戦闘シミュレーター / 設定の話03
~承前
特別な事情が無い限り、Bチームの夕食は19時と決まっている。宗教上の理由でテッド隊長が決めたと聞いているが、それを話したのはジャクソンなのでバードは絶対ウソだと思っている。
バードはオフィサーズメスへ五分前に到着した。何事も五分前ルールで動いていた士官学校のクセがまだ抜けていないのだが、何事につけてもブラックバーンズのメンバーは緩い。
19時集合と言っても15分は普通に誤差がある。それも後ろ側にだが。
「……やっぱり一番のり」
軍隊と言う組織の場合、席次は階級と勤続日数によって厳密に定められている。バードの席は十二人掛け大テーブルの一番端。先に座って仲間を待つしかない。
最初にやって来たのはロックだった。やはり日本人は時間に細かい。一緒に入ってきたのはライアンとペイトン。そしてダニー。この辺りは割りと時間にうるさい側と言えるのだが。
「やっぱりバードが一番乗りか」
「流石だよ」
ペイトンとライアンが笑っている。昼間のアレは尾を引いてないと判断して良さそうに見える。チラリと眼をやったロックが少しだけ笑った。
―――― 海兵隊 キャンプ・アームストロング
オフィサーズメス 地球標準時間 1900
テッド隊長とドリー副長は19時ちょうどに部屋へやって来た。ずっと何事かを相談して居たのだが、居並ぶメンバーが起立していたので苦笑いを浮かべている。
「座ってくれ」
統率者が入ってきた以上、起立して出迎えるのは士官の義務。儒教的上下論とは違う西洋社会的な ノブレスオブリージュとして、社会規範の体現を要求される士官の義務だ。
テッド隊長の言葉で集まっていたメンバーが席に着いた。同じタイミングでリーナーやスミスがやって来た。ジャクソンとビルも入ってきた。
そして、最後にやって来たのは五分遅れのジョンソン。
「SHIT! 俺が最後か!」
相変わらず口汚いジョンソンに皆が苦笑い。
ここでのルールはビリがスープをサーブする事だ。
士官専用食堂ともなると食事の際は給仕が付くのだが、集合時刻に遅れてきたビリはメンバーのスープボウルにスープをサーブするペナルティ。
「今日のスープは?」
「ミネストローネであります キャプテン」
必死で笑いをかみ殺している給仕担当を睨みつけたジョンソンは、ワゴンを押して皆にスープを配った。
「あのサンドハーストでもこんな事しなかったぜ」
ハハハと笑いが零れるBチームのテーブル。
「さすが紳士の国だな。見事だ」
笑いをかみ殺したテッド隊長の言葉に再び笑いが零れた。
「そう言えば、まともな士官学校行ってるのはジョンソンだけか」
テッド隊長はチームの面々を見回した。メンバーも皆、仲間を見回している。
何かに気が付いたペイトンがドリーを指差した。
「ROTCを出てるのもドリーだけだな」
「そうだな。俺はペンシルバニアだけど」
話を聞いていたライアンがバードに話しかけた。
「ROTCってなんだっけ?」
「えっと…… Reserve Officers Training Corpsじゃなかった?」
「あれか。一般大学併設の士官訓練過程」
「確かそう」
メンバーにスープをサーブし終わったジョンソンが席に着いた。
同時に給仕担当が全員へメニューを提供する。
「シミュレーターの士官学校卒は、ロックにダニー、ライアン、バードか」
テッド隊長の言葉にバードたちが頷く。
「拡大プランで来た新任少尉はみんなシミュレーター卒なのか」
ジャクソンが最初に気が付いて、ふとペイトンへ目をやった。
同じ中尉と言う事で、妙に馬が合う部分があるらしい。
「一週間で四年分経験できるからな。だけど、実際の学校と比べてどうなんだ?」
そんな風に話を振ったペイトン。ロックとライアンが顔を見合わせてから、僅かに首をかしげた。良く解らないと言いたげな空気なのだが、そんな窮状を察したジョンソンは、笑いながらもボヤく。
