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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第10話 オペレーション・クトゥーゾフ
116/354

初顔合わせ

 ――――金星周回軌道上 高度100キロ付近

      暫定金星標準時間 6月7日 1530







「俺たちがここに残る理由ってなんだ?」


 のっけから不機嫌なスミスの声が無線に流れた。

 金星周回軌道の高度100キロ付近。Bチームはエディ少将の指示で戦闘予想空域の近くを周回飛行していた。


「さぁな。その辺はボスに聞いてみないと」


 どこか諦めたような調子のジョンソンがスミスを宥める。皆がその言葉を聞いているはずなのだが、テッド隊長は相変わらず何かを探すように戦域からやや離れた場所にポジションを取っていた。

 Bチームの中でただ独りロックだけが金星の地上へと降下し、アフロディーテ基地の中でバードを探しているはず。まさか勝手に戦死なんてしないだろう。メンバーの信頼と結束は固い。

 ロックがバードを救出出来るように、その上空100キロ付近でシリウス軍のシェルを撃退する戦闘に参加していたのだった。


「オヤジ! 俺たちも地上に降りちゃダメか?」


 痺れを切らしたジャクソンがテッド隊長を呼んだ。

 面々も皆、この退屈な戦闘を厭いている。

 しかし、軍隊と言うところは命令が全てだ。


「……大人しく留守番してろ。まだ俺たちの出番が来てないだけだ」


 テッド少佐はなんとなく煙に巻くような言葉を吐いた。地球側のシェルおよそ100機に対し、シリウス側は300を越えるシェルを動員して地球側に決戦を挑んでいる。しかし、その練度は圧倒的に地球の方が高く、シリウス側のシェルは次々と撃墜され金星の地上へ墜落していった。


「出番ってなんだ?」

「さぁな。それは俺にも解らない」


 スミスとジョンソンが重い溜息混じりの会話をしていた直後、戦域警戒警報が突然鳴りいた。アレコレと詮索の思慮を巡らせていた面々は驚きつつも一斉に索敵行動を開始する。そして、それは落胆の色を濃くする言葉に変わる。


「地上に新手! ……って、このエコーは戦闘機だな」

「あぁ。どう見てもシェルじゃ無い。とろすぎる」


 レーダー波のエコーを解析したドリーのボヤキにビルが相槌を打った。

 どこか落胆していたBチームの視界に、ジャクソンが最大ズームで捉えた画像がワイプインしてくる。どう見てもシリウスの戦闘機にしか見えない。チーム無線の中に白けた空気が漂った。


「さてと……」

「給料分くらいは働きますか」


 一番最初に機体を捻って襲いかかったのはライアンだった。それに続きペイトンが突っ込んでいき、それを合図とするように全機が襲いかかっていった。大気圏外へ上昇してきた戦闘機は、総勢でも80機足らずだ。

 Bチームに残っていた10機のシェルが一斉に襲いかかれば、それはもう一方的な虐殺と言って良いレベルなのだろう。面々が次々と戦果を上げ続けるのだが、そんな中ライアンはボソリと呟いた。


「シェルで戦闘機と戦うってのは…… どうも気が引けるな」


 ロックとは違う意味で反抗期を上手くやり過ごせなかったライアンだが、この半年ほどのウチに『大人の分別』を学んだらしいと皆が思った。善悪とは違うベクトルでの行動原理や行動原則は、反抗期の中でこそ磨かれる。その期間は何にでも噛み付く事が許される最後のチャンスだ。理解ある大人からしっかり叱られるからこそ、人間性という部分が磨かれるのだろう。


「もっと言えば、このチートなシェルで闘うのはな。アンフェアに過ぎる」


 そう相槌を打ったドリーだが、そこはかと無くライアンの成長を喜んでいる。

 結局、人は人との中でしか磨かれないし成長もしない。Bチームという集団の中で大人の階段を一歩ずつ歩いて行くライアンは、損得よりも卑怯な振る舞いを恥ずかしいと思えるように成長したのだった。


