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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第11話 シリウスへ向けて愛と青春の旅立ち
119/354

予想通りの地獄


 ――――南太平洋 ソロモン諸島東部 サンタクルス諸島群

     現地時間 6月16日 1100  






 穏やかな南太平洋の水面は真っ青な空を映したように群青だった。

 雲ひとつ無いソロモン諸島の上空からエアボーンで降下してきたBチームは、サンタクルス諸島東部にあるまだまだ若い火山島へと着上陸を果たした。穏やかな砂浜が続く島の海岸はゆっくりと波が打ち寄せていて、ややもすれば任務を忘れ、グダグダとしたくなる様な情景だ。


「……こりゃ、調子狂うな」

「全くだ」


 ジョンソンとスミスは顔を見合わせて軽くぼやいた。

 着上陸した砂浜から見て、島の中心部は緩やかな丘になっており、その丘の頂上に向かって鬱蒼とした森が広がっている。問題はその森から溢れるように姿を現しているヘビだ。


「なんつうか……」

「これはこれで極限環境だな」


 降下の最中ですでに浜辺に蛇の姿を見つけていたバードだが、いざ浜辺へ降りてみれば、思わず仰け反るような密度だった。直射日光を嫌い、茂みや薄暗い木陰を行くはずのヘビが、ここでは遠慮無く砂浜を進み、そして森の中へと消えていく。

 その森には獣の気配が一切無く、また、ネズミなど齧歯類の姿も一切確認出来ない。あのペイトンですらもボヤキをこぼし、博識のビルは生物の成育限界を超える量なヘビの数に舌を巻いた。


「とりあえず建物を目指す。全員装備を再点検しろ」


 テッド隊長の声に弾かれ、全員が銃を構えた。

 ただ、いつものようにライアンとペイトンが先頭に立ち、その後ろにロックとバードが続く陣形ではなく、先頭中央にバードが立ち、右にペイトン、左にライアンが付く。そして、バードのすぐ後ろには軽機関銃を構えたロックがついた。

 シェルトレーニングで散々とやったパンツァーカイル陣形の応用版だ。密集陣形を取れば軽機関銃の一掃射で全滅してしまうのだから、やや散開陣形とも言える状態なのだが、反応速度に優れ反撃の打撃力と即応力に優れた突撃集団を形成し、真っ直ぐに斬りこんで行く殴り込み仕様と言う状態だった。


「トラップなし。磁気誘導反応なし。赤外線、紫外線センサー反応なし」


 やや後方に陣取っているジャクソンは、スナイパーの職能を使ってトラップの警戒に余念が無い。火星降下の際には敵スナイパーに狙い撃ちされた苦い教訓があるので、この日は迷わずL-47では無くS-16を装備していた。こうすればスナイパーだと相手にも気が付かれないで済む。


「警戒警報などの発報反応なし。全バンドで接近警報なし」


 無線電波などを警戒していたジョンソンも同じように報告を上げた。事前情報では無人になっている可能性が高いと言う事だったのだが、無人だからと言って戦闘力が無くなっていると判断するのは早計だ。AIによる自動戦闘は下手な生身の兵士よりも余程陰湿でしつこくて、そして手強い。


「全員警戒を崩すな。バード。ペイトン。ライアン。前進しろ」

「イエッサー!」


 テッド隊長の指示でBチームは前進を始めた。

 降下前の事前ブリーフィングを半ば聞き流していたバードだが、それでも諸注意の中にあった化学兵器テロの拠点という情報は頭に残っている。


 ――とりあえず地上の話だ


 そう切り出したドリーは降下艇の内壁にあるタッチスクリーン型のディスプレイボードに情報を表示させ、副長の仕事を淡々と推し進めた。


 ――地上にあるのは年代物な研究施設が2棟と……


 バードも聞いていたその情報に寄れば、研究所の建屋の他に大型ヘリも収容出来る格納庫がひとつだけだ。研究施設は地上2階地下1階と思われ、設計図通りならとドリーは注釈を付けた。


 ――ここではヘビ毒と生態の研究をしていたらしい……


 そこから先の情報は、さしものバードも目を背けたくなるような物だった。

 表向きな情報としての生態研究がカモフラージュなのは言うまでも無い。

 実体は神経毒などを研究し、運用していた反地球政府組織のテロ拠点だった。


 国連組織が把握しているだけで、この10年の間に地上15カ所で小規模な化学兵器使用テロを行っている。大規模爆発物などと違い科学系は規模が小さく済むのがありがたいのだが、被害者は深刻な被害を負っている。