「サンドハースト出の俺が言うのもなんだが、俺なんかより余程良い教育されてるよ。なんせステイツのアナハイムとかウェストポイントと違って外出し放題だし酒飲み放題だし、キャンパスに女を連れ込んでも何も言われねぇ所だったしな」
そんな言葉にメンバーの乾いた笑いが漏れた。
ただ、ジョンソンは欧州人だ。
ある意味で島国とも言えるアメリカなどと違い、直接国境を接し千年二千年と、血で血を洗う戦争を続けてきた欧州人なのだ。戦争と平和の意味が根本的に異なる常識の中で有るからして、品行方正な社会の模範たる士官を育てる為の学校など意味が無い。
『 い か に し て 勝 つ か ? 』
それ以外に教育目的が無い、本当の戦争学校と言える。なぜなら、欧州圏における常識として『勝利』の対義語は『敗北』ではない。たとえ他所の地域が『敗北』だったとしても、欧州だけは『滅亡』なのだ。
「俺だけ特殊なのかもな」
ハッと笑ったジョンソンが最初にグラスを取る。食前酒に出されるグラス一杯のシャンパンで乾杯して士官の食事は始まる。この夜のメニューは珍しく魚が出た。すっかり遠くなった故郷の味を思い出しロックが懐かしそうにしている。
「そう言えば士官学校時代のバードが参加したシミュレーター訓練あっただろ。あれ、なんでバードが参加出来たんだ?」
食事をしながらダニーが問いかける。
あっ!と声を漏らすジョンソンやドリー。
「そう言えばそうだよな。俺はそんなのやった覚えが無い」
ロックが不思議そうにしている。
「俺もやってないな」
ライアンも不思議そうにしながらバードを見た。
「あ、えっと。アレは……」
バードも答えに窮している。
助け舟を出したのはテッド隊長だった。
「実は統合作戦本部のリクルートから新人スカウトする上でシミュレーターによる体験入隊の実施について相談を受けてな。やめた方が良いと回答したんだが、エディがぜひやってみよう。ダメならやめれば良いって乗り気でな」
初めて知ったシミュレーターの舞台裏。
バードを含め皆が驚く。
「でもあのシミュレーターは酷かったな。あんなオペレーションじゃ死人続出だぜ」
ヘラヘラと笑うジョンソンは、さすがブリテン人だと再認識するチームメイト。
「軍隊へ体験入隊は流行りだが、体験戦闘ってのはどうかと思うよな、実際の所、精神的負担を考えれば安易にやるべきじゃ無いと思う。PTSD一直線だ」
さすが精神科だけあって、ビルの分析はマインド部分での評価が色濃い。
「実はわたしの場合、契約前にサイボーグ化しちゃったから、軍へ来ないと機械扱いで一般企業に払い下げ措置だって脅されてさ」
「だけど、契約してからサイボーグオペレーションなんて滅多に無いぜ。大半がバードみたいなケースで、拒否権無くオペを受けてから現状追認が多いはずだ。だって、死に掛ける様な事態になってて、そこでノコノコ説明なんかしたって手遅れも良いところだろ。普通に考えれば」
医者でもあるダニーは事も無げに言い切った。
その言葉を聞きながらジャクソンやスミスが苦笑いを浮かべて頷く。
「俺は警察学校出身だからな。兵学校行ってねぇし」
「そんな事言うなら、俺なんかそもそも学校自体行ってねぇ。なんせスラム出身だからな。学校の変わりにキャンプの中でモサドから武器の取り扱い方法を教えられたさ」
それぞれに物騒な事を言ってるなぁと苦笑いのバード。
「つくづく、人それぞれなんだね」
「何を今更言ってやがる」
ロックに笑われバードが恥ずかしそうに笑った。
「ところでバードの側から見たシミュってどんなだったんだ?」
普段は無口なリーナーが尋ねた。
リーナーは脳の一部まで機械化しているらしいけど……
「あれは…… うーん……
4
「向こうも準備で居たようだから、じゃぁ行ってらっしゃい。スカッと大暴れだ」
シミュレーター用シートに座ってケーブルを接続した恵。
広瀬は恵を見下ろして手を振っている。
――――向こう?
