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8.専属薬師スタート

「――と、いうわけで団長。いいですよね?」


 少し強引な言い方のエドモンド様に、団長は大きく息をついた。




「お前は本当に、いつも話が急すぎる……」


 一瞬、呆れたような表情を浮かべたが、すぐに口元を緩める。



「だが、今回は褒めてやろう。もちろん、問題ないに決まっている」


 そう言って、団長。ゼノン・ヴァルター様は、私へと視線を向けた。



「フローリア嬢。第三騎士団は、むさくるしい男ばかりだが……それでも構わなければ、ぜひ力を貸してほしい」


 その言葉には、形式ばったものではない、温かさと親しみが滲んでいた。



「あ、はい……! 期待に応えられるよう、精一杯頑張ります」


 胸がいっぱいになりながら、私は深く頭を下げた。


 居場所を失ったと思っていた自分が、また誰かに必要とされている。その事実が、何よりも嬉しかった。団長はその様子を見て、満足そうに一度だけ頷く。



「とはいえ、今すぐ使える薬師用の設備はないな」


 そう言って、すぐに思考を切り替えた。



「エドモンド。ひとまず医師のアルバンのところへ連れて行って、必要な設備や薬品について確認してきてくれ」


 無駄のない指示に、団長としての力量がうかがえるわ。



「承知いたしました」


 エドモンド様は即座に応じ、私に向かって軽く目配せをした。こうして私は、第三騎士団の一員としての、最初の一歩を踏み出したのだった。




 向かう先は、第三騎士団付きの医師のもと。エドモンド様が先ほど話していた、あの「口の悪い医者」ね。


 “本人には内緒だぞ”……だったわ。気をつけないと。


 心の中でそっと思い出しながら、私は緊張と期待が入り混じった気持ちで歩みを進めた。新しい場所、新しい人。ここで、うまくやっていけるといいのだけれど。


 そんな不安を抱えたまま、診療室の扉が開かれる。



「爺さん、喜べ。薬師を連れてきたぞ。フローリア・グリムハルト子爵令嬢だ」


 エドモンド様の声が、どこか誇らしげに響いた。



「誰が爺さんだ。アルバン先生と呼べ。まったく……貴族になっても、その口の利き方は変わらんな」


 そう言い返しながらも、医師アルバン様は苦笑を浮かべ、柔らかな眼差しでエドモンド様を見ていた。


 そのやり取りだけで、二人の長い付き合いが感じ取れる。


 「貴族」という言葉に、エドモンド様が一瞬だけ微妙な顔をしたのを、私は見逃さなかった。



「ほう。グリムハルト子爵の令嬢、とな」


 アルバン様の視線が、今度は私に向けられる。



「それにしても、随分と若い薬師だな。いったいどこで、こんな人材を見つけてきた?」


 探るような目。やっぱり……若いと、不安に思われるわよね。


 使えなさそうって言われたらどうしよう。


 宮廷でも、年齢や経歴で判断されることには慣れているつもりだったはずなのに、どうしても身構えてしまう。



「王宮の庭園だが? 元宮廷薬師だそうだ」


 エドモンド様があっさりと言う。



「ああ……あれか。美容部門を作るための、人員削減ってやつだな。そうか、お前さん、その削減対象になってしまったのか」


「……はい」


 淡々とした口調だったが、その言葉は胸に静かに刺さった。



 やっぱり……実力不足だと思われているのかしら。


 そう考えただけで、体が冷たくなるようだった。ここでも同じ評価を受けるのではないか、そんな不安が、少しずつ湧き出てくる。



「なに、気にすることはない」


 アルバン様は、私の沈黙をどう受け取ったのか、ふっと表情を緩めた。



「ここの騎士団の連中はな、傷に唾をつけておけば治るんじゃないか、ってくらい頑丈なんだ。気張らず、のんびり薬を作ってくれればそれでいい」


 その言葉に、張り詰めていた緊張が、少しだけ緩む。



「それにだ。時々、わしの話し相手になってくれるだけでも、十分ありがたい」


 向けられた優しい眼差しに、思わず瞬きをした。




「爺さんよ。フローリアはお前の孫じゃないぞ。話し相手ってなんだ」


「孫は遠い領地におるしな。ここに来るのは、口の悪い連中ばかりだ。癒やしを求めたって、罰は当たらんだろうが!」


 むっとしたように言い返すアルバン様に、エドモンド様が肩をすくめる。


 そのやり取りを見て、私は思わず小さく笑ってしまった。二人の間に流れる空気には、言葉以上の信頼と親しみがあった。さっきまでの不安が、ほんの少しだけ、消えた気がした。