 ドリーは表情を変えずに淡々と説明を続けた。しかし、画面に表示された被害者の例は非常に悲惨な物だった。思わず目を背けたくなるようなひどい炎症や神経毒による神経系異常。さらには脳をやられ寝たきりレベルにまで運動能力を失った者などなど。そして、最も悲惨なのは被害を受けた妊婦から産まれた子供だ。

 産まれながらに深刻な障害を背負っていて、四肢欠損だったり無脳症だったり悲惨なケースが続出している。


 ――なにそれ……


 少しだけ腹の立ったバードは内心に悪態をついた。

 そして、反政府活動の為に無関係な者たちまで巻き込む、先鋭化した過激派を苦々しく思う。だが……


 ――運が悪かったね


 それ以上はどうこう出来ないのだから、そう割り切るしか無い。

 起きてしまった事について責任を取る事は出来ないのだから、次の犠牲者を生み出さないように、最大限の努力をする事が肝要だ。


「あっ 見えてきた」


 見通し距離の取れない環境下だが、それでもバードの持つ高解像力なイメージセンサーが森の中に建物の外壁を捉えた。

 ビッシリと蔓性の植物に覆われたその建物は、本当に年代物な鉄骨モルタル作りの古ぼけた建物だった。

 警戒態勢を崩す事無く慎重に接近を続ける面々は、気が付けばシェルで戦闘をするように大きなフォーメーションになっていた。屋内戦闘や閉所突入と違いオープンなフィールドに近いジャングルでは大きな陣形を可能とする。

 密集して生える棘付きの植物が戦闘服に引っかかり、アチコチで足を止められてしまう。だが、バリスティックナイロンよりもはるかに強い超高分子ポリマーを繊維状に仕立てて更に衣類化してあるこの戦闘服では、さしものヒマラヤンブラックベリー並みな棘をもってしても植物の側が負けてしまうようだ。


「鬱陶しいわね。この棘」

「遠慮なく引きちぎっていけよ」


 バードの愚痴にライアンは軽口で返した。

 遠慮する事無く前進するライアンは、ブチブチと鈍い音を振りまいていた。

 地力に勝るサイボーグの脚力は、身体中に絡みつく棘のブッシュ全てを引きちぎりながら前進する事を可能にしている。馬力に勝る上に血を流さないのだ。


 ただ、それはブッシュの中の話であって、ここにはもう一つ、面倒な物が存在しているのをライアンは身を持って思い出していた。


「いでっ!」


 突然素っ頓狂な声をライアンがあげ、全員の視線が一斉にあつまった。

 ライアンの左脚に黒いヘビが絡み付いていて、足首部に噛み付いていた。

 ブッシュの底に当るエリアでジッと息を潜めていたらしい。


「第1号だな」


 楽しそうに笑ったダニーの声に、ライアンは苦笑いを返した。

 生身の人間なら致命傷になりかねない毒蛇による咬害だ。

 サイボーグである事を神に感謝するレベルだとバードは思う。


「これ、なんだ?」


 忌々しいと言う口調で苛立たしげに吐き捨てたライアンは、足首部に噛み付いたヘビの胴体を掴み、力任せに引っ張った。ブチリと鈍い音を立てて蛇が引きちぎれるも頭は足首部分に残っている。牙が引っかかって居るような状態の頭を外し一思いに握りつぶした。

 一瞬だけ痙攣したヘビの頭部はボトリとジャングルに落ちた。寸法から言って他のヘビが丸呑みするには大き過ぎる。咀嚼せず丸呑みするヘビの食事スタイルだと、この状態での死肉食も無さそうだ。

