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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第11話 シリウスへ向けて愛と青春の旅立ち
125/358

最初の一匹


「……雨ね」

「……雨だな」


 ロックとバードは空を見上げた。雨の中の戦闘は余り記憶に無い。

 火星の表面で雨の日は記憶が無く、金星では雨そのものが無かった。


 バシャバシャと降る雨の粒がビルの隙間を抜けて降り続いている。

 音を立てて地面を叩き、雨のにおいが街を包む。

 ビルの壁を彩るネオンが滲み、眩いばかりの電飾にはボンヤリと暈が掛かる。


「傘は要りますか?」


 近所のコンビニで傘を調達したらしい谷口は、ロックとバードに傘を差し出す。

 だが、バードはロックと顔を見合わせ、フンフンと首を振った。


「雨も久しぶりだから」

「月に雨は降らねぇからさ」


 雨脚が強くなり始め、ややあってざーっと音を立て始めた。

 慌てて近くの軒先へ逃げ込んだバードとロックは空を見上げていた。

 低く垂れ込めた雲から降る雨は、高架軌道の鋼鉄製な橋脚を濡らしている。

 道行く人々が傘をさして通り過ぎていく。

 雑踏のざわめきが遠くなり、バード自前の赤外線シーカーが不安になった。


「……どうしました?」


 不安げに訊ねた谷口。

 ロックはバードを見た。


「目に見えない何かがまとわりついてるみたい……」


 ボソッとこぼしたバードは、それきり黙って雑居ビルの入り口を見つめた。

 どこにでもある、漫画喫茶の入り口だった。







 ――――新宿都心部 裏通りから別れた裏路地

     日本標準時間 6月27日 2340







「ひどい雨ですね!」


 やたらとテンションの高い店番が何人かカウンターの向こうに居た。

 恐らく、未成年のアルバイトだろう。

 労基法では認められていない時間帯だ。


「3人だ。カラオケ出来るかい?」


 笑顔で手続きをしている谷口は、自前の財布から何枚かの紙幣を出した。


「お客さん、これ多いですよ」

「おっといけねぇ。まぁ、思わぬボーナスが転がり込んでよ」

「へぇ! 羨ましいですね!」

「出した銭を引っ込めるのも決まりが悪い。店主にゃ内緒でとっときな」

「良いんですか! ありがとうございます!」


 年の頃なら17かそこらだ。

 あどけなさの残る青年は喜んで紙幣をポケットに押し込んだ。


「所でさ、今夜はここに……」


 谷口は身振り手振りを交えて話をする。

 その姿はまんま遊び人だとバードは思うのだが……


「この位の背丈で、面長で、なんか青白い顔した男来なかった?」

「……えーっと」

「友達なんだ。いつもこの辺りで飲んでるか漫画読んでるはずだから」

「多分ですが……」


 店番の青年はモノクロに近いモニターを見せて笑った。

 半個室になった読書ブースの中で、一心不乱に漫画を読む男が映っていた。


「この人ですか?」


 谷口は振り返って『確かめて』とバードに目配せした。

 そのサインをバードは理解し、見せられたモニターを凝視する。


 ――うーん……

 ――間違いない


 この状況ではさすがのインジケーターも反応しない。

 だが、この夜ズッと尾行していた男に間違い無かった。


「そうそう、彼ね」

「おっけー! ありがとう。後で行ってみるよ」


 若い店員はニコリと笑った。


「何かスイマセン」

「良いってこった。まぁ、掃除代だな」

「掃除?」

「あぁ、まぁ、後でだけどね」


 ニコリと笑って店の中へと入っていくバード達。

 若い店員は不思議そうに首を傾げた。


 受付を過ぎ、角を曲がって漫画が大量に並ぶ書架エリアへと入ったバード。

 大量の本が並び、独特の匂いが立ち込めている。

 そもそも本を好きなバードだけに、ここはある意味でパラダイスだ。

 ただ、ちょっと胸の悪くなるような悪臭も混じっているが……


「ロックは向こう、谷さんはこっち。逃がさないように」


 小声で指示を出したバードはターゲットの立て篭もる読書ブースを目指した。

 読書ブースの中には控えめな寝息がアチコチから漏れ出ている。


 ――帰宅困難な者たちの仮眠所か……


 時々は荒くれたいびきの漏れるところだが、バードは構わず歩いていった。


 ――あっ!