「とにかく、薬づくりに必要な道具はな、使う本人が選んだ方がいい」


 アルバン様はそう前置きしてから、指を折りながら続けた。



「まずは傷薬と痛み止め。それから、もしできるのなら初級ポーションもあると助かる」


 具体的な要望を聞き、自然と背筋が伸びる。

 ――必要とされている。

 その事実が、やる気に小さな灯をともした。



「じゃあ、このまま街に出て、フローリアと買い物してくるか」


 エドモンド様はそう言ってから、私の方へ視線を向ける。



「はい」


 本当は人混みは得意じゃない。けれど、早く道具を揃えて、少しでも役に立ちたい。その気持ちの方が勝っていた。




     ◇




 エドモンド様と街を歩き始めて、すぐに気づいた。


「今日は護衛じゃないのかい?」

「この前は喧嘩の仲裁、助かったよ」

「エドモンド、リンゴ持っていきな!」


 次々と声をかけられる。呼び止める人々の表情は明るく、気安く、親しみに満ちていた。


 ……すごい。


 第三騎士団が街と密接に関わっているとは聞いていたけれど、これほどとは思わなかった。


 彼が、ただの“騎士”ではなく、“街の人の一人”として受け入れられているのが、はっきりと伝わってくる。



「悪いな。落ち着かないだろ?」


 エドモンド様は、少し申し訳なさそうに言った。



「第三は街の連中と関わることが多いから、どうしても距離が近くてな」


「い、いえ……そういうわけでは……」


 言いかけて、正直に打ち明ける。




「……すみません。実は、人が多いところが少し苦手で……」


「そうなのか! だったら、商会を騎士団に呼べばよかったな。気が利かなくて悪い」


「そ、そんな! わざわざ……」


 慌てて首を振る。




「ちょっとずつ慣れなきゃいけないので……」


 そう言うと、エドモンド様はそれ以上何も言わなかった。ただ、その後はさりげなく私の歩く位置を変え、人が近づきそうになると、大きな体で自然に視界を遮ってくれる。


 ……優しい。


 守られている、という感覚が、こんなにも安心できるものだとは思わなかった。さすが騎士様だわ。


「さあ、着いたぞ」


 そう声をかけられ、店の扉をくぐった瞬間――




「うわあ……!」


 思わず、素の声がこぼれた。


 店内には、整然と並べられた薬師用の器具が所狭しと並んでいる。


 最新式の冷却装置に、精密な秤。刃の手入れが行き届いた薬研。


 そして、ずっと、いつかは欲しいと思いながら、指をくわえて眺めるだけだった老舗のすり鉢。



 こんな……こんなに揃っているお店が……。




「金額は気にしなくていい。好きなものを選べ」


 エドモンド様は、あっさりと、しかし誇らしげに言った。




「腐っても騎士団だからな。ちゃんと予算はある」


「え……い、いいんですか……?」


 一瞬、夢でも見ているのかと思った。けれど、彼の表情は本気だ。




「必ず、結果を出します。ありがとうございます!!」


 気づけば、深く頭を下げていた。




 買い物は、あっという間に終わった。薬の材料も質の良いものが手に入り、器具も申し分ない。




「ほう……あんた、見る目があるね」


 薬草を選んでいると、店主にそう声をかけられた。




「この薬草の鮮度に気づく若い薬師は、なかなかいないよ」


 否定され続けてきた自分の積み重ねが、確かにここにあるのだと、認めてもらえた気がした。


 こうしてはいられない。


「エドモンド様!」


 店を出た瞬間、思わず勢いよく振り返る。



「帰りましょう! これを使って、さっそく薬を作りたいです!!」


「お、おう……」


 あまりの気迫に、エドモンド様は一歩引きつつ、苦笑した。けれど、その表情はどこか楽しそうだった。


 こうして、私は新しい場所で、再び“薬師としての一歩”を踏み出したのだった。




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