衝撃の事実
――――南太平洋 ソロモン諸島東部 サンタクルス諸島群
現地時間 6月16日 1530
一階フロアを全て改めた突入チームは、階段の前で意気を上げていた。
幾つかの部屋に突入し、そろそろ慣れてくる頃だ 過去の経験を紐解けば、ミスをするのもだいたいこの辺り。そんな警戒心が皆の心に重くのし掛かる。
「同じ様にやるだけさ。緊張しすぎたって良い事は何もねぇ」
確認するように言うペイトンは全く使っていない銃の電源をたしかめた。
サイボーグ向けに作られたバトルライフルは、レールガンその物なのだから電源が途絶えた時点でただの鈍器に変わる。
「下でダニーがあれこれやってる事だろうからな。サクサク終わらせようぜ」
ペイトンの言葉を聞きつつ無意識にチェックを終えたバード。
ヘルメットの中に一つ息を吐いて心を整え、身体の力を抜いた。
「どうせまだイベントが有るぜ。エディの用意したステージだからな」
真性鬼畜なブリテン紳士は、油断した頃で痛い目に遭うように仕組んでいる。
それはもうメンバーの共通認識であり、しかも悪い事にテッド隊長は全部承知でそれを見て見ぬ振りしているふしがある。そんな事を思ったバードは、エディとテッドと言うふたりの男が持つ『人の悪さ』に溜息の一つもこぼしたくなる。
だが、その溜息がこぼれる前にペイトンは右手を振って、同時にライアンが先頭に立ち前進を開始した。慎重に足場を確かめて進むライアンは、建物の床が抜けないかを心配していた。
「俺たち地味に重量有るからな」
「ダイエット出来ないしね」
自らの緊張をほぐすように軽口をたたいたバードは、拳銃の銃口を下に向けたまま辺りを警戒している。
「……ダイエットなんかしなくてもバーディーは十分スタイル良いぜ?」
ライアンは珍しく真っ直ぐにバードを褒めた。思わず『ここで口説きに掛かる?』と言い掛けたのだが、それをバードが言う前に仕事の時間がやってきた。
「そのうち太る機能の付いたサイボーグが出来るだろ。その前に死なねぇようにしねぇとな。さて……」
ペイトンはドアの前に陣取り、仲間を一周見回した後で最初のドアを蹴り破った。間髪入れずバードはその部屋に飛び込み辺りを伺う。部屋の真ん中には医療ベッドが置いてあり、それ以外は本当に何もない状態だった。壁際の薬品棚にも目立ったものはない。
「ここさぁ……」
そのベッドを検めたバードは頭に浮かんでいた疑念を吐露した。
「火星にあった例のレプリの移植施設と同じじゃない?」
「実は俺もそう思ってた」
バードの言葉を聞いたライアンは、そう相槌を打って室内を検めた。
医療ベッドの周囲には夥しい血痕があり、それを見たペイトンは言う。
「ここで何をやっていたんだろうな?」
「ここ何年かじゃ地球にレプリは降りてないはずだ」
ペイトンの言葉にそう呟いたロックは、血痕の乾き具合が気になった。
もう1年や2年じゃ効かないスパンで乾ききっている。
「何らかの研究は間違いないな。ただ、何をやっていたかが問題だ」
テッド隊長の様なことを口にしたペイトンは、ロックを手招きして隣の部屋に突入するスタンバイをした。皆が突入体勢になり、ペイトンの手が突入を指示する。
同時にロックの足がドンっと音を立ててドアを蹴り破った。バードはもはやルーチンワーク状態で室内に飛び込む。開いたドアの先方に進み出たバードの右側視界には再び医療用ベッドが見えた。
「……コッチも仏さんだわ」
バードに続きライアンとロックが部屋に入った。
そして、自分の目でその仏さんを確認した。
下のミイラと同じ様に完全に干からびきったその遺体は、下のミイラとは異なり穏やかで満ち足りたような笑顔だった。
「……笑ってやがるぜ」
もはや死体を見ることなどで驚かなくなったロックだが、こうして穏やかな姿で横たわる姿を前にすれば、どこかに置き忘れてきた人間としての大切な何かを思い出すし、いつの間にか忘れ、欠けている自分を恥じる事になる。
戦場と言う人間性の限界を経験する場に立てば、多くの兵士がいつの間にか失って行ってしまう優しさや労りや、そして、本能的に恐怖する筈の『死』ですらも、空に解けていく煙の様に希薄な、空虚な存在だと錯覚してしまうのだ。
「ここで、このオッサンの死を悼む者は居なかったのか」
ペイトンの呟きには、不思議な苛立ちがあった。
ただ、バードはその苛立ちの本質をなんとなく共感した。
人間性を発揮する部分が無かったのではなく、居なかったのではないか?
