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機械仕掛けのバーディー  作者: 陸奥守
第2話 サイボーグ娘はイケメンアンドロイドの夢を見るか?
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バリーズブートキャンプ イン プリーブサマー


「……混んでるね」


 ボソッと呟いたバードの声にライアンが肩を竦めた。

 宇宙船を繋ぐギャングウェイから、続々と少年少女が月面へ降り立っている。

 その数たるや百人や二百人では無く、千人単位での訪問のようだった。


「地球中のお坊ちゃまやお嬢様学校の生徒が修学旅行で来てるからな」

「宇宙軍の基地が警戒態勢上げると来れないからな。チャンスなんだろ」


 どこか楽しそうに言うペイトンは、目が合った女子高生に手を振っている。

 ロックとバードはそれをニヤニヤとしながら眺めていた。


「ペイトンはいつも楽しそうだよね」

「あたりめーよ!人生が辛いなんて感じてたら、ここじゃストレスで死んじまう」


 ヘラヘラと笑いながらペイトンは振り返った。

 四人組で行動中のバード達はウィンドショッピングしつつ、雑踏を抜けてレストランエリアへと入る。通路の左右に夥しい数の飲食店が連なっていて、その猥雑な空気は何処か第三世界のようだ。


「なに喰おうか」


 先頭を歩いていたペイトンが意見を求めた。


「バードはなに食べたい?」


 ライアンが話を振ってきたので、バードは看板をぐるっと見回した。

 地球中からやって来る、ありとあらゆる人種向けに、考え得る限りの店が並ぶ場所だが、その中でバードは小さな鍋の看板を見つけた。


「あそこの看板なにかな?」


 バードが指さした先を皆が見る。

 鍋蓋を浮かせた鍋が湯気を吹き出している看板だった。


「えっと、確かハンバーグ屋だな」

「ハンバーグ??」

「そう」


 思い出したように答えたロックへ、確かめるように聞き返したバード。

 『ふーん』と言う様に楽しそうな表情でニコリと笑う。


「ハンバーグを提案します」









 ―――― 月面 アームストロング宇宙港

       地球標準時間 1230









 一瞬の沈黙。

 その後、ライアンがニヤリと笑ってペイトンを見た。


「ペイトンの予想が外れたな」

「予想外だ!」


 ライアンに続きロックも笑いながら口をとがらせた。

 その姿にペイトンが苦笑いを浮かべた。


「どういうこと?」


 バードは不思議そうにそう聞き返す。

 そんな姿に皆が笑い始めた。


「ライアンがさ『バードはどこ系だ?』って話し始めて、ペイトンが昼飯に誘えば解るって言った訳だよ。だから、俺が呼び出して、バードに昼飯のメニューを選ばせたって訳」


 ニヤニヤと笑うロックが種明かしをした。

 ライアンをチラリと見たペイトンが笑って言う。


「俺の見立てでは日本系か台湾系。だから昼飯でチャイナへ行けば台湾。和食へ行けば日本系。そう思った訳さ。だけどハンバーグってのは意外だったなぁ」


 ――あぁ そう言う事か……


 事態を理解したバードが『さぁ行こう』と促して歩き始めた。

 目指していたお店はそれなりに混雑していたが、たまたま個室に空きが出たので、そこへ陣取る事にした。

 

「しかし、なぜハンバーグなんだ?」


 ロックがいぶかしげに尋ねた。

 ちょっとアンニュイな表情でバードが答える。


「実はね。さっきまで日記を書いてたんだけど、センターで目を覚ました後、最初のシミュレーターで食べたハンバーグを思い出したの」


 あぁ!

 そんな表情を浮かべたライアンとロック。

 ペイトンは少し不思議そうだ。


「するってぇとアレか? バリーズブートキャンプ」


 ロックが確かめるように聞き返す。

 バードはニコリと笑いながら頷いた。


「そう。ブートキャンプ。私は契約前に始めちゃったから、とにかく辛かった」


 ライアンがニヤリと笑う。

 バードも笑った。


「でも、あれはショック療法で実に良いよな。後からブルに絞られたけど、バリーの方がきつかった」


 ライアンがこぼす言葉には、何とも妙な重みがあった。

 きっと酷い目に遭ったんだろう。そんな確信をバードも感じた。


「所で自分の番号何番にした? 俺は129だった」


 ライアンが笑って問いかけた。


「俺んときは246だったな」


 ロックが遠い目をして言う。


「俺はシミュレーター訓練してないからな」


 ペイトンはちょっと遠い目になった。

 それぞれに懐かしがっているのかとも思ったのだけど、どうもそれも違うらしいとバードは気が付く。一瞬の間にあれこれと思考が駆け抜け、自分の経験に照らし合わせてふと気が付く。


