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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第11話 シリウスへ向けて愛と青春の旅立ち
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新たなステージへ


「え? うそっ! ズルいよそんなの!」


 地球からの民間国際線で月に降り立ったバードは、出迎えたホーリーとアシェリの二人から衝撃的な言葉を聞いた。ふたりは顔を見合わせニコリと笑う。


「なんたがんだで楽しかった。士官学校二回目だし」


 アシェリの言葉にバードはガックリと肩を落とす。

 バードとロックの不在中、ホーリーはアシェリと共にダッドから呼び出され、特別任務についていた。その話を聞くバードは、やや不愉快な様子だった。


「うちだってバーディーがフロリダでODSTの教官役やったのを羨ましい!って思ったのよ?」


 いきなり日本語に切り替えたホーリーは、アシェリとならんで笑った。

 ダッドから指示された特別任務は、シミュレーター上の士官学校で新入りになる候補をしごき上げろと言うものだった。前から一度やって見たいと思っていたミッションで先を越されたというのが悔しいのだ。


「で、どうなんだ? その候補はモノになりそうか?」


 項垂れるバードの代わりにロックが尋ねる。

 宇宙港のイートゾーンは今日も観光客でごった返していた。


「そうね、適応率が私より高いから……」


 自嘲気味に言ったアシェリは隣のホーリーを見た。

 そのホーリーも恥ずかしそうに笑った。


「私よりも高かったから、もしかしたらBチーム行きじゃない?」


 その言葉が意味するところは、エリートチームへの配属となる嫉妬と羨望だ。どれ程ハードなミッションばかり押し付けられるとしても、やはりエリートチームの名前と肩書きは軽いものではない。そして……


 ――ふーん


 バードは内心でにんまりと笑った。

 フロリダ出身でどこか純朴なカントリーガール(田舎娘)だと思っていたホーリーも、案外上昇思考の塊で人並みな出世欲や成功願望の持ち主だと思ったのだ。

 ただ、それは決して後ろめたい嘲りや蔑みめいた嗤いではなく、ホーリーの人間らしい一面に(そしてそれは、ある意味で最もサイボーグらしい)安心感を覚えるのだった。

 

「……来ると思う?」


 隣に座るロックに向かって薄笑いで問い掛けたバード。

 その視線を受けたロックも、なんとなく笑いを噛み殺したようにしている。

 ホーリーが見せた人間らしい感情の起伏は、事情を知らない者からすれば嫌悪すら覚えるものなのだろう。だが、サイボーグが持つ根源的・潜在的な恐怖を否定するソレは、サイボーグ同士の会話だと冗談の一環程度でしかないのだった。


「まぁ、来たら来たで面白いけどな。うちに来るんじゃ大変だぜ」


 肩を窄めたロックの一言に、ホーリーもアシェリも複雑な表情を浮かべた。

 どう取り繕ったところで、Bチームは一番大変なポジションできついミッションをこなしているケースが多い。士官ばかりのエリートチームは、上層部の政治的なゴタゴタの後始末を引き受けるケースもあるのだ。


「ところで、地上に居るときに内太陽系安全宣言ってニュース見たんだけど」


 全部承知で話を変えたバードは、なんとも()()()()()を振った。

 事と次第によっては、501大隊そのものがお役御免になる可能性があった。

 地球が安全であれば、シリウスとの戦いは次のステージへ行く。その時、サイボーグが必要であるかどうかなど、末端のペーペー士官が聞けるわけが無い。


「それなら……」


 ホーリーはコメカミをトントンと叩いて赤外モードを伝え、バードと視線を合わせた。赤外でホーリーが送ってきたのは、今朝一番で出たベースレポートだった。


「うわぁ……」


 ニコリと笑ったバードがロックに転送する。

 それを受け取ったロックも『へぇ……』と短く呟いた。


 今朝一番で基地内のベースレポート(赤外通信)に流されたのは、この日の午後には全太陽系におけるシリウス一掃宣言。つまり、太陽系安全宣言が出るということだった。


「ところでバーディー」


 急に改まった声でホーリーが声を掛けた。


「なに?」

「今夜暇?」

「特に予定無いけど」

「INABAまで来て。例の店。ひとりで」

「……分かった」


 なんとなく思わせぶりな表情のホーリー。バードは軽く首肯して、そしてもう一度ベースレポートを読んだ。まだまだ波乱含みなのは言うまでも無い事で、これからの事をアレコレ思案しつつも、ホーリーの意味深な笑みに付いても思慮をめぐらせるのだった。








