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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
幕間劇 その2 ~ ブラックオニキス計画に向けて
143/354

誰にも見せられぬ姿

 

 シリウス


 それは地球人類にとって古くから導く者だった。

 繁栄を極めたエジプトナイル第1王朝の時代にはソプデトと呼ばれていた。

 また、古いラテン語ではソティスと名付けられていた。


 そして、ソプデト=ソティス=シリウスは夏の代名詞。

 太陽が昇る前にシリウスが現れる季節は、ナイル川が氾濫を起こす季節だった。


 母なるナイルの氾濫は肥沃な土地をエジプトの民へともたらした。

 やがてそれは豊穣の女神イシスとなり、崇拝の対象にすらなった。


 シリウスが太陽よりもやや早く地上に姿を見せる季節。

 それはヘリアカルライジングと呼ばれていた。


 イシスを祭る神殿は、その季節だけ最奥まで太陽光が届く構造になっている。

 もちろん、太陽光がはいると言う事は、シリウスの光りも届くのだ。

 『最も奥』まで『弱い光が届く』と言う現象は、子孫誕生を意味する。

 つまり、永遠の繁栄を約束する光りとして崇められていたのだった。


 そして、計算されつくしたレイラインの奇跡は、惑星配置にも見出せる。

 最奥へ導かれた光りの先。その直線状には明けの明星=金星がある。

 シリウス以上に眩く輝く金星は、シリウスと太陽の間に儲けた子だとされた。

 シリウス人にとって金星が特別な存在である理由はここに行き着くのだった。


 2130年から入植したシリウス拓殖の歴史も、既に170年の経過を見た。

 今も変わらず、地球は全国家の総意として、シリウス奪還を掲げている。


 いま、シリウス独立闘争は第4クォーターへと移り変わろうとしていた。


  『 ブラックオニキス計画 』


 国連軍統合参謀本部より発表されたその計画は、人類史上最大規模だ


 作戦従事艦艇合計37759隻。

 総動員兵力5200万人。

 作戦総予算。約100兆米国ドル。


 空前絶後の巨大計画は、地球人類の総力を挙げて遂行されようとしている。

 迎撃するシリウス側の総戦力に対し、理論値で4倍を超える計画だ。

 如何なる事があろうとも、必ず短期決戦で全てを終わらせる。

 参謀本部に集う者達は、そう意気込んでいる。


 瑪瑙の一種、ブラックオニキス(黒瑪瑙)の名を冠したその計画は、一点の曇りも無い漆黒の瑪瑙が持つ霊力にあやかろうとしていた。

 太古よりブラックオニキスとして様々な魔術や占星術などで重用されてきた黒瑪瑙は、何ものにも染まらぬ漆黒を強い信念や迷いの無い理念の暗示してきたのだ。


 どれ程苦しくとも辛くとも、信じた道を行く者。

 降りかかる艱難辛苦を乗り越え、歩み続ける者。


 そんな者達にとって黒瑪瑙が心のより所だったように、地球から遠く離れたシリウスへ向かい、目的を果たさんと欲する者達を導く事を願われていた。

 シリウスに残された地球派拠点の各部が送ってくる情報や、細々と続く民間船による交流によりシリウスの現状は地球の各国家も良く把握している。かつてのシリウス攻防戦では辛酸をなめたのだから、今回は見事にやり遂げたいと理想に燃えているのだった。











