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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第10話 オペレーション・クトゥーゾフ
103/354

シェルvsシェル

 ――――金星周回軌道 高度350キロ ナーダ高地上空付近

      暫定金星標準時間 5月27日 0800





 久しぶりと言う訳でも無いが、ほんのひと月前に来たばかりの金星とは全く様子の違う姿がそこにあった事に、バードは少なからぬ衝撃を受けていた。最後に見た金星は穴ぼこだらけの遮光幕姿だった。だが今は、艶々と光る漆黒の幕に覆われ、多少の透過率があるらしく半透明に地上が見えるのだった。

 しかし、その幕越しに金星の地上を見ている余裕など何処にも無い。金星の周回軌道上をシリウスの艦艇も周回し続けていて、絶妙な距離を取り互いに牽制しあっているのだった。


「さて、じゃぁガチで殴りこむぞ」


 ハンフリーの射出カタパルトゾーンへ入ったジョンソン機は、強力な陽電子砲を装備して磁力線に引っ張られ弾き出されるのを待っていた。


「全機発艦しろ」


 テッド隊長の言葉に弾かれて最初にドリー機とジョンソン機が弾き飛ばされていった、その後を続々と仲間が続き、バードはライアンと並んでカタパルトにはじき出された。

 グリフォンエンジンを吹かし加速体制に入ったのだが、自前のエンジンでは望むべくも無いような強烈さで一気に速度に乗ったバード機は、カタパルトアウトする段階で既に毎秒30キロを越えていた。


「なんだか脱水層で振り回された感じ」

「全くだ! 脳みそが潰れるかと思ったぜ!」

「あれ? まだ潰れてなかったの?」

「まだ何とか形は残ってるよ!」


 アハハと笑うバードとライアン。ハンフリーの前方でBチームはシェル編隊を組み、最後にテッド機がやって来て逆紡錘陣形を取ったまま戦闘加速を行った。


「各機編隊を大きく取れ。機体の反応が少しピーキー過ぎるだろうから、まずはそれに慣れろ。このままアフロディーテ上空を目指す」


 出撃目的を再確認し金星の上空を飛ぶBチームのシェル。アチコチ細かく改善されているのだが、一番の改善点は反応速度や正確性ではなくコックピットだった。


「これ、スゲー便利だな!」


 ロックの嬉しそうな声が響く。その言葉にチームのメンバーが異口同音で賛意を返した。従来のコックピットでも出来た事だが、モニターではなくサイボーグの視界へ機外情報を直接送り込む視覚同調を行ったそれは、まるで戦闘機の大型バブルキャノピーの様に素晴らしい視界をもたらしていた。

 しかもそれは生身のパイロットが使うヘッドマウントディスプレイ装備のヘルメットの様に、機体の情報を常に視界の中に表示してくれる優れものだ。首を右に振っても左に振っても顔の正面方向ぽっかりと空け、その左右には機体の状態を示すさまざまな情報がレイヤー表示されていた。


「いちいちモニターを切り替えなくていいんだから助かるぜ」

「全くだ。しかも、前と比べて視界情報の継ぎ目がないから死角が無い」

「モニターの輝点反応も無いから情報表示早いしな」


 スミスやジャクソンもべた褒めの視界は大宇宙の漆黒に浮かぶ宝石のような星星をも美しく輝かせ表示させていた。大きく天界を横切る天の川の美しさにバードは言葉を失っていた。だが。


「さて! おいでなすったぜ!」


 嬉しそうなペイトンの声が流れ、同時に視界の中へは真っ赤なアラート表示の点が幾つも浮かんだ。ざっと50近い数での迎撃だったのだが、その反応は全てUNKNOWN表示になっていた。


「機種識別不能ってどういうことだ?」


 ちょっと怪訝そうなダニーの言葉が流れる。やはり医者と言う生き物は断定情報が無いと不安なんだろうとバードは思った。手探りでの医療行為は不安が大きいのかもしれないからだ。


