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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第10話 オペレーション・クトゥーゾフ
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再戦

 連鎖反応的に爆発が続く中央棟の内部は、まるで巨大なコンクリートミキサーのようだった。地上7階建てな建物の柱全てに強力な爆薬が設置され、自動発火の炸裂を続けている。

 建物の上部や崩れていなかった南棟の側から続々と押し寄せてきたレプリカント達は炸裂した爆薬の威力や崩れた建物の下敷きとなって潰れ、即死していた。恐怖を感じないレプリは『死』を知識としてでしか認識し得ない。それ故『戦闘不能を避ける』とヒモ付けして考えねばならない関係で『避ける・回避する・身をかわす』という思考が一瞬遅れてしまうのだった。


「一班は出口を確保しろ! 二班は瓦礫を取り除け! 三班は……」


 シリウス軍士官が必死になって状況を整理しようと奮闘し続けているのだが、連鎖的に続く爆発により中央棟2Fと3Fのフロアがポッカリと底抜けし、1Fの床面へと降り注いだ。

 大量に降り注いだ瓦礫により夥しい量のレプリが下敷きとなって即死し、下半身を押しつぶされた生身のシリウス軍士官がシリウス万歳を呟いて絶命している。そんな中、ロックの父は辺りを見回しゆっくりと壁際を移動していた。手勢となるレプリの弟子を引き連れ、敵を求めていた。鞘に収めた太刀からは真っ赤な血が滴っていた……


 ――いやがった!


 その姿を見つけたロックは驚くべき速度で瓦礫の山を踏み越えて行き、ヘルメットを取って投げ捨てつつも、盛り上がった瓦礫の山の頂上からジャンプして空中で太刀を抜き放った。


「クソ親父!その首もらいに来た!」


 白刃が一瞬眩くきらめき、裂帛の咆哮でいきなりロックは斬りかかった。父の周辺に立っていた弟子たちは7人と思われる。そのうちの4人を全く無抵抗のまま斬り殺し、一瞬の間に腰の剣を抜いて戦闘態勢に入った3人の弟子を連携する事すら許さずロックは一方的に圧倒した。

 所要時間にして5秒か6秒少々の間に全てを斬り倒したロックは、太刀の構えを変えて父へ斬りかかった。文字通りの電光石火な早業でだ。


「ほぉ! 多少は良くなったようだな!」


 幾度かの剣を交わし嬉しそうに声を上げた父。ロックはそんな声に耳を貸さず、すぐ近くにいた3匹ほどの護衛レプリを斬り捨てる。そして、型も足運びも無い、徹底した実戦剣術で父へと襲い掛かったのだった。


「おいバカ息子!何だその無様な剣は!」


 思わず一喝した父。だがその動きはエディと練習した純粋な戦闘剣術であり、幾多の戦場を掻い潜ってきた者だけが持つ太刀行きの速さと反応速度と、そして単純に力で押す荒々しいモノだった。


「てめぇを斬るならコレが必要なんだよ!」


 声を荒げ低い姿勢から一閃したロック。その剣先が父親の着ていた与圧服の表面を掠っていって、細かな金属繊維を切り裂き小さな火花をバチバチと飛ばした。だが、それはほんの序章に過ぎない事を父は悟る。その後も構わずロックは斬りかかり、全く予想外のところから繰り出される剣先をケアする事に集中させられた。

 そして、父は気付いた。息子をあの国連軍の少将に取られたのだと。


「……俺のところへ帰って来い!」


 一瞬だけ動きの止まったロックだが、すぐに再起動し父へと斬りかかった。最初の数手こそ同じ型での斬りあいだが五手六手と進むうちにロックは父を押し始める。型にとらわれない戦い方はまさに水の如しだった。


「寝言なら寝て言え!」


 低い姿勢から振り上げ方向に払いつつ、威力を殺さず返す刀で横へと薙ぎ、更に踏み込んで牙突の突きを繰り出す。理屈としては全く単純で簡単なものだ。つまり、剣の速度を殺さず、できる限り速度を維持したまま斬りつけ続ける。

