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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第11話 シリウスへ向けて愛と青春の旅立ち
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時を越えるリング

~承前










「時には戦わないって選択肢もあるんだ」


 背広に身を包んだエディは、誰が見たってブリテン紳士になっていた。

 ステッキを携え、上等の帽子を頭に載せたその姿に、バードは言葉を飲み込む。


 ――やだ……

 ――カッコ良い!


 だが、キュンキュンとしているのはバ-ドだけではなかったようだ。

 バーの中へ入ってきた妙齢の女性は一歩進み出て優しい笑みを浮かべる。


 驚くほど美しいとバードは思った。

 それなりに年齢を重ねているが、それでも、美しかった。


「会いたかった……」

「……あぁ。私もだよ」

「我らが…… 救いの御子よ」


 両手を広げエディに抱きつく女性。

 ゆっくりとキスを交わしたエディは力強く抱きしめた。


「バーニー…… いや…… リリス」

「会いたかった…… ビギンズ」


 静かな再会の言葉だが、その言葉にバードは椅子から転げ落ちるほど驚く。

 後ろからロックに抱きかかえられ、呆然と見ていたバードは、そのままロックの膝の上に座った。


「どうしたんだ?」


 そのバードの慌てぶりがおかしかったのか、テッドは理由を訊ねた。

 あたふたと言葉にならなかったバードは一つ深呼吸し、心を落ち着かせる。


「実は、金星のジェフリーステーションで……


 金星戦闘の初期、金星の空中に浮いていたジェフリーステーションでの経緯を話し始めたバード。あの制御室の中でジェフリー墜落に向けた操作をし、最後にはバードを脱出カプセルに押し込んで逃がしたシリウス軍士官ジェントリー少佐。

