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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第11話 シリウスへ向けて愛と青春の旅立ち
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ちょっとしたアルバイトへ


 ――――月面 キャンプアームストロング 中央ホール

      地球標準時間 6月25日 0900






 8千人近い戦闘要員が集まっているキャンプアームストロングの中央ホール。

 その中心に設置された演台には宇宙軍海兵隊の第1遠征師団を預かるフレネル・マッケンジー上級大将の姿があって、士官や下士官だけで無く兵卒にも直接語りかけていた。


 ――諸君らの献身的努力によって、我々海兵隊は与えられた目的を果たした!

 ――シリウス勢力を太陽系から一掃し、地域の安定と平和を取り戻した!

 ――金星攻略作戦は公式な完了を宣言するに至ったのだ!


 一瞬の間が空き、その直後にホールを埋め尽くした隊員から歓声が上がる。

 ピンボール計画の完了を公式に宣言したダッドの声に、皆が拍手し喝采した。

 涙を流す者。大声で叫ぶ者。様々な人間模様が見られる。

 そんな姿をバードは静かに微笑んで眺めていた。


 ――そして内太陽系はシリウス軍侵攻前夜の状態へと戻りつつある。

 ――我々は勝利した!

 ――不断の努力と自己犠牲の精神によって困難をついに乗り越えたのだ!


 熱い調子で雄弁に語るダッドをバードは初めて見た。

 これほどまでに語れるのかと新鮮な驚きに包まれていた。

 小一時間ほど熱い演説が続き、全体集会がお開きになったあと、バードは唐突に司令官事務室へ呼び出された。


 ――なんだろう?

 ――やっぱり私の身の上が……


 こんな時は誰だって良い予感がしない。

 やや緊張気味に司令官事務室へと入ったとき、いつものダッドがそこにいた。

 いつものようにエディを伴い、無表情で冷静な口調のダッドだ。

 私設秘書と言う大義名分なペンタゴンから出向のルーシーも一緒にいる。


「そんなに緊張しなくて良い。悪い話じゃ無い」

「……そうですか」


 少しホッとしたバード。

 そんな姿をダッドは優しく笑ってみてた。


「やっと一段落なんたが、バードの休みは無くなってしまった。すまないが」


 一緒に部屋の中にいたエディは一枚の辞令ペーパーを見せる。

 そこには驚愕の内容が手短に書かれていた。


「休暇を乞うほど疲れてはいませんが……」


 精一杯の強がりだと見抜けないダッドではないし、エディだってよくわかっている。バードはただただその指令に書かれた内容に驚いていた。


「色々あるんだろうさ」


 他でもないダッドがそう言うのだ。担当部署が相当困っているのだろう。

 微妙な表情のバードが見つめる辞令ペーパーには、期間を限定したバードの出向指示が海兵隊の参謀本部から出ているのだった。


「見たとおりだ。NSAの方からバードを貸し出せと依頼が来た」


 ニヤニヤと笑うダッドは、これ見よがしにペーパーの『ある部分』を指さすようにしていた。そこには『バード少尉のほか、アシスタント一名。人選は任せる。作戦活動地域は日本』の文字があった。つまり……


「全世界規模で一斉レプリ狩りを行うのだろう。ただ、人員が不足する関係で一人でも多くレプリ狩りの出来る者が欲しいんだろうな。ご苦労だが、ひとつ協力してやってくれないか? なに。矢面に出る必要は無いだろう。後方支援に徹していれば良い」


 思わせぶりなダッドの言葉にバードは何となく理解した。自分を出向させるに当たり、ダッドやエディはNSA側に相当な『ねじこみ』を行っているのだと。そしてそれは休暇の無くなったバードに対する埋め合わせの意味がある。つまり、同行するのは……


「誰と行けばいいですか?」


 一部始終を見ていたルーシーも微妙な表情で笑っている。ルーシーが見ているシーンは映像情報としてNSAも見ている筈だとバードは気が付いて居た。つまり、ダッドもエディもルーシーを呼んでおいて安い三文芝居を打っている事になる。