 突然ターゲットの男がブースを出て歩いていった。

 両手には大量の漫画を持っていた。

 最近話題になって居るらしい、剣術家の生涯を描いたフィクションだ。

 独特のタッチで描かれた主人公が表紙に見えた。


 ――へぇー……


 本を凝視しつつターゲットとすれ違う。

 そ知らぬフリをしたままだが、視界の隅に写る男の顔をデジタル拡大した。

 

 あさっての方向を見ていても、目標を凝視できるサイボーグは便利だ。

 空いていたブースへ入るフリをし、そのまま踵を返して静かに接近していく。


 チラリと横を見れば、本棚の隙間越しにロックと目が合った。


 【どうする?】


 赤外で話掛けてきたロック。

 バードは僅かに考えたのだが……


【とりあえず接触してみる】


 そう返信して視線を切った。

 赤外での通話は御互いを凝視しなければならないからだ。


 ――いた……


 ターゲットの男は本棚に本を返すと、違う本を探し始めていた。

 バードは左右の本棚を見て本を探すフリだが、チラチラと正面を見ている。

 人にぶつからないように、そう配慮しつつ目的の本を探すフリだ。


 ――こっちを見なさいよ……


 胸のうちで呟いたバード。

 その想いが伝わったのか、不意にターゲットがバードを見た。

 偶然に目を合わせてしまったバードの視界に真っ赤な[+]マークが浮かぶ。


 ――よしっ!


 バードはニコリと笑って一旦目を切った。

 ただ、視界の隅で男を捕らえたまま。


「なに探してるの?」


 急にそのターゲットは話しかけてきた。

 一瞬だけ驚くのだが、バードはニコリと笑って相手の顔をジッと見た。

 虹彩の部分に書き込まれたバイナリのコードが見えた。


「うーん…… これって訳じゃ無いんだけどね」


 いつもの様な口調で言葉を返したバード。

 ただ、内心ではかなり焦っていた。

 レプリカントと世間話染みた会話をするなど初めてだった。


「見ない顔だね」

「最近来たばかりだからね」

「へぇ どっから?」

「そうね…… ちょっと遠い所…… かな?」


 歳相応に朗らかで楽しげな言葉を吐いたバードは、男ではなく本を見ていた。

 話をするのが楽しいと言わんばかりのレプリは、ジッとバードを見つめた。


「なんでここへ?」

「うーん…… 捜し物かな?」

「さがしもの?」

「そう。捜し物。なかなか見つからないの」


 小さな声でふーんと呟いた男は、極々僅かに表情を変えた。


「で、まぁ、あとは、アルバイト」

「そうなんだ…… どんなバイト?」

「どんなっていうとね……」


 バードはほんの極一瞬だけ逡巡した。

 銃を使うか、ナイフで斬るかを……だ。


 後のことを考えたらナイフで刺し殺すのが良い。

 汚れるのは自分だけで、漫画本も店も余り汚れないから。

 その僅かな逡巡の間に空気が変わったバード。

 同時に、男の表情が変わった。


「お前、何者だ?」


 男の手がいきなりバードの顔を捉えた。

 鋭い踏み込みを見せたターゲットは手を伸ばしてきた。


 ――掴まれる!


 思わず本能的にテークバックしたバードは己の手の悪さを呪った。

 ただモノではないと自分で白状したようなモノだ。


 ターゲットの男が纏う空気がガラリと変わる。

 全く隠さない殺気が撒き散らされて居る。


 ――え?


