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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第10話 オペレーション・クトゥーゾフ
107/354

捕虜

 ――――金星周回軌道上 高度350キロ ハンフリー ランチデッキ

      暫定金星標準時間 5月28日 2300





 ハンフリーに収容されたBチームの降下艇ジーナは、負傷者や戦死者を艇内へ満載にしていた。ハンフリー艦内のメディカルスタッフが懸命の救急救命を続けるなか、激しい損傷を受けたロックはハンフリーのサイボーグメンテナンスデッキで各部の点検を受けていた。


メインピラー(背骨)を斬られなかったのは幸いでしたね。ここまでダメージを受けていれば走るどころか歩く事も出来ませんでしたよ」


 上半身の人工皮膚を大きく切り取り、金属製のメインフレームをむき出しにした状態のロック。沢山の整備スタッフに取り囲まれた状態でメインリアクター制御基盤やらサブコン周りの熱バイパスやら、サイボーグにとっての重要臓器にあたる部分を全部入れ替えるべく、生身であれば肋骨と胸骨にあたる部分を開放して補修を受けていた。ただ、同士進行でエディとダッドによる事情聴取も受けていた。


「とりあえず死ななくて良かったとは言っておくが、褒められたもんじゃ無いとか、そういう次元ではないと……それくらいの事は認識できるな? ロック」

「もちろんです」


 怒りを噛み殺した表情のエディ。まるで静電気のようなザワザワとした空気を纏っていて、それをもっとも正しい言葉で表現するなら、ロックには『殺気』としか例える事が出来なかった。

 ロックにとってエディは『父親の父親』と言うような存在にも感じる事がある。父親代わりではなく父親そのものと言って良いテッド隊長が父親の様に慕う存在であり、尚且つ、絶対に頭が上がらない存在だ。

 そのエディが目の中に入れても痛くない程に可愛がっているバードを見失った。それもただ見失ったのではなく、探しに行った筈のロックだけが大破状態で帰還し、肝心のバードは地上のどこかに取り残されているらしいのだ。


「基地の重要な構造物は全て木っ端微塵だ。だが、バードのチップセットからはバイタルサインがまだ飛ばされてきている。つまり、彼女はまだ生きている。ただし、金星の何処かで……だ」


 アフロディーテ基地の大半が機能停止した今、シリウス側の抵抗拠点がどこにあるのかは誰も知らないと言って良い。更に言えば、金星の地上に地球側の拠点となる場所は全く無く、完全な捕虜と言う状態でバードが捕まっている可能性がある。


「ロック。君も知っていると思うが、サイボーグには捕虜協定が適応されない。我々地球サイドがレプリカントを人間と認めないように、彼らシリウスサイドはサイボーグを人間と認めていないのだ。つまり、万が一にもバードが捕虜として捕らえられていた場合、生きたまま解体されようが溶鉱炉へ投げ込まれようが、一切罪には問われないということになる。まぁ、君やエディは高性能な機体を使っている関係で、その機体欲しさに何らかの接触や篭絡を試みるかもしれないが、私レベルのサイボーグでは、いいとこ自動小銃の的代わりだな」


 腕を組んでジッと黙っていたダッドも口を開いた。エディとダッドのふたりが放つ言葉は、まるで目の粗い紙やすりの様にロックの心を削り取り、己の不甲斐なさとバードを守れなかったと言う屈辱感の傷を膿ませた。


「一般的考えて欲しいのは機体だ。つまり、脳は必要ない。だが、もし僅かでも救いがあるというなら、バードは仕官だと言う事だ。つまり、士官しか見ることの出来ない重要機密情報をバードは記憶している事になる。その情報を得ようとする事を祈るしかない。サブコン辺りに記憶させる映像情報とは違い、脳が記憶している部分は口を割らせるしかないからな」


 ダッドの放った冷徹な言葉にロックは総毛だったような表情を浮かべる。口を割らせると言うなら容赦の無い拷問を思い浮かべるのは常と言うものだ。サイボーグは肉体的苦痛などを完全に切り離す事が出来るのだが、だからと言って人を痛めつける苦痛が肉体的な苦痛だけではないのだ。

