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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第2話 サイボーグ娘はイケメンアンドロイドの夢を見るか?
11/348

Bチームも人それぞれ / 設定の話02


 月面最大の国際宇宙港、アームストロング宇宙港。

 地球人類の共有財産として栄えるこの港の周囲には、巨大都市群が存在する。

 宇宙港を出発点とする放射状の幹線通路は幾多の都市を貫いていて、その道路沿いには国連主要国家の管理都市が広がっていた。

 多くの都市は完全地下都市となっていて、強烈な宇宙線の影響を避けたり、或いは、稀にやって来る隕石に備えているのだった。


 その月面都市の中の一つ。

 日本国政府の管理する月面都市。INABA。

 因幡の白ウサギから名付けられたこの街は、独自の日本文化圏エリアだ。

 日本のサブカルチャーを支える様々な商業施設は全部揃っている。

 言うなれば、新宿の歓楽街をそのまま月面へと持ってきたの等しい環境だ。


 レストランを出てINABAへとやって来たバードたち四人組は、誰が言う事も無く自然にカラオケボックスへと向かっていた。

 今や人類文化圏のどこにでも見られる娯楽施設となったそれは、個室へ立て籠もって不純異性交遊を行う格好の舞台としても機能している。

 ただ、それはもう青い妄想真っ盛りの若者の場合であって、日常に疲れている大人の場合は……


「バード、もう一杯やるか?」

「うん、よろしく」


 ライアンが受話器を肩に挟んで室内のオーダーをまとめた。


「あー もう一回頭から。スクリュードライバーを二つ。モスコミュールを一つ。あと、ロングアイランドアイスティーを一つ。全部で四つだ。オーケー? あぁ、それと、ドライジンをビンで一本持ってきてくれ。ライムを付けて」」


 バー併設のこの店は真っ昼間からカクテルで酔っ払う事の出来る貴重な場所で、カクテルシェイカーを振るバーテンダーの技術が月面で一番だと噂されるだけあって、どのカクテルも実に上品にまとめられている。

 大声を張り上げ、歌って騒いでストレス解消がちょっと恥ずかしい大人には、静かに立て籠もってBGMを聞きながら談笑できる貴重な空間であり、尚且つ防音の行き届いた部屋では内緒話にちょうど良いのだった









 ―――― 月面 日本政府管理地域 月面都市『INABA』

       地球標準時間 1430









「でもさ、バードもサイボーグチーム拡大プログラムでスカウトだろ?」


 中途半端に飲み残していたワイルドターキーのシングルを飲み干したペイトンは、ちょっと胡乱な目でバードを見ていた。月面基地へやって来てまだ一ヶ月程度のバードだが、処女戦を経験しただけで無く様々な『基地のイベント』を体験した後ともなると、メンバーの個性が段々と見えてくる。


「うん、そう。けど、契約する前にサイボーグ化オペレーションしちゃったから」


 バードもバードで、全くお茶の入っていないロングアイランドアイスティーを飲みきり、付いていたレモンを舐めている。特に用が無い時はだらけたり緩かったりするBチームだが、正直、こんな時はこの空気が心地良いのだった。


「普通は病院なり施設なりで契約してからってもんだけど、そうも言ってられないケースもあるって事だろ」


 ライアンの言葉にロックもバードも頷いた。


「実を言うと俺さぁ、ハッカー遊びでシクッてシリウスの工作員に捕まってさ」


 ライアンはいきなりシビアな話を始めた。

 だが、ペイトンは身を乗り出すようにして聞いている。


 もちろん、ロックとバードも興味を持った。

 身の上話を外へ漏らすのが御法度とも言えるのだが、仲間内ではざっくばらんに語る事も多いとバードは感じている。


「ブルースターの拠点にあるデータサーバーをハッキングしてたら逆ハックされて自宅がばれてやばい事になって」


 ロックが眉をしかめる。

 バードも警戒を隠せない。


「ヤバイって?」

「やぁ、まんまヤバイ事だよ」


 ライアンが左の手首を揉み始めた。


「ファントムペインって解る?」


 怪訝な眼差しがペイトンやロックやバードに注がれる。

 ライアンの目が険しくなっている。


「ある日の夜中、いきなり俺の家へテロリストがやって来て、問答無用でショットガンを左手首に向けぶっ放されてさ。あっという間に左手が吹っ飛ばされて、今でもその痛みで左手が動かなくなる事があるんだ」



