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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第10話 オペレーション・クトゥーゾフ
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尋問と査問

 名状しがたい不快感で目を覚ましたバード。

 激しい頭痛と不快感と、そして、全身の倦怠感。


 ――あぁ 二日酔いの症状だ


 そう気が付いたバードは薄笑いを浮かべつつ溜息を吐いた。

 自分だけが違う部屋に連れ込まれている事に気が付き、そして、その部屋には夥しいほどの鏡が置かれて居るのだ。アンダーウェア一枚で蹲っているバードは、好むと好まざるとに関わらず、鏡に映る己の姿を嫌でも見る事に成る。心だけで無く身体もまた女性特有のシルエットをしていて、その柔らかな膨らみが見せる曲線は何とも扇情的ですらある。


 ――レディに酷い扱いじゃ無い


  ボソリと呟いてから不意に視界の中のプロパティタブを開いて通信状況をチェックしたバード。

 予想通り通信は完全に遮断されている。電波暗室にもなっているらしいこの部屋は僅かな灯りだけが点り、嫌でも恐怖心ばかりが煽られる様な状態になっていた。


 ――さて、どうしようって言うのかしらね……


 どれ程強がっても心細さは如何ともしがたい。右を向いても左を向いても、そこに映るのは自分だけだ。軍用ブーツで蹴りつけられ、レプリカント達からは様々なモノで殴られ、酷い扱いを受けた筈だった。

 だが、鏡に映る自分は一滴の血ですらも流すこと無く、いつもと変わらない姿でそこに居た。


 ――つくづくと…… 機械ね


 自嘲気味に笑ったバードだが、ハッと気が付くと目を覚ましてから2時間以上も経過していた。バッテリーの残量に問題は無いが、念のため余分な機能を停止していく。通信出来ない以上は通信機能を生かしておくこと自体がバッテリーの無駄だと思ったからだ。


 ――バッテリー切れで死ぬのを待ってるとか……


 ふと、そんな事を思ったのだが、生かしておくからには何らかの目的があるはずだ。そう自分に言い聞かせて心に渇を入れる。だが、一度浮かび上がった疑念は中々拭いきれる物では無い。鏡に映る自分の姿が段々と不安さを漂わせている。


 ――殺す気ならとっくに手を下している筈よね……


 ふと気が付けば5時間が経過し、そろそろ待つのにも飽きてきた頃だ。生身とは違って面倒な姿勢でも身体が痺れる事はない。両手を後ろで縛られ芋虫の様にしか身動きを取れないのが屈辱的だ。

 しかし、逆に言えば動きを止めているのでバッテリーの減りが驚くほど少ない。ただ、現実には残量が70%を切り、そろそろどうしたものかと思案し始めているのも事実だ。

 バッテリー切れによる頓死ほど情けないモノは無い。何とかしてカロリーを補給しなければ……と思案するのだが、そんな事に思慮をめぐらせていた時、不意に部屋の中のどこかからか扉の開く音がした。


「おまちどおさま」


 声の方向を探して部屋の中をキョロキョロと見回したバードは、部屋の片隅にたっている存在を見つけた……


「ホントにそっくりね」


 口を半開きにして呆然と見ているバードは、咄嗟に何を言って良いのか解らず、口をパクパクとさせた後で搾り出すように言った。


「あなたは…… 誰?」

「それは私の台詞よ」


 そこに立っていたのは海兵隊の戦闘服を着込んでいるバードだった。大きなカバンを持って突っ立っているもう一人のバード。その姿を見上げていたバードは言葉を失った。


「あなた、バードって言うのよね」

「……そうよ で、あなたは?」

「おかしいな。データに入ってないの?」


 僅かに首を傾げた戦闘服姿のバードは、柔らかに微笑んだ。

 その笑みが何とも気持ち悪くて、生理的に受け付けず、思わず目を背ける。


「私は恵。小鳥遊恵。よろしくね。ブリキのお人形さん」


 そう名乗ったもう一人のバード。アンダーウェア一枚になっていたバードは眼球がこぼれ落ちそうな程に驚いた。


「……なっ なんで? なんで私の名前を知ってるの?」

「それは違うわよ。驚くのは私の方。凄いじゃ無い。そこまでちゃんとデータが入ってるんだ。大したAIだわ」

「AI?」

「そうよ?」


 小鳥遊恵と名乗ったバードは淀みなく言葉を続けた。生まれ育った家の住所や、まだ身体が動いた頃に通った小学校の名前や。それだけで無く、両親の名前や飼っている犬の名前まで。