不思議そうに見上げていたのだけど、唐突に恵の視界が切り替わった。
「いま君が見ている視界はODSTのサイボーグチームが大気圏へ突入する降下艇の中だ。ここではバードと呼ばれる事になるが、そこは気にしないでくれ。まぁ、流れに身を任せればいい」
ガタガタと揺れる機内。
背の高い白人男性が恵の目の前に立っている。
――――この人、誰だろう?
身体のラインにぴったりと合うつや消しに塗られた金属製の装甲服。その風合いやデザインが持つ雰囲気は、一言で言えば異様だ。だが、サイボーグなのだから、むしろこの方が正しいのかも知れない。
「状況を説明しておく。建屋の中に居るのがテロ屋。外はレプリだ。稀に人も混じってるだろうけど関係ない。ターゲットは七十体少々だ。片っ端から駆除しろ」
男性の片隅に浮いてる文字列に目を走らせると『テッド』の文字。
その隣にはMAJORの表示。
――――メジャー?
ドナルドと名前の浮いている人が説明を始めた。ちょっとずんぐりとした太っちょだ。全身に様々な装備を抱える都合を考えると、表面積は多い方が良い。背中や後頭部に小さなアンテナを沢山装備している。その様子がまるでハリネズミの様だと恵は思った。
「建屋の中には人質は100人くらい入ってる筈だ。まだ生きてればな。そっちには間違ってもぶっ放すなよ」
名前の隣に出ているのはCapと言う文字。
――――キャプテン?
――――隊長?
分からない事だらけで恵は僅かに混乱する。
ただ、そんな事はお構いなしに映像は進んでいった。
「あぁ、それと、ターゲットの中に重要なレジスタンス指導者が潜んでいる可能性がある、データベースに目を通しておいてくれ」
テッドの声がした後、視界の隅に「!」が浮かんだ。恵は無意識にそこをクリックしに行ったのだけど、どうやら意識してではなく自動だったようだ。小さな窓がいくつか開いて数人の顔が浮かんだ。
「全部が限定主義者だ。面倒だから片っ端から殺してよしって言われてる。まぁ気にすんな」
サラッと凄い事を言ったドリー。思わず恵は息を呑んだ。
更に幾人か顔写真が切り替わる。
「今見てるのはベテランのキラーレプリだ。先週も海兵隊員を片っ端からぶっ殺したとかで話題になってる。要注意だ」
――――え? 海兵隊って死傷者がそんなに出ないんで有名なんじゃ無いの?
――――違うの? あの説明って嘘?
なんだか物騒な話が飛び交っていて、恵のSAN値がザクザクと削られていた。狼狽しつつ眺めていると、最後に女性の顔が浮かび上がった。
「これは最新データにある顔だけど違うかもしれないから注意。レジスタンスに紛れ込んでる内通者だ。写真よりブスだから間違ったって言って射殺しないように」
アハハハハ!と笑い声が巻き起こる。
「バード! ちゃんと識別してくれよ!」
「OK! 任せて」
にっこり笑った白人の青年が話しかけてきた。視界の中にジャクソンと表示が浮いている。身体の方が勝手にサムアップで応えた。全く意図してないのに身体が動くのは変な感じだ。
自分の身体にもぴったりとしたラインの外殻装甲を纏っていて、全く重さは感じていない。男性型と違って女性型だからバストの膨らみが目立つ。腰骨部分の膨らみ周りには幾つもの武装が見えた。
「撃って良い奴は早めに情報流してくれ。片っ端から挽肉にしてやらぁ」
左手一本でマシンガンを構えた男性が、酷く物騒な事を言っている。恵の視界にはスミスの表示。背中に背負った四角い箱からチェーン連結された銃弾が見える。
古い戦争映画でも良く出てくる形だから、恵にも見覚えがある。ただ、それが三百年以上使われ続けるブローニングM2を始祖にもつ重機関砲だと理解するのは、まだまだ先の話。