 ――――おまちどおさまでした~



 店員がやって来てカクテルを四つほど部屋へ置いていった。

 良い所で話を切られて皆は興醒めだったのだけど、ライアンは再びシリアスな表情になって話を再開する。


「連中がさ、どこまでデータを抜いて何処に渡したか?って聞くんだよ。ぶっちゃけ俺はそんなの興味なくて、他人のサーバーをピーピングトム(のぞき見)するのが趣味だったから」


 ライアンのピーピングトム(のぞき魔)と言う単語にバードがニヤリと笑った。


「でもさ……」


 ふと、ライアンの表情が翳った。


「連中はそれを信用しなくて、物音に気が付いてやって来たダッド(父親)はいきなりヘッドショットで殺されて、それで自分のしでかした事に気が付いた。どうも、虎の尻尾じゃ無くてTレックスの尻尾を踏んだらしいってね」


 ペイトンは言葉を失って唖然としている。ロックもバードも驚いている。

 だけどライアンは、全く気にしないで話を続けた。


「その銃声に気が付いて マム(母親)がやって来たんだ。来なきゃ良いのに。まだマムも若くてさ。気が付いたら裸に剥かれて回されてたよ。で、手持ちぶさたな奴が俺の家を家捜しし始めたら妹が見つかって」

「あぁ、もう良い。オチは見えた」

「だろ?」


 これ以上聞きたくないと言った感じのペイトンが話を切り、ライアンも黙った。

 だけど、翳っていたライアンの表情に狂気の色が混じり始める。


「マムも妹も俺の目の前で生きたまま解体されて部屋の壁に内蔵を一個ずつ釘で打ち付けられて、でも、あいつらの解体術は大したもんで、痛くても死にきらないんだよ。痛い! 助けて! 助けて! って声だけが聞こえるんだ。で、あいつらしつこく聞くわけさ。データーを何処へ渡したと」


 口を手で押さえて泣きそうな表情のバード。

 ペイトンは怒りに表情が変わっている。


「あん時つくづく思ったんだよ。ブルースターとか言って環境保護だの自由主義だのって結構な標榜してんけど、中身はただのテロリストだ。シリウスの(いぬ)だってさ。気がつきゃマムも妹も完全に死んでて動かなくなってんだけど、あのサノバビッチ(クソったれ)どもは『まだ中は暖けぇから』とか言って死体とヤッてやがった。狂ってるよ。マジで」


 スクリュードライバーを一気に飲み干したライアンは天井を見上げた。

 何か思い出したくない事を思い出したんだとバードは思った。

 僅かな沈黙。部屋の中に流行りの曲が流れていた。


 ♪no more pain  ♪no more tears  ♪no more die……


「……身体中から血が抜けていって寒くて寒くて。身体中が凍りそうだった。俺は言ったんだよ。寒いから殺してくれって。そしたらあいつらレーザーカッター持ってきててさ。ニヤニヤ笑いながら暖めてやるって言い出してな」


 ライアンの手がジェスチャーで言いたい事を表現した。

 両足は付け根から。両腕は肩から。それぞれ切り落とされたと。


「芋虫って本当に動けないんだよ。クリープ(這いずる事)しか出来ないんだ。そのうち、リーダー格だった奴がキッチンからフォークを持ってきて眼と耳を潰された。最後に聞いた言葉は『こっそり覗くからだ』ってよ。だから言ってやったのさ。今度は真正面から行ってやるよって」