 その少佐が最後に叫んだ言葉『ビギンズとジョニー』と言う言葉を思い出したのだ。ロックは心底驚くが、テッドはテーブルに目を落としたままニヤリと笑う。


「そうか…… その時の映像は記録して有るか?」

「もちろんです」


 バードはテッドへカプセルから見下ろしたシーンを転送した。

 その映像を眺めたテッドは、眼をつぶって天井を見上げた。


「あそこにはあいつが居たのか…… 会えば良かったな」

「誰が居たんだ?」


 バーニーと呼んだ妙齢の女性を抱き締めたエディは、テッドに訊ねた。


「恐らくはドゥバンでしょう。アジア系で色黒だ。それに……」


 クククと笑ったテッド。

 エディも静かに笑っていた。


「そんな事よりテッド」

「わかってる。わかってるさ。ただ……」


 小さく溜息を吐いたテッドは、テーブルをジッと見ていた。

 まるで心の準備をしているようだが、まだ暗闇に居た女性の声が流れた。


「私は心の準備をしてきたわよ」


 バーニーと呼ばれた妙齢の女性の隣に立っていた女性。

 年の頃ならテッド隊長と代わらないのだが……


「俺やエディや、この若い二人が心底羨ましがる事をしないでくれるか?」

「えぇ。頑張るわ」


 ゆっくりと顔をあげ、椅子ごと振り返って立ち上がったテッド。

 両手を広げて「おいで」と呟やいた。そのシーンを見ていた女性の目から、ドッと涙があふれ出した。そして、小走りに走っていってテッドへと飛びついた。


「泣くなよ…… こっちの女が羨ましがるぞ」

「涙じゃ無くて汗よ!」

「強がりやがって」


 テッドの首へ手を廻し、その女性は長い長いキスをした。

 そして、今度はテッドが顔を押さえ、もう一度長いキス。


 バードはポカンと口を開けてそのシーンを見ていた。

 あの、金星の地下でバードを殺し掛けたエレナと言う少尉に自決を促した少佐。

 火星のタイレルの工場で見た、驚くほど美しいスラブ女性だ。


「会いたかった…… あなたに…… すっと会いたかった」


 あの、毅然とした空気も振舞いもなく、純粋に恋する女の素直な心を吐露する女性は、テッドの首に抱き付いて、ただただ涙を流した。


「俺もだ。会いたかったよ……」


 笑みを浮かべて頬を寄せたテッド。

 その姿はいつも見ていたあの正義の体現者ではなかった。

 懐かしい再会を純粋に喜ぶ男がそこに居た。


「ずっとお前を思ってた。いつも、どんな時も。シェルで飛ぶ時はいつもお前を無意識に探した。こんな所にいるはずが無いとわかっているのに」


 泣けない辛さはバードもロックも分かっている。


「ねぇ……」


 何となく理解したバードは、ロックに何かを促した。

 バードの眼差しがグラスを捉え、その意味を理解したロックはシリウスの二人へグラスを勧めた。


「せっかくですから…… どうぞ」


 ロックとバードの立ち振る舞いを見ていたバーニーは、静かに笑ってエディを見つめた。


「毎度毎度だけど、良い男じゃ無い。それに、御似合いの彼女さんね」

「聞いて驚くなよ? テッドが鍛え上げた凄腕だぞ?」

「……ふーん」


 楽しそうに笑ったバーニーは、そっとグラスを取った。

 テッドは二人ブンのグラスを持ち上げ、一つを抱き寄せていた女性に渡した。

 だが、エディの分が無い。バードは慌ててもう一つ頼もうとしたのだが……


「あぁ、それは要らないぞバーディー」

「え? 隊長?」

「エディはこれで良いんだ」


 グラス半分のチェイサーを勧められたエディは、グラスを手にとって揺すりながら静かに手をかざして笑った。ややあって透明だった液体に琥珀の色が混じった。


「まだ出来るのね」

「あぁ……」


 透き通っていた水が僅かに黄変した。そして、漂う香り。

 エディが手をかざしたグラスの中の水はウィスキーになっていた。

 そのウィスキーを一口飲んだエディは、テッドのリクエストを終えたピアノマンに声を掛けた。


「歌ってくれピアノマン。こんな素敵な夜だ。仲間達の再会に乾杯」

「美しき生命に乾杯」


 バーニーもそう呟いて、そしてグラスに口をつける。

 不思議そうに眺めているロックとバーディーだが、テッドはいつもの様にグッとグラスを飲み干し、ゆっくりと語り始めた。


「物語を聞かせよう。ある…… 女と男の物語だ」


 椅子へと腰掛けたテッド。その膝の上に座った女性は、僅かに微笑んで幸せそうにしながらテッドへ身体を預けていた。その女性にそっと腕を廻し、テッドも幸せそうに笑っている。


「お前たちにはありふれた話だと思うかもしれないし、全く理解出来ないかもしれない。けど、まぁ、そうだな。どこにでもある話とは言い難いかも知れないな」


 どうだ?と訊ねるようなテッドの動きに、抱かれていた女性が笑った。


「男の名前は覚えてないが、確か…… ジョニー何とかって名前だったと思う。だけど、女の名前は忘れもしない、彼女の名前は…… リディア・ソロマチン」


 テッドの口からジョニーの名前が出て、もう一度バードは驚いた。

 そして、ジョニーと言う男とテッド隊長が同一人物なんだと話が繋がった。


「ジョニーの生まれは…… シリウスの第4惑星ニューホライズン。リョーガー大陸の片隅。ニューアメリカ州の州都サザンクロスからしばらく行った場所。グレータウンと言う小さな田舎町の更にその郊外。どこまでも続く平原にあった牧場だ」


