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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第11話 シリウスへ向けて愛と青春の旅立ち
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ホーム(実家)


 単調なリズムの続く車内には、雑多な人種が入り混じっていた。

 郊外へと延びる大手私鉄の通勤本線は、黄色い電車が連なって走っている。


「随分ハイテンションだな」


 久しぶりに鉄道を利用して目を輝かせたバード。

 ふと冷静に振り返れば、まだ五歳か六歳の頃に使っただけだ。


「だって、電車に乗るのなんて15年ぶりくらいだから」

「……へぇ」


 楽しそうに笑っているバードだが、ロックは浮かない顔だ。

 不意に窓の外を見るその横顔に、バードは暗い翳を見た。


「どうしたの?」

「……いや、なんでもねぇ」

「なんか隠してる」

「……思い出したくねぇことの一つや二つ位は…… あるってもんさ」


 苦虫を噛み潰したような表情のロックだ。

 その姿にバードはロックの身の上を思った。


「……そっか」

「あぁ」


 言葉にしなくても意思が伝わる事もある。

 ロックは今、自分自身を苦しめてきたトラウマの根源と戦っていた。

 何度も何度も逃げ出したいと願ってきたその核心へ、近づきつつあった。


「ホシは更に西へ向かいますかね?」


 小声で言う谷口の目は、まだ若い男を捉えていた。

 痩身ではあるが、付くべき所にはガッチリと筋肉を持つ立ち姿。

 細マッチョといっても良いシルエットに甘いマスクだ。


 昨夜遅くになってホテルへと帰ってきた男は、深夜に洗濯を済ませていた。

 そのまま朝まで様子を伺っていたのだが、午前9時

にホテルを出ていた。


 向かった先は巨大ターミナル新宿駅。

 そこから列車に揺られ郊外を目指している。


 このまま行けば、この列車は県境を越える事に成る……


「……と、いうと?」

「責任範囲の管轄を越えるんですよ。都県境を越えると」

「……なるほど」


 どこか嘲るような顔で谷口を見たロック。

 この時代でも日本の法執行機関には『縦割り』という文化が残っていた。


「それで、都県境を越えるとどうなるの?」


 バードの興味はもっともかも知れない。

 谷口は僅かに後悔した様な顔になって言った。


「ちゃんと手続きすれば良いんですが、余所の管轄で派手にやると上が……ね」

「……あぁ、そうか」


 バードも中身を察した。

 基本的に都道府県単位で独立した機関となっている警察権力だ。

 谷口の使っている警察手帳は警視庁のもの。つまり東京都の管轄。

 隣の県へ行けば異なる県警になるのだから、色々とお作法があるのだろう。


「それもなかなか面倒ね」

「まぁ、どんな機関でもそうでしょうけど、自前の勢力圏には……」

「国連軍も似たとこあるわよ」


 ウフフと楽しそうに笑ったバード。

 そのまま横目でターゲットを見た。


 車内に居る女子高生や女子大生がチラチラと送る視線に我関せずを貫き、ジッと文庫本に目を落としては、時折ページをめくっている。


「このご時世にペーパーバックとは古風だね」

「だけど、電源フリーだし」

「何処でも読める…… ってか」

「そう言うことだね」


 一心不乱にページをめくるその青年は、時折顔を上げては車窓の外を見た。

 流れる景色に現在地点を思い浮かべたのか、再び活字の行列へ目を落とす。

 無表情ながらも締まっている顔立ちは、何かを思うように大きく歪む。


「何読んでいるのでしょう?」


 谷口の興味はそこに移った。

 バードはなんとなくを装い文庫本の背表紙を凝視し、拡大した。


「……宮本武蔵の生涯」

「おぃおぃ……」


 苦笑したロックの姿にバードはわずかではない違和感を覚える。


「どうかしたの?」


 明らかに今日のロックはおかしい。事実上徹夜なのだからやむを得ない。

 だが、それを差し引いてもおかしいのだ。


「あの本は親父の道場に通う人間なら全員読まされる」

「なんで?」

「剣士の心構えが書いてあるのさ」


 何となくわかったようなわからないような、そんな感じのバード。

 ロックは遠い目をして窓の外を見ていた。


「どこを見るとは無しに、全体を見る」

「実戦的だね」

「あぁ。きれいに勝つんじゃなくて、必ず勝つ。そう言う思想だ」