 『その前』と『その後』の違い。

 自分の中での変化。


「私は……379番だったな……






 2






「諸君! 海兵隊サイボーグ士官学校への着校おめでとう!」


 広瀬の手で頸椎バスへケーブルを接続した恵が見た物は、暖かく乾いた風が吹き抜ける広大なグラウンドだった。そして、若い男女達が百人かもう少し多い数で集まっていた。


「ここはサイボーグの海兵隊士官を養成する為の学校だ。私はドリルサージェント(訓練指導下士官)のバリーボンズ兵曹長。海兵隊士官見習いの諸君らをこれから私が鍛える! よろしくな!」


 周りの人がいっせいに『ハイ!』と元気よく応えたので、恵も釣られて『ハイ!』と叫んでいた。だが、バリー兵曹長はそんな言葉を無視する様に一方的に喋り続けていた。


「君らはいずれ士官学校へ行く事になる。サイボーグの海兵隊仕官候補生として着校する前に、諸君らへ基礎的な知識を教育する事と気力・体力・精神力を鍛える必要がある。これをプリーブサマーと呼ぶ。だが、実態は兵卒と同じくブートキャンプだ。軍人になる前に、諸君らを一人前のサイボーグへ育て上げる為のブートだ」


 恵は呆気にとられたまま話を聞いていた。

 周囲にいた恵と大して歳の代わらない男女は、胸を張って自信に満ちた表情で訓辞を聞いている。


「そして、このカリキュラムを終了した時、君らは晴れて士官学校へ着校し教育を受ける事になる。私を含めた全ての下士官や兵卒を率いる士官を目指し、厳しい訓練に望む事になる。はっきり言う。君の左右に並ぶ者のうち、どちらかは必ず脱落する。過去何年も行われてきた士官学校の平均卒業率は七十%に満たない」


 軍隊の士官を養成する所へいきなり放り込まれたのだと気が付いて、いよいよ不安が増してきた。そしてふと、広瀬の言葉が耳に蘇ってきた……


『ちょっと手荒なリハビリだ……』


 そうか、これは単なるリハビリだ……と、恵はそう考えるようにして頭の中から不安を押し出す努力をした。だが、やはり、そう簡単に出来ることではない。

 ドリルサージェントのバリーボンズは相変わらず大声で怒鳴っているのだから、それに気圧されているとも言えるのだが。


「だが私は、我々指導教官は絶対に諸君らを見捨てない。君らが自らに課した厳しいハードルを乗り越え、自らに向上する事を望み、己の限界を乗り越える意識と意義を持ち続ける限り、教官は常に君らの味方である。どれ程の困難も必ず乗り越えられる! 数多くの先輩たちがそうで有ったように! 困難に直面し、逃げ出さず立ち向かう勇気を持ち続ける限り、どれ程の失敗も必ず挽回できる!」