 自嘲気味に鼻で笑って。

 そしてライアンはドライジンのボトルをラッパで飲み始めた。


「待っててやるさ。来たら歓迎してやるって。そう言われて。その後は光も音も無い世界で痛みだけが有った。良く死ななかったと思うよ。しばらくそのままにされて、今度は誰かが身体を動かしたんだ。ストレッチャーに載せられて運ばれてくのが解った。今度こそ殺されると思って考える事をやめて。で、次に気がついたらサイボーグだった」


 ライアンの指がバードをさした。

 その指先がまるで刃物の様で、バードは思わず背筋を伸ばした。


「おれも契約前にサイボーグ化だよ。行ってた大学を休校扱いにして離脱して、それからリハビリセンターのシミュレーターで士官教育を受けた。バードも似た様なもんだろ? まぁ俺みたいに銃でバンバン撃たれる事は無いだろうけどさ」


 ヘヘヘと寂しそうに笑ったライアン。

 バードはどう声を掛けて良いか分からなかった。


「……それって他人(ひと)に話していいの?」

「俺はもう天涯孤独なんだよ。だから、秘密が漏れて困る事は無いし」


 いつもヘラヘラと笑っているライアンの顔に、寂しそうな笑みが浮かぶ。

 それは単純に孤独というモノでは無いとバードは気が付いて居た。


「俺のファミリー(家族)はBチームだけだ。だからファミリーは俺の秘密を知っていても良い。俺がそれで良いと思っているんだから良いんだよ」


 ライアンの言葉を聞いたロックが拳を差し出した。

 二人がグータッチで挨拶を交わす。

 それを見たバードも同じ様に拳を差し出した。ライアンが嬉しそうに笑った。


「ところでバードは?」

「わたし?」

「そうだ」


 ライアンに話を振られてバードは困った。

 どこまで身の上話をすればいいんだろう?と考えた。


「身の上話はいいさ。でも、契約する時は面倒だったろ?」

「面倒かどうかは解らないけど……」


 バードの表情に困惑が浮かぶ。

 だけど、ライアンもペイトンもロックも辛抱強くバードの話を待った。


「センターで眼を覚まして、いきなりリハビリでブートキャンプやって、そのあと、ひたすらアプリをインストールしてさ。気がついたらもう真夜中で、視界の中に個人識別マーカーの表示があったから世界が鬱陶しくて気が狂いそうで。トイレもシャワーも無いベッドしかない部屋で充電しながら寝て。次に眼を覚ました時は視界の中が今と同じで電源残量表示とかリアクター可動状況とか電波受信状況が全部表示されてて」


 ペイトンがニヤリと笑った。


「始めてみる時はパニくるよな」

「うん。最初は壁とか天井の模様だと思ったもの。何でも良いから自分の部屋が欲しい!って本気で思った」


 バードの素直な言葉にロックが笑った。

 みな、似たような経験をしてここに集まって来るんだと思うのだが。


「俺もそうだったな。最初は意味が解らなかった」

「だけど直ぐ慣れたよ。むしろ俺は嬉しかった」


 ライアンが素直にそう言ったのでバードも笑っていた。


「担当だった主任設計者の人が迎えに来て、宇宙軍と契約しようって口説かれて。で、公式には死んだ事になってるとかいきなり言われてさ。もう訳わかんないよね。だけど宇宙軍の担当はもっと酷くってさ」


 ちょっとご機嫌斜めなようにカクテルを飲んだバード。

 口を尖らせてプンプンと怒るような仕草だ。


「なんか勝手に向こうが舞い上がってて、バッケンレコード級の適応率だし、あなた自身の所有権をあなたは持ってないから、軍隊へ来ないとどっかの企業に機械扱いで持っていかれるとか一方的に撒くし立てられて。で、私は聞いたのよ『海兵隊のサイボーグって何するんですか?』って。そしたらその担当がね」


