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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第10話 オペレーション・クトゥーゾフ
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アフロディーテでの再会

 ――――金星周回軌道 高度50キロ アフロディーテ高地上空付近

      暫定金星標準時間 5月28日 1500






 ガタガタと揺れる降下艇の中、Bチームの12名は地上を前にして最後の諸注意を再確認していた。既にアフロディーテ基地へ降下している新生Aチーム24名とODST3個大隊。そして海兵隊5個大隊を支援しろというエディの指示だった。


「解っていると思うが、最終目的はセントラルリアクターを含め、シリウスが不法占拠している基地を完全かつ完璧に破壊する事だ。ただ、昨日経験した事を絶対に忘れるな。シリウスはもうなりふり構ってない状態だ。理屈では無く直感に従って行動していい。ヤバイと思ったら遠慮無く撤収するんだ。特にロック! お前だお前! 参謀本部含めお偉方は10人が10人全員心配してる!」


 エディの指示が書かれたメモを読み上げていたドリーは、溢れる笑顔でロックを指さしていた。それに釣られ皆が大笑いし、バードも笑っていた。


「俺かぁ?!」

「そうだ! エディメモにもしっかり書かれている。ロックには入念に釘を刺しておけって。しっかり首輪を付けてリードで繋いでおけって…… イラスト入りだ」


 ドリーはエディメモを皆に見せながら言葉を続けた。首輪を引っ張られる黒い犬の姿が書いてある。そんなイラストを見せつけられたロックが苦笑する。


「バーディー! お前はロックの首に付いた鈴の役だからな。仕事ほっぽり出して遊びそうな時は遠慮無くケツを蹴り上げろ!」

「オーケー!」


 サムアップで笑ったバードはロックの首へと手を回し、『逃がさない』とでも言うようにグッと抱き締めた。そんな姿に皆が遠慮無く笑った。


「そういうのはキャンプへ返ってからにしろよ」

「そうだぜバーディー。そんなシーン見たらライアンが仕事しなくなる」


 ジャクソンとペイトンが冷やかす中、ライアンも頭をボリボリと掻いて笑う。


「あー 俺も首の鈴欲しいなぁー!」


 降下の真っ最中だというのに相変わらず緩いBチーム。だが、この12人は昨日の今頃に背筋も凍る経験をしていたのだ。ふと窓の外を見たバードは、金星の地上でまだ煙を上げているシリウスの宇宙船を見つけた。なりふり構わず抵抗する者の怖さをバードは初めて体験したのだった……


「さて、そろそろ行くか」


 全員が装備を調えた所でテッド隊長が歩き出した。まもなく金星の上空、高度20キロだった。戦闘ヘルメットを被り視界同調させると、今までよりも反応速度が速くなっている事に気が付く。これなら問題ないだろう。何がどうと言う事では無く、命のやりとりの現場へ行くのだから、装備は優秀な方が良い。敵にとっては悪夢だろうけれど。


「全員抜かるなよ。では、神のご加護を」


 降下艇のハッチが開き、眼下に金星の遮光幕が見える。まだ穴が空いているところがあるので、そこをすり抜けて降下する作戦だ。カタパルトを使わず普通に走って行って降下艇から飛び出すと、思っていたよりも遮光幕の穴が大きい事に気が付く。あの枠に引っかかったらどうしようと心配していた自分を鼻で笑って、そのままバードは遮光幕の枠を通り過ぎた。眼下遠くに砲火を交えている地上部隊が見えてきて、視界の中にODST表示と海兵隊表示が浮かび上がった。


「ODSTの後方に着地しろ。行儀良くやるぞ。マナーよく振る舞え」


 テッド隊長の言葉に苦笑いしてそのまま降下。距離5000を切ったと読み上げた頃、ジャクソンは既に地上をスコープ越しに除いていた。ジャクソンの視界がホーリーを捉えた時、彼女は距離4000辺りの敵を次々とヘッドショットしていた。