「オリジナルを見るのは初めてなの?」

「……オッ オリジナル?」

「そうよ? 聞いてないの??」


 不思議そうにしている恵は蹲るバードの前にやって来て、ストンと正座し相対していた。


「いま私が使っているこのレプリの身体に最初に入っていた脳が今のあなた」

「……うそ」

「ウソって言われても困るなぁ」


 ニコリと笑った恵は両手でバードの頬を挟んだ。両手から伝わるほんのりと暖かい体温は、猛烈な劣等感を巻き起こしてバードの心の弱い部分を掻き毟った。


「あなたも死っていると思うけど、あの病気で死に掛けてギリギリでレプリボディの建造が間に合って、そして、私はレプリの身体に乗り換えた。その過程でレプリボディの成長を維持管理するため、一緒に成長したのが……」


 恵の手がバードの頭を挟んだ。


「ここに入っているレプリの脳。構造的には人間と全く一緒だけど処理速度が全く違うのよ。大体、そうでもしなきゃ機械との親和性が90%オーバーなんてあるわけ無いでしょ?」


 両目から眼球が零れ落ちそうなほどに目を見開いたバード。

 それをみていた恵は優しい手つきでまぶたを下げた。


「動作エラー? それともバッチ処理ミスかな? 人口眼球が落っこちるよ」

「……うそよ」

「だからぁ ウソって言われても困るの。だって私はあなたがハンガーアウトする所を見届けたんだから」


 急にバードの全身がカタカタと震えだした。

 慢性的に抱えていた絶対に認めたくない恐怖が心の中を埋め尽くしていく。


 ――わたしは……


「ホスピタルコロニーのオペレーションルームで目を覚まして、移植が無事完了って事でお父さんお母さんも来て、みんなでお祝いして。でもね、ふと思ったの。この身体に入っていた脳ってどうなるんだろう?って。そしたらね」


 戦闘服姿の恵はバードと同じように寝転がって顔を付き合わせた。

 ニコニコと楽しそうに笑う恵と表情を一切失っているバード。

 同じ顔の異なる表情が悲壮なコントラストを見せている。


「まだまだクリーンな脳だから擬似的な記憶を書き込んで、サイボーグの兵士にするんだって言われたのよ。海兵隊の事務官がやって来て、レプリ移植費用は全て海兵隊が支援するから、この脳の所有権を手放して欲しいって言われて」


 バードの中に漠然と存在していた不思議な感覚がストンと収まった。

 なんでシュミレーターでは一日で一年を経験できるんだろう。なんで家族にその存在を秘匿するんだろう。地上活動や新人訓練などで一般に露出する事もあるにも係わらず。それだけじゃ無い。普段の生活の中で時々感じていた『モノ扱いされている』と言う違和感の正体。


「このレプリの身体に入っていた脳と中枢神経とを抜き取って、専用の脳殻ケースに収め、ロボットの身体に接続してからトータル800テラバイト分の圧縮情報を脳にインストールし、特定の映像スイッチで解凍される様にしてあったんだって。私には理解できない経験だけど、実際のところ、どうだったの?」


 何とも楽しそうに喋り続ける恵。その姿を見ていたバードは、二日酔いの激しい頭痛や倦怠感とあいまって、何処までも惨めな気分に陥った。そして、底なしの絶望感と表裏一体になった目の前にいる『恵』への劣等感は、胸の内側の手で触れないどこかに表現できない痛みをもたらしていた。


「……ウソよ」

「まぁ…… 普通はそう思いたいよね」

「こんな馬鹿な話があるわけ無いじゃない」


 搾り出すようなバードの言葉を笑って聞いた恵。

 だが、もう一度両手でバードの頬を挟み、今度は頬を摘んで左右へと引いた。


「オリジナルの私は死に掛け、レプリの身体へ乗り換えた。そのレプリの脳は機械の身体へ送り込まれた。街を歩いている人から見れば、これだって充分ありえないって言える馬鹿な話だと思わない?」


