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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第11話 シリウスへ向けて愛と青春の旅立ち
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ディスカッション・前編


 東京。市ヶ谷。

 林立する高層ビルの谷間にある、地上22階建てビルの地下。


「スイマセン! 遅くなりました!」


 地下ゲート前に駐めた車の中から、えらくガタイの良い背広姿の男達が飛び出てきた。慌ててビルの中へと走って行くのだが、その姿を見た歩哨は誰何せずに敬礼を送っている。

 国家行政機関の間で『市ヶ谷』と言えば、それは国防軍本部を指す符牒だ。すでに広く知れ渡りきっており、もはや符牒としての意味もなさないのだが、関係者の間のスラングレベルな言葉として今も意味をなしている。


「例の()()()()のディスカッションは?」

「大会議室で状況が進行中です」


 入り口で男達の案内に付いた若い女性は手短にそう答えると、背広姿の男達を先導してビルの中へと歩いて行った。その後ろに続く男達は入り口のセキュリティチェックを通過し、エレベーターホールへと進んでいった。


「出遅れたなぁ……」

「予想外に渋滞していた」


 苦々しげの言葉を漏らし進んでいく一行。

 案内の女性は朗らかに笑っていた。


「まだ始まったばかりです。間に合うでしょう」

「どうしても最初から聞きたかったんだ。個人的にも」

「……知己のかたですか?」

「いや……」


 一瞬口籠もった背広の男は、重い沈黙を経た後で小さく呟いた。


「ちょっと前に世話になってさ」

「……そうなんですか」


 薄笑いでそう言うのだが、その顔には()()()()()()()という色があった。


「何か……あるのかい?」

「いえ、ただの興味です。他意はありません」


 アンニュイに微笑んだ女性は、なんとなく空気を察したのか直通エレベーターに背広の男を送り、僅かに会釈してドアを閉めた。西門の車寄せから直通で行ける会議室は、このビルの持つ特殊な目的を無言のウチに示していた。


 ──さて、どんな話をしているのやら……


 男達の興味はここに尽きる。わざわざ東富士から車を飛ばしてやって来たのだ。手持ち情報を更新するだけの新しい情報を仕入れたい。そして出来れば、新たな展開に繋がる情報網を作りたい。

 そんな思惑は動かせぬはずの予定を動かし、この日、市ヶ谷のビルで行われる会合に出席するのを実現させていた。


「何とかなりそうですね、主任」

「あぁ……」

「とりあえず今日は抑え気味で行きましょう」


 主任と呼ばれた男は天井を見上げ、一つ息をついて心を整えた。これから彼らが出席するのは、日本政府の各法執行機関に分散しているレプリハンター達が一堂に会する()()()だ。様々な組織の中で独自に情報を収集し、それらをデータベース化しているのだが、複数の機関によって分散している情報をすり合わせ、確度の高い情報を得る為の情報交換の場だった。

 縦割りと揶揄される各省庁単位での独立グループだが、実際に命がけで事に当たる現場同士の()()()()()は、傍目で見てるよりも遙かに風通しが良い状況と言える。


「……楽しみですね」


 メンバーの中で一番若い男が静かに笑った。

 この日の勉強会では特別ゲストが招かれている。


 世界規模で行われた地上でのレプリ一掃ローラー作戦で、助っ人に呼ばれたのは宇宙軍海兵隊所属のレプリハンター達だ。ある意味で百戦錬磨の彼らだが、戦場でのレプリハントを専業とする人間の経験は貴重なモノだ。

 作戦を終え、まもなく月に帰る国連軍海兵隊の隊員は女性らしい。その言葉にピンと来た男達は、東富士の事務所から車を吹っ飛ばしてやって来ていた。


「今回の都心作戦で案内に付いた奴が同期なんですけどね……」


 若い男は主任に向かって軽口を叩き始めた。

 主任と呼ばれた男も充分若いが、それでもチャラい空気を纏う最年少の男は、ホストでもやっているのかという美丈夫だった。


「例の()()()()さん。結構可愛い系らしいっすよ」

「……へぇ。良く口を割ったな」

「そりゃぁもう、しっかり飲ませてありますから」

「……そうか」


 酒に釣られて機密を漏らす浅はかな()()とやらに目眩を覚えた主任だが、それはとりあえず聞かなかったことにしてエレベーターの扉が開くのを待った。誰とも無く『かぐや姫』の符牒が生み出された宇宙軍のレプリハンターは、聞く者が聞けばその意味を直ぐに分かる代物だ。ただ、それでもやはり、その物ずばりな名前でやり取りするよりも安心出来るのだった。









 ────────東京 市ヶ谷 国防省 本庁舎

           日本標準時間 2299年7月18日 1500











 ビルの17階。

 高層ビル並みに強靱な主柱によって保持される中央部の大会議室は、4面を厚さ2メートル近いコンクリートで囲われていた。盗聴やごく僅かな振動感知センサーなどでのスパイ行為が行われない様に配慮された主柱内側の大会議室では、海兵隊所属のレプリハンターを中心として、各機関に分散しているレプリハンター同士の情報交換が行われていた。

 もちろん、その主役はバードだ。数日中に月へと帰る予定なのはみな知っている事だった。行動予定が外に筒抜けになっていると言う部分も問題だが、それ以上にここでは興味本位の参加者が余りにも多く、バードの面が割れすぎるという部分を危惧しているのだった。


「遅くなりました!」

「すいません!」


 ドヤドヤと会議室へ入ってきた男たちは、申し訳態度に頭を下げて後方の椅子に座った。その男達と目があったバードは、僅かに表情を変え狼狽した。


 ──うそっ!