つまり、この人物が最後の一人であり、誰にも見取られる事無く死んだ……
そしてその死は、穏やかで満足を感じさせる満ち足りたモノだった。
「埋葬すらも出来なかったって事か?」
「外は蛇だらけだからな」
ライアンの言葉に、ペイトンはそう答えた。間違い無く限界環境のここでは、生身の人間が外で満足に活動する時間すらなかったのだろう。
「でもさぁ……」
何かを言い掛けたバードの言葉はペイトンによって遮られた。
ミイラに向かって十字を切ったあと、右手を振って前進の指示を出す。
「さて、もう一つ行こうか」
仏さんに手を合わせたロックは、隣の部屋の入り口に陣取った。
ペイトンの手が『行け!』とサインを送り、ロックは、隣のドアを蹴り開けた。
その部屋へ最初に飛び込んだバードが目にした物は、膨大な量の検体臓器を標本化した瓶詰め大群だった。
「……死体よりこっちの方がよほどグロい」
わずかに震える声で言ったバード。
その後に部屋へ入ったロックは、室内をぐるりと見回して肩をすくめた。
「ダニーの出番だな」
「そうだな」
同じように部屋へ入ったライアンも賛意を示した。最後に部屋へ入ったペイトンは、この部屋が行き止まりであることに違和感を覚えた。
外から見れは一階も二階も同じ構造なはずだ。廊下は行き止まりでそれより奥に進める要素はない。
「おかしいな」
ボソリと呟いたペイトン。
「え?」
「なにが?」
ライアンもバードも、違和感が仕事をしていないのに気付いていない。
この場でペイトンが持つ違和感に唯一気がついたのは、ロックだけだった。
「この部屋のどこかに隠し通路があるか、一階からしか行けない別ルートがあるのかもな」
建物の構造的に複雑化してしまうのを覚悟の上でめんどくさい構造にしたか、さもなくば致命的な何かを見落としている。ロックは僅かに首を捻りながら、標本棚の奥にある壁を凝視した。
「隠し通路の入り口を探そうぜ」
「そうね。何か見落としてるかも」
ライアンの提案にバードがそう答え、ペイトンを含めた4人は分散してアチコチ調べ始める。
そんな中、バードは一つ前の部屋にいたミイラの周りをあれこれ調べ始じめ、そのミイラが右手に何かを握り締めているのを見つけ出した。
「みんなちょっと来て!」
緊張感を伴ったバードの声にロックやライアンがすっ飛んできた。ペイトンもそこへ現れ、バードが指さした右手を凝視する。
「何かを掴んでるな」
ライアンはいきなりナイフを出して、ミイラの指を全部切り落とした。
恐ろしいほどに鋭利なナイフは簡単に指を落としてしまい、その手に握られていた物が露わになる。
「紙…… だな……」
ライアンはミイラの手にあった紙を取り上げてペイトンに手渡した。
その渡された紙を広げたペイトンは、ゆっくりと広げて中身を見る。
「don't touch undergroun」
ペイトンのヘルメットが僅かに傾げられた。
普通に考えれは、地下には手を付けるなと言うダイイングメッセージだろう。
だが、建物に突入した段階から冷静に振り返っても、地下入り口など見つからなかったし、見落としてないはずだ。
「この建物は地上二階地下一階だったな」
ドリーの説明を思い出したペイトンは、全員に確認した。
バードもその説明を聞いていたのだから、情報間違いないと思う。
「そう言えばヘリ格納庫ってどこだ?」
ロックは事前情報にあったヘリ格納庫の存在を思い出す。確かにその説明を受けたはずだが、言われるまでバードもそれに気が付かなかった。
「降下前にドリーかそう説明したよね」
「全員注意力散漫だったな」
自嘲気味なバードの言葉にライアンが悪びれたような態度でおどけた。
命が掛かってない場での失敗を糧にせねばならない面々なのだから、貴重な経験でもあるはずなのだが……
「なぁ」
ロックは不意に標本棚の奥を指差した。
「あそこの壁だけ木造っておかしくないか?」
ゆっくりと標本棚に近づいたロックは、何を思ったか標本瓶を他の棚へと移し、続いて棚自体を一つ動かして壁を露出させた。かなり大きな棚だったのだが、二つも動かせば壁は大きく露わになる。