 バードはハッと気がついた。

 ロックの父が見せた戦いかたは、とにかく勝つ為のものだ。

 勝ち方には綺麗も汚いも無い。負ければ剣士は死ぬのだ。

 だから、手段に拘らず、勝ちに拘る。


「負けたら死ぬって一大鉄則だからな」


 ロックの呟いた言葉には剣士の本質が言い表されていた。

 実際に命を落とすのでは無く、精神的に死ぬ事もある。


 生きるか死ぬかのギリギリで剣を振る時、ロックは生を感じると言った。

 その本質をバードはなんとなく理解しはじめていた。









 ――――東京都 西多摩区  

      日本標準時間 6月28日 1100










「変わってねぇなぁ」


 ロックはそう呟いたきり黙り混んだ。

 古い時代に始まったベッドタウン開発は、武蔵野の原野を市街地へと変えた。

 その街に生まれ育った者達の多くが街を巣立ち、そして帰ってくる。

 たとえそれが、どれほど碌でもない記憶だったとしても……だ。


 自らのルーツとしてのホーム(故郷)は、時間の経過と共に美化される。

 ロックはいま、碌な思い出の無いホーム(故郷)の駅に立っていた。

 指折り数えて、五年ぶりのホーム(故郷)だった。


「懐かしい?」

「うーん……」


 考え込むような素振りを見せたロック。

 きっと言葉にしきれない複雑な思いがあるのだとバードは思う。

 だが、そんな事を歯牙にも掛けず、ターゲットの男は歩き始めた。


 ――追跡しよう


 目でその動きを追ったバード。

 ロックも谷口もその意図を理解した。


 ただ、そのターゲットを追跡して30分も歩き始めた頃だ。

 バードの隣を歩くロックは、明らかに狼狽し始めた。

 辺りをチラチラと見回しているが、それは何かを探す目つきだ。


「どうしたの?」


 バードの言葉にきつい視線を返したロック。

 まるで戦闘中の様な張り詰めたその顔にバードは驚く。


「やべぇ」

「だからどうしたの?」


 首を振って拒否の姿勢を示したロックは小声で言った。


「今すぐあの野郎を消してここを離れよう」

「……なんで?」


 ロックの姿勢には、僅かでは無い違和感があった。

 不思議がるバードは、どこか悪戯っぽい笑みでその姿を見ていた。

 だが、次の瞬間にロックが言った言葉はバードをフリーズさせた。


「俺の生まれ育った家はこっちだ」


 突き放すようなきつい口調のロックは、目に見えてイライラとしている。

 複雑な家庭事情のロックにとって、実家と言う場所は決して心休まる所ではないのかもしれない。


「クソッ!」


 アスファルトを蹴って頭を振ったロック。

 拭いきれない悪夢を頭から追い出すようにしている。


「ねぇ」


 ロックを呼んだバードの顔にはフェイクではない同情と憫諒があった。


「駅前あたりの喫茶店で時間つぶしてて」

「……バカ言うな。俺はバ…… お前のガードだぜ」


 毅然と言い切ったロックだが、やはりその表情は厳しい。

 自分自身を蝕むトラウマの根源がすぐ目の前にあるのだ。


「辛そうなロックを見てられないの」

「なら、乗り越える手助けを頼む」

「え?」

「俺は…… 男だ」


 グッと歯を食いしばったロック。その横顔にバードの目が釘付けになる。

 苦み走った渋い表情のロックは、太陽を見上げて『男だ』とつぶやいた。


「逃げてばかりは居られない」

「ロック……」

「俺が心底惚れた女は、無鉄砲で無茶苦茶やるからよぉ」


 無理に笑ったロックの顔は、不自然に緊張した引き吊り顔だった。

 だが、ソレは決して嫌みな顔では無く、また、攻める風でも無い。


「どんなとこでも笑って突っ込んでくから、その背中を俺は護らなきゃならねえ」


 ――そう約束したからな……


 心中でそう呟いたロックはターゲットの男を見た。

 油断している間にずいぶんと引き離されていた。


「……アレがレプリかどうか分からないから直接手出しはしないよ。どこへ行くのか見届けてから」

「分かった。お前に任せる。俺はどこへでも行く」


 ロックの決意表明に柔らかな笑みを返したバード。

 ふたりの心がまた一歩近づいた。そんな事を思うのだが……


「良いムードをぶち壊しにしてすいませんが」


 あくまで仕事を忘れない谷口は、バードとロックを現実へ引き戻した。


「この先は郊外エリアで住宅が疎らです」

「これは俺の勘だが……」


 ロックは張り詰めた様な顔で谷口を睨み付けた。