 そこに居たのは。兄・太一だった。

 精一杯のポーカーフェイスで取り繕ったつもりのバードだが、傍目に見れば動揺している姿がバレバレだった。皆が訝しがるなか、気を取り直したバードは務めて冷静に言葉を続けた。


「……これは私が遭遇したケースですが」


 バードの首筋には犬の鎖よろしくケーブルが刺さっていた。

 無線なら手間は無いが、外部からのハッキングを嫌がっての直接続だった。


 無線でのハッキングはケーブルに枝が付くのとは違い視覚的に認識できない。

 それ故にハッキングは被害が出てからじゃないと対処ができない有り様だ。


 生身の身体がウィルスに抵抗しつつも感染して病を発症するのと同じく、物理的に見えない物は対処のしょうがない。


「……とある作戦中に火星のタイレル社工場で偽装レプリに出会いました。識別シーカーには一切反応がありません。しかし、確実にレプリだという自信があり、最終的には射殺しました」


 少々グロいのは全部承知で射殺シーンを全部再生したのだが、少々汚い言葉まで再生したのは拙かったと後になって後悔した。冷静さを失ってマガジンが空になるまで撃ち続けたシーンまで、全部だ。

 白い血を撒き散らして死にきる所まで再生したのだが、出席していた面々からは『やはり丈夫だな』だの『しぶといなぁ』だのと、バードの危惧とは全く違う反応があった。


 ──やっぱ鍛えられてるなぁ


 内心で感心したバードは、ここから更に渋谷で遭遇した偽装レプリの映像を再生した。誰が見たって人間にしか見えない存在だが、その中身はレプリだ。虹彩に記録されているはずのバイナリーが無い完全モグリなレプリ。

 そんなレプリがロックによって斬られ、そしてバードの拳銃で脳漿を吹き飛ばされて即死する。遠慮無く13ミリの弾丸をプレゼントされたレプリは、恨みがましい目で死んでいた。死に切ったレプリの目を見たバードは、その恨みのこもった目を見つめたのだった。


 ──これはちょっとグロすぎるかな……


 一瞬だけそう思案したのだが、ディスカッション会場の男達は全く怯む事がなかった。瞳孔の広がりきった目を見たバードの視界を凝視し、虹彩の情報解読が出来ないか試みたりしている……


「あまり歓迎する事態ではありませんが、このようにひどい最期を見届けるケースもあります。嫌なものですが仕方がありません。私だって何度も確認しましたが、やはりインジケーターに反応はありませんでした」


 バードは半ば嫌がらせの様に、実際の戦場で遭遇したモグリレプリの例を表示させ続けた。ただ、どういう訳か全員が相当鍛えられているらしく、誰一人として目を背ける様な姿を見せず最後まで付き合っている。


 ――これは……

 ――大したモノね……


 改めて感嘆を覚えるバード。

 自分自身が戦場に出て何度も何度もひどい戦闘をして、やっと耐性や免疫を付けて行ったと言うのに……だ。日本国内では人間が挽肉になるほどの戦闘をまず経験しないと思われたのだが……


「もう一つ、重要なケースがありまして、これは部外秘でお願いしたいのですが」


 念入りに釘を刺した上で、バードはモニター上に金星基地を表示させた。言うまでも無く、あの基地の地下で遭遇した自分自身の偽者だ。会議室の中にどよめきが拡がり、バードは密かにほくそ笑んだ。

 自分の積み重ねた経験も、この場の者達には対した状況じゃ無い。そんな、妙な角度の劣等感がチクチクとバードに突き刺さっていたのだ。


「これは完全に私のクローンコピーでした。それどころか、この偽者は自分が本物であると疑わない様に記憶を操作されていました」


 会話の一部を聞かせたバード。

 半ギレの偽者に顔を踏まれるシーンでは、流石に一瞬顔を背ける者が居た。ただ、それでも怯まず質問を浴びせかけてくる者が後を絶たない。


 ──ホントに凄い……


 つくづくとそう感心するバードは、自分が知る限りのことを地上に置いて行こうと思うのだった。


「実際、どう対処されるのですか?」


 率直な言葉を何者かが吐いた。質問自体はシンプルだが、その答えは一筋縄ではいきそうに無い。そして、その質問の真意が何であるかはバード自身も嫌と言うほど理解している。

