サンタさんとトナカイさんのクリスマス
雪が降っていた。
空から降る雪は、真冬の低気温によって溶けることなくアスファルトの上に積み重なり真っ白な絨毯を作っていた。
私のはいているブーツの脚の付け根辺りまで埋めていることから、本日の雪の降りようがどれだけのものか分かる。
そんな中私の目の前で、私と年のころが同じくらいの少年が積み重なった雪の上に寝転がっていた。冷たい雪の上に彼は仰向けに寝転がっている。
それはすべて私の所為だ。
発端自体は彼の付与否言葉であるが、今の状況に追い込んだのは私である。
「ば……か」
私は寒さとは別の理由で、喉から震える声を絞り出した。
仰向けに寝転がる少年は何も言わない。押し黙ったまま、じっと私の耳に声を傾けている。
寒空の下降る雪は、私の目尻にそっと触れ体温により溶ける。そのまま頬を滑り落ち、まるで涙を流しているように見えた。
私は泣いていた。
心の中で。
◇◇◇
日本に初めて紹介されたサンタクロースは、誰もが思い浮かぶような恰好をしていなかった。いや、性格には似たような恰好はしていたけれど、日本人らしい解釈がなされていた。
『三太九郎』と呼ばれる名で紹介され、赤い洋服などではなく和服を着ていた。そして手にはクリスマスツリーを何故か持っている。さらにトナカイを連れているのではなく、ロバを連れていた。
北国のおじいさんを思い浮かべてもらうと、イメージがわきやすいと思う。
ずいぶんと今のサンタクロースとトナカイとのイメージからかけ離れている。
まあ、日本人の最大の武器は異文化を自分たちの解釈に置き換え、新しく造りかえる事らしい。とはいっても、そのサンタクロースもトナカイも今では長年の刷り込みで世界共通の姿形に落ち着いている。
しかしだ。
実際のサンタクロースとトナカイと言うのはみんなが思い描く物じゃない。
では実際のサンタクロースとトナカイの正体とは?
「いやさ、前々から思ってたけどさ。サンタって完全に不法侵入だよな。だって人んちに勝手に上り込んでんだぜ」
放課後の誰もいない教室で、男子生徒が私に話し掛けてきた。
本を読みながら私もそう思う。
何も言わず子供の部屋に置かれて何時靴下にプレゼントを入れるさりげない優しさが美学だと、昔おじいちゃんが言っていた。
分からないでもないことだけど、プレゼントを入れるためにわざわざ不法侵入するというのは毎回どうかと思われる。いやまあ、宅急便で配達するというのは中々シュールすぎて面白いとは思うけど、子供の夢を壊してしまいそうで胸が痛くなる。
「それ以前に最近の家庭ってのは防犯装置を設置してるからよ、プレゼントが欲しいのかどうかわからないよな」
それも同感だ。
最近の過程はやたらとセキュリティが堅固だと思う。それでプレゼントを要求するのだから、無茶も良い所だ。
「でさ、雪菜。俺の話を聞いてるのか?」
「え? あーうん、聞いてる聞いてる」
というものの私――真白雪菜の声は実に事務的なもので、適当に受け流していた。
今の私は右から左へ聞き流しながら、学校の机の上に開いた雑誌のページに目を走らせている。
目の前に座る少年――伊丹鹿熊は眉を動かしながら、私を睨んでいた。
「お前さ、絶対に俺の話を聞いてないだろう」
「いやーそんなことないよー」
「口調が明らかに棒読みだ。ちゃんと俺の話を聞けよ」
ああ、面倒くさい。
顔を上げ、机に頬杖を突く私は本気でそう思った。
「おい、露骨に面倒くさそうな顔をすんな! ほら言葉のキャッチボールをしようぜ!」
「あ、ボールを弾いちゃった。キャッチボールはこれで終わりね」
