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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第2話 サイボーグ娘はイケメンアンドロイドの夢を見るか?
12/354

軍隊の真実


 昼食を終えて私室へ戻ってきたバードは、一心不乱に日記を書き始めた。

 ペイトンとライアンの話に影響を受けたのかどうかは定かではない。


 ただ、自分の経験をキチンと記録しておかないとマズイと感じていた。

 紙に書いて客観的に眺める事で、自分の身に起きた事を理解出来ると思った。

 たとえそれがどれ程に理想論だったとしても……だ。










 ――――国連宇宙軍海兵隊 キャンプ・アームストロング

       地球標準時間 1630 士官私室ゾーン











 ――サイボーグセンターで眼を覚ました次の日。

 ついに私は宇宙軍の海兵隊と契約した。

 今にも死にそうな病人だった私が、軍人として生きて行く道を決意した日。

 目覚めた時の混乱。場所を理解できない不安。

 だけどそれは、今に続く混乱と後悔に比べれば大した問題ではなかった……













 突如としてドアをノックする音が聞こえた。

 心臓を失ったバードだが、それでもドキリとする錯覚に驚いた。


 ただ、そんな恵の内心など一切考慮する事無く、聞きおぼえのある声が廊下から聞こえて来た。ベッドしかない部屋の中でボーっとしていた恵は、慌てて立ち上がってドアを開けた。その一連の動きに全く澱みが無かった。


「恵さーん! 起きてるかい?」

「あ、起きてます」


 ドアを開けた先には広瀬の笑顔があった。

 一昨日までは死を待つばかりで寝たきりだったはずなのだが……

 自然に振舞っている事を恵は改めて驚いた。


「広瀬……さん」

「なに?」

「やっぱり私、サイボーグなんですね」

「最初にそう言ったじゃないか」


 優しく微笑んでるようだが、広瀬の目はまるで機械でも見ているかのような、エンジニアの目だった。


「先に一つだけこっそり教えてあげる」

「なんですか?」

「君は実は――


 息を呑むってサイボーグには出来ないんだなと恵は気が付いた。


 ――公式には死亡した事になっている」

「……意味がわかりません」

「君の家族や行政機関などへは、レプリボディの建造が間に合わず死亡したと言う連絡が行っているはずだ」

「じゃぁ今の私は」

「バード 最初に誰が呼んだかは解らない。ただ、ゴッドファーザ(名付け親)はバードと呼んだ。それが今の君」

「……うそ」


 あまりの衝撃に言葉を失った。

 頭が混乱し、目の前が真っ暗になっていく気がした。

 何も見えない。何も聞こえない。

 暗黒の世界にぽつんと残されたような恐怖。

 

 ――もうお母さんに逢えない?

 ――お父さんも? なんで……


 その時ふと、恵は気が付いてしまった。

 どんなに思い出そうとしても、両親の顔を思い浮かべられない事に。


 幼い頃、手を繋いで歩いた兄の姿は出てくる。

 だけどその向こうに居る筈の父親はどうやっても思い出せない。

 母親もだ。


「広瀬さん。お願いです。もう一つだけ教えてください」


 広瀬は『参ったなぁ』と言う表情を浮かべた。

 迂闊な言葉だったと気が付き、失態を悟った。


「答えられる範囲ならね」

「私の記憶からお父さんお母さんの記憶を消しましたか?」


 恵は真剣だった。

 しかし、広瀬は一瞬だけキョトンとしたあと、急に笑い出した。


「何を聞くのかと思えば! そりゃ傑作だ! わっはっはっは!!!」


 手を叩いてゲラゲラと笑っている。


「笑い事じゃないんです!思い出せないんです」

「当たり前だよ! 昨日からどれくらい君の頭に情報を詰め込んだと思ってるんだい?」

「じゃぁ上書きされちゃったんですか?」

「違う違う! あっはっはっはっは! 心配性だなぁ!」


 広瀬の手がポンポンと恵の頭を叩いた。

 そしてそのまま、ゆっくりと頭を撫でた。


「いいかい? それは人間の脳の神秘なんだよ。どれほど情報を詰め込んでも上書きされる事は無いし、記憶を消す事は出来ない。それにそもそも、一時的な情報過多の状況下で、過去の記憶を正確に思い出す事が出来る人間など、訓練しない限り存在しないし、いたら会ってみたいものだよ。研究対象にね」


