#11 交差 side nozomi
少しの沈黙が落ち着かなくて。
でも口を開いたらどんな汚い言葉がでるかわからなくて。
ただ苛々と鼓動を早める胸をなんとか落ち着かせようとしていた。
「なあ、本城」
私の家が見えてきたと思った瞬間
ずっと続いていた沈黙が破られた。
「?」
まだ口を開くのが少し怖くて首をかしげると
彼が振り返った。
その目を見た瞬間、何処か胸が一層早く動き出した気がした。
だってなんだか切羽詰まった瞳がそこにあったから。
「……あのよ、その……ちょっと茶飲みに行くか?」
明らかに何とか考えられた言葉にホッとしたような顔をする彼。
……何?
「…私今日疲れてるからもう寝たい……」
そう小さく言って彼を通り越そうとした。
……通り越したはずなのに目の前に見えるのはさっきと同じ誰かの背中。
ふんわり香る香水の匂いに顔をしかめる。
「……帰りたいのですが…」
そう言ってまた通り越そうとした瞬間。
足がすくんだ。
遠い目の前。
遠いのにやたらとはっきり見えるあの人。
大好きだった先輩がいた。
嘘。
嘘、嘘、嘘だ。
だって、先輩が立っているのは
私の家の前なわけで。
え?何。
頭がスパークしそうだ。
先輩の頭が少し動いてこちらを向きそうになった瞬間
誰かに腕を引っ張られた。
「うわっ!!」
この乱暴な感覚。
あいつしかいない。
私の足が引きずられるように来た道を戻る。
「・・・!!浅野!何よ?!」
いつ転んでもおかしくない。
それでも速さを変えない彼に何がなんだかわからなくて思わず叫ぶ。
「ちょ・・・!待ってよ!」
彼に引っ張られている腕がジンジンしてきた頃
もうかなり私の家から離れてきてしまっていてもちろん先輩も見えなくなってしまった。
やっと止まったことに転ばなくて良かったという思いと
なんだか気になる瞬間を邪魔された思いがわきあがってくる。
私が彼にとにかく文句を言ってやろう。
そう思って顔をあげようとした時。
ぐきっと顎を持ち上げられた。
なんだか喉の筋肉がつった感じがする。
思わずむせそうになる私が目を細めて彼を見ると
まるで知らない人のような彼がいた。
「・・・・おい、今更逃げ出すなよ」
「・・・はい?」
人の手が顎に当たる感触がなんだか気持ち悪くて
少し顔を歪めると
「もしお前があの先輩と上手くいきそうになったとしても、
ゲームは終わらせないからな」
「何、何言ってんの?んなわけないじゃない」
彼の目が少し怖くて目を横にずらすと
彼の口元が上がったのがちらりと見えた。
「お前だけを普通の恋愛に戻すなんてことさせないから。
俺と堕ちた人間になろうぜ?」
堕ちた人間。
なんだか嫌な響きに意味がわからないフレーズ。
普通の恋愛になれない?
首を傾げようとした時。
彼の瞳が近づいてきた。
その目をまじまじと見ても何も見えなくて
どこか寂しい瞳だった。
ねえ、何が哀しいの?
何が普通なの?
私、少し君の所為で頭が回らなくなったみたいだよ。