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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第10話 オペレーション・クトゥーゾフ
113/358

敵前強襲降下

 ――――金星周回軌道 高度100キロ 

      暫定金星標準時間 6月7日 1400




 かつては濃密な二酸化炭素の層を持っていた金星の大気だが、長年にわたる炭素の固体化作業により地表部分の気圧低下にあわせ地球と同じような大気圏を持つに至っていた。

 現状では金星の高度100キロ付近と言うと、地球と同じように熱圏を飛び越え、事実上の宇宙空間と同じ条件になっている。そんな金星の上空をBチームは飛んでいた。

 戦域指揮官の指示に従って国連宇宙軍航空隊の手に余すシリウス側シェルとの戦闘を請け負う算段のはずなのだが、ハンフリーを飛び立って3時間以上が経過した現在ですら一発の砲弾も放ってはいない。


「案外意気地がねぇな」


 無線の中で弾んだ声を上げるジャクソンは、レーダーパネルのエコーをチェックしながら金星の北半球全体をチェックしていた。地上からブースター付きで上がってきたシリウス軍の戦力は、全域戦闘機『チェーシャーキャット』ばかりだ。シリウス軍の5倍近い数で展開する地球軍側の全域戦闘機と激しい空中戦を繰り広げていたのだが、およそ300機近くのシリウス軍機はほぼ全てが撃墜され金星の地表へと墜落して行った。


「敵とはいえ、あんまり気分の良いもんじゃ無いな」


 ビルの一言に無線の中で重い溜息が広がっている。高度100キロから墜落すれば、間違いなく燃え尽きて何も残らない筈だ。制御された大気圏突入と違い、自由落下でしかない墜落モードだと全域戦闘機とはいえ燃え尽きる事は避けられない。


「さて、感傷に浸っている暇は無いぞ」


 全員の気を切り替えさせたテッド少佐機が大きく進路を変えて金星の地表を伺い始めた。次々と続く対地砲撃により遮光幕はズタズタに引き裂かれ、金星の地表には容赦なく太陽光が降り注ぎ始めている。


「突入しますか?」


 確かめるようにテッドへと伺いを立てたジョンソン。だが、テッドを含め全員が出撃前のブリーフィングで『勝手な地表降下を禁じる』と参謀本部より通達を受けていた。


「地上へ降りるには理由がいるな……」


 笑いを噛み殺したような隊長の声にチーム全員もまた必死で笑いを堪えていた。ただ一人、沈黙を続けるロックだけが異常な殺気を撒き散らしていて、編隊の最後尾付近を飛びつつ地上を凝視していた。


「ロック…… くれぐれも勝手はするなよ?」

「……解ってます。面倒は自分で背負い込みますよ」

「そうだな。それが良い」


 低く沈んだ声でテッド隊長の言葉に答えたロック。その周囲を飛ぶ仲間たちはどう冷やかそうか言葉を練るのだが……


「まるで血に餓えた狼だな」


 最初にジョークを飛ばしたのは、やはりジャクソンだった。


「オオカミって言うより猟犬のつもりなんだけどな」

「猟犬? まぁ、飼われ犬には違いないが」


 猟犬と応えたロックの言葉をビルが冷やかす。

 どんな時でも余裕風を吹かせる姿は、ロックも段々と身につけつつあった。


「勝手な事をするとご主人様からお叱りを頂戴するぜ!」

「軽はずみはしねーこった」


 ライアンやダニーが次々と冷やかす中、スミスは際どい事を突っ込む。


「極東アジアじゃ犬を喰うらしいな」

「あぁ、そうだな。日本の隣じゃ鍋で煮て喰うらしい」


 スミスの言葉にドリーがボソリと答えた。


「何でも聞いた話だが、朝鮮じゃ犬をじっくりいたぶって殺すんだそうだ。頭蓋骨を話ってみたり身体中をバットで殴って虫の息にして、じっくり殺して食べるんだってよ」


 何とも凄惨な話に『マジかよ』とか『正気の沙汰か?』と声が漏れる。


「俺も聞いた話だから確証はないけどな。なんでも宗教上の理由とかで、痛めつけるだけ痛めつけて、苦しんで死んだほうが、霊的資源価値が高まって身体に良いんだそうだよ。まぁ、宗教なんてそんなもんだ。生物が生きていく上では――


