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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第11話 シリウスへ向けて愛と青春の旅立ち
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卒業試験


 鳴りっぱなしの急速接近警報を切ったバードは、視界の隅の浮かび上がる機動限界線に注意を注ぎつつシェルの向きを変えて制圧射撃を行った。

 タイプ03グリペンのマニューバ支援AIに更なる改良を加えたグリペンMarkⅡは、遠慮なく機動限界線の外側へ飛び出すじゃじゃ馬ぶりを発揮している。ただ、その機体構造自体もかなりの強化が施されていて、金星の周回軌道上で高機動戦闘をしたときの様に、エンジンをフレームアウトさせないよう気を配る必要が無くなっていた。


「ほぉ! なかなかだな!」


 無線の中には余り聞き覚えの無い声が続いている。迫り来る小惑星や巨大な岩石に注意を払いつつ、バードは全身に嫌な汗を流しているような錯覚を覚えながら戦っていた。そもそも話の始まりは、数日前のエディ少将が発した一言だった。


 ――そろそろ卒業試験と行こうか


 その一言に、非常に嫌な予感を覚えたバードだったが、それは案の定だった。


 ――あのウルフライダーとやり合ってどれくらい戦えるか

 ――自分だって知りたいだろ?


 まさかシリウスのど真ん中に進出する事はあるまい。

 そう高を括った自分の浅はかさをバードは罵った。


 ウルフライダーと互角にやり合えるという各チームの隊長が集まっているのだ。

 そんな隊長達全てを乗せたハンフリーは試運転をかねてちょっと遠出している。


 ――痛い思いをすれば嫌でも覚えるだろう

 ――自分の限界の挑戦してみると思って、やってみよう


 あの鬼畜を画に描いた様なエディ少将の言葉を、そのまま受け取るなど自殺行為に等しい事だった。ただ、()()()()()()()()()()()()()()と言う希望的観測を軽く踏み越え、更にハードなテーマを出す事に全く抵抗が無い人だ。

 バードの前方には敵機役を引き受けているテッド隊長と共に、Eチームのジャン隊長とFチームのヴァルター隊長が3機編隊を組んでいて、バードの取り得る機動的な逃げ場の全てを塞いでいた。

 どこへ逃げても手痛い一撃を受けるポジション。それはシェルライダー達にとって尤も屈辱的なチェックメイトという状態だ。そして、追い込まれた後に、落ち着き払った一撃を貰って撃墜されるのだ……


「そりゃ悪手だな」


 無線の中に流れるサディスティックな声は、Gチームの隊長を務めるロナルド隊長の声だ。そして、『あんまりえげつない手は使うな』と嗜める紳士的な声がHチームのオーリス隊長だった。

 その向こうにはウッディ隊長が飛んでいて、戦死広報に掲載されたディージョ隊長と、Dチームのバイパー隊長を除く各チームの隊長が一堂に集まっていた。


 ――本当に凄い人たち……


 舌を巻きつつ神経を集中して小惑星帯の中を高速飛行するバード。

 その周囲を各チームの隊長が飛び回り、徹底的にいじめるように嫌がらせのような攻撃を加え続けていた。


 ――次の次の次の手を読め


 テッド隊長の言葉を思い出すバードだが、冷静な判断が出来ないように絶妙のタイミングで攻撃を繰り出している各隊長のシェルは、全く言葉を交わしていないにもかかわらず、驚くべき連携を見せているのだった。


 ――ック!


 グッと奥歯を噛んで錐揉み状態からの乱射に近い攻撃は、少なくとも意表を突いた一撃にはなったようだった。見事な統制だった各隊長のシェルが一瞬だけ散開する。しかし、その間がいくらもしないうちに塞がり、見事な編隊が復活していた。


 ──あちゃ……

 ──これはダメだ


 バードは愕然としつつも更に機動戦闘を試み、複雑な軌道を描きつつ包囲を突破しようと試み続けた。そのガッツと根性は男顔負けだが、やる気や気合いでどうにかならない事も世の中には存在するのだと見せ付けられるのだった。









 ──────── 太陽系 メインドベルト(小惑星集合帯) 