 この場に於いてはバードもそれに上手く合わせて振る舞わねばならない。それが気を使ってくれた上官に対する部下の感謝の示し方だ。一歩たりとも間違わないように振る舞っておかないと、先々行った時に困るのだろうとバードは直感した。


「出向先はNSAの日本支部だ。語学力的な問題でバードは何も心配が無いとして、Bチームのメンツで日本語を使えるものは少ない。バードの希望で良いさ」


 バードと一緒に誰を出すか? しかも地球の地上に……だ。

 ダッドやエディは終始ニヤニヤと笑っているし、ルーシーも笑っている。


 現実問題として日本語での意思疎通に問題が無いのは、ロック以外だとビルしか居ない。つまり、ビルかロックを連れて地上へ降りる事になる。だが、ダッドやエディが何を言わんとしているのかは考えるまでも無い事だ。


「国連軍の統合作戦参謀本部は地上掃討の完了を持って、太陽系全域に安全宣言を出す意向らしい。いま現状では内太陽系だけが安全宣言の準備地域と言う事になって居る」


 ダッドはテーブルの上の金平糖をボリボリとつまみ始め、エディやルーシーにも振る舞っていた。当然、バードも手のひらにもっさりと金平糖を貰い、一粒二粒と口へ運ぶ。その間、ダッドはエディにそれとなく目配せして何事かを促した。


「恐らく作戦活動地域は日本だ。そうでなきゃバードを寄越せと向こうも言ってこないだろう。まぁなんだかんだ言って日本という国は今でも相当特殊な国だ。一国で一つの文化圏を作ってしまったのだからな」


 なんとなくだが楽しそうに話をするエディ。そんな姿をジッと見ていたバードは、目の前に居る背の高い男がどうしても他人には感じられなかった。


「この先のプランだが、今の段階では確定で無いと前置きした上で頭の片隅に留めておいてくれ。10月か遅くとも11月にはシリウス太陽系へ向けて我々は出撃する事になる。各部の調整や補給や訓練に3ヶ月を要するだろう。もちろん生身の兵士の側の都合だがな。しかる後に我々は一気にシリウス太陽系へ進出し、一気に降下を図る事になる。惑星間規模で行う電撃戦だ。失敗は許されない。つまり」


 エディはダッドに視線を返した。

 そのアイコンタクトには深い意味があるのだとバードは気が付く。


「バード。地球へ降りるミッションに於いて失敗は許されないしタイムオーバーはあり得ない。時期が来たら相当高いレベルでの召還要求を向こうへ出す。今すぐウチのファミリー(仲間)を帰せとな。久しぶりの地上だ。色々とあるだろうが……」


 色々という部分に言葉の重きを置いてから、その続きを飲み込んだダッド。言葉にしにくい部分で行間を読み取り上官の思うように動いておけ。そんな要求だと気が付いたバードは、椅子の上でグッと胸を張っって言った。


「委細承知しました」


 もはや出来レースなのを隠す必要も無くなっている。

 だが、高級将校には高級将校の文法があるし、儀式めいた手続きもある。

 仮にも士官であるから、そこはちゃんと飲み込んでおかねばならない。

 もしかしたら、将来自分がそこの席に座っているかも知れないのだから。


「で、誰を連れて行く?」


 ニヤニヤと笑うダッドは上目遣いにバードを見た。

 そのバードは『ロックと降ります』と言明した。


「まぁ、そうなるだろうな」


 小さく呟いたエディはもう一枚の書類を見せた。


「本来であればバードには45日の臨時休暇が降ろされることになっていた。ただ、この出向でそれが全部消える。他のメンバーが休暇中に働くのも面白くないだろうからNSAに臨時ボーナスを出せと圧力を掛けた。そうしたら……」


 その書類には驚く程の金額な臨時ボーナスの支給が明記されていた。

 バードは思わず息を呑む。基本的に毎月高級乗用車並のサラリーが支給されているのだが、実にその半年分が明記されているのだった。


「……こんなに貰って良いんですか?」

「向こうが用意したんだ。ありがたく貰っておけ」


 何とも底意地の悪そうな笑みを浮かべたエディ。

 建前上はその支給額の中から、サイボーグの身体のメンテナンス費用を出さねばならない。法律的にサイボーグの身体は、医療保険で賄われる医療機器その物であり、保険適用で補助を受けるとは言え、個人の購入した所有物なのだ。