 熱い言葉が続いている。

 それを聞きながら恵は気圧され続けていた。


 バリーボンズ兵曹長にも。

 周囲の士官候補生たちの熱気にも。


「そしてこれは絶対に忘れるな! いいか! 復唱しろ!」

「はい!」


 圧倒的迫力に飲み込まれるように、恵はまた大声で叫んでいた。


「君なら出来る! 君達なら出来る! そうだ! 私なら出来る! さぁ!」


「私なら出来る!」「君なら出来る!」「私なら出来る!」「君なら出来る!」

「私なら出来る!」「君なら出来る!」「私なら出来る!」「君なら出来る!」

「私なら出来る!」「君なら出来る!」「私なら出来る!」「君なら出来る!」

「私なら出来る!」


 あらん限りの大声で叫んでいた。

 気が付けば喉が痛かった。

 こんなに大声を出したのは久しぶりだと気が付く。


 これはシミュレーターの中だ。

 ヴァーチャルリアリティの演出だとわかっている筈だ。


 しかし、周りの雰囲気やバリー兵曹長の迫力がそれを気にさせないほどに誤魔化している。紛らわせている。

 恵は自分でも気が付かぬうちに、いま見て聞いて感じている全てが『リアル』だと錯覚していた。


「ヴィクトリー!」


 熱いと言うより暑苦しいテンションでブートキャンプが始まった。

 身長別に再編され、同じ様な身長の者が男女に別れ、五人組グループを作った。


「全ての基本は行軍からだ。隊列を編成しろ。左右をよく見ろ。同じ列、同じ歩調、同じ動きだ。良いか!行くぞ! 前へ進め!」


 一斉に列が動き始め、遅れないように付いていく。

 やがてだんだんと列が乱れ始めバードは僅かに狼狽した。


 左右を見ながら列を乱さないよう努力するが、中々思うようにならない。

 バリー教官は前進していく隊列の真ん中に割って入るようにして立っている。


「貴様! どこを見ている! 歩く事も出来ないのか!」


 まっすぐ歩く人の列の中で、僅かでも進路がずれた人間を見つける役目だと気が付いた。そして、その人物の耳元で大声を張り上げて罵倒している。ビックリして目を丸くしていたら、バリー教官が恵を見た。


「379番! 貴様も列を乱すな! 女でも容赦せんぞ!」

「はい!」


 思わず大声で返事をして遅れない様に列について歩き続けた。

 広い広いグランドを十分くらい歩きつづけた。

 ちょっとだけ足が疲れてきた頃、バリー教官の声が聞こえた。


「全体! 右向け! 右!」


 周囲に居た人がパッと一糸乱れず右へ歩き始めた。

 だけどそんな動きが出来ない恵は、慌てて方向転換しただけだった。


「なんだなんだ! それは!! もう一度! 全体! 右向け! 右!」


 今度は見よう見まねで同じ様な動きをした。

 だけど、再び罵声が降りかかってきた。


「右も向けんアホ揃いか!もう一回だ! 右向け! 右!」


 今度は少しまともになった様な気がした。


「多少マシだが、それで海兵隊員と言えるか! もう一度! 右向け! 右!」


 ――あぁ、脚の使い方が違うんだ

 ――もっとこうピシッと止まってクリッとまわして……


 ふとそんな事を思い、恵はまるでバレリーナのように華麗にターンを決めた。

 再び列の間を縫っていたバリー教官がニヤッと笑っていた。


「379番! やれば出来るじゃ無いか! よろしい!」


 ちょっと満足そうに笑ったら、周りも笑っていた。

 だけど、その次のシーンではバリー教官がすぐ後ろに居た人を怒鳴りつけた。


「訓練中に笑うとはいい度胸だ! 夜まで長いぞ!」


 驚くまもなく、今度は左向け左の号令が掛かった。

 それから気が遠くなるほど、右左へ向きを変える練習し続けた。

 時々全体止まれの号令が聞こえた。

 ふと気が付くと、太陽が頭の真上に来ていた。


「全体駆け足よーい! はじめ!」


 全体列が一斉に走り始めた。

 遅れないように恵は走るのだが、『走る』なんて感覚は本当に久しぶりだった。

 頬を撫でる風が気持ち良くて、思わず笑みがこぼれる。

 髪が風になびき、縦に揺れる視界と躍動感に恵は胸が踊った。


 ――楽しい!


 そのまましばらく走って行くと、グラウンドから砂浜へと隊列は到着した。

 足元には大きな丸太が転がっている。


 『古き佳き伝統』


 そう書かれた太い丸太だ。


「さぁ持ち上げろ! 腰を入れてグッと力を入れて!」


 普通に考えれば持ち上がるわけなど無いサイズだ。

 しかし、手を差し込みグッと力を入れると、難なく丸太は持ち上がった。

 ただ、絶対的重量からふらつくのは仕方が無い。


「真っ直ぐに持ち上げろ! 肩へ下ろすな! さぁ頑張るんだ!」


 あまりの重さに、恵はへこたれそうになる。

 列の先頭にいるからか、少しでも手を下げると重心が前に来て余計に重くなる。


「重いのなんて気のせいだ! 君らの肉体は全て機械で出来ている。自分が限界だと思っても、身体はそれより遥かに力がある! 機械が送ってくる悲鳴なんかに負けるな! 機械を支配下に置け! さぁ頑張れ! どうした!」