 恵はなんとなく床に視線を落とした。

 なんとなく、自分が自分で無くなったような、そんな錯覚に陥った。

 改造されたのは身体じゃなくて心かも知れない。


 好むと好まざるとに関わらず、自分の意思なんか全く関係なく。

 自分は兵士になった。それも機械の兵士に。


小鳥遊(たかなし)さん。いや、バード。多分記憶的に混乱してるだろうけど、君、サイボーグになってまだ丸1日経ってないんだよ」

「あの。一つだけお願いが」

「可能な範囲なら、何でも」

「まだ、小鳥遊で呼んでください。恵でもいいですから」

「分かった。君を宇宙軍基地へ連れて行く時まで。僕は君を恵という名前で呼ぶ事にするよ。約束する。公的なとき以外は、そうする」

「……すいません」


 広瀬は笑顔で部屋の入り口を指差した。


「じゃぁ行こうか」


 広瀬に促され向かったのは、ドーム状になった広い部屋の中だった。

 部屋には小さな机があって、その向こうに背広姿の男性が二人ほど居た。

 机の上に書類を広げ、恵の到着を待っていた。


「やぁ おまたせ 恵さんを連れてきた」

「……? バードじゃないのか?」

「契約書にサインを入れるまでは恵という人格だ。間違えちゃいけないよ」


 ちょっと手厳しい上から口調で広瀬は言った。

 その言葉を聞きながら、恵は少しだけ安心感を覚えた。


「失礼しました。改めてご挨拶を。私は国連軍の本部付き一級事務官。佐野と言います。こちらはバンホーラ」


 隣に立っていた男性が軽く会釈し、釣られたように恵は頭を下げた。

 背の高いアメリカ人といった風体のバンホーラと、見るからに日本人の佐野。

 その組み合わせがなんとも面白かった。

 そんな恵の印象を他所に、バンホーラは流暢な日本語で話を切り出した。


「本来なら数ヶ月後、高度医療センターで行うお話だったのですが」


 佐野に勧められて恵は席に着くと、ちょっと離れた場所にある椅子へ広瀬も腰を下ろした。佐野は恵に見えるように書類を並べる。小難しい文言がびっしりと並んだ契約書だった。


「恵さん。あなたが重い病の縁に居る事は、実は随分前から我々も知っていました。そして、人並み外れた適応率を持つこともね。本格的に移植用レプリの建造が始まる前にヘッドハント。まぁ要するにスカウトする計画だったんです」