 アチコチから『ウヘェ』とウンザリした声が漏れる。やはり人類普遍の価値観として、ジックリ痛めつけた上でのなぶり殺しは良心が咎める事だ。


 ――他の生き物を殺して食べるのも仕方がない事だが……」

「なんとも後味の悪い話しだな」


 ドリーの言葉にそう答えたスミスは、心底嫌そうな溜め息を漏らした。

 アラブでも犬は人類最良の友だ。動乱の20世紀と対立の21世紀を経て激突の22世紀を過ごした人類は、23世紀になって『他の文明文化圏の事をトヤカク言わない』と言う不文律を導き出した。

 つまり、『余所は余所・ウチはウチ』と言う部分を徹底する事で、戦争に至らないようにするマナーだ。だが、なんだかんだ言って食べ物と男女とペットの話しは、相手の意見を尊重する紳士淑女のマナーが通りにくいテーマなのだった。


「まぁなんだ。我々もそう言う行為は慎もう。死に行くものには敬意を払って、尊厳を保ってやらねばな。いたぶって殺すな。やるならひと思いにやれ。人でもレプリでも……な」


 なんとも胸くそ悪い話を上手く締めたテッド隊長だが、その声にロックが小さく息を吐いた。同じタイミングで各シェルのコックピットに敵機警告が浮かび、宇宙軍航空隊の戦闘機達が機首を返して襲い掛かる。

 だが、つい先ほどシリウス戦闘機を圧倒したはずの地球側戦闘機が次々と紙のように撃墜されていた。


「あは!」

「来やがったぜ!」

「出番だ!」


 各々が一斉に叫び声をあげた。

 シェルのコックピットに浮かび上がったのはシリウスのシェルだった。その数たるや三百近い大軍だ。宇宙軍のシェルキャリアから続々と地球側シェルが発進するなか、戦域統制を掌る参謀本部から迎撃指示が下った。


「余り気前よくやるなよ! 後が困る」


 力を持て余していたグリフォンエンジンに鞭を入れ、Bチームのシェルはシリウスシェルに一番槍を突き立てた。

 テッド隊長は先頭を切ってシリウスシェルの軍団に切り込んでいく。すれ違いざまにバルカン砲を叩き込み、一瞬にして10機以上を撃墜している。

 同じようにして続々とシリウスシェルを撃墜しているBチームだが、宇宙軍シェルが参戦してきて混戦になり始めた。こうなると同士討ちが怖くなる。Bチームの面々は無意識に隊長機の周りへ集まり始めた。


「さて…… 厄介な事になってきたな」


 ウンザリ口調のテッド隊長。厄介というのは言うまでも無い。今すぐにでもBチームは金星の地上へ降りたいのだが、この状況では持ち場を離れる開けにも行かない。

 バードは()()()()助けなければならない。だから、何かしらの大義名分が要るのだが……


「あぁ!」


 いきなり妙な叫び声をあげたジョンソン。

 必死で笑い声をかみ殺したドリーが叫び返した。


「どうした?」

「ちじょうにしぇるのきちがあるー!」


 如何にもわざとらしい棒読みなジョンソン。

 チーム全員が笑いを堪えるのに必死の努力を続けた。


「そりゃつぶしたほーがいーだろー」


 ジョンソンに負けず劣らずな棒読みのジャクソンが呟く。同時進行で次々と敵シェルを撃墜していき、やがて数えるほどしかシリウスシェルがいなくなっている。

 何となく拙い空気を感じていた面々だが、不意にライアンが地上へ向けてバルカン砲をぶっ放した。真っ赤に光る砲弾が金星の地上へ落ちていく。


「どうもあのへんがてききちらしーな」


 ライアンの棒読みはより一層違和感を感じさせるものだ。笑いを噛み殺すのにも限度があるのか、誰とは言わずに笑いを漏らし始めた。もはや面倒くさい。そんな空気になって誰からとは言わず一斉に急降下しようとしたのだが。


『お前らもう少し上手くやれ』


 チーム内無線にいきなりエディの声が流れる。

 その声にあわせ一斉に大爆笑が沸き起こった。


『だけどよエディ!』


 軽い調子で最初に口を開くのはいつもジャクソンだ。

 皆が言いたい事は一つだし、それに付いて今さら説明を求めるまでも無くエディ少将も理解している。ただ、軍隊と言う組織はスタンドプレイが許させるものではないのだから、どうしたって気を使わなければならない……


