サイボーグの中身
~承前
クロックアップしている。
ロックは瞬間的にそう思った。
全てがスローモーだった。
機体整備を行う女性スタッフが慌ててタオルを掛けるシーンもスローだ。
バードだけでなく、ホーリーもアシェリーも咄嗟に身体をひねり背中を見せた。
誰かは分からないか『キャッ!』と悲鳴をあげた。
基礎フレームの上に装甲のベースとなるトラスが伸びている。
その中にはグレーに塗られた大容量バッテリーが納められた。
警告マークを見れば大深度高電圧タイプだ。
そのやや下には、サイボーグの核心技術の一つなサブコンが収められている。
従来のものと比べ計算速度で2倍以上に向上しているはずだった。
その下にはグッと細くなったウエスト部分があるのだが、そこは全部空洞だ。
おそらくは拳銃などを隠すホルスターが入るのだろう。
そして、女性型を象徴するような大きく豊かな骨盤型装甲がある。
その中にはかなり大きなメインリアクターが収められている。
男性型ならば胸部装甲に護られているリアクターだが、女性型は違う配置だ。
その胸部装甲の前には豊かなふくらみが二つある。
生身の女であれば乳腺の発達した立派なバストなのだろう。
女性型の場合は、ここに脳向けの予備ブドウ糖リキッドが収められた。
機械的に見れば全く極限まで無駄がなく、しかも細くしなやかだ。
男性型に比べ軽量で小体積かつ極限の高密度実装。そして強靭だ。
両脚ふとももの油圧ポンプや、両腕上部の油圧シリンダー周辺。
それだけでなく、女性的曲線美を見せる膝下部にまでバッテリーが入っている。
その姿を見たロックは、率直に『美しい』と思った。
極限まで無駄を廃し、しかも、瞬発力と柔軟性を持たせる為の配置だ。
それはまるでネコ科の動物の様に、しなやかで伸びやかなものだった。
ただ、これは、サイボーグにとって他人には見せられないシーン。
しかも、女性にとってみれば、男には絶対見せられないシーンの一つだった。
裸に剥かれて慰み者にされるよりも、辛いことかもしれない。
機械そのものに変わった自分を見せて良い相手など、そう居るものでもない。
望まずにこうなった理不尽さと共に、女性にとっては屈辱の一言だ。
「ばっ! バカッ!」
バードと並んで立っていたホーリーが何かを投げた。
ロックが小さな声で『あっ……』と呟いた。
それは空中を飛んだ精密ラチェットレンチだった。
ガンッ!と鈍い音を立てたレンチは何かにぶつかった。
咄嗟にかわす事すら出来なくて、眺めるだけだったロック。
その目は完全に機械なバードの姿を見ていた。
「いってぇ!」
呻き声が響き、振り返ったロック。
ライアンも無事だ。
誰に当たったんだ?と考え声の主を探した。
その目に映ったのは、左胸を押さえて険しい表情なジャクソンだった。
──────15分後
「行きなり入ってくるから!」
プンプンと怒っているホーリー。
だが、それでも彼女はジャクソンの隣に座り、開けられるハッチを全て開け、胸部パーツのチェックを手伝っていた。
「悪い悪い。ロックがジョンソン達を探していたから、もしかしたらここじゃ無いか?って思ったのさ」
サイボーグのかしまし娘たちは三人ともスケルトンなまま、頭からすっぽり身体を覆うローブを纏っていた。鈍く光るチタン製の頭蓋ケースは強靭な複合材とミルフィーユ状に重ね合わせ複層化されている。
過去に何度もあったらしい深刻なダメージを防ぐための構造だそうだが、バードだけは構う事無く白銀に輝く構造材を露出させていた。人には言えない面倒な病気で長く入院していたバードだ。
最後の頃はほぼ全裸状態で彫像が寝転がっているかのように過ごしていたからか、羞恥心的な部分が麻痺していた。そんなバードの隣に座っていたロックは、バードのヘッドユニットをジッと見ていた。
「どうしたの?」
「この中にバードが居るんだな」
ロックのキョトンとした顔を見ていたバードは、僅かに笑みを浮かべた。
そんなバードを遠慮する事無くいきなり引き寄せたロックは、衆人環視なのを気にする事無く頭蓋ケースにキスをした。一瞬だけ『えっ?』と思ったバードだが、全く無警戒にされるがままだ。
この球体の中にバードの本体が入っている。いや、本体ではなく本人だ。機械の身体を動かす意思。心と魂の二つが宿っている。それはつまり、愛する女の正体そのものだ。