 だが、サイボーグの持つその動きは生身には到底真似できないと言えるもので、ガス交換や『息を溜める』といった動きが一切必要ない機械の身体ゆえに繰り出し続けられる無限攻撃と言えるのだった。


「確かに夢かも知れんな。ただ、これ以上無い悪夢だが」


 鋭い踏み込みを生かして体重を乗せた一撃を打ち込んだ父。その一撃をロックは太刀の鞘で受けた。劣化ウランを芯にし、その周囲へ高温鍛造で仕上げたクロモリジャケットが包む特別なその鞘は、過去3度も激しく切られたロックの秘密兵器だった。


「てめぇと育った15年間が、俺には毎日悪夢だったぜ!」

「なに?」

「何時殺されるのかしか考えた事がねぇ!」


 父が見せた踏み込みは異常な速度と言えるモノだったのだが、それを遥かに越える速度で踏み込んだロックは鞘をまるで竹刀の様に握り父を打ち据えた。咄嗟に身を捻って寸前の所でかわしたのだが、ブンと鈍い音を立てて振り抜かれたその鞘には、僅かではない手応えがあった。


「……やるな」

「当たり前だ!」


 鞘を右手へと持ち替えたロックは左手の太刀を牽制に使いつつ、右手の鞘で父の手首を狙う戦いに切り替えた。剣士にとって手首への強いダメージは一瞬で戦闘不能へと陥る最悪の被害と言える。その場所へ重金属の塊そのものの一撃を受ければ、そのダメージは考えるまでも無い事だった。


「そんな見え見えの手が通用するとでも思うのか?」

「なら何とかして見せろや!」

「……ッチ」


 短くした打ちした父の表情に苦悶の色が僅かに混じる。そんな事を気にも留めずロックは遠慮なく太刀と鞘で父親を追い詰めていった。1手2手3手と打ち込んで行き、8回目9回目と最高速での打ち込みを行い続けるロック。

 その動きに父の対応が一瞬ずつ遅れ始め、13回目の打ち込みのとき、ロックの刃の先端は父の右太腿を捉えた。瞬間的に足を下げた関係で身体が右へと開いたのを見逃さず、ロックの右手に合った鞘が首元を狙って打ち込まれた。


「咄嗟にしちゃ流石だぜ!」

「ほざけ! バカ息子が!」


 ロックの一撃を太刀で受けざるを得なかった父。

 剣先の刃背(みね)に手を添え両腕で鞘の一撃を受けたのだが、そもそも2倍以上は体重差がある。それはつまり運動エネルギーの総量が全く違うという事であり、一撃の威力も全く次元が異なるということだ。


「俺は最高の仲間たちに出会った。最高の友が出来た。ここまで来れたのはあんたのお陰さ。感謝してるぜ!」


 ロックの強烈な一撃を受けきれず、父は思わずたたらを踏んだ。だが、そんな所へ遠慮せずにロックは畳み掛けるべく鞘での一撃を加え続けた。何度かは太刀の捌きでかわしたものの、真上から振り下ろした強い打ち込みを左肘へと父は受けた。その痛みに苦悶の表情を浮かべて。


「ならば!」

「おれはシリウスにゃ尻尾を振らねぇのさ!」


 更に畳み掛けるべくロックはもう数歩踏み込んでいく。じりじりと後退するしかない父は防戦一方になっている。だが、ここで手を緩めて勝てる相手じゃないし、分かり合えるなんてのは幻想だ。テッドはいつもそう言っているし、エディは容赦などするなと指導してきた。つまり……


「なぜっ!」

「士官だからな!」


 再びロックの一撃が決まった。乱打戦の最中、父の一撃を交わすことなく左肩に受けたロック。分厚いアーマーベストのお陰で刃は全く役目を果たせてない。その間にロックは鞘の方で父の左脚へと一撃を入れたのだ。鈍い音がして何かが折れた。骨では無いと思うのだが、ただ、無視していいダメージでも無いはずだ。


