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プロローグ「記憶喪失」


まず、初めに感じたのは熱さ。

熱い、熱い、熱い(イタイ)

躰が痛い。

頭が、喉が、胸が、手が、腹が、足が、灼けるように熱い(イタイ)


痛みを感じる身体は鉛のように重く動かない。

目を開けているのか、開けていないのかも分からず、目の前の視界には暗闇が広がるだけ。

分からない、何でこんなに熱さ(痛さ)を私は感じている?


「……ゥ………ガッ………」


痛ッ!頭が割れるように痛い。

思考が纏まらない、痛みが思考を鈍らせている。


「あっ、まだ動いちゃ駄目ですよ!」


声?

何処までも響き渡るような澄んだ声。

そんな声が聞こえてきた。


「………ゥ……ァ……ァァ!」


先程に僅かに動いた口を動かし、言葉を出そうとする。

しかし、激痛が躰を走り、まともな言葉が出ない。

呻く事しか今の私には出来なかった。


「大丈夫、大丈夫ですから、だから今は寝ていて下さい」


手の上に何か暖かい物が重ねられる。

その行為によって痛みが走ったが妙に心地よい。

手を通して、温かみが全身に広がっていく。

その温かさという物が痛みと頭痛を和らげてくれている気がする。


私は動くのを止め、その温かみに体を委ねる。

声の持ち主はほっとしたような息を漏らした後に、歌を歌い始めた。


「~~~~♪~~~~~~♪~~~~~♪」


聞いた事が無い歌。

しかし、どこか懐かしく感じる歌だった。

緩やかな、心が落ち着く歌。


私の意識はその歌を子守唄に再び意識を闇へと落としていった。



アナテマの母 プロローグ 「記憶喪失」



再び、意識が闇から浮上した。

前よりも痛みは和らいでいる。

起きているだけで、意識が朦朧とする激痛を味わうという程では無いらしい。


「……………ッ!」


ようやく認識出来た瞼を開けると、感じたのは白一色と痛み。


「…………ここは?」


それもやがて収まり、視界に映し出されたのは材木で出来た骨組みが見える天井だった。

それを隣にある、おそらく火で出来た光源が照らしている。


視界から得られる情報だと、これしか分からない。

雰囲気から地下という訳でも無いし、光が差し込んでいない所を見ると今は夜なのだろう。


周囲の状況を確認する為に躰を動かそうとすると、何かが扉のような物が開くパタンという音が聞こえ、誰かが走って来る音が聞こえた。


「だから、動いちゃ駄目なんですって!」


その声と同時に視界に映るのは一人の少女。

年かさは十五か、十四くらい。

長い黒髪を赤いリボンによって纏め、後ろに流している。

なぜか耳が横に長い。

そして、実に不思議な、奇妙な格好をしていた。

妙な模様がついた服を和服のように羽織っており、腰に巻いたリボンで固定している。

……民俗衣装?


「おか……アナタは酷い怪我をしているんです!

傷はまだ完全に塞がっていないし、動いたらまた開いちゃいますよ!」


近くに座った少女を腰に手を当てて、説教をするように私に言う。

酷い怪我?そうか、だから此れほどに躰が痛むのか。

そもそもなぜ私は怪我をしている?

――――いや、私?


「一応、治癒呪術で治療をしたので傷は残らないと思いますけど。

その分、結構痛みはあると思うので覚悟をしておいて下さいね」


私?私?私は……ッ!?


「痛ッ!!ァガッ!」


割れているのかと思うぐらいに頭が痛い!!


「大丈夫ですか!

少し待っていて下さい、今、鎮痛薬を持ってきますから!」


霞み始めた視界から、少女は慌てたような顔をしてどこかに立ち去っていた。

激痛は頭を浮かんだ疑問を掻き消して再び、私の意識を闇の底へと戻っていった。






…………三度目。


心の内で呟きながら、再び目を開く。

そこには激痛によって、意識を落とす前と同じ光景が広がっていた。

今は昼間なのか、天井がはっきりと見えている。


しっかりとした木の柱に藁ぶきの屋根。

農民の家?

