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log in  作者: ヘッキー
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 ようやく「access 1」シリーズが終わりました。

 つまり一章目が終わったわけです。

 恵子は、目を見開いて突っ立っていた。恵子が見ているのは、勿論シルバー・アーマーである。

 シルバー・アーマーは、しゃがみ込んだ体制から立ち直ると、恵子の方を向いた。そして、


「ごめん」


 と言うと、シルバー・アーマーの手に握られていた大刀たちが、清涼な音と共にガラス細工のように砕けた。

 恵子は、呆けたまま首を横に振った。


「いいえ、ありがとう」


 その声には、感情というものがない。別に恵子が絶望しているわけではない。恵子は目の前で起こったありえないことを信じることができていないのだ。

 恵子が思いっきり叩きつけても、せいぜい鱗が一枚剥がれるだけの極小ダメージしか与えられなかったというのに、目の前に立っているシルバー・アーマーは、自分の武器でもないのにその鱗を切り裂き、傷一つつかなかった甲羅さえ一刀のもとに両断したのだ。

 宙に浮くことといい、他人の武器で、その持ち主以上の扱いをすることといい、シルバー・アーマーは本当に人間なのかと疑ってしまう。


「……そんなに見つめられちゃ照れるよ」


 苦笑交じりの声が兜の下から漏れた。

 恵子は、ようやくフワフワしていた思考を取り戻して正常になった。それでも、頭の中のあの光景は信じることができていない。現にこうして生きているのが何よりの証拠であるのだが、それでも受け入れ難い出来事であったのだ。

 遠くから呼びかけられているような感じがする。遂に頭がおかしくなってしまったのか、と無意識にログアウトしようとして、


「おーい!」


 その声がはっきり、後方から聞こえてきた。

 振り返ると、太智が右手を上にあげ、大きく振りながら走ってきた。恵子は開いたホロウィンドウを閉じて、太智を迎えた。

 太智はものすごく嬉しそうな表情で恵子に走り寄ってくる。思わず、恵子の口元も緩んでしまう。いつものようにハイタッチしようとして……

 太智が通り過ぎた。


「シルバー・アーマー! 本物だ! 見ましたよ! さっきの見事な両断っぷり!」


 興奮した様子でシルバー・アーマーに話しかける太智。その後ろにはハイタッチするポーズで固まった恵子の姿がある。


「前にもギルドでの《尖角種》の討伐を見たことあるんですよ! 盾と剣を携えて突っ込むあの大胆さ! 最強にかっこよかったですよ! アニメのヒーローみたいで! あ、俺は近碑太智って言います。後ろのは妹栗恵子で、俺ら二人しかいないんですけど、《失われた記憶ロストオブメモリー》ってギルドやってんですよ! な! 恵子!」


 イベントでテレビのヒーローに会った子供のようにいろいろ喋った太智が、やはり子供のように恵子に話を振った。が、


「バカァ!」


 と思いっきりその頭をぶったたかれた。


「まずは仲間の心配じゃないの!? 何浮かれてんのよ!」

「だって、あのシルバー・アーマーだぜ? 幻の最強ダイバーだぞ?」

「確かにこの人は強いけど、太智は変だと思わないの? 言ってたわよね? 『盾と剣を構えて突っ込んで行った』って。ありえないでしょ? それは。だって、ログインダイバーは各々自分の武器・・・・・しか使えない・・・・・・んでしょ。それなのに盾と剣なんておかしいじゃない。どっちかが本当の武器だとしても、結局別の人の武器を持ってるわけじゃない。それって不可能なんでしょ?」

「そうでもないよ」


 恵子の問いに答えたのは、そのシルバー・アーマー本人である。


「まず、私の武器バグウェポンはこの鎧だ。鎧そのものが武器であり、防具なんだ。武器の種類は《切断系》《刺突系》《打撃系》《遠距離系》《防御系》の五つに分類されているのは知ってるね。その中でも特殊なのが《肉体融合系》と言われるものだ。私の鎧もそうだし、見た目には分かりにくい筋肉隆々の人とかもそうだ。《肉体融合》、つまりは武器と体が一つになっていることだ。私の場合は《遠距離》以外のすべてを有している。そして、妹栗さんの疑問だが、それは自分に限界を決めていない、と答えるしかないよ。君の大刀を使ったときもそうだ。君は、心のどこかで自分に限界を設定してしまっているんじゃないか? 私は自分には無限の可能性があると考えている。だから人の武器も使えるし、あのバグウィルスだって斬ることができた……どう? これが私なりの回答だけど」