 伸ばされた手がパッと開かれた。

 予想外の力で掌底突きを男は撃ってきたのだ。


「おまえ!」


 テイクバックしていたが、その一撃をバードはまともに喰らった。

 バードとて重量のあるサイボーグであり、また、接近格闘術を心得ている。

 だが、その一撃は全くの予想外な威力で、バードは後方へ吹き飛ばされた。


「ブレードランナーか!」


 男はいきなりそう叫んだ。そして、出口目指して一目散に走り始めた。

 手近にあった本棚をひっくり返して障害物を作りながら。


「まてっ!」


 飛び起きて追跡体制になったバード。

 アチコチのブースから『うるせぇぞ!』と罵声がとんだ。

 だが、男は立ち止まらずダッシュする。店の出口へと続く廊下を。


『ロック!』

『まかせろ!』


 ロックは本棚越しの通路をダッシュし追いすがった。

 レプリのダッシュ力は鋭いが、ロックのそれはレプリを軽く上回る。


「ちょっと待てやコラッ!」


 出口まであと数メートルの所でロックはタックルを入れた。

 腹部に突き刺さったロックのタックルで、レプリは足を止める。

 だが、レプリは両手をひとつに握って大きく振り上げ、そのまま振り下ろした。

 強烈な一撃を背中に受けたロックは、ガクリと膝を突く。


「お前はサイボーグか!」

「良く知ってんじゃネーか!」


 生身の人間がレバーかキドニーに一撃を受ければ、激痛で足が立たなくなる。

 だが、サイボーグにそんな弱点は無いし、痛みも無い。

 ただ単純に機械的な損傷があるかないかを判断するだけだ。


「離せ! 離せよ! この野郎!」

「悪いな。コレも仕事でよ」


 ロックはタックルで抱きついた腕をグッと締めた。

 サイボーグの膂力は生身のソレとは大きく次元を異にする。

 レプリカントは人間の上位互換だが、サイボーグは更にその上を行くのだ。


 鯖折りの要領でググッと締め込んだロック。

 傍目で見ているよりも遙かに力のある両腕だ。

 その気になれば恐らく絞め殺すことも出来るだろう。


 ―――ゴキッ……


 レプリの身体から鈍い音がした。


 同時に、その表情が苦悶に歪んだ。

「グアッ!」


 しかし、ロックは尚も構わず両腕を締め上げる。

 口をパクパクと動かすレプリは言葉にならない言葉で叫んだ。

 アチコチから『黙れ!』だの『喧嘩は他所でやれ!』と言葉が飛ぶ。

 だが……


「はなっ…… はなせぇぇぇ!」


 レプリは両腕をハンマーのようにしてロックの背中を叩いた。

 ドシンと響く音に周囲の半個室で漫画を読んでいた客が顔を出す。


 ―― うるせぇぞ!

 ―― バカ野郎!


 アチコチから一斉に罵声が飛んだ。

 立ち上がったバードは憮然とした表情でそれを聞いていた。

 だが、ふと我に返り、右脇腹後部の隠しホルスターからYackを抜いた。


 ―― 静かにしろよ!

 ―― うるせぇんだよ!

 ―― あっちいけや……


 そんな風に飛び交う罵声を掻き消して、Yackが火を噴いた。

 漫画喫茶の店内が一瞬で静まりかえるのだが、バードは全く動揺していない。


「……ばかな」


 口から白い血を溢れさせてレプリが驚いている。

 バードの放った銃弾は、レプリの右胸で弾けた。

 13ミリの銃弾は、対象物の中で弾ける榴弾だった。


「コレも仕事だからね」


 スタスタと歩み寄ったバードはレプリの両肩を撃った。

 コレで両腕が使えない。つまり、抵抗出来ない。


「俺を殺すのか?」

「残念だけど、これも仕事だからね」

「……もう少し生きたかったな」

「あと半年だったのにね」

「分かるのか?」

「もちろん。私は……」


 何かを言おうとしたバードだが、そこに警察官が現れた。

 店員は電話を握り締めて呆然とバードを見ていた。

 緊急通報を受けて駆けつけた警察官は3名。

 全員が防弾ベストを着ていた。ただ、恐らくYackなら貫通するレベルのを。


「銃を捨てて数歩下がれ! 抵抗すれば発砲する!」


 拳銃を抜いてバードに向けていた警察官は、職務規定に従って警告を発した。

 ただ、その銃はバードの持つYackと比べれば驚く程貧相だ。


 警察官達はバードが持つ自動拳銃を凝視している。

 銃口から推測される銃弾は、警官の装備している拳銃とは次元が違う物だ。

 なにより、自動拳銃らしいフォルムには、高速スライドが装備されている。


 撃ち合えば確実に負ける

 