それにしてはしっかりと作り上げている。

柱や梁はしっかりと建築についての知識がある者がくみ上げたような構造。

床は土を踏み固めて藁を引いた物ではなく、木で出来ている。

しかし壁が適当に藁ぶきが作っている辺り、技術力が分からない。

これ程の技術力なら土壁、石壁は勿論、漆喰や煉瓦を使ってしっかりした物を作れそうだけど。

……とりあえず、周りを見よう。


「痛ッ……ゥゥ」


躰に鈍い痛みを感じたが、ゆっくりと立ち上がる。

木が軋む音を聞きながら、躰に掛かっていた白いシーツを払い落とし周りを見た。


……やはり農家だ。


そこは農家らしく、大きな部屋が一つあるのみ。

中央には今も火がパチパチと鳴っている囲炉裏があり、その上にある梁から棒がぶら下がっていて、火に当たるように鉄の鍋がかけられている。

他の場所を見ると柿のような果物が梁からぶら下げられ、干されていた。


「……ア……グゥ……」


痛む躰を動かし、光が見えていた入り口から外に出る。


「う……………」


太陽の明るさに慣れた目に外の光景が広がってくる。

一面に広がる青々とした水田、あぜ道に広がる藁ぶきの家、水田に作業をする耳が長い人々。

こっちには気がついていないのか、真剣そうな顔で屈んで何かを取っている。

手を見る限りだと、雑草を取っているらしい。

時折、首に掛けたタオルらしき物で汗を拭いていたりもしていた。


やはり知らない所。

でも、太陽の暖かな陽射しと躰をくすぐる穏やかな風がとても気持ちが良い。


砂利を直接踏みつけている足の裏や、日光が直接当たる皮膚にも痛みが足されたが、それでもここに居続けたいという気持ちが保てる程に気持ち良かった。

そんな風に「初めて」の外を堪能していると、急いで走りよって来る人影が見える。


「まだ、動いちゃ駄目ですって!

傷がまた、開いたらどうするんですか!」


怒った形相で駆け寄って来たのは前に私に話しかけていた少女。


「動ける程度には回復したから」

「嘘です!まだ絶対安静にしなくちゃいけない傷なんですよ!