 ニコリと笑った恵はバードのアンダーウェアにあるスリットを開き充電口を露出させると、床においてあったカバンからケーブルを伸ばしバードへと接続した。バードの視界に充電中を示すマークが表示され、残量から逆算された充電完了時間が表示される。


「そろそろバッテリーが乏しくなる頃でしょ?」


 その処置はバードがまだ地上の病院に居た頃、看護婦がやって来て自分の身体を処置したり排泄物の処理をしたり、或いは、点滴の処置をしているようにも見えるものだった。そしてもっと言えば、充電を要する様々なデバイスを充電用のクレドールに接続する極めて事務的な作業とも言えるものだ。

 小さな声で『これでよし!』と呟いた恵はバードの向かいに座り、カバンの中からレーションを取り出してかじり始めた。


「ゴメンね。私もお腹空いちゃってさ。お昼まだだったんだ」

「……私がただのAIだとして、海兵隊の世話になったオリジナルが何でシリウスの側にいるの?」

「そうねぇ……」


 僅かに首をかしげた恵は楽しそうにしている。


「かいつまんで言うとね。退院した私はレプリカント向け医療施設に就職したの。私のこの身体もレプリだから都合よかったし。でね、金星の惑星改造基地が慢性的人手不足だったから2年契約でここへ来たんだけど、いきなり地球とシリウスの戦争に巻き込まれたって訳なの。でね、レプリの面倒を見ていたんだけど、気が付いたらシリウス側に組み込まれてたってだけの話。まぁ仕方ないわ。仕事だし」

「じゃぁ…… もし地球側に居たら……」

「そしたら地球側のレプリを面倒見ていたでしょうね」


 ウフフと笑った恵は声のトーンをガラリと変えて、囁くようにバードへと問い掛けた。


「ねぇ、あなた知ってる?自分が何処から来たか?」


 バードは不安そうな表情を浮かべている。

 だが、恵は静かに笑いながらバードを見ていた。


「そんなに不安そうな顔をしないで。たいした事じゃ無いのよ。あなたの心のオアシスを思い浮かべて。リアルに想像できる? お父さんやお母さんや、暖かな家のベッドの上や。そういうものよ。一瞬酷い頭痛がするかもしれないけど」


 恵の言葉が終る前に、バードは酷い頭痛に襲われた。

 視界がチカチカと光り、目の奥にズキリと鋭い痛みが走る。


「それはあなたのAIがハングアップしないようになってる防衛機能なの。作られた記憶の整合性により思考ループに陥ってハングアップしたら、そはAIの頓死なのよ。だから、取り残された私自身やコピーであるあなたが苦しまないように作られてるの」


 フルフルと子犬の様に首を振るバード。

 そんな仕草を見ていた恵は、震えるバードの頬を両手で挟んで語り続ける。


「思い出して。全く光が無い世界を。音も無い世界を。暗闇の中で何も感じないで過ごす時を。それ自体に何の害が無いにもかかわらず本能的に怖い瞬間を。それはあなた自身が最初に経験したモノなのよ。そして、自分と言うアイデンティティが確立する前の根源的な恐怖そのもの」


 バードの瞳孔が大きく開かれ、真っ直ぐに恵を見ていた。

 視界の中に浮かび上がるレプリカント判別警告の[+]マークが脳に突き刺さって鋭い痛みを発していた。


「ラグランジェポイント6にある工場コロニーで生産された汎用戦闘アンドロイドのうち、ガイノイドとして生産された機体は全部で12機あるの。そのうちの一つがあなた。海兵隊サイボーグFチームに配属するべく準備が進められていたガイノイド。沢山の『人間的経験』を積ませて自分が人間である事に疑いを持たなくなってから、女性型だけのチームを作る算段だったのよ」