「……スカウトですか?」

「そうです」


 ニコリと笑って話を続けるバンホーラに、恵は生返事で答えた。

 バンホーラは佐野に何かを促すと、それに応じるように佐野は契約書の前に小さな機械を置いた。ぐるぐると回る地球のアイコンがホログラムになって浮かび上がる。


「我々宇宙軍は、地球から遠くシリウスまでを活動範囲とする巨大な組織です」

「はい。知識としては知ってます」

「そうですか。それはありがたい。我々の任務は大きく分けて三種類あります」


 恵の見ている先。

 立体映像に地球を取り巻く宇宙船の映像が浮かび上がった。


「地球上での紛争の仲裁と解決。これは、言うなれば反国連組織との戦いです」

「はい。ドラマなどで見ました。共産組織などとの戦いですね」

「そうです。主義主張の違いの為に戦争という手段を執る人々はまだまだ居るんです。残念ですが」


 バンホーラは溜息を一つついて、それから気を取り直したように恵を見た。


「二つ目は、地球生存圏での外敵集団の掃討です。ご存じかと思いますが、地球から独立を求める組織があります」

「シリウス星系ですよね」

「そうです。大変失礼ですが、三日前まで生死の瀬戸際だったとは思えない」


 バンホーラは真っ直ぐに恵を見つめた。

 その眼差しには驚きが満ちていた。


「ありがとうございます」

「我々は、そのシリウス星系の独立活動組織との戦いを主幹としています」


 ホログラフの画像が地球を取り巻く太陽系全体の表示へと切り替わった。


「三つ目はシリウス星系組織が送り込んでくる戦闘組織の出発点となる拠点をつぶすことです」

「出発点? それってシリウスなんですか?」

「いえ。残念ですが、現状では土星の衛星にある工業都市までもがシリウス星系組織の影響下にあります」

「じゃぁ、むしろあっち側が有利と言う事ですか?」

「そうですね。地球側は地上でまだまだ主導権争い中ですが、向こうは巨大な一枚岩組織です」


 太陽系軌道面に展開する影響圏の表示へと切り替わった。

 地球文明圏の直接支配エリアは木星の衛星にある都市までだった。


 絶対安定圏と呼ばれる地域は地球上のごく僅かだ。

 シリウス側組織のテロを100パーセント防いでいるとしている、最後のセーフティーゾーン。


「我々は優秀な兵士を一人でも多く必要としている。その為、あなたをスカウトするべく調査する事は随分前に決まっていました」


 バンホーラはいくつかの書類を整理して並べた。

 そこには恵の闘病の記録が書かれていた。

 高度医療施設へ運び込まれた頃から、調査の内容がグッと濃くなっている。


「なぜ私なんですか?」


 恵の問いは素直だった。

 直球ストレートにぶつけてくるものだ。


 バンホーラが何かを言おうとした直前、佐野がそれを制して口を開いた。


「遺伝子疾患で闘病される方に適応率の高い人が居るのはご存じかと思いますが……」


 佐野は書類を重ね置いた。恵の最後のカルテがそこにあった。

 あの日。意識を失った恵が辿った運命が詳細に記されていた。


  ―― AM6:35 病室訪問

  ――  38  自立反応停止を確認

  ――  42  緊急処置室へ搬入

  ――  45  緊急心臓マッサージ開始 人工心肺へ強制接続

  ――  52  胸部緊急切開 両肺基部石化を確認

  ――  52  同時刻、心臓冠状動脈部に石化進行を確認

  ――  55  消化器系大半の石化を確認

  ―― AM7:00 肝機能 腎機能の停止を確認

  ――  03  内臓系の機能停止現認

  ――  10  主任医師による脳殻ユニット部の摘出を決断

  ――  15  緊急救命用汎用レプリ体の用意を指示

  ――  22  頭蓋骨切開開始 脳膜部の石化を現認

  ――  28  緊急汎用レプリへの移植を開始

  ―― AM8:10 汎用レプリ体の抗体反応

  ――  25  レプリ抗体による脳殻ユニットの防御反応

  ――  45  拒否反応抑制物質投与

  ―― AM9:25 拒否反応停止

  ―― AM10:55 移植脳殻ユニットの自立反応を確認

  ―― AM11:35 脳殻ユニットの自立反応減衰

  ―― PM2:15 脳殻ユニット内の生命反応 ほぼ消失

  ―― PM7:25 脳殻ユニット内の脳波を確認 生命反応復活

  ―― PM11:00 汎用レプリ体の生命反応消失

  ―― PM11:55 脳殻ユニット再摘出 高濃度飽和酸素槽へ移動

  ―― AM2:45 サイボーグ用脳殻ケースユニット到着

  ―― AM4:50 脳殻ユニットのケース設置完了

  ―― AM5:10 脳殻内生命維持システムを起動

  ―― AM6:20 ニューロブリッジチップの培養を開始

  ―― AM9:00 国連軍専用シャトルにてサイボーグセンターへ緊急搬送


「これはカルテの一部を抜粋した物です。ご覧の通り、救命センターのスタッフは献身的にあなたを助けようと努力しました。ですが、残念な事態へと進んでしまい」


 カルテのコピーをまとめた佐野は鞄の奥深くへしまい込んだ。


「今さら言っても説得力が乏しいのは重々承知です。ですが、これだけは誤解しないで頂きたい」


 佐野の眼差しにいっそうの真剣さが込められた。


「私達は決してあなたを陥れようとか、或いは罠に嵌めて絡めとってしまおうとか、そう言う卑怯な手段では無く、あくまであなたの意思を尊重出来る形で契約する事を考えていたのです。ですが、その前に否応無くあなたをサイボーグ体へ移植する事になってしまいました。これについては一切申し開きの出来ない事実ですから」


 佐野は立ち上がって、深々と頭を下げた。


「純粋にお詫びします。きっと混乱された事でしょう。大変申し訳ありません」

「あ、あの、あの。謝ってもらうとか、そんな事無いですから。あの、すいません」


 恵はドギマギとしながら佐野に頭を上げてもらうとした。

 だけど、佐野は頭を下げ続けていた。


「正直に言います。あなたをスカウトしたのは、純粋に国連軍の都合です」


 演技ではない本音の言葉だと恵は直感した。


「都合?」

「そうです」


 佐野は頭を上げ椅子へと座りなおした。


「従来、国連軍の戦闘サイボーグは負傷兵のうち、重傷者や生存の見込みが無い者を生きながらえさせるための手段でした。ですが、サイボーグ兵の戦闘能力や使い勝手の部分で生身には到底まねできない部分がある事がわかって来たのです」