立っているだけで激痛が走っている筈です。

お願いですから……無理はしないで下さい」


なぜか涙目になって私に懇願する少女。

確かに私が悪いか。

まだ現状が分からないが、おそらく助けて貰っている立場であり、そんな立場の人間が自分の好きな様に動くのは問題があるだろう。


「分かった、ごめんなさい」


頭を下げて謝る。


「あ、いえ、そんな風に謝らなくても。

とりあえず、まずは家に入りましょう。

新しい包帯と代えの服を用意しますから」


少女に自らの手を取られ、元居た家に戻る。

そこで、藁が敷かれシーツが置かれていた場所に寝かされた後に、服を脱がされ血が染み出ていた包帯を取られて、水に濡らされたタオルのような物で拭かれた。


「ッ!」

「あ、す、すみません。やっぱり染みますか?」

「……大丈夫、続けて構わない」

「……はい」


傷口を拭かれ、もう一枚の用意されていた綺麗なタオルで拭かれた後に何かを塗られていた包帯を巻かれた。


「はい、これで大丈夫です」


背中から聞こえた声と共に作業が終わったのか、血に濡れた包帯や薬のような物を片付け始める彼女。

礼を言おうと思ったが、よく思い返せば私は彼女の名前を知らない。


「ありがとう、それで貴女の名前は?」

「わ、私の名前ですか……ティエラって言います。

えっと、そ、それで、おか、アナタのお名前は何て言うんですか?」


私の名前。


「……分からない」


もう一度だけ、思い出す努力をした後に彼女に向かってそう言う。


「……え?」


片付けていた手を止め、私を見るティエラ。


「私には自分の名前も過去も経歴も何もかもが分からない。。

だから、教えて欲しい。

どうして私がここにいるのかを」

「そ、それってもしかして」

「ティエラさんの想像は合っている。

私には「助けられる前」の記憶が無い。

たぶん、記憶喪失だと思う」


私には分からなかった。

彼女の声を聞く前の自分が。





「つまり、森で血塗れになって倒れていた私を貴女は助けたという事?」

「はい、呻き声が聞こえて見にいってみたら、アナタが倒れていて。

急いでこの家に連れ帰って、治療をしました」


私の名前を知らないという辺りで既に検討はついていたが、やはりティエラも私の過去を知らないらしい。

知っているのは森の中で血塗れで倒れていたという事だけ。

その時点で碌な人では無いと分かりそうな物なのに彼女はお人よしだ、それで助かった私が言ってはいけない事だが。

……しかし、それだと大量失血のショック症状が記憶を飛ばしたという説が今の所は正しいのだろう。

幸運なのは飛んだのは記憶のみだった事か、こうやって喋る事や考える事が出来る辺り知識の方は失っていない。


私は思考をそこまで纏めた後に上半身だけ起き上がっていた状態から姿勢を正し、ティエラに再び頭を下げる。


「ティエラさん、本当にありがとう。

貴女のお陰で私は今、生きる事が出来ている」

「あ、いえ、当然の事をしただけですから。

それに、施した処置も仕事の延長みたいな物ですし」


ちょっと後ろに仰け反って、彼女は両手を胸の前で左右に振っていた。

それでも、私は頭を下げ続ける。

彼女がいなければ、私は確実に死んでいる所だったのだ。

幾ら感謝しても、し足りるという事はないだろう。


「でも、本当に感謝しているから。

ありがとう、助けてくれて」

「……分かりました。

そう感謝をしているのなら、今度からは勝手に出歩かないで下さいね。

心配してしまいますから」

「分かった」


私はそう言った後に再び、横になる。

世話になっているのだから、なるべく早く完全に動けるようにするのが出来るお礼の一つだろう。


「では、また夜に来ます。

その時は軽く食べられる物を持って来ますから。

おやすみなさい、…………」


最後に彼女が言った言葉を聞く前に私の意識は再び闇へと落ちていった。





「痛ッ!!」


穏やかな睡眠の最中に襲ってきた唐突な痛みに意識が一気に浮上する。

躰を動かせるようになった事で跳ね飛ばしてしまったのか、余計に全身が痛い。


ズキズキと響く痛みに顔を顰めながら、半身だけ起き上がり周囲の状況を確認する。

見た所、またティエラは来てはいないらしい。

囲炉裏の火だけが光源となって、寂しく家を照らしている。


よく考えてみれば、この家を彼女が住居しているかも怪しい。

少女と呼べるような年齢なのだ、彼女は。

親や兄弟、農村なればそれこそ十人を超えていてもおかしくは無い。

この家の物を見ても、そんな大量の人が住んでいるようには見えないのだ。


もしかしたら、ここは私のようなよそ者を置く為の(隔離)小屋なのかも知れない。


「…ッゥ……い゛……痛ッ!……」


躰全体にジンジンと響きわたる痛み。

一体、どんな怪我をすればこのような痛みになるのだ?

刀傷というよりも、全身が擦り切れていたというのが正しい気がする。

そうなると、「記憶を失う前の私」はどうしてそんな傷を負ったのかだが。

どこからか裸同然と転がり落ちていかなければ、こうも全身に傷は広がらない。

なぜ、このような傷を私は負ってしまったのだろう?


痛みを忘れる為に思考に没頭していると、いつの間にか入り口の扉が開きティエラがやって来ていた。


「調子はどうですか?」

「まだ痛みはあるけど、最初の頃に比べればだいぶ楽にはなってきている」


私がそう言うと、彼女はぱぁっと笑顔を浮かべて両手を胸の前で合わせる


「それは良かったです。

でも、まだ無茶は禁物ですからね。

じゃあ、ちょっと待っていて下さい。

今から夕食の準備を始めますから」


ティエラは言った後に何かの作業を始めた。

首を動かして見ていると、彼女は棚に向かい米のような物や取り出して、木で出来た桶を外に持っていく。

数分の後に彼女は帰ってきて桶の中には満杯の水が汲まれていた。


「~~~~♪~~~~~♪」


その桶を置くと彼女は歌を歌いながら、囲炉裏にかけられていた鍋の中に米(茶色だったので玄米)を入れると煎り始める。


「ティエラさん、その歌。

この前も歌っていたけど」

「ティエラって呼び捨てでいいですよ。

えっと、今歌っていた歌の事ですか?」


私は一度、首を首肯させて後に言う。


「その歌、なぜか懐かしく感じるから」

「有名な歌ですからね。

以前に聞いた事があるのだと思います。

曲名は昔の言葉で「こんにちは、お母さん」。

お母さんが子供を寝かしつける時に歌う子守唄なんです。

私の場合、昔に聞いていたのが耳から離れなくなっちゃって。

ついつい、無意識で歌っちゃうんですよ」


苦笑いをしながら、そう私に言うティエラ。

その目にはなぜか、私に対する言い知れない不思議な感情を秘めていた。


「…………もしかして、迷惑でしたか?」

「違う、迷惑じゃない。

むしろ、ティエラのその歌を聞いていると、落ち着くから」

「分かりました………~~~♪」


彼女は歌いながら料理を続けていく。

鍋の中から独特の香ばしい匂いが漂ってきた辺りで水を入れ蓋を閉めた。

玄米粥か。

彼女の手元にある草と胡麻、塩が入っているらしい小さな瓶を見る限り、私の予測は正解だろう。

蒸らしには一時間は必要だから、その間に気になった事を聞いておこう。


「ティエラ。

質問をしてもいい?」

「はい、何ですか?」


火をじっと見つめていたティエラはこっちに振りむく。


「ここはティエラの家?」

「えぇ、そうですよ。

サンタナの村にある私の家です」


サンタナというのか、ここは。

ティエラ(地球)という名前からスペイン系だと思っていたが、サンタナ。

スペイン語っぽいが聞いた事が無い、でもサンタアナなら。

――――いや、待て私。

さっきに自然に思い浮かべたスペイン、地球とは何だ?