『せっかく混戦になったんだから……』


 エディがポツリと漏らした言葉に、ロックはシェルコックピットで凶悪な笑みを漏らした。間違いなくエディ少将の思惑でこうなった。シリウスシェルと国連軍シェルが混淆する状態にして、戦線をこっそり離脱してもすぐには解らないようにしたのだろうと思った。


『まぁとりあえず』


 無線の中にアリョーシャが割って入った。

 新たなプレイヤーの参入で皆が聞き耳を立てる。


『強制自爆措置の命令コードを一時的に停止する準備中だ。制限時間は180分。余り時間が無いからな。無駄なく使うと良い。私が言える事はそれだけだ』

『アリョーシャ。それは……』


 確かめるように聞き返したテッド隊長だが、その声を遮る様にしてエディが再び口を開いた。


『間もなくODSTの第一陣と第二陣がアサルトエアボーン(強襲降下)を行う事になっている。一般海兵隊も12大隊全てを投入する。一斉降下だ。その護衛をしろ。良いな。Aチームには大気圏外でシェル狩りに精を出してもらう事になっているから、抜かるなよ』


 無線の中に溢れかえるイエッサーの叫びがBチームの結束を表していた。

 金星周回軌道を離れアフロディーテ基地上空の静止軌道へ遷移した強襲降下揚陸艦は、海兵隊の降下チームを乗せた降下艇を次々と発進させつつあった。それと同時に屈強なODSTの隊員を乗せ、エアボーンチームが先頭を切り金星への突入を目指し、艦を離れつつあった。


「よし、あの連中をサポートする。地上に着いたら突入チームの支援を最優先だ」


 降下艇が出揃い編隊を整え、一斉降下を開始するまでに30分を要する。

 その間、Bチームのシェルはハンフリーの周辺を飛びながら警戒を続けていた。


『こちらODST降下突入チーム責任者ティアマット大佐だ』

『珍しいなジョニー。現場が恋しくなったか?』


 珍しいテッド隊長の冷やかし声に、チームだけでなく広域戦闘無線の中で大爆笑が広がった。そんな笑い声の中、ティアマット大佐の笑い声も混じっていた。


『昔はテッド少佐もよくケツが腐ると言ってましたが、その気持ちが良くわかります。すっかり太ってきたんで、ちょっとダイエットって所で……』


 ダイエットと言う言葉に再びBチームが大爆笑する。

 サイボーグは太る事も痩せる事も無いのだから、ある意味で羨ましい話だ。


『まぁ、いいさ。俺たちは降下チームを支援する。地上ではよろしく頼む』

『えぇ。こちらこそよろしく。なんせ降下中は手も足も出せない』


 どれ程屈強なODSTと言えど熱圏通過中はどうする事も出来ない。

 それゆえに全域で使える戦闘機は意味を持つし、その上位互換とも言うべきシェルは戦闘の切り札でもある。続々と降下艇がオレンジの尾を引いて金星の大気圏へ突入し始める中、Bチームのシェルも大きく円を描いて金星への突入を始めた。


「さて…… ここからが本番だな」


 揉み手をしながらコックピットの視界を調整していたドリー。同じようにビルやダニーやスミスもアチコチの細かなセッティングを微調整している。強い重力下での空中戦ではリフティングボディが生み出す揚力の調整は欠かせない。

 各々がコックピットの中で警戒を怠る事無く黙々と作業を進める中、地上で派手に暴れる為の準備をしていたロック。その眼差しが不意にコックピットを取り囲む全天型モニターへと向けられた時、エマージェンシーの表示が再び激しく点滅を始めた。