「まぁいいさ。接触してみりゃわかる!」


 相変わらず緩い調子のライアン機が手にしていたガトリング式モーターカノンの発火電源を入れた。従来の40ミリモーターカノンと違い、ガトリング機構を備えたこの砲は毎分4700発の40ミリ砲弾を火薬発射する仕組みになっている。高速ですれ違いながら撃ちあう空中戦では相当な威力を発揮する筈なのだが……


「おい! こりゃぁ!」

「来たぜ来たぜ!」


 最大ズームで確かめたスミスとジョンソンがイカレた声を上げる。遠くから迫ってくる敵機はシリウスの戦闘機では無かった。


「シリウスのシェだ!」


 地球軍側のものとは違い、そのデザインは何とも丸っこい形状で、その飛翔する姿はドレスの裾をはためかせる天女てんしのようだ。


「さて。どれ位腕を上げたか確かめようか。エディも見ているから無様はするなよ。俺が後で吊し上げを食らうからな」


 楽しそうに言うテッド隊長は実はサディストだ。バードは今更ながらに気がついた。だが、そんな事より今は目の前の敵を何とかするのが先決だ。シェルに装備されている戦闘支援コンピューターの作動モードを対空戦闘に切り替え、支援AIには距離優先ではなく危険度優先の先制攻撃許可を与えた。同時に機体制御をマニュアルにしてバードは真っ直ぐに飛んだ。水中を泳ぐシンクロスイマーのように。空中を漂うフェアリーのように。そんなイメージで身体を捻りながらエンジン推力のベクトルを変えていく。

 大気の無い宇宙では彼我距離百キロでも相手がはっきり見える。シリウスのシェルが砲を構え狙いを定めている。恐らく実体弾頭兵器だ。バードは機体肩部のガンランチャーに自動迎撃を命じつつ、危険を無視して真っ直ぐ突っ込んで行った。


「おい! バーディ! 俺より先に死ぬんじゃねー!」

「まだ死んでないから大丈夫!」

「そう言う問題じゃねー!」


 気がつけばバードの背面側にロック機がついた。編隊を組んでそのまま突入した二機はすれ違いざまに五機か六機を撃破した。シリウスのシェルが持つモーターカノンは驚くほど低速で、推定でも毎秒五発か六発程度の射撃能力しかない。驚くほど貧弱な装備なのだが、これで本気で勝てると踏んでいたのだろうか?とバードは首を捻るのだが。


「ジャクソン! そっちへ行ったぜ!」

「オーケー! ヴァルハラへ送ってやるぜ!」


 超高速で飛びつつ狙いを定めたジャクソン機が精密射撃を繰り返し、その都度にシリウスシェルがコントロールを失って金星へ墜落していった。そんなシーンを横目に見つつバードは視界の中に広がる赤い点が散開し包囲するように収束していくのを見ていた。


「三次元包囲運動ね」


 バードの言葉を聞きながら、ロックは次の一手を思案した。恐らくバードは真っ直ぐに飛びながら隙間を探すだろう。性格的にここでちょこまかと機動を変える事は考えにくい。ならば自分は一番近いところに居る奴から対処し、接近してきたシェルは物理的衝撃で破壊するのが肝要だと切り替えた。シェルの背中にマウントしてあった大錘を構え、接近してきたシリウスシェルのコックピット辺りを完全に破壊する。


「ウォリャァ!」


 スレ違いザマの一撃でコックピットを完全に破壊されたシリウスシェルは、そのままの速度で金星へ墜落していった。そんなシーンを見ながらバードは細かく軌道を変えつつ真っ直ぐ飛ぶ事を選択した。きっとロックなら判ってくれる。なんの根拠もなかったのだが、それでもそう確信していた。