 ぽかん、としてしまう二人。

 無限の可能性、そんな非現実的なことを目の前に突き出されれば、そうなってしまうのも無理はない。仮想世界でのみ可能なことと言えば、ウェブページを武器へと作り変えること、その武器で暴れまわること、現実世界より高いジャンプができること……ぐらいである。しかしこれは説明がつく。武器への作り変えは、従来のインターフェースでは困難な高等技術をヘッドセットの改造によって簡易化してできるようにしたものである。暴れ続けたり高いジャンプができるのは、アバターが酸素を必要とせず、仮想世界の重力が現実世界より小さいからである。


「無限の可能性って、つまりはどういうことですか?」


 知らず知らずのうちに、恵子の口調は敬語になっていた。


「つまり諦めないことだ。可能性を信じるというか、強くイメージすることで事実を作りだしている……ってところかな。口ではうまく説明できない事がらなんだ」


 シルバー・アーマーは強いイメージ力によって、仮想世界でも不可能なことを可能にしているというのだ。

 確かに、仮想世界でも宙に浮くことは不可能である。重力とは現実でも仮想でも絶対とされる力であって、現実世界では科学の力で抗い、重要な交通手段の一つとされている。そして、仮想世界には飛行能力を持つ武器は今のところ出現していない。よって、現段階では仮想世界における飛行は不可能なのである。

 そして絶対に不可能と言われる二つ目のこと、他人の武器を使用すること。これは実際に起きた現象で、不可能だと確定されていたことなのである。とあるギルドの二人がお互いの性質の違う武器――打撃系と切断系であった――に興味を持って交換したところ、その現象が起きた。武器が一度データに戻り、お互いが元々所持していた武器に形を変えたのだ。結果、武器の交換は不可能だと確定した。そしてその二人は、今度は片方に自分の武器を渡してみた。すると、渡した方の武器が崩壊して、元に戻らなくなったという。この現象の特徴として、性質の同じ武器――切断系同士など――の場合は形が変わることはなく、性質の違う武器を持った場合はデータ総量の少ない方が崩れ、多い方がその人に合った形に変わるということがある。

 このことから、飛行と武器の譲渡は不可能だという説が世界中に広まったのだ。

 しかし、このシルバー・アーマーは、二人のログインダイバーの目の前で宙に浮いていたのだ。翼も、飛行装置を付けることもなく。そして、恵子の大刀を形質を変えることなく扱い、バグウィルスを討伐したのだ。


「えー、と。要するにあなたは『宙に浮く』という強いイメージによって実際に宙に浮き、『恵子の武器を使う』というイメージによって恵子の大刀を壊すことなく使った……ということですか?」


 太智の問いに、シルバー・アーマーは頷いた。


「でも普通のイメージじゃ、たぶん無理だね。本当に、心の底から、その事実を作りだそうとしなければ、それはただの想像になってしまう」

「えっ? じゃあ私たちも強くイメージすれば、宙に浮いたりできるんですか?」

「たぶんね。……おっと、そろそろうちの連中が戻ってくる時間だ。それじゃ、この《部屋》は妹栗さんに譲ろう」


 「では」と、シルバーアーマーは自分のギルドへ転移していった。

 残された二人は、


「……信じられるか?」

「目の前で起きたんだから、信じるしかないでしょ」


 と、無理矢理にその事実を呑みこんでいた。






 バグウィルスの《部屋》は、そこの主がいなくなったあとは主を討伐したダイバーの武器へと作り変えられる。そこの《部屋》が大きければ大きいほど、威力もデータ総量も比例して大きくなる。大きな《部屋》には通常、それだけ強大なバグウィルスが佇んでいる。強いバグウィルスを倒せば、それ相応の武器が作れるということなのだ。

 今回のバグウィルスの《部屋》は、安価なCD並のデータ量であった。そんなに大した量でないように聞こえるがそれでも、データしか武器に変えることのできないこの世界では、総量的には多い方である。

 そのデータは、細長く銀の輝きをした――大刀の形を取って恵子の背中に掛けられている。色も形も、データ量を除いて今まで使っていた大刀と全く同じである。

 戦闘を終えた……というよりシルバー・アーマーに助けられた二人は、いつも行っている同じバグウィルスにエンカウントした時の対処法の相談をしなかった。できなかった、とも言える。結局二人はあのバグウィルスを倒せなかったのだから。


「さあどうする?」

「どうするって……」


 そのおかげで、二人は時間を持て余していた。一度解散してから再集合したのだが、集まってみて話すことがないと気付いた二人はこうして暇になったのだ。


「そうだ、シルバー・アーマーのギルドにお礼でもしに行く?」

「《騎士の剣ソードオブナイツ》にか?」


 太智は驚いているようだ。他ギルドに訪問することはそう珍しくも無いはず、なぜそうも驚くのか? 太智だって未だに仲の良いギルドを訪ねているのに。場所を知らないのだろうか?


