地上任務開始
「バード少尉。貴官の着任を心より歓迎する」
「お邪魔にならないよう微力を尽くします」
「私は仁藤。階級は大佐。今作戦における遂行責任者だ」
「よろしくおねがいします。仁藤大佐」
ニコリと笑ったバードは一佐である仁藤を大佐付けで呼んだ。
仁藤はどこか恥ずかしそうに肩をすぼめた。
だが、その仕草に僅かな違和感を覚えたバードは、改めて仁藤を見た。
その顔はよく見れば人工皮膚と人工毛髪にガラス球の眼球だった。
「そうだよ。私も機械だ」
「日本の国防軍では……」
「既知の事と思うが、国防軍の国連軍担当班でサイボーグは国際慣例階級を呼称する事になっている。一佐と名乗れば生身。大佐と名乗れば……」
「了解しました」
ウムと頷いた仁藤はテーブルの上にいくつかの装備品を並べた。
カジュアルウェアのまま来ているバードと迷彩服姿の仁藤は、微妙なコントラストを見せていた。
「作戦の概略は既知の事と思うので省略する。これは君と相方のレシーバーだ。専用周波数を設定してある。近接無線で接続してくれたまえ」
「了解しました」
「今次作戦におせる貴官の立ち位置は少々特殊だ。だが、任務と目的の辿り着く所は同じであると確信している。貴官の働きに期待する」
「ありがとうございます」
海兵隊の士官として恥ずかしくないフォームでの敬礼。
そのほれぼれとするような立ち姿に仁藤は目を細めた。
そんなバードと仁藤の会話が続く裏辺りでは、ロックの声が流れていた。
「いやしかし、あれはもうちょっと何とかしたほうが良いんじゃね?」
冷やかすように言うロックは、警視庁の刑事を笑いながら見ていた。
成田空港の中であった追いかけっこの顛末に、関係者が失笑していた。
「すいません。どう見ても一般人に見えなかったもので」
「……だよなぁ」
クククと苦笑したロック。
そんな会話をバードと仁藤の二人は微妙な表情で眺めるのだった。
――――地球 日本国 習志野空挺団本部 大会議室
日本標準時間 6月27日 1345
自衛国防軍という専守防衛を旨とした軍隊において、最強集団の名を持つ習志野空挺団は、中央即応集団から陸海空三軍を統合した陸上総隊を経由しつつも、その高い能力を持ってこの時代でも国家保安の要を担っているのだった。
「ロック少尉。貴官にも面倒を押し付けて申し訳無い」
「相方のお供です。自分は黒衣に徹しますので」
「よろしく頼む」
「承りました。大佐殿」
警視庁の担当者をからかっていた姿とはほど遠い姿のロック。
パッと切り替えて物事に当たるBチームの姿がここにもあった。
「現在、国防軍即応集団のレプリハンター20人を中心に、公安警察から20人の応援を貰っている。こちらは全て君らふたりと同じくサイボーグだ。もっとも、装備している機体の質は大きく違うのだがね」
自嘲気味に笑った仁藤は、僅かに肩を震わせた。
同じサイボーグと言っても戦闘を前提に作られた国連軍向けのそれとは違い、日本の法執行機関関係者が装備する機体はあくまで民生機だ。軍事アレルギーと言う精神疾患に近いマインドアレルギーは、木を見て森を見ない愚かさをここでも発揮しているのだった。
「色々と…… 大変ですね」
「察してもらえるだけ幸せだ」
バードの言に仁藤はぺこりと頭を下げた。
階級を飛び越えた人間同士の絆は、同じ苦労をした者にしか伝わらない。
好きでなったわけじゃ無いのだが、それでも他人に自分の思想を押し付ける愚か者はどこにでも居るのだった。
「さて、早速だが本題に入ろう」
仁藤はモニタスクリーンへ東京近郊地域の地図を表示させた。
巨大なモニターに関東南部地域が全部表示されている。
「赤い点は国際指名手配テロリスト。黄色は日本国内における支援者。青い点は我々のグループ。そして、白い点が君らのターゲットだ」
「レプリですか?」
「そう言うことだな」
仁藤は表示を切り替えた。
状況説明がピクトサインで表示されている。
「公安警察と警視庁特務課のスタッフ50人も参加しているが、こちらは生身の支援者とテロリスト本隊を逮捕する集団だ。未だに極左テロリストが居るからね」
「……時代錯誤ですね」
「全くだ。もっとも、彼らはもうそれ自体が宗教だからな」
「宗教的な狂信は手に負えないのですね」
「そう言うことだ」
小さく溜息をこぼした仁藤。
だが、気を取り直して話を続けた。
「貴官らふたりはレプリを追って貰う。見つけ次第、その場の判断で処分して良いと上の了解も出ている。国際条約における法執行であるから、罪には問われない。もっとも、貴官らが普段やっているように、派手な戦闘と言うことは無い。地味な仕事で恐縮だが……」