「さて、では降下用意だ。あんまり派手にやるなよ。また後で俺がお小言頂戴する。じゃ、神のご加護を」
再びアハハと笑い声。隊長の言葉に皆が笑っている。
なんだか凄く良い雰囲気のチームだ。
「出来るもんならサイボーグにならねー方向でご加護を頂きたかったですがねぇ」
目じりの吊り上がった風貌の白人だ。ジョンソンと表示されている人がヘラヘラと笑った。十字架のマークに×を付けてあるヘルメットを抱えて立っている。その十字架の下には黒い炎が燃え盛っているイラストと小さく書き込まれた文字。
『BLACK BERNS』
コレはなんだろう?と思ったのだけど。
「レィディースアンドジェントルメン! 全員降下準備!」
ドナルドが拳を頭上へ二回振り上げて叫んだ。あれ? どうするんだ? と思ったら、勝手に身体が動き始めた。腰にあった武装のロックを再確認している。脱落防止を確かめたんだと恵は思った。
ヘルメットを被り一気に視界が狭くなったが、身体の方は気にせずカタパルトの部分に足を乗せた。踵の部分がガチャリと音を立てて起き上がり、身体が強い前傾姿勢になった次の瞬間、視界が一瞬真っ白になった。それが収まると赤や黄色のノイズが視界に浮かんだ。カタパルトは恐ろしい加速度で、容赦なく恵の身体を空中へ射出した。
青い空。白い雲。遙か彼方に地上が見える。
高度はどれくらいだろうか? そんな事を考えてる間、恵は鳥になっていた。
「バード! 地上は!」
恵の脳内に直接声が響く。視界の中にテッドの顔が浮かんだ。それは無線だと気がついた。視界の中に真っ赤な[+]マークが浮かぶ。それも沢山。
「チェキオン! グランドエネミー! オールレプリ!」
チェキオン? ちぇっく・おんを早口で言うとそうなるのか。変なところで感心していたのだけど、高速で降下していくから恐ろしい対地速度で地面が近づいてくる。サイボーグでも激突すれば即死だろうけど、少しも恐怖感を感じない。
全部シミュレーターと言う安心感なんだと恵は気がつく。だが、リアルすぎてかえって現実感がわかない。よく出来たAIのCGを眺めている気にもなるのだ。
かなり地面が近くなってきてからパラシュートが開いた。次の段階では引き紐を引いて速度を落としている。グッとGが掛かり世界が一瞬暗くなった。視界のブラックアウト現象を初めて体験した。
地面まであともうちょっと。そこで恵の身体は驚くべき行為に及んだ。ボタンを操作して、パラシュートに繋がるストラップを断ち切った。当然、そこからは自由落下となり、ドサッと音を立てて地面に着地した。全く痛みは無かった。
「チェキオン! オールレッド! ノープロブレム!」
地上に居たレプリカントが一斉に銃を撃ってきた。しかし、それよりも数瞬早く恵の身体が加速を始める。グン!と速度に乗ってレプリの群れに対し斜めに走る。
レプリの群れは銃口を左に向けながらの射撃。当然の事だけど、全く当たる様子が無い。右肩にストックを付けて連写する場合、銃口を左に向けての連射は意味が無い。唐突にレプリの頭がポンポンと破裂し始めた。
上空を見ると、まだパラシュートにぶら下がっている人が射撃を開始している。全く外す事無く一撃で射殺する腕前に驚いた。ジャクソンと表示されているあの人は、きっとスナイパーなんだと気がつく。
「バード! 建屋をチェック!」
「アィサー!」
テッドの指示が飛んできて、恵の身体はさらに加速した。建屋をチェックって事は? あぁ、そうか。中を見ろって事ね。フンフンと勝手に納得していたんだけど、身体の方は建屋の直前でフェイント。急減速してから直角ターンして急加速。僅か数秒前に自分の身体がフェイントを掛けた場所で爆発が起きた。
――――トラップ?