 恵はどこか悲しそうな笑みに変わった。

 まるでバードを哀れむように見て、そして僅かに涙を流した。

 何処までも透明で清らかな涙が流れた。その流れ出た涙をバードが悔しそうに見ていた。


「そんな事させない…… そう思って、私はシリウスに付く事にした。申し訳ないけど、でも、私は地球政府のやり方が信用できない。人を人とも思わないやり方で陰謀に巻き込んで……」


 グッと厳しい表情になった恵は小さく溜息を吐いた。

 少しだけチーズ臭を感じたバードは、ついさっき恵が食べていたレーションはチーズ味だと気が付いた。


「沢山の人間を騙して、自分たちだけ利益を貪ろうってやり方が気に入らないの。地球とシリウスが戦争しているほうが儲かるからって、なるべく戦争が長引くように仕向けている連中が気に入らないの。ねぇわかるでしょ。あなたはもう一人の私なんだから。同じように物事を考えるように作られてる筈なんだから」


 問い詰められたバードは無意識に顔を左右へと振った。


「違う…… 絶対違う……」

「……なんで?」

「あなたは私じゃ無い。だって私はあなたじゃ無いもの」


 恵を拒絶したバード。その言葉に恵が悲しそうな表情を浮かべた。


「じゃぁ、あなたは誰なの?」

「え?」

「あなたは誰?」


 バードの顔をグイッと鏡へ向けた恵。


「あなたは誰なの?」

「私は私よ」

「私はここにいるもの。オリジナルの私はここ。じゃぁ、あなたは誰?」

「わたし?」

「そう! あなたは誰!」

「…………………………」

「誰なの! あなたは誰なの? あなたは! あなたは! あなたは! だれ!」


 ガラスが共振するほどの大声で問い詰めた恵は、涙を流しながら部屋を飛び出して行った。何処かでドアが閉まる音が聞こえた。

 バードは鏡ばかりの部屋にひとり残され、乱反射してアチコチに映る自分の姿を見つめながら、恵の声を思い出していた。


 ――あなたは誰……


 ――あなたは誰……


 ――あなたは誰……


 ――あなたは誰……


 ――私は……


 ――私は……


 ――私は……


 ――だれ?


 鏡に映る自分を見つめたバードから、一切の動きがなくなった……






 同じ頃






 金星を周回している強襲降下揚陸艦ハンフリーの艦内。ガンルームの中ではロックとバードを除く10名の隊員が腕を組み、厳しい表情でモニターを睨みつけていた。


「なんか増えてねぇ?」


 心底嫌そうに呟いたペイトンは、今にも画面に向かってつばを吐きかけそうな表情だった。そんなペイトンの言葉を聞いたスミスは、怪訝な声で相槌を打った。


「増えてんな」

「水増しかもな」


 スミスに続きジャクソンまでもが苦々しい表情で吐き捨てた。モニターの向こうに見えているのは、シリウスによる金星奪還チームの指導部たちで、前日に見た姿とは違う、背広を着込んだ政治家然とした姿だった。


『地球に暮らす諸君! 我々は金星にやって来たシリウスからの使者である――


 勝利宣言放送なら前日に見ていたのだが、その映像とは微妙に違うものが淡々と放送されていた。同じものを二回見るハメにはならなかったが、それでも甚だ不快なものには変わらない。


「今さらなんだって言うんだ?」


 背筋を伸ばし、見せ掛けだけでも敬意を払っているジョンソンは、良識あるブリテン紳士として腕も脚も組む事無く、静かに薄く笑みを浮かべたたずんでいた。

 だが、その隣では目に見えてドリーが沸騰していた。全ての黒人にとって特別な意味を持つ言葉を、その勝利宣言を行っているシリウス人が使ったのだ……


   ( 私 に は 夢 が あ る )