「バーディーばっかりズルいよねぇ~」
いきなりのガールズトークで嫉妬心を見せたアシェリー。
笑ってはいるが、その表情には僅かではない不快感が滲む。
表情を動かしている人工筋肉が一部浮いているせいか、どこか引きつったような笑みにも見えるのだ。
ただそれは、敵意や悪意と言ったモノではなく、純粋に羨望から来る嫉妬でもあった。人間を辞めた存在と言って良いサイボーグだが、心は人間なのだ。
「そうよねぇ」と相槌を打ったホーリー。
だが、アシェリーはそれにも噛みついた。
遠慮なく口を尖らせている。
「ホーリーだって居るじゃない!」
アシェリーの一言に『うへぇ』と漏らしたジャクソン。
だが、ホーリーは不満そうにその顔を見上げた。
口を真一文字に結び、見上げているその眼差しには詰問の色が滲む。
「私じゃダメなの?」
「ダメってことはねぇさ」
「じゃぁ、なにがダメなの?」
いきなりラチェットレンチを投げつけられ、しかも今度は地雷な質問だ。
ジャクソンは心の準備も無いままに、いきなり激戦地へ放り込まれた気がした。
「まぁ……」
一瞬だけ口籠ったジャクソンは、小さく息を吐いてからホーリーを抱き寄せた。
わずかに嬉しそうな表情になったのだが、大事な回答を未だ聞いてない。
「俺には死んだ女房と息子が居る。あの世できっと俺が来るのを待ってんのさ」
いきなりシリアスな言葉を吐いたジャクソンは、ロックと同じ様にその頭蓋ケースへチュッとキスをした。
「ホーリーを嫌いなわけじゃない。そこは勘違いしないでくれ。ただな、俺は神に誓ったのさ。妻になった女を裏切らない。嘘をつかない。悲しませるような事はしないって」
ジャクソンの穏やかな言葉がフィッティングルームに漂った。
その声色は酔うほどにホーリーの心を揺さぶった。
どこかチャラくて緩い男だ。
だが、その中身は鉄の意思と硬い貞操心の持ち主だった。
「女房はここには居ないだけで、俺の心の中にはいつでも居るのさ。だからよ」
ジャクソンの手がポンポンとホーリーの頭蓋ケースを叩いた。
心からの愛情を込めた、優しく包み込む様な手つきだった。
「ホーリーの気持ちは嬉しいが、女房を泣かしたくねぇって事だ。夢の中に出てきて、嘘つきとか罵られたら俺も困るからさ」
これ以上無い拒絶がジャクソンの口から漏れた。
ただそれは、絶望を感じさせるものや明確な拒絶ではない。
……先約があるからダメ
そんなスタンスだ。
ふと、ホーリーはジャクソンの手元に目を落とした。
その指にシルバーのリングを見つけた。
妻には先立たれたが、ジャクソンはまだ自分を妻帯者だと自己主張していた。
それこそがジャクソンという男の人となりを雄弁に語るものだった。
「夢に女房が出てきてさ、何とかしてやりなさいよ!このダメ男!と罵られたなら俺も考えるけどな、ちょいと先に行っちまっただけの家族だから、そいつを悲しませたくねぇのさ。それが俺の……まぁ、自分ルールだ」
キッパリと言い切ったジャクソンは、もう一度ホーリーの肩を抱き寄せた。
決して拒絶する意志ではない。それを雄弁に語るような、優しい手つきだ。
「ロックとバーディーが特別って事は無い。ただ、二人はそこらの夫婦よりよほど特別な関係だろ? 同じチームで同じ危険を冒し、同じ死線を潜っている」
このとき、ホーリーは何となくジャクソンの言いたい事がわかった。
それはAチームBチームに別れている二人の関係だ。
ロックとバードのコンビと違い、ジャクソンとホーリーではその能力が違いすぎる。それは悲劇の元になりかねないし、人間関係を拗らせる元だ。
そして……
「身分の話じゃねぇ。立ってる場所の問題だ。俺達は全員明日なき命で任務に当たってるんだぜ。だけど、そんな男に惚れちまったら辛いぜ。いきなり帰ってこなくなるかも知れねぇからな」
どうしたってエリートチームなBチームは危険な現場へ送り込まれる。
それだけの性能を持つ機体を与えられた者達が集まっているのだ。
特別な能力を持っているなら、それを持たぬ者達の為にその力を使うべき。
テッド隊長もエディ総隊長も、そういうスタンスで事に望んでいる。
そして、Bチームの面々だって、それが当たり前だと思っている。