典型的な罠を踏み抜いた感覚だが、そんな恵の思考を置き去りにして状況は進行している。まるで映画の様に……
「メインゲート トラップクリア!」
――――あ!そうか!
――――爆発物とかが反応する前に踏み潰すって事だ!
サイボーグの反応速度と機動力ならばこそ可能な事。
恵は期待されている役回りをだんだんと理解し始めた。
――――もしかして……
――――凄い損な役回りじゃない? 私って……
「バード!10秒で到着する!制圧!」
「アィサー!」
身体が勝手に左右を見た。遠くにいくつか赤い[+]マークが見える。その中に数えるほどだけど[*]マークが浮いている。恵の存在に気が付いて、敵側は一斉に射撃を開始した。左右をシュンシュンと音を立てて銃弾が通過する。
「グランドエネミー! ロッコン!」
バカ正直に真っ直ぐ突っ込んで行く恵の身体。
――――当たる! 当たるって! 当たれば痛いって!
そんな事を内側で喚くのだが、身体の方は全く気にせず最大速力で真っ直ぐに突入していく。時々からだの何処かに直撃弾を受けるが、全くダメージがない。
――――え? 当たってるよ? 平気なの?
一瞬チラッと身体が下を見た。銃弾が外殻装甲に弾かれて明後日の方向へ跳ね返っている。要するに無敵モードなんだと気が付いて、真っ直ぐ突っ込んでいく暴挙を理解した。
そして、この後どうするんだろう?と思いつつも眺めていたら、身体は胸のホルスターから大型ナイフを引き抜いた。刃物だ!と驚くのだけど、そんな事を身体のほうは一切気にせず、至近距離へ飛び込んでバッサバッサと斬り始めた。手の中に最低の感触が伝わってくる。硬い物柔らかい物を順番に斬っていく抵抗感。
――――うそ……
息を呑んで事態を見守るのだが、身体の方は止らない。不意に視界の右側に赤ランプが点灯した。左手一本で拳銃を構えて連射を始める。ドラムマガジンを装備したマシンピストルの連射速度は異常に早い。
鈍い衝撃が手に伝わるのと同時に、遠くの方で白い血を撒き散らしてレプリが死んでいく。生身の人間なら射撃の反動で照準がままならない筈なのだけど、サイボーグの強い握力と腕力がそれを可能にしている。
「グランドエネミー クリア!」
無双状態で大暴れしてるうちに地上の掃討を終了していた。
何処か呆然と事態を眺めているのだけど、相変わらず勝手に身体は動く。
「バード! グッジョブだ!」
視界の中に笑顔のテッドが浮かぶ。なんとなく髑髏マークのようなフルフェイスのヘルメットを被ったメンバーが終結しはじめた。
「ふぅ……」
「やっぱコレ被ってっと視界が狭いや」
「だな」
他愛も無い会話に興じるメンバー。どこか映画でも眺めているかのようにしていたとき、隊長であるテッド少佐が現れた。レプリカントの返り血をタップリと浴びている姿に一瞬寒気を覚える。その向こうには降下艇から吐き出されてくる生身の兵士達。
「お客様のご来店だ。しっかりご案内しろ!」
『アィサー!』
チームのメンバーが一斉に散開する。
およそ二百人ほどの兵士がそれぞれに散開していった。
「少尉殿! 第二狙撃小隊集合しました!」
恵の目の前に狙撃小銃を持った兵士が集まってきた。十人ほどだ。
最高位の下士官は軍曹だった。
「ガニー! この建屋の逆サイドから突入チームが強襲します。後退し火線を作って狙い撃ちです。三百メートル後退!」