 精神をガリガリと削り蝕んでいく手法に関していえば、シリウスサイドはレプリ教育と言う部分を完全に体系化していて、その中で苦痛や死に対し恐怖しないレプリですらも言う事を聞かせるお仕置きを行えるのだ。


「人の精神は僅かな揺さぶりや追い込みなどで簡単に陥落する。そして、心それ自体が限界を迎えた時に自分自身を切り離してしまい別人格に逃げてしまう事があるのだ。これは戦闘心理学の授業で学んだだろう?」


 遠慮なくロックの心を痛めつけるエディの言葉は、辛らつを通り越していた。力を落として俯き、己の不甲斐なさに奥歯をかみ締めるその姿は、戦場で太刀を振りつつ敵を倒す勇猛さが微塵も無かった。

 だが、現実は受け入れなければならない。そして、それを乗り越えなければならない。その辛い経験を一つ一つ乗り越えていく事でしか身に付かないものがあるからだ。ただ、その事実を受け入れて理解するようになるには、若さと言う何にも変えがたい財産と引き換えにしなければならないのだが……


『エディ。シリウスが面白い事を始めるぞ』


 突然アリョーシャの声が無線の中に流れた。僅かに首を動かしたエディは無線の中で応じた。


『なんだ?』

『シリウスが金星の地上から実況中継だとさ』

『……へぇ。随分と良い趣味じゃ無いか』


 せせら笑うようなエディの声が無線に流れた。


『まぁ、良いさ。Bチームは全員ガンルームへ集合するんだ。ロックは修理を続けろ。今のままじゃブリキの人形レベルだからな』

『……すいません』


 搾り出すように呟いたロックの声。だが、それに追い討ちをかけるような者は一人も居ない。少なくともエディがきつく叱責したのは解っているのだから、これ以上口を挟むまでもないことだった。

 その意味でBチームは本当の紳士と呼べる集団なのかも知れない。時間を掛けてテッドが集めた最高の人材ばかりなチームと言えよう。こんな時ロックに必要なのはキツイ事を言って叱責するのではなく、どうすれば自分が成長できるのかを教え諭し導く事だった。

 ただ、シリウス側の放送を見た瞬間に全員が一瞬にして沸騰してしまうのは避けられなかったのだが……



『地球に暮らす全ての人民よ。今日のよき日、素晴らしい発表が出来る事を皆と分かち合いたい――



 濃い藍色をしたシリウス軍の服を着た男が演台の上に立ち空を見上げ演説していた。その姿を見たロックはメンテナンスベッドのフレームを握り潰す勢いで怒りをあらわにした。演台で演説をぶつ男のすぐ隣には、ロックの父が立っていたのだ



 ――諸君らを抑圧するブルジョアジーの尖兵は金星から一層された。我々の持つ情熱とたゆまぬ努力と犠牲を省みない献身的な貢献の前に彼らは恐怖し、敗北し、壊走し、そして、この金星から足音を立てて逃げ出したのだ! 我々は勝利した! 勝利したのだ! 全てに劣る我々に残された唯一無二の財産を持って、我々は勝利と言うなの美果をこの手に勝ち取ったのだ! 国家総力が僅か1パーセントに満たない我々ではあるが、酌めども尽きぬ精神力を持って! 決して負けないという信念を持って! 今日この日! 我々は地球軍に勝利したのだ! ――



 あたかも絶叫の如き声で言い放った勝利と言う言葉に、テレビカメラの向こうで拍手が沸き起こった。レンズが引いて言って夥しいレプリや兵士がその演台を囲っているのが見える。そんな画の中で演説を続ける男は両手を広げ兵士たちの拍手を制した。