コンクリート打ちっぱなしの壁になる部屋の中、その面だけが木造と言う違和感をバードは初めて覚えた。
「言われてみれば、この部屋だけ奥行きが浅い気がするね」
「ついでに言や、この建物には廊下がねぇ。部屋が全部一直線に繋がっている」
部屋の隅に立ったバードはヘルメットに付いているレーザー計測を作動させた。
精密計測を可能とするこのバードの職能では、部屋の奥行きが隣と比べ15センチ少々浅い事を確かめた。
「考えれば考えるほど不思議な構造だぜ」
ロックは太刀の柄を使って棚の奥の壁を叩いた。
安っぽい木の板が音を立てた。そして、その向こうには間違いなく空洞がある。
ロックはゆっくりと振り返ってペイトンの方へ頭を向けた。
全く中身が見えないヘルメット越しの眼差しを、ペイトンはハッキリと感じた。
「なぁ…… ペイトン」
「そうだな。出来るか?」
ロックの問いにペイトンはGOサインを出す。
それを聞いたロックは数歩下がって太刀を上段に構えた。
あの金星での死闘で大きく損傷した愛刀は、月面の鍛造所で鍛え直されている。
希少金属をたっぷりと贅沢に混ぜ込み、不純物を叩き出すべく極限まで鍛え抜かれた青みを帯びる銀鼠の刃。その切れ味は想像を絶する。
「ッソィ!」
爆ぜるような気迫の衝撃波を辺りへと散らしたロックは、真っ直ぐに刃を振り下ろしていた。分厚い木板が斜めに切れ、いつ刃を返したのか?と訝しがるほどの速度で二の太刀を下から上に走らせた。ややあってその壁に大きな穴が空き、ロックはその奥に隠されていた扉を見つけた。
「やっぱりあったぜ」
「さすがだロック」
ライアンがドアを調べ、ペイトンはロックを讃えた。
その二人の振る舞いにバードはニヤリと笑うのだが、ヘルメット越しではソレも見えない……
「入ってみるか?」
「そうだな」
嗾けるように呟いたペイトンは、不意に顔を振ってライアンを見た。
その仕草に促され一歩進んだライアンは、室内で小さく『ワォ……』と呟いた。
「どうした?」
「こりゃスゲェぜ」
「何がだよ」
少しだけイライラした様子のペイトンは、ライアンに続いて部屋に入り言葉を失った。
「……すげぇな」
ペイトンに続き部屋へと入ったロックとバードは見た。
薄暗い壁の一面に書きなぐられた、膨大な文字と計算式と、そして化学式を。
「今日シリウス病と呼ばれているこの病気、進行性繊維珪質化変異症候群は、細胞中のミトコンドリア内部に入り込んだマイクロマシンによる異常構成変換行動が要因となり引き起こされる。これはシリウス開発最初期において入植した者達が事前予防接種を受けた際、一部の高活動型マイクロマシンを実験的に注入されたことから始まる人為的なパンデミックと言える……」
その文字は恐らく鮮血を使い書かれている事がわかった。
文字を読み続けるロックは、その背中をバードがジッと見て居ることに気が付かず、ただただ単純に文字を読んでいた。
『ロック。解らない単語は言い換えて良いから、簡単に英訳してくれ』
ダニーが興味を持ったらしく、ロックは読んだ言葉を英訳して無線へ流した。
薄暗い部屋の中とはいえ、サイボーグの持つ赤外などの能力ならば問題は無い。
『この病理における最大のポイントは、圧力を受ける細胞内部でのアポトーシスとネクローシスバランスが崩れた際、周辺細胞が受けるリソソームダメージの修復時にマイクロマシンが異常行動を起す事が確認された。これにより……』
淡々と訳していたロックだが、ふと気が付けばバードはロックの隣に立って一心不乱に文字を読んでいた。カルシウムがマイクロマシンとリソソームによる相乗効果を起こしプラントオパール状の炭化珪素に変質してしまう事。
そして、オパール化した細胞はネクローシスを起こし、周辺の細胞を巻き込んでどんどんと珪素化してしまうこと。この反応は細胞がマイクロマシンを攻撃している事そのものだと結論付けていて、マイクロマシンの使用をやめれば珪素化反応は止まると明記されていた。