「しかし、ここまで予算取っちゃって良いんですか?」

「そりゃ、向こうの都合って奴さ。バードもわかって居ると思うが、我々は……」

「使われる側ですから」

「そう言うことさ」


 建前論でしかないが、軍はサイボーグの身体を『供与』するわけではない。

 保険で賄われるサイボーグの身体に更に『補助』を上乗せし、戦闘用のサイボーグボディを購入する『アシスト』をする事になっている。


「ちゃんと保険も掛けてくれている」

「じゃぁ、壊れたら向こう持ちって事ですね?」

「そうだな。まぁ、派手にやってアチコチ壊して直してもらえ。今でもメードインジャパンは信頼の証だ」

「……そうですね」


 僅かにはにかんだバード。

 戦闘で消耗した分は雇用者である軍が責任持って修理し、調整し、現状復帰せねばならない義務を帯びている。つまり、労災のようなものだ。


「もう半年だ。だいぶ貯まっただろ?」

「そうですね。家でも買おうかと思うレベルです」

「住宅投資は利回りが良いからな」


 皆がハハハと笑う。サイボーグの兵士は10年間の基本契約中、ひたすらに貯金に励む事が多い。そして或いは、驚くほど低利で有利な高額融資をうけ、資産運用を行なって、契約満了と共に軍では無く民生向けのサイボーグの身体を『自前購入』するべく努力することになる。


「まぁ、働いた分だけボーナスだ」


 ダッドは、書類の下へサインを入れろとペンを差し出した。

 そのペンを受け取りさらさらとサインを入れたバード。

 直接の上司となるエディもサインを入れ、ダッドに書類を差し出した。

 契約書にサインを入れ、任務完了時点で全額を受け取る事になる。

 前金と言う事で50%が支給されるが、それは任務失敗でも返上義務が無い。


「明日にでも降りてもらう事に成る。ロックには改めて辞令を出すから、仕度をしてくれ。と言っても身ひとつで降りれば良いのだから、留守中の面倒が無いように部屋と資産管理をしておけば良い」


 ダッドの言葉に黙って敬礼を返したバード。

 そのバードにルーシーが微笑みかけた。


「地上で何か面倒があったら連絡してね。大体のことはなんとかなるから」

「はい、よろしくお願いします」


 ルーシーにも敬礼を返したバードはそのまま部屋を出た。

 月面基地へ配属になって半年と少々を経過したバード。

 そのちょっと早い夏休みが始まろうとしていた。









 ――――地球 日本国 新成田国際宇宙港

      日本標準時間 6月27日 0900









「……漢字だらけ」

「当たり前だろ?」


 バードの呟きにロックは少しぶっきらぼうな応答をした。

 政治闘争ごっごの遊び道具にされ、開港後100年を経てなお完全開業出来なかった成田空港は、羽田空港への航空便集約化による廃港危機をへて、国際宇宙港に様変わりしていた。


「ここって上手くやったよね」

「全くだな」


 建前ばかりで一見万民に優しい政治の行き着く先は、結局何も決められない無責任政府の誕生だった。選挙が単なる人気投票に成り下がり、その後に誕生した無能政権による痛みを伴った国家と国民の停滞は、お人よしで平和ボケだった国民の目を覚ますのに充分な威力だった。


「今の総理は……」

「一族から七人も総理を輩出した政治家一族だ」


 結果論として、国民は強いリーダーを求めるに至ったのだった。

 困難を前にしても口先だけの戯言に逃げず、必要な結果を求める姿勢だ。

 国論を二分するような政策ならば、どっちに進んでも反対運動が起きてしまう。

 だから、リーダーはその反対を押し切る力が必要になる。


 国民に苦い水を飲ませてでも。

 次の選挙で落選する危険を承知してでも。

 必要な結果のために、自分の首を差し出してでも。

 総理は『結果』を出さねばならない。


「政治のプロだね」

「ノウハウは蓄積されるからな」


 長年営業する老舗をありがたがり、七代目だの八代目だとの言うと『さすがですね』と尊敬の眼差しで見られる日本だが、なぜか政治家だけは『あれは世襲のぼんぼんだから』と小馬鹿にされる理不尽を、国民の多くが気が付かなかった。