「彼女、やるなぁ」


 思わず呟いたジャクソンだが、バードの目は前進するAチームの中にアシェリーを見つけていた。生身ではあり得ない重装備姿だが、平然と前進しているその振る舞いに、バードは内心複雑だ。


 ――うめちゃん…… ごめんね……


 心の中でそう呟いて、そしてパラシュートの安全装置を外す。


「高度2500!」


 サブコンにデッドラインを計算させつつ一気に降下していく。シリウス側の手痛い反撃を交わす為には、とにかくはやく地上へ降りた方が良いからだ。高度350を切ったところでメインパラシュートを展開し、一気に速度を殺して地上へと降り立つと、周辺にBチームが続々とタッチダウンを決めていた。


「チェキオン! 周囲2000メートル以内にレプリ反応無し!」


 周辺を警戒する中、バードは自分の仕事を忘れずに行った。ロックの首の鈴と言われた以上、きっちり責任を果たすべきだと思ったから。だが、そんなバードの思惑を余所に、久しぶりの再会が発生した。


「バード少尉!」


 いきなり声を掛けられ驚いて振り返ると、背筋をシャンと伸ばし敬礼しているODST下士官が居た。バードの視界には個人識別用の名前が浮かび上がる。


「……フレディ!」


 あの、中国奥地の砂漠のど真ん中を共に走ったODSTの曹長だった。ODSTの隊員はフルフェイスのヘルメット姿なので、通常は顔を見ることが出来ない。それ故にヘッドマウントディスプレイの中には顔写真付きで名前がフローテイング表示されている。

 バード達サイボーグならば直接視界に表示されるのだが、生身の場合はこんな風になるのだった。そして、そのお陰で完全防弾装備姿のバード達サイボーグでも個人識別を可能としているのだ。


「覚えてくれていたんですね。光栄です」

「私の場合は一度見たら嫌でも覚えているからね」


 Bチームが続々と戦闘装備に切り替える中、バードもパラシュートの始末をしてから戦闘装備に切り替えた。そんなシーンを頼もしげに見ているフレデリックは、まだ少女っぽさの残るこの人物が間違い無く海兵隊士官である事を再確認した。


「そう…… 一つ階級を上げたのね。おめでとう」

「いえ、少尉殿のおかげです。あの戦闘で敢闘顕彰をもらいましたので」

「そうなんだ。じゃぁ役に立てて良かったわ」


 サムアップで健闘を称えたバード。だが、そこへ介入した声があった。今回の地上突入班を指揮するロニーフィールズ少佐の声だった。


『ブーン曹長! 前進の準備だ!』

『サー! イエッサー!』


 無線の声に反応したフレディはバードに敬礼して立ち去ろうとしていた。だが、その場にフィールズ少佐が現れた。


「なんだ曹長。ここに居たのか」

「申し訳ありません。知己だったものですから」


 降下してきたテッド少佐と打ち合わせに現れたフィールズ少佐だが、その周りに居た黄色いバンダナを巻くふたりの少尉が驚いた様に声を掛けてきた。


「バード少尉! ここで会うとは思わなかった!」


 思わぬ歓声が漏れ、初降下の士官はヘルメットのバイザー部分にある黒いシールドを上にあげ素顔を見せた。防弾用の分厚い高密度アクリルバイザー越しに見えた顔は、フロリダやサンクレメンテで一緒に走った男だった。


「パットフィールド少尉! シェーファー少尉!」


 そこに立っていたのはODSTスクールのクラス125に参加していたパットとシェーファーだった。思わずガッチリと握手したバード。


「なんだ、もう現場に出てたのか」


 パットとシェーファーを見つけたのか、打ち合わせに来たテッド隊長とジョンソンのふたりがパットやシェーファーの肩を叩いた。ややあってペイトンも姿を現し、1分間だけは話に花が咲く。だが、フィールズ少佐が戦闘手順を切り出し空気が変わる。テッド隊長はやおら周辺を確認し所属を確認し始めた。