「サー! イエッサー!」
ヘルメットを取って背中のマウントにロックしてから、小隊を率いて建屋から離れるのだけど、あまり引きが取れない。至近距離から撃つ事になるんだと思ったら背中にゾクッと電気が走った様な気がした。
ただ、そんな事は関係無しに身体は勝手に動いていく。結局の所、そんなシーンを眺めてるだけなのだと気がつく。
「少尉殿! 建屋出口まで283メートルです」
「OK! 同調入れて。 ターゲットはレッドマーク。グリーンは撃たないように注意」
視界の中の片隅に小さなピクトサインで鉄砲の画が浮かび上がった。最初は赤だったのだけど、すぐに緑に切り替わった。建屋までの直線距離から考えれば外す訳が無い距離だ。
各狙撃主がそれぞれ得意な姿勢になって狙っているなか、腕を組んで仁王立ちの姿勢で建屋を見据える。刹那。建屋の向こう側から大音響と白煙。おそらく爆発物で壁に穴を空けたんだろう。
ブラスターの連射音が響き、直後、建屋からアリの大群が飛び出すように、群集が我先にと飛び出してきた。
「くれぐれも誤射しないように!」
飛び出してくる人々の姿に幾つもの[+]マークが合相する。大半が赤なのだけど、稀に緑が混じる。その緑マークに[!]を重ねる作業だ。両脇に陣取った狙撃手が続々と射殺して行った。
「少尉殿 そろそろ撃ち止めでしょうか」
周囲の兵士が話しかけてくるのだが、なぜか黙っている。なんか言えば良いのになぁとブツブツ考えていたら、突然中から血まみれの女性が飛び出てきた。
――――うわ!グロい!
ウヘーと呻きたかったが、映画を見ているような状態だから何も出来ない。
身体の方は勝手に急加速して走り始めた。
『たすけて!』
「こっちへ来て! 早く!」
視界の中に緑の[!]が点灯している。
そのすぐ後ろに見える扉にチラリと人影。
――――うそ!まさか!まずいんじゃない?アレは……・
さっきちらりと見た内通者と同じ顔だ。
身体から流れ出る血は、文字通りの鮮血色。真っ赤な血を流して逃げていた。
「まて!裏切り者!」
後から建屋を飛び出してきたのは、銃を構えた中年男性。
大きな銃を持ってる。
――――えっと……
――――[+]マークはターゲットだよね?
そんな事を考えてる間に飛び出してきた女性を通り越して、中年男性をフルパワーで殴り飛ばした。右の拳に鈍い衝撃。その後で何か粘土でも殴るような触感。グニャリと潰れていく最低の感触。
チラリと向けた眼差しの先では、水のタップリ詰った西瓜が弾ける様に脳漿と鮮血と脳液を撒き散らして砕ける男性の頭蓋骨があった。
――――うわ……
一撃で殴り殺した。フルパワーで殴ったら、相手が反動で吹っ飛ぶ前に頭蓋骨ごと粉砕した。猛烈な運動エネルギーが一瞬で加わって、頭蓋骨が先に砕けたんだと思った。
「ありがとう! ありがとう! 助かった!」
逃げてきた女性が抱きついてきた。
半べそ状態だけど、でも、笑顔だ。
手を握ってサンキューを繰り返している。
「バード! そっちはどうだ!」
「エネミークリア! パッケージは保護しました!」
「グッジョブ!」
隊長の声が弾んでいる。どうやら上手く行ったらしい。
「よし! チーム集合!」
「アィサー!」
――――え? もう終わり? まだまだなんかしらあるんじゃないの?
