◆ 庭〜In the Box〜 ◆
きっかけは些細なことだった。朝起きて鏡を見たときに、ふと思ったんだ。
「―――俺って、こんな顔だったっけ?」
顔だけじゃない。髪型も服装も、身長や体重でさえ昨日と違う気がする。
最初は勘違いでも、いくつか見つけるとそれは明確な違いだった。紙にインクが染み込むように、一つの原因が波紋となり多くの差異に気がついた。
これは、単なる『俺』の勘違いなのか―――?
◆
仕事から帰ってきて、いつも通り調理をし、シャワーを浴び、テレビを見て―――。何もかもいつも通りだ。
朝の違和感は本当に気のせいだったのかもしれない。昔撮った写真にも今の『僕』の顔が写ってたし。
「――!?いつから『俺』は自分のことを『僕』と言っていたんだ!?」
必死になって今日の記憶を巻き戻していく。
朝はまだ。仕事中も、帰り道に友人と話していたときも。となると―――
「家に入ってから、か」
よく見れば家の内装も変わっている。壁紙の色だって変わってるのに、何で気づけなかったんだ!!
『何を言ってるんだ?僕は白色が好きだったろ』
いきなり、声がした。一瞬、壁からかと思ったが、それは俺の頭の中からしたのだ。
「止めろ!俺はそんなもの知らない!!」
『ベージュ色なんて、僕がもっとも嫌ってるものだったろ?』
「違う!俺は――」
チガウ
「――――おれ、は」
モトニモドレヨ
「―――――お、れ――――は」
いいカゲンもトニもどレヨ
「―――――――――――――――ぼ――く、は」
そうして、『俺』の意識は闇に埋もれていった。おそらく、もう二度と戻ることはないのだろう。
◆
「所長、130−Xの記憶修正の件ですが――」
「どうなった?」
「はい、無事に修正できました。しかし、これからは用心すべきかと」
「異常は拡散する、か」
「えぇ。では、これからワクチンプログラムの製作に取り掛かりたいのですが、よろしいですか?」
「あぁ。許可しよう」
「しかし、所長もすごい事を考え付きますね。自分たちの悪性を箱の中に閉じ込めるなんて。おかげで、こちらの世界は争いもなく、毎日が平和ですね」
「ふっ。だが、それももう終わりかもしれないな」
「――?」
「私はこの箱を作るときに、パンドラの箱をモチーフにしたんだ。そうすれば、私たちがこの箱の中身を外に漏らしても、中に希望が残るからな」
「ハイ、その話は存じておりますが――?」
「今回異常が出たのは、希望が詰まっていた箇所だ。つまり、その部分が壊れかけているということだ」
「じゃあ――!」
「そうだ。いずれ希望はなくなり、箱を開ければ絶望しかない。今の世界と真逆になるわけだ」
「じゃあ、今のうちに何とかしなければ――!」
「無駄だよ。本来、異常が出ないはずの箇所で異常が出たということは、箱の設計が根本的に間違っていたんだ」
「な―――!!」
「だが、今から探せばまだ道はあるのかもしれない。さぁ、解決策を考えよう」
「ハイ」
そうして、研究者らしき二人は部屋から出て行き、扉を閉じた。この二人は、自分たちも箱の中の住人だということに、まだ気づいていないらしい。どうやら異常はなさそうだ。そうして、私はさっきの二人が『入っていた』箱のふたを閉じた。
初めての短編です。なんとなく思いついたので書いてみました。
感想いただければありがたいです。