 自らがAIである可能性、つまり、自分自身が偽者である可能性を怖れるサイボーグの麻疹とも言うべき状況は、こんな時に自分の心の一番弱い部分を突いてくる。


「要するにアイデンティティの問題です。自分で自分を疑うと負けます。禅問答的ですが、自分が自分を認識している限り、自分は自分なんだと。例え偽者だったとしても自分が自分である以上は自分なんだと、そう強く信じるしかありません。そして、相手の頭を遠慮なく吹っ飛ばして、偽物なのを確認しましょう」


 バードの言葉に驚きの表情を浮かべた面々は、言葉を失ってバードを見ていた。そんな参加者達をぐるりと見たバードは、畳み掛けるように言う。


「もしそのクローンコピーかレプリなら、白い血を撒き散らして死ぬ筈です。ですが、万が一にも赤い血を撒き散らした場合は、その瞬間から自分がオリジナルだと振る舞って割り切りましょう」


 半ば冗談の様なことをサラッと言ったバード。会議室の面々が失笑し、ひとしきり笑ったところで、バードは言葉を続けた。


「結論から言えば、サイボーグにとってのオリジナル論争など形而上の神学論争に過ぎません。オリジナルかどうかではなく、どう生きてどう死ぬかが重要なんだと思います。まぁ、これはわたしの上司が言った言葉の受け売りですけどね」


 困ったように笑ったバードはもう一度金星で出会った偽者の映像を再生した。自信満々に問い詰めてくる偽の恵により、自分が追い込まれていく所まで刻々と情況が進んでいく。バードはこの時自分が何を考えどう振る舞ったかを言葉にした。


 ──あなたがオリジナルならソレでも良い。

 ──私があなたのコピーなら、あなたは私で、私はあなたよ!


 レプリのコピーが明らかに狼狽を始め、逆に精神を追い詰めていく姿がありありと再現されていく。精神的な不安定さこそレプリの弱点なのだから、逆説的に追い詰めていく姿が有効なのだと皆は学ぶ。ただ一人、自分の本音をさらけ出した恵の姿に太一だけが狼狽えていた。


「まぁ、面倒は多々ありますが……」


 なにかを言おうとしたバードだが、そのタイミングで15時を告げる時報が館内に響いた。気が付けば三時間近くを連続して話続けている状況だ。


「ちょうど良いですから休憩を提案します。どうでしょうか?」


 バードの提案に皆が賛成の意思をしめし、ディスカッションは休憩となった。おそらくこのタイミングで太一が来ると覚悟を決めたバードだが、太一の前よりも先に仁藤が現れた。隣には見覚えのある男性を連れていた。


「バード少尉。こんなタイミングで申し訳無いが、私の同期が君にどうしても会いたいの言うので連れてきた」


 この人誰だっけ?と人相のデータベースを検索すると、意外といっても良い思わぬ人物が引っ掛かった。あの、渋谷のビルに突入した日本側スタッフの責任者である吉田だった。

 ただ、吉田はバードの素顔を見てないはずだ。故にここは知らん振りが正解だとバードは思うのだが。


「お初にお目にかかります。私は国防軍中央即応隊の指揮官で隊の責任者の吉田と申します。こちらに宇宙軍海兵隊のレプリハンターが来ていると聞きまして」


 バードは背筋を伸ばし、敬礼ではなくお辞儀で挨拶に変えた。


「無帽での敬礼はさまに成りませんので、申し訳ありませんがこれで。宇宙軍海兵隊のバード少尉です」


 なかなか気の回る姿を見せたバードに吉田が改めて背筋を伸ばした。


「渋谷の突入作戦ではお世話になりました。我々だけでは作戦は失敗していたでしょう。皆さんの支援があったからこそ、被害をあの程度で食い止めることが出来ました。どうしても改めてお礼を申し上げたかったのです」


 吉田は改めて深々と頭を下げた。

 それにどう対処しようかと考えたバードだが、口を突いて出た言葉は、言ってしまってから『しまった!』と狼狽するものだった。


「私はまだまだヒヨッコでしたので、チームメイトが頑張った結果です。皆さんに怪我がなくて良かったですね」


 吉田の表情が変わったのをバードは凍り付いたような表情で見ていた。

 完全に身バレしたと狼狽した。ただ、どう取り繕っても、後戻りはできない。

 そんなときにどう振る舞うかは、士官学校でさんざん鍛えられていた。


「そうでしたか……」

「いまさら遅いですが、極秘でお願いします」


 ひきつった笑顔でお願いしたバード。

 吉田も吉田で『了解した』と短く答えた。


「さて、再開しましょうか」


 まだ5分と経ってない状況だが、間が持たないと思ったバードはディスカッションの再開を提案した。トイレやらで部屋を離れていた面々は、そそくさと部屋に戻ってくる。

 もうちょっとゆっくりさせろよと恨みがましい眼の者も居るのだが、バードにしてみればそんなもの秋風の如しなモノだった。


「では、後半戦として『その前にちょっと待ってくれ』


 バードの言葉を遮って吉田が口をひらいた。

 一瞬だけ『マズい!』と思ったバードだが、もはや止まらない状況だった。


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