 ――モード変更 危険度判定から距離優先 近距離会敵は無視……


 ほぼ思考制御状態になって居る顔の無いシェルの戦闘支援AIだが、それですらもニヤリと笑みを返してきたような錯覚を覚えたバード。接近してきたシリウスシェルの対処を無条件の信頼でロックへ丸投げし、シェルの戦闘AIは中長距離の敵に向かってガトリングガンを撃ち始めた。視界の中に見えるシリウスシェルの輝点は赤や青や黄色に色分けされ、AIはどれを優先するべきかの危険度を表示支援してくれている。


「ロック!」

「判ってるって! まかせとけ!」


 何とも楽しそうに答えたロックだが、その声を聞いたバードも安心して中長距離に居る敵への戦闘射撃開始を決断出来る。ガトリング砲は遠慮無く火を噴き、文字通り火を噴く巨大チェーンソウとなった砲はシリウスシェルを粉砕した。


「おーあたりぃー! よっしゃぁ!」

「おっさんかよ!」


 だが、まだまだシリウスシェルは存在する。背後へ回りかけた敵シェルを目で追いつつ壁際に固定されていたキーボードを引っ張り出し、シェルに6発だけ装備されているAI誘導ミサイルの攻撃対象選別フローを書き換え、目標を視界に浮かぶレッド判定シェルにセットした。同時に飛翔推定範囲を三次元空間指定し、燎機へ誤爆注意の警報を出してからキーボードを壁際に戻す。


「ちょ! ちょっと待てって!」

「データ入力しゅーりょー!」

「はえーよ!」

「当たる方が悪ーい!」


 絶好調モードに入ったバードは一連の動きを僅か5秒ほどで片付け、機体推進モーメントのZ軸方向を基準にダブルスピンを決めた。視界に浮かぶ敵機シェルの座標を把握し、あとはミサイルを発射するだけ。最寄りの位置に居て、尚且つこっちへ注意を払って居ないシェルを中心にミサイルを4発ほど発射した。


「気がはえーんだよ! もっと優雅にやれって!」

「だって何しろ戦争中だよ!」


 アハハと笑いつつもいきなり軌道を変更したバード機は、包囲するべく軌道要素を変更していたシリウスシェルの合流点へ最短手で斬り込んでいった。勿論その脇をロック機が付いて行くのだが、バードは一切遠慮が無い。


 ――モード変更 中距離優先に固定


 戦闘支援AIのケツを叩き、ついでにロックを振り回し、バードはシリウスシェルの行く手を塞ぐように弾幕をばらまいた。三次元運動するシェルだが、相対的な視点からの闘いならば二次元的な解釈でしかない。ガトリング砲弾の到達時間を計算に入れて追い込みの輪を小さくしていくと、シリウスシェルは脱出をあきらめて直線的に急接近を試みる。


「へぁ、やる気なんだ。ロックみたい」

「一つ違うところがあるぜ?」

「なに?」

「アイツは死ぬ。まぁ俺がやるんだけどな」


 コックピットの中で楽しそうに笑ったバードは砲の狙いを変え、仲間のシェルから逃れようと離脱方向に飛ぶシリウスシェル狙った。複数のシェルと同時に追跡しているジョンソンとペイトンのコンビネーションはまさにヴェテランの領域で、相互フォローしつつ敵を逃がさない動きだった。


 ──すごいなぁ……


 僅かな時間ながらも感嘆に耽るバード。その二秒か三秒足らずな油断も、超高速機動を行うシェルにしてみればノンビリ昼寝と同じ事だった。


 ──えっ!


 いきなり目の前に現れたシリウスシェルはバード機に向けモーターカノンを構えている。ロック機は反対方向のすれ違うシリウスシェルを大錘で破壊していて、イカレた声をあげていた。


 ──ヤバい!