            木星重力圏 小惑星集合群 GP-2

            地球標準時間 2299年 8月 5日








 主要部をオーバーホールし、合わせてメインリアクターの燃料棒を交換したハンフリーは、メインベルトの中を航行していた。そもそもアステロイドベルトと呼ばれていた小惑星の集合帯は、各惑星などがラグランジェポイントにトロヤ群を持つ事がハッキリし、いまではメインベルトと呼ばれていた。

 数百万の小惑星が帯を成している太陽公転軌道ではあるが、その帯の範囲が余りに膨大すぎて、多くのSF作品などで見られるように、特別な対応をしなければ小惑星に衝突するなどと言う事はありえない。しかし……


『やっぱジュピターの重力ってデカイな』


 聞き覚えの無い声が無線に流れ、それに皆が笑い出す。

 テッド隊長の声が混じっているのは分かったバードだが、それ以外はすぐには識別が付かない。


『しかし、兄貴ン所はスゲェな。しっかり鍛えてるぜ』

『アタリメーだろ! こんくれぇ出来ねぇでどーすんだ!』


 なんともべらんめぇな口調で兄貴とテッド隊長を呼ぶのはロナルド隊長だ。テッド隊長を含め『ロニー』と呼ばれるロナルド隊長は、テッド隊長に勝るとも劣らないシェルコントロールを見せている。

 相槌を入れたのはヴァルター隊長だろう。ディージョ隊長とどっこいな古株らしいが、シェルの腕前もまた中々だった。幾多の激戦を生き抜いてきたパイロット特有の死生勘を持つヴェテランは、少々のフェイントやピンチにも全く動じることがなかった。


『バード! そろそろお仕舞いだ。ハンフリーへ戻れ』

『イエッサー』


 ぶっ通しで2時間以上の訓練を行ったバードは、フラフラになりながらハンフリーへと戻って行った。シゴキにシゴかれたロックは一足先に戻っていて、バードはロックの胸に倒れ込んでぐっすり眠りたい衝動に駆られていた。


 ――こちらハンフリー着艦管制


 ハンフリーのエアデッキ管制から誘導を受け、半ば自動的にハンフリーへと帰還したバード。デッキクルーのサポートを受けてシェルをハンガーに固定し、報告書にサインを入れてからハンフリー艦内のガンルームへ戻ってきた。


「おつかれ!」


 先に戻ってきていたライアンとロックが手を上げてバードを迎えた。

 ゴソゴソとシェル用のフライトユニットを身体から引き剥がすと、メンテクルーがそれを持って整備デッキへと消える。


「……はぁ しんどい」


 ロックとライアンの間にドサリと腰を下ろしたバードは、半ば放心状態で天井を見上げていた。僅か2時間の間に経験したのは、擬似的な被撃墜を何十回と繰り返した完敗だった。


「隊長軍団って本当に凄いね」

「あぁ。ぶっちゃけありえねぇ」


 そっとバードの肩を抱いたロックは、ガンルームのモニターに映る隊長達のシェルを見ていた。バードの代わりに宇宙(そら)へと上がったダニーのシェルは、ロックやバードと同じく、隊長達の猛烈なシゴキを受けて必死で逃げ回って居るような状態だ。


「あっ ダメだって! そっちへ行ったら!」


 ダニーは少しでも機動可能範囲を求め、低リスクの方へ必死に逃げ込もうとしている。だが、その動きは結果的に大きな包囲の輪に自ら飛び込むようなもので、時と場合によっては敵機役の隊長機へ勝負を挑まねばならない。


「これって傍目に見て居るだけでも勉強になるよな」


 ロックに肩を抱かれ、その肩へ頭を乗せているバードにたいし、ライアンはもう何も言わなくなっていた。契りの夜から幾日か経ち、ロックとバードの仲が新しいステージに上がったのをライアンも感じていた。

 もう割り込む事は出来ないのなら、友人として上手く付き合おう。それに、女の周りには女が居る。当たり前の話だが、バードとの関係を冷やすのは得策じゃ無いし、それ以前に同じチームなんだから上手くやっておきたい。