 多世代にわたってその世界の第一線にいる能力や実力を評価しているはずの国民だが、肝心な所を見落とす愚かさを兼ね備えている。それもまた、日本の不思議だった。


「で、これからどこへ行くんだ?」

「迎えが来るって聞いているけど……」


 月面から民間機でやって来た新成田の到着ロビーには、出迎える沢山の人々でごった返していた。スペースプレーンによる国際線の発着が続く空港なのだから、その中に飛び交う言語も他種多彩だ。


「まぁいい。とにかく出ようぜ」

「そうだね」


 傍目に見れば若い夫婦の気楽な旅行姿にも見える。

 セキュリティエリアを一歩出て到着フロアに進み出ると、様々な言語で書かれた人名のプラカードを持つ出迎えが待っていた。


『ここに名前は無いな』

『ないね』


 いきなり無線を使ったロック。

 バードも目を走らせるのだが、自分の名前は無い。


「……お茶するか」

「とりあえず一休み」


 ふたりして到着ロビーの喫茶店へ入りコーヒーを頼む。

 近くの椅子に腰掛けてコーヒーカップを持った時、バードは不快な視線に気が付いた。


『見られてる』

『あぁ。尾行されてるな』


 少しだけ怪訝な表情になったロックだが、バードは楽しそうにコーヒーを飲んでいた。そのロックの裏側。背中合わせの椅子に座っていたサラリーマン風の男が、ボソリと呟いた。


 ――国連宇宙軍海兵隊の方ですね?


『接触してきたぜ!』

『ロックの向こう?』

『そうだ』


 ニヤリと笑ったロックはシートバックに背中を預けた。


「お宅はどちらさん?」


 ――お迎えに上がりました。自衛国防軍特務隊のものです


「そりゃどうも。で?」


 ――恐れ入りますが、このまま習志野に向かってください


「目的地は?」


 ――空挺団本部です。駅前に自衛官連絡事務所がありますので


「わかった。そこへ出頭する」


 ――恐れ入ります


「しかし、なんでこんな?」


 ――尾行が付いています。それを処分します


「尾行? 月面から?」


 ――そうです


「なぜ尾行だとわかる?」


 ――詳しい事は機密に当りますので……


「……とりあえず了解した」


 ――恐れ入ります


 聞いていた話しをそのままバードへ転送していたロック。

 ニコリと笑ったバードはショルダーバッグの中のYackを確かめた。


『いつでもいいよ』

『ここでドンパチするのは気が引けるぜ』

『だね』


 ロックの目は怪訝な色に代わり、辺りをチラリと確かめてから目で合図した。

 テーブルの上にあったカップのコーヒーを飲み干したバードは、カップの表面に写る周りの景色を最大ズームで検める。やや離れた場所で誰かを待って居る振りの男がひとり。到着出口の真正面でカバンを持って立っている壮年の男がひとり。

 横目でチラチラとバードやロックを見ているのがわかる。その映像をロックへ転送したバードはカバンを肩へ掛けて出かける準備を整えた。


「さて、いくか!」


 ちょっとワザとらしい態度でロックが呟き、同じタイミングでふたりは立つ。

 その姿を見た尾行候補が僅かに反応を見せた。


『どっちだと思う?』

『両方とも白ね』

『根拠は』

『身のこなしが素人以下』


 サングラスを掛けてニヤリと笑ったバード。

 ロックは自然な様子でバードの腕に自分の腕を絡ませた。


『なに?』

『面白くなってきたな』

『……うん!』


 無線の中で嬉しそうに答えたバード。

 少々物騒なデートが始まった。

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