「そんな時はひと思いに撃墜してやれ。なぶり殺しにするのは騎士道に悖る事だ」

「……そうだな」

「あぁ。そう言う事だ。それよりボス!」


 ライアンの成長を喜んでいたジョンソンはテッドを呼んだ。


「どうしたジョン」

「こっちの化け猫。側面のパイロットネームが……」


 ジョンソンは自分が見ている視界をチームで共有させた。

 その視野にうつるコックピットのパイロットネームは、チーム無線内を沈黙させるのに十分な威力だった。


「今そこへ行く。押さえとけ」

「了解!」


 テッド隊長が声色を変えてジョンソン機に接近していった。そのジョンソン機がマークし行動を制約していたシリウスの全域戦闘機チェーシャーキャットは、コックピット脇のパイロットネームがデルガディージョと書かれているのだった。


「よう! ディージョ! 久しぶりだな。生きていたのか」

「なんだお前は!」

「おいおい。連れない事を言うなよ」


 テッド隊長を認識出来ないディージョ。

 機体を寄せてきたテッド少佐はシリウス戦闘機の背面を平行に飛んでいた。


「俺を忘れたとか冗談も大概にしろ」

「……誰だお前」

「おいおいディージョ。冗談は大概にしろ。俺だよ。テッドだよ」


 呆れた声のテッド隊長が溜息を漏らした。


「テッド? テッドか?」

「そうだ」

「久しぶりだなぁ~」


 抜けたような声が無線に流れる。

 その鮮やかなまでの棒読みっぷりに、皆が笑いを堪えた。


「士官学校で初めて会った日の事を覚えているか?」

「士官学校? なんの話しだ? そもそもお前は誰だ」

「そうか。やはり偽物か」


 テッド隊長のシェルが突然消えた。Bチームのメンバーがそう思った時、既にテッド機はシリウス戦闘機の、いや、ニセモノなデルガディージョのコックピット前を平行に飛んでいた。


「あいつと一緒に初めて飛んだのは、もう半世紀近く前のことだ」


 通常、戦闘機と言う兵器は何よりも運動性を重視して作られるものだ。被弾した場合の耐久性や武装力、打撃力といったモノも勿論重要なのだが、何よりもまず運動性が要求されると言って良い。


「初めてシェルに乗り、宇宙での衝突をギリギリで回避しながら飛んでいた。今思えばよくあんな危険な飛行が出来たものだよ。だが、生涯忘れられないミッションだった。なにせ、初めて撃墜された日だからな」


 テッド隊長の衝撃的な独白が続く中、偽ディージョの戦闘機はシェルから逃げようと必死の運動をしていた。運動性は全てに優先する。曲芸飛行向けに作られた航空機は数多いが、その運動性は戦闘機を越える物など滅多に無い。その戦闘機を自在に追い詰められる兵器。シェルの運動性は理屈では理解し得ないものだ。


「あのフライトの中で、俺はなんどもディージョと仮想戦闘を行った。50回以上の会戦を行い23勝26敗のスコアだった。完敗とは言わないが、それでも俺には衝撃だった。なんせ、戦闘気乗りとしてシリウスの空を飛んでいた時にはエース扱いだったからな」


 考えられる限り全てのマニューバ(機動飛行)を行ってシェルから逃げようとする偽ディージョだが、一定の距離を置いて平行に飛び続けるテッド機は偽ディージョの戦闘機を射程圏内に捉え続けた。


「その後、俺は何度もディージョと訓練を重ねたのさ。一緒に飛んだ中間達と何度も仮想的な戦闘を行い、擬似的な撃墜と非撃墜を繰り返して。なぜだか解るか?」


 シリウス戦闘機はスピンモードに陥るギリギリの所までバーニアを吹かし偏向ノズルを操作して急旋回を行い続けている。だが、ほぼ直角にターンができるシェルを引き離すには、少々威力が足りていないようだった。


「俺は。いや、俺たちは追いつきたかったのさ。全てにおいて完璧なまでの戦闘力を持つあの男に。お前の知らない男だ。そうだろう? このプリテンダー(偽者)!」


 まるで振り子の様に機体を左右へ滑らせてシェルを引き剥がそうとする戦闘機だが、その全ての努力は無駄でしかなかった。錐揉みから大きな螺旋起動を取った戦闘機を追跡するシェルは、独楽の様に回転しながら持っていたガンランチャーを構えた。