「パットとシェーファーは102か……よし。バーディー、ロックと組んで102の支援に付いて右ウィングだ。ペイトンはライアンと組んで103と左ウィングだ。残りは俺と一緒に101へ付いて中央を前進する。ODSTの前進を支援しよう。ロニー、何か問題あるか?」


 テッド少佐の提案に頭を振って否定の意思を示したフィールズ少佐は、右手でサムアップしている。


「Bチームが支援してくれるなら心強いな。パット、シェーファー。デビュー戦でいきなりこれじゃハードだが抜かるなよ。ODSTのデビュー戦で戦死する士官は多いからな。フレディ、面倒だが支援してやってくれ。頼んだぞ」


 フィールズ少佐の声にブーン曹長が背筋を伸ばし『承りました!』と敬礼する。そんなシーンを見ていたテッド少佐が前進のハンドサインを出した。


「よし、行こうか」

「そうだな。サクサク終わらせて飯にしよう」


 全員が一斉に動き出す中、展開線の右ウィングへ向かって歩くロックはバードの隣にいて、身振り手振り交えて戦線展開の打ち合わせに余念が無かった。その後姿をパットとシェーファーが見ていた。


「バード少尉の隣は?」

「はい。ロック少尉であります。CQBの超スペシャリストですよ。ソードマンの異名をとっています。刃物を使った接近戦なら地球最強レベルで人類の上位五傑に入るんじゃないでしょうか」


 フレディは間髪入れずそう答えた。何度か見ているロックのキレたシーンを思い出せば、ODST関係者なら100人同じ答えな筈だ。


「……そうか。ライバルとしては強力だな」

「はい?」


 思わず聞き返したフレディ。まだバイザーをあけていたパットはニヤリと笑っていた。両目にやる気を漲らせているパットは静かにバイザーを下ろした。思わずフレディは腹の中で唸る。この男はバードを狙っているんだと……


「デビュー戦でMVPを取るのさ。バード少尉がそうだったんだろ? 俺もデビュー戦でMVPを取る。それくらい出来る男じゃ無いと恥かしいだろ」

「……少尉殿。恋敵として見た場合、ロック少尉は相当強力ですよ?」


 どこか冷やかすように声を掛けたフレディ。だが、パットの目は本気だった。バイザー越しで誰にも見えないはずだが、全身に漲るやる気具合は目に映らぬ炎の如しだ。


「さて。面を通しておくか」


 進行開始点についたロックは振り返ってパットとシェーファーを見ていた。


「全員ヘルメット取るなよ?」


 着々とCO2濃度の上昇している金星の地上では、生身にしてみればもはや無視出来ないレベルでの危険度となっていた。そんな中、全員に釘をさしてから平然とヘルメットを取ったロック。ふたりの新任少尉に面をさらした事になる。


「俺はロックだ。全員少尉なんだから面倒は無しでやろうぜ。ロックと呼んでくれれば良い。俺とバーディは右ウィングの支援に付く。あくまで指揮官は――


 ロックはニヤリと笑ってパットを指差した


 ――パットだろ? 俺たちをうまく使ってくれ。頼んだぜ」


 再びヘルメットを被ったロック。だが、バードは遠慮なく口を挟んだ。


「今のは見なかった事にしておくけど、ヘルメット取ったらペナルティだからね」

「解ってるって。ただ、バーディの顔は知ってても俺は知らないだろうから」

「……そうだけどさぁ」


 気の置けない会話を普通に交わしているロックとバード。だが、パットには充分プレッシャーだった。潜った修羅場の回数を思えば嫌でも親密になる。それが解らないほどパットも子供ではないのだが。


「……了解した。自分の事は遠慮なくパットと呼んでくれ」

「俺もだ。シェーファーで良い」

「オーケー! じゃ、おっぱじめようぜ! ただ……」


 ロックはパットとシェーファーの黄色いバンダナを確かめた。


「デビュー戦は勝手が分からなくてとにかく死人が出やすいもんだ。とにかく注意してくれ。俺やバーディも明日の寝覚めが悪くなるのは歓迎しないから」

「……了解した」


 ODST102の面々が左右に展開する中、パットは全員に初弾装填を命じた。一斉にボルトが引かれ、自動小銃が発射態勢になる。それを見届けたロックとバードはCー26の加速器電源を投入し、合わせてパンツァーファウストの固定ベルトを緩めた。そして、ロックは愛刀の抜け落ち留を抜き、バードは自動拳銃のスライドを引いて、ドラムマガジンのバネを止めるロックを抜いた。