 ――――――――月面 キャンプアームストロング 

           地球標準時間 2299年7月23日 1000







 久しぶりにガンルームへ姿を現したロックとバードだが、一歩入ったふたりは早速留守番のライアンに声を掛けられた。


「おかえりバーディー。地上はどうだった?」


 バードとロックの帰りを出迎えた辺り、ライアンも相当暇なのが分かった。


「埃っぽかったね。あと、雨に降られたし」

「へぇ、雨か。風流だな」

「ライアンの口から風流って言葉が出るとは思わなかったぜ」


 バードに続いてガンルームへ入ったロックは、早速右手を伸ばしライアンとグーパンチで挨拶した。暇を持て余して居るらしいライアンは、早速ロックと何ごとかをじゃれている。だが、そんなふたりを無視して室内奥へ入っていくと、ドリーとジャクソンがアンニュイな表情でモニターを見つめていた。


「おかえりバーディー。ロックもご苦労だった」

「地球は暖かかっただろ?ウンザリするくらい」


 ドリーに続きいきなりの軽口で歓迎したジョンソンは、ティーカップを優雅な仕草で扱ってモニターを見ていた。フルメンバーが揃ってるのかと思っていたバードは拍子抜けだ。ガンルームはジョンソンとドリーの大尉コンビ以外にリーナーとライアン、そしてダニーだけが残っていた。

 モニターの向こう側は、地球上の何処かで開催中な祝賀会だ。巨体なホールの中には国連加盟各国の首脳が顔を揃え、皆が素晴らしい笑顔で拍手している。太陽系全域てシリウスと対峙していた国連軍は、頑強に抵抗する拠点をすべて沈黙させ、そのすべてを支配下に置いたのだった。


 ──この良き日は全ての地球人民にとって慶祝すべきものです

 ──反動分子との戦いで傷付き斃れた人々らの献身的努力と共に人類史の一ページとして永遠に記念されるでしょう


 歯の浮くような綺麗事を並べているのは、おそらく国連機関の事務総長だ。アンニュイな表情でそれを眺めているBチームの面々は自嘲気味に笑った。演台の上には素晴らしいドレスで現れた人気女優が、様々な戦線で戦って命を落とした兵士立ちのエピソードを、見え透いた感動仕立ての物語にして語っている。


 曰く、地上を焼き払うシリウス艦船を果敢に攻撃し力尽きた……だの。

 曰く、百万の兵士が進軍するその尖兵となって勇敢に戦い……だの。

 曰く、砂漠の基地の攻防戦で仲間の為に命を落とした……だの。


 夥しい人名が挙げられ、その全ての兵士に感謝と労いの言葉を掛けて行く演台の人々は、涙を流して感動の押し売りに余念がなかった。


「……蛍暮らしは気楽なもんだな」


 不愉快そうな笑みを浮かべたジョンソンは、モニターの向こうにいる『安全な地域の人々』に苦々しげな言葉を吐いた。この日、地球の地上では、数日前の内太陽系安全宣言に続き、全太陽系の安全宣言を発表するセレモニーの真っ最中だった。

 テレビカメラがパンする途中、正装したエディ少将の後ろで側近の様に立っているテッド少佐がモニターに映った。その姿を見たバードは、心の内側のどこかがポッと暖かくなった。

 ただ、それと同時に、テッド隊長の周りに居る人々が気になった。すぐ隣に居るのはウッディ隊長だ。それはバードにも分かる。ただ、テッド隊長にアレコレとちょっかいを出している栗毛で青い眼の男性と、やや年上に見える南欧系っぽい男性のふたり。その他に、腕を組んで静かに笑っている。


「誰だろう?」


 首をかしげていたバードだが、それに答えたのは、ドリーでもジョンソンでもなく、リーナーだった。


「隊長の後ろはヴァルター隊長だ。その隣はジャン隊長。やや後ろにはロナルド隊長が立って居るな。オーリス隊長の姿が見えないが……」


 ドリーやジョンソンではなくリーナーが全てを答えた。その部分でバードは違和感に気が付いた。改めて考えると、リーナーはドリーやジョンソンが一目置く存在だ。ただ、余り詮索しない事もまた士官が覚えるべきマナーの一つ。