思い返せばさっきから自分の考えている知識の整合性がまったく取れていない。

知っているのに知らない、そんな知識ばかり。


「スペインというのをティエラは知っている?」

「?」


彼女は私の言った言葉に小首を傾げると言う。


「ごめんなさい、分かりません。

もしかして、記憶に関しての事なんですか?」

「そうだけど、ちょっと頭に過ぎっただけの言葉だから気にしなくて良い」


深く考え込むと、また頭痛が来るから止めておこう。

体調が治ったら、じっくりと考えればいい。

しかし、次の質問(彼女の家族について)はどうするか。

母親が歌っていた子守唄を知っている辺り、孤児という事はなさそうだけど。

…………聞くのは止めておこう。

知り合って一日にも満たない私が土足で踏み入れていい話題では無い。


「最後に一つ、私は後どのくらいの時間を寝ていたら動いても良いの?」

「それはその日毎の様子を見て決めます。

一応、明日の朝市に村長さんが来るので。

もし外を出歩くのならその挨拶をしてからになりますけど」


村長か。

農村という閉鎖環境を考えると、余所者で厄介者であろう私に良い印象は持っていないだろう。

最悪、明日にはこの村を追い出される事を覚悟しておいた方がいいかも知れない。

彼女は見ず知らず私を助ける良い人らしいが、村の総意ではない可能性は十分にある。

意識が目覚めた今になれば、自分達の食い扶持を減らしてしまう私を追い出すという決断を下す事は十分にありえるのだ。


「…………良く分かった、ありがとう」

「はい、また何か聞きたい事があれば何でも言って下さい」


その言葉で私達の会話は終わり、家には鍋が煮える音だけが聞こえ始めた。

家の外からも音は何も聞こえず、無音の空間が出来る。

しかし、それは雰囲気が悪くなって出来る居心地の悪い沈黙ではなく、穏やかな静寂。

自分でも不思議だが、彼女と一緒にいるとなぜか落ち着き、心が穏やかになるのだ。

ティエラも同じなのか、初対面に近い筈なのに「どこか見慣れた」自然体で落ち着いていた。

時折、鍋を思い出したように鍋をかき混ぜては火を眺め続けている。

私は揺れる彼女の背中を眺め続けていた。


そんな穏やかな時間というのはあっという間に過ぎていき、白い湯気が上がる鍋の中に彼女が草と胡麻、塩を入れて味付けをすると、木の器によそって私の元に近づいてきた。


「これ、クレマ粥ですが、どうぞ」


そう言って、どう見ても玄米粥に見えないそれを木の匙で掬って私の口に近づけて来る。

好意に甘えて、口を開けるとそぉっと舌の上に程良い暖かさの粥が落ちた。


「想像していた」通りの味。

素朴ながらも、キチンとお米の旨みを感じられる温かみがある味だ。


「……口に合いましたか?」

「大丈夫、とても美味しいから」

「良かったぁ。

もっとありますから好きなだけ食べて下さいね」


そう言って二杯目を私の口に近づけてくる彼女。

自分で思っていたより空腹を感じていて満足した躰の反応に、また口を開けて食べようとしたが、気になる事があり彼女に問う。


「ティエラは食べなくて良いの?」

「私は大丈夫です。

家に帰る前に食べてきましたから」


そう答えて、私に匙を近づける彼女。

しかし、あくまで感としか言い様が無いが、彼女は食べていないと「私」は確信をしてしまった。


「本当?」

「嘘をつく必要がどこにあるんですか?

そんな心配をする必要はありませんよ。

沢山食べて、早く元気になって下さい」


そう言って笑う彼女。

なぜか猛烈な苛立ちを覚える。

どうして、この「子」に無理を「私」がさせているのだろう、と。

そして私は無意識の内に口と手が動いてしまった。


匙を口に入れ中身を飲み込んだ後に、痛みを顔に出さないようにしながら彼女が持っていた匙を取って、器の中身を掬って彼女の口元に持っていく


「一緒に食べましょう、ティエラ」

「え、あ、え?」

「これだけの量を一人で食べるのは無理だから、ね?