「あんたがこっちに来るなら歓迎するぜ!」


 ニヤリと笑ったロックは全く息をする事無く次々と一手を繰り出し続ける。その太刀と鞘の速度は尋常なモノでは無く、並の人間ならばかわす事すら叶わない速さと威力を持っていた。だが……


「そんな事出来るわけがなかろう!」


 ロックの父も大したもので、その全てを思うようにならぬ足でかわしつつ、隙を見て反撃を試みているのだった。二刀流と一刀流が戦うなら、二刀流は回転数の速さで押すしか無いのが実情だ。どうしたって腕二本で一本の剣を扱う方が威力は大きくなるのだから。

 だが、サイボーグの場合は片手であっても十分な威力を出せる上に、その太刀捌きの回転数は二刀流と来ている。レプリカントかどうかは解らない存在だが、少なくとも生身である父は受けきれないほどの威力を受けて明らかに焦燥の色を濃くしているのだった。


「やはりわかり合えぬか」

「だから斬りあってんだろうが!」


 ハッ!と鼻で笑ったロックは姿勢を低く取り、両足のアクチュエーター全てを加速に使って生身には実現不可能な速度で斬りかかる。その速度はもはや戦闘手順の組み立てと言う思考を挟む余地すらないもので、もっとも正しい表現をするならば、野獣が本能レベルで戦う状態と言えるのだった。

 だがその時、ロックは目の前の父親が笑みを浮かべたのを見た。それは息子の成長を喜ぶものでもないと直感した。そして、それを考えた一瞬の間に自分自身も笑っている事に気が付いた。傍から見れば、それはまるで親子が笑いながらキャッチボールデモするようだった。しかし、実際に行っているのは、一撃必殺の得物をもって、文字通りの殺し合いをしているのだ。


「ッソイィ!」


 ロックの咆哮が建屋の中に響く。それに呼応するように父もまた叫ぶ。


「チェェェイィィ!!」


 猿叫と呼ばれる本能の叫びは無意識に繰り出される魂の言葉だ。足の動きと腰の回転をシンクロさせ、全体重を乗せて打ち薙いだロック。その鞘をまともに受けた父は太刀の側面に一撃を受ける事で身を護った。だが、その強烈な運動エネルギーに抗しきる事は出来ず、身体ごと吹き飛ばされ壁へと叩きつけられる。

 細身とはいえ戦闘重量135キロに達するサイボーグの身体が繰り出す一撃は、体重70キロ未満でしかない父の身体を吹き飛ばすのに充分な威力だった。


「はっ! はは! あはははは!!!!」


 突然笑い出した父の姿にロックもまた笑い出した。そして、ロックはここで致命的なミスを犯した。弟子の持っていた太刀を引き抜いた父が二刀流に構えた時、ロックは無意識に同じ構えを取ってしまったのだった。


「せめて苦しまずに殺してやるぞ! バカ息子!」

「それはこっちのセリフだぜ!」


 同じ構えから同じ動きで剣を振ってしまったロック。エディに教えられた如水の動きは鳴りを潜めた。1手2手3手と同じ動きをするロックと父のふたり。だが、ハッと気がついたロックは手を代え変化球を見せた。

 その僅かな動きにも確かな成長を感じ取った父だが、親として喜ぶ事とは別の次元で御する事の出来ない『熱い悦び』が身体の奥底から湧き上がってくる。最初はそれを否定した父だが、今はそれを押さえることすら放り投げていた。


 純粋な剣士としての本能。


 ロックが見せる太刀筋と鞘の軌道を読み斬り、その隙を縫って相手に斬りかかる勇気と度胸と、そして、確かな技術。それほど鍛えても、どれ程速度を出せる身体でも、最後にはやはり経験が物を言うのだ。

