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log in  作者: ヘッキー
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 アクセスした先は、真っ暗で何も見えない空間だった。隣にいる人の姿さえ確認できない。わかっているのは、足場がしっかりしていること、それだけである。

 ひゅうう……

 風が吹いている。バグウィルスが造りだしたものに違いはないのだが、驚いたことに現実のものとさして変わりの無い再現率である。

《部屋》中にバグウィルス独特の冷たい気配を感じる。


「わかるか?」

「まだ……辺り一面に気配を感じるから、簡単には分からないわ」


 静かに交わされる会話。今までとは何もかもが違う。

 辺りを窺っていると、壁の一部が灯りをともした。壁に備えられた松明が突然燃えだしたのだ。

 その灯りをはじめ、ポツ、ポツと火が灯っていく。火が一周――すべての壁に灯ると、薄暗いが、《部屋》の全体を把握することができた。広い、石でできた部屋である。一周一二〇〇メートルといった正方形の部屋、天井は灯りが届かないほど高く、暗いままである。

 お互いの姿を確認し、そしておかしいことに気がつく。


「バグウィルスは、どこだ?」


 そう、灯りがともるのを追っていたのだが、その過程、そして部屋全体を見ることができるのに、バグウィルスの姿が確認できないのだ。

 横でないなら、縦。怪しいのは高すぎる天井だ。一撃目を避けるため、暗い天に目を凝らす。太智もそれに倣う。

 落下してくるであろう巨体を居合いの構えで待つ。部屋全体が気配で満ちているのだ、今頼れるのは自分の反射神経のみ。集中力を切らさずにひたすら待つ。


 …………………………………………

 何分経っただろう。もう何時間も経った気がするし、まだ数秒のような気もする。

 痺れを切らしたのは太智だ。

 冷静さなどない無茶苦茶な発砲で、被弾するのを狙っているのだろうか。確かに、被弾すればデータ片が多少降ってくるかもしれないが――!


「ぐぁっ!」

「ぎっ!」


 突然、下から突き上げられた。

 太智と反対に飛ばされた。無防備な面から直撃を受けたので、ダメージは結構大きい。おそらく、太智も同じだろう。

 足場がしっかりしていることと、天井が高いことでまんまと騙された。バグウィルスに頭脳戦で負けたのはかなり悔しい。そして同時に理解した。アイツは襲ってきたのではない。襲えなかったのだ。恵子たちが音を出さずにじっと待っていたから。

 太智の発砲音を頼りに地面を移動してきたとみて、まず間違いないだろう。

 上半身だけを地面から生やしたバグウィルスは、太智の胴ほどもある太い腕を石の床につき、下半身を引き抜こうとしているらしい。が、つっかえているらしく簡単に抜けない。

 不意打ちの借りを返す絶好のチャンス、これを見逃す必要はない。

 思いっきり地面を踏みしめると、大刀を右斜め下に構え、飛び出す。

 イメージはビルかぜ、限られたスペースだけを走り抜けていく一陣の風。腕は鞭。しなやかに、余計な力を抜きながら必要な力を大刀に送る。

 一瞬で肉薄し、その勢いのまま大刀が振り上げられる。銀色の軌跡を描きながらその切っ先が黒い背中に迫り――

 ギィン! ……弾かれた。

 斬り裂き、そのまま駆け抜ける予定だったため、体を思いっきりバグウィルスに激突させた。まるで鉄の壁にぶつかったような衝撃に、視界が二重にも三重にもなって見える。

 腕に電流が走っているようだ。力が上手く入らない。

 更に悪いことに、頭を強く打ちつけたせいで足に力が入らない。立っているのがやっとだ。

 キーン、とした耳鳴りの中に、クラッカーでも破裂しているような音が聞こえる。薄暗い部屋で、聞こえる破裂音と同じ回数のフラッシュが瞬く。

 それが何で、何故そうなっているのかを理解するのに時間は掛からなかった。

 太智である。

 私が激突したことを察し、逃がす為、注意を自分に向けるために真正面から撃ち続けているのだ。

 フラッシュがたかれるたびに目の前の巨体が身を捩らせる。恵子の一太刀に微動だにしなかった癖に、なぜ太智の銃弾が有効なのか?

 ひとまずその疑問は置いておき、恵子は太智の親切を素直に受け取る。充分に距離が取れると、ちょうど眩暈は治まり、手足のしびれも回復してきた。

 落ち着いてバグウィルスを観察してみると、出ている上半身から推測して、その大きさは五メートル弱。レベル3の平均サイズだ。

 しかし、ならばなぜ斬れないのかが実に不思議である。今まで通りならば、吸い込まれるようにして切り裂いていたものであるが、今回は食い込むどころか弾かれた。鉄にでも斬りかかったように。

 悶々としていると、バグウィルスの腕が届かない距離から牽制している太智が大声で呼びかけてくる。


「ボケっとしてんな! 復活したら手伝え! 弾が無くなったら俺は役立たずだろうが!」


 そうだ。太智のバグウェポンの場合、恵子の大刀のように壊れない限り使い続ける、ということができないのだ。弾としてデータを撃ち続けると、武器の形を保つデータが無くなってしまい、勝手に消滅してしまうのだ。それと対照に、恵子の大刀は先にも言ったとおり壊れるまで使い続けることができる。さっきのように弾かれ続けると、武器の《劣化》が早まってしまうが。