 フラフラとしながらも丸太を担いで砂浜を走った。

 不思議と息が切れる事は一切無かった。


 二時間近く丸太で搾られたのだが、ブートキャンプは続行される。

 丸太を抱えたまま走るコースには幾つも障害があって、協力しないと突破できない構造になっている。20近いチームが走り続けている。


 段差や階段や登り坂。

 泥沼や砂場。

 とにかく、邪魔をしてやろうと悪意の思いつく限りの障害が用意されている。

 泥沼にはまってバランスを崩し丸太を泥沼に落としたチームが見えた。

 バリー兵曹長の罵声が飛んだ。


「どうした! ままごとなら帰ってやれ!」


 いや、罵声ではなく励ましなんだと恵は考えた。

 長年の入院経験が、恵の精神構造を少々歪なものにしていた。

 同じ様な歳の女の子と自然に声を掛け合って泥沼を突破する。

 回りもサイボーグだから遠慮は無い。


 荷物を牽き続けて走ると、一緒に走っていた子がガクッと膝を突いた。

 頭を振って頑張るのだけど、なぜか全く動けない。


「どうした! 寝るには早いぞ! 目を覚ましてエナジードリンクを補給しろ!」


 ――え?

 ――なにそれ??


 話を飲み込めない恵の隣、一緒に走っていたチームメイトが服のポケットに入っているアンプルを飲み込んでいる。

 なるほどこうすればと気がついて恵も飲み込んだ。全く味を感じなかった。

 五人の班員がみんなそれぞれに飲んでエネルギー補給だ。

 ちょっと落ち着いて笑みがこぼれる。

 

 しかし……


「どうした! 遊んでるつもりか! 真面目にやれ!」


 またまた熱い発破を掛けられた。

 続々と各班が電源切れになってエナジードリンクを補給している。

 そんな中をゴボウ抜きに抜いて二位まで順位を上げたのだけど。


「二位か。残念だったな! 二位とはなんだ?」


 ――え?


 恵は言葉が出なかった。

 班の中に居た他の子も言葉が無い。

 返答出来ず困っていると、バリー兵曹長は一人ずつ指差しながら言った。


「いいか! 二位は負けだ! 二位は負けの一番だ! 一位だけが勝だ!」


 不思議そうな表情を浮かべた恵。

 兵曹長の言葉は遠慮なく続いた。


「勝った者だけが報われる! 勝った者だけが生き残れる! 負けとは死ぬことだ! 死ぬんじゃない!」


 凄い剣幕で言うだけ言ってから、兵曹長は他の班にも発破を掛けて歩いている。

 遠くから最後の班が走ってきた。二つの班がデッドヒートを繰り広げている。

 その間に立って、熱いテンションで声を掛け続けている。

 

「どうした! 気を抜くな!」


 全くの素人を兵士に育て上げる為の訓練なんだと恵は気が付いた。

 戦場で死なない為にはどうすれば良いかと言うのを教えている。


「どうした! これは戦闘だ! これは戦争だ!」


 競り合っていた班のうち、片方がガクリと膝を付いた。

 眺めていた恵は、、そろそろ限界なんだろうと思った。


「どうした! 負けるな! 勝つんだ!」


 アンプルを飲み込んで立ち上がったのだけど、やはり速度には乗ってない。

 必死の形相で前進しているのだけど、もう間に合わないのは自明の理だ。


「君なら出来る! 自信を持て! ゆっくりでもいい! 続けるんだ! 自分に負けるな!」


 気が付けば日が暮れはじめていた。

 真っ赤な太陽が遠くの山並みの向こうへ消えつつあった。

 どこからともなく暗闇の冷たい空気がやってきて、急激に気温が下がり寒くなり始めつつあった。

 サイボーグでも寒いのかと、自分で自分に驚いた。


「どうした! まだまだ終わりじゃ無いぞ! 勝つまでが戦争だ!」


 最後の班がゴールへたどり着いた。

 恵の班より五十分以上も遅かった。


「最初に到着した班は五十分も時間の余裕がある!その間にリアクターが発電し電源を回復できる! 敵はこっちの電源切れなど待ってくれない。むしろ好機と二倍三倍で攻撃してくる! だから頑張れ! 良いか!」