 しかし、不思議な事に森の中にはヘビの屍体が見つからない。腐って落ちるにしても、骨くらいは残っていて良さそうなものだが。


「データによれば……」


 ドリーはデータベースを探して類似する蛇を探す。


「ブラックスモールアイドかコモンブラックだな。どっちにしろ猛毒だ」


 アチコチからヒェーと冷やかすような言葉が漏れる。ライアンは苦笑いを浮かべながら『パープルハート(名誉負傷勲章)申請できるかな?』などとジョークを飛ばしている。


「死んだら申請出来るんじゃないか?」

「もう死んでるようなもんだけどな」


 ペイトンのきついブラックジョークにダルいジョークで返したライアンは、軍用ブーツを貫通した蛇の牙をブーツから引き抜いた。


「どうでも良いけど、コンバットブーツ貫通しやがるぜ」

「牙がより鋭利に進化しているように感じるな」


 冷静な分析を見せたドリーはキョロキョロと茂みの中を探した。


「なにやってんだ?」

「いや、サンプルを探してるのさ。もって帰れば研究できるだろ」


 ドリーの言葉を聞いたスミスやリーナーも辺りを探し始める。

 ブッシュの中で絶妙にカモフラージュされる保護色のヘビを見つけるのは、並大抵の事では無い。


「なぁバーディー。赤外で見つけられないか?」


 そうジャクソンが声を上げるのだが、バードより先に応えたのはビルだった。


「ヘビは恒温動物だ。周辺温度と差が少ないから見つけるのは困難だろう」

「……そうだよね。実はさっきから赤外で見てたんだけど」


 自分の勘の鈍さに表情をしかめたバード。


「どうりで見つからないわけだ」


 バードのボヤきにあちこちから失笑が漏れ、バード自身も苦笑いだ。

 明らかに脳が疲れきっているが、サイボーグに肉体的疲労がないのだから後は気の持ちようとも言える。


「全員少し気を締めろ。緩みすぎだ」


 疲労と環境の鬱陶しさに気の緩んでいたチームだが、テッド隊長は手綱をギュッと締めて意識レベルを一段引き上げた。

 敵の姿がないとは言え、ここはシリウス派の拠点なのだ。少なくとも周辺警戒を緩めて良い場所ではない。蛇の潜むブッシュの中に磁気反応地雷か埋まっているかもしれないのだ。


「見れば見るほど不思議な島だな」

「全くだ。こいつら普段、何食ってんだ?」


 ロックの後方で再び左右を警戒し始めたビルとジャクソンは、そんな言葉を交わしながらゆっくりと前進を再開した。

 辺りには濃密な森の空気が有るばかりで、ジャングル特有の獣臭が全く、それどころか、屍肉の放つ腐敗臭や便臭、死臭すらもない。


「常識的に考えて、これだけヘビがいれば便臭くらいはするもんだが」


 首を傾げるドリーはビルと目を合わせた。


「多芸な奴が揃ってるB中隊だが、生物学は弱点だな」

「そうだな。俺も生物学は専門外だ」


 自嘲気味に肩を振るわせたビルは、いきなりブッシュの中に右手を突っ込んだ。

 ガサリと音を立てて引き抜いたその手には、ブラウンの縞模様に彩られた太いヘビが捕まれていた。


「こりゃ大物だ」

「いっそバーベキューにしてやるか」


 こんな時のアメリカンジョークはジャクソンの十八番みたいなものだ。

 まさか本当に食べるとは思わないが、それでも食料が無いなら何でも食べるのが兵士の定め。


「まさか本当に食べないよね?」


 念のため確認したバード。

 やや怪訝なその声に、ジャクソンは爽やかな笑みを添えて言葉を返した。


「バードはどっちが良い?」

「なにが?」

「バーベキューがいいか、それとも生でいくか」


 思わずウヘェと表情を変えたバードにみなが笑った。


「どっちにしろメシは浜辺でバーベキューの予定だが、新鮮ならサシミも良いんじゃないか?」


 今のジャクソンはスナイパーではなく宴会部長モードだ。


「……ヘビのお刺身? 食べるの?」

「嫌か?」

「……あまり歓迎しない」


 コレでも私は花も恥じらう乙女でございますよ!とアピールしたバード。

 だが、それをそのままに受け取るほど素直な面子でも無い。


「……やっぱ味付けの問題か?」


 全く疑う事無くペイトンはボソリと呟く。

 間髪入れずにライアンが応じた。


「いや、ダイエットの問題じゃねぇ? 地味に高カロリーとか」


 腕を組んで真剣に考えているふたりを眺め、ダニーが冷ややかに笑った。


「バカか。サイボーグが太るかよ」

「じゃぁ……小骨が多くて食べにくいとか」


 アゴをさすりながら考え込むライアンの仕草は、最近どうにもテッド隊長に似てきた。皆がそんな事を思うのだけど、ただ一人バードだけは『もうっ!』と言わんばかりに表情を顰める。


