28.フローリアの居場所 sideエドモンド
side エドモンド
「失礼します。少し遅れまし――……は?」
団長がお呼びだという伝言を受け、扉を開けた。
――なんだ、この光景。
団長室に足を踏み入れた途端、空気が明らかにおかしい。重い。妙に重苦しい。
室内には、団長とアドバン爺さん、そしてサラの姿があった.
だが、いつもとは、まるで違う。普段なら、背筋を伸ばし威厳たっぷりに座っているはずの団長が、今は椅子に浅く腰掛け、肩を落としている。
隣のアドバン爺さんに至っては、指を組んだまま視線を床に落とし、完全に項垂れていた。
……怒られた子供か?
思わず、そんな感想が浮かぶほどだった。あの二人が、ここまで露骨に元気をなくしているのを、俺は初めて見る。
対して、サラ。
彼女だけが、背筋をぴんと伸ばし、腕を組んで立っている。
一体、何があったんだ。
「……遅かったわね」
「お、おお。俺は団長に呼び出されたって聞いたんだが……」
サラは俺に一瞥を向けると、そのまま話を続けた。
「まあ、いいからそこに座って。じゃあ、これから最近の“不可思議な事態”について、確認を行います。団長たちは、特に。心して、聞いてくださいね?」
ぴしり、と空気が張り詰める。俺は恐る恐るソファに腰をかける。
……不可思議な事態?
何のことだ? と、思わず、団長とアドバン爺さんを見るが、二人とも、微動だにしない。というか、視線すら上げない。
俺は内心でため息をついた。どうやら、穏やかに終わる話ではなさそうだ。
「まず、団長。ソフィアっていう子が騎士団で働くことを、話し合いで決めたって言っていましたけど……どうして、そんな話になったのですか?」
そうだ、どうしてそうなったのか俺も知りたい。
「いや……あちらの室長……というよりも、ソフィア嬢の父君である伯爵からの要請、いや、圧力があってだな……」
団長は一瞬、視線を泳がせてから、歯切れ悪く言う。言い終わりは、声が小さくなっていた。
「はい、出ました。貴族のしがらみ」
サラは即座に被せる。
「フローリアと出会った時のこと、思い出してくださいよ。前の職場で“何かあった”なんて、見ればすぐわかるじゃないですか。そもそも、あの子――首にされてるんですよ? 断ってくださいよ、前の職場の人間なんて」
団長の肩が、わずかに震えた。
「だから、ベル様に言われるんです。『お父様はいざという時に、頼りないのよ』って」
……団長、娘からそんな評価を受けているのか。
フローリアとは、帰ってきてからほとんど顔を合わせていない。報告書、会議、後始末。それらに追われ、時間を見つけて医療室を覗いても、彼女の姿はなかった。
代わりに話しかけてきたのは、ソフィア嬢だった。何か話していたはずだが、その内容は、正直ほとんど覚えていない。
頭の中は、フローリアのことでいっぱいだったからだ。
――そうだ。
あの時。団長は、確かに言っていた。「断る」と。フローリアが明らかに困っていたから、俺ははっきり伝えたはずだ。この話は断ってほしい、と。
それなのに、話し合いから戻ってきた団長は、「引き受けることになった」と、話をすり替えていた。
……これだから、貴族は。
「それに、アドバン様も。あの子にデレデレしちゃって」
さらりと言われたその一言に、爺さんの肩がぴくりと跳ねた。
「で、デレデレなど……!」
即座に否定するが、声にまったく覇気がない。
「してました!」
サラは間髪入れずに切り返す。
「鼻の下、こーんなに伸ばして! 見苦しいくらいに!」
両手で誇張して示すその仕草に、爺さんの顔色がみるみる変わる。
「このこと、孫のセシルちゃんに、手紙で全部ばらしますからね!」
「や、やめてくれ!!」
今度は、はっきりとした悲鳴だった。
……完全に弱みを握られている。
「そもそもです。アドバン様が、ちゃんとフォローしてあげないから、フローリアが肩身の狭い思いをするんじゃないですか?」
サラは畳みかけるように、声を鋭くする。爺さんが言葉を失う。
「最近、あの子、医療室にほとんどいないですよね。作業室と温室に、こもりっぱなし。それに……そもそも、ソフィアって子。薬師なのに、薬を作らないで、ずっと医療室にいるって――おかしくないですか?」
サラは、はっきりと言い切る。空気が、凍りついた。
的確すぎる指摘に、爺さんは目に見えて慌てふためく。反論しようとして口を開き、しかし何も言えず、閉じる。その繰り返しだった。
フローリア。
最近の彼女は、確かに作業室と温室にこもりきりだった。姿を見かける時間も、以前より明らかに減っていた。
――忙しいのだろう。
――集中しているのだろう。
そう、勝手に決めつけていた。だが追い詰められていたのだとしたら。誰にも頼れず、居場所を失いかけていたのだとしたら。
そんな可能性を、俺は一度でも真剣に考えただろうか。
……いや。考えもしなかった。
胸の奥に、鈍い後悔が沈んでいく。気づかなかったのではない。気づこうと、しなかったのかもしれない。なんてことを!!
