第六話 ハルが見た“真実”
ハルが見た“真実”
「……俺は、事故の瞬間を見た。
子どもの頃の俺が、研究施設の爆発に巻き込まれて……
空間が裂けて、混沌の光が溢れた」
ミカは息を呑む。
「その光は……普通なら触れたら消えるはずだった。
でも俺は……消えなかった。
むしろ、光が俺の中に“吸い込まれていった”」
ハカセが小さく頷く。
「やはり“適合”しとったか」
ハルは続ける。
「研究員たちの声も聞こえた。
“なぜこの子だけが生き残った”
“混沌波形が同調している”
“適合者かもしれない”……って」
「……ハル……」
ハルは拳を握りしめる。
「でも、それだけじゃなかった。
本来なら気づけないはずの……“別の記憶”が見えたんだ」
ハカセが目を細める。
「ほう……“真実のカケラ”を拾ったか。
ミカが安定因子として働いたおかげじゃな」
「真実の……カケラ?」
ハルは深く息を吸い、ゆっくりと吐き出した。
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“真実のカケラ”
「……俺は、あの事故の“直前”を見たんだ。
研究員たちが、何かを議論していた」
「議論……?」
「“混沌核の実験は危険すぎる”
“適合者がいなければ制御できない”
“だが、適合者はまだ――”」
ハルは言葉を止める。
その先は、混沌のノイズにかき消されていた。
「まだ……何?」
「……聞こえなかった。
でも……“適合者”って言葉が、俺に向けられていた気がする」
「まさか……ハルは最初から……?」
ハカセが代わりに答える。
「そうじゃ。
ハルは“偶然巻き込まれた”んじゃない。
最初から“混沌核の適合候補”として研究対象にされておった可能性が高い。」
「そんな……!」
ハルは苦笑する。
「俺も信じたくないけど……
混沌層で見た光景は、嘘じゃない。
あの事故は……“事故じゃなかった”かもしれない」
ミカは震える声で言う。
「じゃあ……ハルは……ずっと……」
ハルはミカの手を握る。
「でも、今は違う。
俺は“自分の意思”で混沌に向き合う。
あの日の真相を知るために」
ミカは涙をこらえながら頷く。
「……うん。
私も一緒に知るよ。
ハルの過去も、混沌のことも……全部」
ハカセは満足げに笑う。
「ほっほっほ。
これでようやく“始められる”のう。
真実の核心に迫る旅をな」
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研究所の空気がようやく落ち着き、
ハルの呼吸も安定してきた頃――
ハカセは手をパンッと叩き、
まるで今までの緊迫感など存在しなかったかのように軽い声を出した。
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「さて、今日はもう帰っていいぞい」
「え? 大丈夫なんですか?」
「大丈夫じゃよ。
最低限の処置は終わったからのう。
それに、今は負担が大きすぎてこれ以上は無理じゃ」
「……まあ、確かに頭がまだぐらぐらしてるけど」
ハカセは頷きながら、
机の上に散乱した謎の装置を片付けるでもなく、
逆に増やしながら続ける。
「まあ、また来てもらうことにはなるが――
それはそれとして……」
「……として?」
ハカセはくるりと振り返り、
二人をじっと見つめた。
その目は、先ほどまでの軽さとは違う。
研究者としての鋭さと、
何かを“見抜いている”深さがあった。
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「二人でなければできん任務がある」
「お主ら二人には、
“二人でなければできん任務”を頼みたいのじゃ」
「……任務?」
「二人で……?」
ハカセは指を一本立てる。
「まず、ハル。
お主の混沌残滓は、今や“向こう側”と強く繋がりすぎておる。
単独での行動は危険すぎる」
「……まあ、さっきの感じだと否定できないな」
「そしてミカ。
お主は“安定因子”じゃ。
ハルの混沌波形を抑え、現実に引き戻す力を持っとる」
「……そんな大層なものじゃないよ。
ただ抱きしめただけで……」
「それができる者が他におらんのじゃ。
“ただ抱きしめるだけ”で混沌層を押し返せる人間など、
ワシの長い研究人生でも初めて見たわい」
ミカは顔を赤くし、ハルは気まずそうに目をそらす。
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任務の内容は――」