「まぁ、それは後で考えろ」


 半ば呆れて話を聞いていたテッド隊長の一声で、再び全員の注意レベルが引き上げられたら。

 こういう部分での切り替えはさすがだとバードは常々思っているのだが、自分も同じようにパッと切り替えている事を彼女自身はまだ気付いていない……


「建物まで350メートル」


 バードは自前のレーザー測距で計ったデータを読んだ。

 まだまだ茂みに隠れている部分が多いが、それでも驚くほど大きな建物だ。

 自前情報ではヘリの格納庫が有ると言うことだったが、それも納得の大きさだ。

 大型ヘリどころかティルトローター機もすっぽりと飲み込む大きさだ。


「慎重に前進しろ。バード。なにも見逃すな」


 テッド隊長の声に緊張感があふれた。

 警戒レベルをさらに一段アップさせ、摺り足に近い足運びで接近する。

 バードのもつ赤外シーカーには何も反応が無い。

 しかし、だからといって警戒を緩めて良いと言うことではない。


「アッ!」


 突然誰かが叫んだ。同時に銃声か響いた。

 どうこう考える前にバードはその場に伏せた。

 積み重ねてきた訓練と実戦の中で身に染み付いた癖だ。

 伏せたバードの目の前にとぐろを巻いた蛇が居た。

 鎌首をもたげたのだが、その蛇の頭をバードは握り潰した。


『どこから撃ってきた!』


 すべての会話を無線に切り替え、ジャクソンは本能的に敵スナイパーを探した。

 同時にダニーが全員に被弾確認をとり、応急救護の必要性を確かめた。


『たれも撃たれてないな』

『それどころか、硝煙反応が無い。レールガン系の残留磁気もない』


 ガンナーらしいスミスの確認でバードは全員が無事なのを知った。

 自分が撃たれていないのだから、仲間の誰も撃たれていない。

 根拠など無いがバードはそう確信した。


 そして、もう一つ確信した事がある。


 ――これはただのブラフ……


 先ほどからずっと赤外で見ていたバードにしてみれば、生身の兵士なりレプリなりが撃った可能性を100%排除出来る。生物が放射する赤外を捉えられないなどブレードランナーの職能としてあり得ない。

 如何なる条件でもレプリカントを探し出し、処分するだけの能力を与えられた存在であるバードだ。密林の中とは言えスコールなどの障害が一切無い状態で赤外反応を見逃す事は200%あり得ないと断言出来る。


「ねぇジャクソン!」


 全員が無線で会話する中、バードは遠慮無く声を出した。


『おぃ!』


 慌てて言葉を返したジャクソン。

 だが、バードは遠慮無く声を出した。


「辺りを確認してて! スミスも!」


 構わずに大声を出したバードは、突然スクリと立ち上がった。


『バカ!』

『なにやってんだ!』

『伏せろ!』


 仲間達が口々に叫ぶ中、バードは立ち上がって辺りを確かめる。

 確証は無いが、それでもいくつかの仮説があった。


 ――生身の兵士なら絶対見つけているはず

 ――動体センサーでの射撃ならヘビがセンサーに引っかかるはず

 ――温度センサーでの射撃なら体温の無いサイボーグには反応しないはず

 ――光センサーならセンサー部分に当たっている限り撃たれ続けるはず

 ――つまり、定期的なブラフの可能性が高い

 ――音だけの装置か、空砲だ


 自信があるかないかで言えば、確実にある。

 バードはそう胸を張って言える状態だった。

 そして、ゆっくりと辺りを見回し、射点になりそうな場所を探した。


「今のは確実にただの脅しよ!」


 そう叫んだバードは耳を澄ました。

 高感度センサーの塊であるバードの耳が『カチャリ』と言う音を捉えた。


 ――ッ!