 佐野の眼差しがまるで恵を射抜くようだった。

 その眼力に恵は思わず眼を逸らしかけた。


「ですが、従来の負傷兵をサイボーグ化しただけの兵士では適応率の問題があって機体となる身体を制御しきれなくなって来たのです。恵さんが今入っているその機体は適応率90パーセントを越える一握りの人間しか使いこなせません。ですが、そんな適応率を持つ人間の数などたかが知れているんですよ。ですから本人の意思とは関係なく……」


 恵は言葉を失った。

 呆然として、佐野を見ていた。

 

 恵の耳から音が消えた……

 呆然としている恵が我を取り戻すまで。

 佐野とバンホーラは辛抱強く待っていた。


 中を泳いでいた恵の眼差しが再び佐野を捉えた時、佐野は真っ直ぐに恵を見ていた。一点の曇りも無い、純粋な眼差しだった。


「統合整備計画。我々はそう呼んでいます。高適応率の存在を探し出し、宇宙軍にサイボーグとしてスカウトする。その候補として、我々はあなたを探し出したのです」

「じゃぁ……私は計画的にサイボーグに()()()と考えていいのですか?」

「いえ、それは違います。ただ、結果的に本人の意思とは関係なく、きちんとした説明も契約も無いままにサイボーグになってしまったのは事実ですが」

「似たようなものですね」


 吐き捨てるように言った恵の言葉。

 その嫌悪感に溢れた心情の吐露は、佐野とバンホーラに届いただろうか?


 恵は何処か冷静にそんな事を考えていた。

 だけど、佐野は怯む事無く話を続ける事を選択した。


「実はもう一つ、重要な話なんです。どうか落ち着いて聞いてください。あなたが入っているその身体は、国連宇宙軍海兵隊のサイボーグチームが使う機体の中でも最高の性能を誇るモノです。それは本来、正式に契約を済ませてから移植される物なのです。重要な機密事項や守秘義務の入ったものなんです。はっきり言うと、シリウス星系側に渡すくらいなら爆破するような物です。従って、実に言い難い事なんですが、その」


 佐野の言葉が止まった。

 だけど恵はそれがなんだかピンと来た。


「私は拒否できない。そう言うことでしょうか?」


 恵の言葉に佐野は頭を上げた。

 その隣でバンホーラが驚いた顔をしていた。


「実は、広瀬さんから伺っていたんです。拒否権は無いって」

「そうですか」


 頭を上げた佐野が再び席に着いた。

 その向こう。広瀬は恵に向かってサムアップしていた。


「恵さん。実は一つだけ拒否する手立てがあります。ただ、残念ですが」

「やっぱり拒否したら死ななきゃ駄目ですか?」

「……死ぬ可能性は低いですが、ここでもう一度脳殻ユニットを取り出して、そして次の機関へ引き渡します」


 佐野の発した言葉を恵は達観して聞いていた。

 たぶんそうなるのは間違いないと思っていた。

 テレビドラマに出てくる宇宙軍は、融通の効かない官僚組織そのもの。

 そして今、自分の目の前にその組織の代表が来ている。

 その事に目眩を覚えるほどなのだが。

 

「大変申し上げ難いのですが、少々手違いがありまして、あなたは公式には死亡した事になっています。レプリ管理法の都合で、です。死亡届けが出てしまった以上、生き返ったと言うのは認められません。テロリストのレプリを送り込む定番の手法なんです」


 バンホーラが話を引き継ぐようにしゃべり始めた。

 随分と流暢な日本語だと恵は思った。


 目を閉じて聞いていれば、日本人が喋っていると思うレベル。


「……次の機関と言うと、どんな所なんですか?」

「そうですね……」


 佐野は別の書類をいくつか取り出した。

 地球規模、太陽系規模で事業展開する大企業の名前が幾つもあった。


「現状ですと、科学研究組織や関連企業など大体二十数社が受け入れを表明しています。あと、複合サービス産業です。入札を行って最高値をつけた所へ売却と言う形で移籍する事になります」


 来た!