 生まれてこの方、ひたすら練習を繰り返してきて神経に染み付いたレベルでの動きに昇華した太刀裁きと足運びは、どれ程密度の濃いトレーニングをしたとしても用意には埋められない実力差となってしまうのだった。


「……っく」

「どうした!」


 何とも楽しそうで嬉しそうな表情の父親だが、ロックの顔にはジワジワと怒りの表情が浮かび始めた。幾度も火花を散らし剣先で互いに相手を捕らえかけるが、双方ギリギリのところでそれを交わしている。


「ッチェェェイ!」


 猿叫を響かせ上段と下段の両方から斬り込んだロック。父は下段の振り上げ方向に来た鞘を足裏で止め、その威力を背骨越しに走らせて上段の打ち込みを二本の剣で防いだ。

 返す刀で左右から挟みこむように太刀を走らせ両側から切ろうとした父だが、ロックは軽やかなバックステップでかわし、その次に来る突きを弾くべく手首を返して剣先に円を描かせる。そしてその時、偶然にも父の刃は息子の左手首を切り落とした。


 ――……しまった


 一瞬の思考的空白が生まれたロック。その百分の一秒に満たない空白が命取りになった。クルリと左へまわって遠心力をつけた父は、左手の太刀を床へと投げ捨て右手の太刀を両手持ちに握りなおし、ロックの左肩目掛け袈裟懸けに太刀をふり抜いた。

 その威力はスピードとパワーではなく、純粋な『技術の結晶』としての剣技そのもので、ロックの身体を護るプロテクターを切り裂いただけでなく、チタン合金と高密度重金属で構成された肩部の基礎フレームを完璧な角度で断ち切り、みぞおち付近まで激しく切り裂いた。


 ――え?


 視界の中に各種警告が一斉に浮かび上がるが、ロックは考える前に身体を捻って父の心臓部分へ強烈な右ストレートを打ち込んだ。基礎フレームを切り裂いたとはいえ、剣の素材強度を遥かに越えるサイボーグの身体に挟まった太刀だ。

 そこへ加わった横方向への強い力に父は思わず手を離した。そして、身体の前が開いた状態で打ち込まれたロックの強烈な一撃は胸骨を直撃し、その打撃力に強靭な筈の心臓が一瞬停止する。


「グハッ!」


 銀の血を吐きながら後方へと吹き飛ばされた父は再び壁に叩きつけられ、そのまま地面へとずり落ちていった。だが、勝負としてはロックの負けであった。サブコンへの直撃こそ外したが、リアクターの補器類を損傷したと認識し、同時にリアクターのスクラム(緊急停止)を無意識レベルで行いつつ後方へ飛びのいた。

 そして、胸部を切り裂いた刃をズリズリと引き抜き、床へと投げ捨てる。乾いた金属音が響き、忌々しげにそれを見下ろしたロックはハタと気が付いた。その太刀は、まだ幼い頃に実家の道場で見た、家宝ともいえる先祖伝来の戦太刀だという事に。


「そうか…… 俺は一門の伝統に斬られて死ぬのか……」


 へへへ……と力なく笑ったロック。かつて中国で見たバードと同じように、ロックもまた冷却水やオイルを漏らしながら片膝をついた。至近距離から大口径小銃で撃たれたバードはこんな気持ちだったのか……と。あの時のバードと同じ絶望を味わったロックは、同時に『終わった』と覚悟を決めた。


「……()れよ」


 ぽつりと呟いたロックは真っ直ぐに父親を睨み付け、凄み混じりに笑う。

 手痛い一撃を受け姿勢制御ジャイロに異常を来し、自立中の誤差補正が甘くなっているらしい事を嫌でも認識したロック。片膝を付き倒れないようにバランスを取っているのだが、それでも意地を張って頚部を護るプロテクションアーマーを外した。潔く首を見せ『切り落とせ』と目で訴えたのだった。