 声にならない声を発し、バードは手にしていたYackを構えた。

 バードの鋭い眼差しはジャングルの中に見え隠れする物体を捉える。

 その正体を識別する前に、バードはトリガーを引き絞った。


『 死 体 は 反 撃 し て こ な い 』


 戦場に存在する一大原則は、地上でも宇宙でも全く一緒だ。

 鋭い射撃音を放ち銃口を飛び出していった13ミリの巨大な弾丸は、的にした物体に命中し、鋭い金属音を放ちつつ、幾つも火花を散らしていた。


「……なんだ? 今の音」


 無線では無く実際に声を発したロックは、バードのやや後ろに立ち上がった。

 ロックの身体が持つ動体視力性能はチーム最強だ。

 軽機関銃を地面に置き、ソードを抜いて茂みへと近づいていく。


「音からしたら分厚い装甲か金属の塊だな」


 ロックに続きスミスも立ち上がり、愛用の重機関銃を構えて狙いを定めた。

 それに触発されたのか、Bチームのメンバーは次々と立ち上がる。


「……なんだこれ?」


 茂みの前で首を傾げたロックは、ややあって一気にソードを走らせ、ツタや枝などを刈り払い始めた。通常であればジャングルマチェットの出番なのだが、ロックの持つ技量であれば刃こぼれなどさせずにソードでの刈り払いを可能にした。

 そして。


「……音だけビックリ装置ってことか」


 ライアンがぼやいたその機材は、定期的に射撃音を発する機材だった。

 新兵訓練に使うその機材は、激しい射撃音が鳴り響く環境を再現する為の物だ。


「ここは演習地だったのか?」


 辺りを確かめたジョンソンは、最終的にそう言う結論に達した。

 ただ、わざわざこんな南太平洋の孤島で演習する目的が判らない。


「案外、シリウスシンパな連中もバカンス目的だったりしてな」


 吐き捨てるように言ったライアンは、ビックリ装置を蹴飛ばした。

 ゴンッ!と鈍い音が響き外板が凹んだ装置は、内部で機械の壊れる音がした。


「まぁいい。ペイトン、ライアン、ロック、バード。突入準備だ。残りは周辺を警戒しろ。何も見落とすな。良いな」


 テッド隊長はビックリ装置の電源を探してメインスイッチを切った。

 鈍い音を立てていた装置はそれっきり沈黙し、機能を停止したらしい。


「……ここにも居たか」


 テッド隊長の手には赤茶色の大蛇が捕まれていた。

 装置の裏手で隠れていたらしい。


「周辺の蛇を掃討しろ。生き残りが居ると後で二度手間だからな。面倒を残すな」


 隊長の声に触発され突入チーム以外の皆が辺りを巡回する。

 島の中心部にほど近いここは、浜辺以上に高密度で蛇が居た。


「しかしまぁ、なんだ。研究施設と言うより……」

「あぁ。どっちかというと訓練施設だな」


 ドリーのボヤキにジョンソンが応えた。

 この私設の外装はまるで、新兵訓練所にあるCQBトレーニングの設備だった。



 これ見よがしな建物外階段に小さな窓。そしてシャッターゲート。


「……またエディは何か隠してるな」

「間違いねぇ。後から種明かしするぜ、きっと」


 建物の周囲をぐるりと一周回ったジョンソンは、ドリーと一緒に夥しい量の蛇を切り刻んでいた。ぶつ切りにして辺りにバラ撒けば、まだ生きている蛇がそれを飲み込みにやってくる。

 そんな蛇を捕まえては再び切り刻んで辺りにバラ撒き、隠れている蛇をおびき出す事を繰り返した。黙々と作業する二人だが、その周辺ではスミスやリーナーがビルとジャクソンを相方にして、広範囲な処理作業を進めている。


「取っても取っても限がねぇな」


 段々と作業に飽きてきたジャクソンがこぼす中、ペイトンはロックとバードにライアンを加え、フォーメーションの確認をしていた。


「面倒は考えねぇ ロックとライアンはバーディーのフォロー。俺はバーディーの後ろに陣取る。バーディーは考える前に弾をばら撒け。掃討は15分で終らせる。チャッチャやって後はのんびりって作戦だ。質問は?」


 全員の顔を見たペイトンは反応が芳しいものと判断して右手を振って、テッド隊長に視線を送る。その隊長はさっさと行け状態で手を振っていた。


「よし。サクサク片付けよう」


 緊張の突入劇が始まった。



 ――――南太平洋 ソロモン諸島東部 サンタクルス諸島群

     現地時間 6月16日 1400






 ペイトンは厳しい表情で手順の再確認を始めた。


「ロックが蹴り破る。バーディーとライアンが飛び込んで鉛弾をばら撒く。ロックが飛び込んで抵抗する野郎を膾に切り刻む。おれが次のドアを蹴り破る。もういっぺん飛び込む。次のドアはロックが蹴り破る。これの繰り返しだ」