 ペイトンやロックの眼が興味津々と言ったように輝いている。

 ライアンまで身を乗り出して聞き始めている。


「ヒーローだって言うのよ。人類のヒーロー。バカにするのもいい加減にしろって思わない? 海兵隊の生身の兵士が安全に地上へ降りるために、一番最初に落っこちるポジションだから。海兵隊の全兵科共通で一番のヒーローだって。もう呆れて呆れて呆然としたわよ。何でよりにもよってとんでもない重装備で高度一万メートルオーバーからHALO(高々度降下低高度解傘)しなきゃいけないのよ! って喚いちゃった」


 ライアンもロックも大声でゲラゲラと笑っている。

 ペイトンは椅子からずり落ちて床に寝転がり笑っている。


「なんだそりゃ!」


 口を揃えて手を叩き、ひとしきり笑った。


「でさ、拒否するも何も、まずは体験してもらおうって言い出してね。シミュレーターで降下体験してくださいっていきなり言われてさ。サイボーグは少々じゃ痛い目にあわないから大丈夫だって言って。で、その場で頚椎バスにケーブル挿してさ、いきなりガタガタと揺れる降下艇の機内で驚いたわよ」


 ペイトンがニヤリと笑った。


「そう言う事だったのか」


 ライアンが椅子に座りなおしてバードを見ている。

 ロックもモスコミュールを飲みながら笑っている。


「いきなりテッド隊長に呼び出されて『急だが今からシミュレーターで降下突入訓練やるから集合しろ!』って呼び出されてさ」

「そうそう。実はその前に下らない仕事でアフリカに降下したばかりで休みの筈だったんだよ。ふざけんなボケ!とか思ってよ」


 ライアンとロックが冗談めいた口調で言う。

 ペイトンも相槌打って続けている。


「ドリーが俺に言うんだよ。新人に手を出したら俺がこの手で太陽へ落っことしてやるって。それでピンと来たんだ。次は女だって」


 ヘラヘラと笑っていたけど、でも、ペイトンは楽しそうだ。

 画に描いたような女好きなんだとバードは思った。


「だけど、あのシミュレーターやって、なんかこう、うん。かなり衝撃だった」

「だよなぁ。あんなの日本に居る限りまずねーから」


 ロックが遠くを見ながら言った。

 そんなロックへライアンが声を掛ける。


「そう言えばロックはどうだったんだよ」

「俺か?」

「そうだ。ロックの話は誰も聞いた事が無いんじゃないか?」


 ライアンの眼がペイトンを捕らえた。

 ペイトンも静かに頷く。


「ロックの昔話は聞いた事が無いな」

「俺の話はやめてくれ。恥ずかしいから。いや、ライアンとかに比べるんじゃなくて、本気で恥だよ恥。情けねー理由でサイボーグ化なんだよ」


 ロックが困惑顔で告白したのだけど、バードの眼が興味深々で注がれている。

 

「聞きたいなー ロックの話」


 バードの眼が意地悪に光る。


「ほら。お姫様のご氏名だぜ!」

「そうだそうだ。ゲロっちまえよ。楽んなるぜ!」


 ペイトンもライアンも畳み掛けている。

 だけど、ロックは強気の表情で突っぱねた。


「いや、やっぱ止めとくわ。ペイトンが昔話してくれたら考えるけど」


 話を打ち返すようにしてロックがニヤリと笑った。

 戦闘中に見せる狂気をはらんだ笑みにも見えた。

 恐ろしいまでの迫力でグッと威圧するロックの姿には寒気を覚える程だ。。

 ペイトンはどこか頭を抱えるような仕草で、困った表情を浮かべた。

 チラリとライアンを見た後、ジッとバードを見て、言葉を選んだ。


「ところでバード。今も武装してるか?」

「え? あ、うん。一応。内規だから」

「じゃぁ、もし…… もしだぜ? もしここで大喧嘩が始まったら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()から」


 ペイトンの言葉に何かを感じたバードは、脇腹のハッチを開けて隠してあった拳銃を確かめた。個人識別機能付きの安全装置を持つ、サイボーグなブレードランナー専用のレールガン拳銃だ。13ミリ口径の高威力で、至近距離ならサイボーグも射殺できる代物だった。