 だが、その姿を見た父は力なく壁際から立ち上がると、急に泣き出しそうな表情になった。ふと目をやった太刀は激しく刃こぼれし、僅かなソリを持っていたはずなのに、その腰は伸びてしまっていた。


「どうしてもダメか」

「……寝言につき合ってる暇はねぇ」


 吐き捨てるように呟いたロックは目ばかりを炯々と光らせ敵意を剥き出しにしていた。だが、腰の伸びた太刀でサイボーグの強靭な基礎フレームを切り裂くのは不可能だ。たったいまロックの身体を切ったからこそ父は不可能だと判断していた。


「俺は……お前を俺の二の舞にしたくなかっただけだ」

「……だからって、なんだよ」

「わかってくれ」


 ロックの顔から表情が消えていった。そして……


「あんたの浪花節に付き合ってる暇はねぇし、その気もねぇ」

「……………………」

「もし本気で申し訳ねぇって思うならここで一緒に死んでくれ。そうすれば……」

「そうすれば?」

「仲間が助かる」


 ロックは自分の命より仲間を選んだ。その姿に父は息子の確かな成長を感じ取った。なんの外連味も逡巡も無く死を選んだその姿には、爽快なまでの男らしさが浮かんでいた。そして、その向こうに透けて見える存在を感じ取る。だが……


「おぃ…… バカ息子」

「俺を息子と呼ぶんじゃねぇ!」

「そうか…… なら…… そうしよう」


 クククと笑った父はもう一度銀の血を吐き出して笑った。なんとも楽しそうな表情で、顎をあげ見下すような眼差しを浮かべ、ロックを見ていた。息子ではなく、何度か斬り合っている海兵隊の士官を見下すようにして……


「おぃ、そこの半人前な海兵隊の半端男!」


 ロックの表情に怒りが浮かぶ。


「んだとぉ!」


 瓦礫に埋まった地面を殴りつけ、意地で立ち上がったロック。ジャイロセンサーが機能していない状況なので視界情報を頼りに姿勢制御を試みるのだが、実際案外上手くいっているようで倒れる事は無い。

 もっとも、当の本人は完全に頭に血が上っているので、そんな事に気が付く余裕すら無いのだが。


「この決着は預けておいてやろう! もっと強くなれ!」

「決着付ける余力がねぇだけだろうが!」

「バカを言うな」


 再びクククとあざ笑うようにしてロックを見た父。いつの間にか銀の血を吐き出さなくなっていた。


「この身体は並の人間の百倍以上は回復力がある。骨折は一晩で治るし、切り傷は半日で回復する。だがな」


 父の指がひょいとロックを指し示した。


「先ほどの斬り合いは久しぶりに楽しかったからな」


 歓喜の表情を浮かべ恍惚感に浸るように天井を見上げた父。パラパラと細かな礫が降り注ぐホールは、4階のフロアが今にも抜けそうな状態だった。


「あの床が抜ければ貴様ごとにわしの手に掛ける間でも無い」


 クルリと背を向け歩き出した父。その背中をロックは目で追った。


「俺を憎め。もっと憎め。憎しみと怒りを上達心に変えろ。俺を殺しに来い」


 歯を食いしばって睨みつけるロック。その視線に気が付いたのか、父はもう一度振り返ってロックを見た。そして、その姿を頼もしそうに眺めた父はポツリと漏らす。


「所詮レプリは鍛えてもレプリだ。人の弟子を鍛えたかったが……」


 もう一度背を向け、その後の言葉を飲み込んだ父は黙って立ち去った。悔しさと歯がゆさと自分の至らなさを噛み締め、ロックは床を叩き壊すほど悔しがって叫んだ。


「ちくしょぉ!」


 だが、その行為がどれ程愚かな事かをロックは直後に知る。目の前に冷蔵庫ほどもある大きな塊が落ちて来て、地響きを立て崩れた。その衝撃に急かされたのか、次々と大きな塊が降り始め、ロックは思うようにならぬ身体を動かして建物の外へと向かった。