不思議がっていたら、身体の方が勝手に移動を始めた。さっきまで抱きついて謝意を述べていた女性が手を振っている。狙撃兵達の敬礼に見送られて建屋の中へ入っていく恵の身体。夥しい数の人質が震えていた。
「皆さんお待たせしました。戦闘を終了し安全を確認しました」
不安がる人質の視線が外を見ている。
「大丈夫ですって! うちのブレードランナーが言うんだから間違いありません」
ドナルドが笑いながら恵を指をさした。人質の視線が一斉に集まってくる。
その視線に恵は驚くのだが、そんな感情を置き去りにして状況は進行した。
「ありがとう! ありがとう! 助かった!」
「ありがとう!」
笑顔で部屋を出て行く人。声を詰らせて謝意を述べる人。
「ありがとう。家に帰れるよ」
「またコーヒーが飲めます。有り難うございます」
恵の手を握って泣いているおばあちゃん。
手を合わせて頭を下げるお兄さん。
「おかげさまでこの子も死なずに済みました。本当に有り難う」
小さな子供を抱えた母親が深々と頭を下げていった。
「おねーちゃんありがとう!」
まだ幼い子供達が散々泣いたであろう痕を隠さず、笑いながら部屋を飛び出していった。
建屋の外には海兵隊の生身の兵士を乗せてきた降下艇が待っていた。続々と乗艇して行ってガランとなった建屋のすみ。累々と積み重なるレプリとテロリストの死体。赤い血も白い血も入り混じった壮絶な状態だった。どこか吐き気を催すようなシーンなんだけど、でも不思議と心は平静だ。
「なんだ、もう終わりか」
「あんがいチョロいもんだな」
誰かの声が聞こえるのだが『誰だろう?』と言う疑問すらわかない。
なんとなく上手く聞き取れなくなってる様な気がしていた。
「これ、誰が掃除すんだ?」
ライアンと表示された、見るからにお調子者がブツブツ言ってる隣。
ジョンソンと表示された人はドナルドを捕まえて喚いている。
「なぁドリー! 部屋掃除は生身にやらせようぜ! な! な! な!」
人質を降下艇まで見送ったテッドは、建屋に戻るなりぐるりと中を見回し、ニヤッと笑って状況を理解したらしい。
「よし、撤収しよう。俺たちゃ鉄火場専門だ。後始末は生身に任せよう」
テッドが無線で何処かと通信しているようだけど……
「バード! ナイスファイトだった!」
「勇敢だな。俺にはマネできない」
「バードが居ると助かるよ。マジで」
いろんな人が声を掛けていく。
誰が誰だか覚え切れてない。
「少尉殿!ご苦労様でした。後は我々が片付けます」
先ほどの軍曹がやってきた。
生身の兵士が並んで敬礼で送ってくれる。
「バード!帰るぞ!」
テッドが声を掛けてきた。その声に促されるようにして身体が動き始める。
降下艇とは違う小さな機体に乗り込んで窓の外を見た。上昇していく回収艇に向かって生身の兵士が手を振っている。なんだか、心の中の何処かがホンワリと暖かくなった様な気がした。
■ ■ ■ ■ ■
「って事はあれか。何がなんだかわからないうちに」
モシャモシャと魚肉の塊りを食べているスミスは、フォークでバードを指した。
肉好きで通っているスミスには、魚のメニューはどうだろう?
ふとそんな事をバードは思った。
「なんだか映画を見てるようだったけど、手の感触とか凄くリアルでさ。途中からドキドキしっぱなしで。でもおかしいよね。自分の胸の中にはもう心臓なんて無いのに」
ちょっと際どいジョークを飛ばして笑うバード。
サイボーグなら誰でも自嘲気味に笑う部分だろう。
「しかしまぁアレだな。俺達全員の個性が良く解るな。バードが喋ると」
ジャクソンの言葉に全員が大笑いした。
バードも笑っていた。
「キャプテンとかメジャーとか。そう言う部分の軍隊用語ってのは教育受けないと覚えないよな。やっぱり」
ドリーの言葉に皆が頷く。
「だけど、実際どうだったんだよバード。その後って」
ジョンソンが話の続きを促した。
メンバーの眼が集まってバードは肩をすくめる。
「実はその後ね。コーヒーブレイクしようって話になって……」
給仕担当が持ってきた食後のコーヒーを飲みながら、バードは話を切り出した。