「ホーリーをバカにするつもりじゃないし侮るつもりでもない。ただ、俺は純粋に悲劇的な幕切れを避けたいって事だ。ついでに言えば……
なにかを言いかけたジャクソンは、話を聞いていたホーリーの満面の笑みに気付いた。自信溢れるその表情は、コンプレックスからの脱却でもあった。
「その件は心配要りません、中尉殿」
黙って話を聞いていた上級曹長セイラーが切り出した。
胸を張って自信を漲らせている。
「ホーリー少尉とアシェリー少尉の機体は今回から新型に切り替わりました。抜本的に改善されたアクセサレーターにより、適応率に10ないし15程度のかさ上げが期待できます。そして、これからセッティングを追い込んでいけば、最大で20%程度の改善を見込んでいます」
技術的な細かい話しはもはや理解不能なところまで来ているが、少なくとも今現状で理解するべきは、高性能なサイボーグの機体を与えられるハードルがウンと下がったと言うことだ。
「悪くても10%アップって言うと……」
驚いたライアンがホーリーを見た。
彼女の適応率は以前なら80%程度と言われていた。それがいきなり90%の大台に乗る事になる。そして、セッティングの追い込みを突き詰めて20%になればバードに匹敵することになる。
「つまり、第1作戦グループ全員が、現状のBチーム並みの性能を手に入れると言う事です。中尉殿」
その説明にライアンが口笛混じりの驚きをあげた。
ロックはジャクソンと顔を見合わせニヤリと笑う。
「俺たちばっかやばい所に行かなくて済みそうだな」
「だけどよぉ、特別扱いって訳じゃねぇが……」
悪い顔で見合わせてニヤリと笑う。良くも悪くも特別待遇だったBチームの、その薔薇色の時代は終ろうとしているのかもしれない。
「あと、ジョンソン大尉とリーナー中尉ですが……」
セイラーは指を一本立てて天上を指差した。
それが意味するところは、上の階にいると言うことではなく……
「エディ閣下の招集された隊長会議にドリー大尉と出席されている筈です」
「隊長会議か……」
どこかホッとしたような表情のロック。
心配の種が消えたと言って良いことだ。
「ところで、隊長会議って?」
バードはセイラーに助けを求めた。
考えてみれば、そんな言葉を聞いたのは初めてだ。
各チームの隊長が一同に会して話をするのは言われるまでも無く分かる。
だが、その中身が見当付かないのだ。
「半年に一回のペースで501中隊の各チーム隊長がエディの所に集まってさ、全体会議って事で会合をやってたのさ。前に一度だけ隊長に同行したんだが、要するに飲み会みたいなもんだな。ついでに言えば同窓会だ」
ジャクソンの言葉にバードはロックと顔を見合わせた。
そして、士官学校時代の同窓生であるホーリーとも顔を見合わす。
「同窓会ねぇ」
「なんせほら、隊長連中はシリウス戦線の頃からだろ?」
テッド隊長の青春時代なら、バードとロックは恐らくチームの中で誰よりも知っている状態だ。なんせ、本人から身の上話を全部聞いたのだから間違いない。
「でも、なんでこのタイミングで?」
「そりゃ、これからホームへ帰るからだろ」
バードの質問に答えたのはロックだ。
ペロリと舌を出し笑っている状態のロックは、眼だけで左右を見た。
その仕草に『聞かれるからそれ以上言うな』という意志を感じたバード。
考えてみれば、ひたすら内緒にしてきた隊長なのだ。
きっと微妙な問題を孕んでいるのだろう。
「ま、帰ってきたら直接聞くのが良いんじゃ無いか?」
「そうだな。それが早い」
全体像が掴めない時は一歩下がるのが吉。バードもそれには異論が無い。
いつかきっと全部教えてくれるだろう。そんな自信もある。
「とりあえず続きをやりましょう。まだ人工皮膚を全身に貼り付ける作業が残っています。発泡フォームに光神経を通す作業も有りますので4時間ないし5時間は掛かる筈です。大変申し訳ありませんが……」
男性陣に退室を促したセイラー。
ウンウンと頷きながらロックやライアンが部屋を出て行った。
最後に出て行ったジャクソンに手を振り、ホーリーが微妙な顔になった。
「……チャンスあるよ。きっと」
「そうだと良いんだけどねぇ」
見え透いたバードの慰めにも、ホーリーの返答は微妙だった。