 ――――――――土星衛星カッシーニ 国連軍集積基地 B-15エリア

          地球標準時間 2999年 9月31日 1000













 人類史上最大戦力となった国連軍遠征艦隊の集結地。

 土星の衛星カッシーニには、国連軍向けの巨大な基地が建設されていた。

 シリウス軍による前線基地として機能していたここは、旧連邦軍の基地だ。


 その基地の上空には国連軍艦隊約2万隻が結集している。

 ハンフリーに陣取るBチームも、周辺に展開する大艦隊に言葉を失っていた。

 そして、これから始まろうとしている『終わりの始まり』に胸を躍らせていた。


 ただ、すぐさま出発と行かない所がもどかしい。

 大戦力となれば編成などに時間を要す。


 指揮命令系統など、しっかり打ち合わせしておかねば混乱の元となる。

 それだけでなく、責任の所在と言う視点でも曖昧さはよろしく無い。

 軍人とは究極のリアリストなのだから、自分の責任となった時の決断は素早い。

 『いざ』と言うときのために、明確な責任所割は欠かせないことだ。


 その為に、多くの士官将官は基地へと降りているのだが……


「隊長どこいった?」


 カッシーニの基地内を歩いていたロックは、隊長の姿を探していた。

 この忙しいタイミングで打ち合わせに謀殺されるのだから面倒極まりない。

 だが、大切なことなのだから逃げるわけにも行かない。


「ドリー連れて打ち合わせに行ったぜ」


 行方を尋ねたジャクソンの答えに思案するロック。

 考えつつも、河岸を変えようと立ち去りかけるのだが……


「そんな顔するなよ。なんかあったのか?」


 ロックの表情に『良くない話』の臭いをジャクソンは感じた。

 東洋人の見せる微妙な表情は、往々にして悪いことの始まりだった。


「……情けない顔だったか?」

「不安感で一杯って面だ」


 ロックの疑問にジャクソンはおどけて答えた。

 相手に不要な緊張を与えないよう、最大限に気を使ったともいえる。


「うーん」


 僅かに考え込む素振りを見せたロックは、率直に言う事にした。


「……いや、ジョンソンとリーナーの姿も無いんだ」

「ない?」

「あぁ、ガンルームにもオフィサーズメスにも姿が無い」

「フィッティングルームは?」


 サイボーグが言うフィッティングルームとは、サイボーグ向けの調整室だ。

 様々な不具合や細かなセッティングの再調整に使われる所だ。


 ハンフリーならばサイボーグメンテナンスデッキの奥にあり、準オーバーホール級の整備を行なえるだけの設備となっていた。飛んだり跳ねたりと激しい動きを行なうサイボーグには必須といえる施設だ。


「……あぁ。盲点だった」

「機械の目にゃ盲点はねぇけどな」


 軽口を挟んでロックを笑わせるつもりだったが、どうもギャグは滑ったらしい。


「行ってみるわ」

「……お おぅ」


 手を上げてジャクソンと別れたロックは、廊下に出てその自虐に気が付いた。

 思わず『あっ』と言葉を漏らし、直後にプッと吹き出す。


 ――相変わらずだ


 そんな事を思いつつ、ロックはフィッティングルームへと向かった。

 別段目的など無いのだが、姿が見えないと言うのに妙な胸騒ぎを覚えたのだ。

 何も無ければそれでよし。何かがあれば原因を特定する。

 CQBスペシャリストの勘がそう言っているのだから、きっと何かの前触れだ。


「ん? こんなところでどうしたんだロック?」


 廊下ですれ違ったライアンは以前より身体が一回り大きくなっていた。

 生身の男がトレーニングとエクササイズで身体をビルドアップしたようだ。

 腕周りや胸周りが逞しく鍛え上げられ、今までのようなスリムさが消えていた。


「いや、ジョンソンとリーナーがいねぇ」

「いねぇ?」

「あぁ。なんも無きゃ良いなってな」

「……侵入者か?」

「それを心配してんだ」


 僅かに怪訝な表情となったライアンは、腕を組んで考え込む。

 父親との決着をつけるべく身体を換装したロックに負けないサイズだ。


「とりあえずフィッティングルームへ行ってみるが……」


 カッシーニ基地のフィッティングルームは艦内設備とは次元が違う。

 全くゼロからサイボーグを組み立て出来るほどの設備が揃っているのだ。

 ライアンはアームストロング基地で換装したが、ジョンソンは未換装だ。


「……換装中は完全に無防備だよな」

「オマケにここは元シリウス軍の基地だ」


 微妙な表情のロック。

 ライアンはその顔に言いたい事をくみ取った。


 表だって騒げば保安部の顔を潰す事に成る。

 誰だって事を荒立てて()()()()()を壊したくは無い。

 ただ、軍に在籍する限り、自分の仕事とて疑って掛かるようになるものだ。

 確実に完遂し、心配の種を絶対に残していない……とは限らない。


「工作員が残ってる可能性がある…… ってか?」


 暗い表情のライアンは、三白眼でロックを見た。

 そのロックも緊張感を漂わせた表情だ。


「まぁ…… そんな気がするだけだ。くだらねぇ勘だけどよ」


 どこか吐き捨てるようで居て、心底心配そうなロック。

 ライアンは目の前の男が心底心配しているのを良く理解している。

 不器用な男だが、人の情を何より大事にする男だ。


「所でバーディーには聞いたか?」


 こんな時、バードの勘は恐ろしいほど良く当る。

 本人も気が付いていないだけで、実は未来視の能力があるのではと思う程だ。


 ただ、ロックは首を振って応えた。

 これまた、なんとも微妙な笑顔と共にだ。


「今日は朝から――


 言いにくそうなロックの言葉

 そこには男の立ち入れない領域

 秘密の花園の匂いがしていた


 ――アシェリーやホーリーと女子会って言って出かけて行ったから」


 フィメール型サイボーグトリオな『かしまし娘』の三人組。

 そのメンツは、どれも恐ろしく勘の効く面々だ。

 AB両チームの中にあって死線を潜ってきたのだ。

 