「い、いや、場所は分かるんだがな……。つまり、なんだ、危険なんだよ。あそこのギルドは」

「危険? 最強のギルドなんでしょ? それだけ人を、世界を護ろうとしているんじゃないの?」


 小首を傾げて恵子は訊いた。

 すると、太智は恐ろしい話を聞いたように身を震わせ、首を横にぶんぶん振った。


「とんでもない! 最強のあまり、他のギルドの手助けは借りないと断言してんだ。ギルドマスターのシルバー・アーマーはそう言わず、いたってフレンドリーな人なんだけど、メンバーのほとんどが手を組むことを拒んでる。故に、他ギルドを敵視するようになってんだよ」

「敵視?」

「そう、流石に殺しはしないけど、痛めつけて追い返すらしい」

「それって……!」


 ようやく、恵子の顔色が変わった。しかしそれは恐れでなく、怒りである。

 太智は無言で頷いた。

 そう、《騎士の剣》のしていることはルール違反なのである。


人間ダイバーに攻撃してはいけない』


 現実でも許されていないルールである。仮想世界とはいえ、ここで死ねば現実の脳も活動を停止してしまうということは、この世界の者ならば知らない者はいない常識である。傷つけられれば脳はそれを錯覚して、下手すれば神経障害にまで陥ってしまう。それを知りながら、《騎士の剣》は訪ねてきた他ギルドの者を傷つけているのだ。それを知った途端、恵子の中にバグウィルスに向けたものとはまた違う炎が生まれた。


「最っ低!」


 吐き捨てるように恵子は言い、椅子を蹴倒して立ち上がった。


「お、おい、まさか乗り込む気じゃあ……」

「一発ぶっ飛ばすだけよ!」

「それを乗り込むっつうんだよ!」


 太智は恵子を羽交い絞めにして引き止めた。恵子はじたばたと暴れて太智を振り解こうとする。こうなってしまっては恵子が落ち着くのを待つしかない。

 太智は押さえながら一つ安堵していた。

 ギルド《騎士の剣》は、やりすぎてダイバーを一人殺してしまった、という噂があるのだ。誰かが流した身も蓋も無い虚偽である可能性が高いのだが、恵子はその真偽を確かめる前に殴りこみに行ってしまうだろう。太智を即座に振り払って。

 太智は、恵子に不思議な強大な力があることを知っている。もしその噂を聞いたら、その力を発揮してしまうかもしれない。そうなれば、太智なんてすぐに放り出されてしまうだろう。

 三十分ほどして、恵子は突然落ち着きを取り戻した。

 充電、もしくは回路が切れたように突然止まったものだから、太智は恵子と組み合ったまま後ろ向きに傾いた。太智はとっさにマットとなる物をオブジェクト化させた。急ぎ、何もイメージせずに作りだしたので、太智のお気に入りの柄――白黒のチェック柄のベッドが現れた。

 重力に引かれ、二人の体がベッドに沈む。

 暴れる様子がないのを確認すると、太智は恵子を放した。そして、問題発生。


「さあ、どうする?」


 その自分への問いは、微妙に震えていた。さっきは勢いで組みついたが、こうしてみると大胆な行動であった。それが招いた結果がこれである。

 このまま恵子が動くのを待つか、動かしてあげるすべきか。このままでも充分気まずいが、女性の体を触るというのもそれはそれで気まずい。所詮仮想の出来事なのだが、アバターの持つ仮想の体温が服の上から伝わってくる。突然、顔が上気し始めた。頭が混乱する。

 頭が働かなくなった途端、右手が勝手に動き、仮想デスクトップを出現させた。そして高速でマイセレクトをスクロールすると、ゴシック体で記された『ログアウト』のフォントをクリックした。

 残された恵子は、疲れて寝てしまっていた。実は、寝起きでダイブしていたのだった。

「インターフェース」……キーボードやコントローラーのことです。

「エンカウント」……モンスターなどに遭遇した時のこと、RPGなどで使われる用語(?)です。

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