 モタモタしている時間はない。彼我距離三千メートル少々の距離も宇宙ならば目の前と言う距離だ。精一杯の毎秒35キロで飛んでいるのだから、一瞬と言うには余りに短すぎる時間だった。

 ガトリング砲を構える時間は無い。ならば機体に直接マウントされたガンランチャーを使うしか無い。最優先照準を射撃管制に割り込ませ、荷電粒子加速器に最大電圧を掛けて構わず乱射した。


 ――当たって!


 だがその願いは虚しく外れる事に成る。漆黒の闇を切り裂いた眩い光りを縫って、シリウスのシェルは最短手での接近を試みていた。真っ直ぐに接近するわけでは無いから多少の時間はあるのだが、それでも死へのカウントダウンが伸びるわけでは無い。


 ――終わった……


 一瞬、直撃弾を覚悟したバード。実際の話としてシェルと言う兵器は攻撃力こそ凄まじいが、機体の持つ防御力は大したことが無い。つまり、手痛い直撃を受ける事が避けられない時には、存在するんだかしないんだか判らない神に祈るしか無い。

 そんなバードの視界の中に、神では無いが神に近い存在が現れた。バード機に気を取られていたらしいシリウスシェルは真横から来た砲弾に全く対処出来ず、胴体部に直撃を受け一気に爆散した。


「バーディー! 油断しすぎだ」


 テッド隊長と共にフォローで飛び回っているリーナーの支援砲撃だった。初速と弾道直進性に優れた88ミリ速射砲の威力は宇宙でも健在だ。


Большое(バリショーエ) спасибо(スパスィーバ)!」


 思わずロシア語が出たバード。暇を見てアリョーシャとリーナーのふたりからロシア語をレクチャーしてもらっているが、咄嗟に出るようになったなら一人前への第一歩だと自画自賛する。


「良い発音だ!」


 リーナーにも褒められつつバードは再び視界の中の敵を探した。油断しないよう全域に目を配るのだが、気がつけば50以上あった輝点反応は全て消失していた。


「ゲームセットか?」

「……たぶん」


 背中側にいるロック機の方を向き、シェルの右手でハイタッチ。そのまま軌道を離していきつつ、テッド隊長機を中心とする編隊の左翼へと付いた。


「よし、30分でこの戦果なら上出来だ。とりあえず帰るとするか」


 隊長機が大きく旋回しハンフリーへ進路を取った頃、バードはやっと一息つくように気を抜いた。コックピットの中で指を折って数えたら、撃墜確実は五機だと思われた。


 ――よしよし 今回は足を引っ張らなかった……


 コックピットの中でムフフとほくそ笑み、そして宙域スキャンの範囲を何気なく最大に切り替えた。視野に機外情報をオーバーレイさせ続けると視神経の負担が大きいから、コックピットの中のモニターに切り替える為だった。


「……なぁ 10時方向になんか嫌なエコーがあるんだけど」


 無線の中にこぼれたジャクソンの声。その声を認識するのとほぼ同時にバードの視界には赤い雲のような輝店の塊が浮かび上がった。その数は推定で100以上。シリウスのシェルキャリアーから発進したらしい攻撃隊だ。


「……さて、もうヒト働きしていくか。全員弾薬を再整理しろ。行くぞ!」


 テッド隊長機が進路を変えたので全員がその進路に従った。接近しつつあるシリウスのシェルは間違いなく先ほどより数が多い。しかし、ここで見過ごせば何処かの国連軍艦艇が酷い事になる筈だ。


「なんかこっちに全く気が付いてないみたいね」

「ECM掛けてはいるが、それにしたっておかしいな」


 バードの率直な疑問にジョンソンも首をかしげた。だが、構わず一気に接近し10キロ付近まで迫った時には、シリウスシェル側が大混乱に陥った。慌てて進路を変更し逃げ出す方向へ舵を切った者。Bチームのシェルに襲いかかろうと進路を変更した者。慌てふためき、僚機と接触してコントロールを失い錐揉みに陥って金星へ墜落したものもいる。