 チームで一番古株のドリーは、チームのなかで誰よりもテッド隊長と長く組んでいるのだが、そのドリーも知らない隊長の秘密は、実際まだまだあるらしい。


「第2作戦グループ?」

「そう言うことだな」


 ニコリと笑ったリーナーは再び沈黙した。

 ちょっと重くなったガンルームの空気をかき混ぜるように、ドリーが漏らす。


「随分長く掛かったな」


 ぼそりと呟いたドリーは何事かをメモしていた。バードの位置からは絶妙に見えないアングルだが、固い表情のドリーがメモしているそれには斜線が引かれていて、その数が増える都度にため息を漏らしていた。


「それ、何やってんだ?」


 同じ疑問を持っていたらしいロックはドリーにたずねるのだが、ドリーはジョンソンと目を会わせ、苦笑いで天井を見た。


「まぁ、あの手の民衆の代表に期待するだけ間違ってるのはよく分かってる。けどな、少しくらいは気を使ってほしいってな……」


 ドリーが見せた紙には、沢山の人名が書かれていた。その人名の文字一つ一つに斜線が引かれ、全部消えた人名の上には横線が置かれた。


「戦死者ビンゴ……ってか?」

「そうだ。いつかきっと振り返る日が来る。その時まで俺が覚えていよう。そう思い続けて気が付けば30年だ」


 意味を理解したライアンは小さく溜め息をはいた。バードから見えたのはトニーの名前だけ。だが、ドリーは聞き取った単語から一文字ずつ拾いあげ、人名スペルを消していた。


「さて、俺たちこれからどうなるんだろうな?」


 こんな時にそう言う言葉を吐くのは、だいたいジョンソンの役目だ。

 その代わりと言うわけでは無いだろうが、ライアンもどこか不安げな言葉だ。


「ところでジャクソンたちは?」

「あぁ、それな」


 ドリーは自前の書類机から書類を出してきてバードに見せた。

 びっしりと書かれた内容を瞬間的に把握はできないが、再訓練や再教育の文字が入って居る事はすぐに分かった。


「実はジャクソン以下の中尉四名は再教育と言う事で基地を離れている。バーディーたちの様にシミュレーター上の学校へ行って、改めて士官教育のやり直しと言う事になった。ブリテンのスタッフォードにあるサンドハーストのシミュレーター分校で教育中だ」


 ドリーに続きジョンソンが口を開く。


「事実上瓦解している第1作戦グループの再編を行なうって事だな。エディは直々に人選を進めているんだが――


 ジョンソンはモニターの向こうに居るエディを指差した

 何事かの言葉を吐いて501大隊の各チーム隊長と相談しているようだった


 ――要するに、次の作戦に向け全員の能力を鍛えなおすって方針だな。ジャクソンたちは士官らしい教育を受けてないから、この先で色々と困るってことさ。部下統率や作戦指揮などで能力を磨き上げる事が大事なんだ」


 へぇ……

 そんな表情でジョンソンの話を聞いたロックとバードは、顔を見合わせて僅かに笑っていた。自分たちが鍛え上げられたシミュレーター上の学校にジャクソンたちが行っているのが面白かった。

 ただ、ジョンソンに続き再びドリーが言葉を発すると、その表情が途端に曇り始める。


「ロックとバードも数日中にダッドとエディから呼び出されるだろう。何の相談かは言うまでも無いことだ。まぁ、心の準備をしておくといいさ」


 軽い調子で話を結んだドリーは、紙の上の名前ビンゴが全部埋まったと笑った。

 名前しか知らないトニーだけでなく、多くの名前がそこにある。


「俺たちはもっともっと上達しなきゃならねぇ 全てを背負って戦えるようにな」


 なんとなくそんな言葉で〆たジョンソンは、ふと何かを思い出したようにガンルームを出て行った。戦闘案件が無く、また事務仕事も碌に無い日の士官は暇だ。

 下士官や兵士が連日連夜の訓練を重ねるのに対し、士官の主な仕事はデスクワークと次の戦闘の準備でしかない。

 少々ウンザリ気味のバードとロックだが、式典を全部見届ける義理も無いのでオフィスへと向かった。溜まっているはずの事務仕事を片付けるために。





 ――――その晩

       月面都市『INABA』

       地球標準時間 1900





「どう? 仕事終った?」


 ホーリーに呼び出されたバードは、ラフな格好でINABAを訪れていた。

 アシェリもそこへ来ていて、女三人寄ればなんとやらだと内心で笑った。


「仕事は一段落だけど? なに?」


 警戒を崩さないバードにアシェリが笑った。


「バーディーはいつも顔に出るよね」

「でも、それは油断してる時だけだよ」


 アシェリの言葉にホーリーがすかさずフォローを入れた。

 ただ、そうは言われてもバードの警戒が緩むわけではない。


「ロックとはその後進展したの?」


 単刀直入に切り込んできたホーリーは、ニヤニヤと笑っていた。

 そこへ来たか!と苦笑いのバードは、照れ笑いを浮かべつつ首肯した。


「あのね……」


 バードは地上でロックの実家に行った事を話した。

 ただ、ちょっと変わった挨拶になったその一件では、ロックの母親と弟に最悪の印象を受け付けたかも知れないと不安をこぼした。それだけでなく、渋谷の街では自分の偽者を始末する為に、実の親へ素顔を晒してしまったと告白した。