 それは警官達も直ぐに分かった。

 だが、職務として現状を見逃す訳には行かない。


 ――警察も大変なんだな


 不意に笑みを浮かべたバードは、海兵隊隊員を示す身分証明書を出した。


「国連軍海兵隊。レプリ特捜のバード少尉です。任務遂行中です」


 バードはレプリに拳銃を向けたままブレードランナーのバッジを見せた。

 そんなシーンに谷口が姿を現す。谷口もまた懐から手帖を出していた。


「国防軍特務隊の谷口少尉だ。同じく任務中だ」


 警官達は一瞬のためらいを見せたものの、直ぐに拳銃を降ろした。

 そしてそのままホルスターへしまうと、バードの射線から移動した。


「ご苦労様です」

「いえ、まだ苦労はしてませんから」


 ニコリと笑ったバードはレプリを見た。

 すっかり諦観しているらしく、薄笑いを浮かべてバードを見ていた。


「……俺は死ぬのか」

「そうね」


 ガクリと俯いたレプリ。

 同じタイミングで店の外では雷鳴が響いた。

 天井を叩く雨音が響き、バードは一瞬だけ言葉を飲み込んだ。


「あなた。名前は?」


 レプリを処分する前に名前を聞く。

 バードの職務遂行に当たって、コレは外せない事だった。


「……タクヤ」

「そう……」


 バードは遠慮無く左腕をまくり、そこへペンで『タクヤ』と書き込んだ。

 それを見ていたレプリは一瞬怪訝な表情になった。


「何をしているんだ?」

「あなたが生きた証をここへ残して置いてあげるわ」


 タクヤと名乗ったレプリはバードの左腕を見た。

 まるでタトゥーの様に見えるそれは、膨大な量の名前だった。


「凄いな」

「仕事だからね」


 まくっていた袖を降ろしたバードは、改めて銃を構えた。

 ばっちりと目が合ったバードとレプリ。

 バードの目にはレプリのプロダクト情報がロードされた。


「あなた…… 火星製なのね」

「そうだ」

「私は火星に縁があるのよ。良い所だわ」


 もう一度ニコリと笑ったバードは、レプリの反応を確かめずに引き金を引いた。

 鋭い音と衝撃波を巻き起こし、拳銃弾が飛び出ていた。


  ―――ドチャッ!


 鈍い音をたてて拳銃弾がレプリの眉間を捉えた。

 どばっと脳漿が飛び散り、白い血も撒き放たれた。

 頭骨の上半分が消し飛び、溢れた血が店の床を汚していった。


「完了か?」

「うん。終了」


 力の抜けたレプリの身体を寝かし、ロックはやっと身体を起こした。

 若い店員が震えながら見ている先の谷口は、小さなメモを警官に渡した。

 そして。


「レプリ特措法により後を引き継いでもらいたい。上手くやってくれ」


 谷口に促され警官達が頷いた。

 最後の瞬間までレプリはレプリだったのだが、バードもバードだった。

 そんな姿を見ていた店員は、世の中が思っているほど平和じゃ無い事を知った。


「店を汚してゴメンね。掃除して」


 そっと拳銃をしまったバードは、絶命したレプリの身体を検めた。

 どこかに何かを持っていないかと、そういう身体検査だった。


「ん?」


 何かを見つけたバードはクシャクシャになったメモ書きを広げた。

 幾人かの人命が書いてあって、ホテルの名前と電話番号もあった。


「……ホテル フンタバーサー」


 怪訝な表情のロックは、静かに呟いた。


「ここへ行ってみようぜ」

「そうね…… 何か分かるかも」


 バードの言葉にロックが頷く。


 まだまだ長い夜になる。

 バードはそんな覚悟を決めるのだった。

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