 ――我々の手は再び地球へと届くだろう。特権を有し、人民を抑圧し、不正を行い、そして告発する者を握り潰し続け私腹を肥やす、愚かな抑圧者達を打ち倒すのだ。全地球人のうち上位コンマ1パーセントの人間が残り90パーセントの人民財産合計よりも多くの富を独占している現状を打破するのだ。そして、抑圧された多くの人民達の、その血と涙をぬぐって来た手と指へ、地球の富と財産と、そして人間らしさを取り戻すのだ。抑圧する事しか出来ぬ支配者たちから全てを取り戻す準備は整った! 我々は再び勝利する! いや既に勝利したのだ! 不撓不屈の精神を持って! 何度も何度も挑んできた開放への挑戦が成就しようとしている! さぁ、我々とともに立ち上がるのだ! 全ての地球人民よ! 光り輝く未来をその手に取り戻すのだ! その為であれば我々はいかなる努力も助成も惜しまない! そもそも我々シリウス人は、地球から捨てられた棄民でしかない。だが、我々の魂はいまだ地球人なのだ!――



 そんな放送を聴いていたBチームの面々は心底嫌そうな顔をしていた。


「なんだか懐かしいと言う気すらするな」


 シニカルな笑みを浮かべているジョンソンは、ニヤニヤと笑いながら鼻で笑っていた。時代錯誤も甚だしい共産主義革命前夜の一幕を見ているようだったからだ。そんなジョンソンの言葉にスミスが吐き捨てる。


「あぁ。その通りだ。こんな言葉はベイルートの街中じゃ毎日聞けたぜ」

「ベイルートじゃ無くったって、大学のサークル活動も似たようなもんだ」


 頬杖を付いて呆れたような表情で聞いていたライアンも愚痴をこぼす。


「大学?」

「あぁ。大学のサークル活動じゃ親のすねを齧りながら共産主義の素晴らしさについて声高に叫び続けるアホが掃いて捨てるほど居たぜ」

「……世の中に出る前じゃ無いと共産主義の馬鹿さ加減に気が付いちまうからな」


 そんな言葉を吐いたリーナーは肩をすくめて恥かしそうに笑った。共産主義革命を成し遂げたロシア人が共産主義を馬鹿にする。ここに共産主義と言う物の現実が見え隠れしているのだ。


「ただよぉ。大学出のお偉い学士様だと世の中に出て現実に気が付いた時に、世の中が悪いと思っちまうんだよな」

「だからいつまで経っても共産主義革命とか変な幻想にしがみつく。薄っぺらいプライドが邪魔して自分の間違いを認める事が出来ねぇってな」

「幻想? ただの妄想だろ?」

「そうそう。悪いのは自分じゃ無い。世の中だってよ」


 何とも厭世的な愚痴が続く中、だらだらとシリウスのくだらない放送も続いていた。ただ、その放送が映るモニターの見切れるか切れないかギリギリの所にチラリと見えたのは、国連宇宙軍の軍服を来た士官たちの姿だった。両手を握り締め、歓喜溢れる表情で演台を見つめる姿に、皆が失笑している。


「裏切り者か?」

「洗脳でもされたんじゃないか?」

「死ぬ時になって気が付くだろ。騙されたって」

「莫迦の末路なんてそんなもんだ」


 ペイトンとビルのふたりが心底嫌そうに言った。


 ――彼らは正義と良心とそして人民との苦労を分かち合う精神を持ってシリウスの理念に共鳴した心ある者達だ。何も恐れる事は無い。同志は着実に増えている!その……


 ダラダラと放送が続く中、チラリと見えたのは爆薬だらけになった南棟の建物内だった。シリウスの放送は優秀なシリウス軍は南棟の爆薬が爆発しないように信管を除去したと演説している。だが、それに口を挟んだのはリーナーだ。


「南棟に爆薬を仕掛けた覚えはないんだがなぁ……」


 映像を見ている皆がクククと苦笑する中、その南棟の中が映し出された。その中には捕虜として武装解除され並べられたODST102の凡そ10名と海兵隊の30名が映っていた。配属されたばかりのパットとシェーファーを見つけたジョンソンとペイトンが声を上げた。


