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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第11話 シリウスへ向けて愛と青春の旅立ち
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鬼ごっこ


 ――――地球 日本国 新成田国際宇宙港

      日本標準時間 6月27日 0930







 腕を組んで歩くロックとバード。

 あたりには小洒落た感じの店が並んでいる。

 東京で流行の服や小物が並ぶ店では、やはりバードの目が輝く。


「なんか買ってくか?」

「ちょっと見てって良い?」

「構わないぜ」

「やった!」


 女の買い物は長くなる。

 それはロックも良く分かっている。

 だから逆に言えば、時間稼ぎにはちょうど良い。


 ロックは鏡面仕上げな壁の中に、追跡者達の姿を見つけた。

 遠巻きに眺めているが、緊張感漂う姿はバレバレだ。


『こっち見てんぜ』

『向こうも仕事なんだろうね』

『ご苦労さんなこった』

『何者かなぁ』

『地上に知り合いはいねぇし……』


 そう呟いたロックは、心中で『いけねっ!』と呟いた。

 バードの兄貴はこの日本に居るはずなのを思い出したのだ。

 だが……


『ましてやこんな仕事してる知り合い居ないしねぇ』


 バードは素で気が付かなかったらしく、見事にスルーした。

 危ない危ないと冷や汗を流しつつ、ロックは店の出口辺りに陣取り続けた。

 鏡面仕上げの壁越しに監視出来るからだ。


「なんも無かった」

「残念だな」

「うん」


 20分ほどの待ち時間で追跡者の間にイライラが募るのをロックは見ていた。


「いこっ!」

「だな」


 再び歩き出したロックとバード。

 不意に辺りを見回したバードは、サングラス越しに男たちを見た。

 顔かたちを記録し、宇宙軍のデータベースに人相照会をかける。


『地上の活動家データベースにヒットしないね』

『なにもんだろうな』


 そんな会話をしていたら、追跡者がゆっくりと距離を取り始めたのが分かった。

 ふと、バードは嫌な感触を覚えた。理屈でどうこうではなく、生理的なものだ。


 ――うーん……


 一瞬考え込んだバード。そのバードの手を握ったロックは、ワザと人ごみの中を突き抜けるようにして歩いていく。


【直震通話?】

【そうだ。無線も漏れてるかも知れないだろ】

【ジョンソンが居るとわかるんだけどね】

【今頃は月面でバカンスしてるぜ】

【……すごーく羨ましい】


 ロックの目を見てニコリと笑ったバード。

 仲睦まじいカップルのフリをしてメインエントランスを目指す。

 通路には様々な言語が飛び交い、各部に監視カメラが備え付けられていた。


【ライアンかペイトンが居ればハッキングしてもらうのになぁ】

【そう考えるとBチームは本当に多芸だな】

【ほんとだね】


 サングラスにより僅かに歪む視界の中で、壁の鏡に映る追跡者の姿をバードは捉えた。どう見ても旅行者の姿には見えない疲れきったサラリーマンのようでいて、その足取りは鋭く素早く、そして静かだ。


【無意識に足音殺す系だね】

アサシン(暗殺屋)かもな】

【……ちょっとからかう?】

【どうやって?】


 やや下にいてロックを見上げたバードの顔が醜く歪んだ。

 それは傍から見れば笑った顔なのだろう。

 だが、幾多の死線を潜ったロックにはわかる表情だ。


 バードが時々見せる猟犬の愉悦。プレデター(捕食者)の本能。

 殺意をむき出しにして得物を追い詰め、しかも、いたぶる時の表情。

 不思議な事に、レプリを追う時には、この表情をバードは絶対に見せない。

 それどころか、死の間際のレプリを見守り、聖母の様に優しく語りかける。

 最後にはその死を悼み、名誉を守って両手を胸に合わせてやる事が多い。


 つまり、バードの精神には、どこか()()に対する敵意が有るのだ。

 それがなんであるかは説明できるようなものじゃ無い。

 しかし、間違いなくバードは人間を嫌っている。


【あんまり派手にやるのは止そうぜ】

【そうだけど、相手の正体も知りたくない?】

【……レプリハンター(ブレードランナー)の性か?】

【そうかもね】


 楽しそうにニコリと笑ったバード。


 そうなのだ。

 バードは『人間を狩るとき』だけは、本当に楽しそうな顔をする。

 愉悦に満ちて快感に酔うような、何処までも黒く深い情念に悦ぶような。

 生き物の命を刈り取る事に性的快感を覚えるような、そんな姿だ。


 ――女は命を『産み』出せる


 男には無い生物的な機能を失った時、バードの性別はどちらなのだろうかとロックは考えた事がある。だが、そんな取り止めのない回想を弄んでいる時、バードが唐突に走り出した。


