ピンボール計画の終了
――――金星周回軌道上 高度800キロ ハンフリー艦内
暫定金星標準時間 6月8日 0600
金星を周回しているハンフリーの士官サロンには、テッド隊長を除くBチームのメンバーが集まっていて、無事生還したバードを取り囲みつつ談笑を続けていた。海兵隊本部の事情聴取と報告書の作成を終えたバードは相変わらず頬に大きなスキンバンテージを当てたままだ。
「それじゃ不便だな」
「うん。早く基地へ帰りたい」
バードに気を使うロック。バードも遠慮なく本音を漏らす。下士官以下が入って来ない士官サロン故に許される無防備な本音は、聞く物皆にバードの内心を慮らせるだけの重みがあった。
「まぁ、クトゥーゾフ作戦も事実上完了だしな……」
ハンフリーの艦内時間は金星標準時間に揃っている。その関係で酒を飲むわけにはいかず、コーヒーを飲みながら談笑していたドリーだが、そんな言葉をはいて肩をすくめた。
まだまだ後始末は残っているが、事実上シリウスサイドの戦力は撃滅され、内太陽系におけるシリウス派の活動拠点は殆ど残っていない。外太陽系のシリウス派拠点も補給の一切を絶たれた結果、小さな拠点は次々に投降していて、海王星に僅かに残っていた通信中継拠点が国連軍に文字通り最期の抵抗を続けていた。
「聞いた話じゃ、海王星の軌道上にEからHチームまでが全部揃って居るらしい」
ブリテン人らしくコーヒーではなくミルクティーを飲んでいたジョンソンは、楽しそうに笑ってドリーを見た。
「……って事は、ヴァルター隊長がまた大暴れだな」
クククと笑いを噛み殺したドリーも楽しそうに笑っている。その姿を不思議そうに眺めていたバードは不意にロックを見た。
「ヴァルター隊長って?」
「実は俺も会った事がねぇけどデータだけなら知ってる」
「それは私も。Fチームの隊長よね」
そんなふたりの会話にジャクソンが助け舟を出す。
「俺も詳しくは知らないけど、何でも相当古い隊長の戦友らしい。それこそディージョ隊長とどっこいレベルなんだそうだ」
「どっこいじゃなくて、ディージョ隊長もヴァルター隊長もウチの隊長と士官学校で同期だ。ついでに言えばシリウスのニューホライズン撤退作戦で一緒に戦ったらしい。まぁ、これは死んだディージョ隊長から聞いた話だけどな」
ジャクソンの言葉にそう補足を付け加えたドリーは、チラリとジョンソンを見ている。その目は何かをアイコンタクトしたようにも見えるが、その真意はまだバードには窺い知る事が出来ない。ただ『お前が言え』と言わんばかりの顔くらいはバードも察する事が出来るのだが……
「隊長の昔話はみな断片的にしか知らないのさ。隊長自信がそれを語らないし、聞いても適当にはぐらかされて口を割らないと来たもんだ。まぁ、誰にだって言いたくない過去のひとつやふたつはあるはずだが……」
少し怪訝な顔になったジョンソンがバードをジッと見た。お前も何か知ってないか?と探るような目でだ。バードは不意に金星の地下基地で聞いたシリウス士官の話を思い出した。
「そう言えば……」
サロンの中をグルリと見回したバードはチームメンバー以外に聞き耳を立ててる者が居ないのを確認し、尚且つ小声に切り替えた。
「セキュリティクリアランスαにしておいて」
最重要機密に相当する話という事で、みなの顔に一瞬緊張が走る。
「金星のシリウス基地で向こうの少佐に聞いたんだけどね――
敵からの情報と言う部分でビルやジョンソンの顔がフッと切り替わった
――テッド少佐はかつて宇宙軍のエースパイロットでシリウス出身だって言うのよ。ニューホライズンで生まれ育ったって」
「え? マジかよ」
思わず聞き返したロック。バードも『うん』とだけ呟いて黙った。
だが、その直後。バードとロック以外の面々がプッと小さく笑った。
「それ、知らないのはロックとバードだけだ」
「え? そうなの?」
「あぁ」
笑いを噛み殺したビルの言葉にバードが驚く。
それを横目に見つつ、ビルはチラリとリーナーを見た。