「いやの、サラよ。ソフィアは、他の騎士たちとも上手くやっているし……フローリアは、もともと薬づくりが好きだから、そう言われてしまえば……」
アドバン爺さんの言葉は、語尾に行くほど弱くなっていった。自分でも、苦しい言い訳だとわかっているのだろう。
サラは何も言わない。
ただ、じっと爺さんを見つめる。見据えられるほどに、爺さんの背中は小さく、心許なく見えた。
「……それ、本気で言っているのなら。アドバン様のランチは、これから――パンだけですからね!」
「……っ。わ、わしが悪かった……パンだけは嫌じゃ!」
即座の白旗だった。
爺さんは肩を落とし、深く息を吐く。完全に、戦意喪失といった様子だ。
「さて」
サラは、ふっと表情を切り替え、今度は俺に視線を向けた。
「エドモンド様」
名を呼ばれただけで、背筋が自然と伸びる。
「さっきから、ずっと黙っているけど……何か、言うことはありませんか?」
サラへの感謝を感じる。彼女がここまで踏み込まなければ、この場の誰も、自分たちの過ちを直視しなかっただろう。
だが、それと同時に――自分自身に向けた苛立ちが、存在していた。
違和感も、無理も、気づけたはずだ。俺は、拳をきゅっと握りしめ、息を整えた。
「ああ……サラ、ありがとう。フローリアのために、そこまで怒ってくれて……俺が、甘かった」
はっきりと、そう言った。
「フローリアにとって何が一番いいのか、迷っていたんだ。それに、後始末が終わるまで――俺の代わりに気にかけてくれって、二人を頼ってしまった」
拳が、自然と握り締められる。
「……くそっ! 人任せにしたことを、今、猛烈に後悔している!」
熱いものが込み上げてくる。怒りだ。
――自分自身への怒り。そして、目の前にいる二人への怒り。
「とりあえず、団長と爺さんは、今から俺の敵だ!」
「ま、待て待て!」
団長が慌てて声を張り上げる。
「フローリアを蔑ろにした覚えはない! 二週間まで短くしたのは、私だぞ! それに、フローリアが望まなければ、交換はしないとも言っている!」
「そ、そうじゃ!」
アドバン爺さんも必死に続く。
「いつまでもソフィアと話し込み、長居をしようとする騎士を追い返しているのは、わしじゃ!
作業室にいるフローリアには、差し入れも持って行っておるし、あの子の作った薬は、毎回きちんと鑑定して……べた褒めしておる!……いや、実際、べた褒めするほどの出来なのは、間違いないのだが……」
必死の弁解。だが、問題は、そこじゃない。
作業室と温室に籠もっているフローリア。その状態が、このまま続けば彼女は、孤立する。
それが、たまらなく怖かった。
視線を向けると、サラも同じことを考えているのだろう。彼女の表情は厳しく、迷いがない。
「……二週間まで、あと一週間もあるじゃない。これ以上、フローリアの元気がなくなるようだったら私にも、考えがありますからね!!」
有無を言わせぬ宣言だった。
「な、なんだ……考えって……」
団長と爺さんは、そろって戦々恐々とした表情になる。
俺の中では、もう答えは出ていた。
キャリアなんて、どうでもいい。正論かどうかも、関係ない。たとえ、ソフィア嬢の言うことが正しくても。たとえ、その結果、フローリアに恨まれる未来が待っていようとも。
フローリアの居場所は――この騎士団だ。
なぜなら。俺が、フローリアしか望んでいないからだ。
彼女の居場所を奪うものがいるなら、それが誰であろうと、俺は許さない。
――絶対に。