【いこッ!】

【オーケー!】


 手を離したバードは小走りに人ごみを駆け抜けた。

 ロックがその後ろを付いて走り、ワザと狭い路地を抜け、人の多い所を突き進んでいく。やや後方に複数の足音が近づくのを確認したバードは、後ろを振り返ってロックにウィンクした。


『この先左に行って』

『わかった。どこで待ち合わせる?』

『ここの地図によれば――


 バードは視野に地図をオーバーレイさせロックにポイントを示した。

 細い階段を駆け上がり、宇宙港の一般向け駐車場最上階を示す。


 ――ここのエレベーターホールから一番遠い階段の踊り場へ』

『オーケー! しっかり引き連れていくぜ!』

『よろしく!』


 到着フロアを駆け抜け、ショッピングゾーンと駐車場向け通路が別れるT字路部分でバードは右へ曲がっっていった。ロックはそこを左へ曲がり、二人の距離が離れていく。


『無線の暗号変換ばれねぇかな?』

『渋谷の時の暗号のままだからね。そろそろ漏れてるかも』

『まぁ、いいか。筒抜けになってるなら後で報告書上げるだけだ』


 軽い調子で言葉を返したロックは、ショッピングゾーンの大階段を3段飛ばしで駆け上がって行った。サイボーグの強い脚力が生む上昇力は、生身のチェイサー(追跡者)など簡単に巻いてしまう事が出来る。

 逆に言えば、これに付いてこれるのはサイボーグだけと言う事に成り、相手の正体を探るには絶好のトラップと言えた。


『付いてくる?』

『いや、いねぇな』

『……ふーん』


 不思議そうに言葉を返したバードは駐車場のエレベーターホールから非常階段へと飛び出て、同じように階段を駆け上がった。少しだけ渋谷のあのビルの中を思い出したのだが、それ以上に今はバードの脚力に付いてくる身のこなしの追跡者に意識を集中した。


『こっちは付いてくるね』

『サイボーグか?』

『レプリかも知れないし、それに……』


 僅かに言いよどんだバードの本音をロックは読み取った。


『オヤジと同じ銀の血を流すタイプかも知れねぇな』

『……日本製じゃ無い事を祈るしか無いわね』

『どうだかな』


 視界の中に浮かぶ地図を見つつ、バードは一気に駐車場の最上階へと躍り出た。

 地上15階建ての大規模駐車場には、関東一円だけでは済まない範囲の様々なナンバーを付ける自家用車が並んでいた。


『あと、どれくらい?』

『90秒で到着する』

『オッケー』


 駐車場の柱の影に隠れたバードは、自家用車のミラーに映る追跡車の姿を最大ズームで捉えた。追ってきたのは3人で、ウチ一人は左脇に大型の自動拳銃をぶら下げているのが判る。


『チェイサーは武装してる』

『どんなだ?』


 言葉で応える代わりに映像を送ったバード。

 ロックは『うーん』と唸りつつ、刃物の仕度を調えた。


『今行く』

『挟み撃ちにしようか』

『そうだな』


 ロックが上がってくる階段部分へ回り込み、ワザと姿を見せたバード。

 それを見つけた追跡者がそそくさと動き始め、バードはグルリと遠回りしてロックの追跡者達と鉢合わせするように誘導した。


『そっちの追跡者は?』

『とりあえず階段で巻いたが、まだ駆け上がっていく』

『じゃぁこっちと遭遇するね』

『まとめて一網打尽だな』

『完璧じゃん!』


 なんとも嬉しそうなバードの声にロックが苦笑いを浮かべた。

 バンバンと激しい音を立てて階段を駆け上がってきたロック側の追跡者は、ドアを蹴り開け外へ飛び出した。


「いたか!」

「見失った!」

「どこだ!」

「わかりません!」


 駐車場で大声を上げる追跡者たち。

 その姿をミラー越しに見ていたバードは小さく溜息を吐く。


『素人以下だね』

『なにもんだ?』

『本人に聞こうか』

『……だな。それが早い』


 フラリと姿を見せたバードは、横目でチラリと追跡者たちを見た。

 くたびれた背広を着るサラリーマン風の男たちだ。

 ただ、その中には何人か、がっしりした体格の者が混じっている。

 その男たちはバードを指差し「いたっ!」と声を上げた。


『……最低』

『アホ以下だな』


 一気に走り出した追跡者たち。

 バードはクルリと背を向け走り出した。

 ただ、本気で走れば生身など軽くぶっちぎるサイボーグだ。

 速度を加減して追いつくギリギリのところを狙った。


『追いつかれるよ』

『ちょっと遊んでやるか』

『そうだね』


 あのがっしりした体格の男がバードの肩に手を掛けた。

 その手を逆手に取ったバードは、グッと踏ん張って速度を一気に殺し、空気投げの要領で男を投げ飛ばした。仮にも海兵隊の士官であるからして、女性型とはいえ体術や接近格闘術は長けている。