「スカウト担当に言われたんですよ。兵士の素質があるって。シミュレーターを切って椅子から立ち上がったとき、無意識に後ろとか左右を確認して警戒したんですが、それを見逃してくれなかった」
自嘲気味に笑ったバードの表情が妙に晴れやかだ。
そんな部分に気が付くのはビルだけかもしれないが。
「バカじゃ軍人は務まらない。利口な奴は軍人にはならない。だから、素質のある人を探し出して教育するんだって言われて、妙に納得して。でも、最後は」
もう一口コーヒーを飲んでから、バードはチームの面々をグルリと見回した。
多士済々な面子の揃うBチームだと、改めて感じている。
「シミュレーターの中で沢山の人に感謝されて、あぁ、これだって思って、それで契約に至りました。でも、その後の士官学校とか始めて月へ来た時とか、本当に酷かった」
コトリと音を立ててコーヒーカップを下ろしたバード。
「で、どうなんだ? 続けられそうか?」
テッド隊長の鋭い問いがバードを襲った。
チームの面々が興味深そうに見ている。
「自分でもわかりません。でも」
一度言葉を切って手元に眼を落とし、言葉を捜すバード。
次の言葉を皆がジッと待った。
「このチームならやって行けそうな気がします」
何処か自分に言い聞かせるように。バードは笑いながらそう言い切った。
花の様な優しい笑みで、自信を持って。
気が付けばチームの仲間たちがサムアップで笑っていた。
まるで、祝福するように。
設定の話 その3 軍隊と食事
いつの時代であろうと、軍隊にとって食は娯楽です。
これはいまの自衛隊でも米軍でも変わりません。
そして、拙作に出てくる『宇宙基地という巨大な潜水艦状態』の基地でも、当然ですが食が最高の娯楽といえます。
志願で集められた下士官や兵卒隊員向けに食事を無料提供するメスホールというものは、大体どこの国の軍隊でも、一日三食までなら食費を請求される事は無いケースが多いです。
ただ、近年の……というより近代軍隊の多くが基地では基本的に禁酒禁煙の関係で、酒を飲みたい隊員は基地の外へ食事に行く事になります。この場合は当然自腹での食事となるから毎日は難しいし、お財布にも厳しい事になります。
リアルな話で恐縮ですが、色々と喧しい論議が続く沖縄駐留米軍相手の飲み屋街ですと、基地の外で酒を飲んだりする事が禁止になって、一気に街が寂れたとか言いますね。
基地は産業と言いますが、基地内部にいる人相手の様々な業種に就く人もまた基地は産業なんでしょうねぇ。
で、バードたち士官の場合は、この事情がちょっと変わってくるケースが多いです。
昔々の大昔。士官と下士官以下の間には見えない壁が存在していたんです。士官とは貴族階級の若者が統率理論を学んで平民を指揮し軍隊を動かす立場だったんですね。わが国でも戦前は皇族男子がみな軍役に就くのは『当然のこと』でしたし。
でもって、平民出身者は食事と衣服と給与にありつくために軍へ参加した訳ですよ。ナポレオンも言ったとおり、名誉ではなく服とパンを与えるって奴です。
つまり、平民から見ると軍隊って所は衣服と給与を国家が面倒見てくれた組織だったわけですな。しかし、食事は貴族が面倒を見た。
その名残と言うべきなのでしょうか、ウォードルームと呼ばれる士官サロンやオフィサーズメスと呼ばれる士官専用食堂で食事を取ったとしても、毎月一定の金額が給与から天引きされているケースが多いです。
ちなみに、米海軍の船乗り士官の場合は一ヶ月200米ドルだそうです。
月の食費が約2万円天引されてる勘定ですね。高いか安いかは判断に迷うところですが(笑)
いわゆる中世の時代。
貴族出身の士官がお金を出し合って食料を確保し、平民出身の兵卒や水兵に食事を振舞ったのは歴史的事実だそうで、バーディーたちの時代でも士官は給与の一部を食費に当てる事が要求されている設定です。
ただ、実際悪い事ばかりではなく、同じ材料から作られるとは言え、下士官以下と比べれば絶対的少数向けの食事となる関係で、丁寧な調理が心掛けられたそれらは、温かく味も良い傾向が強いとか。
実際、そうでもなければ士官もやってられないでしょうけどね。
だって、士官ってどこまで行っても責任が付いてまわる中間管理職ですから。