「……わかったけど、なるべくやめてね。ファミリーを撃ちたくない」

「あぁ、だけど、ライアンの話を聞いた後だと、ちょっと自信が無い」


 軽く咳払いをしてから、ペイトンはライアンを見た。

 不思議そうにして視線を交わしたライアンの表情に怪訝な物が浮かぶ。


「実は、隊長から口止めされてるんだが、俺をファミリーと呼んでくれたライアンの為に告白する。いや、懺悔する」


 ライアンがいっそう怪訝に眉を顰めた。

 その向かいのペイトンは、目をつぶって心の整理をしているようだ。

 やや長い沈黙があって、そしてペイトンは目を開いた。


「実は俺は。ブルースターのハッカーでクラッカーだった」


 ロックもバードも言葉を失って、口を半開きにしたまま驚いた。

 だけど、ハッと気が付いたバードがライアンを見た。

 ライアンの目から表情が消えていた。


「なぁ、ペイトン。俺は真実を知りたい」

「……ライアン。もしかして、襲撃を受けたのは未成年の頃か?」

「あぁそうだ。19歳の夏だった」

「家は…… コペンハーゲンか?」

「いや、カールスタードだ」


 ペイトンは両手で顔を覆った。

 指の隙間から深い苦悩が見えた。


「襲撃を受けたのは3年前か?」

「……その通りだ」


 ペイトンはライアンの目の前にあったドライジンのボトルを掴み目を伏せた。

 そして、一気に半分近くも飲み干した。

 どれほど飲んだ所で、サイボーグはアルコールの酔いを機械的に操作出来る。

 スイッチ一つの操作をすればアルコールによる酔いを覚ませるのだ。


 ただそれでも、その酒の飲み方は尋常では無い。

 つまり、ペイトンは罪の意識を持っているとバードも気が付く。

 そしてそれは。その中身は……


「おれは五年前までブルースターのトロント支部でサーバー管理者として活動に参加していた。世界中の名だたる企業が支援してくれる理想主義団体だと信じていたからな。だけど、五年前。支部長直属の組織委員会から非公式に呼び出しを受けて出頭した時だった。ブルースターの活動を妨害する政府機関がある。それを逆ハックしてくれと依頼された」


 ボトルを抱えたままのペイトンは、再びグビグビと飲み干した。

 そして、ガックリとうなだれた。

 まるで背負った罪の重さに耐えられないように。


「とりあえず状況を教えてくれって言ったら、ハッキングされてる真っ最中のサーバールームに連れて行かれた。見るからにヤバイ連中が何人も顔をつき合わせてた。ところがその中身のレベルが驚くほど低くて笑ったよ。で、今何やってんだ?って聞いたら、ネーデルランドの何処かからミラーを使って多重攻撃を受けてるって聞いたんだ」


 ペイトンがライアンを見た。

 痛いほどの沈黙が流れた。


「俺は聞く覚悟が出来ている。続けてくれペイトン。プリーズ(頼む)


 ペイトンは僅かに頷いた。


「アチコチのセキュリティが甘い個人マシンとか企業のデータサーバーとか、その辺りのシュトラウスを一つずつ剥がしていったら、最後に残ったのはコペンハーゲンの個人宅だった。最初は当たりだと思ったけど、何処か引っかかって首をかしげた。あまりに無防備すぎたからな。偽装だって疑ったんだよ。で、ネットのサテライトマップで該当する住所を探しに行ったら、個人宅どころか商店みたいな場所だった。だから、カウンターハッキングでネズミを送り込んで、プロクシの向こう側のデーターをコピーした。OSのキーコードだ。それをOSのデータサーバーから探し出してみたら、該当が一件も無くてピンと来た。こりゃダミーだと確信したんだ。これはプロの手口だってな」