「あのレベルになるまで、どれ位訓練したんだろうな」


 ロックは前と変わらずライアンに接している。その事実がライアンの心を少し楽にしていた。負けたんじゃなく、自然になるように納まったんだ……と。

 言葉では説明できない複雑な感情をそう処理して違和感が無い程度に、ライアンは自分の心をストレス無く割り切っていた。


「とにかく、全てが計算ずくなのよね。何処へ逃げても必ず先回りされてる」

「だよな。最後は根性決めねぇとダメなんだ」


 バードの言葉にライアンがそう相槌を打つ。

 モニターの向こうでは覚悟を決めたのか、ダニーが相対速度を最大にして襲い掛かって行った。こういう部分での割り切りはロック並みに鋭いダニーだ。


「やるなぁ」

「頑張れ!って応援してやらねぇと」


 ロックとライアンは瞬きもせずにモニターを見ていた。サイボーグに瞬きは無いのだから、全くもって不必要なことだ。だけどそれは不気味の谷を助長する振る舞いでもある。

 適度に瞬きし、生き物と同じように極自然に振舞う。無意識下で走っている人間らしい振る舞いのプログラムは、驚くほど高機能で高性能だった。


「怖いって思ったら負けなんだよね」


 ぼそっと呟いたバードは、モニターの向こうのダニーに声援を送った。秒速35キロで接近して行ったダニーは、140ミリライフル砲から模擬戦闘弾を放ちながらジャン隊長機とすれ違った。

 最小限の軌道修正でその弾幕の全てをかわしたジャン隊長は、すれ違いざまのホンの一瞬でダニー機のアンテナをもぎ取っていた。


「……すげぇ」

「やるぅ!」

「ありえねぇだろ!」


 相対速度で秒速70キロだ。

 電光石火なんて物じゃ無い、一瞬ですらも永遠に近いような刹那の出来事だ。


「……人間じゃねぇな」


 ボソリと呟いたライアンは、モニターを凝視していた。


「サイボーグだもの」

「そうだけどよぉ」


 からかうようなバードの言葉だが、苦しい言葉を返したライアンは薄く笑った。

 ダニーは一瞬何が起きたのか理解できなくて、ややあってから事態を把握したようだった。極僅かに慣性バランスが変わったようで、それの修正をしながら複雑な軌道要素を持って脱出側に逃げていた。


「あの隊長達のレベルでシリウスの狼たちと同じレベルなんだってな」


 ロックはバードの頭をポンポンしながら呟いた。

 驚くより他無い圧倒的な技量だが、それとてエディから撃墜判定を取るのは大変だとオーリス隊長がこぼしていた。

 一対一などでは、互角とは言いがたくともそれなりに有効打を与えられるレベルになりつつあるバード達少尉陣だが、集団となると文字通りのなぶり殺しに陥ってしまう。


「それだけエディがスゲェって事だろうな」


 ライアンも感嘆の言葉を漏らす。全く同じ環境でも、エディは各隊長達から撃墜判定を取ってしまうのだ。

 ダニーは必死の回避機動もむなしく、いわゆるチェックメイトの状態に陥って各方向から十字砲火を受け、何度も撃墜判定を取られ続けていた。非常に軟質なペイントゼリー弾を受け、ダニー機各所が真っ赤に染まっていく。

 そのシーンを見ながら、散々同じ事をやられた三人は、身震いするようにして眺め続けていた。


「お? 新手か?」


 モニターの向こうに赤いストライプの入ったシェルが姿を現した。

 小さな吹き出しがモニターに表示され、第2作戦グループの統括責任者なステンマルク中佐機だと文字が流れた。そしてそのステンマルク機を露払いに入ってきたのは、エディ少将の搭乗するシェルを頂点にアリョーシャとブルのシェルを加えた4機編隊だった。


『ダニー 離れて様子を見ていろ。戦意喪失ならハンフリーに戻っても構わん。これから超高機動シェル戦闘の手本を見せる。俺たちでエディ達4機とやりあうからしっかり見ていろ』