 リアクターをスクラムさせた関係で、もはや内蔵電源だけが頼りだ。しかし、そのバッテリーも残り電源30パーセントを切っていて、可動限界に達したらロックはそこで終わり。つまり、時間的余裕など一切無かった。


 ――ちくしょう……


 怒りに沸騰するロックだが、その脳裏に浮かんだのはバードの不安そうな表情。そして、自分の目を真正面から見つめて叫んだ『愛してる』の言葉。


 ――バーディが心配している……


 数歩歩いては膝を付き、また数歩歩いては転んで手を付く。4本足で生きる獣から2本足で生活する人に進化した時、神が与えたもうた三半規管という優秀なジャイロセンサーは空を飛ぶ鳥並に優秀な姿勢制御能力を人に与えたのだった。

 だが、それを置き換えたレーザージャイロ機能を失った今、ロックは走る事はおろか歩く事ですら難しい。


 ――約束したんだ…… バードの隣へ…… 帰るんだ……


 拳を握りしめ自分の頬を殴って気合いを入れたロック。中央棟の各所に仕掛けられた爆薬は発火まで残り3分を切っていた。まだそれほど距離が有るわけでは無いのだから、爆発すれば巻き込まれるのは避けられない。


 ――えぇい! ままよ!


 半ば自棄(やけ)になったロックは後先考えず走り出した。速度が乗っている状態で転べば激しい機能的損傷を受けるかも知れない。だが、降下艇にはバードが待っているはずだ。心配そうな表情を浮かべて、降下艇の入り口でハッチを抑えて。

 仲間達がハッチを閉めると叫んでも、そのハッチを抑えて『まだロックが!』と叫びながら待っていてくれるはずだ。


 ――あそこへ帰るんだ……


 その意思だけがロックを突き動かした。何度も転びかけ、視覚情報だけを頼りに姿勢を補正して走った。なぜか爆発しない爆薬を不思議に思いながらも、極限の集中力で自分をつなぎとめて。

 しかし、中央棟を飛び出し広場を横切り、Dチームの大型シェルが取り囲む降下艇へとたどり着いた時、ロックはその異常に気が付いた。入り口にバードが居ないのだ。ボロボロの姿のまま降下艇の電源ケーブルを繋いだロックは、艇内に向かって叫んだ。


「バーディ! バーディ! どこだ!」


 そのロックの声に気が付いたのかジョンソンが広場の片隅からすっ飛んできた。全身に真っ赤な返り血を浴びている姿だが、まだヘルメットはあった。


「おぃ!ロック! バードを何処へ置いて来た!」

「え? 先に戻ってこなかったか?」


 身体を大きく損傷し左手を失っている姿だが、ジョンソンはいきなりロックを殴りつけた。腰を入れたその一撃にロックは弾き飛ばされ、降下艇の壁に叩きつけられた。


「このバカヤロー! やっぱり何にも解ってねぇじゃ――


 ジョンソンの怒声が響いたのと同じタイミングで、基地の各部から一斉に爆発が始まった。中央棟の基礎が木っ端微塵に吹飛び、西棟と併せ一気に崩落していく。先の金星攻略作戦自に酷い状態になった東棟も完全に吹飛び、残されているのは中央棟の奥にあった南棟と、そして、背の低い居留施設ばかりだ。


『Bチーム! とりあえず離陸せよ! 巻き込まれる!』

『了解した!』


 広場の中からBチームのメンバーが負傷者を担いで降下艇へと飛び込み、ハッチを開けたまま金星の空へと舞い上がっていく。そのハッチギリギリに立ちつくしたロックは、呆然と地上を見ていた。


 ――嘘だろ? 嘘だといってくれよ……


「バーディ!」


 大きな声で叫んだロック。

 CO2濃度の上がりつつある地上だが、酸素もそれなりにある関係で基地の各部からは業火が燃え盛っているのだった。

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