「ディージョの姿を模してはいるが、癖までは真似できなかったようだな」

「うっ! うるさい!」

「やっと喋ったな。プリテンダー。安心しろ、楽に殺してやる」


 シェルの放った砲弾はシリウス戦闘機の右エンジンを撃ち抜いた。

 機関部が爆発を起こし不規則な機動を描いてスピンし掛けていた。


「さぁ、手の内を見せてみろ。おれは片肺飛行しているディージョから撃墜判定を取られた事もあるんだぞ? 本物なら出来るよな?」


 機体を安定させる事に精一杯で会話の余裕すらなくなっている偽ディージョ。その姿を苦々しい眼差しで見ていたテッド少佐は、再び狙いを定めた。


「さぁ…… これならどうするかね?」


 次に放たれた砲弾は戦闘機の機首にあるバーニア噴射ノズル部分全てを一発で破壊した。噴射バーニアを失った宇宙戦闘機はマニューバ能力の全てを失う。ジワジワとなぶり殺しにするように痛めつけていくテッド少佐をBチームのメンバーがジッと観察していた。


「ほぉ、流石だディージョ! まだ軌道を変えられるか!」


 チェーシャーキャットは大きく円を描いて軌道を変更し、何とか逃げ出す方向へ機首を向けている。その機体へ向かってテッド隊長は次々と砲撃を加え始めた。大気圏内用の主翼を落とし、垂直尾翼を打ち抜き、コックピット近くにも撃ち込んで心理的プレッシャーを掛け続ける。その姿を見ていたチームの面々は確信した。いまテッド隊長は、怒りに包まれているのだと。


「ほら、どうした。もっと逃げろ。もっとだ。さぁ早く!」


 コックピットのすぐ脇を40ミリガンランチャーの砲弾が通過していく。真っ赤な尾を引いて飛んでいく砲弾は、偽ディージョの精神を蝕んでいくのだった。


「ックッソォォ!」

「本物のデルガディージョと言う男は、もっとジェントルだったぞ?」

「っお! お前に何がわかる!」

「解らないさ! 解りたくもないね! 解るつもりもない」


 ハッハッハ!と笑いながらテッド隊長機はシリウス戦闘機の背面を殴りつけた。至近距離に近寄って何度も何度も殴りつけた。その都度に機体から装甲板や機体を構成する部材が剥がれ落ち、機体が崩壊していった。


「覚えてやがれ!」

「あぁ、覚えているとも。俺の大事な戦友を騙った偽者が居た事をな」


 やや距離を取ったテッド機は一気に加速し、勢いをつけてコックピットすぐ後ろ辺りを殴った。機体が歪むのが見え、もはや真っ直ぐに飛ばすのですら難しい状況になった。


「全ては神の御手の上」

「……はぁ?」


 偽ディージョの声が無線に流れた直後、シリウス戦闘機はコックピット部分にある脱出用バーニアを非常作動させてテッド機へ突っ込んでいった。体当たりで自爆するのだと皆が思った。


「神はすべて見ていらっしゃるのだ」

「そうか。なら神に見護られて死ぬが良い」


 それを回避する事無くガンランチャーを構えたテッド機。だが、その砲が火を噴く前に偽ディージョの乗っていたシリウスの戦闘機が大爆発した。


「おい!」

「なんだ今の!」

「何処から飛んできた!」


 Bチーム全員が一斉に辺りへ意識を向けた時、突然レーダーにエコーが浮かび上がった。Bチームの編隊からそう離れていない距離に突然現れた新たなシェル集団だ。そしてそのシェルたちのIFF(敵味方識別装置)は敵性を示していた。


「……ほぉ」


 小さな声を漏らしたテッド少佐。

 やや後になってジョンソンも呟く。


「完全ステルスモードだったようだな」

「あぁ。そうでなきゃここまで接近されないだろ」


 スミスの不機嫌そうな声に皆が苦笑いする。だが、その苦笑いは直後に凍りついた。敵性反応のシェルに向かって襲い掛かっていった地球側のシェルは、まるで赤子の手を捻られるかのように、あっという間に撃墜させられつつあったのだ。

 少なくとも各航空隊の中から選りすぐりの腕利きを集めてある筈だった。そして、その全てがサイボーグ化した者たちだ。過酷な試練や危険なミッションを幾つも潜り抜けた者たちだ。