ハカセは机の上のホログラムを起動した。
そこには、巨大脅威の“位相データ”が揺らめいている。
「巨大脅威は逃げたのではない。
“向こう側”へ帰っただけじゃ。
そして……また来る」
「……!」
「じゃあ、俺たちがやるべきことは?」
ハカセはゆっくりと告げる。
「巨大脅威の“帰還経路”を特定し、
その位相を安定化させることじゃ。
ハルの混沌残滓と、ミカの安定因子――
この二つが揃わねば不可能な任務じゃ」
「私が……必要なの?」
「必要どころか、
“お主がいなければ成立せん”」
ハルはミカを見つめる。
ミカもハルを見返す。
二人の間に、言葉にならない決意が生まれる。
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「今日は帰れ。だが――」
ハカセは最後に、いつもの調子で笑った。
「今日は帰って休むがよい。
だが覚悟しておけ。
次に来る時は――
二人で“向こう側”の境界に踏み込んでもらうことになる。」
「……境界に……?」
「……わかった。
やるよ、ハカセ」
ミカも小さく頷く。
「私も……行く。
ハルと一緒に」
ハカセは満足げに笑った。
「ほっほっほ。
よい返事じゃ。
では、また近いうちにな」
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研究所を出ると、夜の空気がひんやりと肌を撫でた。
さっきまでの混沌の脈動が嘘のように静かで、
二人の足音だけが舗装路に淡く響く。
しばらく無言で歩いたあと、ミカがぽつりと口を開いた。
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帰り道の会話
「……ねえ、ハル。
今日のこと、まだ頭が追いついてないんだけど……」
ハルは苦笑しながら肩をすくめる。
「俺もだよ。
混沌層に引きずられかけて、
次は“向こう側の境界に踏み込め”って言われて……
普通なら逃げ出すところだろ」
ミカは横目でハルを見る。
「逃げないんでしょ?」
「……ああ。
逃げたら、あの日の真相に一生届かないからな」
ミカは少しだけ歩幅を落とし、
ハルの横にぴたりと並ぶ。
「私も……逃げないよ」
ハルは驚いたように目を向ける。
「ミカ、お前は――」
「だって、ハル一人じゃ危ないんでしょ?
“安定因子”とか言われたし……
私がいないと、また混沌層に引っ張られるかもしれないし」
ハルは照れくさそうに頭をかく。
「……まあ、そうなんだけどさ。
でも、危険な任務に巻き込みたくないって気持ちもあるんだよ」
ミカは立ち止まり、ハルの腕を掴んだ。
「巻き込まれてるのはもう同じだよ。
だったら……隣にいたい」
ハルは言葉を失う。
ミカは続ける。
「今日、ハルが戻ってこなかったら……
私、きっと後悔してた。
“もっとできることがあったんじゃないか”って」
ハルはゆっくりと息を吐き、
ミカの手をそっと握り返した。
「……ありがとう。
ミカがいてくれたから、戻れたんだと思う」
ミカは顔を赤くしながらも、
しっかりとハルを見つめる。
「じゃあ……これからも、ちゃんと頼ってよね」
「……ああ。頼るよ。
ミカがいいなら、ずっと」
ミカの耳まで真っ赤になる。
「ず、ずっとって……そんな……!」
ハルは笑う。
「だって、そう言ったのはミカだろ?
“隣にいたい”って」
ミカは口をぱくぱくさせ、
やがて観念したように小さく呟く。
「……うん。
隣にいたいよ。
これからも」
二人は再び歩き出す。
距離はもう、さっきよりずっと近い。
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そして、任務の話へ
「でも……“境界に踏み込む”って、どういうことなんだろうね」
「わからない。
ただ、巨大脅威が帰った場所……
虚無観測者が覗いてる場所……
そこに俺たちが行くってことだろうな」
「怖い?」
「……正直、怖いよ。
でも――」
「でも?」
ハルは夜空を見上げる。
「ミカが隣にいるなら、行ける気がする」
ミカは一瞬だけ黙り、
そして照れ隠しのようにハルの肩を軽く小突いた。
「……もう、そういうこと言うの反則だよ」
ハルは笑い、ミカもつられて笑う。
二人の影が並んで伸び、
夜の道をゆっくりと進んでいく。
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