「なんだ!」


 テッド隊長の怒声が流れ、全員が様々な情報を収集し始める。

 そんな中、広域戦闘無線の中にエディの声が響き渡った。


『Bチームは大至急金星周回軌道へ上昇しろ!』

『なんだって!』


 テッド隊長が言い返したのだが、エディは冷静な声で告げた。


『Aチームでも手に余る連中が金星周回軌道に現れそうだ。詳しい話しは後でするから今すぐ緊急上昇に入れ!』


 一方的に話を切ったエディ。

 チーム無線には重い空気が漂った。


「どういう意味だ?」

「わからねぇけど、エディが言う以上は行かねぇとマズイな」

「そうだな……」


 ドリーやビルが会話する中、テッド隊長は小さく舌打ちしてからシェルの頭を起こした。エンジンの推力を上げて金星の重力を振り切る方向で加速している。それを見た全員が大きく輪を描きながらも上昇方向へ入った。大気圏外で面倒な戦闘になるのを覚悟してだ。

 忸怩たる思いでシェルの頭を上げたロックだが、その右横にはジャクソンのシェルが急に並んだ。とつぜん現れたのでロックはたいそう驚いた。だが、そんなロックの慌てぶりを一切無視したジャクソンは、ロック機の肩にあるケーブルリンクのバスに向かって通信ケーブルを打ち込んだ。


【直信だ。説明してる時間がねぇからグダグダ言うな。全員楽してぇし、面倒はゴメンだぜ。ここから先は一人で行け。俺は今から上空の敵機をガチで探さなきゃならねぇ。30秒は周りを見ねぇから……】


 一方的に通信を切ったジャクソンが通信ケーブルを抜いたあと、再びロック機に向かって通信ケーブルを打ち出した。ところが、そのケーブルヘッドの塊はケーブルバスではなくロック機の背で轟音を立てているグリフォンエンジンのジンバル機構付きノズルを強く叩いた。上昇傾向にあったロック機がバランスを崩し、金星の重力に引かれて地上へ墜落を始める。


「ジャック、ロックはどうした」

「いつの間にか居なくなりました。エンジントラブルでも発生したんじゃ?」

「そうか、まぁそう言うことなら地上で何とかするだろう」

「そぅっすね。整備班も降りてる筈ですし……」


 上昇を続ける仲間たちのシェルが右手をサムアップしてロック機を見送った。ただ、仲間に見送られるところまでは良かったロックだが、金星の空を自由落下で落ちていくシェルは激しい断熱圧縮を引き起こし、シェルの各部に異常加熱を引き起こしている。


 ――くそっ! ジョンソン! やりやがったなっ! 後で必ず……


 ロックは激しい錐揉みを強引にねじ伏せ脱した。幸いにして各部の動作に問題は無い。エンジンノズルのジンバル機構は余り言う事を聞いてはくれないが、シェルを飛ばし続ける事に関してはどうやら可能なようだ。

 遥か彼方にアフロディーテ基地が見えてきて、ロックはシェルの戦闘コンピューターに周辺警戒と自動反撃を指示し、地下拠点の入り口を探した。金星の地上まで約30キロ。周辺ではODSTの隊員達がパラシュート開傘高度を目指し超高高度降下を開始し始めている。


 ――さて…… 上手くやってくださいよ マット大佐


 シェルのコックピットモニターに映るODSTの大群には、一つずつ名前が表示されていた。その中の一つに星マークがみっつ付いたマット大佐の表示が浮かび、その周辺には士官級が揃っていて地上派遣の前線本部を構築するべく金星の空を飛んでいるようだった。


『マット大佐!』


 無線で呼びかけたロックだが返答は無い。向こうも一杯一杯の降下だ。ふと冷静に考えれば、金星の上空三万メートルからの降下など、降下100回を越えるヴェテランでもやりたくは無いだろう。


 ――……行きがけの駄賃だよな


 ふとロックの脳裏に浮かんだのは、後で責任追及された場合のアリバイ作りだ。シェルを変進させODSTを巻き込まないように大きく離れたロックは、音速を軽く超える超高速で地上をフライパスし、着上陸に向けたショックウェーブによる対地攻撃を行った。


『ロック! ロックか?!』

『マット大佐!』

『支援に感謝する! ついでに対空拠点も何とかしてくれ!』

『了解!』


 激しい対空砲火を掻い潜りアフロディーテ基地の片隅へ派手なスライディングで着地したロックは、手にしていた40ミリガンランチャーを遠慮なくぶっ放し始めた。角度的に対抗措置の取れない場所からの一方的な砲撃で対空陣地が次々と大爆発を起こしている。