 恵は身構えた。


「その中で一つを選んだ場合、私はどうなるのでしょうか?」


 努めて冷静に聞く努力をしているつもりの恵。

 しかし、声は上ずり、僅かに震えている。

 その心の機微を見透かすように、佐野は怜悧な眼差しで恵を見ていた。


「残念ですが、現状で軍の管理下を抜けた場合、あなたはあなた自信の『所有権』を持たない事になるのです。次の所有権を持つのは最高値をつけた組織なり企業です。つまり」


 一息置いた佐野が再び水を口に含んだ。

 ゆっくり嚥下した後、もう一つ息を付いてから恵をジッと見ている。


「残念ですが、書類上は消耗品か単なる機械扱いになります。もちろん、その企業や組織があなたをキチンと人間扱いするでしょう。ただ、法的立場は……」


 恐ろしい事をさらっと言って、佐野はテーブルの上に有った水を飲み干した。

 かなりのショックに恵は言葉をなくした。


 黙っていても事態は解決しない。

 このまま流されたら、本当に自分が自分でなくなるような気がした。


「今現状、私は私の所有権を持っていますか? 私は私で居られますか?」

「もちろんです。その点は安心してください。軍に居る限り、あなたはあなたです」


 佐野に続き、バンホーラが口を開く。


「サイボーグチームに限らず、軍へ参加する場合、安全上の都合で一旦必ず戸籍抹消を行うのです。ですが、除隊の際、戸籍を復活する事が出来るのです。軍に服務中は戸籍を軍籍台帳に一旦転記と言う形で個人の権利を担保しているからです。軍籍台帳に転記されると、ローカル政府の戸籍台帳からは削除されるんですよ。まぁ、これは色々と事情があるんですけどね」


「つまり、私が私で居るには、宇宙軍へ行かないとダメって事ですね?」


「そう言う事になります」


「もう一度その宇宙軍の方から一般の方に戸籍を移すって出来ないんですか?」


「……一般にレプリの寿命は最長で8年です。サイボーグの基本契約は10年になります。10年後に移すという選択肢しかありません。これも、レプリ対策なんです。夥しいテロの犠牲の上に作られた対策なんです。大変申し訳ないとは思いますが、どうか、この点だけはご理解してください。地球人類合計で30億以上がテロの犠牲となった結果、こうなってしまったのです」


 悲痛そうに目を閉じてうつむく恵。

 部屋の中に落胆と悲しみの空気が漂う。


「……私でも宇宙軍の海兵隊って勤まるでしょうか?」


「そう言う風に作られている身体です。何も問題ありません」


「でも、私は……」


 恵は不安なんだと佐野は理解した。

 軍隊の多くは志願兵で賄われるのが常識だ。

 徴兵で集めたやる気の無い人間が戦地へ送り込まれれば戦死一直線。


 それ以前に組織の中でトラブルメーカーになるのは間違いない。

 まして、恵は生死の境にいた病人。

 命のやり取りをするような鉄火場へ送り込まれて生き残れるのか?

 ……と不安になるのは仕方がない。


「恵さん。今からちょっとショッキングな話をします」


 佐野は幾つかの資料を取り出し恵の前へと並べた。

 宇宙軍のシンボルマークが印刷されたパンフレットだ。


「これは宇宙軍へ志願する若者へ見せるパンフレットです。ここに書かれている事は全て事実です。包み隠さずお話します」


 佐野の眼は、真っ直ぐに恵を見つめた。

 僅かな沈黙の後、佐野はおもむろに話を切り出した。

 相当言葉を選んだのだと恵は気が付いた。


 なんとなく知ってはいるが、その全体像から細かなディテールまでを把握しているわけではない。恵の鋭い眼差しが佐野へ注がれた。


「国連軍の内訳は五種類あって、それぞれ地上軍、宇宙軍、海兵隊、特殊作戦軍、情報戦略ロケット軍というのですが、海兵隊に限らず国連軍の一般兵は16歳から22歳で志願と言う形で入隊します。そして、志願兵が送り込まれるのは、戦略ロケット軍以外の四つなんです」


 佐野は指を折って数を数えながら、出来る限り丁寧な説明を始めた。


「基本兵役は三年間なのですが、実際に戦闘の現場へ送り込まれ任期を無事に終える兵士は最新のデータですと80パーセント未満です。つまり、100人のうち20人ないし25人程度が何らかの形で離脱しています。ですが、その内、戦死に相当するのは実は5人です。残りは素行不良だとか、或いは職務規定違反で不名誉除隊と言ういわば追放なんです」