「……Bチーム全員よく聞け」


 ちょっとだけ上ずった声のテッド隊長。その言葉に耳を傾けたメンバー達は、無くなった筈の心臓がドキリと音を立てたような錯覚に陥った。


「今から相当の試練を迎えるだろう。だが、生き残れ。必ず生き残れ。無様でも良い。負けても良い。絶対に死ぬな。死んだら全ての経験が無駄になるんだからな」

「……オヤジ?」


 どこか不安そうな言葉を聞いたジャクソンは思わず聞き返してしまった。

 テッド隊長は手塩に掛けて育てた部下を絶対的に信頼している筈だ。だが、どこか不安そうな言葉がその口を突いて出る以上、隊長は敵がどんな存在だか知っているのだと気が付いた。


「あそこにいる敵のシェルはシリウス側最強のシェルチームだ」

「最強?」

「あぁ。シェルトレーニングを行う教官達専用のアグレッサーを務める連中さ。地球側からはウルフライダーと呼ばれてる。ワルキューレという意味だ。バルキリーは狼に乗ってくるからな。シリウスサイドはパイドパイパーと呼んでいる」



 通常、アグレッサーと言う集団は軍の中でも指折りの腕利きを揃える事が多い。並みのパイロットでは到底出来ない事を平然とやってのける凄腕の存在だ。彼らは敵役を演じながら練習相手に理詰めで敵と戦う事を教え込む。だからこそアグレッサーは腕を求められる存在なのだ。


「パイドパイパーって……」


 ライアンがのけぞるような声を出して驚いた。

 ただ、無理も無いだろう。その意味するところは……


「そうさ。ハーメルンの笛吹き男さ。シリウスのシェル乗りを導く連中だ。それ故に恐ろしく腕が立つ。だからはっきり言うぞ。お前達ではまだ太刀打ち出来ないだろう。それどころか一方的に撃墜されるのが関の山だ。たが、我々に後退や撤退の選択肢はない。だから逃げ回ってよし。生き残れ。良いな!」


 皆が不安げに話を聞く中、ジャクソンは最大ズームで敵を捉えた。大気の無い宇宙では距離に関係無く、光学的な限界の範囲で明瞭な画像を得られる。そこに写っていたのは輝くほど純白のシェルだった。


「あれ?」

「この機体は……」


 シリウスのシェルを見たビルやダニーが何かに気づいた。


「あの機体、隊長の黒いシェルと同型じゃ…」


 確かめるようなドリーの言葉にテッド隊長が小さく笑った。


「よく気が付いたな。その通りだ。タイプ01。愛称はドラケンという。一番最初に作られたシェル。そして、おそらく最も強靱なシェルだ。質量が大きすぎて普通は満足に飛ばせるようになるだけで一年掛かる代物だ」


 何とも楽しそうに言ったテッド隊長の言葉に皆が『ウヘェ』だの『あちゃー』だのと遠まわしな不平をこぼす。だが、そんな空気を無視するようにテッド隊長は言葉を続けた。


「俺も最初は飛ばすだけで精一杯だった。重量がある関係で運動性は俺達が使うこの機体の方が良好だろう。ただ、重い分だけ撃たれ強い。装甲はぶ厚く、火器も強力だ。こっちの強みは速度と運動性ぐらいしかないし、戦闘支援コンピューターの演算速度は変わらないだろう。つまり、パイロットの腕で全てが決まる」


 テッド隊長の言葉が続く中、宇宙軍航空隊所属のシェルが次々と勝負を挑みに行った。つい先ほど彼我兵力差3倍のシリウスシェルを蹴散らした航空隊だ。どこかに油断や慢心があった事は否めない。

 だが、それを差し引いたとしても兵力差10倍にほど近い環境下だというのに、シリウスのアグレッサーチームシェルは一方的な勢いで航空隊シェルを蹂躙し始めた。回避行動を取る前に撃墜されるものや、逃げ切れず手痛い一撃を食らうものが続出し、一機また一機と金星の地上へ墜落していった。


「……やるなぁ」


 ボソッと呟いたジャクソンだが、その言葉には隠しきれない不安の色があった。どう見ても技量で負けているのは否定出来ない。


「さて、じゃぁ俺たちもやってみるか」


 なんとなく全員が尻込みしている空気を察したのか、一番最初にジョンソンが斬り込んでいった。最初に目星を付けたのは三機一組で飛んでいる楽器のマークが入っている集団だった。