 ガッチリと積み上げられた土嚢の壁に護られている陣地へはシェル用に作られたパンツァーファウストをお見舞いした。激しい土煙が巻き起こり、バラバラと土砂が降り注ぐ。そんなシーンを横目で見ながらロックは単機地上で大暴れを続ける。


「おっと!」


 背後に敵機警報が鳴り響き、慌てて振り返った先にはシリウスの主力戦車が何両もいた。シェルとやりあうには戦車では心許無い。火力なら互角でも機動力は全く次元が違うのだ。


「さて! アリバイ!アリバイ!」


 エンジンを吹かし急発進したロックは不安定な機動を行いながら戦車へ接近していく。ジンバル部へ受けたダメージは如何ともしがたく、速度が乗ってない状況では制御もかなり難しい。


 ――まっすぐ飛ばねぇとか勘弁してくれ!


 内心で愚痴りつつも仕事はきっちり。それがロックの真骨頂だ。

 一分間に30発以上の発射能力を持つ180ミリ戦車砲で攻撃してくるシリウス戦車だが、その砲弾を全て掻い潜り肉薄すると、戦車の側面にシェルの腕を掛け、慣性の法則を利用して戦車自体をひっくり返した。


「へっへっへ!」


 妙な笑い声を上げつつも地上の掃討を進めるロック。

 かつて航空機のエプロンだったアフロディーテ基地前の広大なスペースは、続々と広がったODSTパラシュートたちの着上陸に最適な地点だった。


「さて、油断無く働かねぇとな」


 ロックはアフロディーテ基地に残されている地上構造物に対し、片っ端からガンランチャーを御見舞いして破壊していく。かつて激しい戦闘を行った基地はもうすぐ日没エリアに入る。金星の夜は60日近くも続くのだから、事態は急を要する筈だった。


『地上降下前線本部より戦闘中のシェルへ』

『こちら501大隊Bチーム所属。ロック少尉だ』

『自分は地上降下班前線本部付き参謀アーネスト中佐だ』

『中佐殿。無事な着上陸おめでとうございます』

『ありがとう少尉。早速だが本題だ。これから我々は基地へ突入する』


 力強い言葉が無線に流れやる気十分なんだとロックはほくそ笑む。ただ、テンションが上がりすぎていると、捕虜の救出より敵の殲滅を優先しかねない。


『自分も突入を希望したいところですが、生憎、シェルのエンジンにトラブルが発生して飛行不能です。整備班に修理をお願いしたいのですが』

『了解した。手配する。貴官の支援に感謝する。シェルの番をしててくれ』

『イエッサー!』


 薄ら笑いを浮かべたロックはアフロディーテ基地のエプロンでシェルのメインエンジンを停止した。一緒に行こうなどと言われれば、どこかの大隊で臨時編成の下士官以下を宛がわれ突入チーム指揮官を演じる所だ。

 シェルの番をしていろというのは、ある意味でありがたい。今のロックにしてみれば、突入した後の目的にシリウスの殲滅など含まれては居ない。目指す目標が一つなのだから、あとはどんどん進むしか無い。


 ――さて、チャッチャとやらねぇとな……


 エプロンに着陸したシェルを見て、すぐさま海兵隊の整備大隊がやってきた。その後ろには整備中隊が一式揃っている。基本的に部品の共通化が進んでいる海兵隊であるから、少々の部品なら降下艇辺りから引っ剥がしてきてシェルを修理出来るはずだ。

 幸いにして周辺には半年前に置いて帰った海兵隊の降下艇や、前回の地上戦で動けなくなった国連軍機材が残されている。地上に残っている残骸を一通り見た整備中隊の技術軍曹はロックの元に走ってきた。


「少尉殿 どこが問題ですか」

「エンジンのジンバル機構じゃないかと思う。機体制御に安定性が無いんだ」

「了解しました。各部をチェックします」

「済まないが頼む。俺は基地突入チームのサポートに付く。生きて帰ってくるから修理しておいてくれ。頼むよ」

「了解です。どうかご無事で」


 早速エンジン各部をチェックしはじめた整備中隊を横目に見ながら、ロックはシェル内部のおもちゃ箱(ハットラック)から喧嘩道具を取り出した。がっちりと喧嘩装備を整えてヘルメットを手にして辺りを伺うと、ODSTはマット大佐の号令一下に編成を終え突入を開始するところだった。