「レプリの兵士にしちゃ無様だな」


 最初の数機を撃墜したライアンは怪訝な声を無線に漏らした。ロックとバードのコンビは相変わらず連携運動を続けながら、バタバタとシリウスシェルを撃墜している。先ほど交戦した50機ほどの編隊はそれなりに良い動きだったのだが、こっちの100機程はまるっきり素人だとバードも思うほどの酷さだ……


「もしかしてこいつらさ」


 無線の中にこぼれたペイトンの声。その声にビルが答える。


「あぁ。おそらくまるっきりの素人だな。初心者訓練中と言うところだ」


 基本的な動きは問題なく出来るのだが、連携戦闘や相互カバーといった部分が全く弱いのだ。後方から追跡されればヨタヨタと逃げ回るだけで、周囲にいる仲間がそれをカバーに行く事は無く、また、一瞬の隙を突いてBチームシェルを攻撃する事も無かった。


「正直、これじゃ七面鳥撃ちだな。訓練にもなりゃしねぇ」


 妙な事をこぼしたダニー。手にしていたガトリング砲を構えながら、動態予測を加え次々とシリウスシェルを撃墜していた。そんなシーンを見るまでも無くバードやロックも次々とシリウスシェルを破壊し続けている。


「なんだか拍子抜け……」

「そういうなって。誰だって最初はレベル1だ」

「だけど……」

「あぁ、敵がレプリでもあんまり良い気分じゃ無いな」

「……うん」


 コックピットの中で上下左右を確かめ近くに居るシリウスシェルを片っ端から攻撃対象にしてガトリング砲を撃ち続けるバード。出撃時点で八千発近い砲弾を持っていたはずだが、気が付けば残り千発を切っていた。

 もっと上手く砲弾を使わないといけない。最小限の射撃で最大の戦果を得るトレーニングだ。こういう部分は場数を踏まないと上手くならないし、自分の手を汚し、危険を冒し、命を敵に晒してやらねば覚えない部分だ。つまり、エディはこれが目的だったんだとバードは気が付く。


「っおい! ダニー! 前! まえぇぇぇ!!!!」


 無線の中に流れた絶叫。叫んだのはビル。同じタイミングでジャクソンとスミスが照準を定め射撃を加えた。だが、その砲弾が着弾する前、シリウスのシェルは手にしていた巨大な鈍器を使ってダニー機の機体中央辺りへ手痛い一撃を加えた。


「ダニー!」


 バードの金切り声が響き、その音に紛れるようにダニーへ手痛い一撃を加えたシリウスシェルへジャクソンとスミスの砲弾が降り注ぐ。幾つもの炸裂閃光が瞬き、シリウスシェルは爆散していった。


「ダニー! 生きてるか!」


 僅かに狼狽しているらしいテッド隊長の声。さすがの隊長も慌てているんだと感じたバードだが、当のダニーは妙に冷静な声だった。


メインフレーム(脊椎)第四ブロックから下が機能停止。リアクターは動いてますが念のためスクラム(緊急停止)を掛けました。サブコン正常です。痛覚は全面カットしたんで問題有りません。シェルに機能的損傷を認めず。戦闘の続行は厳しいですがハンフリーへの帰還は問題ないと思われます」


 さすが医者だ。皆がそう思うなか、ダニーは慌てず騒がず自分ですら部品の一部と割り切った機能評価を行った。徹底した割り切りと客観的な自己評価。こういう部分も見習わねば。そんな風に思うバード。


「よし、とりあえず残敵を全部掃討しろ。生き残りは作るな。面倒が残るだけだ。徹底しておけ。その後でハンフリーへ一旦帰投する。シリウス側も疲れたようだ」


 ふと宙域スキャンを掛けたバード。Bチームの周りからはシリウスシェルがどんどんと消えて行っていた。だが、そんな時、少々離れた場所に一際大きなエコーが浮かび上がった。間違い無くシェル用の母艦だと皆が直感するのだが……