 丸いグラフの描かれた書類を見せながら、佐野の説明は続いた。

 内訳を示す表示はビジュアル的に解りやすい。


「三年の基本兵役を終えた大半の兵士が更に2年のオプション契約を選択し、平均5万米ドルのボーナスを受け取ります。そして、オプション満期までに問題を起こさず勇敢に戦い、階級を上げ、職務に忠実であったと表彰された名誉除隊者は、社会に戻ってから様々な恩恵と特典が与えられるのです」


 佐野の広げた資料には様々な記述がある。

 名誉除隊者が受ける社会的優遇は様々だった。


「戦死するかもしれない軍隊へ志願するって変だと思いませんか。実は志願兵の多くは貧困層や犯罪予備軍。薬物中毒やアルコール中毒。それから、戸籍の無い私生児といった、社会の影の側出身なんですよ。必死に這い上がりたい人々を助ける為の最後の受け皿が軍隊なのです。ですから、軍隊はそのような人々に適正な教育を施し、様々な技術を習得させ、人間的に成長させる事に重きを置きます。つまり、軍隊とは教育機関でもあるのです」


 資料のページを捲りながら、佐野は淡々と説明を続けていた。


「我々はあなたを心無き殺人マシーンにしようとか、或いは、殺戮と暴力の限りを尽くす人間兵器にしようとか、そう言う事を考えているのではないのです。志願してやってくる多くの人々と同じ様に、生死の境に居るあなたを救い、この世界で生きていく為のポジションを用意し、誰かに疎まれるのではなく、感謝される存在になって欲しい。そう願っているのです。ですから、恵さん。仮にあなたが国連軍と契約し、あなたが入っているその身体の能力を100パーセント発揮して、これから生きていくのだと意思表明されるのでしたら、我々はあなたに最高の教育を施せると、そう自信を持って宣言できます。あなたを人類の守護者に育て上げる。誰からも感謝される存在に」


 滔々と語る佐野の言葉に恵は途中で飽きた。

 聞きたい事はそうじゃ無いよ!と叫びたかった。


「すいません。質問を変えます。私は何をすればいいんですか?」

「……質問の意味が行く通りにも解釈出来るので難しいですね」


 佐野はちょっと困った風だ。

 単純に言えば海兵隊で兵士をすればいいのだ。

 だけど、恵の問いはそうではないようだ。


「あ、すいません。要するに、サイボーグって何をさせられるんですか?」

「そう言う事ですか」

 

 バンホーラが先に恵の真の不安を理解したようだ。

 志願兵ばかりの軍隊に素人のサイボーグが強制入隊させられ送り込まれる理由。


「海兵隊と言う組織は大体でいいですからご存知でしょうか?」

「はい。地上軍が宇宙船から送り込まれる前に使われる所ですね」

「そうです。これを専門用語で橋頭堡築造先遣隊と言うのですが」


 ニヤリと笑ったバンホーラが佐野を見た。

 どこか勝ち誇ったようにも見えるのだが。


「海兵隊とは宇宙軍のように大気圏外で宇宙船同士の戦闘を行い、大気圏へ降下する準備をし、地上へ向かって降りて行って、守る側を排除するんです。宇宙軍と地上軍両方の役をやるんです。だから海兵隊は一番死傷率が高い。実はほんの五十年ほど前までは不名誉除隊を除き満期で終える兵は70パーセント未満でした。今は改善されて95パーセント程度ですが」


 シリアスな話を淡々と続けるバンホーラに、恵はふと違和感を感じた。

 なんと言うか他人事のような口ぶりだった。


「……酷いですね。でも何でそんなに改善されたんですか?」

「実はその理由こそ、あなたなんです。恵さん。サイボーグが送り込まれる場所です」


 僅かではない警戒と狼狽の色が恵の表情に浮かび上がった。

 だけど、そこへすかさず佐野のフォローが入る。


「先ほど申し上げましたが、サイボーグは基本契約が10年です。その10年の間に死亡するケースは100人中、僅かふたりです。人並み外れた武装による打撃力。耐久力。敏捷性。その全てがサイボーグの武器です」


 話を聞きながら、恵はぽかんと口をあけた。


「そして先ほどの続きです。地上軍展開の前段階。橋頭堡を築く為に降りる海兵隊の降下艇に乗って一緒に大気圏突入するのですが、サイボーグは途中で降下艇を飛び出し、先に地上へ降りるんです。一気に降下して地上へ到達し、降下艇が撃墜されないように敵を叩くんです。軌道降下強襲歩兵と言います。とんでもない次元まで徹底的に訓練された海兵隊員を地上へ導く最強の先遣隊。それがサイボーグの役目です」


 あまりに突拍子も無い言葉が出てきた。


「はい?」


 空中から飛び降りる?