 ―― 一緒に突入はマズイな……


 戦闘支援情報を呼び出して、現状で機能していると思われるアフロディーテ基地の内部を視界に表示させる。まったく無線の通じない状況にバードが押し込まれているとしたら、その可能性があるのは中央棟最深部のメインリアクターではなく、どこかにあるリアクター制御室だろう。

 放射線対策の関係で鉛などの重金属を使った遮蔽物が掃討厚くなっているはず。そんな室内であれば無線だって通らない筈だとロックは考えた。辺りを確かめてみれば、間違いなくやる気満々の海兵隊だらけで、ODSTの統一ヘルメット越しに見える目には光りがある。

 この一戦で太陽系からシリウスの影響力を排除するのだと、そんな上層部の決意が末端の兵士にも伝播していた。モタモタしている間にバードごと制御施設を爆破されては面倒だ。


 ――さて、どこから失礼するか……


 半壊した中央棟やほぼ全壊の西棟東棟には制御室がないのだろう。と、なれば、ほぼ無傷の北棟か、若しくは何処かの地下か……


 ――データが無いのは面倒だな


 セキュリティ上の都合でアフロディーテ基地内部の配置には一部空欄が残って居るらしい。敵側に情報が抜けた場合のリスク回避なのだが、逆に敵側が占拠している場合は面倒の種になる。


 ――まったく…… 面倒だな……


 内心でブツブツ言いながら半壊している東棟の中へと侵入し、そのまま地下エリアへの入り口を探したロック。幸いにして地下入り口へはすぐに見つかった。基地の構造としては地上部分の方が優先だったのだろう。驚くほどシンプルな構成の地下ゾーンは、地上施設とは裏腹に手狭ではあるが解りやすい。

 愛刀の抜け度目を外したロックはシェルから持ってきたSー16に最初のマガジンを叩き込んでボルトを引いた。ブラスター系のCー26ではなく実体弾頭系を持ってきたのだが、特に根拠は無い。


 ――たぶんこっち……だな


 根拠など無い。ただ、単純に直感でそう思っただけだ。

 狭い通路の中を足音を殺して前進を開始するのだが、忘れた頃になって基地全体を揺さぶるような激しい振動が来る。着々と艦砲射撃が続いているのだと実感しつつ、その音と振動で敵を見落とさないかが心配だ。

 ややあってどこか遠くから激しい銃撃戦の音がし始め、微気圧波を伴った衝撃波が地下通路を通り過ぎていく。地上でODSTや海兵隊がシリウス地上軍と遣り合っているのだろう。

 地上の様子を知りたいのだが、自分から無線を発する事は憚られる。建前上は金星の地上へ不時着した事になっているのだ。そして、自己判断で勝手に基地の中へ突入している。下手な事をすれば営巣入りとなる。


「……チッ」


 小さく舌打ちして前進し続ける事を選択したロック。基地内マップをもう一度視界にオーバーレイさせ、自分がいる位置を確かめる。そろそろ中央棟の下辺りに入るはずなのだが……


 ――ん?


 ヘルメットの臭気センサーが何かを捉えた。

 簡易分析によれば、それは腐臭と便臭だ。そして、隣には死臭の注意がある。


 ――死体?


 僅かに首をかしげ尚も前進したロック。

 臭気センサーの反応はどんどん強くなり、やがて小さな扉の前辺りに到達した時にはコバエが飛び交う状況になり始めた。


「……マジかよ」


 床にはどす黒い液体が乾いた状態で残っている。間違いなく流血痕だ。

 まるで枯山水のような跡が残っていて、その筋の先は扉の向こうに続いていた。


 ――まさかなぁ……


 腐乱死体がそこにあるのは間違いない。これだけ二酸化炭素が濃い状況でも死体は勝手に腐っていく。扉を開けるかどうしようか一瞬悩んだものの、ロックは一気呵成に扉を開けた。部屋の中から一斉にハエが飛び出してきて、その中は濃密な死臭に埋めつくされていた。


「……まじかよ」


 右足首がほぼ引き千切れていて、尚且つ左の肩には重篤な深層火傷痕がある。

 この傷ではバーナー等ではなく電流による抵抗発熱だと察しが付くのだが……


「……………………」


 最初にイメージしたのはバードの身体に高圧電流を流され、機体それ自体が破壊されるシーン。身体中から高電圧のスパークを飛ばし、身体制御機能を奪われて糸の切れた操り人形の様に床に転がる姿だ。