「一旦帰投しての再出撃も面倒だ。ダニー! なんとか離れた場所で待機しろ。リーナー! ダニーのサポートに付け。残りはシェル母艦を叩く。沈めさえすれば安心出来るだろう」


 まだ戦闘空域に残っていたシリウスシェルを撃墜しつつ、テッド隊長は大きく輪を描いてシェル母艦へと進路を取った。その動きには一切の無駄が無く、まるで流れる水のようだとバードは思った。


「艦船攻撃は防御火器をかい潜って装甲の弱いところを叩くのが基本だ。今から手本を見せる。しっかり見ておけ」


 テッド機は急加速をした後、不規則な軌道を描きながらキャリアへと急接近し、至近距離からモーターカノンをたたき込んで螺旋を描きながら離脱する動きを見せた。やはりその一連の動きには全く無駄が無く、また、動作上の逡巡も見られないものだった。


 ――すごい…… やっぱり凄い!


 艦載機を使い潰したキャリアは基本的に裸舟となる。防御的手段が艦載砲しかなく、しかもその能力は余り期待出来るものではない。本来、キャリアの能力は艦載機を飛ばす事にのみ特化されるべきものだからだ。


「しかし、護衛艦艇が見当たらないってどういうことだ?」


 訝しがるライアンやダニー。その種明かしはドリーが行った。


「護衛艦艇は金星の裏側辺りで砲撃戦をやってみんな金星の藻屑って訳さ。一隻だけ脱出できたキャリアーはシェルドライバーのトレーニングしながら逃げ回る算段だったんだろうな」


 何とも同情染みた物言いだが、それでもドリーは遠慮なく突入していってシェルのカタパルトハッチ辺りへ砲弾を叩き込んだ。艦内に残っていたであろう弾薬に誘爆させる事を目論んだその一撃だが、どうも当たり所が悪かったらしい。

 ドリーに続きジョンソンやスミスたちが襲い掛かった。次々と波状攻撃状に突入して行き、防御火器の集中砲火を分散させるのが狙いなのだが、どうもキャリアーの側も真面目に防御する気が無いのか、散発的な対抗措置でしかない。


「なんか変だな」

「あぁ」


 チームメイト達が漏らす声を聞きつつ、何ともやる気の無い迎撃を縫って突入していったバード。エンジン辺りに遠慮なくガトリング砲を撃ち込んだあと、離脱方向へ機体を向けながら後ろを向いて更に砲弾を叩き込み続けた。巨大な船体の後部にあったエンジン部分が突然大爆発し、船体の各所に灯っていた明かりが一斉に消えた。


「どういうことだ??」


 テッド隊長は一気に戦闘増速しブリッジへ急接近していった。その左右をドリーとジョンソンが飛んでいる。ぶ厚い対衝撃ガラスの向こう側をチラリと覗いたバード。最大ズームで確かめたそこには一切の人影が無かった。


「まさか無人じゃ無いだろうな」


 ジョンソンの怪訝な声には警戒感の色が濃い。


「呼びかけてみろ」

「イエッサー」


 全バンドを使ってキャリアーへ呼びかけを行ったジョンソンだが、無線の中にはホワイトノイズが流れるだけだった。散発的な対空火器の発砲があるものの、それですらも段々と下火となり、やがて艦は完全に沈黙してしまった。ふと、幽霊船と言う言葉がバードの頭をよぎった。


「トラップか?」


 ビルはふとそんな言葉を口にした。臨検の為に船内へと入ったのをセンサーが確認して自爆。少なくともシェルキャリアーなのだから戦闘機なりシェルなりで来るだろう。そんな風に誘っておいて、自爆させて艦ごと金星へ墜落させる。

 陰湿かつ大胆な手法だが、こんな時の罠は舞台がデカければデカイほど良い。まさかここまではしないだろう。そう思わせる事が出来れば、トラップは99パーセント成功したにも等しいからだ。だが……


