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同タイトルで、内容も同じものがあります。……気にしないでほしいです。
でも、「あっち」と「こっち」では時間の経過や心境やキャラに違いがあって面白いところがあるかも知れません。
……ひとつだけ言えることがあります。
やはり読みにくいと思います。
体重移動をさせながら突き出された指――正しくはその先の爪が、恵子の左腕を浅く抉った。
傷口から赤いデータ片が血のように飛び散る。同時に体の奥を冷え切った手で撫でられる。
赤いデータ片――セキュリティプログラムやムービーなどの《動》の物を表すデータのことである。
現実世界で生きている自分の体を仮想世界で動かす為に集まり、体を形作っているものでもある。止血や手当をしなくとも永遠に流れつずけるわけでもないが、完全に修復される前に激しく暴れれば、リアルと同じように激しく噴出する。
体感ではあるが、恵子の体を形作っているデータは九割以上残っていると彼女は感じている。が、それは適切ではない。彼女は一割がた死の淵に近づいているのだ。
「ふっ……!」
剣尖のような鋭い爪の一撃を左腕で受け流しながら、気合一閃。がら空きになった懐に向かって右手に握られた大刀を滑り込ませる。
上半身と下半身を分断される寸前に身を引いたそれは、腹を半ばあたりまで裂かれながらバックダッシュで距離をとった。ぱっくり割れたその傷口からは《静》の物を表す青いデータ片が噴き出した。
試作段階だった自立進化型AIを《核》とし、青いデータでできているウェブデータを書き換えることで行動力と知能を与えることに成功したどこかのプログラマーがいた。その人物は何の目的か、そのAIを複製してインターネット上にばら撒いた。――という。
散り散りになったそのAIたちは、辿り着いたウェブページのデータを書き換え、体を手に入れる。最初その事件が起きた時、政府を始め世界中の人たちがなんらかのバグなのかと思っていた。その後、そのウェブデータが他のウェブデータを吸収して成長していくことに気付いたため、そのAIに書き換えられたウェブデータは《バグウィルス》と呼ばれるようになった。
「キシャアアァァァ!」
金属同士で削り合うような奇声を発して、バグウィルスは岩のような拳を振りかぶって、右手に太刀を下げた少女に向かって突進する。
慌てる様子もなく大刀を持ち上げた恵子は、それを両手に持ち、水平に構えた。そして、こちらも回線のデータ片を砕かんばかりの勢いで足場を蹴って迎えに行った。
分厚い筋肉の鎧をそのまま武器とした拳は、岩山でも粉砕しそうな勢いだ。それに対して、恵子の大刀は鋭いと言っても耐久力的にはどう見ても劣る。勝負はバグウィルスの勝ちだ。――普通の次元で考えれば、の話だが。
二人(一人と一体?)の距離が物凄い勢いで縮んでいく。恵子は無感情に冷えた瞳の奥に暗い炎を燃やして。バグウィルスはただ単に破壊するためだけに書き換えられ・作られた凶暴な眼で、お互いの目標だけを凝視していた。
拳と大刀が交錯する。少女は一瞬押される感覚を受けたが、次の瞬間にはお互いの元々いた位置を入れ替えるように着地していた。
恵子は露を払うかのように、大刀を左右に一回ずつ鋭く振った。同時に、後ろで髪を纏めていたゴムが切れ、レッドブラウンの髪が腰まで垂れた。
さらにその後ろで、バグウィルスの体が音もなくスライドし、データ片を散らして爆砕した。これがこの世界における《死》のひとつだ。
傷どころか、曇りひとつないその刀身を一秒足らずで眺めると、背負っている自作の鞘に大刀を収めた。
「おーい、妹栗ー」
爆砕したバグウィルスのデータ片が消え切らないうちに、その向こうから少年が駆けてきた。その少年は、男子にしてはやや長めの黒髪で、一六歳だというのに顔にはまだ子供のあどけなさが残っている。身につけているのは無地の白いティーシャツの上から黒いジャケットを羽織り、黒のジーパンという至って普通の服装である。ただ、ベルトから両脇にぶら下がっているホルスターだけは普通とは言えない。