『……嘘よ』
ボソリと呟いたバードは書き込まれた文字の続きを読み続けた。
蛇の毒に含まれる酵素のうち、細胞中のタンパク質を破壊するミオトキシンによって石化した細胞周辺の細胞を強制アポトーシスさせる事により、珪素化反応の抑制に成功したと書かれていた。
『おいバーディー。どうしたんだ?』
首を傾げるライアンはジッとバードを見ていた。
その眼差しの先にいるバードは壁に手を付き、首を振ってそのまま床へ膝をついた。身体から力が抜けていくようにドンと座り込んで、そして肩を震わせた。
『私には効かなかった』
『え?』
『反応抑制系の薬剤を全部試したけど、私の身体の石化反応は止まらなかった』
この時点でライアンもペイトンも全体像を把握した。
バードがB中隊へ来た理由。サイボーグの身体に切り替わった理由。
ペタリと座り込んでそれでも壁を見上げるバードは残りの文字を読み続けた。
『バーディ』
ロックはバードを後ろから抱え上げ立たせた。
そして、その尻をパンと叩いた。
『しゃっきりしろぃ! 士官だろ!』
『……ありがとう』
奥歯をグッと噛んだバードはまだまだ一心不乱に文字を読み続ける。
珪素化反応の抑制とマイクロマシンを対外に除去する手立て。その一環として発生するマイクロマシン処理の為の火葬は各種有害物質を発生させかねない。
延々と書かれた進行性繊維珪質化変異症候群の病理についてのリポートは、その最後の一文をこう締めくくっていた。
『……この病態はシリウス入植者達が受けた予防接種とシリウス土着ウィルスによる複合変異を受けて、罹患者のミトコンドリアその物を産まれながらにして変質させてしまう事を確認した。これはシリウス入植者の子孫世代においては体内にマイクロマシンが無くとも発生する。この謎についての解明を、後生の科学者達に依頼したい』
バードは言葉に詰まった。
自分自身がシリウス人である可能性に気が付いたのだ。
『マイクロマシン非依存型の進行性繊維珪質化変異症候群を止める方法は恐らく無い。DNAの中に刻まれた生物の宿命かも知れない。或いは、不遜にも惑星改造を行えると思い上がった人類に対する神の警告かも知れない。つまり、シリウス入植者の子孫は、何らかの進行性繊維珪質化変異症候群を発症するウィルスを持っているに等しく、これは如何なる手段を持ってしても地球における拡大を防がねばならないのである。神の警告をシリウスの中に封じ込め……』
ゆっくりと読み上げていたバードはガックリと肩を落とした。
『ウソよ……』
ロックは静かに歩み寄ってバードの肩を抱き締めた。
『お前が何人であろうと、バーディはBチームの一員で仲間だろ?』
『でも!』
自分の両肩を抱いてバードは震えた。
『私は地球市民の敵かもしれない……』
それっきり言葉を失ったバード。ロックはそれでも肩を抱いていた。
静かになっていた無線の中にテッド隊長の声が流れた。
『そうか…… バードもシリウス人か』
唐突なテッド隊長の言葉に、全員が声を殺して推移を見守った。
バード本人ですらも言葉が無かった。
きっと今にもスミスがぶち切れるかもしれない。
スミスだけじゃ無い。ライアンやペイトンだってシリウスには良い感情は無い。
妻や子を失ったジャクソンだって、シリウスと見るやまとめて敵扱いだ。
仲間の全てを敵に廻すかもしれない。
その事実にバードは震え上がる。
だが……
『じゃ、俺にとっては娘だな』
『え?』
僅かに呟いたバード。
テッドは静かな口調で続けた。
『俺の育ったシリウスでは、次の世代の子らは皆の子だとそう教えられる。次の世代の為に、より良い世界を造ろうと教えられる。理想郷を作る為にシリウスへ来たんだからと、そう教育されるのさ』
チームの中に波風を立てたくないんだとバードは思った。
ただ、ソレを力業で押さえ込んでも、絶対に波は立つはず……
『でも……』
後々の遺恨になるのが一番怖い。