 淡々と語るテッドの言葉に、抱き締められていた女性が『懐かしい』と呟く。


「シリウス中が、独立か帰順かで揺れていた時代、まだ16歳だったジョニーは地球連邦軍の特務少佐、エディーマーキュリーと出会う。そこから……」


 バーテンの注いだグラスをもう一口飲んで、そしてテッドは天井を見上げた。


「俺とエディと、そこのバーニーと、そして――


 テッドはもう一度愛しいように頬を寄せた


 ――この女の数奇な物語が始まったんだ」


 新鮮に驚くバードとロック。

 テッドを語り部にした長い長いストーリーは、時に激しく、時には切なく、時には残酷な運命を突きつけて進んで行った。そして、運命の再会で締め括られた。


「あの日、ジョニーガーランドと言う男は魂を抜かれ、小さな縫い包みの中へ納まった。長い長い時を経て、いつか再会する日のためにな」


 初めて語られたテッド隊長の過去。

 あの反発し続けたロックを導いたテッドの手腕が、様々な出会いと分かれの賜物だったとバードは知った。そして、どんな時も正義を体現する強さの秘密も。


「……隊長」

「なんだ?」

「今まで、再会した事がなかったんですか?」


 バードはどうしてもそれを聞きたかった。

 ただ、その答えをテッドは語らなかった。

 もちろん、テッドに身を預けている女性も。


「エディ。若い二人に。新しい夫婦に乾杯しよう」

「そうだな。これだけの男と女だ。今度は引き離されないだろう」

「あぁ。俺やエディの様に。」


 ニヤリと笑ったテッドとジョニー。

 その言葉を聞いていたバーニーは、テッドに抱きついていた女性に何かを目配せした。黙っていても言いたい事が伝わるほどの仲なのだろう。その女性はドッグタグを胸元から取り出すと、そこに通していたリングを取り出してロックへ投げた。


「これは……」


 驚くほどに上質なシリウスプラチナで出来た、女物の細いリングだ。

 黙って眺めるロックとバードだが、テッドもドッグタグを取り出すと、そこに通してあったリングを外し、バードへと手渡す。何時ぞやジョンソンが言った、テッド隊長のドッグタグに付いているリングだ。多少太い、男性向けのリング。


 ロックはバードの二人は顔を見合わせて静かに笑った。

 隊長やエディやバーニーの言いたい事が伝わったのだ。


 バードの手を取ったロックは、黙って薬指へリングを通す。

 そして、バードの手も同じようにロックの指へリングを通した。


「新たな夫婦の誕生だ。健やかな時も病める時も共に歩め。そして、例えいかなる死であっても二人を別つ事などない。ヘカトンケイルの祈りと、シリウス最初の男女の祈り。そして、国連軍最強なシェルパイロットと、シリウスの最強軍団ナンバーワンな女の祈りが詰まっている」


