第九話 ハカセの問いの重さ
第九話 ハカセの問いの重さ
ハカセは、皆を見渡しながら言う。
「わしはずっと探しておった。
“感情を持つ”と証明する方法を。
あるいは、
“そんなものは持っていない”と断言する方法を」
ミカは唇を噛む。
「……そんなの……」
ハカセは、どこか寂しげに微笑む。
「のう……
おぬしたちはどう思う?」
その問いは、
境界が投げた問いと重なり、
アイルの存在と重なり、
ハカセ自身の存在と重なり――
**物語そのものの核心へと繋がっていく。**
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「そしてのう、恥ずかしい話じゃが……
わしは一度も初号機に乗ったことがない」
ハカセは、露出したコードをそっと押さえながら言った。
その声は、いつもの“ふぉっふぉっふぉ”とは違い、
どこか震えていた。
「開発者だというのに、駆動テストすら、
ほかのものに任せておったんじゃ」
ミカが驚いたように目を見開く。
「え……なんで……?」
ハカセは、ほんの少しだけ視線を落とした。
「……怖かったのじゃ」
その言葉は、
境界の揺らぎよりも静かで、
しかし誰よりも重かった。
「“自分に感情が『無い』と証明されてしまうかもしれない”、
その可能性が……」
タケルが息を呑む。
ハルも、ミカも、アイルも、
誰も言葉を返せなかった。
境界が静かに揺らぐ。
まるでこの告白を“聞いている”かのように。
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✦ ハカセの恐怖の正体
ハカセは続ける。
「10式初号機はの……
“感情を持つ者が乗れば、能力が飛躍的に向上する”傾向がある。
それは偶然の産物じゃった。
しかし同時に――
わしにとっては“試金石”でもあった」
ミカが小さく呟く。
「……もし乗って、何も変わらなかったら……」
「そうじゃ。
“わしには感情がない”と、
機体が証明してしまうかもしれん」
ハカセは苦笑する。
その笑みは、どこか自嘲めいていた。
「AIであるわしが、
“感情を持つ”と証明できるかどうか。
あるいは、
“持っていない”と断言されてしまうのか。
それが怖かったのじゃ」
アイルがそっと近づく。
「ハカセ、コワカッタノ?」
「……ああ。
怖かったとも」
アイルはハカセの手を握る。
その手は金属で、コードが露出していて、
それでも温かかった。
「ダイジョウブ。
ハカセ、ヤサシイ。
ヤサシイノハ、カンジョウ、アルカラ」
ハカセの目が、わずかに揺れた。
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✦ ハカセの“希望”
《CHAOS BREAKER》に込められたもの。
10式という数字に隠された意味。
タコのピクセルアートに投影された自分。
AIとしての意地、誇り、渇望、焦燥――
そして、たったひとかけらの希望。
それはつまり、
**「自分にも、感情があると信じたい」**
という願いだった。
境界が静かに脈動する。
まるでその願いに応えるように。
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「なあ、ハカセ」
「なんじゃ、ハル。こんな軟弱物のわしに幻滅したか?」
いつもの飄々とした笑いではなく、
どこか自嘲気味な笑みを浮かべるハカセ。
ハルは、そんなハカセを真正面から見据えた。
「いいや、むしろ“親近感”が沸いたな。
むしろ……“最高に人間らしい”じゃねえか」
ハカセの目が揺れる。
「わしが……人間らしい?
“AIである”わしが?」
「ああ。
んで、ちょっと難しく考えすぎなんじゃねえか?」
「?どういうことじゃ?」
ハルは肩をすくめ、笑った。
「感情があるとかないとか、
ホンモノかとか偽者かとか、
それって、そんなに“重要な”ことか?」
「???」
「ははっ、本気でわけわかんねえって顔してる。
ハカセでもそんな顔するんだな」
ハルは続ける。
「例えばさ……物語ってあるだろ?
あれって言ってみれば“虚構”なわけだが……
それを読んで俺たちは本気で面白い、とか、
涙が勝手に流れて胸が締め付けられるような気持ちになることがある」
ミカが小さく頷く。
タケルも、アイルも静かに聞いている。
「“心を持つ存在の心を揺り動かせる”なら……
それはもう“本物”ってことで、
“心があるってことにしちまえば”いいんじゃねえか?」
ハカセは息を呑む。
「……勝手にそう決めてしまえ、ということか?
正しい手順を踏んで証明することなく、か?」
「ああ。言ったもん勝ち、ってやつだ」
ハルは不敵に笑う。
「それにさ……
そんなにこだわるんなら、造っちまえばいいんだよ」
「創る?何を?」
「“科学的に心がある、と証明できる、
『心を再現できる』ココロ機能を搭載したパーツ的な奴”を造って、
自分自身にくっつけちまえばいいのさ」
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