生きるか死ぬかギリギリの線上にいる時、フォローし援護するはずの仲間が『あいつは……』と一瞬でも思ってしまえば、その瞬間に絶体絶命のピンチからレッドラインの向こう側へ行く事に成る。
『……バード。考えるのは後にしろ。何しろまだ任務中だ』
考えすぎても始まらない。
すでに賽は投げられたのだ。
もはやなるようにしかならない。
どうやっても誤魔化せないし、後戻りも出来ない。
それに、シリウス人であると言うだけで、現状ではそれ以上でもそれ以下でも無い。
受け容れるしか無いバードは、運命を神に委ねるだけだ。
『その部屋はそのままにしておけ。調査チームの派遣を要請する事にする。恐らくエディは全部知ってて俺たちを送り込んでいる』
静かな調子で喋っていた隊長の言葉に、全員が絶句した。
グルになってやっていたと思っていたのだが、テッド隊長ですら知らされていなかったのだと知ったからだ。そして、テッドはサラッとカミングアウトした事になる。自らもシリウス人であると言うことを。
『屋内調査を終えたら外へ出ろ。次の一手の為にやることがある』
いつも明確な道筋を示すテッドと言う男を、バードはふと父親の様に感じた。
そして、何の根拠も無いが、自分自身を庇護してくれる存在に思えた。
今はもうなるようにしかならない。
現状を受け容れる強さをいつの間にかバードは身につけていた。
……時間軸は冒頭に戻る
――――南太平洋 ソロモン諸島東部 サンタクルス諸島群
現地時間 6月17日 1300
「で、あとどれ位だ?」
建物から姿を現したテッド隊長は、蛇の回収をすすめるチームに声を掛けた。
結果論としてエディですらも把握していなかった建物の中身について、テッドは将官向けの高度暗号化無線を使い基地と相談を重ねていた。
「ザックリ言えば、まぁ、半日と言うところでしょう」
チームを代表して答えたドリー。
前日の夕方から続けている蛇の回収作業は、夜間の中段を挟んだとは言え、やってもやっても終わらない単純作業だ。想像を絶する蛇の量に辟易としつつ、それでもチームは黙々と作業を続けていた。
「そうか。引き続きやってくれ」
「了解です」
本来であれば、こんな作業は士官がやるべき事ではない。
だが、生身の兵士ならひと噛みであの世行きなのだから、サイボーグがやるしかない。基本的にサイボーグの身体を与えられる兵士はみな士官だ。責任感と使命感を持ち、倫理と正義を知る者のみだ。
「あー、これならシェルトレーニングの方が楽だな」
「そう言うな。バーディーの為だぜ」
愚痴をこぼしたライアンをペイトンが宥めた。
相変わらずのわがままキャラだが、バードは笑顔で見ていた。
メンバーはそれぞれに複雑な過去を抱えている。
それでも余り自棄にならず、バードを思っていた。
「……それに」
「それに?」
「エディが何の目的もなくこんな事をやらせるはずがねぇ」
腰を伸ばしたペイトンは辺りを伺ってニヤリと笑った。何らかの思惑で送り込まれたのは間違いないのだから、その思惑を理解すれば事は早く済むと考えたのだ。
「同感だな。エディの思惑はなんだ?」
ビルもまたエディの思惑に思い巡らせている。
絶対に何かを企んでいるはずだ。
それも、表立って言えないような事を。
「あのオヤジはブリテン野郎で筋金入りの鬼畜だからな」
「後になってからサラッと『よく気が付いたな、流石だよ』とか言い出すぜ」
「……きっとな」
スミスやジャクソンも笑いながらそう言った。
なんだかんだ言ってチームの面々もエディが苦手だ。
ただ、かなりのやり手で幾重にも罠を仕掛ける陰湿さ。
言い換えれば緻密さを持っている。
「それより…… あのさぁ」
バードはふと思ったことを控え目に口にした。
「てんでバラバラに蛇を捕まえるんじゃなくて、フォーメーションとか組んだ方が良いんじゃないかな? 作業の効率的に」
何気なく口にしたバードの言葉。
だが、それは無視すると後で後悔する言葉でもある。
ドリーとジョンソンは顔を見合わせて何かをアイコンタクトした。
そして、ふたりしてバードを指差す。