「隊長はかつてシリウスでエディからスカウトを受け、ニューホライズンで当時の連邦軍に参加した。それは皆が知っている。隊長自身がそれを認めているのさ」
「それに碌な調整を受けていない新品の戦闘機で出撃して、その処女戦でいきなり55機撃墜の大戦果を記録してる。アレはたしか宇宙軍の最高記録の筈だ」
リーナーとビルが種明かしをしてバードはやっとシリウスコーヒーの件が腑に落ちた。エナジードリンクを飲み込んだ際に感じる味の相違を母国仕様と推察したビルだが、それが違ったと冷やかしたスミスは、隊長がブリテン人では無いと知っていたから冷やかしたのだと気が付いたのだ。
「まぁいいさ。それより、そのシリウスの士官は他に何か言ってなかったか?」
まるで尋問でもするかのように話を聞くジョンソンの言葉を妙に冷たいと感じたバード。しかし、そのジョンソンは優しく微笑んでいる。ブリテン人種の特徴として、真面目な話をする時だけは言葉が硬くなるのにも、最近になってやっと慣れた気がするのだが……
「うーん……」
不意に考え込む仕草を見せたバード。その表情に不自然な影があるのをロックは見つけた。だが、何かを言わんとしているバードの言葉を静かに待つ。その僅かな機微をビルとジョンソンは気が付いていた。
「そのシリウスの士官、女性だったんだけど…… なんか上手く言えないけど、身にまとう雰囲気が隊長そっくりなのよ。で、その身体はレプリで脳だけ人間ってケースなんだけど、その士官の身体、実は最初に火星に降下したとき、タイレルの工場で見ているの。おまけにこの前の火星降下の時には抜け殻になった古い身体を例の病院アジトで見てるし……」
やや首を傾げ慎重に思案しているバード。
その言葉をメンバーは辛抱強く待っている。
「その女性士官が言うには、私から聞き取るべき情報など無いってハッキリ言い切ってちょっとショックだった。あなたが知ってる事は私も知っているって。シリウスの諜報網は優秀なのよって笑われたわ」
肩を竦めて自嘲気味に笑ったバード。頬を破いているバード故にその笑みはぎこちない。だが、その姿には僅かでは無い悔しさや、或いは、憤りと言ったモノが滲んでいる。
「……確かに彼らの諜報網は驚くほど優秀だな」
「全くだ。気が付くと一番面倒な所に浸透してやがる」
ライアンとペイトンの呟く言葉には、実感としての感情がこもっていた。気が付けばシリウスの影響下にある者が地球に存在しているし、様々な情報や人や物が非公式とか不法にシリウスサイドへ流出して行っている。
そして、逆に言えば夥しい数のレプリ工作員が送り込まれていて、そのホットフロントに居るのがバードと言う何とも皮肉な状況だ。
「まぁ、それだけ向こうも必死って事だ。そうだろ?」
静かにティーカップを降ろしたジョンソンは、右肘をソファーに付けたままバードを指さした。
「地球におけるシリウスとの戦いはかれこれ50年以上やらかしている。そして、ひと頃は半分近くがシリウスの支配下にあった。俺たちは地球からシリウス軍を叩き出すのが仕事で、地上にゃシリウスの工作員をシラミ潰しにするのが仕事の連中も居る。ただ、悪い事にこっちは一枚岩じゃ無いのさ。だから俺たちも地上の連中も苦労するってこった。だけど俺たちはそれを実行する。それだけだ」
ある意味で地球側が不利な状況だ。しかし、そんな状況すらブリテン人は楽しむ余裕がある。いや、余裕が有るように見せているだけで、実際は強がっているだけとも言えるだろう。
しかし、こんな状況下であるにも拘わらず、そのブリテン人は相手が嫌がる様に余裕風を吹かせる事を忘れない。それは意地とプライドの権化なブリテン人の矜持そのものだとバードは知っている。気が付いている。
こっちが苦しんでいるのを見て喜ぶ相手に対し、余裕風を吹かせて相手が悔しがるのを見るのが楽しい。例え自分が死ぬ事に成っても、相手を喜ばせて死ぬのでは無く悔しがらせて、しっかりと一矢報いてから死ぬ。それこそがブリテン人の本質なのかも知れない。
「……ブリテン人ってさすがよね」
「全くだ。だけど、日本人に一番近いな」