「中国の時よりは楽な戦いになりそうね」


 基地を取り巻く天然のトレンチに姿を隠すバード。すぐ近くにはフレディが立っていて、パットとシェーファーのお守りについていた。


「そうですな。あの時は痺れました」


 フレディは軽く笑って遠い日に思いを馳せた。あの、歩兵戦車に肉薄しレールガンを叩き込んだバードの能力を思い出しているのだ。そんな時、いきなり全身に衝撃波がやって来て、身体中をビリビリとゆすり始める。前進に備え海兵隊が持ち込んだ戦車の呼び砲撃が始まったのだ。


「おー やるねぇ」

「あのまま綺麗さっぱり無くならないかしら」


 両腕を組んでジッと眺めているロック。その隣で銃を右手に持ったまま、左手を腰に当てて立っているバード。激しい砲撃が続く中、中央集団のODST101が前進を始めた。


「さて、ではこっちも行くか」


 次々と着弾する砲撃の威力に煽られたのか、アフロディーテ基地手前の防衛拠点からレプリの兵士が炙り出され始めた。続々と降り注ぐ砲弾を避け左右へと広がり行くのだが、そこを撃退するのが目下の役目となるらしい。

 バードの目に前進してくるレプリの兵士が捉えられた。彼我距離はまだ五千メートル以上ある。Cー26を最大出力にしても着弾時には威力が半減する距離だ。


「行く……『まだだ!』


 ロックの手がパットを諌めた。


「パット少尉。ここは待ちの方が確実と思われます」


 フレディもロックの意図を理解した。


「奴らは砲圧に負けて展開している。あそこに突っ込んだら砲撃支援はできねぇし、銃を使うと同士討ちになるかも知れねぇ」

「左右に展開しもうちょっと待つべきね。重要なのは撃ち漏らさない事。天然のトレンチがあるから向こうはこっちが見えないはずよ。距離三千になるまで待っていて、更に前進してきて距離千メートルを切ったら射撃を加えながら前進よ」


 ロックとバードは身振り手振りを混ぜてパットとシェーファーに説明する。だが、その裏では無線の中で言葉を交わしていた。


『功を焦りすぎだな』

『ちょっと危ないね』

『誰かが止めねぇとな』

『ロックの他にパットも止めなきゃ……』

『え?』


 バードの左手がロックの腰をポンと叩いた。


『お目付け役だからさ』

『おかしいなぁ…… この前来たときにはバーディの方が鉄砲玉だったのに』


 負けじとバードの背中を叩いたロック。そんなふたりの仕草をパットは不思議そうに見ている。そんな中、レプリの兵士たちは砲弾で着々と削られ行くのだが、それでも少なくない生き残りが即席で再編成され左右への展開を進めていた。


「バード少尉とロック少尉はこうなる事を知っていたのか……」


 ポツリと漏らしたパットは驚きの眼差しでロックとバードのふたりを見ている。だが、その当人であるふたりは無線の仲でぼやいていた。


『エディのお題は何だと思う?』

『部下統率と乱戦指揮を学べって事じゃ無い? ここまでの流れから見て』

『つまり、隊長はこうなる事を見越してた訳だな』

『そうだね』


 不意にバードの視界へ[+]マークが浮かび上がった。全く油断している間に1500メートルの距離にまでレプリが接近していたのだった。バードは慌てず騒がず銃を構え狙いを定める。レプリの側はまだ気が付いていないと思われた。


「パット! 戦端を開く!」


 ロックの叫びと同時にバードが銃を撃った。1400メートル少々の距離に居たレプリの頭部が一瞬で弾け、白い血と脳漿がパッと舞い上がって消える。その後も続々と前進してくるのが見えるのだが、パット達はまだ射撃を開始していない。

