームとジャンのHチームはそのままだが、メンバーのリロケーションを進める」


 結果、8チームあった501中隊は6チームに縮小した。

 だがそれは戦闘能力の低下を招くモノではない。


「各隊員の身体は新しいG30系統にバージョンアップされる。戦闘能力はBチームやFチームの高適応率メンバー並になるだろう。シェルも新型が優先配置される事になっている。念願の連射できる荷電粒子砲だぞ。これで苦労しなくて済むな」


 アリョーシャの言葉に各隊長は僅かな笑いをこぼした。

 今まで装備していた荷電粒子砲は、カートリッジ化された高密度燃料電池を使う薬莢方式に近い形態だった。瞬間的大電流を放出する為に、爆薬で反応剤を高圧縮し、その化学変化を利用していたものだ。


「シェルも色々乗ったな」


 ジャン隊長の言葉にヴァルター隊長がニヤリと笑う。


「01のドラケンはともかく、いま思えば02のビゲンは失敗作だな」

「あぁ、色々欲張りすぎた。まぁ、それでも色々実験出来た機体だったな」


 テッド隊長のフォローからは本音がにじみ出た。

 隊長軍団以外ではリーナーしか知らないはずの旧型機だ。


 ただ、テッド隊長は時々01ドラケンを使っている。

 濃いグレーの機体に黒い炎を纏った禍々しい姿の機体だ。


「03グリペンの次か…… 第4世代だろ?」


 興味深そうにしているロナルド隊長は、ニコニコと楽しそうだ。


「まだ相性は無いがオージンと開発現場では呼ばれていたそうだ」


 オージンと言う言葉の響きにステンマルク中佐がにやりと笑った。


「オーディンか…… 戦いの神で風を掌る神でも有るな」

「激怒や狂乱と言う意味も有るな」


 ステンマルク中佐の言葉にオーリス隊長がそう応えた。

 エジプト神話からの命名が多いシリウスへ向かう国連軍は北欧神話を選んだ。

 それは、ゲルマン文化の影響圏が世界の流れをリードしている地球の象徴だ。


「まぁ、そっちの話しはこれからだ。とりあえず、ブルと私は揃って少将に昇進せよとの内示だ。ブルはエディのポジションにあがり、ステンマルクは大佐へ昇格して戦闘戦術部長のポストに就いてもらう」


 ページを捲ったアリョーシャは説明を続けた。


「私は参謀本部の情報諜報機関を預かる事になった。オーリスにサポートについて貰う。オーリスも昇進してもらうぞ? もう我儘は通用しない」


 アリョーシャの言葉にオーリスが苦笑いを浮かべた。

 ロナルド隊長やヴァルター隊長が『やりにくかったのも仕舞いだな』と笑った。

 オーリス隊長は中佐階級のまま現場隊長をやって来たのだ。

 どうしても現場を離れたくないから……と、我儘を言っていたのだ。


「オーリスが大佐に昇格し、これでやっとテッドやリーナーが元鞘だ。501中隊の歪さも幾分改善されるだろう」


 無遠慮なアリョーシャの言葉に全員から遠慮なく笑い声がこぼれる。

 その様子を見ていたドリーとジョンソンは、隊長達の過酷な日々を思った。


「最後に、機能不全のままリザーブ中のメンツは新生Dチームへ転属だ。作戦状況の中で負傷し、サイボーグ化に適さないと判断されたまま冬眠中の重傷者にもオペレーションが施される。残念だが、使い捨てに出来るユニットは現代でも必要と言うことだ」


 全員に書類が回され目を通す。

 シリウスを離れる事になって早50年。

 気が付けばあの少尉候補生達が一軍の中で重要なポストに就いていた。


「併せて第1第2の両グループは順次メンバーの補充を行っていく。内部の編成は各リーダーに任せるが、戦力の均等化を図りたい。サイボーグ技術の研究もこの五十年で大幅に進化したが、そのポテンシャルを発揮する舞台もまた整った」


 アリョーシャの目がエディへと向けられた。

 話を振られたエディは総括する様に言う。


「地球人類にとっては遠征作戦だが、この面々に取っては違う話だ。そうだろ?」


 エディが何を言いたいのか、皆は痛感していた。

 そして、窓の外の遙か彼方に青く光る星を見た。


「HOME&DRY 我々は。我々には……」


 エディは満面の笑みを浮かべた。

 その笑みに釣られ、全員が笑っていた。


「帰るのだ。帰り道だ。我らの……ホームへ」


 エディはグッと右手を握りしめていた。

 隊長たちは知っている。この遠征はエディにとって特別な意味を持っている。

 すなわちそれは『大団円』であり『地球の逆襲』であり、そして……


「王の帰還は派手に祝おう。我らの王がシリウスへ帰るのだ」


 テッドはヴァルターやウッディを見てからそう言った。

 シリウスを地球から切り離そうとした不貞分子の粛清は最終段階に入った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