 バードの手が無意識にライアンの手を握った。

 その握力の強さに、ライアンはバードが言いたい事を理解する。

 無言のメッセージは強い自制を求めるもの。

 ライアンは無意識にバードの手を握り返した。


「状況を報告したらトロントの支部長がとりあえず閉鎖しておいてくれって言って来てな。夜になったらもう一つ頼みたい事があるんで、予定を開けておいてくれと頼まれたんだ。夜になったらいきなり車に乗せられて3時間くらい走ったんだけど、連れて行かれたのは郊外にある小さなビルの地下だった。ブルースターのデータセンターと言われて中へ入ったら、世界中の企業や政府のサーバーを攻撃する拠点だってすぐに気がついた。そこで支部長に強い口調で言われたんだ。昼間見つけた攻撃拠点を絶対に探し出してくれって」


 残っていたドライジンを全部飲みきり、椅子へ深く腰掛けたペイトン。

 天井を見上げて物思いに耽っている。


「二日、三日、四日と探し続けて、デンマークとかカナダとかの怪しい所を一つ一つ丹念に調べていったんだ。だけど、ハッキング中に暇なもんだから、ブルースターの内部文書とかも片っ端から調べて読んでやった。そしたら」


 ペイトンは心底ウンザリといった表情で手を左右へ広げた。


「おれがブルースターに参加したのは17の時だが、それから5年の間に122件のテロに関わってる証拠文書を見つけたんだ。はっきり書いて有ったよ。犠牲者目標とか犯行声明の原稿とか。俺は支部長へ聞いたのさ。これはどう言う事だ?って。そしたら支部長は真面目な顔で言ったよ。革命に犠牲は付き物だ。必要な犠牲なんだよ。地球人類を覚醒させる為にってな。本気で思ったさ。こいつらイカレてるって」

「で、どうしたんだ?」


 ロックは話の続きを促す。

 その表情には恐ろしく怪訝な色が混じっている。


「ブルースターの理念は俺の理想だった。自由と平等。そして、反権威主義。主義主張の違いで争ってばかりの人類だ。自分と他人が違うなら他人を自分と同じにしようなんて物はクソ喰らえだ。自分と他人が違う事くらいでガタガタ抜かすなってな。ガキの妄想真っ盛りさ。だけど、その文書と支部長を見て、俺の理想はガタガタと音を立てて崩れたよ。立派な事言っててやってる事は最低だ。頭にキタね。だから、それをコピーして暗号化して世界中にばら撒いてやったのさ。同時進行でカウンターハックしながらだけどな。やがてだんだんと発信源を絞って行って、最後はスウェーデンの中の何処かだって気がついて、そこからは直接ISP網を叩き始めた。根元を探してな」


 ペイトンの怪訝な眼がライアンに注がれた。

 何を言いたいのかは言うまでも無い。


「一週間が経過した頃だったか、ストックホルム大学の電子工学部サーバーが発信源だとわかった。で、ここの学生か教授のどっちかが攻撃犯だと確定して報告書を作ったんだ。支部長に直接手渡して、良くやった!と肩を叩かれてな。安心してよそ見をした瞬間、スタンガンを喰らって動けなくなった。支部長が言うんだ、最後の仕事が残っているから、まだここに居ろって。身体中痺れて動けない間に国連軍の突入コマンドがやって来てさ。そのビルと中に居た人間を片っ端から逮捕し始めた。理由はわかってた。俺がそう仕向けたからさ。足がつくようにデータを世界中へばら撒いた。そしたら国連軍がやってきたって訳だ」


 カラオケボックスの中のBGMがいつの間にか終わっていた。

 バードはランダム選択で適当に曲を掛け始めた。

 部屋のスピーカーからイマジンが流れ始めた。


「理想だの理念だの、そんなのは大いに結構さ。だけど、最初にそれを言う奴はいつも安全な場所に居るんだ。自分が痛い思いをする事はまずねぇ。青クセェ言葉にコロッと騙された小僧がワーワー喚いて騒いで、で、いつも痛い思いをする。大人は上手く立ち回って『俺も犠牲者だ』みたいな顔してよ。でも、実際は何も痛くねぇのさ。痛い思いをする役目は、いつもいつも下のもんだ。俺は国連軍コマンドの突入チームに至近距離からバンバン撃たれて、気がついたらコンクリートの床にキスしてた。内臓をぶちまけて、あぁ、もう死ぬんだって思って。で、どうせ人生の最期だ、ブルースターの秘密を全部ぶちまけてやるって端末を弄り始めた。だけど、ブルースターの警備班がやって来て、今度はそいつに撃たれた。裏切り者って言われてよ。なんか締まらねぇ終わりだなって笑いながら死ぬのを待ってたら隊長が来たんだ。テッド隊長だ」