貴女が作ったのだし、一口も食べないというのは勿体ないと思うの」


ティエラは私を呆然とした表情で見ていた。

正直、行動した自分でも驚き、呆然としている。

どこか片言だった言葉がいきなりはっきりとした発音の女性言葉になって私の口から「ほぼ無意識」で出たのだ。

記憶といい、知識といい、初対面の筈のティエラに対する胸に湧き上がる感情といい、分からない。


その後に彼女は、またあの訳が分からない不思議な感情の篭った目で私を見ると、笑顔になって言う。


「なら……私も一口だけ頂きますね」


そう言うと、口を開けたので匙を入れて粥を入れた。

味わうようにモグモグと咀嚼をすると、後に彼女は私の手から匙を受け取り、粥を掬うと私の口に持って来る。

それを最初にしたように口を開けて受け入れる。

終わると次には自然に私が匙を取って彼女の口にお粥を入れた。

…………いや、私は何をしているのだろう。

なぜに非効率的で面倒くさい食べさせあいをしているのだ?

しかし、されているティエラは妙に嬉しそうだし、今更普通に食べようとは言えない雰囲気がある。

彼女が喜んでいるのなら、無理に止める必要は無いか。


だが、この今の行為に対する妙な既知感は何だろう?

目の前で口を広げて物を食べる彼女に姿に何か小さい人影が「重なって」見えているのだ。


解決出来ない疑問を頭に浮かべたまま、私たちは鍋に入っていた全ての粥を食べさせあってしまった。


「まだ、お腹が減っているのなら、お代わりを作りますけど?」

「いい、もうお腹は一杯だから」


私は再び抑揚が無い片言になった言葉でそう言うと、手に持っていた匙を彼女に渡す。

それを彼女は鍋に入れて、外に出かけていく。

洗い物か。

出来れば私も手伝って上げたいが、この躰の調子だとむしろ彼女の仕事量を増やしてしまうだろう。

病人は病人らしく寝ていた方がいい。


そこで、沸きあがってくる疑問が一つ。

彼女はどこで寝るつもりなのだろうか?

寝台のような物は私が寝ている物しかないし、もしかして彼女は木の固い地べたに寝るつもりなのかも知れない。

編みこんだ藁が敷いてあるとはいえ、彼女を寝かせる事になるのは抵抗感がかなりあるのだけど。


「ん?どうかしましたか?」


水で洗ったらしい鍋や調理に使った器具を持ち、家に入って来た彼女と目が合い、尋ねられた。


「ティエラ、貴女はどこで寝るの?」

「私ですか?あそこで寝るつもりですけど」


そう言って指差した先にあるのは積み重なった藁の山。

確かに固い床よりは、柔らかそうだけど。


「この寝台、広いし一緒に寝れると思う。

私の寝相は悪くは無いから」


そう、この寝台、妙に広い。

人が二人程度なら余裕で寝る事が出来るぐらいに広いのだ。

寝台の形に整えられた藁の上にリネンのシーツを被せて、その上にさらに中に羊毛を詰めたシーツを掛け布団としている農民の暮らしにしてはかなり豪華な物。

彼女は小柄そうだし、このベッドなら二人で寝ても(寝相が余程悪くなければ)大丈夫だろう。


「……気持ちは嬉しいですが、気にしなくて大丈夫ですよ。

それに、寝ている最中に傷に触れてしまう可能性もありますし。

まだ、私はこれからしなくちゃいけない事がありますから」


そう言ったティエラは部屋の片隅にあった草が沢山置かれている作業台らしき場所に行く。

机に上に置かれていた蜜蝋の火を付けると、薬草をすり始めていた。


「薬を作っているの?」

「はい、そうです。

一応、私は呪術医なんですけど、呪力が弱いから薬を使って増幅しないといけないんですよ」


そう言って、小さな棚から色々な草を取り出しては石臼でひき潰して粉にしていく。

芍薬、熟地黄、当帰、川芎。

疲労回復薬でもあり増血剤である「四物湯」の材料だ。


この知識があるという事は、記憶を失う前の私は彼女みたいな「呪術医」だったのか?

いや、違う。

彼女が言っている呪力なんて存在に私の頭が反応していない。

呪力なんて物を「私」は初めて聞いたのだ。

知識を探っても、あの薬が「漢方薬」という意味の分からない存在の中の一つという事しか分からない。


私はティエラが真剣な顔で薬を作り続けている光景を眺めながら、次々と湧き上がって来る知識と格闘をし続けていた。

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