 最初はニヤニヤと笑っていたホーリーやアシェリも、段々と言葉を呑み、息を呑み、バードの呟く()()()()()に頷くばかりだった。


「で、まぁ、色々あったけど」


 最後にバードはニコリと笑った。


「終わってみれば結果オーライかも。だって、機械で出来た殺人マシーンの本性を全部さらけ出したんだし、ロックだって似たようなもんだし」


 サラッと言い切ったバードの笑みは気持ちいいほどに開き直っていた。

 そんなバードの姿にホーリーとアシェリは一瞬だけ固まるのだが、ややあってホーリーは小さな箱を取り出した。大手コンピューター関連企業のロゴか入ったその小箱は、携帯電話ほどのサイズしかないものだった。


「なにこれ?」

「本当はロックと上手く行ってないじゃない?って言おうと思ったけど……」


 一瞬だけアシェリと視線を交わしたホーリーは、少し悔しそうにそう言う。


「なんか心配するだけ無駄だったね」


 ホーリーの本音はバードも分かっている。その実は嬉しいのだとバードもちゃんと気が付いている。人並みな幸せが難しい立場になった者達を取り巻く環境は彼ら彼女らが期待するほど優しくない。

 それでも、人並みの事が出来るように気を使ってくれる組織なり企業なりは多いのだった。


「世界最大のブティックホテルチェーンって知ってる?」


 ブティックホテルと言えば、若いカップルがお互いの愛を確かめ会う一夜の夢の舞台だ。日本から世界に打って出たその企業は、日本式なラブホテルの仕組みを世界中に広めてしまった。そして、その舞台は、小さな小箱に収まる何かにもノウハウを詰め込んでいたのだった。


「そう言うのに縁がないから知らないよ」


 困ったように笑ったバードは、素直な言葉で答えた。

 その言葉を待ってましたとばかりに笑うホーリーは、その小さな箱を開けてバードに見せた。本当に携帯電話ほどのサイズしかないプラスチック製の機械には、街で良く見かけるブティックホテルと同じマークが有った。


「本当は、男性型サイボーグが仮想娼婦を抱くための機械なんどけと……」


 ホーリーの手が機械の側面を指差した。

 メモリーカードのバス以外にケーブルバスが2つ付いている。


「もしかして!」

「たぶんバーディーが想像した通りね」


 にこりと笑ったホーリーは、その機械を箱に納めバードへと押し付けた。


「男なんて、上に跨がってやって腰のひとつも振ってやればいちころ」


 ホーリーはアシェリと顔を見合わせた。

 それは大人の女が見せる妖艶な笑みだった。


「好きな男は逃がしちゃダメよ。ガッチリ捕まえとかなきゃ」


 アシェリも笑いながら言った。

 ふと、バードはアシェリの思い人が誰なんだろうか?と思った。

 使ったことがあるのだろうか?とも。


「ホーリー…… これって」

「ジャクソン攻略用に買ったんだけと、ジャクソンっては勉強だって出掛けちゃったきり帰ってこないの」


 ──あぁ 教えてないんだ……


 ジャクソンの深謀遠慮に配慮して中身を黙っておいたバードだが、ホーリーはニヤニヤと笑ったままだ。


「先に使ってみて」

「え? でも使い方なんて……」

「カマトトぶってんじゃないの!」


 ホーリーの舌鋒はするどく、バードはかなり気圧されていた。

 ただ、サイボーグでは望むべくもないことがこれで出来ると気が付き、バードも悪い顔になって笑った。


「搾り取ってやんなよ」


 ホーリーは一言残してアシェリと席をたった。

 その後ろ姿を見送ったバードは、残された伝票の存在に気が付き『あっ』と短く呟いて苦笑いした。ただ、先の譲ってくれたホーリーの、精一杯の嫌がらせだと気が付き、先ずはどうやってロックを呼び出そうか思案するのだった。

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