派手な戦闘と言うフレーズを聞き、一瞬だけ怪訝な顔になったバードだが、同時に冗談染みた表情を浮かべていた仁藤なのだから、彼なりのジョークだと気が付いた。そして、それに負けないくらいバードもある意味で性格が悪い。
「承りました。なるべく穏便にやりますが、ダメなら街ごと焼き払うのもしょっちゅうなので、消防関係の手配をお願いいたします」
双方がニヤリと笑って敬礼をかわす。
基本的に軍隊と言う組織は何処へ行っても変わらない。
「しかし、無帽だとサマになりませんね」
「美人がやれば補って余りあるさ」
「御上手ですね」
「本音だよ」
僅かに笑った仁藤は室内のソファーへふたりを案内した。
三人が腰掛けたところへ、成田で接触してきた男が現れた。
「貴官らふたりに案内をつける。決してお目付け役と言う事では無い」
右手を振って否定の意を示した仁藤は、目配せで自己紹介を促した。
「成田では失礼致しました。私は谷口と申します。階級は――
谷口と名乗った男は恥かしそうに笑った
――特務少尉を拝命したばかりです」
「私はバード。こちらはロック。同じく少尉です…… って、あれ?」
間違いなく少尉と名乗った谷口。
自衛国防軍で三尉では無く少尉と名乗ったという事は……
「谷口少尉も?」
「えぇ、自分もこの春に」
「そうですか」
なんとなく『仲間』と言う意識を持ったバード。
だが、すぐにその思考を頭から追い出す。
同じサイボーグだが、使っている機材の性能は全く違う。
そこを見落とすと大変な事になるはずだ。
「まぁ、細かい事は谷口少尉から聞いてくれたまえ。仕事は簡単だ。サーチアンドデストロイ。これを遂行して欲しい。以上だ」
仁藤の言葉が終わりバードとロックは立ち上がって敬礼する。
その敬礼を受けた仁藤も立ち上がって敬礼を返した。
細々とした事を色々と聞きたいのだが、それはおいおい谷口から聞けば良い。
バードとロックの物騒な夏休みが始まった。
――――新宿地下街
日本標準時間 1915
「さて、腹ごしらえしましょうか。今夜は長くなりそうです」
バードとロックを案内している谷口は新宿の地下街を歩いていた。
無線機のセッティングを終え会話は無線も使える状況だが、谷口は普通に声を発している。
『盗聴器を警戒しないのですか?』
少し不安になったバードは率直に質問をぶつけた。
だが、谷口は肩を僅かにすぼめ、上目遣いにバードを見て笑った。
『無線も盗聴されている可能性が高いです。木を隠すなら森の中ですよ』
『……なるほど』
良くも悪くも特務慣れしていると印象を持ったバード。
そのすぐ後ろではロックが街の様子を眺めていた。
「なぁ、サクサク片付けようぜ」
「夏休みは2週間よ?」
「そうだけどよ」
「まぁ、どうせならいっぱい遊んで帰らなくちゃ」
振り返ってウフフと笑ったバード。
ロックはバードの隣に居る谷口の背中を見ていた。
「谷口さんさぁ」
「あぁ、谷って呼んでください。仲間からはそう呼ばれます」
「OK。んじゃ、谷さんさぁ」
「はい」
「まず何処行くのさ」
ロックの言葉を聞いた谷口は、振り返って笑った。
「この先に最近大人気でお客さんの多い、美味しいお店があるのですが……」
それが何を意味するかはロックもすぐに分かった。
ただ、流石だなと言い掛けて言葉を飲み込んだ。
「なぁバーディ」
小さな声で呼んだロックは耳に口を近づけた。
少しだけドキリとしたバードだが、ロックは薄笑いだ。
「何て呼べば良い?」
「あそっか」
僅かに考えたバードは「ことり」と呟いた。
それを聞き逃さなかった谷口は『トリさん』と声を掛けた。
「あぁ、それで良いね」
「だね」
ニコリと笑ったバードは、辺りを確かめた。
咄嗟に目を逸らす者が何人も居るのだが、それは日本人の特性だ。
あたりの目と耳が来てない事を確かめてから、もう一度振り返った。
「イワくんおなか空いてるでしょ?」
「だな」
ロックもまたニヤリと笑った。
もちろん、谷口もだ。
「イワさん、早くいきしょう」
「よっしゃ! 谷さん頼むぜ」
3人の意見が一致し、谷口は歩く速度を少し加速させた。
相変わらず人の多い街だとロックは思う。そして、様々な人種の入り交じる月面と違い、ここは日本人の比率が圧倒的に高いのだ。
――やっぱ日本って異質だな
そんな事を思ったロック。そして、バードの背中を見た。
華奢な両方に折れそうな手足は、戦闘用サイボーグには見えない姿だ。
なんとなく形にならない思いを抱えてモヤモヤと考え続けていた。
そんなロックの葛藤を知らずに居るバードは、人ごみの間をぬって進んでいく最中で、突然視界に浮かび上がった光りに面食らって速度を落とした。
――えっ?