「おいおい……」
バードとロックが顔を見合わせて困った様に笑うのだが、ジョンソンは遠慮する事無く突っ込みを入れた。
「失礼な事を言うな。我がグレートブリテンに一番近いのが日本だ。七つの海を制し世界を敵に回して意地を張ったのはブリテンが最初だぞ?」
「帝国主義を自慢の種にするのもブリテンが元祖だな」
ジョンソンの言葉にそう突っ込みを入れたドリー。
その言葉に苦笑いするだけのジョンソンは、優しい眼差しでバードを見ていた。
「ただまぁ、なんだ。良い経験だったろ?」
「……そうね」
はにかむ表情になったバードはチラリとロックを見たのだが、その眼差しに一瞬だけロックは狼狽えた。真綿で首を絞められるように、後悔の念がわき起こってくるのだ。ただ、バードは静かにはにかんでいた。
「面白かった…… そう強がっておこうかな。ロックも助けに来てくれたしね」
嬉しそうにロックを見るバードだが、その目をどうしてもロックは見る事が出来ない。そんな初々しい姿を見ていたスミスやジャクソンは、優しい眼差しでロックを見ていた。
「……WayToGo」(それでいい)
ジョンソンは静かにサムアップをバードに送った。
「所で、精神科医として後学の為に聞いておきたい」
いきなり声色を検めたビルが話を切りだした。
その姿を捉えたバードは、椅子の間にか椅子へ斜に座っているビルを見た。
人の精神を見つめるプロがそこに座っているのだった。
「今回、バードが一番怖かったのは何だった?」
「怖かったって?」
「何でも良いさ。死の恐怖とか言葉による暴力とか」
「そうね……」
黙って考え始めたバードは思慮を巡らせて行くのが、ふと、あの鏡張りの部屋を思い出した。そして、その中に立っているもう一人の自分……
「……あの基地の中でね、もう一人の自分と出会ったの」
「もう一人?」
「うん。実は私はレプリボディに脳移植するはずだったんだけど、海兵隊が横槍入れてこうなったのよ。で、その時作ってたレプリに仮想記憶をインストールして使ってたの。シリウスが」
引きつるように笑ったバードの表情には隠しきれない凶相が浮かぶ。何ともやりきれない不快感と怒りと、そして、悔しさが滲み出る。その姿をジッと見ていたビルは僅かに目を細めた。
「彼女は何を言ったんだい?」
「その、もう一人の私が……」
「あぁ」
「……繰り返し聞いてきたの」
「なんと?」
不安に駆られたような眼差しのバードはビルをジッと見た。
「あなた知ってる? 自分がどこから来たのか……って」
まるで助けを求めるような眼差しのバード。
だが、ビルがそれに答える前にロックの言葉が部屋に漏れた。
「……えげつねぇな」
何とも不快感を滲ませるロック。
その姿を見ていたバードは、少しだけ気が紛れたような気がした。
「でしょ」
溜息を吐き出したバード。
ただ、その肩が僅かに震えている。
「もうとっくに無くなったはずの心臓がキューッとしたような気がして、で、言葉に出来ないくらい不安で不安で……」
心の奥底に封印したはずの素直な感情を吐露したバード。斜に構えてその言葉を聞いていたビルもまた、不安そうな表情を浮かべて天を仰いだ。
「自分自身がAIの可能性を怖れるのは、サイボーグなら誰でもある話だな」
肩を竦めたペイトンは、バードと同じように深い溜息をついた。
その隣にいたスミスやリーナーもまた怪訝な表情を浮かべていた。
「自分の意識がここにあると言っても、それがオリジナルである保証は無いし」
「すでにオリジナルは死んでいて、記憶を引き継いだだけの電脳かも知れないし」
冷え冷えとした空気が室内に充満し始め、そんな空気をかき混ぜようと大げさな音を立ててドリーはコーヒーをすすった。
「いずれにせよ、あまり寒心に堪えない言葉だな」
いつも余裕風を吹かせるはずのジョンソンですらもそんな言葉を吐く。ただ、Bチームの面々が素直な真情を吐露しているのを見て、それが怖いのが自分だけで無いのだとバードはどこかホッとしたような気持ちになった。
「で、バードはどうしたんだ?」
