第四話 混沌層
混沌層
研究所の奥、ハカセが指定した検査台にハルが座ると、
周囲の装置が一斉に低い唸り声を上げ始めた。
空気が震え、光が揺れ、まるで“世界の縫い目”がざわついているようだった。
ミカは不安そうにハルの横に立つ。
「……本当に大丈夫なの?」
「大丈夫じゃないかもしれないけど、やるしかないだろ」
そんな軽口を叩いた直後――
ハルの胸の奥が、脈動した。
光が漏れ、空間が一瞬だけ“裏返る”ような感覚が走る。
ハカセはそれを見て、深いため息をついた。
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「やはり、か。
こいつはちとまずいのう……」
「まずいって何が!?」
ハカセはハルの胸元の光を見つめながら、
まるで“予想していた最悪の事態が現実になった”ような顔をする。
「混沌残滓の位相が……“向こう側”と同期し始めとる。
このままでは、ハルの意識が引っ張られる」
「引っ張られるって……どこに!?」
「向こう側じゃよ。
巨大脅威が逃げた先、虚無観測者が覗いとる場所じゃ」
ミカの顔が青ざめる。
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ハカセ、謎の装置を取り出す
ハカセは机の下をごそごそと漁り、
明らかに危険そうな装置を取り出した。
サイズは手のひらほど。
形状は……説明不能。
金属のようで金属でなく、
生き物のようで生き物でない。
そして、なぜか“呼吸している”。
「ちょっと荒っぽくなるが、まあ、“多分”大丈夫じゃろう」
「いや、ほんとにソレ、何だ???」
「呼吸してるよ!?なんで呼吸してるの!?」
ハカセは平然と答える。
「“位相安定化インターフェース”じゃ。
ワシが若い頃に作った“失敗作”の改良版じゃよ」
「失敗作!?」
「改良版って……どこをどう改良したの!?」
ハカセは胸を張る。
「爆発しにくくした」
「“しにくく”って何!?」
「爆発するのかよ!!」
「まあまあ落ち着け。
爆発しても“物理的”には大したことない。
問題は精神のほうじゃ」
「精神のほうが問題なんですか!?」
「うむ。
これを使うと、ハルの意識が一時的に“混沌層”に触れる。
そこで何を見るかは……本人次第じゃ」
ハルは息を呑む。
ミカはハルの手を握る。
「……ハル、やめるなら今だよ」
ハルは少しだけ笑った。
「いや……行くよ。
俺は、あの事故の真相を知りたいんだ」
ハカセは満足げに頷き、装置を起動する。
装置が脈動し、研究所全体の光が歪む。
ハルの胸の残滓が共鳴し、
空間が“裂ける”ような音がした。
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ハカセが装置をハルの胸元へそっと押し当てた瞬間――
世界が“裏返った”。
音が消え、光がねじれ、重力が方向を失う。
ミカの声も、ハカセの叫びも、遠く遠くへ引き伸ばされていく。
そして――
ハルの意識は“混沌層”へ落ちた。
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