第十六話 整備区画の喧騒が少し落ち着いた頃。
第十六話 整備区画の喧騒が少し落ち着いた頃。
調律者たちは相変わらず「合体!」「ニコイチ!」と騒いでいるが、
その中心から少し離れた場所で――
タケルは壁にもたれ、深呼吸を繰り返していた。
顔はまだ青い。
だが、さっきよりは確かに“生きている色”をしている。
そんなタケルに、そっと近づく影が二つ。
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ミカがそっと声をかける
「……大丈夫?タケルくん」
「ひっ……あ、ミカさん……す、すみません……
なんか、勝手に取り乱して……」
ミカは首を振る。
「取り乱すよ、普通。
あんなの、私だって最初は泣きそうだったもん」
「えっ……ミカさんでも……?」
「うん。
調律者に囲まれて“君の波形が〜”とか言われたら、
誰だって怖いよ」
タケルは少しだけ肩の力を抜いた。
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ハルも隣に立つ
「……タケル。
さっきの“揺らぎが見える”って話、あれ本当か?」
「えっ……あ、はい……
なんか……見えちゃって……
見えないほうがよかったんですけど……」
ハルは腕を組んで、静かに頷いた。
「見えるってことは、
“向こう側の波形”に感応してるってことだ。
軍の新人でそれは……かなり珍しい」
「珍しい……って、いい意味なんですか……?」
「いい意味にも、悪い意味にもなる」
「悪い意味のほうが強そうなんですけど……」
「まあ、そうだな」
「ハル!フォローしてあげてよ!」
「事実だろ」
「事実でも言い方ってものがあるでしょ!」
タケルは思わず笑ってしまった。
「……あの……
お二人って、いつもこんな感じなんですか?」
「こんな感じだよ」
「こんな感じだ」
「……なんか、ちょっと安心しました」
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タケルの“覚悟”を見抜く二人
ミカはタケルの顔をじっと見て、
ふっと柔らかく笑った。
「でもさ……タケルくん、
さっきより顔色いいよね?」
「えっ……そうですか?」
「順応してきてるんだよ。
この環境に」
「……順応……したくないんですけど……
でも、仕事ですし……逃げられないので……」
「うん。
でも、逃げないって決めたのはタケルくんでしょ?」
「……はい。
せめて……役に立てるように……なりたいので……」
ハルはその言葉に、
ほんの少しだけ目を細めた。
「……いい心構えだ。
だったら、俺たちも協力する」
「うん!
タケルくんが困ったら、ちゃんと言ってね。
私たち、味方だから」
タケルは驚いたように二人を見つめ――
そして、深く頭を下げた。
「……ありがとうございます。
本当に……ありがとうございます」
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三人の距離が、少しだけ縮まった
調律者の騒ぎ、
軍の緊張、
虚無観測者の影。
そのすべての中心で、
タケルは静かに“仲間”を得た。
まだ不安はある。
胃も痛い。
だが――
この二人がいるなら、少しだけ頑張れる気がした。
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整備区画の空気が一瞬だけ静まり返った。
調律者たちの「合体!」「ニコイチ!」の大騒ぎの中、
まるで当然のように――
ハカセが会話に混ざってきた。
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ハカセ、タケルを“発見”する
「ふむ、また面白そうなものがおるのお」
その声に、タケルはビクッと肩を跳ねさせた。
「……っ」
「ハ、ハカセ……いつの間に……」
「いや、もう驚かないけどさ……」
ハカセはタケルの前にふわりとホログラムを浮かべ、
まるで珍しい生き物を見るように目を細めた。
「タケル、といったかの?
お前さんの力……その“見える”というものじゃが……」
「……っ」
タケルの顔が引きつる。
“絶対に無理難題を言われる”という確信が、
彼の胃をさらに締め付けた。
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ハカセの“無茶ぶり”が始まる
「こちら側から、二人を観測する“目”が必要じゃったんじゃが、
ちょうどよい」
タケル(よくないです!!)
言えない。
言えたらどれだけ楽か。
「……あ、あの……僕は……その……」
ハカセはタケルの弱々しい声など気にせず、
さらに続ける。
「何せ、向こうでは“存在を安定させる”のが一番難しいんじゃ。
じゃが――
こちらから観測できるものがいるなら話は別じゃ」
「……別って……どういう……」
「簡単なことじゃよ。
お主が“見ておる”だけで、
ハルとミカの存在が安定するということじゃ」
「み、見るだけで……?」
「そうじゃとも。
観測とは、存在を確定させる行為じゃからのう」
タケル(そんな大役、無理です……!!)
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ハカセ、勝手に計画を進める
「まあ安心せい。
観測装置はわしが創っておくからの」
「か、観測装置……?」
「うむ。
お主の“視える力”を拡張して、
向こう側でも二人を見失わんようにする装置じゃ」
「そ、それって……僕も向こう側に……?」
「行くかどうかは……まあ、状況次第じゃな」
「状況次第って何ですかぁぁぁぁ……!」
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タケルの心の声(悲壮)
(……慣れてきたと思ったけど……
錯覚だった……)
(なんで僕、観測者の“目”にされてるの……?
なんで僕、向こう側の話に巻き込まれてるの……?
なんで僕、こんな重要任務みたいな扱いに……?)
(……休みの日に胃薬、箱で買わないと……
いや、箱じゃ足りない……
ケースで買おう……)
(……でも、仕事だし……
逃げられないし……
やるしか……ない……)
タケルは震えながらも、
静かに覚悟を決めていた。
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ハルとミカの反応
「タケルくん……ごめんね……巻き込んじゃって……」
「……でも、助かる。
向こう側で“観測できる存在”は貴重だ」
「……僕……本当に……大丈夫なんでしょうか……」
「大丈夫じゃないかもしれない」
「ハル!!」
「でも、俺たちが守る。
それは約束する」
タケルは少しだけ顔を上げた。
「……はい……
よろしくお願いします……」
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タケル、静かに“第三の役割”を得る
- ハル:混沌残滓の適合者
- ミカ:安定因子の保持者
- タケル:観測によって“存在を確定させる者”
三人の役割が、
ゆっくりと揃い始めていた。
タケルはまだ知らない。
自分が“境界踏破”に不可欠な存在になりつつあることを。
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整備区画の中央で、調律者たちがワイワイ騒いでいる最中――
突然、背後から軽いノリの声が飛んできた。
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ハカセ、当然のように乱入
「あ、ハカセ、おひさ~!」
「ん?なんじゃ、お前たちか」
調律者Aが満面の笑みで胸を張る。
「ふっふっふ、これを見よ!」
「ほう……?」
調律者たちが広げたホログラムを、
ハカセは“ふむふむ”と覗き込み――
「こ、これは……!?」
「え、そんなにすごいの……?」
「……嫌な予感しかしない」
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