「どうしたって?」
「そのもう一人の自分にどう対抗したのさ」
「うーん」
ちょっと恥ずかしそうな表情になったバードは一瞬でなんと言おうか考えた。
素直にあった事を言ってしまうのは、なんとなく恥ずかしかったのだ。
ただ、素直に言いたい事でもある……
「……自分が、私自身がこうなるに至る過程を言ってね。同じ記憶を持つオリジナルなら、私の悔しさが解るでしょ?って言ったら、帰って相手が混乱し始めて」
「グッジョブだ。それで良いのさ」
ジョンソンに続きビルもサムアップをバードに送った。
「だけどやっぱり不安だったのよ。スタンチップ差し込まれて身動き出来なかったし、このままここで死ぬんだなぁって漠然と思ってた。だから余計に『どこから来たか?』なんて聞いて不安だったんだと思う」
まるで泣き出す5秒前の様な表情になったバード。だが、その肩を乱暴に引き寄せた手があった。驚いて自分の肩を見たバードは、その手がロックのモノだと気が付いた。
「どっから来たかなんてどうでも良いじゃネーか」
「そう?」
「どっから来たかなんで大したことじゃねぇだろ」
ロックの手がバードのアゴに触れた。そして、クイッとアゴを引き寄せ、バードの顔を自分の方へと向けた。
「どっから来たかなんて死ぬ前に考えりゃいいんだ。それより、何処に行くか?の方が重要だ。そんで、今どこに居るか?ってのもな」
「いま?」
「そう」
バードの目の先に居るロックは酷く真面目な顔をしている。まるで戦闘中のような真剣な表情だ。そんな姿を見ていたら、金星の基地の中で囁かれた言葉をバードは不意に思い出した。
――愛してる……
耳の中にリフレインしてきたロックのささやきを思い出し、バードの表情がごく僅かに変わった。
「過去にこだわってちゃ生きて行けねぇって俺もよくわかった。それに、今回で俺はきっぱり過去を断ち切った。これからは前を見て歩くことにするさ」
「前? 未来って事?」
「そう。俺の未来は至ってシンプルだ」
真面目な顔をしていたロックがニコリと笑った。
まるで少年のような屈託の無い笑みだとバードは感じた。
「俺は、俺の居場所はバードの隣だ。俺はだいたいそこに居る。そう言うこった」
うん!と頷くバード。
だが、ロックはちょっと眉を顰めてバードを見た。
「だからバードは俺の隣に居ろよ。つか、居てくれ。心配だから」
真正面からバードを口説いたロックの言葉に、Bチームの面々が一斉に『おいおい』と言わんばかりのリアクションを取った。そして、同じタイミングで士官サロンの中へテッド隊長とエディ少将が入ってきた。レッドブルことマーク大佐とアレックス大佐を引き連れて。
その姿を見たBチームは一斉に立ち上がる。士官サロンの中は基本的に無礼講なのだが、幾らそんなルールでも将官クラスの登場とあっては礼儀正しく振る舞わねばならない。
「まだ作戦はアクティブで終わったわけじゃ無い。気を抜くには早いぞロック」
明るい声でロックを叱責したエディ少将は、Bチームの面々が固まるソファーに腰を下ろした。それを見届け、面々は階級順に座っていく。その流れるような連携をエディは満足そうに眺めた。
「……色々あったが今回もご苦労だった。金星の地上は再び気圧が上がり始め、速報値だが現在の地上は15気圧に到達している。遮光幕は完全に破壊され、金星は残念ながらテラフォーミング前の姿に戻るだろう。地上の抵抗拠点は極々小さなポイントが2カ所残されているが、ここは放置が決定した。なに、1ヶ月後には金星の重い大気で踏みつぶされている事だろう」
グルリと面々を見回したエディ少将は、皆が妙に緊張している事に気が付いた。そして、その緊張の理由がここから始まる次の作戦への警戒だと理解していた。
「諸君らとしては今すぐにでも次の作戦へ取りかかりたい所だろうが……」
悪戯っぽい笑みでそう漏らしたエディ少将。
皆がウヘェと言わんばかりに苦笑するのを見て、少将は更に笑った。