「……おぃ、これって」

「脱出が間に合わなかったのか!」


 驚きの表情でテッド隊長を見たジョンソン。だが、そのテッド隊長は画面の中にとんでもないものを見つけていた。


「ディージョ……」


 そこに映っていたのは、戦死したはずなデルガディージョの姿だった。シリウス軍の軍服を着て武装解除作業の陣頭指揮に当っているディージョは、笑いながらODST士官たちの手錠を解き、両肩に手を乗せ言い諭すように言葉を掛けていた。

 まるで転向する事を促すかのようなその姿に、テッドは驚きと戸惑いを隠せないでいる。そして、その隣ではエディが精一杯の苦笑を浮かべていた。


「テッド」


 動揺を隠せないテッドを呼んだエディは静かに笑っていた。


「エディ……」

「しばらく見ない間にディージョは随分高性能になっているな」

「……え?」


 意味深なエディの言葉に驚いたテッドはもう一度画面を凝視した。それに釣られたようにBチームの面々もまた画面を見た。画面の向こう、ODST士官を口説いているディージョは突然咳き込んで苦しそうに顔色を変え、そして一つ二つと深呼吸しているのが見える。


「へぇ…… あんな機能つけたんだな。ディージョ隊長」

「俺も欲しいぜ!」


 ダニーとジャクソンがヘラヘラと笑っていた。サイボーグが咽せて咳き込むなどありえない。よほど人に似せた特殊なサイボーグならともかく、戦闘用ならば余計な機能でしかない。


「いったい何者なんだ?」


 怪訝な顔で様子を伺っていたドリーがチラリとテッド隊長を見た。どこか名状しがたい表情だが、伺いしれる中身は簡単だ。間違いなく不機嫌で、そして、怒っている。


「ディージョ……」

「仇は取ってやらないとな」

「あぁ…」


 エディに促されテッドはギリギリ崖っぷちで踏みとどまった。ただ、心が落ち着けば物の見方も変わるのだろう。改めて画面を見れば、そこに映るディージョは姿形こそ似ているものの振る舞いや足運びや歩き方が全く別人だ。


「あのディージョ隊長。もしかしてレプリだったりしてな」

「バーディーが居りゃぁすぐに解ったのになぁ」


 ビルとスミスの言葉は紛れもない本音だった。そしてライアンが続けた。


「ロックの野郎。ドジ踏みやがって」

「そう言うな。ロックだって後悔してるさ。失敗は成長を促す良薬だからな」


 医師でもあるダニーに諭されライアンは軽くむくれている。やはりナチュラルに我が儘キャラなライアンだが、それ故に可愛がられるのだった。


「しかし、パットはやるなぁ」

「あぁ、全くだ。訓練を思い出す」


 ジョンソンとペイトンが見ている先。画面の中のディージョは説得を諦めたかのように肩を落とし部屋を出て行った。

 そこで画面が切り替わり、ワイプしながら再び演台が映し出された。だが、その直前、画面上にサイボーグ用のアンダーウェア一枚になっている女性型のサイボーグが映った。恐らく一秒未満でしかない僅かな間だった。


「おぃ! 今の姿! バーディーじゃないか!」


 最初に大きな声を上げたのはライアンだった。ペイトンはすかさず映像チェックを始め、ドリーは数秒前に見た視覚情報をチームで共有した。


「間違いねぇ!」


 映像を再確認したペイトンはバーディーの姿をハイライト表示にし、チームサーバーにアップロードした。その姿は両手を腰裏に縛られ、猿轡を噛まされている。皆が怒りに震え一瞬の空白が生まれた。その永遠にも感じる静寂を破ったのはエディの一言だった。


『金星派遣海兵隊の各隊隊長と副長はハンフリーの作戦検討室に集合せよ。集まり次第、緊急ミーティングを開催する』


 無線の中に流れたエディの言葉に身を堅くしたBチームのメンバーたち。だが、エディは黙って部屋を出て行った。誰一人としてその背中に声を掛けられる空気ではなかった。




 同じ頃




 武装解除されたODSTと海兵隊が押し込められた南棟の中。バードは全ての装備を剥ぎ取られ、アンダーウェア一枚になって男ばかりの中に連れてこられた。いや、むしろ放り込まれたと言うのが正しいのかも知れない。