「面倒だからって適当に終わらすな!」
「あーはいはい、聞いてあげるわよ馬鹿熊」
「キャッチボールですよね⁉ いきなり何剛速球投げてきてんの」
鹿熊は机を両手で叩く。
私は先ほど以上に面倒だと思いながら、大きなため息を吐く。そして、渋々――本当に渋々鹿熊との雑談に花を咲かせることにした。
「で、なに? 用件をさっさと言いなさいよ」
「もう、隠しもせずに俺との会話が面倒だってことをアピールしてるな。せめて、隠れてやってくれないか。心が痛む」
「いやー陰湿に陰でこそこそと言ったら言ったらで、ダメージが大きいわよ」
いじめというのは陰でこそこそやるからこそ相手の心に刻む傷が大きいのだ。いじめられたことはないけれど、それくらいは察しが付く。
それ比べて真正面から――尚且つ、相手の目の前で悪口を言っている私はまだ優しい方だ。
とはいっても、それが相手にとったらどう映るのかは分からない。評価を下すのは自分ではなく、いつも周りの人物なのだから。
「悪かった。ちゃんと本題を話すからもう止めてくれ」
「安心しなさい。そろそろ私も面倒になっていたから」
あっそ、と彼は呟いて話し始める。
「今年のサンタのお前とトナカイの俺が配る範囲ってどこだ?」
「……、」
そうサンタとトナカイと言うのは案外近くにいるものだ。
私は紛れもないサンタだ。
眼の前の鹿熊はトナカイだ。
そして私と鹿熊はコンビだ。
サンタである私は別にいいとして、トナカイが人間というのはどういうことだと疑問に思うかもしれない。
しかしサンタとトナカイの由来となったと言われているのは人間なのだ。故にトナカイが人間であるというのは、何ら不思議なことではないのだ。
「アンタねえ、それ昨日の会議で話したでしょ! アンタもいて聞いてたんじゃないの!?」
「すみません、寝てました」
「バカァッ‼」
私は怒りに任せて鹿熊を殴った。
奇妙な音が響いたけど、私はそれを悪いと思わなかった。腰に手を当て、鼻を鳴らして鹿熊を見る。
「あの……すみません。すごく痛いんですけど」
「そういう風にしたからね! まったく、重要な会議をしているってのに、寝てるってどういうことよ!?」
私はまた殴りたくなって拳を強く握る。その様を見て鹿熊は慌てて、
「まてまて、責任を持ってるからこうやって聞いてるんだけど」
「責任があるならちゃんと聞きなさいよ!」
「はい、仰る通りですね。すみません」
鹿熊は私をなるべくこれ以上怒らせない程度に、謝罪の言葉を述べてくる。私はため息で怒りを堪え、雑誌に目を移す。
私が見ている雑誌は冬用のアイテムが載ったものだ。
紙を捲り商品を見ていると、あるページで紙を捲る手が止まった。そのページはマフラー特集で、私と同年代の子が様々なマフラーを巻いている。そして私はあるマフラーに目が止まっていた。
「なんだ、そのピンクとクリーム色のしましま柄のが良いのか」
「……何で分かんのよ?」
不機嫌な声で私は尋ねる。
鹿熊は気取ったりもせず、珍しく真面目な表情で答えた。
「雪菜は色々と顔に出やすいんだよ」
私は口をへの字に曲げ、眉間に眉を寄せる。
鹿熊にそんなことを言われるのは色々と屈辱だ。へらへらしていて、ふざけている鹿熊なんかに見破られるのは悔しい。
「ちなみに俺はこれが良いな」
鹿熊が選んだものは赤とクリーム色のチェック柄のものだった。私は目を細め、頬を膨らませる。
「なんか被ってる」
「しましまとチェックは全然違うぞ」
「でも色が被ってる気がする」
「ピンクと赤は違うぞ」
「馬鹿‼」
私は鹿熊の弁慶を蹴り、バッグを持って帰った。