 先に降下する?


「なんで? 何でそれが私なんですか?」


 言葉を失って呆然自失状態の恵。

 しかし、畳み掛けるように佐野は言った。

 まるで勝ち誇るように笑みを浮かべて。


「適応率です」


 ジッと軽の目を見ていた佐野は、ホログラムの画像を切り替えた。

 空中に浮かび上がるのは大気圏へ突入する降下艇の映像。


 高度30キロの表示がでて、それがドンドン減っていく。

 やがて降下艇のハッチが開いた。


 中から飛び出してきたのは、全身に外部装甲を纏ったサイボーグ。

 その姿を恵は鎧武者だと、或いは、西洋の甲冑を来た騎士だと思った。

 全身に様々な装備を括りつけて飛び出している。


「彼らサイボーグは高度10キロから15キロ前後で空中へ飛び出します。もちろん、こんな高度で生身が飛び出せば急減圧で死んでしまいます。降下艇はその辺りの空中を飛び続け、地上の準備完了を待ちます。サイボーグは一気に降下して行って、高度500メートル前後でパラシュートを展開。この時の急減速も生身では耐えられません。地上へ到着したら降下艇用の場所を確保する為に防御陣地を片っ端から潰していきます。まずは一艇。降下着上陸さえしてしまえば、海兵隊は最強の組織です。猛者中の猛者が揃った降下班の兵士が仲間の為に場所を確保して行き、やがて地上軍展開用の橋頭堡を築くのです」


 佐野の説明が続く中、恵はぽかんと口を開けたままだった。


「無理です! 無理! 私には出来ない! 無理無理!」


 必死に否定する恵を見ながら、バンホーラが笑い始めた。


「みんな最初はあなたと同じ反応をしますよ。私がこの職務についてから、大体30人はお話しましたが、みんな同じ反応でした。だけど今ではみんな立派な降下隊員として活動しています。私は今確信しました。あなたは間違いなく、サイボーグ隊でやっていける逸材です。実は説得が難しいなら諦めようと思ってましたけど、気が変わりました」


 恵は驚いた表情でバンホーラを見た。

 だけど、そんな事など歯牙にもかけず、むしろより一層の熱を帯びつつあった。


「正直に言いますが、説得がダメな場合はサイボーグの身体を返してもらう算段でした。その場合、様々な業界があなたに声を掛けるでしょう、なんせ適応率が事実上100パーセントの逸材です。あなたが嫌がるセックス産業だけじゃありません。高度先進研究機関などが声を掛けてくると思います。はっきり言いますが、今のあなたならサイボーグを必要とする業界から必ず声が掛かります。間違いなくバラ色の未来です。ですが、これだけは言わせてください。あなたに声を掛けてくる全ての業種で、我々海兵隊の、宇宙軍のシステムに参加し、一員となる事こそ、あなたにとって最高の選択だと私は確信します!」


 気圧されるように引いていた恵を他所に、バンホーラは広瀬を呼び寄せた。


「ミスタ広瀬。シミュレーターやってみよう!。ミス恵に海兵隊の何たるかを経験してもらえば良い!その上で判断してもらおう。それが良い!」





 ■ ■ ■ ■ ■





 ――― 一方的に捲くし立てられ、一瞬の虚を突かれた。

 あの時はっきり『嫌だ』と言っていたら、きっと違った人生になっていた。

 だけど、海兵隊がどれ程私を必要としているのかと鬱陶しい位に言われた後だった。一度くらいなら良いですよと、そんな譲歩をしたが、一番の間違いだったと思う。

 ただ、後悔はしていない。少なくとも今現状で後悔は無い。

 ここへやって来て最高の仲間に出会えたのは事実だから―――





 コンコン!