 思わず『はい!』と応えた。

 気が付くと完全に陽が暮れて真っ暗になった。


 遠くに建物の明かりが見えた。

 何か本能的に宿舎だと思ったけど、そこへ行くにはどうやっていいのか、もう頭が回らなくなっていた。

 要するに、精神的にも脳自体も、クタクタに疲れ果てていた。


 そんな中、どこからか急に現れた別の教官がパウチされたレーション(戦闘糧食)を配り始めた。

 パックを開けたら、中にはハンバーグとコーン入りのポテトサラダが入っていた。


「立ったまま上手く食べるんだ。座ってしまうと立てなくなる。士官は兵卒に手本を示さねばならない。どんな時も無様な振る舞いはするな。常に優雅に。常に泰然と振舞うんだ。そうすれば自然と尊敬を集めるようになる」


 フォークを上手く使って口へ運んだ。

 物を食べると言う行為は、おそらく三年ぶりくらいだと気が付いた。


 不思議な味を感じた。

 美味しいとか不味いとかではなく、物を食べる嬉しさに震えた。


「食べながら聞け。海兵隊は宇宙のありとあらゆる所へ向かう。我々の信念と法と秩序を乱す者に鉄槌を下すためだ。その為に宇宙軍は諸君らを必要としている。諸君らの目指す宇宙軍は地球人類一番の猛者揃いだ!」


 話を聞いていた恵は、話も半分にハンバーグの美味しさに酔った。

 物を食べると言う事がこれ程までに楽しい事なのかと驚いた。


「よーし! 今度はこれだ! 一人一つずつこれを背負え!」


 大きく『FREAD』と書かれた人の形の錘。


「これは諸君らの部下だった兵士だ。一緒に戦った仲間の成れの果てだ。今は物言わぬただの死体だ。しかし、仲間の家族が帰還を待っている。担いで帰ってやろう。部下の為に。部下の家族の為に。これも士官の義務だ」


 中にタップリ砂が入っていてズッシリと重い。

 人形の股へ腕を差し込んで、肩に担ぐようにして背負う。


「部下を見捨てるな! 何があっても仲間を見捨てるな! 戦友を背負って走れ!」


 相変わらずバリー兵曹長が大声で発破を掛け続けているのが怖いくらいだ。

 バリー兵曹長は突然走り始めた。

 皆がそれにつられて走り始めたので、とりあえず自分もついていった。


 どこを走っているのか分からなかったが、気が付けば、遠くに見えた宿舎の近くまで来ていた。

 そして、暖かな明かりが漏れる宿舎の周りを延々と走り続けた。

 とにかく飽きるまで走り続け、もう頭がマトモじゃなくなってボーっとし始めた頃、先頭で走り続けたバリー兵曹長がやっと立ち止まった。恵の目の前に大きな鐘があった。


「もう無理だと。自分には無理だと諦めたものはここへ来い。この鐘を3度鳴らして退場だ」


 よく見ると大きな鐘には『惨めな負け犬の無様な泣き声』と書かれている。


「さぁ 誰か鳴らすか?」


 とこからか男性が歩み出て鐘を鳴らした。


「もう無理です」


 ふと『こんな人居たかな?』と恵は思った。

 今度は線の細い女性が歩み出た。驚くほどスリムな人だった。


「私も無理です!」


 何人か歩み出て、続々と鐘がなった。

 そうか、諦めても良いのかと恵は思った。


 つい先日まで病人だった自分が、なんでこんな事をやってるんだろう?