「非常に残念な事に生身の連中が休息を必要としている。補充も必要だし再訓練が必要な部隊もある。そして、ピンボール計画自体もまだアクティブだ。外太陽系のシリウス拠点をシラミ潰しにしている最中だが、シリウス側との非公式協議により天王星の衛星の一つチタニアにあるハーシェルポイント宇宙港が中立地帯として当面存知される事になった。最長で1年と言う事だが、まぁその前に叩き出す事になるだろう」
エディ少将は両手を広げ皆を包み込むようなポーズを取った。
「従って、Bチームもしばらく時間が出来る。恐らく3ヶ月ほどだ。その間、私とテッドで君らを徹底トレーニングする。シリウスへ向かうまでにウルフライダーと直接やりあえるだけの技量に成長してもらう。生半可な事ではテッドやあの女たちの領域まで到達する事など出来やしないだろうから、かなりハードな訓練になるはずだ。まぁ、覚悟はしておいてくれ。」
ニヤリと笑ったその姿に皆の表情が曇る。もちろん理由はただ一つ。地球側で一番高性能なシェルを与えられている僅かなスコードロンの一つがBチームなのだから、シェルでの戦闘を行うにあたり、Bチームはあのシリウス側のエースチームに匹敵する存在で無ければならない。当然の事だが、その責任は重いし、勝利を義務付けられていると言って良い。
「現状では外太陽系チームの方が練度が高い状況だ。従ってこっちから支援に当たる事はない。むしろ足手まといだからな。地球側からシリウスへ侵攻するに当たってはよりハードな戦闘が予想されている。そんな環境でも君らが生き残れるようにしっかりと鍛えよう。なに、心配は要らないさ。テッドだって最初は飛ばすのに精一杯だったんだからな」
そこまで一気に喋ったエディ少将はパッと立ち上がってメンバーを見た。
「まぁ、それでもとりあえず、交代で休暇を取って貰うことにする。それと臨時でオーバーホールだ。今回の金星作戦では大変良いデータを集められたからな。いずれ花開くだろう。何にせよ、ご苦労だった」
言いたい事を言って立ち去ったエディ少将。
その後ろ姿を見送ったテッド隊長はゆっくりとソファーへ腰を下ろした。
「まぁ聞いたとおりだ。とりあえずご苦労だった。例のウルフライダーにより太陽系派遣軍の首脳部はそっくりシリウスへと帰ることに成りそうだ。地球の地上では参謀や首脳が頭を抱えるだろうな」
何とも楽しそうに言うテッド隊長を見ていた皆は、その舞台裏に思いを馳せた。サイボーグチームでも勝てなかったと言う実績を突きつける事になった今回の一件は、つまりこの先に随分と生きて来るのだろうと察しが付いたからだ。
「シリウス遠征は10月ないし11月を予定している。ここから一気にたたみ掛けたいところだが、いかんせんシリウスは遠い。だからそれまでの時間を有効に使うことにしよう。3人ずつ1週間の休みが与えられる予定だ。ただ、基地へ帰ってからだがな」
テッド隊長の目がサロンの窓を見た。例によって船外カメラが捉えた宇宙の画像なのだが、その映像には地球と月が映っている。
「今次計画における俺たちの任務は終了した。金星の後始末はAチームが行う事になっている。チーム内部の連携や調整に当てる方針だそうだ。つまり……」
一度言葉を切った隊長の姿を皆が見た。
その口を突いて出てくる言葉は一つ。聞くまでも無く解る事だった。
「帰るぞ。俺たちの、我が家へ」
テッド隊長が月を指さした。
その姿を見ていたバードはロックと顔を見合わせて笑った。
Bチームにとってのピンボール計画はこうして終わりを迎え、スレッジカーパーベルトの内側は、約半世紀ぶりに地球文明圏の絶対安定圏となった。
第10話 オペレーション:クトゥーゾフ ―了―
幕間劇 その2 長き旅への支度 へ続く
これで起承転結における『承』の章が終わりです。約60万文字ほどに膨らんでしまいましたが、ここまでお付き合いありがとうございました。『転』の章へと続く予定ですが、その前に幕間劇その2として『長き旅への支度』を夏前に公開したいと考えております。
幕間劇ではありますが、ある意味でバードとロックには試練のお話になると思います。どうぞお楽しみに。