 それだけの高電圧なら脳だって即死なはず。ゾクッと寒気を覚えたロックは頭を振って嫌なイメージを脳内からたたき出した。


「悪いな。回収は後にする」


 腹腔内に腐敗ガスがたまり大きく膨らんだ腹部はベルトでくびれている。そんな姿に一瞥して再び廊下へと出たロック。そのままスルスルと進んでいく先には歩哨と思しき兵士がふたり、顔を見おあわせて不安そうに天井を見上げ立っていた。


 ――注意力散漫だな


 そっと膝を突き膝射姿勢をとって狙いを定める。その直後に再び大音響が響いて艦砲射撃が着弾した。それにあわせ素早く引き金を引き、歩哨の一人を射殺する。

 もう一人がいきなり倒れた仲間に気が付いて緊急警報のボタンを押しに行くも、その前にロックは遠慮なく射撃を加えて二人目を射殺した。


 ――さて、バーディはどこだ……


 嫌なイメージが渦巻く最中、ドアの前に立ったロックはトラップの存在を探った。いきなりドアを開けたらドンッ!と行かれても困る。ドアの周りを慎重に確かめ問題が無いのを確認し、あとは度胸だと一思いにドアを開いたら、その先にはすっかり消沈しているODSTと一般海兵隊の男たちが閉じ込められていた。


「パットフィールド!」

「……ロック少尉!」

「そうか! 無事だったか!」


 装甲服に書かれたナンバー11を見てパットはロックだと識別したらしい。

 床には夥しい殴打痕の残るシェーファーが横たわっている。そして、その向こうには手を大きく晴れ上がらせた見覚えのある軍曹。だが室内にバードはいない。

 状況を確かめるべく戦闘ヘルメットを取ったロックの姿に室内の兵士たちがどよめいた。サイボーグの兵士がたった一人で回収に現れたからだ。


「バードは?」

「……何処かへ連れて行かれた」

「そうか」

「バード少尉は……


 捕虜になった直後の状況をパットは簡単に説明した。シェーファーの為にウィスキーを二瓶もラッパで飲みきり、その直後に急性アルコール中毒でひっくり返った事。そしてレプリの兵士により台車に乗せられ何処かへ連れ去られたこと。

 その話を聞いていたロックは僅かに不機嫌になったのだが、生身を護る為にバードが見せた献身的な姿勢を想像し、怒りを何とか押さえ込んでいた。そして、部屋の出口へとパットを誘ったロックは出口を説明する。途中で死亡した海兵隊兵士の回収も依頼するのを忘れてはいない。


「地上へ出たら戦線本部へ出頭してくれ。ただ、俺の事は内緒だ」

「内緒? なぜ?」

「こっそり抜け出してバードを救出しに来たんだ」


 恥かしがらずにスパッと言い切ったロック。

 その男らしい笑みにパットが驚いていた。


「拙くないのか?」

「拙いだろうな。だけど、それで処分されるなら本望だ」


 パットの背中をポンと叩いたロックは再びヘルメットを被った。


「モタモタしないで地上へ出てくれ。それと、俺の後ろを追跡するな。なんかあった場合に面倒が二倍三倍になる。なに、俺の事は内緒にしておいて、警備が手薄になったから脱出したって事にしておけば良いさ」


 一歩部屋から出たロックは左右を確認し、射殺したシリウス兵の持っていた銃を拾いパット達へ手渡した。それなりに精巧なつくりの自動小銃を持ち、海兵隊の兵士はホッと一息つく。

 脱出の最中に敵兵と遭遇したら丸越しで戦闘する事になっていたのだ。安心を担保するための銃は、その存在が何より重要なのだった。


「じゃぁな」


 パットに背を見せロックは通路を進んでいった。

 その後姿を見送ったパットフィールドは、同じサイボーグの仲間たちがどれ程バードを大事にしているのかを思い知った。


「少尉。脱出しましょう」

「そうだな軍曹」


 幾つもの足音が響き狭い部屋から兵士が出て行く。

 その音を遠くに聞いたロックは、再び視界の中に基地情報をレイヤーし、ひるむ事無く前進していくのだった。

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