オレンジの[+]マークがオーバーレイされたその人物は、ビニールレザー的な質感で純白なタイトスカートとスタンドになった襟を持つブレザーを着ていた。左胸から裾に掛けて太い群青の縦線が入れられていて、同じ色のパンプスを履き、髪も同じ色に染められていた。
――あぁ……
ブレードランナー教育以来、久しく見ていなかった存在だ。
その隣には首から識別プレートを提げた男性が一緒に歩いていた。
――合法レプリだ……
良く見れば、隣の男性と合法レプリの女性には同じリングがあった。
御互いの指を飾るそのリングには、クロームの輝きがあった。
「おぃコトリ! どうした?」
遠慮無くコトリと呼んだロックの声に、バードは間違い無くドキッとした。
息が詰まり言葉を出せなかった。理由など分からなかったが、現実だ。
「いっ! いや! な…… んでもない」
心を落ち着かせて、そのまま歩くのを再開したバード。
間も無くすれ違った女性を、ギリギリまで横目で見た。
驚くほどスレンダーで整った顔立ちの女性だった。
どこか企業パビリオンや事務所の受付などに居るコンパニオンのようだ。
ホンの僅かに運命の歯車が狂えば、自分もああなっていた。
もしかしたら立場が逆だったかも知れない。
表現出来ない複雑な感情が一気に沸き起こってきて、バードは僅かに混乱した。
そして、その感情には多分に『嫉妬』が紛れ込んでいるのに驚いた。
――何だろう……
――なんでこんなに嫉妬しているんだろう
モヤモヤとした感情を御する事も出来ないままバードは歩いていく。
僅かに表情が曇ったのを自分でも認識した。考え込んでいる状態だ。
「バーディ……」
耳元で囁いたロックにバードは驚く。
そして、ジッとロックを見たバードは、嫉妬の正体に気が付いた。
自分は人間として尊重されているサイボーグだが結婚すら出来ない。
あの女性は人権を大幅に制限されているのだが…… 人妻なのだ。
「なんでもない!」
強がりな言葉を吐いたバードは笑った。
無理やり笑った。笑うしか出来ないのだから、笑うのだ。
人生に正解など無く、流れていくその道筋の中でどう生きたかが重要だ。
ただ、どれ程それを頭で理解しても、割り切れるほど人間は単純じゃ無い。
辛い事も悔しい事も、全てが折り重なって今の自分があるのだから。
その上で沸き起こる感情もまた自分の今なのだった。
「ちょっと変だぜ?」
「今まで色々あったけど、初めて羨ましいって思ったの」
「……なにを?」
上目遣いでロックを見たバードは寂しそうに笑みを浮かべた。
その表情に少しだけドキッとしたロックは、バードの腕を組んで歩いた。
「レプリカントが羨ましい」
「え?」
寂しそうな表情になったバードは、泣き顔一歩前でロックを見つめた。
「人を好きになるのに理由なんて無いけど、そばに居られる幸せは理由があるの」
つかみ所の無い言葉を投げかけられたロックも、同じく混乱を来した。
ただ、なんとなく言いたい事だけは解るし、ソレはロックも望むことだ。
「あと9年と半分だ」
寂しいながらも、バードは無理矢理笑って頷いた。
一筋縄ではいかない現実に、ふたりとも身悶えていた。
日付指定ミスりました。スイマセン(汗)
あと、しばらく不定期連載になります。