 その手順は()()()()()()な突入の手順だった。少なくともおかしい所は一切無い。火力と勢いで圧倒して敵を奥へ押し込め、圧縮限界まで行ったらグレネードでまとめて処分。

 死体は反撃してこないという一大原則を極限まで突き詰めると、結局はこうなってしまう見本のような戦闘手順だ。


「パンツァーファウストは持っていくか?」


 腰にぶら下げていた鉄の筒を持ち上げたライアンは、ペイトンの考えを聞く。


「俺とロックが持っていく。バーディーとライアンは身軽でいろ。とにかく機動力が武器だ。やべぇと思ったら身体をひねてって逃げろ。そこへ俺かロックがパンツァーファウストを叩き込む」


「拳銃弾で効かない場合には?」

「至近距離でそいつを弾く敵ならライフル弾も効かねぇだろ。結局はこっちの出番だし、それしかねぇ。手持ち火器でどうにかするならジャクソンのL-47使うかスミスのミートチョッパー(挽肉製造機)使うしかねぇ」


 バードの問いに対し、ペイトンは同じようにパンツァーファウストを見せた。

 殊更にどうこうする様な施設ではない。要するに無人なのを確かめに行くだけ。

 ただ、バードはどういうわけか不快感を覚えていた。


 ――なんだろう……

 ――上手くいえないけど……


 不安なのではなく不快なのだ。

 その理由は多分に心理的なものなので上手く表現する事が出来ない。

 

「とにかく突入を急ごう。モタモタしてっとオヤジが不機嫌にならぁ」


 ちょっと冗談ぽく言ったペイトンだが、テッド隊長に限って不機嫌なんて事は無いと確信している。バードから見ればテッドと言う男は何時いかなる時でも信頼に足る父親であり、無条件に信用できる上司であり、高潔で『正義』を画に書いた様な軍人の鑑と言うべき男だ。


 ――隊長はなんでペイトンを突入班長にしたんだろう?


 ふと、バードはそんな事を疑問に持った。

 そして、同じように突入した火星のレプリ向け手術施設を思い出した。


 アレコレと思案を重ねるのだが、その結果が出る前にペイトンが突入用の密閉ヘルメットを被ったのでバードもヘルメットを被り戦闘態勢になった。

 CQB用ヘルメットの画像同調を取って視野を安定させると、生身ではなし得ない左右250度もある視野映像が脳へと流れ込んできた。


 ――うーん……


 慣れない内は一瞬パニックを起こしかけるのだが、最近ではバードも慣れた物で瞬きの必要が無い周辺映像に一通り注意を向けている。

 シェルに乗り込んだときの視野もちょうどこれ位である事を思い出し、ホンの少しだけ思い出し笑いをするのだが……


「じゃぁ、行こうぜ」


 建物の入り口に陣取った4人。バードは両手に持っていたYackのセーフティーを抜いて、セレクターを両方ともフルオートモードに動かした。視野に浮かぶ銃のセッティング表示が切り替わり、バードの意識が一段上がる。


「……3 ……2 ……1」


 カウントするペイトンの声が意識のレベルを更に一つ押し上げた。

 そして、『GO!』の言葉と共にロックが力一杯ドアを蹴りつけ、金属製のドアは内側へと吹飛んだ。重量級サイボーグの強烈な一撃は老朽化しつつある建物のドアなど簡単にけり破る。

 その開いたドアへ最初に飛び込んだバードは、室内に銃弾をバラ撒くべく銃を構え室内を見回した。本当に何も無い部屋だ。伽藍堂と言う言葉をふと思いだした


「クリアー!」


 バードに続きライアンも飛び込んだのだが、同じ様に『クリアー!』と叫んだ。

 最後に部屋へ入ったペイトンは一瞬だけ足を止め、室内をグルリと見回した。


「……なんもねぇな」


 ボソリと呟いたペイトンは、打ち合わせの言葉を何も言わずに隣の部屋へと続くドアをけり破る。入り口と違い建物内部のドアは木製で、全く労せず簡単にドアが開いた。


 ──ソレッ!