◇◇◇
「なに、まーた鹿熊くんと喧嘩をしたの?」
帰るや否や私の不機嫌顔を見て、お母さんはそんなことを言ってきた。
私は眉間に眉を寄せ、口をへの字に曲げる。そんな私の表情を見てもお母さんは表情をピクリとも変えず、いつも絶やさず浮かべている穏やかな笑みのままちょうど沸かしていた牛乳を使ってココアを作った。そして作ったそれを、私がいつも椅子の前に置く。
私は不機嫌なまま椅子に座り、それを飲んだ。
牛乳のほのかな甘みがココアの味に深みを持たせていた。そして冷たい風によって冷やされた体を温めてくれる。
素直に美味しいと思う。
お母さんは自分のを作って私の目の前に座り込んだ。私と同じく美味しそうに一口の飲むと、カップをテーブルの上に置いた。そして、私の顔を見据えてきた。
「なに?」
「特に何もないわよ。ただ、雪菜は色々と顔に出やすいって思っただけよ」
ニコニコとした笑みを浮かべたまま、娘の弱点を言うのは中々性格が悪いと思える。しかし、それ以上に私は気になることがあった。
「……鹿熊と同じことを言ってる」
そんなに私は顔に出やすいだろうか。
自分では思っていることや考えていることが出やすいとは思わない。二人の間に共通の見分け方があるだとしか思えない。
「別に見分け方があるとかじゃないわよ。貴方は単純なのよ」
「なっ私は単純じゃないよ。単純なのは鹿熊だけよ」
鹿熊には失礼かもしれないが、アイツほど単純な人間を私は知らない。思ってることや考えていることがすぐに口に出るし、それに馬鹿だし。
だから、私が単純なわけがない。
「そうかしらね? あの子はあの子でいろいろ考えていると思うわよ。それに、案外しっかりしてるしね」
「しっかりって……いつも、へらへらしてるだけだよ」
いつもイライラさせられて仕方がない。
まだ湯気の立つココアを飲みながら、心の内でそう断言する。
確かに何を考えているのか分からない節はあるけれど、予想の範疇を越えるようなことはない。単純だからだ。
しかし、お母さんはまた一口だけココアを飲むと、口を開いた。
「それは雪菜のためにやってるからでしょ。貴方はサンタの使命とか誇りにばっかり大事にしすぎているから」
「どういう意味?」
私は半ば怒りながら尋ねた。
私のためだとか大事にしていることとか、それがどういう風に繋がっているのかちんぷんかんぷんだ。
「それが分からないのなら、雪菜もまだまだねえ」
「なんか腹立つ」
「ええ、だってそう言う風に言ってるもの。まあ、本題はあなたに自覚がないってことだけどね」
何の自覚がないのか。考えても全く分からないことだけど、正直腹が立つだけでどう出ても良かった。
「まあ、何をどうするのもあなた次第よ。ところでだけど、もうすぐクリスマスね」
「サンタである私たちにとっては仕事の日だけどね」
私の言葉に母は苦笑しながら言葉を紡ぐ。
「ええ、そうね。けれど、私たちも立派な普通の人間よね。もう、友達に送るプレゼントは決めた?」
「クリスマスパーティーにも行けないのに、プレゼントなんて考えてないよ」
「だったら、鹿熊くんには? あの子は嫌でも会うから考えてるの?」
「考えてないよ。アイツに送る物を考えるだけ時間の無駄だよ」
「でも、お互い付き合いが長いんだから何か送ったらいいじゃない」
確かに付き合いが長い。それはもちろん仕事が絡んでるからであって、別に好き好んでアイツと一緒にいるわけじゃない。
仕方がなくだ。
そう仕方がなく。
「何でアイツを私と組ませたの? アイツ仕事は不真面目だし。口から出る言葉は全部皮肉だし。もう苛々して仕方がないのよ。コンビを解消してよ!」