「それだ!」
「エディの目的はそれだな!」
ドリーは辺りをきょろきょろと見回し指を指した。
「そこの茂みはさっきバードがガサゴソ探したが、ほら、後になって隠れてた奴が出て来やがった」
バードが振り返れば、そこには茂みの奥底から小型の蛇が姿を現していた。
苦虫を噛み潰したような表情のバードだが、ドリーはすぐにフォーメーションを考えた。
「ペイトンが右前、ライアンは左前。間は5メートル開けてやや後ろにロック。右翼にジャクソンとダニー。左翼にスミスとビル。ロック後方にバード。俺とジョンソンはその左右後方につく。シェルで編隊を組む要領だ。先頭が全部取る必要はない。蛇を追い出すのも仕事だ。後方の奴が蛇を捕まえる。そこを逃げた奴はその後ろがフォローだ」
テキパキと指示を出したドリーは海岸を指さした。
「一周回っても30分程だ。砂浜から始めて幅20メートル分を一気に片付けよう。5周も回れば全部終わるだろう」
砂浜まで後退したチームはドリーの指示通りにフォーメーションを組んだ。
そして、ペイトンが前進を開始し、驚くような速度で蛇を集め始めた。
「先頭は捕まえなくて良い。茂みや藪を突っついて蛇を追い出せ」
ジョンソンはそんな指示を出す。
隊の最前列に陣取るポイントマンの役割は、敵を炙り出すことだ。
言うなれば猟犬のポジションとも言える。
「こりゃ早いな!」
驚くほどの速度で前進するライアンとペイトン。
その後方にいるスミスやロックは忙しい。
だが、取り逃した蛇はその後方にいるバードやビルが捕まえ続けた。
効率という点では最高の編成だ。
「リーナーはしんがりで取りこぼした蛇を捕まえろ」
「了解!」
あっと言う間に砂浜を一周し森へと進んだ面々。
ヘルメットなしでも視野が広いロックは木の上にいる蛇まで落として捕まえた。
驚くほどの連携に誰と無く笑みがこぼれる。
「そうか、先頭は牽制すれば良いのか」
ライアンはペイトンに向かってそう言った。
反応速度に優れるふたりはシェル戦闘でもポイントマンのポジションだ。
「たださぁ、これ、俺とジョンソンの持ち場、逆じゃねぇ?」
ロックは両手いっぱいに蛇の頭を捕まえながらそう言った。
「いや、これで良い。シェル戦闘なら三次元運動することになる。この場合はロックもポイントマンだ。編隊から離れた場所でジャクソンは狙撃役になる。そのフォローに、しんがりのリーナーって事だ」
ドリーは各自のポジション説明をおこたらなかった。
「先頭三機の三角形を底面とする四面体の頂点にバードが陣取る。その後方でもう少し大きな四面体を俺とジョンソンと隊長で作る。その周辺にスミスとビルとダニーが陣取る。今は隊長とダニーが居ないからこうなるだけだ。それに、いまは平面だしな」
淡々と説明したドリーは着々と蛇を捕まえていた。
三列目に陣取るバードやジャクソンやスミスの取りこぼしを黙々と拾う役だ。
「ドリー! そっちに黒いのが行った!」
「オーケー! 任せろ!」
バードとドリーか連携して逃した蛇を次々に捕まえる。
利き手側の蛇を殆ど捕り逃さないバードなので、ジョンソンはドリーのフォローに回った。
「先手をとってフォローするってこう言うことか」
頭で考えるのではなく体験として積み上げられた経験は大きい。
どれほど愚かでも失敗や自分自身の痛恨には学ぶものだ。
気が付けば二時間が経過し、チームは建物の周囲を廻っていた。
周辺の藪には動く物の影はなく、ジャクソンの職能である超音波動体センサにも動く物の反応はなかった。
「終わったらしいな」
浜辺に並ぶ蛇の袋は百近くまで膨れ上がった。
その袋を横目に見ながら、ジョンソンはぼそりと呟いた。
カーボン繊維で作られた袋から、シャーシャーと蛇の威嚇する音が聞こえた。
「なぁ、ところで」
ロックは不意に思い出したように口を開いた。
「地下室に触るなってどういう意味だ?」
「そう言えばそうだな。あのミイラが持ってたdon't touch undergroundの意味が分からねえ」