 テッド隊長の声が流れ、ダニーは逃げ出すようにハンフリーへ引き上げた。

 木星の重力に引かれ、微細なデブリの多いエリアは、まるで激しい戦闘の後の宇宙そのものだった。敵機の攻撃や自分の機動限界だけでなく、デブリに衝突し内容に飛ぶことが要求される。


「さて、皆も身体が暖まって来たことだろう。久しぶりにやりあうぞ。障害物だらけで、まるでニューホライズンの上空だ! 懐かしいな!」


 どこか楽しそうなエディ少将の声が流れ、各隊長機は網を広げるように散開陣形を取って行った。エディ機は戦闘増速を開始し、眼が追いつかないレベルの超高機動戦闘が始まった。


「一体何がどうなっているんだ?」


 生唾を飲み込むようなロックの言葉にライアンが頷く。


「逃げ場を塞ぐにしたって、これじゃ……」


 恐るべき速度ですれ違ったり、或いは交差したりしつつ、エディのシェルは着実に砲弾をかわし、チェックメイトを避け、そして各隊長達の機動エリアを削って行った。

 それを例えるなら、六面ともバラバラになっているルービックキューブを最小手で六面一気に揃えていくようなモノだった。どう関連付けられているのか分からなくとも、気がつけば形になっている。


「戦闘手順の組み立てって、こうやって攻撃するってのが終わりじゃ無いんだね」

「……あぁ。こうやって勝つ。そして次はこうやって追い込むってことだな」


 バードの言葉にロックがそう答えた。

 ただ、ロックの表情が極僅かに変わったのをバードは気が付いた。何度も何度も、その腕の中で暖かなひと時を過ごしたバードだ。極僅かな変化ですらも感じ取るほどに、ロックを理解し始めていた。


「なんか掴んだ?」

「あぁ、掴んだ気がする」


 ロックは身ぶり手振りで説明を始めた。

 エディの戦い方は剣術と一緒で、戦術や戦略を考慮しつつも実際はその場のアドリブだ。ただし、そのアドリブから繰り出される戦い方は、実に利にかなっている状態だ。

 幾多の戦場を駆け抜け身につけた戦い方は、咄嗟の時に自然と身体から出てくるのだ。そして、どんなピンチでもオセロの駒をひっくり返す様に、パッと状況をひっくり返して攻め立ててしまう。


「まるで魔法だな」


 ロックの口からそんな言葉が漏れ、そしてモニターの向こうから動きが消えた。

 複雑な螺旋軌道を描いて距離を詰め、エディに向かって狙い澄ました一撃を放つテッド少佐は、ヴァルター少佐やロナルド少佐と連携して逃げ場を塞ぎつつも、有利なポジションを得続けきれないでいる。


「一体複数の戦いではとにかく動き続ける事が大事だ。戦いを決めるのは火力では無い。機動性だ。逆に言えば、運動能力を失った時点でどれ程火力があってもチェックメイトなんだ。それを絶対に忘れるんじゃない」


 エディ少将機は自分の機体を、必ずと言って良いほど複数の敵機同士を結ぶ直線上の交点に置いていた。どこから撃たれても味方を誤射しかねないポジションだ。


 ――味方ごと敵を撃つ様な奴が相手だったら……


 ふと、バードはそんな疑問を持った。

 ただまぁ、いくら何でもシリウスでも、そこまではしないだろう。

 そんな暗示めいた事を自分に言い聞かせていた。


「やっぱスゲェわ」


 ライアンが感嘆を漏らした向こう。

 エディ機はいつの間にかテッド機以外から撃墜判定を取り、残すテッドと一騎打ちの様相を呈していた。一対一になり、意地とプライドとメンツを賭けた戦いを繰り広げるエディ。何度もヒヤッとする様なシーンを見せつけ、15分ほどじゃれ合った2機は、千日手を理解して戦うのを止めた。


「さて、各少尉は自分の技量の限界を良く理解しただろう。技術向上を益々図ってくれ。それが今回の訓練の主眼だ。まだまだハンフリーの試験は続く。もうちょっと楽しんでいこう」


 エディの言葉に背筋を寒くしたバードは、まだまだ激しい訓練が続くのだと覚悟を決めるのだった……

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