「よし、俺も行くか」


 ジョンソン機と縦に編隊を組んだドリーがサポートに付いた。2対3での戦闘が始まるのだが、それを見ていた面々も各々が目星を付けたシリウスシェルに勝負を挑み始める。


「そのシェル…… ドラケンは丈夫さが取り柄だ。その分だけ運動性を犠牲にしているがとにかく撃たれ強い。調子に乗って限界機動しすぎると機体を壊す。自機の機体限界を超えないように気をつけろ」


 やや離れた位置で様子を伺っているテッド隊長は、無線の中にそんな言葉を流した。ただ、その言葉を聞く余裕のある者が何人居るだろうか? スピンギリギリで旋回したり、或いはワザと錐もみへ持ち込んで直角にターンを決めたり、そんな酷い戦闘に入り始めた。


 ――さて……


 小さく呟いたテッド少佐。その目に映る戦況は、良いように弄ばれるBチームの面々だった。

 およそシェルの戦闘というものは逃げ道をなくす事から始める。高機動で高速なシェルだが、それ故に機動限界を超えると機体がいとも容易く破壊限界する。だから機動限界を示す開花線の範囲を越えられないのだ。

 秒速35キロで宇宙を飛翔するシェル最大の敵は、追跡してくる敵機や戦闘艦の砲撃などでは無い。機体の裏に背負った巨大なエンジンが生み出す速度だ。自らが生み出した暴力的なエネルギーを速度という武器に変換したシェルは、その、自らが生み出した遠心力と戦う事を求められる。常識外れに強靱な機体ではあるが、その遠心力はいとも容易く破砕限界を超えてしまうのだった。


「なんだよこいつら!」


 機動限界線ギリギリの中でスピンターンを決めたジャクソンだが、その動きを完全に読まれていたらしく、ハイヒールとルージュのマークが入ったシェルの制圧射撃を受けていた。

 戦闘機での戦闘がそうであるように、ある程度後方のポジションを占め、狙いを定めてガンランチャーで制圧射撃を行う。いきなり破壊出来るとは限らないが、機体にダメージを与えれば機動力はみるみる落ちていく。そして、とどめの一撃を入れれば終わりだ。

 今までまともな直撃弾など貰った事の無いジャクソンのコックピットには、被弾警報と同時に機能不全を示す警告マークが山ほど浮かび上がっていた。


「そいつのニックネームはモダンガールだ。覚えておけ」


 テッド隊長の声を聞いたジャクソンは、直後にスミスの悪態を聞いた。


「ックソ!」


 メインエンジンのノズルを打ち抜かれ、スミス機は軌道制御の不安定さを一気に増してしまった。異常燃焼するエンジンの熱が機体の装甲を溶かし、機体のバランスを崩したシェルは重心点を大きくずらしてしまってスラスター噴射による軌道制御を非常に難しいモノにしていた。

 細心の注意を払って軌道制御を行いつつ周囲を索敵したスミスはモニター上に表示された白いシェルの表面に2本の剣が交差したイラストを見た。そのマークをどこかで見た事があるとスミスは思うのだが、それを思い出す努力をする努力は、視界の反対側で眩く光ったブラスターキャノンの発砲光に遮られた。


「やっ! やられた! マジかよ!」


 右足の付けて辺りを打ち抜かれたペイトン機は機体を錐もみ状にスピンさせながら所定軌道を大きく外れた。想定していた軌道を大きく外れ思うように旋回出来ない機体を力尽くでねじ伏せようとしているのだが、そんな状態のペイトン機は流れ星の描かれた白いシェルの攻撃を受けた。小口径の高速連射型火器はジリジリとペイトン機の装甲を剥がしつつあって、それはまるで一枚ずつ服を脱がすかのようにしている様だった。


 ――やはりな…… まだ早かったか……


 何かを探すように辺りを確かめるテッド少佐は、やや離れた場所で相対速度を保ちながら攻撃と防御を頻繁に入れ替え戦闘するジャクソンとドリーのコンビを見つけた。

 さすがにシェルドライブ経験の長い二人故か、シェルドライバーが言う『チェックメイト』を避けて敵への攻撃を続けている。普通では考えられない速度で飛ぶシェルだけに、可動領域を失ったシェルはもはや敵の攻撃を受け容れるしか無い。だが、その敵シェルは全てを上回る狡猾さと慎重さでドリーとジャクソンの可動限界を削りつつあった。