 バードの私室を訪れた何者かのノック。

 誰が来たかは言わずと知れて解っている。



 ―――― Come in(どうぞ)



「女性の部屋だが失礼する」


 男性士官一名と女性準士官二名がドアを開けて部屋へ入ってきた。


「バード少尉。自分は軍警安全査察部のミッシング大尉だ」

「ご苦労様です。大尉殿」


 背筋を伸ばし、美しいフォームでバードは敬礼した。

 その姿を見てミッシング大尉は敬礼を返した。


「貴官には意味の無い事だが、これも任務だ。申し訳ないが」

「了解しています。どうかご遠慮なく。ただ、私は」

「解っている。武装解除はしなくて結構だ。貴官の任務は自分より遥かに重い」

「恐れ入ります」


 テーブルの上に並べて有った書類を全部裏返して、白紙のまま並べた。

 その所作を眺めていたのは、ミッシング大尉の後ろに居た二人の女性準士官だ。


「査察は後ろの二人が行う。いくら査察部でも、男が女性の部屋をあれこれ調べるのはマナー違反だからな。自分は部屋の外に居るので貴官は立ち会ってくれ」

「はい。そのように。で、この書類に関しては……」


 きつい眼差しでバードは女性準士官を睨み付けた。

 息を呑んで一瞬顔を見合わせた準士官たちだが。


「見なかった事にしておきます」

「そうね。一応機密書類だから」


 書斎の鍵付きレターケースを開錠し、クローゼットやシャワールームや全ての扉を開け放って中を全て見せたバード。


「どこでも調べて頂戴。やましい所は一切無くてよ」


 ニコッと笑って場の空気を軽くする努力をしたバード。


W-3(三等准尉)シンディです」

W-4(四等准尉)キャロラインです」


 その心配りに気が付いたのか、シンディとキャロルの表情が軽くなった。

 ミッシング大尉が部屋の外へ出た後、女性二人が部屋の中を確かめている。

 その作業に立ち会いながら、バードは軍隊の真実を垣間見ている。


「怖いくらい片付いてますね。少尉殿」

「そう躾けられたからね。士官学校で」

「でも、他の方のお部屋は……」

「散らかってるでしょ? 片付け甲斐があるくらい」


 シンディがニコリと笑った。

 キャロルは無線探知の端末を見ながら反応を探している。

 盗聴器など防諜業務も重要なのだろう。


 三十分ほど掛けて部屋の隅々まで確かめて、最後に書斎のデスクを改める段になった。緊張の面持ちでシンディがバードを見た。


「こちらの書類は?」

「うーん…… まぁ要するに、ネズミを捕まえるネコの諸注意」

「そうですか」


 キャロルは書斎周りの電波発信源を探している。


「少尉殿自身の通信電波以外に盗聴器や発信機の兆候は見られません」

「ところで少尉殿。この本は?」


 書きかけだった日記が見つかって、バードは少しだけ恥ずかしそうにした。


「今書いてる日記。まだ一冊めだけど」


 手にとってパラリと中身を見せた。

 びっしりと書き込まれた日本語の文字に准士官が眼を丸くした。


「この文字は日本語ですか?」

「そう。日本語がネイティブだから」


 つまり、日本人だとバードはカミングアウトした。


「そうですか。中身は理解できませんからご安心を」

「ありがとう」


 シンディとキャロラインは顔を見合わせてから頷いた。


「お手間をお掛けしました。これで終わります」

「ご苦労でした」


 その会話を聞いたのか、ミッシング大尉が再び部屋へと入って来た。

 ぐるりと見回して室内に驚く。


 コインも挟めないくらい仕上げてあるベッドや、石鹸カスどころか水はね一つ無いシャワー周りなどにバードの性格が出ている。


「士官学校のラック(ベッド)を思い出すな。毎朝室内検閲で絞られたもんだ」

「そうですか。私はシミュレーターの中でしたが、それでも四年分経験しています」


 同じ士官にしか理解できない事なのか。

 ミッシング大尉が苦笑いを浮かべた。


「少尉。手間を掛けた。これで終了する」

「お気遣い有り難うございました」


 室内検閲チームが部屋を出て行った後、ドサリと椅子に腰を下ろし書類を片付け苦笑いのバード。士官学校のプリーブ(一年生)時代に経験した緊張を思い出した。


「まだまだだなぁ」


 ふと、そんな事を一人ごちていた。


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