要求と共に私は愚痴を零す。その愚痴をお母さんは全部苦笑いを浮かばせながら、右から左へと流した。
まったく、腹が立つ。サンタの仕事に支障をきたしかねないのに、それを流し毀棄するのだから。
思えばお母さんも鹿熊と似たようなところがある気がする。何と言うか人を振り回すのが生きがいのようにしている気がしてならない。
「さっきも言ったけど、鹿熊くんほどあなたの動いてあげられる子はいないと思うわ。だから、あなたと組ませたの」
「そんなわけないよ。アイツはただの馬鹿だから」
反論の言葉に、何故だかお母さんは微笑を浮かべる。
そして、でもね、と呟いた。
「馬鹿でも犬猿の仲でも、そこに繋がりがあるのなら礼儀は必要よ。だから、何でもいいからプレゼントを渡してあげなさい」
先程は違い、穏やかな――実に母親らしい笑みを浮かべ、お母さんは言った。
私はすっかり冷めたココアを一気に飲み干し、カップをテーブルに置く。部屋に戻るために椅子から腰を浮かせ、二階へ上がるための階段の下へ歩を進めた。
そして、階段を二段ほど上った所で、
「考えとく」
と小さな声で短く答えた。
◇◇◇
「なあ、寒くないのか?」
クリスマス当日。
寒空の下、コンビである鹿熊に身なりついて尋ねられた。
私の身なりはというと、全世界共通の赤い洋服――であるものの、凍えるような気温の中短いスカートをはいていた。鹿熊に尋ねられても仕方がない格好だ。
正直、私自身何でこんな恰好をしているのかという疑問を浮かべなくもないが、これはお母さんに押し付けられたものである。
「し、仕方がないじゃない‼ お母さんがこれ渡してきたんだから‼」
「いや、だからってなあ……」
いくら赤福がサンタの正装とはいっても、さすがにこれはとでも思っているのだろう。私もそうだと思う。
「そう言うアンタこそ! 人のことが言えるの!」
「俺についても深くは聞くな」
鹿熊の格好も私と同じで奇抜、というか度が過ぎていた。
というのも彼の格好はトナカイの着ぐるみを着ているのだ。顔だけは出ているけれど、どう見ても少しやり過ぎな気がする。
「ウチも親がな。まあ、お互い傷口を抉るのはやめようぜ」
「うん」
滅多に鹿熊の意見を採用することはないのだけれど、今は素直に頷いておく。というのもこんな寒い中、ミニスカとトナカイの格好をしたまま喧嘩をすることがばかばかしいからだ。
「さてと、配りましょうか」
「おう」
私と鹿熊は手を握る。
これからプレゼントを配ろうというのに、何をしているんだと思うかもしれない。けれど、これには大きな意味がある。
「おお」
「まずはどこからだ?」
トナカイの力は空を飛ぶことだ。
なんでそんな力を持っていることは分からないけど、プレゼントを配る為に馬鹿正直に歩いて回っていたら全部は回りきれない。そのためこうやって手を繋いで私も含め、各地を飛んで動き回るという訳だ。
私は足を浮かせ、最初の目的地へと向かった。
「ここか」
「うん」
私たちの目の前には一般的な民家が立っていた。両隣にも似たような感じの家があり、屋根には同じように雪がうっすらと海重なっている。
「そして俺たちはこれから不法侵入ってわけか」
「サンタの宿命よ。ほら、屋根に降ろして」
足を滑らせない様に屋根の上に降り立つと、きっちりと閉まっている窓に触れる。するとカチャという音が鳴り、横に引くと閉まっているはずの窓はあっさりと開いた。
「毎回思うけどサンタの力ってさ、世に出回ってたら大変だよな」
「そんなこと言うなら、トナカイだって犯罪に転用されるわよ」