「リーナー!」

「はい」

「あの二人をサポートしてくれ」

「イエッサー!」


 テッド機のすぐ近くを飛んでいたリーナー機が大きく円を描いてドリーとジャクソンのサポートに付いた。それを見ていたシリウス側の白いシェルは異なるRの半円軌道を描き、一斉にドリーとジャクソンのコンビへと襲いかかり始める。

 最初は2対3だったのだが、リーナーの参戦により数的優位を失った事を嫌がったのか、白い百合を持った女性のシルエットを描くシェルと、赤いバラがデザインされた中にリボルバー拳銃を白く抜いたイラスト入りのシェルが参戦してきた。

 その周囲では散々な目に遭ったBチームの各シェルが、それぞれに相対していた敵から今も逃げようと努力をし続けていて、その近くをシリウスシェルが飛びながら牽制し続けている状況だった。


「ざっけんな! くそっ!」


 ライアンの声が無線に流れ目で探したテッド隊長は、王冠マーク付きと青い鳥マークのシェルに弄ばれているライアン機を見つけた。その向こうには胴体部分装甲の大半を失ったビルとダニーが相反する軌道で逃げるように飛んでいて、まるで宴の後とでも言う様な空気を纏った2機のシェルにより、ライアンの装甲が削られつつあった。


『テッド。そっちはどうだ?』


 唐突に高級将校向け無線で呼びかけてきたエディ。その声に溜息混じりで応えたテッドは、ボヤキを忘れては居なかった。


『全然ダメだ。いま目の前でライアンが良いようにやられている。あれはサンディとソフィーだな。ドリーとジャクソンは場数を踏んだだけ多少マシだが、音楽トリオに良いようにやられた』

『そうか』

『とりあえずリーナーを差し向けたが……』

『向けたが?』

『ガンズアンドローゼスとブラックウィドウが参戦してきた』


 テッドの言葉を聞いたエディは僅かに沈黙した。その無言が数秒続き、そして、押し殺したような笑いがテッドの脳に届いた。


『……相手が悪いな』

『あぁ』

『そろそろ助け船を入れてやれ』

『いや、もうちょっと痛い目に遭わせよう。その方が練習にも身が入るだろう』

『それはそうだが、そろそろタイムスケジュールを先に進めてくれ』

『拙いか?』

『あぁ。向こうが勝ちすぎると今後に響く』

『了解した。蹴散らされて貰おう。向こうも解ってくれるはずだ』

『そうだな。先ずは撤退する事が重要なはずだ』


 エディとの交信を終了したテッドはいきなり戦闘加速を開始した。タイプ01ドラケンを越える運動性のタイプ03グリペンは一気に秒速35キロへ増速し、ライアンを弄んでいた王冠マークへと襲いかかった。


「ライアン! シェル同士の戦いは次の次の次の手を読め!」

「隊長!」


 片足と装甲の大半を失ったライアンは、なかば涙声をあげつつ必死の回避軌道を取っている。だが、それに被さるように進路を交差させたテッド機は進行方向へ背を向け、チェーンガンで弾幕を張って敵機の進路を塞ぎつつガンランチャーで王冠マークを追い払った。

 直撃を貰ったはずの王冠マークなシェルは装甲一枚剥がす事無く進路を変え離脱方向へ舵を切った。それを見届けたテッドは進路を変え、ライアンをいたぶっていたもう一機。青い鳥のシェルに動態予測射撃を加えて手詰まりにしてから直撃弾を与えた。


 ――すげぇ……


 回避運動を忘れたライアンの目の前でテッドは一気に敵シェルを2機追い払っただけでなく、手痛い一撃を与えていた。敵機が損傷を出したとは思えないが、それでも相反軌道を取り『逃げ』に入ったのは重要だ。

 その流れを目で追ったテッドは続いてスミスの支援に入った。文字通りのチェックメイトに陥ったスミスは逃げる事を止め、とにかく敵機に手痛い一撃を与えるべく砲を向けていた。


「スミス! そいつはツインソード。お前と同じアラブ系だ。シェル同士の戦いでは受け身に回った瞬間死ぬ。2対1でその戦いをした時は、確実に一撃でやられるぞ。自分より強い敵との戦い方を覚えろ」