 ――I have a dream ――


「ふざけるな……」


 偽善にまみれた不義に憤るドリー。その姿をテッド隊長とエディ少将が微妙な表情で見ていた。


「で、この退屈な放送は何時まで続くんだ?」


 腕組みしてみていたブルはチラリとアリョーシャを見て問うた。


「さぁな。今は火星のチャンネル69が地球に転送放送している。まぁ、思想信条と放送の自由だ。それは仕方がない」

「放送するのは良いさ。ただ、ダラダラ続けられてもなぁ。なんだ……」


 苦虫を噛み潰したような表情になって苛立たしげに脚を揺するブル。

 その肩をエディはポンと叩いた。


「あんまりカッカするな。禿げるぞ?」


 微妙なジョークで場を和ませたつもりのエディだが、僅かな失笑を漏らした程度で皆は一様に固い表情のままだった。


「見ろよ…… ディージョ隊長が生き生きしてるぜ」

「ホントだな。まるで生きてるみたいだ」


 ジャクソンの言葉にリーナーがおどけた声で応じた。広大な会場の中をシリウス軍兵士と共に走ってきたディージョは、肩で息をしながら整列していた。サイボーグにあるまじき姿になっているディージョ。誰もが『偽者』と確信していた。

 だがしかし、そのディージョの隣にバードが姿を現した。降下装備を身体につけたまま、ニコニコと笑ってディージョと話をしている。時には相好を崩して大笑いし、ディージョと並んで楽しそうに勝利宣言を聞いていた。


「……ウソだろ?」


 ライアンが口をあんぐりと開けてモニターを見ていた。偽者のディージョと違いバードは呼吸による装備の上下などが見受けられない。


「こっちは……本物じゃ無いだろうな」


 そんな言葉をやっと搾り出したダニー。

 疑心暗鬼が顔を出し、Bチームの面々はモニターから目が話せないでいた。


 ――我々の理念に賛同してくれる地球人は多い。そして、今この場にですらも多くの元海兵隊員や元国連軍兵士がやってきているのだ。我々は彼らを差別しない。我々は彼らを同志として迎え入れる。そうだ。同志なのだ。真の自由と平等と人類の普遍的理念である共存共栄を目指す、同じ理想を持つ同志なのだ。シリウス人と地球人は敵ではないのだ。真の敵は血に餓えた地球のエリート主義者なのだ。人民の人民による人民の為の政治が、彼らにとっては邪魔なのだ。そして、僅かでも体制に疑念を持つ者は兵士として戦場へ送り出されてしまうのだ――


 ウヘェ……

 そんな言葉を漏らすかのように心底嫌そうな表情のBチームメンバーたち。

 腕を組んだまま厳しい表情でモニターを見つめていた面々だが、そんな部屋の扉が急に開いた。


「いま映ったのは本物のバーディーなの?」


 ドアを開けるなり叫んだホーリーは今にも泣きそうな表情だった。そして、ホーリーと一緒にやって来たアシェリーもまた、同じように泣きそうな表情だった。


「ドアを開ける時はノックぐらいしろ」


 嗜める様に言ったエディは右手をヒョイヒョイと振って二人を部屋に招きいれ、手近な椅子に座らせて落ち着かせる事にした。


「仮にも士官であるはずなのに、どうした? そんなに取り乱して」


 落ち着け落ち着けとジェスチャーをしながら、エディはわざとゆっくり語りかけている。ややあってホーリーもアシェリーも落ち着いてきたらしく、自分たちのしでかした事にバツの悪そうな顔をしていた。


「金星からの放送にバーディーがチラッと映って驚いたんです」

「まさかとは思うけど、バーディーがシリウスに転んだなんて事は無いですよね」


 エディに縋るような目をしていたホーリーは、不安げにアシェリーと視線を絡ませた。元Aチームのホーリーはディージョ隊長よりもバーディーを心配している。その事実にテッド隊長は苦笑いを隠しきれなかった。


「君らの疑念はもっともだが、私は個人の所見として今見えているバードは偽物だと考えている」


 ニヤリと笑ったエディは静かに切り出した。


「確かに今映っているバードはシリウス側へ転向した様に見えるし、デルガディージョと楽しそうに話しをする姿も違和感が無い。どう見ても偽物なディージョと違って自発呼吸をしている様には見えないし、顔色が変わる様子も見られない。だいたい、周辺に居るシリウス兵士やレプリが汗ばんでいるというのに、あのバードは汗一つかいていない。不安はもっともだ。だがな」