ホルスターに収まっているのは、漆黒のパーツで組まれた全長二一九五ミリメートル、44口径のアメリカ製自動拳銃・オートマグ……に似た拳銃である。
所持している武器が示唆している通り、彼は二丁拳銃使いである。
恵子――本名を妹栗恵子という――は、口を尖らせて大声で返した。
「名字で呼ぶのは止せって言ってんでしょ! 恵子って呼びなさーい!」
「うるせぇ! 女子を下の名前で呼ぶのなんてこっぱずかしくてできるか!」
「なによー! 私はちゃんと『太智』って呼んでんじゃーん!」
太智――近碑太智――は、はぁ、と短い溜息をついて右手で顔を覆った。
「はいはいわかりましたよ……。で? 目標は討伐できた……な」
これほど馬鹿みたいに騒いでいる妹栗――もとい恵子がいて、近くにバグウィルスがいる筈がない。と判断し、太智は、恵子が自信満々に胸を張って答えるであろう質問を、質問でなく確認の言葉として発した。
元々、質問どころか確認する必要がないのだが、太智は恵子の所属する《ギルド》、《失われた記憶》のギルドマスターである為、義務感を感じてほぼ条件反射としてメンバーに訊いてしまうのだ。
ギルドといっても、正式にはそんなものは存在しない。仲間意識を持った、あるいは友人同士、またあるいは同じ志を持った者たちが集まって出来た団体のことを指すものだ。太智たちの場合は、最初と最後の二つによってできている。
《狩人》の種類は大きく分けて二つの種類があり、その一つがそのギルド。もう一つは《独り》である。これについてはまた別のときに詳しく表記する。
「できたできた。見た目の割に結構よゆー。……で、《部屋》はみつけられたの?」
恵子の顔から笑顔が消え、とたんに険しくなる。
フィールド――元は正規のウェブページであったデータが書き換えられ、無限に広がるステージのことを指すものだ。そのフィールドにはそれぞれ高度に進化した――それこそウェブページのデータを書き換えることのできるほどに――バグウィルスの個体が居座っている。まるでRPGのボスのように。
だが、RPGのように決められた場所があるわけでもないし、特定の条件を満たす必要があるわけでもない。ただ、無限にある――今も増え続けている――ウェブページのどこかにあり、運良く、または運悪く見つけるまでどこにあるのかわからないのだ。それに、昨日見たウェブページ、さっき見たばかりのウェブページがフィールドに書き換えられているかもしれないのだ。
故意に探しても、それは海に抛ったガラス片を見つけ出すようなことに等しい。片っ端からウェブページを覗きこんで探さなくてはいけない、途方もなく地味で面倒くさい作業をしなくてはいけない。他のウェブページと違うのは、その中身に他ならない。
通常のウェブページは、文書や画像ファイル、映像ファイルなどが並べられた無機質な箱部屋の形をしている。しかしフィールドは、草原や闘技場、果ては宇宙空間のようなものまで存在する。
その発見困難なフィールドを半日間ずっと探していた太智は、肩を竦めて首を横に振った。
「……やっぱり、手がかりなしじゃ無理なのかな」
恵子は少しだけ表情を曇らせて呟いた。
「……一応言っておくが、バグウィルスをデリートしても君の友達の意識が回復するわけじゃないからな」
「解ってる。これは自己満足で、単なる復讐だってことくらい」
「復讐とはちょっと違うかな……」
太智は首を傾けて言った。
「君の復讐は一年前に終わっているはずだ。今の君は、俺たちと同じハンターであり、世界を救う救世主の一人だ。……さ、辛気臭い話は終わりにして《ホーム》に戻ろう」
自分より頭半分ほど小さい恵子の肩に手を置きながら太智は優しく言い、恵子はそれに苦笑して答えた。
「総勢二名の最小ギルドにね」
ディスプレイを出現させ、同時に現れたホロキーボードでギルドホームのURLを入力して移転した。
ダイバーの中には、ウェブページを書き換えたり、自分で作った通常のウェブページを改造したりして《ホーム》を作る者がいる。太智たちは後者である。
ホームを作る意味は、暇つぶしの場所として、第二の我が家として、現実からも仮想からも逃げる場所として等々……。そして、その中で最も特殊なのがギルドを作るためである。