 バードは同じ様に部屋へ飛び込み銃を構える。

 やはり室内はもぬけの空で、所在なげな事務机が一つ有るだけだった。


「クリアー!」


 バードがそう叫び、ライアンも同じ様に叫んだ。

 ロックとペイトンも室内をグルリと見回してサムアップする。

 何も無いと思っていても、部屋の四隅にクレイモアを設置してあるかも知れないし、もしかしたら二回の床部分に振動感知地雷でも入れてあって、ソレが爆発し天井が落ちてくるかも知れない。

 こう言った閉所突入戦闘(CQB)一番のキモは気合いと度胸と観察力だ。


「なんかキナ臭ぇな」


 ロックの呟きは全員の共通認識だ。

 全くトラップの無い部屋をいくつか通過させ油断を誘う。

 或いは『そろそろ来る!』と必要以上に緊張を強いて見落とさせる。

 そう言うえげつ無いまでの心理的な死角を狙っているかも知れない。


「何も見落とすなよ。ただ、リラックスしていこうぜ」


 フッとペイトンが手綱を緩めた。

 その振る舞いにバードはテッド隊長の影を見た。


 ――隊長みたい……


 ペイトンのヘルメットが動いて、ロックの側に視線が言った事を皆が知る。

 そのヘルメットが頷いたので、再びロックがドアをけり破った。

 三つ目の部屋へバードが飛び込んだとき、最初の銃声が島に響いた。


『どうした!』


 無線の中にテッド隊長の声が響いた。

 同時に悲鳴を飲み込んだバードの声が無線に流れた。


『何かあったか!』


 再びテッド隊長の声が響き、バードは何も言わずに自分の見ている視野をチーム無線に流した。室内にあったのは医療用ベッドで、その上には完全に干からびた死体が寝転がっていた。

 その死体は苦悶に満ちた叫びをあげたような姿勢で固まっていて、両手はのど元を掻きむしるように絶命していた。激しい苦痛を感じさせるその姿は、間違い無く拷問の後だとバードは思った。


『ダニー!』

『了解!』


 テッド隊長より先にドリーが現場へダニーを送り込んだ。

 医療知識のあるダニーは状況把握に最適だ。

 一気に建物内部へと走り込んだダニーは、開口一番に唖然とした声でいった。


「こりゃすげぇな」


 そのミイラ状の死体をあれこれ確かめるダニー。

 本来ならヘルメットを取りたい所だが、まだ戦闘中だ。


『殴打痕がない。薬物反応もない。熱傷等の痕跡もない』


 苦悶の表情なそのミイラは左腕に点滴の針を指したままだった。


『何らかの医療行為中にショックを起こした可能性がある』


 ダニーは辺りの棚やテーブルをたしかめた。

 幾つかの薬物瓶が残っていて、複雑な化合物を思わせる化学式が書いてある。


「こんな構成の薬剤は見たことがない」


 首を傾げて思案しているダニーをよそに、バードはライアンとその干からびきった死体を改めた。至近距離から大口径拳銃弾を受けた死体は所々が完全に砕けていて、まるで強い衝撃を受けた石膏のように亀裂を生じつつ砂のように崩れていた。


「どう言うこと?」


 妙に艶めかしい反応をしてしまったバードは、こっぱずかしい内心を誤魔化すように厳しい口調で呟いた。ただ、そんなバードの内心を慮るほど優しい仲間でもない。冷やかすよな調子のライアンは、シゲシゲとそのミイラを見てから言う。


「バーディーのかわいい反応見られて役得だぜ」


 一瞬むすっとした表情を浮かべるバードだが、ヘルメットの中では周りの仲間達もわからない。怒っても仕方がない事なのだから、自分の中に飲み込んでスルー。それがスマートだし、実際それしかない。


「……かわいかった?」

「女の子みたいだった」


 アハハと小さく笑ったライアンだが、ヘルメット越でもビリビリと伝わる強烈な気配に驚いて振り返ると、ロックがソードを抜き身で持って立っていた。


「おぃ、ライアン!」

「待て待て待て!」

「やかましいッ! そこへなおれ!」


 変な方向にマジ切れ一歩前のロック。

 そんなロックにダニーが声をかけた。


「ちょうど良い。ロック。このクランケの身体を輪切りにしてくれ」

「え?」

「俺の仮説が正しければ、このクランケは石化病だ」


 ダニーの発した衝撃的な言葉を聞いたバードは、思わず『うそ!』と素で反応してしまった。


「どう言うこと?」


 僅かに震える声で確かめたバード。

 ダニーは幾つもの薬剤瓶を並べて解説を始めた。


「ここにある薬剤はシリウス星のものばかりだ」


 何本も並ぶ薬剤の瓶を一列に並べなおし、ダニーはしげしげと眺める。


「いま、国連保健機関の薬剤データベースを調べたが、この薬剤はシリウス系薬剤メーカーの珪素化反応抑制剤ばかりだ。細胞内のミトコンドリアが珪素化するのを抑制するんだ。ただし、一定量の投与限界を越えると細胞自体がガン化してしまう。そこでこれが役に立つ」