 イマジンが終わって僅かな静寂が漂う。

 言葉を失って黙っていたバードが沈黙に耐えかねて次の曲を再生させた。

 渋いサウンドが静かに流れる。BBキングの名曲。

 How Blue Can You Get。

 ペイトンの眉が少しだけ上がった。


「隊長は言ったさ。ボーイ(小僧)、なんで死に掛けてるんだ?って。敵にも味方にも裏切られたって答えて、隊長にパスワードを教えて、ブルースターの秘密がここに全部あるって伝えて、で、その後は覚えてねぇ。気がついたらブリテンのスタッフォードに居た。民生向けサイボーグに入ってた。国連軍の弁護士が来て、司法取引しないか?って持ちかけてきた。中身を聞いたら、ブルースターの秘密とかサーバーのハッキング情報とか、そう言うものを全部提供してくれたら、ブルースターの中で行ってきた事は全部不問にするって言われたのさ」


 ライアンの表情に驚きと狼狽が浮かんでいる。

 ロックもバードも黙ってそれを見ている。


「だから、俺は俺の知ってる全てを全部教えた。全部教えて、ついでに言ったんだ。俺も国連軍に入りたい。この手でブルースターを根絶やしにしたい。俺はすっかり騙されたってな。そしたら、なぜかそこにテッド隊長が居てさ。じゃぁ俺のところへ来いって引っぱられた。引っぱっていかれて、ブルースター対策チームの連中にハッキングコード全部教えて、ついでに俺の掴んでた情報を全部渡した。例のストックホルム大学の件とかも」


 ライアンの顔から表情らしいモノの一切が抜け落ちた。

 文字通り魂消た状態になってペイトンを見ていた。

 半開きの口から魂でも抜けていく様な顔だった。


「じゃぁ、もしかして。俺、大学にいたどっかのクソ野郎の()()()()()でこうなったわけ?」

「その可能性が高いな」

「そんで国連軍とブルースターのイザコザの()()()()()かよ」

「で、多分そのタネを蒔いたのは……俺だ」


 ペイトンがライアンを見ている。見つめている。

 ワナワナと震えるライアンをジッと見つめて、言葉を選んでいる。


「俺が国連軍に加入したのは5年前だ。一年ほど情報セクションに居て、それからODSTへ移籍してな。一年ほど経った時にハイランダー作戦に従軍したが、その時はノルウェーへ降下した。雪の中だ。後で聞いたらストックホルム近郊にシリウスのテロリストが居るから、ゆっくり包囲して行ってすり潰す作戦だった」


 ―――― HOLLY Shit(神様のくそったれ)