 椅子に腰掛けているエディは、立ったままのホーリーやアシェリーを上目遣いに見ていた。


「まず、バードはブレードランナーだ。そのバードがデルガディージョを偽物だと見抜けないわけが無い。それに、降下装備を着込んでいるバードの背中が僅かに重量で撓んでいるのを見受けられる。サイボーグであればあれくらいの重量など、どうと言う事は無いはずだ。だいたい先ず持ってだな……」


 エディはホーリーとアシェリーの二人を指さした。


「バードからの識別信号は途絶えたままだ。今、生中継しているあの会場が電波暗室になっている事は考えにくい。あれだけ巨大なホールならば、無線アンテナの一つや二つくらい有るだろう。バードの機体が出す信号が追跡出来るなら、バードが見ている視野情報を本部が共有出来るはずだ。しかし、それすら無い。つまりは、何らかの事情で本物のバードがどこか電波遮断室に押し込まれているか、さもなくば完全に破壊されているかのどちらかだ。そして、仮に破壊されているのだとしたら……」


 エディは二人の肩に手を置いて静かに笑った。

 その笑みにホーリーもアシェリーも落ち着きを取り戻した。


「あの手柄自慢が大好きなシリウスが発表しないわけが無い。今だってこれ見よがしに自分たちの正当性を喧伝しているが、実際の所はどうだろうな。何らかの手段でバードが破壊されているとしたら、その残骸を見せつけた上できっと『我々に抵抗する者はこうなる!』とか騒いでいる事だろうさ」


 淡々と説明していたエディの言葉はBチームの面々も聞いていた。そして、その通りだと言わんばかりに皆が頷いている。ブルやアリョーシャですらも頷く程の説得力だ。テッドは苦笑いを浮かべたまま、内心で舌を巻いていた。


「いずれにせよ、状況を整えてバードの奪還作戦を行いたいと考えているが、協力してくれるかね。彼女も大事な我々の仲間だからな」


 そっと問いただすようなエディ。ホーリーは不意にテッド隊長を見た。腕を組んだままジッとホーリーを見て、その反応を確かめるように言葉を待っていた。


「命令など無くとも喜んで協力します」

「私もです。バーディーには借りがあるから。何処でも行きます」


 大業に頷いたエディは『頼むよ』と一言だけ呟いて、再びモニターを見ていた。何処かの若い兵士がやって来て、バードを捕まえフレンチキスを交わしている。


「あの野郎!」


 突然ライアンが沸騰し、それを周囲が冷やかしている。


「どう見たって偽モンじゃネーか!」

「つか、本物の代わりにコレクションしたらどうだ?」

「生け捕りにしろよ!」


 ジャクソンやジョンソンやペイトンに冷やかされ、ライアンは恥ずかしそうに小さくなっている。そのやりとりを眺めていたホーリーとアシェリーは、Bチームの結束の強さを垣間見ていた。

 だが……


「マーキュリー少将閣下」


 唐突に部屋の扉が開き、海兵隊の参謀達がやって来た。

 険しい表情の彼らはジッとエディを見つめたまま直立不動になっている。


「どうした?」

「国連軍中央参謀本部のウィリアム・パーシェル参謀総長から特使が派遣されてきました」

「特使?」

「はい。バード少尉の処遇について、直にお話ししたいとの事です」

「……そうか」


 特使が持ってきた話の内容はおおよそ察しが付くものだ。

 厳しい表情になったエディがチラリとテッドを見た。


「テッド、同席しろ。ダッドの所に行く」

「イエッサー」


 立ち上がって部屋を出て行くエディの背中には、まるで戦場に向かう兵士のような気迫が漲っていた。その後ろにテッド少佐が続き、静かに部屋の扉が閉まる。


「エディと隊長が行くって…… なんの用事だ?」


 緊張感の溢れる顔になったダニーがジョンソンを見ていた。

 そのジョンソンはグルリと部屋の中を見回して、溜息混じりに呟いた。


「バードを諦めろって言いに来たんだろ」


 ガンルームの中に居た者達が一斉に扉を見た。

 部屋を出て行ったエディ達の交渉がいかなるものか。

 高級将校達の駆け引きが幕を開けようとしていた。


* 明日はお休みします。

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