 そんな疑念が浮かぶと、人間の精神は用意に崩れ去ってしまう。


 もういい。

 もうやめよう。

 我慢できず自分もやめようと、恵が足を踏みだしかけた時だった。


「残りは続行を決断だな。よろしい! よく頑張った!」


 また暑苦しい発破が来た。


「ブート初日はこれで終了とする! まだまだブートカリキュラムは続く。これからも頑張って欲しい。以上だ!」


 暑苦しい訓示が終わった直後。

 食事をしていた士官候補生が手を止めて叫んだ。


「指導教官! 有り難うございました!」


 ――あぁ、これで終わりなのか



 そう思って気を抜いたら疲労で朦朧感が強くなりフッと意識を失った。

 視界がブラックアウトして、そして気が付いたら再び広瀬の顔があった。




 ■ ■ ■ ■ ■ 




「そのハンバーグは美味(うま)かった?」


 モゴモゴとハンバーグを頬張るロックがまるでリスのようだ。

 口一杯にハンバーグを詰め込んでモソモソと咀嚼している。


「ちょっとそれ、お行儀悪い」


 上目遣いでバードは笑った。

 その仕草にペイトンもライアンも笑っている。


「そう言えば俺も喰ったな。パウチレーション。だけど……」


 ライアンが腕を組んで考えている。


「俺が喰ったのはチキンサンドかなんかだ」

「へぇ。個人差があるんだな。俺は握り飯だったぜ」


 ライアンの言葉にロックが相槌を打った。

 だけど、ペイトンがロックを指差して笑う。


「そりゃジャパニーズ(日本人)なら握り飯だろ」


 その指摘にロックも笑った。


「だな。間違いねーや」


 ヘラヘラと笑っていたロックだが、急に真面目な顔になってバードを見た。

 ライアンもペイトンも同じ様にしてバードを見た。

 何を聞きたいのか、言うまでも無くバードも理解している。


「私も日本人だよ。ロックと同じ。東京生まれの東京育ち。ただ、サイボーグ化前はちょっと違ったところに居たけど」


 スパッと言い切って笑ったバード。

 ライアンがニヤリと笑ってペイトンを見た。


「なぁ、ペイトン。約束は……守るよな?」

「仕方ねぇ。まぁ、予想が外れたしな」


 え? 何の話?

 そんな言葉が顔に書いてあるバード。


「今日の払いは俺持ちだ。俺は台湾系。ライアンが日本系で賭けたんだよ」


 ペイトンがあっけらかんと笑った。


「ほんとに奢りなの? やった! 昨日のアレでガッツリ取られたから」


 バードが手を叩いて喜ぶ。

 ロックもライアンも笑う。

 もちろんペイトンも笑う。


「で、ブートキャンプは後何やった?」


 ライアンが話の続きをせがんだ。


「私?」


 バードが不思議そうにしている。

 ロックもライアンもペイトンまでもが興味津々といった顔だ。


「後は、シミュレーターのスクールでアプリのインストールとか構造学とか、有機転換リアクターの制御に関する基礎理論とか。あ、あと栄養学と語学力の向上プログラムは徹底してやったよ。なんせ学校にはまともに行ってなかったから、士官学校入校前に追いつかなきゃ成らない事があまりに多くて大変だった。セーラー服着て毎日毎日プリーブサマーやってたよ。とにかく英語漬けの生活をシミュレーターで二年分やって、サイボーグ五日目には、頭のなか英語で考えてた」


 デザートに付いてきたアイスクリームを舐めながら、バードはカラカラと笑う。


「俺がやったのと微妙に違うな」


 不思議そうに聞いていたロック。

 ペイトンも頷いている。


「バードの実年齢幾つだ? アジア系は若く見えるから」


 ライアンが小声で聞いてきた。

 女性に年齢を聞くのは結構勇気が必要な事だけど。


「内緒だよ? 実は十九歳」


 はっきりと言い切ったバードの言葉に、皆が納得したような表情を浮かべた。


「なるほど。つまりあれだ。基本的な学力じゃなくて修学経験の差だ」

「だな。おれは大卒で博士号持ちだけど、結局海兵隊だしな」


 ペイトンはライアンと顔を見合わせて言葉を交わした。

 ロックはちょっと首を傾げているのだが。


「つくづくと人それぞれなんだな」

「だね。ただ、私は特殊だと思うけど」


 アイスまで食べ終わってから口元を綺麗に拭いたバード。

 その仕草が可愛いのか、皆がじっと見ていた。


「所でバードは契約前にブートキャンプって言ったな」

「そうだよ? やっぱ変でしょ?」

「いや、実は俺もそうなんだ」


 ロックが深刻そうな顔で告白した。


「俺はさ、半分死んでる状態でセンターへ行ったから」

「へぇ。その話は初めて聞いたな」


 ライアンが驚くような表情を浮かべた。


「結局このメンツはアレだからな。宇宙軍サイボーグのスカウト組だからな」


 ペイトンの一言にバードは驚きの表情を浮かべた。


「スカウトされてここに来たのは私だけじゃ無いんだ。初めて知った」


 新鮮な驚きのバード。

 ロックもライアンも笑いつつ頷いていた。


「そろそろここもランチ終了だろ。河岸を変えようぜ」


 ペイトンが伝票を持って立ち上がった。

 気が付けば店内には客の姿が無かった。


 ――――ありがとうございました


 妙に事務的な声が耳に残る。


「長居しちゃったね」

「次は長居しても煙たがられない場所へ行こう」


 民間向けエリアを歩きながら、バードは周囲を楽しそうに見続けるのだった。


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