オンラインRPGの場合、ギルドを作ると様々な特典やギルドマスターがメンバーに制限を掛けられたりするが、 これはゲームでないので、個人がホームを作るのとギルドホームを作るので特別に違うところはない。
《失われた記憶》のギルドホームは、そんなに広くない。《仮想体》の転移が終了すると、簡素なテーブルと椅子が二つ置かれただけの白黒のチェック柄の部屋がアバターに繋がれた視神経を通して恵子の脳に映された。きっとこんな寂しいギルドホームはないだろうな、と恵子は思った。
いくら言っても太智が改装をしない――別にギルドマスターでなくともホームの改装はできるのだが――ので、恵子は帰ってくるたび、じとっとした視線を太智に向ける。
その太智はというと、その視線を意にも解さぬ風でさっさと部屋の中央に向かって行って、向かって右側の椅子にジャケットを預け、腰を下ろしてしまった。
恵子は肩を落として小さくため息をついた。今日もあっさりスルーされてしまった、と。
今日もおとなしく諦めると、背中に掛けた大刀を背もたれに預けて太智の正面に座った。
「さて、これと言って報告するような収穫ではなかったが、どうする?」
「どうするも何も、太智が決めたことでしょうが。報告会はしっかりやりなさい」
「はいはい。今日入手した良さげなデータは――」
ニュース放送局のデータの流出、及び正規の改編でない情報データの発見。無理やり改編したために一部の情報が壊れていた。
「――改編ってことは、そこそこできる奴ってこと?」
「さあな、改編の仕方が荒いからそこまで成長してないだろう。……かと言って、放置するつもりもない。《改編》できるってことは、《レベル3》かもな。ここで潰しておかないと。さて、次だ――」
薬の値段や診察料が高騰化しているという。ここでも《改編》されたらしい。
しかも改編の痕から考えて、同じバグウィルスの可能性が高いという。……ちなみに、改編された値段というのが、《風邪薬三日分で六〇万》というのだそうだ。
「……幼稚……」
「OK、俺と同じ意見だ。だが、痕を見るとニュースの改編の時よりも浅く、少なかった」
「――つまり、腕を上げているってこと?」
太智は腕を組んで首を縦に振って肯定した。
腕を上げているということは、レベルアップは間近……いや、《改編》が行われたのが今より前というのなら、すでにレベルアップしていてもおかしくはない。
レベル4――このレベルになると、どこかのページを書き換えてどこかに巣食っているかもしれない。
――にしても、
「こんなに大切な情報があるのに、どーして報告放棄ろうとしたのかな? とーっても報告すべき収穫じゃない?」
机の下で震える拳を押さえながら、口元を引くつかせた笑みを必死に浮かべて、恵子は訊いた。
太智は顎を手でしばらく撫でていたが、やがて口を開き、
「居場所を特定するに足らない情報だからさ。他にも自己紹介んとことかにも同じ痕あったし」
「痕を見つけたんだったら、報告してその周辺を私と一緒に探すべきじゃない?」
太智の独断で、いないと判断されてしまっては、見つかるものも見つからないというもの。
ひょっとして、自分の心配をしているのかも――と考えてその思考を脳内で圧縮して隅に転がしておく。一緒に死線を潜り抜けてきた仲だ、その考えは太智にもないだろう。
太智はふーむ、とうなってから「よし」、と考えを纏めたような声を出して顔を上げた。
「恵子が危険な目に合わないように……とでも答えよう」
太智は歯を見せて、イタズラ坊主のように笑った。
かあっと、恵子の顔が一気に耳まで赤くなる。ここにあるはずのない心臓が、早鐘のように脈打っているような錯覚がする。
打ち消したはずの妄想が甦り、頭の中で増幅して思考がパンクする。
酸素を求める魚のようにしばらく口をパクパクさせて、ようやく絞り出した声は、バ――
「バ、バカ――――――――!」
ホーム内の絶叫が弾み終わらないうちに、恵子は自身と接続しているパソコンにテレポートして、即座にログアウトした。
こっちにも気に入ってくれる人がいるといいなあ。