 エディの言葉にロックはバードをギュッと抱き締めた。

 そして、公衆の面前だというのに、二人はキスを交わした。


「私の余命はあと6年だから。でも、私はあなたの手の中で生き続ける」


 バードの視界には、テッドへ身体を預ける彼女がレプリである事を示すオレンジマークが浮いている。


「身体を更新しないんですか?」

「更新するべき身体を作る技術は失われたわ」

「……あっ! 火星!」

「そうよ」


 まだ剥き出しなままな彼女のドッグタグには、白百合を持った黒衣の女性のイラストが入っていた。


「……ワルキューレ!」


 金星軌道で遭遇し、Bチームのメンバーではテッド隊長以外が手も足も出なかったシリウスのエースチーム。ワルキューレがそこに居た。


 初めて火星に降下したとき。

 火星の工場を焼き払った時。

 金星の近くで遭遇した時。

 その全てがバードの中で一本の線に繋がった。


「全部、エディの書いたシナリオだったんですか?」

「そんなことは無いさ。ただ、ある程度は狙っていたがな」


 ニコリと笑ったエディはバードとロックへ赤外で映像を送った。

 偽者の参謀本部員と議員がやってきて、バードを自爆させろというシーンだ。

 その全てを全部力尽くで握り潰したエディとダッドは。

 ロックは僅かに震えてバードを抱き締めた。


「じゃぁ…… 私たちは先にシリウスへ帰っているから」

「あぁ。それまでにこいつらを鍛え上げておくさ……」


 テッドはもう一度キスして、そしてギュッと抱き締めた。

 サイボーグに抱き締められれば、並の人間なら押しつぶされる危険がある。

 だが、バードは分かっていた。レプリの身体なら、この程度は問題ない。


「そうね。楽しみにしているわ」


 テッドの腕の中で、その女性は妖艶に笑った。


「飛びきりのいい女が揃ってるんだから、少しはヒーヒー言わせてね」


 困ったような顔になったロックは、援護を求めるようにバードを見た。

 しかし、そのバードも楽しそうにロックを見ているのだから始末に悪い。

 長い長い物語を語った後だからか、気がつけば時計の針は0時を回っている。


 バーニーはそっと時計を見た。


「……時間だわ」

「早いわね……」


 名残惜しそうにテッドの胸から『離陸』した女性は、少し歩いて振り返った。

 その立ち姿を見ていたエディは、一つ息をこぼして静かに言う。


「今年中にシリウスへ征く。そして3年以内に全てを終らせる。私が母なる大地へ帰る時まで、頼むぞ。死ぬんじゃないぞ……」


 バーニーを抱き寄せたまま、エディの手がテッドの思い人の頬に触れた。


「テッドをよろしくお願いします。私の大事なテッドだから」

「あぁ。分かっているよ」


 そんなやり取りを聞いていたバーニーは、名残惜しそうにエディと別れた。

 そして、エディが手を触れていた女性の隣に立つ。。


「織姫と彦星だって…… 1年に一度は会えるのに」


 口元を押さえるバードの目から涙がこぼれる。

 本人も気がつかぬうちに、バードは涙を流すのが普通になっていた。


「あら、あなたは新型なの? 涙が」


 そんな言葉を彼女が呟く。


「多分…… 制御プログラム上のバグです」

「この人をお願いね。次に会える時まで殺さないでいて」

「はい。承りました」


 バードはスクリと立ち上がり敬礼した。

 無帽では有るが、それでも惚れ惚れするような立ち姿だ。


 静かに首肯した彼女は、クルリと背中を向けて歩き出した。

 その背中を目で追うバード。ふと振り返ると、テッドは再び窓の外を見ていた。

 カウンターの上で握りしめた拳は、小刻みに震えている。


 店の出口に立った彼女は、もう一度振り返った。


「ねぇ……」

「……………………」

「ねぇってば!

「……………………」


 目を閉じ、まるで眠っているかのようなテッド。


「冷たいわね……」


 一言そう呟き、もう一度クルリと背中を向けて彼女はバーを出て行った。

 静かにドアが閉まり、バードとロックは凍りついたようにテッドを見ていた。


「恰好付けんじゃないわよ坊や」


 バーニーの言葉が冷たかった。

 どこか棘のある、刃のような言葉だった。


「さよならなんて…… しらけた感じだし…… あばよなんてのも言いたくねぇ」


 どこかぶっきら棒な感じのテッドは、静かにグラスを傾けた。

 哀愁の漂うその姿に、ロックもバードは息を呑む。

 常に覚悟を体現しているテッド隊長のその背中が泣いていた……


「……少しは恰好付けさせてくれよ」


 ボソリと呟いたテッドは、コトリとグラスをテーブルへ置いた。


「サヨナラは悪い事ばかりじゃ無いってね。まぁ……会えないのも良いものよ」


 そんな言葉を残し、バーニーは手を振って店を出ていった。

 それを笑って見送ったエディは、改めてテッドの隣へ座った。

 ピアノマンが奏でる調べに黙って耳を傾ける二人の男。

 その背中には言葉に出来ない哀愁があった。


「祭りの後の寂しい余韻ってやつだな」

「まったくだ」


 ガックリと項垂れたテッドの肩が僅かに震えていた。

 誰にも見せない男の辛さを、テッドは黙って耐えていた。


「心が通じないのを苦しむ事が恋いの至極なら、手の届かないもどかしさに焼かれる事もまた恋の至極だ。そうだろ? ジョニー……」


 エディの言葉にテッドは苦笑いを浮かべた。


「時が人を磨く。苦しみが人を鍛える。悲しみを経験した分だけ女は奇麗になる」

「……あぁ」

「良い女になっていたな。お前の…… リディアも」


 エディの手がポンとテッドの肩を叩いた。

 そうやってテッドに気合を入れたエディ。

 テッドは頭を持ち上げ、ロックとバードを見た。


「仲間に話すかどうかはお前たちに任せる。ただ……」


 寂しそうに笑ったテッドは独り言の様に呟いた。


「死ぬんじゃないぞ…… いいな」


 ロックとバードは静かに頷いた。

この話でテッドの語った物語が、もう一つの物語である『救いの御子と運命の騎士たちになります』

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