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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第11話 シリウスへ向けて愛と青春の旅立ち
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背乗りレプリ


「まさか泣くとは思わなかった」


 自分の口からポンと飛び出た一言だが、改めてバードは衝撃を受けていた。

 涙も流せないと嘆いていたサイボーグの筈なのに……だ。


「なんでだろうな?」

「分からない」

「いや、実は俺も一回あるんだよ」

「……ホントに?」

「あぁ」


 ロックも首を捻る。

 冷静に考えると、金星の周回軌道上で『バードを助けに行かせろ!』と叫んだ時に、涙が零れていたのを思い出していた。そして、その顛末を斯く斯く然々と説明したロックだが、ふと気が付くと目の前のバードが俯き加減でモジモジとして、上目遣いにロックを見ていた。


「なんで?」

「あ?」

「なんでよ?」

「なにが?」

「……もぉ!」


 察してくれよと言わんばかりのバードに、ロックはハッと気が付いて笑った。


「そりゃ、惚れた女を助けに行くのに理由なんていらねぇだろ。惚れてんだから」


 真顔でお惚気トークしているロックに、バードの方が恥ずかしくなった。

 岩雄道場を辞して宿舎に宛がわれたホテルで着替え、街でデートする様な姿の二人だ。周りに居る市井の一般市民だって、ここでカップルトークに花を咲かせる若いふたりが、よもや海兵隊の士官だとは気付くまい……


「真顔で言われるとこっちが恥ずかしい」

「んじゃ、もう言うの止めようか?」

「……最近あれだよね」

「なに?」

「エディのドSがうつってきた」


 バードの言葉にロックは表情を強張らせる。


「マジ?」

「うん。イケズだと思う」

「……嫌いになった?」

「それは無い」

「じゃぁ良いや」

「良くない良くない!」


 軽快なトークを続けているロックとバード。

 渋谷の中心部にあるオープンカフェの一角に陣取り、冷たいもので喉を潤しているかっこうだ。あの109ビルは完全に更地になっていて、これから再び再開発が行われる事になっている。

 その直ぐ近くにある小洒落たビルの瀟洒なテラスは僅かに高くなっていて、広い視界を確保するのにはちょうど良い環境だった。そして、ロックとバードの目は、そのテラスの一段したにあるオープンデッキのテーブルで一心不乱に本を読む一人の青年をチラチラと見ているのだった。









 ――――東京都 渋谷区 渋谷駅近く

      日本標準時間 7月 4日 1500







「動かねぇな」

「時間つぶしって訳じゃ無さそう」


 延々と馬鹿ップルトークで間を持たしていたロックとバードだが、ここへ来てすでに1時間が経過していた。基本的に要約を進め、手短な会話で全てを済ます様に躾けられている士官だ。ダラダラ・グダグダと会話するのは返って疲れるし不自然になる。


「どうでも良いけど飽きてくるな」

「不機嫌な態度すれば?」

「周りから見たら喧嘩中って思われるぜ?」

「私も不機嫌そうにしようか」

「やっぱバードも結構意地悪系だな」


 ふと、ロックの口から『バード』と言葉が出た。

 最近は『恵』という名前に余り頓着が無くなり、自分の名前を『バード』だと擦り込まれつつあるようで、仲間達から『バーディー』と呼ばれるのにも違和感を一切感じなくなっている。だが、ロックは『バード』と呼んだ。


「……どうした?」

「いまバードって呼んだでしょ」

「……あ」


 ニコリと笑ったバードは喜色を零れさせた。


「なんか嬉しかった」

「……ほんとに?」

「うん!」


 Bチーム配属の頃なら事務的な呼称としてのバードだったはずだ。

 だけど今は違う。ロックの口から出たバードと言う事は、その中身が違うのだ。


「……嫌になったら言ってくれ」

「嫌じゃ無いよ」

「……良かった」


 黙って見つめ合ってるだけで満たされた様な気になったバード。

 つい数時間前にあった厳しい対決を思い出し、そのギャップにも笑いが零れる。


 だが……


『ウェイターは15分後に到着の見込み』


 唐突に飛び込んできた無線でロックとバードは現実へと帰った。

 蕩ける様に甘美な時間は一瞬でしか無く、仕事の時間は果てしなく長く感じるものだ。アインシュタインはこれを相対性理論とよんだ。女の子と話す1分も、火の入ったストーブの上に手を置いた1分も、同じ60秒に過ぎない筈なのに。