思い出したようにペイトンも口を開く。
考えれば考えるほど謎の多い案件だ。
「それは今後の調査しだいだな」
開き直った様な調子でドリーは言う。
Bチームはあくまでも海兵隊てあって科学的な調査隊ではないのだ。
「結末を知りたいけど、無理かもね」
力無くそう言ったバードだが、そこには憤懣やるかたない無念さが滲んでいる。
自らの出自についてアレコレと思案を巡らせたバードは、とにかく疑問を解決したかった。
「まぁ、それも調査待ちだな。エディの政治力次第だ」
慰めるでもなく突き放すでもなく。
ドリーは在る意味褪めた言葉でバードを宥めた。
その言葉の意味をバードも良く分かるし、体験もしている。
伊達に半年以上をBチームで過ごしていないし、最近はどこか不貞不貞しいヴェテラン士官のオーラを纏いつつあって、時には整備中隊などの下士官などが声を掛けにくい空気を漏らしたりもしていた。
「バーディーだってもう分かるだろ?」
軽い調子で言ったジャクソンたが、その直後に『アッ!』と呟く。
「そういや…… バーディーも半年たったな」
最初にジャクソンが気が付き、それに呼応して皆が『そうだな!』と続く。
何のことかと首を傾げたが、ややあってバードも『アッ!』と言葉を漏らした。
「ロックも半年経ったし、こりゃキャンプへ帰ったらパーティーだな」
突然宴会部長のスイッチが入ったジャクソン。
配属から半年までは半人前扱いが基本だ。
この半年は、色々な意味で『見習い』期間と言う事になっている。
半人前ではない。見習いだ。文字通り、見て習うのだ。
「……思えばこの半年で山ほど勉強したな」
恥ずかしそうに言うロックは、肩をすぼめて自嘲した。
そのロックを周りが囃し立てる。手の掛かる見習いだったと。
一癖も二癖もある個性派集団なBチームの中にあって、バードも学んでいた。
「ここから先は言い訳が効かないぞ。責任が付いて回るからな」
ニヤリと笑ってバードを指さしたスミスは、どこか嬉しそうだ。
あの、シリウス人とシリウス派を蛇蝎のように嫌うスミス。
だがその当人はバードに対する態度を変えては居ない。
「私…… スミスの嫌いな『ソレは関係無いさ』
スミスはバードを指さしていた手を返し、自分の胸を指した。
「俺のここに入っているリアクターと同じ物をバーディーも持ってるだろ」
「……そうだね」
「つまり、俺もバーディーも同じ存在だ。シリウスも地球も関係無い」
一瞬だけドキリとしたバードだが、すぐにサムアップでスミスに応えた。
ややあって、再びテッド隊長が姿を現した。
「全員その場で聞け。ここに国連軍では無く国連保健機関の調査団が来ることになった。石化症の専門医が来るそうだ。ここの資料は全部このままにしておく。手は付けるな。それと、俺たちは今日中にここを離れる。仕事は全部終わらせておけ」
一方的に通達を出したテッド隊長はチームの面々を見て言葉を続けた。
「ジーナが回収に来るのは1800以降だ。余った時間は好きにして良い」
「……現状で蛇の回収はほぼ終わってますが」
「もう一度確認しておけ。その後は俺の責任範疇じゃ無い」
降下艇ジーナの回収までまだ3時間有る。
その事実に皆がニヤリと笑った。
「南の海の椰子の木茂る島だぜ」
「海で泳いだら後でメンテが面倒だな」
ジャクソンの軽口にリーナーがまじめ腐った言葉を返した。
「海で自由に泳げるって言うのも生身の特権だな」
「俺たちはシャワー浴びて、その後でメンテが要るからな」
ビルの言葉にリーナーはそう答えた。
完全にメンテナンスフリーなサイボーグの誕生はまだまだ先になるだろう。
ただ、時代は確実に進んでいるし、研究は深化している。
「あと何世代かしたら、そう言う機体が出来上がるさ」
ジョンソンの言葉に妙な説得力があった。
数々の経験を積み重ねたヴェテランの士官は、機体の性能向上をいくつも体験しているのだとバードは思う。
「なぁ! せっかくのフリータイムだぜ?」
ライアンが痺れを切らして動き始めた。