 スミスをいたぶっていたダブルソードマークのシェルは螺旋軌道を描いて逃げに入った。だが、テッド機はその全ての進行方向へチェーンガンを放ち軌道を真っ直ぐ以外に選択肢が無くなるよう手を封じてから直撃弾を入れた。

 かなりの至近距離故に40ミリモーターカノンを受ければ装甲板の一枚や二枚は剥がれそうなものだが、平然と敵シェルは飛び続けてスミス機から離れて行った。

 そのまま猛スピードで旋回したテッド機はジャクソンを突っつき続けるハイヒールマークのシェルへ襲いかかった。完全な死角から接近したテッド機は遠慮する事無く至近距離でチェーンガンを浴びせた。いきなりその銃弾を受けたシリウスシェルは驚いた様に椀部装甲を数枚剥がして投げつけたのだが、その全てを躱して接近したテッド機から直接殴られるという一撃を受けていた。


「ジャクソン! 時には気合い入れて接近しろ! 幾ら重装甲でも直接殴ればダメージを受ける!気合いと根性だ!」


 返答する言葉も無く一気に回避軌道へと逃げたジャクソン。それを目で追ってからテッド機はドリーとジャクソンへ支援に入った。リーナーを加え3機になったBチームだが、ヴェテランのシリウスシェル5機を相手ではさすがに荷が勝ちすぎていたようだ。


「連携戦闘は囮役の気合いが全てだ。ギリギリまで逃げるな。そして手近な敵には遠慮無く攻撃しろ」


 複雑な軌道を描くシリウスシェルのど真ん中に飛び込んだテッド機はスピンしつつも全方向へミサイルをバラ撒いた。そのミサイルが敵機に向かって飛び、シリウスシェルはそのカバーに否応なく手を取られる中、テッドは手近にいたピアノとヴァイオリンへ直撃弾を入れつつ、ミサイルがフルートに飛んでいって迎撃射撃に撃墜されるのを見届けた。

 そして、その迎撃射撃の死角からフルート機へ手痛い一撃を入れてやり、胸部装甲が剥がれるのを見届けた。その直後、テッド機の背後を取ったリボルバー拳銃に薔薇のシルエットを入れたシリウスシェルがテッド機を狙って大口径マシンガンを発砲するも、素早く振り返ったテッド機の迎撃射撃により砲弾の全てが撃墜されてしまった。


「ボス!」

「フォローは要らん! 離脱しろ!」

「しかし!」

「こいつはガンズアンドローゼス。このチームでも最強の一人だ」

「最強?」

「あぁ。これとアッチの白百合。あれはブラックウィドウ。そして……」


 テッド機はジョンソン機を庇うように軌道を交差させてジョンソンを自分の陰に入れると、今すぐに離脱を促した。


「リーダー機のリンギングベル。あの3機はお前達じゃ勝てない。離脱しろ」

「ですが!」

「Don’t Stop Me Now!」(俺の邪魔をするな!)

「……イエッサー!」


 どこか悔しそうなジョンソンだが、一瞬の間を置いてドリーと共に離脱して行った。禄にダメージを受けていないリーナーがサポートに付くのだが、その隙間を縫ってブラックウィドウが一気にテッド機へ接近してきた。


「ハッハッハ! 手強いのが来たな!」


 どこか嬉しそうな笑い声を上げてテッド機が大きく旋回した。真っ直ぐに突っ込んでくるシリウスシェルに牽制射撃を加えつつ、その運動性能を見せつけるように真横へぶっ飛んで不規則な軌道を描いた。

 僅か数瞬前にテッド機がいた空間をブラックウィドウの砲弾が通り過ぎていく。それを見届けたテッド機は小刻みに軌道を変えつつ牽制射撃を加え、そして大胆に接近していった。


「シェル同士で高速戦闘するときは未来を予測しろ。ただ、それを盲信するな。いかなる事態になろうとも対応出来るように自分の次の手を考えておけ。手札を増やしておく事が一番の秘訣だ。ただな……」


 戦闘手順を説明していたテッド機とじゃれ合うようにしていたブラックウィドウだが、そのサポートにガンズアンドローゼスが付いた。2対1での戦闘になっているテッド少佐はその数的不利をものともせず、常に小刻みに動くことで全ての砲弾を躱しながらも敵シェルの動きをゆっくりと封じてチェックメイトへと持って行く。