 ましてや、生身ではありえない高出力な腕力だ。男を投げ飛ばす事くらい造作も無いし、体よくあしらうだけで良いなら朝飯前レベルだ。


「大丈夫か!」


 投げ飛ばされた男は背中から駐車場のコンクリートにたたきつけられた。

 だが、すぐに飛び起きて再びバードに襲い掛かる。


 鋭く素早い回し蹴りがやってくるも、バードにしてみればハエが止まっているレベルだ。逆方向に回転する回し蹴りを御見舞いすれば、重量と威力の違いに男が吹っ飛んだ。


「貴様! 抵抗するな!」


 追跡者の一人が拳銃を抜くのが見えた。

 バードの視界ではそのポイントが赤くハイライト表示され注意を促す。

 手元には吹っ飛んだ男の靴があったので、それを摘んで投げつけた。

 見事なコントロールで飛んでいった靴が拳銃部分に当ると、追跡者の指が引き金に掛かっていたらしく、銃は床に向かって暴発した。


『おいおい!』


 ロックの精神に火が付いた。

 少なくとも、目の前でバードが撃たれるのは歓迎しない。

 だが……


『ダメねぇ』


 バードはのんきな言葉を漏らした。

 一瞬だけロックは脱力するのだが……


『そう言う問題じゃねぇ!』


 再び気合に火をつけて、ロックは一気に加速した。

 サイボーグの全力加速なのだから、その速度は凄まじい。


 バードと距離を取って格闘状態に入っていた追跡者たちの背後にせまり、完璧に気配を殺したロックは懐のナイフを抜き掛けた。


()るか?』

『いや、それはマズイでしょ!』

『だってよぉ!』


 立場が入れ替わったと感じたロック。

 小さく『ッチ!』と舌打ちして一気に距離を詰めた。


 その気配をギリギリまで気がつかなかった追跡者達。

 ロックの足音に気付いて振り返った時には、すでに手遅れだと言う事を知った。


 鋭く素早く振り抜かれたロックのチンフックをまともに喰らい、左右二人の追跡者が倒れ、残る一人が銃を構える。ただ、その引き金が引かれる前に追跡者の後頭部をバードの膝蹴りが捉えていた。


「ナイスッ!」

「眠たい連中ね」


 ガックリと崩れた三人の追跡者達。

 残っていた2人の追跡者をロックとバードがそれぞれ完璧な手順で無力化した。

 もう少しで殴り殺すところだったロックだが、手刀で意識を刈り取ったバードを見て同じように即頭部へ鋭い一撃を入れる。ガクリと膝を付いて倒れた追跡者たちは全部で7人。


 最初にバードが蹴り飛ばした男はゆっくり立ち上がると、ロックとバードに気が付いて数歩下がって距離を取った。


『やる気無くなったね』

『どうやっても勝てねぇって分かったんだろ』


 傍目に見れば無言のロックとバードだ。

 ガッシリとした体格ながら、男は脂汗を流して佇んだ。

 応援を呼ぶには分が悪いと思って居るのだろう。


 一瞬だけロックの目がバードを捕らえた。 

 戦闘中に敵から目を切るのは上策じゃ無い。


『どうする?』

『そっちの男、検めようか』

『そうだな』


 何も言わずに伸びている男の懐をまさぐったロック。

 ややあってポケットの中に小さな手帖を見つけた。

 スパッと取り出したロックは、一目見るなり言葉を漏らした。


「……おいおい」


 意識を失っていた男たちがゆっくりと覚醒する中、ロックとバードを見た。

 そして、手にしていた手帳をバードに見せた。黒く塗られた手帳には金のバッジが付いている。


「……うそでしょ?」


 バードは、呆れたような眼差しで寝転がっている男たちを見た。

 険しい表情なのだが、それでもその目は明らかにバカにしていた。

 凍りついたような表情の追跡者たちは、ズルズルと距離を離れていく。

 そんな状況下、ガックリと肩を落とし目を伏せたロックは呆れた口調で言った。


「おまえら、警視庁かよ……」


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