『お客さんは待機中。新たな来客無し』


 バードはもう一度チラリと読書に没頭する男を目で捕らえた。

 無線の中にホワイトノイズが溢れ、ややあってぷつりと切れた。


「あと幾つだっけ?」

「えっと……」


 バードは鞄から電子手帳と取り出して確かめる。

 もちろんソレはフリでしか無く、実際には視界のなかにデータがロードされる。


 火星におけるレプリ生産施設を完全に破壊したのが3月。

 あの作戦終了段階で地球上に降りていると思しきレプリカントの残数は千匹に若干欠ける程度で、この4ヶ月ほどの間にそのうち900近くが処分されていた。


「一番新しいデータだと、全世界で60未満」

「細かい数字はないのか?」

「確証があるのは55ね」

「……そうか」


 情報は常に更新され、ローラー作戦で新たに見つかるケースもある。ただ、不確定的ながらも残数は概算的な数字として示され、その増減を繰り返していた。

 確実に存在すると確認されている残数は、全世界でも60足らず。しかし、その数字が絶対的な数字であるかどうかなどは、神のみぞ知ることだった。


「日本はどれくらい居るんだろうな?」

「公式データだと12になってるね。東京地区には4ってなってる」

「そのうちの1匹が……」

「あれね」


 東京に居る不法レプリは4。そのうちの1匹がバードとロックの陣取るテーブルにほど近い場所でお茶をしている。傍目に見れば普通に人間と全く変わらない姿なのだが、細かな仕草を見れば不審な点が幾つもあった。


「5分に一回くらい身体がビクッと動くでしょ」

「あぁ、俺もさっきからそう思ってた」

「あれって何の意味があるんだろう?」


 NSA出向完了日時まであと1週間ほどとなっている。出来るなら後顧の憂い無く日本を離れたいとバードは思っていた。この渋谷の街でロックとお茶をしていたバードは決して遊んでいる訳ではない。気分転換にと出た街の中で偶然見つけたレプリカントを追跡し、応援が到着するまでジッと待つ算段だったのだ。


「早くこねぇかな」

「そうだね」

「とっとと捕まえて締め上げた方が早い」


 やはりロックはせっかちだ。バードは思わず笑みをこぼした。

 そんな眼差しに気が付いたロックも笑みをこぼす。

 なんだかんだといいつつも、微笑を交わせる満ち足りた時間だ。

 満足感を覚えたロックは何気なく視線を移した。


 ――えっ?


 一段下のテラスにはバードから見て死角になる所がある。オープンカフェになっているテーブルは幾つもあるのだが、バードの背中側に年増と若いふたりの女性がやって来て腰を下ろした。若い女の隣には背広姿の男性が居て、首には何らかのパスをぶら下げている。

 ターゲットを見るとは無しに見ていたロックは、そのふたりの女をチラリと眺めたあとで驚きの表情を浮かべ、口をポカンと開けて二度見してしまう。


「どうしたの?」


 僅かに首を傾げたバード。

 ロックはバードの顔をチラリと見てから、もう一度そのふたりの女を見た。

 そこにはレプリカント向けの光沢素材で作られた『誰が見ても一目でソレと解る姿』の服を着ているバードが居た。日本へ降りて最初に見たあの合法レプリと同じ純白の上下だ。左側に入っている帯の色は深い緑。そして、髪と瞳の色も、同じく深い緑だった。


「虫が入るよ?」


 ポカンと口を開けているロックにバードは笑っていた。

 ロックはどう言葉を出して良いか分からず、パクパクと口を動かしてから、口を閉じた。自分を見て笑っているバードの視界に自分が見ている視界を送り込んだ。


「……あちゃぁ」


 バードは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ小さく溜息をついた。


「不法レプリの残数4ってウソね」

「なりすましと背乗りもなんとかしねーと」


 ボリボリと頭をかいたロック。

 別に痒みがあるわけじゃ無いが、そんな仕草は無意識に出る癖だ。

 その向かいでは、アンニュイな表情を浮かべたバードがテーブルに目を落としていた。心底忌々しいと顔に書いてあるような状態だ。ウンザリとした胡乱な目つきで流し目に斜め後方をチラリと見た。

 楽しそうに笑う母親がいて、レプリカントをはさみ座って居るのは父親だった。何処から情報が漏れたのかを締め上げて吐かせたいところだが、あのレプリも自分自身がオリジナルだと信じ込んで居るのだと思った。


「また楽しい事務仕事か……」

「事務仕事?」

「データの洗い出し……」


 幻滅した表情を浮かべるバード。

 半分ほど飲み残してあるアイスティをストローでグルグルとかき混ぜ、流れているお茶の成分を目で追った。木を隠すなら森の中と言うが、ここに居る限りは絶対にばれない自信があるのだろう。