 良いムードをぶち壊しにされた恨みという訳じゃ無い。

 ただ、形の違う夏休みで地球に降りたはずなのに……と、そう愚痴の一つも言いたくなるのだった。


「おそらく、俺の知っている場所へ行く」

「ご存じの場所?」

「あぁ」


 一瞬だけ俯いたロックは意を決した表情になった。

 誰を見る訳でも無く、ただただ、ターゲットの背中を睨み付けた。


「俺の実家だ」

「ご実家……ですか」


 谷口は僅かに首を傾げ歩き続けた。

 ターゲットとの距離は再び詰まりつつある。

 ロックはペースをややおとし、絶妙に距離を取った。


「俺の実家は剣術道場だ。おそらくだが、奴はそこへ行くんだろう」

「なぜですか?」

「あいつらにCQBを教えていた男を俺が斬ったのさ」


 ニヤリと笑ったロックは楽しそうな表情で谷口を見た。

 斬ったの意味を美味く捉えられていない谷口は、ロックをマジマジと見ていた。


「そのまんまの意味だぜ?」


 ニヤリと笑ったままのロックは、谷口から目を切ってターゲットを追った。

 子供の頃のままな路地を歩き、曲がり角を折れ、見覚えのある家並みを征く。

 見上げる空はどんよりとしているが、遠い日に見上げた夏空を思い出す。


「とりあえず、どうしますか?」

「そうだな」


 意見を求める様にバードを見たロック。

 バードはターゲットの背中を見てから谷口に向き直った。


「追いつかない程度に追跡しましょう」

「了解しました」


 谷口も何かを感じている。

 ただ、ソレがどう現状に繋がるのかを想像しきれない。

 やるかやらないかと言われれば、実際はやるだけだ。

 ただ、その結果が求めるモノと違う場合は……


「ビンゴだぜ」


 ボソリと呟いたロック。

 ターゲットは見覚えおある建物へ吸い込まれていった。

 素知らぬフリをして建物の前まで来たバード達三人組は建物を見上げた。

 

『岩雄剣術道場』


 文字をなぞって読んだバード。

 ロックは感慨深げに建物を見ていた。


「俺の家だ」


 それっきり一言も発しないロック。

 だが、バードはそんなロックの袖を引いた。


「エディかダッドに確認取らないと」

「なんで?」

「100%身バレする」

「あっ…… そうか!」


 事態の深刻さにやっと気が付いたロック。

 バードはすでに海兵隊向けバンドを使って月面本部へ()()()を取った。


『バードよりテッド隊長……』


 無線の中にはホワイトノイズが流れる。

 バードは表情を曇らせる。


『バードよりエディ少将』


 やはり流れるのはホワイトノイズだけだ。

 一瞬の間に様々な事柄を考えたバードは、最終的にNSAのルーシーを呼んだ。


『バードよりルーシー准将』


 ややあってノイズ混じりにルーシーの声が聞こえた。


『バード? どうしたの??』


 想わず涙を流しそうになったバード。

 ルーシーの声にホッとするのだが……


『すいません、いきなり要件です』

『なに?? 問題??』

『はい。実はいま、ロックの実家の前に居ます』

『……えっ?』

『突入して良いですか?』

『それは……』


 一瞬口籠もったルーシーの声は、明らかに狼狽していた。

 海兵隊のサイボーグは身バレ厳禁が常識だ。

 足跡を残さない様に注意しなければならないのだ。


 だが、今まさに突入せんとする所は、隊員の実家だ。

 おそらく、全く想定外なんだろう。


『私じゃ判断出来ないわ。レプリを処分するならともかく』

『では、任務を優先します。その後のことで揉めるかも知れませんが』

『私で出来る事なら何でも協力するから。わたしの手を溢れたら……』


 一瞬だけ身構えたバード。

 手から溢れたら知らないと言い出しかねない。


『エディかダッドに頼むわ』

『よろしくお願いします』

『オーケー。心配しないで。任務を遂行して』

『了解!』


 バードの目がロックを捉えた。

 ロックは総毛だった様な表情だった。


「ルーシーが任務を遂行しろって」

「……解った」


 ロックは懐から匕首を取り出して中身を確かめた。

 愛用する短刀では無く、ヤッパを用意したのは身バレ対策だった。

 だが、それを本当に使う事に成るとは……と。

 ロック自身が驚いていた。


「じゃぁ…… 行くよ」


 バードは腰のホルスターからYackを取り出した。

 前代未聞のレプリ狩りが始まるのだった。

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