「確かに」
鹿熊は苦笑いながら呟いた。
その隣で私は、よくもまあこの力が正しい方向に使われているなあと思った。
「さてと、起きられたら困るから早くプレゼントを置いて行きましょ」
「そうだな」
私は背負うようにして運んでいた大きな袋からこの家の子が欲しがっていたプレゼントをそっと置いた。窓に触れ窓を閉め、再び鹿熊の手を握って右隣の家に移動した。
そして同じように屋根の上に降り立った瞬間、
「あっ!?」
私は気を付けていたのにも拘らず足を滑らせた。庭に落ちそうになった私の手を鹿熊が握り助けてくれた。
「ったく、気を付けろよな。大丈夫か」
「う、うん。ありがとう」
鹿熊の手に引っ張れながら私はバランスを取り戻す。
そこで私はふとあることに気が付いた。今まであまり考えなかったけど、私の手を握る鹿熊の手が温かいことに。
別に可笑しなことなんてないのかもしれない。けれどいつもへらへらして、本音の見えない奴なのだから、きっともっと冷たいと思っていた。
でも実際は温かった。
優しい温もりがあった。
「どうした? なんか顔色が悪いぞ」
「べ、別に何でもないわよ! ほらプレゼントを置いたら行くわよ」
「ああ……分かった」
私は窓に触れ開くと、プレゼントを音を立てないようゆっくりと置いた。再び閉めると、空を飛んで移動する。その時の私は珍しく名も知らない感情に揺らされていた。
◇◇◇
プレゼント配りの中、私と鹿熊は公園で少し休憩することにした。
冷えた体を自動販売機から買ったココアを飲み、少し体を温める。鹿熊もコーヒーで体を温めている。
「寒いなあ」
「全身着ぐるみ姿のアンタに言われたくないわよ」
「意外と寒いんだぞ。長時間着てみて分かったんだが、防寒装備らしいものがないらしい。さっきから足が冷たくて敵わん」
凍えた顔で言われ、嘘ではない事が分かった。
私は缶の淵に口をつけ、ココアを飲み干す。
「それでもがんばらないといけないでしょ」
「まあな」
「だったら、もう行きましょ! あとは街の端の方を配ったら終わりだから」
私の言葉に鹿熊は心底嫌そうな顔をしてみせる。
「えー、もう少し休んでいこうぜ」
「何言ってんのよ! サンタとしての責務をしっかりとこなさなきゃ!」
「くっだらねえ。サンタの責務とか」
「えっ!?」
意気込む私に対して、コーヒーを飲みながら鹿熊ははっきりと言った。
私は驚いたまま動けず、じっと鹿熊の顔を見る。
「責務がどうとか、そんなくだらないことはどうだって良いんだよ」
「……、」
「サンタやトナカイにそれ以上に大事なことがあるんだよ」
鹿熊は迷いもせずに言う。
それも誇りや責務を大切に思っている私の前で。
鹿熊は堂々と言い放った。
「ねえ……それ本気で言ってるの?」
「ああ」
「――ッ!」
次の瞬間。私が一体何をどうしたのか。簡単だ。
私は鹿熊の顔を殴った。
手加減などせずに思いっきり。
「ば……か」
震える声で絞り出すように呟いた。
冷たい雪が積み重なった地面の上に、仰向けに寝転がる鹿熊は何も言わない。じっと黙ったままだ。
「馬鹿ッ‼」
私は袋を背負い走り出した。
鹿熊は追ってこなかった。
◇◇◇
凍えるような冷気がブーツを貫通して、私の足を襲う。
一歩一歩前に進むたびに、足の感覚が少しずつ失われていくのを感じる。
「ハァ……ハァ」
寒さに耐えながら私は走っていた。
口から白い息を吐き、背中に大きな袋を背負ったまま。街の端にはまだまだ遠い。
「ば……か」
体から少しずつ温もりが抜けてくるのが分かる。
けれど、サンタの使命のためにも私は歩かなければならない。そうサンタのために。