『せいぜい可愛がってもらえよ』


 下卑た笑いを浮かべるシリウスの下士官にはヤコブの文字があった。


「紳士的な対応をありがとう。ヤコブ軍曹」


 ニコッと笑って優しい対応をしたバード。ジョンソンの言った『全てに余裕風を吹かせろ』という意味を嫌と言うほど理解した。全部承知で相手を怒らせる対応をし、その反応を見て楽しむのだ。怒りに拳を振り上げたならせせら笑い、冷静に憎まれ口を返してきたなら楽しげに笑い、能面で無視したらなガッカリとした表情を浮かべる。

 何とも薄汚い存在にも見えるシリウスの下士官へ『正しい振る舞い』を見せたバードに対し、その下士官は一瞬だけ憮然とした表情を浮かべた。だが、ジョンソンがそうであるようにバードも意地を張った。そして、相手を見透かすような笑みを浮かべてから『フン』と鼻を鳴らし、部屋へと入った。その背中に、心底忌々しげな舌打ちを聞きながら。


「あらら。意外なところで思わぬ再会だわ」


 涼しげに笑ったバードの目の前。パット少尉とブーン曹長は全ての武装を解除され自嘲気味に床へと座っていた。


「さて、どうしましょうか? パット少尉」

「どうもこうも…… 打つ手無しだな」


 自嘲気味に笑うパットと表情を強張らせるブーン。その向こうではシェーファーが負傷している海兵隊員の手当てをしている。碌な医療品も無く応急手当と言っても止血程度しか出来ない現状では、死へのカウントダウンが多少引き延ばされるだけ。


「やはり突撃将校はダメだな。曹長」

「しかし、あのまま現地に居れば爆破に巻き込まれて即死でした」

「……そう言ってくれると助かる」

「しかし…… どうしましょうか? バード少尉」

「下手に動くなって教えられたでしょ。救出側の余計な手間を増やすなって」

「あぁ、確かにそうだが」


 簡単なブリーフィングを行った三人だが、バードの背中側に居たシリウスの下士官は遠慮する事無くバードの背をブーツのそこで蹴り押した。一番広いフロアの片隅。小汚い事務椅子にはじき飛ばされたバードは丁寧に椅子を整えて座った。

 あくまで優雅な振る舞いを心掛けるバードだが、同じ場所にパットとシェーファーが連れて来られ、いよいよ尋問が始まった。何も話す事など無いと気を入れたバード。それを全部承知で担当するシリウス軍女性士官に対し、シェーファーは反抗的な態度を取っていた。


「さて。色々忙しいから協力してくれると嬉しいわね」

「女性のお願いとあらば出来る限りは協力するけどな」

「じゃぁとりあえず、名前から聞こうかしら?」

「あぁ、そうだな。ただ…… 悪いな。頭打って忘れたよ」

「はぁ?」

「だから、頭を打って忘れたって言ってンじゃねーか」

「……そう」


 小莫迦にするようにクククと笑ったシェーファー。だが、そのシリウスの士官はやおら一歩下がると、シェーファー目掛け右足をふりぬいた。左即頭部を強く蹴られ一瞬意識の飛んだシェーファーだが、僅かに頭を振り、ニヤリと笑う。


「なるほど。記憶障害にはショック療法ってか」


 あくまで余裕風を吹かせるシェーファー。その姿を見ていたシリウス士官は顔の相を変えているのだが、そんなものは何処吹く風状態だ。


「シリウス軍ってのは随分と親切だな。なんせこんなに手厚く治療してくれる」


 シェーファーはもともとSERE訓練を繰り返すデルタフォースの出身だ。拷問に耐える訓練や痛みをかわし苦痛を無視する訓練を重ねている関係で、ある意味最高の人選だと本人も思っていた。