 だから、普段の戦闘スタイルは恵子が前で大きくダメージを与え、後方から太智が援護射撃をする。という形になっている。

 だが、今回のはそうもいかないらしい。なぜなら、斬撃が弾かれてしまうから。

 噂で聞いたもので、硬い種――斬撃の効かない、打撃しか効かない硬質な外殻を持ったバグウィルスというものがいる。もしかすると、あれがそのタイプであるかもしれない。


「太智! そいつ、私の大刀バグウェポンじゃ歯が立たないかもしれない!」

「はあっ? じゃあどうすんだ?」


 発砲を止め、太智が恵子のもとへ走り寄ってきた。


「なんだよ、歯が立たないって」

「言葉通りよ。太智も聞いたことあるでしょ? 《硬殻種》の噂」

「ああ、あれか。メイス系の攻撃で外殻を破壊しないと一切の攻撃を受け付けないってやつ。……でもアイツは違うと思うぞ」

「なんで?」

「《硬殻種》は全身を鎧みたいな外殻で覆ってんだ。そしたら俺の銃弾も効かないだろ。だけどアイツは俺の攻撃で確かにダメージを受けていた。お前の大刀が弾かれたのには、何か別の原因があるんだろ」


 確かにそうだ。

 噂によれば、鼻頭から尻尾の先まで鎧のような外殻で覆われていて、外殻を破壊しない限り本体にダメージを与えることはできないのだから。

 ならばなにが? とバグウィルスに目を戻すと、バグウィルスは地面から、残った体を引き抜いてその全貌を露にしていた。

 まず目に入ったのは、首から尻尾の付け根までを覆う外殻である。それは背中と腹だけを覆い、細長い亀のように見えた。二足歩行系、腕はやはり太く、その先の手も人間のそれとよく似ている。頭はやはり爬虫類のような細長い形で、その姿形から、生命力の強いワニガメを連想させた。


「《硬殻》……いや、《甲殻種》か?」

「新種……というか、成長段階じゃない?」

「そんなのがあるのか? 奴らは元をたどればただのデータでしかないんだぞ? 進化したらすぐに違う形になるんじゃないのか?」

「いや、わかんないわよ。ゆっくりと成長していくかもしれないじゃない。まだ、それを確認したことのある人はいないんだから」


 バグウィルスは進化――オブジェクトデータを更新して成長していると考えられており、バグウェポンと同様にデータを書き換えたらその形状がすぐに変化するという仮説が立てられている。……昔流行ったアニメの刷り込みイメージというのもあるのだが。

 今バグウィルスについてわかっていることは、《レベル》があること、《核》として使われているのがハッキング用AIということ、どのタイプも爬虫類めいた容姿をしていること、元はすべてただのウェブページであったこと、データを食べること、ぐらいである。

 なので、目の前の個体が成長段階であるのか進化形態なのかは確認できないのだ。

 ワニガメの頭がぐるりと恵子たちに視線を向けた。薄暗い中でもはっきりと真紅に輝く眼差しが、恵子たちを射留める。

 ひゅうう……と風が吹き抜けていく。

 その音が遠退くと、バグウィルスがその巨体で突進をしてきた。八〇メートル以上も離れていたが、ものの数秒でその距離が詰められる。亀のような見た目からは想像できない素早さに、回避するのが一瞬遅れた。

 足の先に生えた鋭い爪に右腕を引っ掛けられ、弾き飛ばされる。


「ぐあぁぁっ!」


 右腕が千切れ飛びそうな衝撃に、思わず叫んでしまう。

 二転、三転した後に恵子はそこで右腕を押さえて蹲る。

 幸い、爪の先端がクリーンヒットしなかった為、腕は繋がっている。これが現実世界であったなら、骨折だけでは済まないだろう。破壊はされなかったが、被ダメージが大きく、恵子の体を構築するオブジェクトデータの表面が多少吹き飛び、血肉のような赤いデータがむき出しになっていた。

 バグウィルスが恵子を弾き飛ばしたその直後、後ろの壁にバグウィルスが激突し、その部分が大きく抉られた。

 ガラガラと崩れた瓦礫の向こうから、バグウィルスが平然と姿を現す。バグウィルスが穴から出ると、砕かれた瓦礫が集まり、何事もなかったかのように壁が復元された。

 また、強い風が吹いた。

 すると、キョロキョロ、と太智と恵子を見比べた。


「逃げろ!」


 太智が叫んだ。恵子は右腕を押さえながら弾かれたようにいた場所から離脱した。

 バグウィルスは、怪我をした恵子を狙わず、叫んだ太智に向かって突進を始めた。

 太智はその軌道から素早く離脱すると、甲羅のような外殻に覆われていない足に向かって、両手から二発ずつ発砲した。四発の銃弾が岩のような右足に吸い込まれると、バグウィルスが派手に転がった。

 バグウィルスを転ばした太智は、すぐさま恵子のもとへ駆け寄り、ひょいと担ぎあげた。


「ちょっ……!」


 突然のことに困惑する恵子をよそに、太智はバックドアを展開してそこに飛び込んだ。



 バグウィルスの足が回復した後、もう一度風が吹き、バグウィルスは今度は地面に戻っていった。

 その穴も修復され、誰もいなくなった《部屋》の灯りが静かに消えた。

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