「合法レプリを全て洗うようだな」

「私の仕事じゃ無いけどね」

「軍籍台帳とかと付き合わせるってことか」

「そう。要するに神経衰弱」

「コンピューターが勝手にやってくれるんじゃないのか?」

「ザッとはやってくれるけど、名前を変えていたり画像を差し替えていたりしたらアウトなのよ」

「なるほどな」


 残っていたアイスティを飲みきったバードは、手にしていたスマホからカフェのオートペイに自らの(もちろん架空名義の)クレジットカードをチェックさせて代金を支払った。

 画面には無機質な『ありがとうございました』の文字が流れ、その中身の無さに思わず失笑した。


「なぁ、あれっ!」


 小さな声で指を刺したロック。その視界へ相乗りしたバードは、勢一杯まで表情を引きつらせた。オープンカフェの中へ見覚えのある男が入って来たのだ。


「嘘でしょ……」


 バードの顔から表情が消えた。

 カフェに入ってきたのはバードの兄、太一だった。

 母親と偽のバードは兄へと手を振るのだが、太一は目一杯引きつった笑いを浮かべ椅子に腰掛けた。その姿にロックは思わず吹き出し掛けてそっぽを向いた。


「兄貴、目一杯驚いてるけど必死で噛み殺してるぜ」

「たしか、国防軍のスペシャルフォース(特殊部隊)だった筈よね」

「月面で一回顔を合わせてるしな」


 もう一度チラリと目標を見たバード。

 本を読んでいた違法レプリがチラリとレプリのバードを見た。


「いま、何かアイコンタクトした」

「やっぱり? あっちのバードもあの野郎をチラリと見たぜ」

「ここでテロかな?」

「やりかねねぇけど……」


 違法レプリの男はテーブルの上に本を置いて目を閉じた。

 そして、空を見上げて何ごとかを思案している。


「何してるんだろう?」

「電波捉まえて通信してるとか」

「レプリも近接無線内蔵してるのかな」

「シェルと有線接続してるのも居るっていうしな」

「ほんとに?」

「あぁ。前にエディがチラッとそんな事を言ってた」


 ――うーん……


 静かに唸ったバードは色んな事を一瞬で思案した。

 ここで今すぐ突入するべきか。それとも様子を見るべきか。

 何故ここにレプリが固まって居るのか?を明確に説明出来る根拠が無い。

 しかし、間違いなくここには2匹の違法レプリが居る……


『ウェイターは間もなく到着』


 谷口の言葉が無線に流れた。そして、オープンカフェのすぐ近くに、大手宅配物流のトランスポータービークルが停車した。運転席に座る男はどこにでも居るネコマークの物流会社スタッフのユニフォームだが、全身が筋肉じゃ無いか?と言うほどに引き締まった姿をしていた。


『お客さんが増えた。様子を見たい。お冷の提供は少し待って』


 バードは無線の中に指示を出した。

 同時に、オープンカフェの中にコツコツと独特の足音が響いた。その足音は正確な歩幅を均等に刻む『つくりもの』特有のリズムだった。正確な歩幅を描く歩き方は、全てがプログラムされているレプリカントの特徴だった。


「何てこった」

「ここで増えるとか思わなかった」


 読み止しの本をテーブルにおいていた違法レプリのテーブルへ、厳しい表情の男がふたり、そっと腰掛けた。片方は驚くほどの痩せギスで、もう片方はでっぷりと太った脂肪の塊のような男だった。


「なんか会話してるな」

「集音機能はここじゃ使えない」

「唇も殆ど動いてねぇと来た」

「ここでテロと言うより打ち合わせだな」


 太っているレプリがカバンの中から何かの書類を取り出した。

 最大ズームで拡大したバードは、その書類にびっしりと文字が書いてあるのを見つけた。何かの箇条書き状態なそれには、ひとつひとつ横線が引いてある。


「……死んだ仲間のリストじゃ無い?あれ」

「なるほど」


 ふと目を偽バードのほうへとやれば、『何年ぶりかしら!家族の集合ね!』と上機嫌な母親の声が聞こえてくる。首からパスを提げた背広姿の父親は、うっすらと涙ぐんでいた。


「……恵。おまえ」

「ただいま。お兄ちゃん」


 風に乗って聞こえてきた偽バードの声に、バードは苦笑いを浮かべた。


「自分の声って第三者的視点から聞くと気持ち悪いよね」

「あぁ、自分のカラオケを録音して聞くやつだな」


 ウンザリとした表情のバードとロック。

 一段下のカフェに居る母親は、元気になって良かったと涙ながらに言っている。


 サングラス姿のロックから視覚情報を受け取っていたバードは、グラスに浮かんでいた氷をバリバリと噛み砕いて不快感を紛らわした。今すぐにでも飛び込んでいって、あの偽者を絞め殺したいと、そんな衝動に駆られた。


『レプリが増えましたか?』

『えぇ、現状4匹います。うち最低1匹は背乗りの偽者な合法レプリです』

『……本当ですか?』

『本当ですとも。だって、すぐそこに私の偽者が居るんですから』


 猛烈に不機嫌な声で報告したバード。

 無線の中が静かになり、バードはターゲットである3匹のレプリに注視した。

 そして、ロックはサングラス越しに偽のバードを監視していた。太一の顔が総毛だったようにしているのを、笑いを堪えて眺めながら……

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