 ライアンが呟いた。


「俺は完全に()()()()()って訳か!」

「……そう言うことだな」


 ライアンが拳を差し出して笑った。

 その意味するところをペイトンも理解した。


「なんかやっと、真実にたどり着いた。そう言う事か」

「悪かったなんて言って済む問題じゃ無いが」

「いや。ペイトンが謝る事じゃねーさ」


 空っぽになったスクリュードライバーのグラスの、その中身の氷が解けた水を飲んでライアンは寂しそうに笑った。


「テッド隊長やエディ少将がいつも言ってるだろ。俺達の仕事はって奴」


 ロックが僅かに頷いた。

 バードが呟くように言う。


「弱い者の味方。助けを求める者の味方。市民の為に」

「そうだ。その意味を今わかったよ」


 ライアンがジッとペイトンを見た。


「気に病まなくて良いぜブラザー。ブルースターは敵なんだろ?じゃぁ俺にとっちゃ家族さ。一緒にあいつらブチ殺そうぜ」


 今度はペイトンが拳を突き出した。

 ライアンがちょっと強めにグータッチする。


「あぁ。そうだな。あいつらは根絶やしにする。それが俺の望む全てだ」


 同じ様なタイミングでルームフォンが鳴った。

 一番近いところに居たロックが電話に出る。


「延長するか?ってさ」

「そろそろ帰ろうぜ。今日はまだイベントがある」


 ペイトンが何かを思い出した。

 バードも『あっ!』と言う表情で苦笑いだ。


「そう言えば今日は夕方から査察部の ルームインスペクション(室内検閲)だ」


 ロックも苦笑いを浮かべる。

 バードは顎に人差し指を当てて部屋を思い出す。


「士官学校で毎日やったから、まだクセが抜けてないよ。私は多分大丈夫だけど」

「だな。最終チェックに戻らなきゃヤベェさ。引っかかったらジョンソンの嫌味が~」


 ロックのボヤキに皆が笑った。


「よし。撤収だ」


 ライアンが元気良く立ち上がった。

 何かを吹っ切る覚悟が、その向こうに見えた。


 自分だけが不幸じゃ無いんだと、バードはそんな事をふと思っていた。


 設定の話 その2 NGO団体『ブルースター』



 秘密結社としてスタートした自由人類主義団体。一種の宗教的コミュニティと成っていて5人の代表が運営するアナーキストグループ。アースノイド・マーズノイド・シリウスノイド・ユピテノイドの全てに構成員を持ち、『イマジン』と

『パワートゥーザピープル』を理念歌として活動する。


 反資本主義

 反共産主義

 反社会主義

 反自由競争主義

 反宗教的抑圧主義

 反商業主義

 反権威主義


 理念としては立派だが、実態は中二病を拗らせただけとも言える。

 『自分より偉い奴の存在が許せない人』で『私は世の中の真実に気がついてしまった!』と言う、周囲から見てはた迷惑な方向に自意識の高い人が集まってる、『例のアレ』的な連中の集合体。


 各星系政府など政府組織などからの自由と独立を謳い、人間はもっと自由であるべきだと唱える団体だが、実態は各陣営を股に掛けて経営し存在する企業組織などに支援された、いわゆる『お花畑』な連中の集まり。

 困った事に、各政府機関や政権内部や高級権力保持者にも支持者、支援者が存在していて、地球連邦政府が弱体化すれば理念的に勝利すると思い込んでいる。


 そもそも バードたちが暮らす23世紀の世界では、一度地球上がシリウス派により侵攻を受けた後という設定ですが、シリウス派が地球上で表立って行動できなくなり、秘密結社として生き残るも、あれこれと締め付けが厳しくなったら『NGO団体』に看板を架け替えて行動するようになったという実に胡散臭い組織。

 つまり、地球上に取り残されたシリウス派の工作員や活動家達が『表現の自由』と『思想信条の自由』を楯に隠れ蓑として作り上げた団体。それがブルースターと言う事です。

 ちなみに、日本では古来、シリウスの事を青星と言いますね。つまり、そう言う事です。はい。本部は日本にある設定です。そのうち日本でガチの地上戦やります。




 で、ここからは余談ですが……

 酷い言い方をすれば、リアル世界にある胡散臭いNGOと一緒です。

 だって実際大して変わらないと思うんですよ。架空世界もリアル世界も(笑)


 掻い摘んで言えば現状のNGOとか名ばかりな『抗議の為なら犯罪も肯定される』と本気で信じている某巨大組織と一緒ですよ。『○○反対!』と叫ぶ時は、その○○の対抗組織から金銭支援を受けていたり、或いは『■■は違法団体だ!』とシュプレヒコールを上げる時だと『■■が居ない方が都合が良い』連中から支援を受ける。

 ようするに『プロ嫌がらせ団体』としてのNGOって居るじゃ無いですか。身に覚えのありそうな所がギャーギャー言い出す可能性も多々ありますが(笑)

 そう言う組織です。

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