 ダニーが指さしたのは、うす黄色の粘性がある液体だった。


「おそらくこれは外の蛇の毒だろう。細胞自体を破壊する消化酵素の成れの果てな蛇毒は、ピンポイントで上手く仕えはガン細胞だけを死滅させられる」


 淡々と説明したダニーは、ロックにむかって『こう斬ってくれ』と指示を出す。その指示された切断線を正確にトレースし、ロックの刃が死体を切り裂いた。

 驚くほどな技量で正確無比の太刀捌きを見せたロック。石化した死体は見事に斜めに切れた。


「あぁ、やっぱり」


 切断面を一目見たダニーは、完全に石化している内蔵を指さした。


「定常的に圧迫を受ける所から石化が進行する。このクランケは内蔵周りの脂肪重量で内臓がかなり石化しているな。筋肉系に石化が見られないのは、おそらく細胞の珪素分解が進んだのだろう」


 所見を述べ続けるダニーだが、ややあって肩をすくめた。


「これ以上の分析には責任を持てない。専門医に所見を聞くしかないな」


 複数の専門分野へ高度に細分化された医者の実態は、特定分野における高い能力と引き換えにして全体像から病理を導き出す能力を失わせていた。

 ダニーが決して無能なのではなく、戦場における救急救命分野においてエキスパートとなる代わりに、慢性的な病態を持つ疾患の分析をするには内臓分野での病変知識が不足しているのだった。


「具体的にどうしたらいいの?」

「ここの資料を出来る限り無傷で専門医に引き渡し分析を依頼する事だな。俺が知る限りだが、石化病の解析はこの十年でずいぶん進んだ。そのうち病理的な部分も、完全解析されるだろう」


 ドクターダニーの言葉を黙って聞いていたバードは、ハッと意識を切り替えて辺りを見た。とにかくチャッチャと制圧を完了したいし、それに、この建物を壊したくなかった。


「まぁいいさ。引き続き建物を制圧する。隣の部屋に飛び込むぞ」


 黙って様子をうかがっていたペイトンは、突入チームの意識を切り替えさせて再度の突入準備を命じた。


 ──もしかして…… テッド隊長とエディ少将はぐるかも……


 ふと、バードは、この降下自体に大した意味はなく、どちらかと言えばシェルトレーニングの中でチーム全体の向上が停滞していることをきぐしたエディ少将の深謀遠慮ではないかと思った。

 そして、チーム全体の結束と意思疎通を進化させたいんじゃ無かろうかと。どちらかと言えば地上戦闘の得意なチームに得意なことをさせて、大事なことを思い出させようとしているのでは…


「バーディー 良いか?」

「もちろん!」


 一瞬だけ心ここに在らずとなったバードをペイトンが見抜いた。もちろんそれはペイトンだけでなく、ロックやライアンもバードの様子の変化に気が付いていた。


「サクサク終わらせてビーチでノンビリしようぜ!」


 ライアンが再びやる気モードを高ぶらせて銃を構えた。こう言うときのライアンはとにかく素直で真っ直ぐな人間になる。


 ──やる気だなぁ


 広大な視野の中で左後方に見えるライアンを見ていたバード。たが、ふと気が付けば、その隣にいたロックはまるで存在がないかのように気配を消していた。


「ロック?」

「意識を集中させてた」


 驚いて声をかけたバード。ロックはフッと気配を殺すのを止めた。

 気配も殺気も全て絶ったロック。ソードを鞘に収め、音を立てないように銃をかまえた。


「さて、行こうか。バーディにとっちゃ貴重なデータだろうから、吹っ飛ばさないようにな」


 ヘルメットの中ではきっと笑っている。あの優しい笑顔で笑っている。

 それだけではは胸がいっぱいになった。


「じゃぁ、行くぜ」


 今度はペイトンがドアを蹴り破った。

 大音響を立ててぶっ飛んだドアの向こう。薄暗い室内に何かいる!

 そう感じたバードは、躊躇うことなく一番最初に部屋へと飛び込んだ。自分自身の手で、必要のものをつかみ取るために。



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