 当人にそのつもりが無くとも、正鵠を得ることだって一度や二度では無い。

 そんな女たちから話を聞けば早いのだが……


「俺も行くわ」

「あぁ、リスク回避にゃありがてぇ」


 ライアンと並んで歩き始めたロック。

 思えばBチームへ配属となった頃から、二人はライバルだった。


「シリウスってどんな所だ?」

「さぁな。俺も行ったことがねぇ」


 ライバルなだけに率直な言葉を交わせる部分がある。

 隠し事抜きに、本音で話し合える。


 微妙な空気になる事もあるが、それだって信頼故の本音トークが原因だ。


「まぁ、行きゃわかるさ」

「だな」


 基地の中は複雑な構造だが、サイボーグなら視界にナビゲーションが出る。

 いくつかエレベーターで移動し、割と深い階層へと降りて行った。

 フィッティングルームは構造の強靱な基地の地下奥深くにある。


「俺たちの生産された所だぜ」

「俺は地球製だけどな」

「……あ! きたねぇ!」

「しかもメードインジャパンだ」

「チキショウ…… 悔しいけどクールだぜ」


 心底悔しそうなライアンを笑ってみていたロックは隔壁の扉を開いた。

 横幅のある通路を歩いて行って、最後の気密ハッチを抜けた時だった。


「ん? 何の音だ?」


 ライアンは首を傾げて考え込んだ。

 何処からか、リズミカルにカッシャンカッシャンと軽金属の音がする。


「ははーーん……」


 ニヤリと笑ったロック。

 ややあってライアンも音の正体に気が付いた。


「絶賛セッティング出し中ってところか」

「ここで手を抜くと後に響くしな」

「……だな」


 通路の最奥。壁に掲げられたボードにはフィッティングルームの文字があった。

 その通路から曲がって入った所には、一面の分厚いゴムマットが敷かれていた。


 新しいサイボーグのボディを装備した時、最初にやる事はセッティング出しだ。

 ジャイロや姿勢制御のセンサー接続を確かめ、身体側のサブコンに記録させる。

 やがて身体の一部のように馴染んでいくのだが、その為の準備だ。


「なんだかんだ言ってもジョンソンはすげーよ」

「だよな。ドリーもそうだけど、手抜かりとかまず無いから」


 フィッティングルームの前で、ロックとライアンは立ち尽くす。

 集中して行う作業は邪魔されたくないし、人のそれを邪魔したくない。

 しかもその相手は上官なのだ。


「……気を使う人だよな」


 ライアンがボソリと言った。

 常に言いたい放題で諧虐的な皮肉と刺さるような批判を忘れない人だ。

 だがそれは逆説的に言えば、繊細な心配りの出来る証拠でもある。


 ジョンソンは常に人の心を見ている。

 それも、心の奥底を見透かすように。


「……室内から音が消えたな」

「作業は一段落か?」


 ロックとライアンは顔を見合わせた。

 そして、何も言わずにロックはフィッティングルームの扉へ手を掛けた。

 ライアンも全く疑う事無くロックの後に続いた。


 シュッと音を立てて半自動の扉が開くと、正面には壁がある。

 そこを右に折れて進めば、広いフィッティングルームだ。


 滑り止めのゴムマットが敷き詰められた室内には独特の臭いが充満する。

 中から女性の話し声が聞こえ、セッティングの真っ最中だと気が付いた。


 ――あぁ……

 ――ジョンソンの……


 そう思いつつ短い通路を進み、フィッティングルームへと出たロック。

 床を見ていたその眼を上げて室内を見た時、そこにバード達三人組がいた。

 全員、完全スケルトンな基礎骨格と内部機器が露わな姿だった。


 ――えっ?


 ロックとライアンが固まった。

 バードを含めた三人組も固まった。

 サポートしていた女性スタッフも凍り付いた。


 サイボーグならば絶対に誰にも見せたくない姿。

 ましてや『女』なら、フルヌードよりも恥ずかしい姿。


 頭部ユニットに顔の人工皮膚だけが付いている姿だった。

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