「お! 新手らしい!」


 シェル母艦の小さなハッチが開き、突然10機少々のシェルが発進した。教官役と思しきそのシェルはそれなりに腕が立つらしく、先ほどの大編隊と比べると全く動きの違うシェルばかりだった。


「今度は少しやりそうな連中だな!」


 どこか嬉しそうな声を漏らしたジョンソン。だが、修羅場を幾つも潜ったテッド隊長に率いられるBチームにすれば、あまり面倒な相手ですらなかった。複数連携戦闘を仕掛けられバードやロックらが何度がヒヤリとするシーンもあったのだけど、テッド隊長の的確な指示で窮地を切り抜け返り討ちにしている。


「なかなか良い経験になったな。向こうも良い腕だった」


 ……などと笑うテッド隊長の声が聞こえ、バードはコックピットの中で苦笑いを浮かべた。だが、問題はその後だ。この巨大幽霊船もどきをどうするか。ほっとくわけには行かないし、中に突入するのも歓迎しない。


「ドリー ジャクソン スミス 今開いているハッチからシェルで艦内へ突入してみろ。間違ってもシェルから出るなよ。ビルとペイトンはハッチを抑えておけ。締まりそうになったらハッチごと破壊しろ。ライアン、ロック、バーディー。艦の周辺を警戒し、接近する物があれば問答無用で撃墜しろ」


 各機から『イエッサー』の声が返ってきて、その後に一斉に動き始めた。キャリアーから距離を取って周辺警戒に入ったバードは横目でキャリアを眺めている。

 ドリーを先頭にした3機のシェルは大きく速度を落とし、大きなハッチから艦内へと進入していった。その映像を全員が共有していて、ハンガーデッキを通り抜け艦首部分にある発艦ハッチへ到達しそうになった時、突然その大型ハッチが閉まり始めた。


「やっぱ罠だぜ!」


 ジャクソンは艦内でハッチ部分目掛け射撃を始める。その直後、艦内各所から突然爆発が始まり、ハンガーデッキの中が巨大なミキサーと化した。超高速で飛ぶ弾薬や爆発物の破片がシェルの装甲へと突き刺さった。


「脱出しろ!」


 テッド隊長の声が響くと同時に発艦ハッチの辺りへビルとペイトンが張り付き、ヒンジ部分へガトリング砲をバリバリと撃ち込む。ハッチ自体が艦から剥がれ落ちて金星に落下していくのを見送ると、その艦内からドリー以下3機のシェルが加速しながら脱出してきた。


「あぶねぇ!あぶねえ!」

「畜生! やりやがったな!」


 最後に飛び出したスミスは背面側へ加速しながら艦内へ向けてガトリング砲を撃ち続けた。艦内のアチコチから大爆発が連鎖的にわき起こり、キャリアーは艦首を金星側へと落とし込んで落下を始めた。


「全員無事だな!」


 テッド隊長がBチーム全員を確かめた時、キャリアー中央部から一際大きな爆発が発生した。そして、その爆発の影響で船体が中央部からポキリと折れ曲がり、金星の重力に引っ張られ落下していった。


「よし、帰投する。後ろは振り返るな」


 短くそう指示を出してテッド機が加速していく。その後ろを飛びながら、バードは墜落していくキャリアーを目で追った。パーツをバラ撒きながら崩壊していくシーンに背筋が寒くなる。ふと、視線を泳がせた時、やや離れた場所にロックが飛んでいるのを見つけたのだった。


「酷いね」

「まったくだな」


 背筋の寒気もロックとおしゃべりすれば吹き飛ぶバード。そんな心の変化に本人はまだ余り気付いていない。だが、遠くにハンフリーが見えてきた頃、軌道が安定しなくなり始めたダニーのサポートにロックとついた時、バードは無くなったはずの心臓がドキリとする錯覚を覚えるのだった。

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