「すげぇ……」

「神業だ」

「オヤジは3秒後が見えるんだな」


 面々の驚きに溢れた声が無線に流れていたとき、ブラックウィドウとガンズアンドローゼスが挟み撃ちを仕掛けた。挟み込んでの制圧射撃を受けたテッド少佐はチェーンガンを使って敵砲弾の全てを迎撃し、それと同時にガンズアンドローゼスへ急接近していった。


「ミサイルに頼るな。チェーンガンを過信するな。ガンランチャーを盲信するな。最後に使えるのはこれだ」


 急接近したテッド少佐のシェルが大錘を出して敵シェルに打ち付けた。寸前でそれを躱したガンズアンドローゼスは小刻みに揺れる軌道を描き離脱して行く。ただ、テッド少佐はそれを追跡しなかった。ある意味で千載一遇のチャンスだったはずなのだが……


 ――え?


 皆が息を呑む中、テッド機はシリウスシェルのブラックウィドウに襲いかかり、その腕を掴んで振り回し始めた。その姿はまるで踊っているようにも見え、皆は言葉を失って見守る事しか出来なかった。


「自分の手札を増やせ。何度見たって手札は手札の内容は変わらない。だから自分で増やすしか無い。その手札を順序よく切ってやれば勝てる。切り方を間違えれば死ぬ。それだけの話しだ」


 テッド機とブラックウィドウは腕をつかみ合ったまま錐揉み状態でデタラメな機動を描き、そのまま遠心力に引かれ分離すると、至近距離でガンランチャーを打ち合い始めた。双方の砲弾全てを至近距離で撃墜する砲撃戦は、息詰まる様な緊張をもたらす。

 だが、ふと気が付いた時、テッド機とブラックウィドウを挟んで双方のシェルが睨み合うように距離を取ったまま平行に飛んでいた。


『ひさしぶりね…… ぼうや』


 無線全バンドに艶っぽい女の声が流れた。その声を合図にするようにシリウスシェルの戦闘態勢がふと緩んだ。


『シリウスで一番おっかない女たちが出てきたな』


 テッド隊長の言葉を聞いたBチームの面々が息を呑んだ。隊長は確実に女と言った。つまり、このシリウスシェルを飛ばしているのは女……


『坊やの腕が鈍ってないかヒヤヒヤしてたのよ?』

『生憎俺はエディに鍛えられているからな』

『それを聞いて安心したわ』


 無線の中にウフフと妖艶な笑い声が零れる。


『今度は舎弟を鍛えていらっしゃい』

『あぁ、そうしよう』


 シリウスシェルのボスとは違う声が無線に流れる。

 今度は割と若くて張りのある声ばかりだった。


『シリウスでも指折りのいい女が揃ってンだから』

『ちっとはヒーヒー言わせてみなさいよ』

『男でしょ?』


 鈴が転がるようにアハハと笑い声が零れ、それと同時に弾けるような機動を描いてシリウスシェルが散開しつつ離脱して行った。その後ろから外太陽系向け大型高速船が接近してきて、Bチームシェルも離脱を余儀なくされていた。


「攻撃しますか?」

「シリウスシェルに殺されたくなければ止めておけ」

「……イエッサ」


 悔しさに声を震わせるスミス。だが、スミスを除く面々は呆気にとられ眺めていた。グングンと速度を増している大型船は、シリウスのシェルによる護衛を受けたまま金星軌道を離脱しつつあった。

 地球側からの攻撃を全てシェルがはじき返し、攻撃元へ手痛い一撃を加えつつあった。やがて地球側は攻撃の手を止め、シリウス陣営の生き残りが金星を離れていくのを黙って見届けていた。同じように手をこまねいていたBチームの面々だが、すこしボケていたメンバーを唸り付けるようなテッド隊長の声が無線に響いた。


「死にたくなかったら腕を上げろ。俺が殺す気で鍛えてやる。あれがシリウスのエースチームのレベルだ。今日は挨拶に来ただけさ。今度は本気の殺し合いだ」


 テッド隊長の声を聞いていたBチームの面々は、自分たちが知らず知らずのうちに慢心していた事を知った。

※ ウルフライダーの説明はまたいずれ……

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