「鹿熊の……馬鹿‼」
どんなにへらへらしていても、仕事だけは真面目にこなす。
鹿熊はそんな奴だ。
なのに、なのに、鹿熊は。
「あっ!?」
地面が凍っていた所為で、私は足を滑らせた。考え事をしていた所為だ。
雪の冷気が体に染み込んでくる。
「何やってんだ?」
「……別にただ転んだだけよ」
聞き慣れた声だ。
顔を上げて確認するまでもない。
「そうか」
「そうよ」
短い返答。
特別なことなんて何にもない。
「分かっただろ。使命感なんて持ってたって足を滑らせるだけだって」
「……何よ」
「サンタにとって大事なことはそういうことじゃないってことが分かっただろ」
私は奥歯を噛みしめ黙り込む。
「使命感だけじゃプレゼントも配れやしない」
「うっさいはね! そんなの分かってるわよ!」
顔を上げ鹿熊を睨みつけた。
ここまで来るだけでそれが嫌というほど分かった。鹿熊がいないとろくに配達できないし、足を滑らせるし。
「あのさサンタにとって大事なもんはさ、プレゼントを配ろうっていう使命じゃない久手思いなんだ。使命だとか規則には温もりは宿らない」
「……、」
「だからさ、そう言った思いで俺たちも配ろうぜ」
鹿熊は優しい笑みを浮かべ、屈みこんで手を差し伸ばしてくる。 私はその手を取った。
握った掌は先ほど握った時よりもすごく温かった。私とは全然違う。優しい温もりだった。
「うん」
「なら、配りに行こうぜ」
「うん!」
力強く頷き、私は鹿熊と一緒にプレゼント配りを再開させた。
◇◇◇
「どうにか間に合ったわね」
「おう。それにしても疲れた」
プレゼントを配り終えた私と鹿熊は、地平線の彼方の朝陽が照らす道を歩いていた。
雪は止んだものの、まだ冷気が漂っており寒さに身を震わせてしまいそうになるけれど、握った鹿熊の掌の温もりだけで十分だった。
「そうだ。まだ、プレゼントを渡していない子がいたんだ」
「おい、マジかよ。空を飛べるだけの気力はないぞ」
「違うわよ。プレゼントはアンタによ。はい、メリークリスマス」
私は袋から少し大きめの長方形の箱を取り出した。
鹿熊はそれを素直に受け取る。
「どうしたたんだよ。お前がプレゼントなんて珍しいな」
「別にいいでしょ。サンタやトナカイだって偶にはクリスマスを楽しんだっていいじゃない」
頬を膨らませ反論すると、鹿熊は口の端を緩ませ笑った。
「そうだな。なら、俺もほらプレゼントだ」
鹿熊は着ぐるみで隠れている首元から、器用に私と同じくらいの大きさの箱を取り出した。それを丁寧に私に渡す。
受け取った私は、
「開けて良い?」
と尋ねる。
「おう」
私は素直に開けた。中には私がマフラー丁寧に入れられてあった。ピンクとクリーム色の縞々のマフラーが。
「……これって」
「そう。お前が欲しがってたやつだ」
「そっか。買ってくれたんだ。それにしても気が合うわね」
鹿熊は気が合う、という言葉に眉を顰めた。私は意地悪な笑みを浮かべ、私の上げたプレゼントを開けるよう促す。促された鹿熊は、箱の蓋を持ち上げた。
「あははは、そういうことか」
笑う鹿熊のプレゼントとは、彼が欲しがっていた赤とクリーム色のチェックのマフラーだった。
「ほんと気が合うな」
「うん。あのさ、ありがとう」
「こちらこそ、ありがとうな」
まだ子供たちが眠り朝日が昇る中、私たちは笑っていた。
お互いの首にプレゼントして渡されたマフラーを巻き、温かい手を握り合いながら。
私も鹿熊も。
きっと忘れない。
今日のクリスマスを。
『メリークリスマス‼』
世界中の人に幸せを。