「はぁ?」

「女に蹴られるとか最高の御褒美だぜ」


 アッハッハと笑ったシェーファー。シリウスの女性士官はグッと厳しい表情に変わった。


「おいおい、こんくらいの事で顔色変えんなよ。なめられんぜ?」


 ケケケと下卑て笑ったシェーファー。シリウスの女性士官は何を思ったのか腰の乗馬鞭を握るとシェーファーの事を鞭でシバキ始めた。咄嗟に目と首筋をカードしたシェーファーだが、顔と言わず腕といわず、各所の皮膚が裂け血を流している。


「ん? 終わりかよクソビッチ シリウスの尋問って随分ちょれーじゃねーか」


 ペッと血の混じったつばを吐き出したシェーファーは上目遣いでシリウス士官を見ていた。身体中から血を流してはいるが、全くと言って良いほどダメージを受けていない様子だ。


「……そうか」


 明らかに顔色の変わっているシリウス士官は鞭を投げ捨て、腰のホルスターから拳銃を抜き放つとアンダーウェア一枚なバードの眉間に銃口を押し当てた。


「もう一回だけ聞いてやろう。名前は?」

「だから言ってんじゃねーか! 頭打ったら忘れたんだよ!」

「この女が死んでも良いのか?」

「こんな時だけフェミ振りかざすなクソビッチ! 男女平等なんだよ」


 ヘラヘラと笑っているシェーファーの態度に本気で沸騰し始めたその士官。チラリと階級章を見たバードは、相手の女性士官も少尉である事に気が付いた。だが、明らかに冷静さを失っているシリウスの少尉はカタカタと震えながらハンマーを起しバードをにらみつけた。一瞬目が合ったバードは相手の目を確認する。


 ――レプリじゃ無い……


 眉間に銃口を突きつけられたバードは意識して柔らかに笑った。相手が一番怒るように計算して、ニコッと笑って精一杯余裕風を吹かせて。


「撃ちたかったらどうぞ? 先に死んだ方が面倒が無くて良いわね」


 バードの見せたブリティチズム的な振る舞いですらも面白くないようで、ますますと歯軋りをしてみせるシリウス士官は、血走ったような目でバードを睨み付けていた、


「こんな仕事だから殺したり殺されたりは覚悟の上だけど、お願いだからせめて一思いに殺してね。痛いの嫌だし」


 ニコリと笑っているバードの姿がそんなに気に入らないのか、思わず目をそらしたシリウスの士官は再びシェーファーを睨み付けた。


「人を小馬鹿にするのもいい加減にしろ!」

「おいおい。士官だろ? もっとジェントルにだな……」


 鼻で笑って溜息混じりに言葉を吐いたパット。その言葉にバードやシェーファーが笑い出した。だが、そんな態度を腹に据えかね遂にブチ切れた士官は見せしめにとバードを蹴り飛ばした。

 ほぼ真正面から蹴り倒されたバードだが、軍用ブーツで顔をけら椅子から転げ落ちても一滴の血すら流さない事でサイボーグだとバレてしまった。


「あなた……」

「……あっ!」


 次の瞬間、シリウス軍の尋問担当士官はバードをひっくり返し襟部分にあった二口の頚椎バスに短絡させるスタンスティックを押し込んだ。


「自爆なんかさせないからね」

「あぁ、そうか……」


 視界の中に身体制御を規制されたと表示が浮かんだバード。サイボーグの身体が万が一暴走した場合の為に儲けられた安全装置としてのスタンスティックだが、サイボーグにしてみれば究極の拘束具と言える代物だ。


「そうよね、自爆すればよかったんだ」


 ニコッと笑ったバード。どうやら表情を変えたり喋ったりするくらいの事は出来るらしい。だが、満足に立ち上がる事も出来ないらしく、床に転がったまま身体に力が入らなかった。


「教えてくれてありがとう。いま自爆スイッチを選んで投入したんで、スタンスティック抜いたら5秒後に爆発するからね」


 ニコニコと笑うバードを他所に、潔く自爆を決意した姿をパット少尉らが眩しそうに見ていた。

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