 距離1200程度で続々と射撃し続けるロックとバード。あのODSTスクールで見せた射撃の腕前を遠慮無く披露しているふたりに、ODSTの新人達が舌を巻いていた。


「……すげぇ」

「やっぱサイボーグってすげぇな」


 そんな声を聞きつつも、バードは意識を集中して射撃し続ける。Cー26の出力を精一杯上げている関係でバッテリーマガジンがあっという間に空になっていた。続々とマガジンを交換しつつ、気が付けばロックとバードで100匹以上のレプリを射殺していた。


「そろそろ実銃でも届く頃だ」


 ロックの声に促されたパットは銃を構えた。着弾距離700メートルの辺りから射撃開始となるのだが、その距離に至る前でもロックとバードは構わず撃ち続けていた。


「このままじゃアッチが先に全滅しそうだな」

「サイボーグはその為に存在する。エディ少将閣下もよく言われます」


 ぽつりと漏らしたシェーファーの言葉にフレディが苦笑混じりで応えた。そんなフレディをチラリと見たパットは再び銃を構えて狙いを定めた。バードに居残りを命じられ散々と射撃訓練を繰り返した兵に付き合った日を思い出す。


 ――やはり彼女は凄い……


 決してレイシストでは無いが、それでもパットはどこか認めたくない部分があったのだと自分で気が付いた。およそ戦闘という行為に於いて女性は男性に劣る。それは理屈云々では無く生物の持つ根源的な部分だと信じてきたからだ。

 だが、いま目の前で起きている事象は間違い無く現実で、生身では手出し出来ない距離に居る敵をバタバタと撃ち倒している。そして、まことに不本意かつ不愉快な事実として、それを行っているバードの隣には同じ能力を持ったサイボーグの男が同じ事を平然と行っていた……


「おいパット。ぼけてる暇はねぇぜ」


 僅か15分足らずの間に500発以上の射撃を行ったロックとバード。加速器部分のインジケーターがレッドシグナルを表示しているのでスペアの加速器に交換し、尚も射撃体勢になったまま声を掛けてきた。


「そろそろ前進の頃合いね。左側が前進を開始したからこっちも前に出ないと」

「左右から潰すんじゃ無くて面として基地の側へ押し上げるのさ。段々包囲網を小さくしていくが、完全に囲む事はしない。挟み撃ちにするとレプリ越しに味方を撃つかも知れないしな」


 いつの間にか全体の意図を把握するようになって居たロックとバード。一瞬だけ顔を見合わせるのだが、ヘルメット越しに顔を見る事は出来ない。ただ、なんとなく目が合ったように感じ、ヘルメットの中でほくそ笑む。


「よし、じゃぁ前進しよう」

「そうだな、それがいい」


 中央集団がゆっくりと手堅く前進を始めたので、それと連動するように右ウィングも前進し始める。確実な包囲網の縮小は敵に取ってみれば大きな心理的プレッシャーとなる筈だった。


「レプリカントを指揮している士官はシリウス人で生身だよな」


 シェーファーは突然そんな事を言い始めた。フレディが状況をアレコレ説明する中、パットは右ウィングの中にあって落ち着き払い前進するバードを見ていた。


「バーディ。向こうにライアンが見えるぜ」

「あ、ホントだ。向こうも順調って事だね」


 銃列を並べたまま前進し続けるODST102はロックとバードが射殺したレプリ達の死体を踏み越えて前進し続ける。どこ死体も完全なヘッドショットで即死しており、痙攣して暴れるモノも無かった。驚くべき能力に舌を巻いているパットだが、バードとロックは思い出したように射撃を繰り返している。そして。


「おっと!」


 死体のフリをして寝転がっているレプリが突然飛び起きてロックへと襲いかかってきた。見事なトラップぶりに苦笑いしつつ、ロックは愛刀を抜いてレプリへと斬りかかる。一瞬の間に3匹ほど斬り殺し、辺りを確かめる。その太刀さばきの鋭さと容赦のなさに、改めてパットはBチームの能力を垣間見ていた。