まだまだ若い男なんだとスミスがニヤリと笑った。
「そうだな。やることやってノンビリしよう」
もう一度島を一周し、僅かな取りこぼしを拾い集めた面々は、浜辺に集まって砂浜に寝転がった。
「どうする? バーベキューでもするか?」
「蛇喰うのかよ!」
「焼いたらなんだって食えるぜ!」
相変わらずジャクソンのテンションが高い。
こういう場面で見せるジャクソンのキャラクターはチームの潤滑油だ。
「笑えよバーディー」
「え?」
いきなり話を振ったドリーが人懐こい笑みを浮かべていた。
丸顔で優しげな表情になるドリーの人相は、誰からも好かれる系だ。
「なんだって笑い飛ばせ。それで良いのさ」
「でも……」
「考えたって始まらないさ。自分は自分なんだ。そうだろ?」
バードの背中をポンと叩いて浜辺へと降りていったドリー。
その背中を見つめていたバードの耳には、不意にエディの言葉が蘇った。
――全ての者がやがて報われ
――全ての者がいつか救われる
つかみ所のないモヤモヤを抱えたまま浜辺を見ていたバード。
ライアンは浜辺からバードを手招きした。
「バーディー!」
顔だけ向けて声に応えたバード。
ライアンは笑っていた。
「早く来いよ! 始めるぜ!」
「始めるって…… なにを?」
「ロックとバーディーのパーティーさ!」
「え?」
「一人前クラブの仲間入りパーティーだぜ! 仲間だろ?」
皆が気を使ってくれている。
バードはそれに気が付いて花の様に笑った。
そして、砂浜へと駆け下りていく。
そんなバードの姿を遠くから見つつ、テッド少佐はエディ向けの直通回線で話を続けていた。
『では、地下室はなかったんだな?』
『見つけられなかった。入り口もわからない』
『さてさて。どうしたもんかな』
『本当にここなのか?』
『それは間違いない。リリスの情報に今まで嘘は無い』
『……なら、どこかに入り口があるな』
『残るべきか?』
『いや、国連組織に居るウェイドにやってもらうさ』
『了解。予定通り撤収する』
『ご苦労だった。メンバーに気取られるなよ』
『あぁ。気をつけるさ』
交信を終えたテッドはダニーのところへとやって来た。
一心不乱に治療研究ノートを読みふけるダニーは、自分の手帳に何ごとかをメモし続けていた。
「どうしたダニー」
「あぁ、これ、凄いんですよ」
「凄い?」
「えぇ。おそらく、ここで行われていたのは人体実験です」
テッドの表情が曇った。
ダニーはそれでも楽しそうに読みふけっている。
「医者と言うより科学者の見地として、一切の倫理観や道徳論や責任といった物を考慮せず実験を行なえるとしたら、恐らくここはパラダイスだった事でしょう」
言葉を発せずに黙っていたテッドをダニーは見上げた。
その表情には非常に厳しいものが混じっていて、ダニーは驚く。
「ここで何が行なわれていたんだ?」
「石化症を強制発症させて、それを止める研究です」
「……人道的に問題だな」
「ですが、必要な事です。奇麗事で人の命は救えません」
ダニーは何処までも真面目な顔で言い切った。自らの出自や過去を一切語らないダニーは、テッド隊長にすらも語っていない過去を抱えていた。
貧しい国の貧しい寒村で生きていくために必要なこと。文明的な暮らしに達しない最底辺に生きた人々の記憶をダニーは持っていた。そして、悲惨などと言う言葉ですらも手ぬるい絶望的な現実を乗り越えていた。
「医学が発展する為に犠牲になった人々の記憶がここに詰め込まれている」
メモを取り終えたダニーは丁寧に研究ノートを調えて書架に戻した。
全部で100冊近い大学ノートの研究資料は、一級品の物ばかりだった。
「バーディーが石化症なのは初めて聞きましたが、もしかしたら脳の構造に変化があるかも知れません。一人の科学者として、バードの脳を解剖してみたい衝動に駆られます。やはり、狂っているでしょうけどね」
にんまりと笑ったダニー。
その笑顔にテッドは言い様の知れない不安を覚えた。
南太平洋に浮かぶ絶海の孤島の真実をテッドとダニーだけが知ったのだった。