「終わりか?」

「死体の役をし続けた方が安全なんじゃ無い?」

「んじゃ、死体役にトドメをちゃんと入れていこうぜ」

「……今までやってなかったの?」


 そんな会話をしているバードは僅かに残る頭の残ったレプリの死体を見つけてはヘッドショットを繰り返していた。こうすれば死んだふりをしていた者が後方から襲いかかってくる事は無い。冷徹に振る舞うバードの姿勢は、間違い無く現場慣れした兵士そのものだ。シールズの現場で幾度も厳しい局面を経験してきたはずのパットとは言え、ここまで徹底した振る舞いなど過去に気にした事は無かった。


「やはりODSTはひと味違うな」

「ここは人類最高のスタッフが揃う場所ですから」


 パットの言葉に胸を張って応えたフレディ。着々と包囲網が縮んでいて、ふと気が付けばアフロディーテ基地の中央棟が見え始めた。その周辺にある頑強な抵抗拠点は海兵隊の戦車が包囲し、遠慮無く砲撃し続けている。その間にも続々とレプリの兵士が基地の中から溢れてきていて、押し出されるように迫ってくるレプリ兵士を単純作業のように射殺し続けていた。


「そろそろかな?」

「あぁ、ボチボチ頃合いだろ」


 射撃しつつ前進していたロックとバードのふたりは基地が見えた辺りで前進を停止した。パットもシェーファーも不思議がる中、そろそろテッド隊長の指示が出るはずだと待機したバードだ。案の定、チーム無線の中にテッド隊長の声が響く。


『ここから先は生身に任せる。俺たちは基地への突入準備だ』


 隊長の言葉を聞いたロックがサムアップしている。


「パット、私とロックの仕事はここまで。次の準備に掛かるからここをよろしく」

「あんま無茶して前進しないようにな。確実にすり潰していった方が良い」


 現場を離れると言い出したサイボーグ2名に対し、パットは一瞬だけ口籠もって焦っていた。だが、ここで無様を晒すわけにも行かない。


「……了解した。支援に感謝する」


 パットは銃を持ち替え敬礼でバード達を見送る。ロックもバードもややぞんざいな敬礼を返してから中央集団の隊長が居るエリアへと走り去っていった。その後ろ姿が見えなくなってから、パットはぽつりと呟いた。


「サイボーグって凄いな」

「全くだな」


 全面的に同意したシェーファーも後ろ姿を見送った。驚きの眼差しで見ていたのだが、そんなふたりにフレディが声を掛けた。


「ロック少尉とバード少尉のコンビだけでも十分な戦闘力ですが、Bチームの12名が揃うと想像を絶する戦闘能力になります。正直、突入戦などでは下手に支援に介入すると足を引っ張る事になるので、我々は後方支援に当たる事に成ります」


 押し黙ってフレディの言葉を聞いていたのだが、フレディは遠慮する事無く付け加えた。


「Bチームはサイボーグの中でもエリート中のエリートの集まりです。先に海兵隊で負傷し生死の境をさまよった女性士官がいらっしゃいましたが……」

「ウメハラ少尉か」


 やや大げさに首肯したフレディ。パットとシェーファーは戦闘中にも係わらずフレディの方を見ていた。


「そうです。今はサイボーグとなってアシェと名を変え、Aチーム傘下で作戦活動に従事していますが、正直に言えばアシェ少尉レベルでも生身では全く歯が立ちません。サイボーグは選ばれた人間を捨てた者にしかたどり着けない領域です。もっとも、ロック少尉やバード少尉を見ていると、下手な生身の兵士より余程人間らしいですけどね」


 ウヘェと言わんばかりに肩を竦めたシェーファー。その隣でパットはどこかメラメラと燃え上がる炎のように闘志を燃やしていた。


 ――俺もサイボーグになりたい……


 そんな思いだけではなれないのだが、それでもパットは決意したのだった。

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